少女と家族と、午後の語らい。<後編>

作者:空埜一樹

 
 
 
「ところで、カイト兄がどこにいるか知っていますか?」

 話の矛先(ほこさき)を変えると、ナナル姉は視線を少しだけ上にやった後で、

「さっきは、庭にいたけど……今は、どうかなぁ?」

 ちょっと分からない、という風に答えました。

「分かりました。ありがとうございます。……人形、出来たら見せて下さいね」

 そう言って立ち上がったワタシに、ナナル姉は頷いて、手を振ってきます。
 振り返してから部屋を出て、ワタシは廊下を進むと、玄関を出ました。

 扉を開けた先は、広い庭です。
 きゃあきゃあとはしゃぐ声がしたので、ワタシはそちらへ足を向けました。
 すると、小さい子どもが三人、中心にいる人の周りで追いかけっこをしています。

 髪が長い女の子と、短い女の子が二人。
 さっきナナル姉が言っていたミミとネネです。
 彼女達は顔がそっくりなのですが、双子の姉妹なので無理はありません。
 あと一人は、やんちゃそうな雰囲気の男の子、リキです。

「あ、サアラだー!」「だー!」

 ワタシを見つけたミミが叫ぶと、ネネが追従しました。
 ネネは、いつも姉であるミミの言葉尻を追いかけて発言します。

「おー。サアラ姉ちゃんも一緒に遊ぶか? そろそろ追いかけっこも飽きたから、次は求索士ごっこしようと思ってたんだ! おれとミミとネネが求索士で、サアラ姉ちゃんは魔物な! 怖いやつ!」

 リキが腰に手を当てて勝手に決めてきました。

「どうしてワタシが魔物なんですか。しかも怖いやつ」
「だってサアラ姉ちゃんだから」
「それは悪意のある言葉と受け取っていいんですね?」

 ぎろりと睨むと、リキは「ほらやっぱりこわいー!」と逃げ出しました。
 ミミやネネと一緒に、ある人物の後ろに隠れます。

「こらこら。サアラは別に怖くないだろ?」

 自分の後ろでしがみつくリキに、その人物――カイト兄が注意しました。

「だってさぁ。怒ると怖いぜ?」
「誰だって怒ると怖いんだよ。君が(しか)られるようなことをしなければいいんだ」

 しゃがんだカイト兄に頭を撫でられると、リキは「むー。分かった」と頷きました。

 カイト兄は、ティア姉、ラミネ姉、ナナル姉に続いて、ワタシやミミ達を養ってくれている最後の一人です。
 いつも穏やかな優しい人で、子ども達はティア姉たち同様に、カイト兄にとても(なつ)いています。
 もちろん、ワタシも家族の一員として(した)っています。
 ただ……慕っているのですが……カイト兄に関してはちょっとだけ困ったところがあります。

「見てごらん、リキ。サアラみたいに恐怖と無縁の子はいないよ。可愛いし、頭は良いし、気が利くし、愛らしいし、聡明(そうめい)だし、気立てが良いし、顔立ちが整ってるし、頭脳(ずのう)明晰(めいせき)だし、性格が優れてるし」

「カイト兄。全部同じ意味です。後、言い過ぎです」

 ワタシが指摘すると、カイト兄は勢いよく立ち上がりました。

「なにを言ってるんだ! まだ言い足りないくらいだよ! サアラ、君は君自身の魅力を理解していないんだ。その辺りを自覚しないと、世の中へ出た時に悪い奴らを不用意に近づけたりして大変なことになるんだよ。君があんまりにも可愛いからって男が声をかけてきたりお茶に誘ったりしてきて、一緒に談笑(だんしょう)したりすることになったらどうするの!?」

「別にそれくらい良いのでは?」
「良くないよ! オレが!」

 ものすごく個人的な問題でした。

「カイト兄……前から言っていますが、そろそろ、せめてワタシに対してだけでも子離れしてもらえませんか」


「いやですっっ!!」


 天も割れよとばかりの大きい拒否でした。
 ……そう。カイト兄は基本的に一家の大黒柱というべき頼れる人なのですが、こういう欠点があります。

 家族を好き過ぎるのです。

 ティア姉もラミネ姉もナナル姉も、ミミもネネもリキも、それにワタシも。
 全員を心から大切に思っていて、思い過ぎていて、時折こうして度の過ぎた愛情表現をするんです。
 そういう時のカイト兄は、少し、なんていうか、対応に困ります。

「いやサアラだけじゃない。ミミやネネが大きくなった時。リキが大きくなった時! もしオレの知らない人と親しくしてあれやこれやなんやかんやがあって、色んな過程を経て最終的に結婚とかになったら! オレは! オレは一体どうすれば! 想像したくない! したくないけど時は残酷(ざんこく)で! きっと! くそ、時! 時間め! ああ、い、いやだああああ!」

「落ちついて下さい」

 勝手に妄想を(ふく)らませて(もだ)え苦しむカイト兄を(さと)しましたが、まるで聞いていません。

「カイトー、どうしたの。あたま痛いのー?」「のー?」

 ミミとネネが心配して、カイト兄の頭を一緒に撫でました。

「うう……オレはね、オレは、リキがお婿(むこ)に、ミミやネネ達がいつかお嫁にいくんじゃないかと……。本当は、その幸せを願うべきなんだ、いや、でも、嫌なものは嫌だという究極の葛藤(かっとう)に胸が張り裂けそうでね……」

 ほとんど泣きそうになりながら訴えるカイト兄。どうしようもないとしかいいようがありません。

「だいじょうぶだよー、カイト」

 だけどミミがカイト兄を慰めながら言いました。

「ミミね、カイトのお嫁さんになる!」「ネネもネネもー!」
「え――」

 驚きに目を見張るカイト兄。
 しかし次の瞬間、素早く体勢を整えて、深々と頭を下げました。

「ふつつかものですが宜しくお願いします!」
「しないで下さい」

 多分本気なのでたちが悪いです。

「じゃあおれもそうするー!」

 意味も分からずにリキが参戦しました。

「よ、よーし! みんな来て! 病める時も(すこ)やかなる時も、末永く一緒だ!」

 両手を広げるカイト兄の胸に、ミミ達は飛び込んでいきます。

「さあ――サアラも共に!」
「カイト兄、ラミネ姉がお茶をしようと言っています。お菓子もあるそうです。気が済んだらミミ達と一緒に来て下さいね」

 ワタシまで付き合うと収拾がつかなくなりそうだったので、早々に場を持することにしました。

「そんな……サアラ、でも、オレは君の愛をずっと待ってるからね! ずっとだよー!」

 後ろから声が響きます。めげない人です。
 と、その時でした。

「カイトー! 一緒に食べよー!」

 家の扉が開いてティア姉が現れます。
 続いて、ラミネ姉とナナル姉も姿を見せました。

「どうせだから庭で食べた方が美味しいかなって思って、出てきたのよ」

 ラミネ姉が言って、庭に()き物を広げます。

「お菓子もあるし、ラミネがパンケーキ焼いてくれたんだよ!」

 満面の笑みを浮かべたまま、ティア姉はカイト兄に駆け寄って、そのまま抱きつきました。

「あー。ダメだよ、ティア。カイトは今、ミミのなの!」「ネネもネネも!」
「おれだってゆずらないぞー!」

 子ども達も負けじとしがみ付き、カイト兄の顔が、ほとんど見えなくなります。

「おぷっ。いや、あの、皆、嬉しいけど、ちょっと前が……前がその……いや――いい! これでいい! オレ、このまま生きてみる!」
「変なところで前向きにならないで下さい」

 カイト兄による、困惑(こんわく)からの突然の主張に、ワタシは小さく息をつきました。

「あー。はいはい。皆、カイトが好きなのは分かったから、こっちに来て座りなさい。お茶が冷めちゃうわよ」

 ラミネ姉が茶器とお菓子を用意した敷き物に座って声をかけると、ようやく、子ども達は離れます。

「……あの。ティア。君は離れないの?」

 しばらく経ってから、カイト兄が、元の姿勢のまま動こうとしないティア姉に尋ねました。

「うむ。そうすることも考えたんだけど、ふと思いついたんだよ」

 ティア姉が無駄にきりっとした顔で応えます。

「このままでも――カイトが歩けば、移動は出来るなって!」
「はい撤収(てっしゅう)―」

 ですがその直後にラミネ姉に首根っこを掴まれて、強制的に剥がされました。

「ああー! あー! ひどいー! 画期的な考えだったのに!」
「ダメな方向ばっかりに頭働かせるんじゃないの!」

 ラミネ姉に怒られながら、ティア姉が、敷き物の上に置かれます。

「お兄ちゃん……ここ、空いてるよ?」

 おずおずといった感じで、ナナル姉が自分の隣を指差しました。
 カイト兄は頷いて、そちらへ向かおうとしましたが、

「カイト! こっち! こっちきて! ミミの隣!」「ネネ! ネネのとなりにも!」
「カイト兄ちゃん、こっち! こっちだって! こっちがおすすめ!」
「違うよ、わたしのところだよ! 日当たり良いし!」

 ミミ、ネネ、リキ、ティア姉から誘われて、はたと困ったように立ち止まります。

「こっちだよ、カイトー! ミミのとなりー!」「ネネのー!」
「ちがうよ、おれのとこが一番だって! だっておれだし!」
「ここがいいと思うよ! ここ座ったら今日いいことあるよ! なんの根拠(こんきょ)もないけど!」
「あの……ここ……えと……」
「カイトー! こっちー! こっちいいいい!」「ネネもおおおおおお!」
「おれだあああ!」
「ここしかないよ、カイトぉぉぉおお!」
「ああ、あの、でも、わ、わたしの隣も……」


「ま、待って! 待って待って、分かった、分かったから!」


 皆の言葉が、凄まじい勢いで次から次に飛び出るので、カイト兄は慌てたように手を振りました。
 ですがそこで、何かに気付いたかのように思案気な表情になって、呟きます。

「いや……待てよ……オレが分身(ぶんしん)すれば、なんとかなる……!」
「そんなこと出来るんですか」
「無理だけど皆の応援があればなんとかなるかもしれないっ!」

 なんともならないです。

「真面目に脱力するようなこと言ってないで、こっちに来なさいな」ラミネ姉がカイト兄を手招きしました。

「カイトはあたしの隣。これで決まりね」
「えー」「えー」「えー」「えー」「……え、えぇー」

 他の四人と、ナナル姉が控えめに不満を訴えますが、ラミネ姉から「だーめ。我慢なさい」と言われると、大人しく引き下がりました。
 カイト兄も無事に座って、お茶会が始まります。

「ほら、サアラもこっち、こっち! お菓子、おいひいよ」

 既にリスのように頬を大きく膨らませたティア姉が呼んできたので、ワタシは「分かりました」と答えてから、敷き物に腰を下ろしました。

「サアラ、ちゃんと食べなさいよ。あなた、いつも遠慮(えんりょ)するんだから」
「そうだよ、サアラ。ほら、これ。これも食べて」
「サアラ姉ちゃん、これもうまい! うまい! ぜんぶうまい!」
「ミミのもあげるー!」「ネネもネネも!」
「わたしがこの前作った、ジャムもあるから……良かったら、どうぞ」
「もがふもぐもがふもががふサアラもがふ」

 皆から(すす)められるまま――約一名、口に物を詰め込み過ぎて薦めているのかどうか分からない人もいましたが――お菓子も頂きました。
 とても美味しいです。
 温かなお日様の光を浴びながら、気持ちの良い風に吹かれて飲むお茶は、格別(かくべつ)でした。

 いつもこんな感じで――ティア姉、ラミネ姉、ナナル姉、ミミ、ネネ、リキ。それに、カイト兄。
 両親は亡くしてしまったけれど、七人の『家族』が今、ワタシの周りにはいます。
 だからワタシは自分のことを不幸だとは思っていませんし、(むし)ろ、普通より幸せだと思っています。

 ただ、少しだけ気になることがあります。
 それは、他ならぬカイト兄のことです。
 さっきみたいにちょっと暴走することはあるけど、基本的には明るく呑気(のんき)な人ではあるのですが――。
 たまに、例えば一人でいるところを見た時なんかには、少しだけいつもと違う空気を感じることがあります。
 深刻(しんこく)そうというか、何か、とても重くて大きなものを背負っているというような――。

 ティア姉たちは何か知っているのでしょうか。分かりません。
 もしかすれば、ワタシや他の子たちのように、カイト兄にも過去に何かあったのかもしれませんが。
 詮索(せんさく)するつもりも、する意味もないと思うので、しません。
 カイト兄は、何があったとしても、ワタシ達のカイト兄であることに変わりはないのですから。
 まあ――。

「かいと、おひざのせてぇ」
「あ、ネネ、ずるい! ミミも、ミミも!」

 と子ども達に言われて、

「ん? ああ、いいよ、いいよ。おいで。フフフフフフフフ」

 なんて顔をにやけささせているところを見ていると、とてもそんな風には見えません。
 ……きっと、気のせいですね。



fin


※そんなわけで、カイトがこんな素敵な家族たちと楽しく暮らしつつ勤労にも励む様子は、
現在好評発売中のHJ文庫『世界最強は家族と仲良く出稼ぎ中!』で、是非ともお楽しみくださいませ!!

(作品紹介ページはこちら! ⇒ http://hobbyjapan.co.jp/hjbunko/series/146/index.html )
 
 

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く