第一話 ヒロト以前 その二

作者:鏡 裕之

   4

 翌日、モーラ村は大騒ぎになった。早朝、隣の村に用事があった司祭が、道端(みちばた)に倒れていた男を見つけたのである。男はモーラ村の人間だったのだ。しかも首筋には、ヴァンパイア族に血を吸われた痕がついていた。
 男は奇跡的に息があった。ショック死はしていなかったのだ。司祭は慌てて村に戻り、男は無事村に連れ戻されたが、村人たちはヴァンパイア族への怒りに沸き立った。
「この三週間の間に、三人だぞ! 一週間前に一人! 三週間前にも一人! あいつら、おれたちを食い殺すつもりなんだ!」
「くそ、化け物め! サルワのやつが何をしたって言うんだ! 吸血鬼を殺したか!」
「城が何もしてくれねえから、こうなるんだ! 砦の連中なんか、ちっとも役に立ってねえじゃねえか! あんな二人だけの見張りで、吸血鬼に勝てるものか!」
 男たちは騒ぎ立てた。皆、いきり立っている。
直訴(じきそ)だ。城主に訴えてやる。ちゃんと守備隊の兵士を派遣してくれねえと、おれたちは納得しねえぞ!」
「みんなでソルムの町へ行くぞ!」
 一人が叫ぶと、広場から道へと歩きだした。
「待て!」
 と立ちふさがったのは、村長である。
「どいてくれ! おれたちゃ城主に文句を言ってきてやるんだ! 今度こそ、まともな兵士を寄越して吸血鬼どもを征伐しろってな!」
「こんなのじゃ、夜もおちおち眠れねえ! 畑だって耕せねえ!」
「村が吸血鬼どもに襲われたらどうするんだ!? 女子供が襲われたらどうするんだ!?」
 と男たちが吠える。
「大勢で押しかけても、城主は会ってくださらぬ!」
 村長が留めようとするが、男たちは聴かない。
「じゃあ、おとなしくしてろっていうのか!?」
「鍬でも何でも持っていって、力ずくで門を開けさせてやる!」
 騒ぐ男たちに、司祭も出てきた。
「そのようなことをされれば、守備隊に殺されますぞ!」
「上等だ! 吸血鬼に殺されるか、守備隊に殺されるか! どっちでも殺されるのなら、守備隊の方を選んでやる!」
「残された家族はどうするのです! 誰が妻と子供を守り、誰が彼女たちのために畑を耕すのです!」
 司祭の一喝(いっかつ)に、一瞬、場が(ひる)んだ。その隙を、司祭は逃さなかった。
「わたしと村長が、これから城主にお願いを申し上げに参ります! 兵士の増員がなされない限り、村には決して戻りませぬ!」
 男たちは顔を見合せた。
 興奮していた表情が、問いかけの表情に変わっている。どうする? と互いに顔で尋ねている。
「本当に兵士を増やしてくれるのか?」
 一人が尋ねた。
「増やしてくれぬ限り、わたしも村長も戻りませぬ!」
 と司祭は大声で答えた。

   5

 ミミアは用事を告げられて、洞穴から歩きだしたところだった。今日は、仲間の結婚式があるのだ。祝いのために酒を買ってこいというのである。
 男たちは荷物運搬の仕事がある。ミイラ族の男はでかい。そして、寡黙(かもく)である。あまり文句を言わない。それで、ロバや馬代わりに荷物の運搬を任されているのだ。帰るのは夕方になる。それでは遅いというので、ミミアがお遣いに行くことになったのである。
 人間の町に行く時には、いつも正反対の気持ちに引き裂かれる。自分たちミイラ族の棲家(すみか)とは違う華やかな町並み、華やかな衣服を見られるという弾んだ気持ちと、人間たちの蔑視を受けなければならないといういやな気持ちとに、いつも引き裂かれそうになる。
 ミミアは、森を抜けて通りに出た。石畳のきれいな通りではない。土埃(つちぼこり)だらけの通りである。
 その中を一人、徒歩で進んでゆく。両側にはゆるやかな丘と畑が広がっている。その中で、男たちが農作業を始めている。
 昨日のヴァンパイア族は、また悪さをしたのだろうか、とミミアは思った。この間も、そして少し前も、ヴァンパイア族はモーラ村の男を襲っている。
 森が少なくなったせいだ。まだ森がある頃は、ヴァンパイア族は人間を襲うことはほとんどなかった。でも、五十年前に比べて、森の面積は半減している。その頃から、ヴァンパイア族が人間を襲撃するようになったのだ。
 ミイラ族は、ヴァンパイア族には襲われない。洞窟に住んでいるし、包帯のおかげで連中の牙が通らないのだ。
 人間の中には、自分たちミイラ族とヴァンパイア族はグルだと勘違いしている者もいるという。
 いやだなと思う。一方的に誤解する人たちが嘘をまき散らして、そうやって自分たちは、また邪魔者扱いされてしまうのだ。
 五十年前にイブリド制が発表された時、ミイラ族も町に住んでいたそうだ。鍛冶屋も司祭もパン屋も不足、ロバや馬まで足りなくて、ミイラ族たちを町に取り込まなければ、町は機能しなかった。疫病のために放棄された町もあったという。
 でも、人間の人口が戻ると、ミイラ族は追い出されてしまった。今、町にいるミイラ族は、運搬の仕事をになっている男のミイラ族だけである。それでも、町の人には奇異を見る視線を向けられている。
 自分も、今日はいっぱい見られてしまうだろう。心ない言葉も受けるかもしれない。みんな、そんな目に遭うのはいやなのだ。だから、町に行く仕事が自分に回ってきてしまったのだ。

   6

 隙間風(すきまかぜ)が入ってきそうな大広間を、大きなタペストリーが飾っていた。その前には、背もたれの長い椅子が置いてある。
 椅子に座しているのは、ソルム城城主ウルカンだった。隣に立っているのは、ソルム城家令センテリオである。
 二人は、モーラ村から訪れた村長と司祭に面したところだった。ヴァンパイア族の件である。モーラ村の村長からは、以前にも吸血鬼どもをどうにかしてくれと頼まれている。その時は、砦の要員を増やすことは予算の都合上難しいと突っぱねていたのだが、今回は司祭も引き連れての請願である。
(厄介なことになりそうだぞ)
 とセンテリオは直感した。
(まさか、骸骨(がいこつ)族を派遣しろと言い出すのではあるまいな)
 センテリオは、ウルカンから少し離れて警護中の白い骸骨に目をやった。白い頭蓋骨に兜を、胸の肋骨に胸当てを装備した骸骨の化け物が、突っ立っている。
 ソルム城守備隊隊長にして骸骨族のカラベラである。骸骨族は、骨格が剥き出しのため、ヴァンパイア族から血を吸われる心配がない。ヴァンパイア族にとっては、天敵の一つである。
「ウルカン様。今回ばかりは、是非ともわたくしどもを力づけるご返事をいただきたい」
 と、突然モーラ村の司祭が切り出した。
度重(たびかさ)なるヴァンパイア族の襲撃に、村人たちは怯えております。空を飛ぶ魔物に、我々人間は無力でございます。是非とも、砦の増員をお願いいたします。骸骨族の者たちを送っていただければ、村人たちも安心しましょう」
 センテリオは舌を打ち鳴らしそうになった。
 やはり、司祭は真正面から切り込んできた。それも、骸骨族を砦に回してほしいと頼んできた。
 とんでもない要求である。
 城にも、時折ヴァンパイア族が飛来する。城を守るためにも、骸骨族は欠かせない。ソルム城の守備隊の半数近くは、骸骨族なのだ。
「骸骨族を派遣することはできぬ」
 センテリオは真っ向から突っぱねた。
「よいご返事をいただくまでは帰りませぬ」
 と司祭も強硬な姿勢を見せる。村長は、司祭の行動にとまどっているようである。
「返事は変わらぬ。砦に増員する余裕はない」
 センテリオも負けじと突っぱねる。
 ヴァンパイア族は空を飛ぶ種族なのだ。砦を増員したところで、防げるはずもない。増員するだけ無駄というものだ。
「それでは村の者たちが安心して働けません。働けなければ、収穫の後に作物をお城に納めることも難しくなりますが」
「百人に増やせと言うつもりか? 必要な金は誰がどうやって出すというのだ!?」
 センテリオの言葉に、司祭は黙った。
 愚か者め、とセンテリオは思った。たかが一つの村如きで増員などしてたまるものか。ソルム城には、もっと重要な目的があるのだ。この町に、エルフを呼ばねばならないのだ。エルフの訪れぬ町は、この世界では一人前の町とは言えない。そのような町に、未来も発展もない。
 疫病が流行して五十年。
 すでに人口は以前と同じぐらいに復活したが、発展を遂げた町とそうでない町との落差は広がっている。
 ソルムは、発展のない町として悪口を言われている。曰く、化け物のうろつく町。骸骨とミイラの化け物が歩く町。
 この町を発展させるためには、エルフを呼ぶしかない。そのために色々と投資も行った。近いうちにセコンダリア近辺からセコンダリア大聖堂の司教やネカ城の家令など、有力者がソルム城に集まる予定である。ヴァンパイア族のことに関わっている場合ではないのだ。それに、増員したいのはむしろ自分たちソルム城の警備の方である。つい昨日も、ヴァンパイア族の雄が夜の城を訪れて冷やかして行ったばかりなのだ。
「とにかく、夜は決して出歩かぬようにせよ」
 とセンテリオは突き放した。
 が――。
 司祭は動かない。
「わかったら退室せよ」
 命じたが、動かない。
「聞こえぬのか!」
「村の者には、必ず増員を確約してくると申して参ったのでございます。もし約束をいただけなければ、今度は村の者たちが鋤や鍬を持ってこの城に押しかけましょう。わたしには、そのようなことはできませぬ」
「ならば、全員捕えるまでだ」
「捕えれば、畑を耕す者はいなくなります。それでもよろしいとおっしゃるので?」
「だからといって、城を(おど)してもよいと申すのか!!」
 怒声を張り上げると、
「では、ディフェレンテを召喚されればよろしいではありませぬか」
 と穏やかな声が大広間に聞こえた。
 入ってきたのは、ソルム教会の司祭だった。
「こういう時のためにこそ、ディフェレンテはお呼びするものではありせぬか?」
 とソルム教会の司祭が畳みかける。
「役に立つのか?」
 初めて、城主ウルカンが口を利いた。
「昔は」
 とセンテリオは答えた。
「以前、サラブリア南部でディフェレンテを呼んだ時には、ろくに役に立たずに死んだと聞いております。呼ぶだけ無駄だと思いますが」
「ですが、呼ばねばこの方たちは納得しない。違いますか?」
 センテリオは黙った。
 ソルム教会の司祭は、ディフェレンテ召喚を約束して、モーラ村の者たちを帰せと言っているのだ。
 召喚となれば、ソルム教会に金を払わねばならない。
「ミイラ族を砦に派遣した方がよろしいのでは?」
 センテリオが城主ウルカンに耳打ちすると、
「あんな芋虫みたいな汚らしい連中に来られても、村の者は納得しませぬ」
 と、ずっと黙っていたモーラ村の村長が即答した。ミイラ族は、決して人間たちに好かれている種族ではない。あの薄汚れた白い包帯を巻いた芋虫みたいな姿を見て、誰が好きになろう。
「では、今回はわたくしの方で自腹を切るということで、ディフェレンテを召喚してみましょう。それで納得してお帰りいただけますかな?」
 ソルム教会の司祭の言葉に、モーラ村の村長と司祭は顔を見合わせ、それからうなずいた。

【次回更新 7月17日(金)】

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