少女と家族と、午後の語らい。<前編>

作者:空埜一樹

 
 
 ワタシは自分に「サアラ」という名を付けた人達のことをよく覚えていません。
 物心がつく前に、両親を失ったからです。

 そんなワタシは、他の人に言わせれば「不幸な境遇の女の子」であるそうです。
 ですがこちらの感覚からすると、首を(かし)げざるを得ません。

 少なくともワタシは今、自分のことを、不幸とは思っていないからです。

 確かにワタシの周りに血の繋がった人はいません。
 ただ、ワタシにはそれと同じくらい――いえ、それ以上に大切な人たち。
 『家族』がいるのです。

「あー。お腹減ったー」

 呑気な声と共に、ワタシのいる台所へやってきたのは、ティア姉です。
 ワタシには身柄を引き取り、生活の面倒を見てくれている人が四人います。
 ティア姉はその内の一人で、【求索士(トレイズ)】という何でも屋のような仕事をしています。

 求索士は【エメルタ】という同業者組合のようなものを作って活動しているのですが、ティア姉はそのエメルタ【約束の灯火】を取り仕切る、(おさ)役を務めています。
 エメルタ長と言えば、エメルタの中でも最も実力があって、優れた指揮が出来、責任感のある人がなるのが普通です。
 だからティア姉も多分に漏れずそういった人物――だったらよかったのですが。

「ねえ、サアラ、なにか食べるものない?」

 昼寝でもしていたのでしょうか。
 寝癖のついた髪を直そうともせず、物欲しそうな顔をしてワタシに尋ねてくるその姿は、お世辞(せじ)にもエメルタ長に相応しいとは言えません。

「棚にクッキーが入っていたはずですが」

 本を読むのをやめてワタシが答えると、ティア姉は「クッキー!? クッキー! クッキーっ!!」と叫びながら、すぐ傍にあった棚の戸を開きました。
 お願いですから、単語だけでなく、ちゃんとした意味のある言葉で喋って欲しいと思います。

「あれ、ない。ないよ? クッキーないよ!?」

 絶望的な声が聞こえてきました。
 こちらを振り返ったティア姉の表情は、三日以上なにも食べていない飢餓(きが)状態のそれです。

「希望が! 望みが! わたしの生きる意味が消えたよー!」

 ティア姉が天を(あお)いで(なげ)きました。
 なにを大げさな、と思いますが、ティア姉は食べることと寝ることと遊ぶことに関しては、人一倍に執心(しゅうしん)します。
 それ以外は基本的に興味がないそうです。
 大人としてどうかとちょっと思います。いやちょっとじゃないですね。

(さわ)がしいわね。どうしたのよ」

 呆れたように扉から顔を(のぞ)かせたのは、ラミネ姉です。
 ティア姉と同じ求索士で、ワタシを養ってくれている一人でもあります。
 頭に猫のような耳を生やしていて、【異種(ティクス)】と呼ばれる種族だそうです。

「ラミネー! クッキーが、クッキーがないんだよ! もうなにもかも終わりだよ、お先真っ暗だよ! クッキー消失の大事件だよー! 犯人を捜そう!」

 半ば泣きそうになりながら、ティア姉は、ラミネ姉に抱きつきます。

「……落ち着きなさいよ。クッキーが無いくらいなんだっていうのよ。もうすぐ夕食だから我慢しなさいな」

 ラミネ姉がティア姉の頭を優しくなでながら(さと)します。
 二人は同じ歳のはずですが、どう見ても姉と妹という感じです。

「やだよ、お腹空いたよ。あるはずのクッキーがなかったというこの喪失感(そうしつかん)、我慢なんて精神的な物じゃ解決できないよ!」
「あたしは出来るわよ」
「ラミネは神なの!?」
「誰でも大抵できるわよ」
「……じゃあ、わたしが神?」
「なんでその領域までぶっ飛ぶのよ……」

 ラミネ姉は苦笑しながら、ティア姉の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜました。

「というか、クッキーって、棚にあったやつのこと? それなら昨日、ティアが食べてたでしょ? 世にも幸せそうな顔で」
「……そうだっけ?」
「そうよ。すごい勢いで消費していくから、明日の分を残しておかないと、もうお菓子無いわよって言ったら、『明日のわたしならなんとか出来るさ! わたしは! わたしを! 信じているのさ!』って妙にいい答え寄越(よこ)して欠片(かけら)まで残さず胃に収めてたわよ」

 そういえばそんなことがあった気もします。
 いつものことなのであまり覚えていませんでした。

「な、なんてこと……お、おのれー! 昨日のわたしめー! わたしを信じたわたしは、わたしが裏切ることを予測してしかるべきで、だからわたしは昨日のわたしと今日のわたしが、わたしが、わたしで、あれ、わたしってなに!?」
「どこの迷路に迷い込んでるのよ、あなたは」

 (いきどお)った後、急に頭を抱えだしたティア姉に、ラミネ姉がため息をつきます。

「仕方ないわね。こんなこともあろうかと、隠しておいた焼き菓子出すわ。みんなで食べましょ」
「おお! 本当に!? さすがラミネ! ひゃほおおおお痛いっ!」

 ラミネ姉の思いもよらない提案に、盛り上がったティア姉は飛び上がって、開けっ放しにしてあった棚の扉に頭を打ち付けました。エメルタ長……。

「大丈夫ですか、ティア姉」

 ワタシが気遣(きづか)うと、ティア姉は涙目になりながらこちらを見上げて、親指を上げました。
 いや、多分大丈夫じゃないですね、これ。

「あー。もう。見てあげるからこっちにきなさい」

 手招きするラミネ姉に、ティア姉が「じんじんする……」と言いながら近づいていきました。

「ほんとにあなたは落ち着きがないんだから……まあ、問題なさそうね。あ、サアラ、他の子たちを呼んできてくれる? お茶にしましょう」

 分かりました、と答えて、わたしは台所を出ました。
 後ろから聞こえてくる、「あ、サアラ、カイトも連れて来てね! この前、甘いもの食べたいって言ってたから!きっとだよー!」というティア姉の声に「分かりました」と返しながら、別の部屋の扉を開けます。

 そこはワタシを含めた女性陣の寝室で、ベッドが並んでいました。
 その内の一つに、ナナル姉が腰かけています。
 艶やかな長い髪が、陽光(ようこう)に照らされて光っていました。

 ナナル姉もまたティア姉やラミネ姉と同じで求索士をしています。
 ワタシと歳が一つしか違わないのに(かかわ)らず、です。尊敬に値すると思います。

「ナナル姉、ラミネ姉がお茶にしようと言っています。どうですか」

 ワタシが誘いをかけると、ナナル姉は手元に落としていた視線をこちらへと向けてきました。

「うん……分かった。後ちょっとだから、これ、終わらせてから……いくね」

 ティア姉やラミネ姉と違って、ナナル姉はとても大人しい人です。
 声も小さいのですが、落ち着いた口調なので、不思議とよく通ります。

「なにしているんですか?」

 隣に腰かけて問いかけると、ナナル姉は持っていたものを見せてきました。
 小さな人形です。丁寧(ていねい)な造りをしていますが、糸や生地を見ていると既製品ではなさそうでした。

「ミミや、ネネがね。新しいお人形さんが欲しいっていうから……作ってるんだよ」
「そうなんですか。……とても良く出来ていますね」

 素直に思ったことを告げると、ナナル姉は少し頬を赤らめます。
 ミミやネネ、というのは、ワタシ以外でティア姉たちに面倒を見てもらっている子供達のことです。

「余った服の生地(きじ)とか、ボタンを使ってるんだ。……喜んでくれるといいけど」

 少し自信なさそうに呟くナナル姉でしたが、ワタシは頷きました。

「喜んでくれますよ。きっと」

 出来ももちろんそうですが、ミミもネネも、お店で売っているものより、ナナル姉が作ってくれたものの方が、嬉しいはずです。
 そういう子たちですから。

「そうかな……そうだといいな……」

 噛み締めるように言って、ナナル姉は作業を再開しました。
 手を動かしながら、少しずつ、慎重に進めていきます。
 その一生懸命な姿は、なんだか、年上だというのに微笑ましいものに見えました。
 ……ちょっと可愛いです。

「ん、どうしたの……?」

 見惚れているワタシを、ナナル姉が不思議そうに眺めてきます。
 ワタシは咳払(せきばら)いをして、「いえ、なんでもありません」と首を横に振りました。

「ところで、カイト兄がどこにいるか知っていますか?」

 話の矛先(ほこさき)を変えると、ナナル姉は視線を少しだけ上にやった後で、

「さっきは、庭にいたけど……今は、どうかなぁ?」

 ちょっと分からない、という風に答えました。

「分かりました。ありがとうございます。……人形、出来たら見せて下さいね」

 そう言って立ち上がったワタシに、ナナル姉は頷いて、手を振ってきます。
 振り返してから部屋を出て、ワタシは廊下を進むと、玄関を出ました。
 扉を開けた先は、広い庭です。きゃあきゃあとはしゃぐ声がしたので、ワタシはそちらへ足を向けました。
 
 
 ◆◆◆後編は12月11日(金)更新予定です◆◆◆
 
 

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