第一話 ヒロト以前 その三

作者:鏡 裕之

   7

 ミミアは、ソルムの町のそばにある井戸まで来たところだった。井戸のまわりには、人間の女たちが集まっていた。歳にして、三十から四十ぐらいだろうか。
 人間の女たちは賑やかに立ち話をしていたが、ミミアを見ると、一人が黙り、つづいて二人、三人、そして全員が黙った。
 いやな無言である。
 無言の中を、ミミアが通る。
 通りすぎると、途端に人間の女たちの声が飛び込んできた。
「女のミイラ族だよ」
「胸でかいね~。あの連中、胸だけはでかいんだからね」
 と女たちが言う。
「何しに来たんだろう」
「さあ。ずっと洞窟にこもって、あんな汚らしい包帯を巻いて、不気味ったらありゃしない」
「うちの町はミイラ族が多いからね。エルフが来ないのも、きっとそのせいだよ」

   8

 ソルム教会に、ソルム城の守備兵たちが集まっていた。ソルム城城主と家令の姿はない。
 教会の中に数メートルの高台があって、その上に光の球が載っていた。精霊の灯である。その前に跪坐しているのは、ソルム教会司祭だった。
 本当に召喚されるのだろうか、とカラベラは思った。今まで、ディフェレンテの召喚を見たことはない。
 ディフェレンテは、ヒュブリデ王国にとっては偉大な人物だった。疫病(えきびょう)によって人口が激減、機能しなくなる町が続出して国が危難に陥った時、召喚されてこの国を立て直したのが、ディフェレンテ――異世界から召喚された助っ人だ。ディフェレンテはイブリド制を定め、異種族も人間と同じように国で過ごせるようにした。そしてこの国を立て直したのである。
 だが、最初のディフェレンテがこの国を去ってから、次に召喚された助っ人たちが、ディフェレンテの評判を落とした。ディフェレンテといえば、かつてはエルフ以上、あるいはエルフに並ぶほどの尊敬を受けたものだが、今では、その風潮は失われている。
 また役立たずなんじゃないのか?
 そんなふうに思われている。
 先日南サラブリアで呼び出されたディフェレンテは、隙を見て逃げ出したそうだ。その前にオルシア州で呼び出されたディフェレンテも、確か逃げ出したと聞いている。家令のセンテリオからは、決して逃すことのないように、見つけ次第(しだい)縄で縛るように言われている。
 司祭が祈りを唱えはじめた。世界を支え、世界の(みなもと)たる精霊様、どうか我々に偉大なる助け人をお与えください。この町を、モーラの村を、この世界を、どうかお救いくださいませ。
 声が止んだ。
 司祭が黙祷(もくとう)している。
(本当に効果があるのか?)
 思ったところで、突然、精霊の灯が一際大きく、強く、輝いた。
(召喚!?)
 戦く間に光の球は数十倍に膨れ上がり、ふいに、分裂した。
(き、来た!)
 分裂した光の球は、教会の入り口へ向かった。正門から外に飛び出る。司祭から説明を聞いていた通りである。
「追え!」
 カラベラは命令を発した。教会を走り出る。
 空に、光の球が見えた。
 ゆっくりと空を移動している。
「追え! 決して見失うな! 光が落ちたところに、ディフェレンテがいるはずだ!」
 カラベラは馬に乗った。
 すぐに走り出す。
 光はソルムの市門を抜け、東の空へ走った。
 速い。
 とても追いつかない。
 ふいに東の先で、光が落ちた。近くにあるのは――確か、先日豚泥棒があったところではないか。部下が調べに行っていたはずではなかったか。
 カラベラは馬を飛ばした。
 ようやく、豚舎(とんしゃ)に到着する。
「守備隊長カラベラだ! ここに光が落ちなかったか!」
 カラベラは、豚舎の主人に尋ねた。
「さあ」
「中を見せてもらうぞ!」
 豚舎を抜けて、中庭に入った。馬を進める。
「豚泥棒め!」
 ふいに男の声が聞こえた。
「違います、豚泥棒じゃないです!」
 若い男たちの声が累なって聞こえた。
「アイム・ナット・ユア・エネミー、アイマ・ジャパニーズ!」
 聞き慣れない言葉が飛び込んできた。
(ディフェレンテか!?)
 カラベラは馬の腹を蹴った。餌用の干し草の固まりが見え、その上で慌てている見慣れぬ白い服の若者二人が目に飛び込んできた。守備隊の騎士が、剣を抜いていた。
(殺させてはならぬ!)
 咄嗟(とっさ)にカラベラは叫んだ。
「殺すな! その者はディフェレンテだ!!」
 若者二人でカラベラを見た。
 一人は眼鏡を掛けていた。
 一人は掛けていなかった。
 眼鏡を掛けている方の男が、ひぃっと声を上げた。
(二人!?)
 カラベラは驚いた。ディフェレンテは普通、召喚されるのは一人だと聞いている。二人など、聞いたことがない。
「カラベラ様」
 騎士が振り返った。
「その者たちを殺してはならぬ! 司祭様が召喚されたディフェレンテだ!」
「この者が!?」
 騎士が驚く。
「わたしはソルム城守備隊隊長カラベラだ。おまえは? ディフェレンテか?」
 カラベラは尋ねた。
 眼鏡の少年は、
「骸骨がしゃべった~~っ!」
 と怯えた声を上げた。
 まただ。
 自分を初めて見る者は、必ず驚愕(きょうがく)する。
 もう一人の少年も、半開きに口を開いていた。
「おまえ、名前は!?」
 尋ねた。
「清川ヒロト。ここ、どこ? 九州でも北海道でもないよね? アメリカ? ヨーロッパ?」
 聞き慣れぬ言葉を口にした。それが、自分が後に仕えることになる若き城主、ヒロトとの出会いだった。

【次回更新 7月24日(金)】

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