第二話 ヴァルキュリア その三

作者:鏡 裕之

   6

 人間たちは、精霊(せいれい)教会(きょうかい)に祝福を求めて、あるいは祈りを捧げるために来るらしい。だが、自分にとっては絶望の場所だった。
 司祭の姿が見えた時は、背筋が凍りつきそうになった。
 殺される。
 村人に紹介されて、撲殺されるんだ。
 そう思った。
 キュレレ。
 親父。
 わたし、殺されちゃうよ。
 なんで助けに来てくれないの? どうして気づいてくれないの? キュレレ。お姉ちゃん、死んじゃうよ。親父、助けて。
 司祭はヒロトと呼ばれる少年と話し込んで、引っ込んだ。
 恐怖が走った。
 村人が来るんだと思った。今度扉が開いた時には、死の扉が開くんだ。苦痛と地獄の扉が――。
 ヴァルキュリアはうつむいた。悔しくて悲しくて、頬が(ゆが)む。
 自分に泣きたい。
 捕まってしまった自分の間抜けさに、自分の馬鹿さ加減に。
 どうしてこうなっちゃったんだ? どうしてあの時、キュレレに本を読んであげなかったんだ? 読んであげていれば、こんなふうにはならなかったのに。
 涙が込み上げてきた。
 わたし、死んじゃうんだ。殺されちゃうんだ。
 涙が溢れて止まらない。
「司祭の人とは話をしたよ。今夜はここに匿う」
 とヒロトは説明した。
「わたしの親父は、本当に()族長(ぞくちょう)なんだぞ。わたしを殺したら、おまえたち、全員全滅するんだぞ」
 涙を流しながら言う。
「殺さないよ」
「じゃあ、今すぐ離せ! 自由にしろ!」
「それはできない」
「やっぱり殺すんじゃないか!」
「殺さないよ」
「嘘つけ!」
「明日、村人には一人一人会わせる」
 恐怖で顔がひきつった。
「わたしを殺させるのか!」
 ヒロトは首を横に振った。
「司祭にも確認したんだけど、精霊教会では人でも獣でも異種族でも、殺すことはできないんだって。殺したら、すぐ精霊の呪いが掛かるんだって」
「そんなの信じられるか」
「村人には武器を持たせない。ただ、ヴァンパイア族を捕まえたよってことを、見せるだけ。集団で見せると絶対暴行につながるから、一人ずつしか見せない」
 ヴァルキュリアは鼻を(すす)った。
「いいから離せ。血を吸おうとしたことなら謝るから、見逃して……」

   7

 ゼルディスは自分の天幕を出て、夜空を見上げたところだった。今日は一際(ひときわ)星がきれいだ。
 次女の天幕に行く途中、長女の天幕を見たが、人の気配はなかった。
(また出かけておるのか)
 ゼルディスは天幕と天幕の間を歩いた。次女の天幕に近づくと、何やらめくる音が聞こえてきた。また本を見ているらしい。
 天幕を覗き込むと、腹這いになってキュレレが本を覗き込んでいた。ゼルディスを見て、大きな垂れ目をパチパチさせた。
「本」
 とキュレレは言った。
「今度な」
 と応えると、キュレレが悲しそうな顔を見せた。娘は自分の顔を見ると、本とおねだりする。できれば読んでやりたいが、自分も忙しい。
「今日は遅いからもう寝ろ」
 そう言うと、ゼルディスは天幕に入り、娘の額に口づけした。
「おやすみ、わしのかわいい姫様」
「おやすみ……パパ……」
 とキュレレもゼルディスのほっぺたにキスをした。

   8

 翌朝、扉を開く音にヴァルキュリアは目を覚ました。司祭の顔が見えた。その横に、村人が一人立っていた。
(ひぃぃっ!)
 殺される!
 やっぱり、あいつの言ったことは嘘だったんだ!
 ヴァルキュリアはもがいた。
 逃げなきゃ。
 こんなところで死にたくない。
 でも、包帯で拘束されている。その包帯は、柱にくくりつけられている。
 いやだ。
 こんなところで死ぬのはいやだ。
「殺すのはならんぞ。精霊様がお怒りになる。少しでも傷つければ、精霊の呪いが掛かる。決して傷つけてはならんぞ」
 と司祭が声を掛ける。
「手を触れたらだめだよ。一切傷つけずに生け捕りにしてこいっていうのが城主命令だからね」
 とヒロトも厳しい口調で言い添える。
 村人はヴァルキュリアを見た。
(ひぃっ……!)
 ヴァルキュリアは思い切り硬直した。顔が引きつる。
 わたし、殺される。
 こいつが襲いかかって、わたしの頭蓋骨を潰すんだ。
 だが――。
 男は飛び掛かってこなかった。
「本当にあんたが捕まえたのか?」
 とヒロトに尋ねただけだった。
「そうだよ。あとは城へ護送するだけ」
「村人は納得せんぞ」
「じゃあ、飛び掛かってみる? 飛び掛かった瞬間に精霊の呪いが掛かるよ。そうなった時、誰が責任を取るの?」
 村人は応えず、部屋を出ていった。
(だ、大丈夫だった……?)
 安堵したのも束の間、扉が開き、二人目が入ってきた。
(また来た……!)
 ヴァルキュリアは後ろに逃げようとした。が――やはり、身体は拘束されている。
 来るな。
 あっち行け。
 おまえらに殺されてたまるか。
「殺したらだめだからね。怪我をさせてもだめ。精霊の呪いが掛かるよ。それに、一切傷つけずに生け捕りにしてこいっていうのが城主命令だからね」
 またヒロトが同じようなことを言う。
 ヴァルキュリアのすぐ隣には、相一郎という眼鏡のディフェレンテが剣を抜いて立っていた。確か、昨日自分が血を吸った男が持っていたものだ。
(こいつは襲いかかる? こいつに殺される……?)
 不安の中で破裂しそうになっていると、二人目が出ていった。
 三人目も四人目も同じだった。五人目も六人目も、同じように一人ずつ教会に入っては自分を見、出ていった。一人だけ、
「このヴァンパイアが!」
 と近づいたが、
「精霊の呪いが掛かるそ!」
 とヒロトが剣を抜いて鋭い一喝(いっかつ)を放った。
「呪いなんか知ったこっちゃねえ!」
 と男は叫んだが、
「この女は族長の娘だぞ! 指一本でも触れたら、この村が全滅するぞ! それでもいいのか!!」
 と、もの凄い怒号を発した。ヴァルキュリアもびっくりするくらいの大声だった。男はヒロトの怒号に威圧されて、沈黙した。そして、何もせずに教会を出ていった。

   9

 目が覚めて、ミミアが最初に思ったのは、昨日のヴァンパイア族は大丈夫だろうか、ということだった。
 ヴァンパイア族との接点はない。口を利いたことも一度もない。
 でも、昨日のヴァンパイア族の娘はかわいそうだった。攻撃してきたのは向こうだけれど、相手は心底怯えていた。村人に殺されるのを怖がっていた。
 ヒロト様は絶対殺さないと言っていたが、本当にうまくいったのだろうか?
 様子を見に行きたかったが、ミイラ族が人間の村に行けば煙たがられる。あっちへ行けと追い払われるに決まっている。
 それでも、ヒロトに会いたくなって、昼頃、ミミアは洞窟を出た。町からソルムへ向かう道に、小さな橋が架かっている。そこまで行ってみようと思ったのだ。
(もしかしたら、ヒロト様にお会いできるかも……)

 村外れの小川で待っていると、馬が二頭、近づいてくるのが見えた。後ろの馬には、眼鏡の少年が乗っていた。なんだか、乗り方が変である。というか、下手くそである。
 先頭の馬には二人が乗っていた。包帯で拘束された吸血鬼と、ヒロトである。
(ヴァンパイア族、死んでなかったんだ! よかった……!)
 ヒロトがミミアに気づいた。そばまで来て馬を止める。
 ミミアは目をきらきらと輝かせてヒロトを見た。ヴァンパイア族が無事だったのもうれしかったが、それよりもヒロトと再会できたことがうれしかった。これで、三回も会うことができた。
 ヒロトとはうまく話せなかったが、包帯を手渡すことはできた。ヒロトはありがとうと言い残して、馬で去っていった。
 後ろ姿を見送りながら、また会いたい、とミミアは思った。もっと長い時間、お話をしたい……。

【次回更新 11月27日(金)】

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