第4話 幼き狩人の誇り(下)

作者:EDA

「あ、アイ=ファ!」という幼い娘の声が、横合いから投げかけられてきた。
 引き板の上に水瓶を載せて運んでいたアイ=ファが振り返ると、幼馴染のサリス=ランが駆け寄ってくるところであった。

「ギル=ファの様子はどう? まだ熱は下がらないの?」

 ギル=ファというのは、アイ=ファの父親の名だ。
 アイ=ファは内心の苦悩を押し隠しつつ、「うむ」と応じてみせた。

「町で買った薬も使ってみたのだが、熱は下がらずにずっと苦しんでいる。よほどひどい傷であったらしい」

「可哀想に……ギル=ファは、あんなに立派な狩人なのに……」

 サリス=ランは、その目に涙をためてうつむいてしまった。
 アイ=ファと同じ十歳の娘であるが、アイ=ファよりも拳ひとつ分は小さくて、身体つきもほっそりとしている。これは、アイ=ファのほうが年齢のわりには大きいためであった。

「ひとりで水を汲んできたの? わたしも手伝うね」

「大丈夫だ。サリス=ランにだって、家の仕事があるだろう?」

「ううん。わたしには、これぐらいしか力を貸すこともできないから……」

 引き板についた蔓草の引手をつかみ、サリス=ランも一緒になって引っ張ってくれた。
 近在の氏族の中でも、彼女はアイ=ファにとって一番仲の良い幼馴染であった。

「もう三日も経つのに熱が下がらないなんて……足の傷はふさがったのでしょう?」

「よくわからないが、ランの男衆が傷口を縫ってくれたので、血は止まっている。ただ、傷口から悪い風が入ってしまったので、病魔に苦しめられているらしい」

「そっか……ギル=ファが早くよくなるように、わたしも毎日、森に祈っているんだけど……」

 そのように述べながら、サリス=ランはぐすぐすと鼻をすすった。
 同じ悲しみに暮れながら、アイ=ファは力強くうなずいてみせる。

「血の縁も持たぬ私たちの身を案じてくれて、ランの人々には感謝している。父ギルは強き狩人であるので、きっと大丈夫だ」

「うん……わたしもそう信じてる」

 しばらくすると、ファの家が見えてきた。
 引手から手を離したサリス=ランが、今度はアイ=ファの手をつかんでくる。

「アイ=ファ、困ったことがあったら、何でも言ってね? ランの家もフォウの家も、決してファの家を見捨てたりしないから」

「ありがとう。そのように言ってくれるサリス=ランの言葉が、一番ありがたい」

 アイ=ファは気力を振り絞って、大事な幼馴染に微笑みかけてみせた。
 サリス=ランも、瞳に涙をためながら微笑をひろげる。

「あ、メイ=ファも家を離れられないから、町にポイタンやアリアを買いに行くこともできないでしょう? こっちはいつでも町に行けるから、必要なときは声をかけてね?」

 メイ=ファは、母親の名前である。
 アイ=ファは少し迷ってから、「わかった」と答えた。

「そのときは、声をかけさせてもらう。ランの家人たちにもよろしく伝えてほしい」

「うん。それじゃあ、またね」

 サリス=ランは、駆け足で立ち去っていった。
 その小さな後ろ姿を見送ってから、アイ=ファは自分の家を目指す。

 戸板を開けると、両親はアイ=ファが家を出たときと寸分変わらぬ姿でそこにいた。
 父のギル=ファは敷物の上に横たわり、ぜいぜいと荒い息をついている。母のメイ=ファはそのかたわらに寄り添って、伴侶の顔に浮かぶ汗をぬぐっていた。

「……新しい水を汲んできた」

 アイ=ファはひとりで重い水瓶を運び入れて、戸板を閉めた。
 母親はその水で手ぬぐいをしぼると、また丹念に父親の汗をぬぐい始める。
 この段に至ると、もはや汗をぬぐうぐらいしか為すべきことも残されていなかったのだった。

「傷口は縫ったし、薬も与えた。後は熱が下がるまで様子を見るしかないだろう」

 三日前、傷口の処置をしてくれたランの男衆も、そのように述べていた。
 町で買った高価な薬を傷口に塗り、熱冷ましのロムの薬草も毎日飲ませている。あとはもう、父親がその身の力で病魔を打ち負かすしかないのだ。
 アイ=ファは悲嘆の感情を懸命に呑みくだして、壁際に置かれていた小刀と草籠を取り上げた。

「中天にならぬ内に、薪と香草を集めてくる」

 母親は、あまりアイ=ファの言葉が理解できた様子もなく、ぼんやりとうなずいていた。
 それにはかまわず、アイ=ファは速足で家を出た。

(このままでは、遠からぬ内にファの家も滅ぶことになる。母さんには、そんなことを考えるゆとりもないのだろう)

 森の端に急ぎながら、アイ=ファはそのように考えた。
 父親は、いずれ必ず力を取り戻す。アイ=ファはそのように固く信じていたが、しかしそれでもファの家にはゆるゆると滅びの時が迫りつつあったのだった。

 それは、飢えによる滅びである。
 家に残されていた銅貨や、まだ銅貨に換えていなかった牙や角は、高価な薬を買うためにすべてつかい果たしてしまっていた。食料庫に残されているアリアとポイタンは、どんなに切り詰めてもあと三日ほどで尽きてしまうことだろう。

 なおかつ、悪いことに、ギバの肉も保存用の干し肉も、ちょうど入れ替えの時期であったのだ。足肉などはまだけっこうな量がピコの葉に漬けられていたが、それも五日ていどで腐り始める見込みであった。

 あと五日で、ファの家からは口にできる食料がすべて消え失せてしまうのだ。
 そして、たとえば今日にでも父親の熱がひいたところで、すぐに狩人として働けるはずがない。ギバの牙で刺された傷口は、ほとんど骨をかすめるぐらい深いものであったので、まともに歩けるようになるには半月ぐらいもかかるはずだとランの男衆は言っていた。

 父親であれば、歩けるようになると同時に、狩人としての仕事を始めるかもしれない。
 しかし、その間に食事をすることができなければ、そんな力を取り戻すこともかなわないはずであった。

 これほどの窮地に陥っても、ファの家にはそれを救ってくれる血族の存在もない。近在に住まうランやフォウの家とはそれなりの交流を結んでいたものの、あちらはファの家よりもなお貧しさに苦しんでいるのである。

 銅貨や食料を血族ならぬ相手に分け与える余裕などあるはずもないし、ギバの肉に関しても、最近は胴体まで余さず食べる羽目になっていると、少し前にサリス=ランが語っていた。あちらはあちらで家人が多いために、十分な食料を買い求めることが難しいのだ。それでも飢えてしまわないように、彼らはギバの肉を胴体まで喰らい尽くしているのだった。

(だったら私たちも、それを見習うしか道はない。とりあえずギバを一頭でも捕らえれば、その肉で半月は飢えをしのぐことができるのだ)

 アイ=ファはそのような決意を胸に、森の端へと踏み込んでいった。
 ギバは中天まで眠りこけているものなので、女衆はそれまでに森の端に入って、薪や香草などを収穫する。しかしその日のアイ=ファは、普段よりも奥のほうへと足を進めていった。

 たとえ太陽が中天に達する前でも、女衆が森の奥深く――ギバの狩り場にまで足を踏み入れることは禁忌とされている。そこには数々の罠が仕掛けられているために、狩人ならぬ人間にとっては危険であるからだ。

 そして、おたがいの罠を荒らしてしまわないように、狩人たちは氏族ごとに狩り場を分けている。アイ=ファが向かっているのは、もちろんファの家に割り当てられた狩り場であった。

 森の中を進んでいくと、どんどん緑が深くなっていく。
 そして、樹木の種類も増えていき、森の端では見かけない果実があちこちに現れ始めた。
 ギバが食料とする、森の恵みである。
 家の近くまでギバがやってこないように、森の端ではそれらの果実が実る樹木もあらかた伐採されているのだ。

 これらの果実が目につき始めたということは、もうそこは狩り場に差しかかっているという証であった。
 アイ=ファは歩調をゆるめて、周囲に視線を巡らせていく。
 やがてその目が、樹木に刻みつけられた目印を発見した。
 昨日の内にアイ=ファがつけておいた目印である。

 その樹木のそばまで歩み寄ったアイ=ファは、そっと裏側を覗き込んでみた。
 地面の上に、熟れた果実が無造作に置かれている。
 それもまた、アイ=ファが昨日の内に置いたものであった。
 アイ=ファは狩り場の片隅に穴を掘り、そこに落とし穴の罠を仕掛けたのである。果実は、ギバを招き寄せるための餌であった。

(やはり、こんな狩り場の端のほうまではそうそうギバもやってこないのだろうか。ギバは人間の気配を嫌うと言うしな)

 アイ=ファは気を取りなおして、次の罠の場所へと向かった。
 罠は全部で、三箇所に仕掛けてある。昨日の朝、一人で森の端に入った折に仕掛けたものである。

 もちろんそれは、かつて父親から伝え聞いた話だけを頼りにこしらえた、拙い罠であった。こんなもので、本当にギバを捕まえることができるのかどうか、アイ=ファ自身が心もとなく思っている。
 しかしそれでも、アイ=ファは諾々と滅びを受け入れる気持ちにはなれなかった。自分たちが力を惜しまずにあがこうとしない限り、母なる森が救いの手を差し伸べることもないだろう。アイ=ファは、そのように信じていた。

(今日が駄目なら、明日は捕まえる。明日でも駄目なら、その翌日に捕まえる。父さんが力を取り戻すまで、私がファの家を守るのだ)

 アイ=ファは、二つ目の罠を覗き込んだ。
 そこで、しばし息を呑むことになった。
 穴の上にかぶせておいた枝や草が、完全に踏み荒らされている。しかし、穴の中には何の姿もない。ただ、アイ=ファが掘ったときよりも穴が大きく広がっており、しかも崩れた土砂が穴の底に流れ込んでいた。

(これは……落ちたギバが、自力で這いのぼっていったのか)

 ギバは、自分の頭よりも高い位置に跳躍することができない。だから、あるていど深い穴を掘れば身動きが取れなくなるのだと父親に聞いていた。
 しかしそれでも、これでは深さが足りなかったのだ。巨大なギバがその牙と角で穴の端を掘り崩し、地面に這いのぼっていく姿を想像すると、アイ=ファの背筋にはたとえようもない悪寒が走り抜けていった。

(もしも私がその場に出くわしていたら……きっとギバの角で突き殺されていたのだろう)

 足が、がくがくと震え始める。
 それでもアイ=ファは唇を引き結んで、最後の罠へと歩を進めた。

(ギバがいたら、木の上に逃げるのだ。よほど飢えて気が立っていない限り、ギバが人間を追い回すことはない。木の上に逃げて、もいだ果実を投げつけてやれば、それで腹を満たそうとするかもしれない。……その間に、木を伝って逃げるのだ)

 そのように念じながら、アイ=ファは森の中を突き進んだ。
 その耳に、濁ったうなり声が聞こえてくる。
 たちまちアイ=ファは、手頃な樹木に飛びついた。

(何だ、今のは……ギバの声か? それとも、腐肉喰らいのムントか? ギーズの大鼠か?)

 森には、ギバの他にも危険な獣がいる。それらはギバ以上に姿を見せることは少ないと聞いているが、用心しないわけにはいかなかった。

(少なくとも、ムントは木にのぼれないはずだ。このまま、木を伝っていこう)

 アイ=ファは『木渡り』の技術を使って、森の中を移動した。
 最後の罠はもう目前であったので、ここで逃げ帰るわけにはいかなかった。
 そうして普段以上に細心の注意を払って、アイ=ファは目的の場所を目指し――それにつれて、奇怪なうなり声が近づいてくるのを感じた。

(これは、ひょっとして……)

 別の昂ぶりが、胸の奥からわきおこってくる。
 それで冷静さを失ってしまわないように自分を戒めつつ、アイ=ファは最後の木に飛び移った。

 これが、目印をつけた木であるはずだ。
 アイ=ファはなるべく音をたてないように気をつけながら、下界を見下ろした。

 果たして、そこには想像していた通りの光景が待ち受けていた。
 落とし穴に、獲物がかかっている。
 そこで身動きの取れなくなった獣が、ぶぎいぶぎいと怒りの声をあげていたのだ。

 丸っこい背中が、黒褐色の毛皮に覆われている。
 先のすぼまった顔をしており、その先端に巨大な鼻がついている。顔の両脇には小さな耳が生えており、額には未熟な角が生えていた。

 それはムントでもギーズでもなく、まだ幼獣と思しきギバであった。
 アイ=ファは呼吸を整えてから、そろそろと木を下りていった。

 穴の底で、ギバはじたばたともがいている。
 ギバとしては、本当に小さい。丸々と太ってはいたものの、成獣のギバに比べれば、目方は半分の半分ぐらいしかなさそうであった。

 アイ=ファは、かたわらに生えていたグリギの木を、手頃な長さで切り倒した。
 グリギの木は細いがものすごく丈夫であり、巨大なギバを吊るすために使われたりもする。そのグリギの木の先端を小刀で鋭く削ってから、アイ=ファは穴の下のギバに向きなおった。

「……私はいまだ狩人ならぬ身だが、家族のためにその生命を賜る」

 母なる森に許しを乞うてから、アイ=ファはグリギの槍を穴の底に振り下ろした。

                  ◇

 アイ=ファがファの家に戻ると、母親の驚愕に引きつった顔に出迎えられることになった。
 十歳の娘が、幼獣とはいえギバを担いで帰ってきたのである。それで驚かない人間がいるはずはなかった。

「ア、アイ……そのギバは、いったい……?」

「……狩り場の端に落とし穴をこしらえて、私が捕らえた」

 虚言は罪であるので、アイ=ファは正直に告白した。
 そして、力を失ったギバの身体を玄関先に横たえる。

 小さいが、丸々と太ったギバであった。
 身体の長さはアイ=ファの胴体と同じぐらいで、重さもきっと同じぐらいだろう。それを家まで担いでくるだけで、アイ=ファは汗まみれになってしまっていた。

 ギバは目を閉じて、完全に魂を返している。
 その首のあたりにいくつもの傷がつけられて、血をにじませている。ギバを絶命させるために、アイ=ファは何度となくグリギの槍を振り下ろすことになったのだった。

「小さいギバだから、角や牙は売り物にならないだろう。しかし、これだけの肉があれば、半月は飢えずに済むはずだ」

 アイ=ファがそのように述べたてると、母親は血相を変えて駆け寄ってきた。
 その手が、音をたててアイ=ファの頬を叩く。
 母親に叩かれたのは、これが初めてのことであった。

「どうしてこんな真似を……あなたは、自分が何をしたかわかっているの!? 女衆が狩り場に足を踏み入れるのは禁忌であるのよ!?」

「しかし、食べるものがなければ、飢えて死んでしまう。私は、ファの家を守りたかったのだ」

 瞳に涙をたたえながら、アイ=ファはそのように言い返してみせた。
 もう一度手を振り上げた母親は、そのまま床に膝をついて、アイ=ファの身体を抱きすくめてくる。

「なんて危険なことを……あなたの身に何かあったら、わたしたちはどうしたらいいの……?」

「……勝手な真似をして悪かったと思っている。だけど私は、ファの家を守りたかったのだ」

 アイ=ファは震える指先で、母親の身体を抱きすくめた。
 そのやわらかさと温もりに、張り詰めていた気持ちがほぐされていく。母親に対する情愛と申し訳なさで、アイ=ファは声をあげて泣いてしまいそうだった。

「アイ……」と、そこに新たな声が響く。
 驚いて振り返ると、広間の真ん中に横たえられていた父親が、首を曲げてこちらを見つめていた。

「父さん! 目を覚ましたのか!?」

 アイ=ファは母親ともつれあうようにして、父親のもとに駆けつけた。
 その面を脂汗に濡らしながら、父親は穏やかに微笑んでいる。

「心配をかけてしまったな……俺はもう大丈夫だ……」

「何が大丈夫なのだ。そんなに苦しそうにしているではないか」

 アイ=ファは父親の手を取った。
 母親も、反対の側から手を取っていた。

「苦しいことは苦しいが、まだ魂を返したりはしない……俺はまだ、狩人として生きていくことを母なる森に許されたようだ……」

「無理に口をきくな。今は、しっかりと休むのだ」

 アイ=ファはそう言ったが、父親は口を閉ざそうとしなかった。

「あのギバは……アイが捕らえたのか……?」

「ああ、そうだ」

「刀も弓も扱えないのに、どうやって捕らえたのだ……?」

「落とし穴を作って、その上に果実を置いた。あとは、グリギの棒を鋭く尖らせて、とどめを刺した」

「……狩り場の奥には足を踏み入れていないだろうな……?」

「うむ。狩り場に入ってすぐのところに罠を仕掛けた。中天を過ぎてからは、そこにも近づいていない。昨日の朝に罠を仕掛けて、今日の朝に様子を見てきたのだ」

「よし……俺の教えは、きちんとすべて守り抜いたのだな……」

 父親の手がアイ=ファの頭に置かれて、ゆっくりと撫でてきた。

「えらいぞ、アイ……それでこそ、俺の子だ……」

「うむ」とうなずきながら、アイ=ファは涙を止めることができなかった。
 横たわった父親の胸もとに、熱いしずくがぽたぽたと落ちていく。

「あれだけの肉があれば、俺たちが飢えることもないだろう……あの肉を食べ尽くす前に、俺は力を取り戻すと約束する……」

「うむ」

「だからもう、狩り場には近づくな……お前が魂を返してしまったら、俺もメイも生きていく甲斐を失ってしまうのだからな……」

「うむ」ともう一度うなずいてから、アイ=ファは向かいにいる母親のほうに目を向けた。

「母さん、心配をかけてごめんなさい」

「いいのよ、もう……あなたを愛しているわ、アイ」

 母親もその頬に涙を伝わせながら、アイ=ファの頭に手をのばしてきた。
 愛すべき両親に頭を撫でられながら、アイ=ファはいつまでも幼子のように涙を流し続けた。

                   ◇


 数日後である。
 水場でばったりサリス=ランと出くわすと、「どうしたの、アイ=ファ!?」と大きな声で呼びかけられることになった。
 水瓶に水を汲んでいたアイ=ファは、「うむ?」とそちらを振り返る。

「うむ、じゃないよ! それ! その肩にかけてるやつ!」

「うむ。これは、母メイが私の捕らえたギバの毛皮でこしらえてくれたのだ」

 アイ=ファの肩には、ギバの毛皮で作られた外套がかけられていた。
 狩人が仕事の際に纏う、『狩人の衣』を模したものである。ただ、幼いギバではまったく毛皮が足りなかったので、それはアイ=ファの肩を覆うぐらいの役にしか立ってはいなかった。

「このように小さな毛皮では売り物にもならんのでな。私に与えられることになったのだ」

「だ、だけど……メイ=ファはアイ=ファが狩人になることには反対しているんだよね……?」

「うむ。その気持ちは、今でも変わっていないようだ」

 しかしそれでも、母親はこの毛皮をアイ=ファに贈ってくれたのだ。
 アイ=ファは誇らしさではちきれそうになりながら、サリス=ランに胸を張ってみせた。

「そっか……わたしもアイ=ファには危ないことをしてほしくないけど……だけど今回は、アイ=ファのおかげでファの家が守られたんだもんね」

 いささかならず心配げな顔をしていたサリス=ランも、そこでにこりと微笑んだ。

「ギル=ファが元気になってよかったよ。もうひとりで歩けるようになったんでしょう?」

「うむ。長く歩くには杖が必要だが、もう数日もすれば痛みもおさまりそうだと言っていた。私たちが飢える前に、きっと新たなギバを狩ってくれることだろう」

「ギル=ファだったら、絶対に大丈夫だよ。この辺りでは、一番の狩人だもんね! 父さんたちも、ギル=ファが元気になって喜んでるよ」

「うむ。もう少し怪我がよくなれば、父ギルみずからが感謝の言葉を述べに行くはずだ」

 アリアとポイタンは、数日前にすべてを食べ尽くしてしまっていた。
 あとは、アイ=ファが捕らえたギバの肉しか食料は残されていない。それも、十日ていどで腐り始めることだろう。

 しかしアイ=ファは、何ひとつ心配していなかった。
 父親はすでに、元気な顔で笑っている。アイ=ファが懸命につなぎとめたファの家の行く末を、今度は父親が守り抜いてくれるはずだった。

(やっぱり私は、狩人として生きていきたい。生命をかけてギバを狩り、大事な家族を守っていく。そういう存在になりたいのだ)

 幼馴染とおしゃべりを続けながら、アイ=ファはそのように考えていた。

(森に入ることが許される十三歳になるまで、あと二年と半年……何としてでも、その間に狩人としての力を身につけてやる。それで父さんと一緒に、ファの家を守るのだ)

 母なる森は、それを許してくれるのか。それもすべては、アイ=ファの行い次第であろう。
 母親のこしらえてくれた外套の端をぎゅっとつかみながら、アイ=ファはそんな決意を新たにしたのだった。

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