第三話 キュレレ その三

作者:鏡 裕之



 セコンダリアのことはよく覚えている。セコンダリア大聖堂で大きな精霊の()に見とれていたら、お姉ちゃんが血相を変えてやってきたのだ。
 ヒロトが捕まっている。
 あの眼鏡のお兄ちゃんはどうなのかな?
 お姉ちゃんについて、塔へ行った。ヒロトと眼鏡のお兄ちゃんは、塔の中にいた。キュレレは塔の中に入って、エルフの子供たちの脱出を手伝った。それから、学校の中を思い切り飛び抜けた。飛んだら、悪党たちがみんな吹っ飛んだ。
 気持ちよかった。
 そしたら、あとでエルフの人たちにいっぱい感謝された。女の人は、キュレレの手を握りながら泣いていた。男の人は、いっぱい本をくれた。
 キュレレは有頂天(うちょうてん)になった。
 本は、パパからもらった二冊だけだったのに、その十倍も本をもらってしまった。どれから読めばいいのかわからないくらいである。
 歓迎の(うたげ)のあと、キュレレは眼鏡のお兄ちゃんの部屋に出かけた。
「本!」
 と言うと、眼鏡のお兄ちゃんはまた本を読んでくれた。五話ほど聞いて気がついたら眠っていた。翌朝また起きて、三話読んでもらった。
 故郷ザザに戻ると、パパが思い切りキュレレを抱き締めてくれた。
「よくやったな、キュレレ」
 といっぱい頬ずりしてくれた。頭も撫で撫でしてくれた。
 お姉ちゃんは、得意気に自分とキュレレがやったことを話して聞かせた。エルフたちがどれだけ感謝したかも話した。
 その日は宴になった。キュレレはいっぱいお酒を飲んだ。お腹がふくれるほど飲んで、自分の天幕に戻った。
 天幕には、自分が持っていかなかった本が一冊。残り十九冊は、ソルム城にある。相一郎が持って帰ってくれたのだ。
 暗闇の中で、キュレレは目をぱちぱちさせた。パパにもいっぱい頭を撫でられて、みんなにも凄い凄いと誉められてうれしかったのに、なんだか物足りなかった。
 相一郎がいない。
 ネカやセコンダリアにいる時は、眼鏡のお兄ちゃんがいた。お願いすれば、いつでも本を読んでくれた。
 でも、今は眼鏡のお兄ちゃんがいない。
 お姉ちゃんは明日、お城に行くのかな、とキュレレは思った。もし行くのなら、自分もいっしょに行こう。そして、眼鏡のお兄ちゃんに本を読んでもらおう。

   5

 ザザに戻ってからは、眼鏡のお兄ちゃんのところに行くのがキュレレの日課になった。眼鏡のお兄さんは、相一郎といった。
 朝になると、姉はディフェレンテのヒロトに会いに行く。キュレレもいっしょに相一郎に会いに行く。お腹が空いている時には、相一郎の腕から血を吸う。そして、本を読んでもらう。
 時々、相一郎が出かける時もある。そういう時は、姉といっしょにソルム城で待っている。姉はヒロトのそばにいて、ヒロトといちゃいちゃしている。
 つまらない。
 そのうち、キュレレは相一郎の外出にも付き合うようになった。ソルムの人たちが自分を襲わないことが、だんだんわかってきたのだ。キュレレと姉がエルフの子供たちを助けて感謝されたことが、ソルムの町にも伝わっていたらしい。
 ヒロトはよく姉と騎乗して外出していた。相一郎も自分を前に乗せて騎乗していた。それで町の中を散歩するのである。そういうことが何度もあって、だんだん町の人も慣れてきたらしい。最初は引きつった表情を見せていた町の人たちも、あまり気にしなくなった。そのうち、勇気ある人たちが話しかけてくるようになった。
《ヒロト様。吸血鬼を乗せていて平気なのかい?》
《そのちっこい子は、妹かい?》
《へ~え、その子が、悪党をねえ……》
 立場が一変したのは、セコンダリアからエルフ一家が訪れてからである。キュレレはその顔をよく知っていた。自分と姉が塔から救い出した、エルフの子供だった。わざわざキュレレと姉にお礼を言うために、ソルムまで馬車でやってきたのだ。
 アルヴィ以外のエルフの訪問に、町は沸き立った。
「キュレレ殿! ヴァルキュリア殿! 本当にお二人には感謝している! あなた方お二人がいなければ、我が息子は命を失っていたであろう」
 とエルフの父親が言い、エルフの母親も、
「本当にありがとうございます」
 と頭を下げた。
 自分と姉が助けた時には、エルフの父親は商用で隣のピュリス王国に出かけていたらしい。帰国して話を聞いて、是非ともお礼を言わねば……と駆けつけたのだという。
 ちょうどパパも来ていて、エルフの父親は、パパの手を何度も握っていた。
「あなたの娘さんに感謝いたします……!」
 エルフはお土産に素敵な翡翠(ひすい)の髪飾りをくれた。キュレレには本を五冊もくれた。また宝物が増えてしまった。
 一泊して、エルフは帰ることになった。ヒロトがいっしょに見送りに行こうと言って広場まで出た。キュレレはパパと相一郎といっしょに広場まで行った。
「本当にありがとうございました。いくら感謝しても、感謝しきれない。キュレレ殿にも、ヴァルキュリア殿にも、お二人を育ててくださったゼルディス殿にも、そして城主ヒロト殿にも、感謝を申し上げます」
 広場でもう一度そう伝えると、エルフは市門を出ていった。
 翌日から、町の人たちの視線が変わった。
 エルフがわざわざお礼を言いに来たぞ。ヴァンパイア族の手を握って、頭を下げていたぞ。
 キュレレは、畏敬の眼差しを感じるようになった。ソルムの町の上空に差しかかると、ソルムの人たちが自分に向かって手を振るようになった。
 前は、ソルムの町に近づくのは怖くてたまらなかったのに。でも、今は、自分を見ると手を振ってくれる人間がいる。
 人間って、もしかしてそんなに怖くないのかも。
 ソルムの人間は、いい人間なのかも。
 エルフのアルヴィがソルムを訪れた時、思い切って天幕を出てよかったと思った。あきらめずにネカまで行ってよかった。セコンダリアまで行ってよかった。
 そうキュレレは思った。

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