第一編 四章の2  目覚めるもの

作者:緋月 薙

四章の2 目覚めるもの



 (SIDE カリアス)


「――ッ!? みんな、ふせてッ!!」
「「「「「 ――ッ!? 」」」」」

 イリスの、悲鳴の様な警告の声。
その直後――地鳴りと共に、大きな地震がイグニーズを襲った。
僕はイリスを、フィアナはアリアちゃんを咄嗟(とっさ)に庇う。
見るとエリルはリーゼちゃんを守る様に寄り添い、フォルカスさんはその近くで二人を見守っている。

「……おさまった……か?」
「……みたいね……。イリスちゃん、なんでわかっ――イリスちゃん……!?」

 顔を青くして恐がっているイリス。――この様子は普通じゃない。

「イリス! どうしたの!?」
「怒ってる……! 土と火の精霊さんが怒ってるの……!!」
「 ッ!? ――イリスちゃん、その怒っている精霊が集まっている場所、わかる……?」

 何か思い当たる事があるのか、緊張の面持ちを隠さずに訊くフィアナ。
それに応え、すぐに精霊たちの声に耳を傾けるイリス。

「――真下……ううん、遺跡の方……?」
「……マズイ、かもしれないわね。 ――カリアス、もう一度レミリアに連絡を!!」

 何が起きているのか、僕には分からない。
それでもフィアナがここまで焦っている姿は、あまり見た事が無い以上、深刻な事態だということは分かる。
言われた通り、連絡を取ろうと通信用の『映光玉』を探すと――机の上に置いてあったそれは、先程の地震で床に落ちており――

「――ヒビ、入ってる。…………うん、やっぱり反応無い」

 この街にもこういう器具に詳しい職人はいるから、修理はできると思うけれど……
少なくとも僕には手に負えないし、すぐに直せるものとも思えない。

「……最悪! ――フォルカスさん、自警団に連絡取って非常事態宣言を出す用意をお願いします。事情説明は私がしますから、街の有力者を集めてください……!」
「フィアナさん……?」「フィアナ姉ちゃん、何が……?」

 突然の出来事に、ついてこれていないエリルとリーゼちゃんが、戸惑いの声をフィアナに向ける。

「――あなたたちは一度、家に帰りなさい? それでお家の人にも言って、いつでも避難できる準備をしておく事。理由は……とりあえず、さっき以上の地震が来る可能性があるからって事で。――いいわね?」
「う、うん、わかった……!」

 エリルもリーゼちゃんも、フィアナの言葉の中の『とりあえず』という部分が気になった様ではあったけれど……素直に頷き、急いで帰って行った。

「――フィアナ。深刻な状況だって事はわかるけど……何が?」

 多分、子供たちを必要以上に怖がらせたくなかったのだろう。
そういう意図が見えていたため、イリスとアリアちゃんもフォルカスさんに任せてから、フィアナに訊いてみる。

「……レミリア、三日だけ()(こた)えてって言ってたわよね?」
「――う、うん。言ってたけど……?」
「……杞憂で済めば、それでいいの。でも、もし当たっていたなら――」

 そう言ったフィアナは、窓の外に眼を向ける。その先にあるのは……遺跡。

「――最悪の場合。この街に明日は無いわ」


     ◆     ◆


「……やっぱり『そういう事』みたいね」

 アリアちゃんを見つけた、遺跡の隠し部屋。その入り口の壁を崩したフィアナが、感情を押し殺したような無表情で告げる。

「…………」

 僕も無言。……なにせ、封印の氷が詰まっていた場所から、大量の水が流れ出てきたのだから。――封印は、解けている。
 その事を改めて確認してから――あの後のフィアナの話を思い出した。



『この一帯が、火山の火口だったかもしれないって説、知ってる?』
『……は? ――でも、噴火の痕なんて無いし……森も湖も、それに何より、数百年――多分千年以上前からある遺跡だって……』
『そうね。だから誰も相手にしなかった。……私だって、『封印』や『土と火の精霊の怒り』なんて知らなかったら、相手にしてないわ。――でもね? 地形的にそうなのは、事実らしいのよ。偶然だと思われてたんだけどね。……もっと言うと、この街のイグニーズっていう名前。ただの『集落』だったときかららしくて、その集落がいつからあったかっていうのも、不明なのよね。……語源、何かしらね?』
『――『火』(イグニス)、っていう事? まさか……あれが火山の封印だと?』
『ううん。あの封印は、世界への干渉を行うような封印じゃなかったし――一緒に封印されてたアリアにしても、そんな魔力は無い。――火山を抑えていたのは、別の何か』
『……待った。無理やり抑えていたなら、イリスが気がつくんじゃ……』
『――ええ。解放された精霊の暴走に、気付いたくらいだものね。……でも、察知範囲外だったとしたら? ……そして、無理やりじゃないとしたら?」
『範囲外ってのはともかく、無理やり以外の方法で抑えるなんて……あ』
『思いついた?『精霊の愛娘』以上に、『精霊を統べる存在』』

 精霊の愛娘が、精霊に『慕われる』のだとして。それとは別に、精霊を『従わせる』存在がある。
その種族は、『精霊の支配者』といわれる――

『――竜種』

『ええ。――しかも、千年以上も火山を抑える程の、ね』
『……ならば、良くて上位種。悪ければ古竜クラス……!』



 今はもう、とっくに日が沈んでいる時刻。この遺跡に来る途中で見上げた空には、満月が美しく輝いていた。
……その美しさを『場違い』と思ってしまったのは、太陽と月の双女神を崇めるトリティス教の者としては、罰当たりなのかもしれないけれど。

 街の有力者を集めての状況説明を済ませてから、教会を含む数か所の避難所に、可能な限りの人を集め。その上で僕や自警団の方、冒険者の中の実力者が、使用できる最高の防御術を避難所に施し、他の術者たちがそれを維持して今夜一晩を耐える。
 そんな厳戒態勢を整えてから、僕とフィアナは完全武装で、状況の確認に来た。
 もっと早くに来たかったが……予想できる状況を考えると、どれだけ準備をしても全く足りない。
だから出来る限り最大限の守りを固めるために、どうしても必要だった。

「――フィアナ。奥に扉がある」

 それは、氷で埋まっていた空間の奥。永い時の流れにも錆び一つ浮かべていない、金属製の扉が存在していた。

「……どうする、カリアス?」
「――行こう。もしかしたら、再封印が間に合う可能性も無くはないし……竜種なら、話しが通じる可能性もある」
「…………そうね」

 頷いたフィアナだが、その顔は険しいまま。
一応、魔物などを封印する術式は、僕もフィアナも知っている。
でも、上位種以上の竜種が相手では、眠っているか相手の同意が無いと、効くとは思えない。
 そして、人語が通じる竜種だった場合。
上手く説得できれば最善だが……封印され続けていた存在が、人の都合を聞いてくれる可能性は……。
 そんな事を考えながら、発見した扉に罠などが掛かっていない事を確認し、手をかけると――意外にも簡単に開いた。
そして、中には下に続く階段が見える。

「――行こうか」
「……ええ」

 警戒しつつ階段を下りながら、段数から大体の深さ、遺跡内の位置関係に見当をつけながら先に進む。

「上位種が一匹くらいだったら、まだなんとかなるんだけどね。――僕一人でも少しは持ち堪えられるし、街に行けば、他にも戦える冒険者がいる」
「……そうだといいけど、望み薄ね」
「――だね」

 僕も気がついている。永いこと誰も来ていなかったはずなのに、魔物が一匹として居ない。
……まるで何かに――『闇すらも』怯えているかの様に。
 そして、段々と強く感じてくる、『圧力』としか言えない『何か』。
階段が、終わる。その行き止まりの横には大きな扉。
この向こうに、何かが居る。――それはもう確実だった。

「……勝てる相手じゃないわね。様子を探るだけにして、例の珠で逃げるわよ」
「――うん、わかってる」

『例の珠』こと『転送珠』は、一つは僕が、もう一つはイリスが持っている。
危なければすぐに教会に逃げ帰り、危険を伝えて住民に避難を促せる。
そしてレミリアに連絡を取り、至急増援を依頼。それを待って対処をする。
そのための映光玉は現在修理中。急いでもらっているため、今夜中には出来るそうだ。
 ……本音を言えば、扉を開けずに今すぐ逃げたい。だけど後の対処を考えれば、正確な情報が欲しい。
それに――考えたくはないが、暴れ出す場合は時間稼ぎをする必要がある。
ここは地中。多少暴れた程度なら影響は無いだろうが……もし古竜以上の存在なら、楽に地形を変えるレベルの攻撃力を保有するのだから。

「…………開ける。いい?」

 コクリと、声を出さずに頷くフィアナ。
彼女は恐らく、頭の中でもう何かの詠唱を始めている。だから声を出さない。
僕も、手持ちの月光石と陽光石の数と、輝剣に封じ込める形で登録してある術を確認し、各種状況に応じた手段を考えてはある。
……だけどこの『圧力』。それらが通用する相手かは、疑問だった。

 扉を押す。軋みをあげて開いたその奥は、高い天井を持つ、広大な空間だった。
そしてその奥に――『ソレ』は居た。

 広大な空間の奥に居たものは……予想していた通り、ドラゴン。
ただし、高い天井に頭が届く程に巨大な――赤き竜。

「古竜級、レッドドラゴン……!」

 竜種の中でも、最も攻撃力に優れるという赤竜。
しかも火山を抑える事で、多くの精霊の力を得たのだろう。その大きさは、話に聞いた古竜の中でも上位と思われる。
 ……もはや、人が勝てる相手ではない。
懐に入れた『転送珠』を取り出し、フィアナを抱き寄せ、逃げる準備を整えたところで――光が生まれた。

「……え?」

 僕たちが見つかった――わけではないらしい。
確かに竜はこちらの方を向いているが、正しくは、僕たちの少し先の壁面を睨み付けていた。
そして――その口には光が集い始めている。
通常、竜のブレスには個別に名前が付いている。赤竜のファイア・ブレス。青竜のアイス・ブレス。雷竜のサンダー・ブレスなど。
 しかし、古竜以上の竜のブレスは、その種に関わらず名称が一つしかない。
なぜならば、それらが解き放たれた時、与えられる結果はたった一つだから。
 それは――『滅び』。故に、こう呼ばれる。

「――あれが、『裁きの吐息(パニッシュメント・ブレス)』……!!」

 傍目には美しくすら見える白光。しかしそれは精霊の力が集束・圧縮されたもの。
「――壁を消し飛ばして脱出する気か……!」
 ここに居ると、確実に巻き込まれる。僕は逃げようと、『転送珠』を発動させ――

「――ッ! …………ごめんフィアナ、逃げられない……!」
「なッ、何言ってるの!? どうしたのカリアス!?」

 悲鳴の様な声を上げるフィアナ。……でも、逃げられない。逃げられないし……逃げても無駄な事に、気付いてしまった。
遺跡の入口の標高、降りてきた高さ、方角――

「……逃げられない。アレの射線上に街がある……!!」

「なッ……!?」
 イグニーズの街は遺跡に近過ぎる。アレがこのまま解き放たれれば……恐らく街は、山脈の一角ごと消滅する。
「――行くよフィアナ……!!」
「それしかないわね……!!」

 僕たちは、『裁きの吐息』の射線上に踏み込む。
――一瞬、古竜が眉を(ひそ)めた様に見えたが、その動きは変わらない。
――このまま、来る。
 仮に僕たちが逃げたところで、転移場所は教会に居るイリスの近くである以上、まとめて消し飛ばされる。
そして――それ以前に、絶対に逃げたくない理由もある。
――後ろに流せばアウト。防ごうとするのは無謀。ならば……!

「フィアナ! 障壁を斜めに全力展開、上に弾く!!」
「……やるしかないみたいね。カリアス、死ぬときは一緒よ……!!」
「縁起でも無い、一緒に生きる! とにかく一撃を堪える事だけに全力を!!」

 言いながら、僕は持ってきた月光石と陽光石を全て取り出し、地面に叩きつけて割り、その内包されている全ての力を解放。障壁の展開に入る。

「圧縮法陣展開!『月光陣』『陽光陣』『星海陣』! 『集え・天を覆いし全ての光・全ての厄災を封ずる・神の御力(みちから)』――!!」
「『来たりて集え・四元の精霊・不条理なる裁きに・抗いし障壁となれ』――!!」

「『天蓋陣・極光』――!!」
「『霊光壁・抗魔』……!!」

 そして、『裁きの吐息』が解放される。

「「 ッ……! 」」

 烈光に目は(くら)み、音は破壊の音ではなく、ただ遠くからの地響きのみ。
僕が使ったのは聖術最高位の防御術。全天の光をまとめあげて生じさせたオーロラで、全ての攻撃を遮断する術。
上位竜種のブレスなら、これだけで防ぎきれる。
 フィアナの障壁も、全ての精霊を用いる、防性魔術としては最高位のもの。
合わさった二つの最高位術が、裁きの吐息を真上へと弾く事に成功する――が。

「くっ……!!」

 威力の大半を受け流しているにも関わらず、押される。
こちらは全力を振り絞っているが、攻撃が途切れる気配が無い。……このままでは障壁も、いつまで耐えられるか分からない。

 ――でも、守りたい者が、自分達の後ろに。――そして、隣にも。

「フィアナ! 僕が精霊を集める! 障壁の出力を上げて!!」

 思い出すのは、イリスの魂を作ったときの事。
聖術の光に集い来た、精霊達。――僕は即興の独自詠唱を重ねる。
――光と意識を同化させ、彼方の精霊達をかき集める……!

「『光を慕いし・精霊達よ・我が下に来たりて・力となれ』……!」
「カリアス……! なら……『四元の精霊・寄り集まりて・霊光となれ・――全ての意思・光となりて・我らが前へ』ッ……!!」

 フィアナも独自詠唱を重ね――

「「 ――『集え・天地全ての力』……ッ!!  」」

 ――次の瞬間、感覚の全てが消えた。

 明るいのか暗いのか、静寂の中なのか、轟音の中なのか、それすらもわからない。
 ――生きて……る……?
視界と感覚が戻る。どうやら、仰向けに倒れていた様だ。……真上に、裁きの吐息が(つらぬ)いた大穴があり――そこからは、夜天に輝く満月が見えた。
辺りを見まわす。――少し離れた所に、フィアナが倒れている。

「……大丈夫……か……?」
 やっとの思いで声を絞り出し、フィアナに尋ねると――微かな声が聞こえてきた。
「……力、出し切っちゃったけど……なん、とか……」
 フィアナは、もう動ける状態では無いらしい。
とはいえ……自分でも信じられないが、アレを(しの)げた。だけど――

『ほう、今のを耐えるか……少し驚いたぞ、人間』

 まだ余力があるらしい、古竜。その眼は間違いなく、僕とフィアナを見据えている。
――これは、生きて帰るのは……無理、かな。
そう思いながらも、剣を支えにして立ち上がる。
そしてその動作で誤魔化し、転送珠を足元に置き――前に進み出ながら声を上げる。

「我が名はカリアス、トリティス教国の聖殿騎士! ……知恵高き古き竜とお見受けするが――何故ここに居られる! 命を懸ける者の問い、どうか答えていただきたい!!」
「――カリ、アス……?」

 フィアナは僕の言葉と――足元に置かれた転送珠に気付き、僕の意図をわかってくれたらしい。
……そして、間違いであってほしいと、思ってくれている様に見える。
そんなフィアナの擦れた声を無視し、古竜を睨み続ける。

『――良かろう。我は――かつて友より『ハールート』と名を与えられし者。……しかし人間の手により友は失われ、我が身はこの山を鎮めるための(いしずえ)として封じられた……! 我より友と誇りを奪いし者共、許す事など出来ぬ……!』

 ……見上げる先の古竜の頭。その瞳には――確かに、憎しみの感情が浮かんでいた。

「――貴方が封じられてから、既に千年以上の時が流れている。貴方が恨む者たちは、遥か昔に死んでいる――などと言っても、止まる気は無いのでしょうね……」
『――それが分かっておるのなら、これ以上の問答は不要であろう。……来るがよい。貴様の戦い次第では、そこの娘は助かるかもしれぬぞ?』
「……やはり、気付いていましたか。――では、参ります……!」

 僕が時間を稼ぎ、フィアナに転送珠で逃げてもらい、街の住民の避難を頼みたかった。
ただ逃げるだけだと、もう一度『裁きの吐息』を撃たれれば終わり。
だから時間稼ぎが必要だし――何より、フィアナには生きてほしかった。

「――ダメ……ダメよカリアス! あんたが逃げなさい……!!」

 フィアナの悲鳴の様な声。……不謹慎だけど少し嬉しく思いながらも――無視。

 ……ごめんイリス、フィアナ。……もう会えないね。……生きてね?

 心の中で最後に祈り――踏み出す。
『その意気や良し……! 抗ってみせろ、人間!!』
 言葉と共に、古竜ハールートの前に炎の壁が形成される。逃げ道は、無い。
「そうさせてもらうッ! ――『月光・集え――月光盾』!」

 こちらも言葉と共に、聖術を発動。光の盾を複数個作り出す。それを組み合わせ、先端を前に向けた方錐状に。
――逃げられないなら、最短距離を強行突破。
『甘いわ!』
 炎壁を抜けた僕に、横から長大な竜の尾が迫る――が、それくらい読んでいる。
跳躍後、盾を右下に形成。薙ぎ払いを受け流し、更に高く跳ぶ――
「はぁあッ!!」
 輝剣一閃。渾身の一撃は古竜の胴に入り――竜鱗を数枚割って弾かれる。
『ふんッ!』
「くッ!!」
 古竜の前足が宙にいる僕を襲う。
盾で激突の衝撃を受け流すも、そのまま弾き飛ばされた。
――やっぱり、今の僕じゃ勝てない。
剣がほとんど通らない以上、勝ち目は無い。……だけど、諦めるわけにはいかない。
「行くぞ!」

 気合を入れ直し、再び踏み出したとき――横の床で、小さな光が生まれた。
 ――え……?
光の源は、転送珠。それが起動したという事は、誰かが転移してくるという事で――
 ――いったい誰が!? ……そんなことより今はマズイ!!
転送珠と竜の距離が近すぎる。下手をすると、転移直後を薙ぎ払われる。
「くっ! ならば――!!」
 転送珠を竜から庇う位置に向かう。古竜は、そんな僕に狙いを定めた。
『もらったぞ――』
 前足の爪が振るわれ――

「……だめッ……! 『ハールート』……!!」

 転送珠の光から、真紅の髪の少女が飛び出し――
「「『 !? 』」」
 僕を庇うように、竜爪の前に身を躍らせ――

 そして、紅色が空に散った。




 (SIDE イリス)


 地ひびきと、光。見ると――遺跡の方から、しろい光が空へのび、街を昼間のようにてらしています。
その光は――とても怖いモノだと、わたしにはわかりました。

「……! おとうさん、フィアナさん……!!」

 遺跡に様子を見にいった、おとうさんとフィアナさん。――きっと何かがあったのだとおもいます。
……でも、今のわたしは祈ることしかできません。
「……このこえ……?」
 そんなときに聞こえてきた、アリアちゃんの声。それは……なぜか何かを――誰かを、さがしているようにも聞こえました。
「アリアちゃん……? アリアちゃん、どうしたの?」
「……おねえちゃんっ、このこえ、なんだろう……?」
 アリアちゃんが言っている『こえ』は、わたしには聞こえません。
「……なつかしいの。かなしいの。――でも、うれしいの……! なんだろう、おねえちゃん……!」

 ――きっとソレは、アリアちゃんにとって、とても大切なもの。アリアちゃんの、大事な『思い出』。
それが、もどろうとしているんだと思いました。
「――だいじょうぶだよ、アリアちゃん。だから……おちついて?」
「……おねえちゃん……?」
 わたしは、おとうさんがしてくれるみたいにアリアちゃんと目をあわせて、ゆっくりお話ししました。
「……すこしずつ、思い出そう? ――きっと、もどってくるから。……ね?」
「っ、……うんっ」
 そう言って、抱きついてきたアリアちゃん。わたしは――アリアちゃんが思い出せるまで、背中をなでてあげることにしました。

 そして。すこし、そのままだったアリアちゃんでしたが――
「……『ハールート』……? ……そうだ、ハールート……!」
 顔を上げたアリアちゃんが、すごく慌てたようすで言いました。
「――え? 『ハールート』って、なに……?」
「ハールートは――わたしの、たいじなともだち……! おねえちゃん……! ……さっきのひかりのところ……ハールートのところに……!!」
 え……? あの光が、『ハールート』……!?
 どうしようか迷っているうちに、アリアちゃんは手をのばして――
「おねえちゃん……ごめんね……!」
「 !? 」
 そして、預かっていた『転送珠』に触れて。

「……おねがい……! ハールートのところへ……!!」

 光が、わたしたちを包みました。その光が消えると景色が変わっていて――

「……だめ……!『ハールート』……!!」
 そう言って、大きな竜とおとうさんのあいだに飛び込むところでした。そして――
「「『 !? 』」」
 その竜は、手を止めようとしたように見えましたが……まにあいませんでした。

 あかい色が――空に。

「「 アリアちゃん!? 」」「……アリ、ア……!?」
『……あ、アリアなのか……? どうして……生きて……?』
「……ハールート……なんだ、ね……? ……おっきくなったね……?」

 ――この、大きな竜が『ハールート』……? じゃあ、いま、アリアちゃんは友達に……? このハールートは――友達を……?

『……なぜ……? なぜアリアがここに居る!? なぜ我はこの手で……!?』
「――まさか、貴方に名を贈ったのがアリアちゃん!? ……この子は上の階に、時間を止める氷で封印されていて――!!」
『な……! 我は……我も封印はされていたが、時は止められていなかった……だから、もうこの子は生きていまいと……!』
「ハールート……? このひとたち、が……わたしをたすけて、くれたんだよ……? だから……けが……させちゃ……だめ……」
「アリアちゃん!? すぐ治すから……!
『大地の意思、優しき精霊たちよ、その慈しみの御手を以って、彼の傷を癒せ』……!」

 わたしはすぐに、治すための術を使います……!

『その能力――『精霊の愛娘』か!』
「……わたしの、おねえちゃん……だよ……? ――このひとが……おにいさん……あのひとが……おかあさん……。――みんなわたしの……だいじな……ひと……」
 わたしの術の光がきえて――だめです。ぜんぜん治っていません……!
「おとうさん! 精霊さんが――水の精霊さんがすくなくて、治しきれないって……!」
 今たくさん居るのは、土と、火の精霊さん。風の精霊さんも、呼べばあつまってくれるそうです。でも、いちばん必要な水の精霊さんは、あまり近くにいなくて……!
「さっきの戦いの影響か! でも、この子には聖術が……!」
「……そんな……!? ――『ハールート』! アンタがやったんでしょ!? この子を助けなさい!! ……この子を助けてよ! 古竜なんでしょうが!!」
『我に、癒しの力は無い……! 我も助けたい……! カリアスよ……何とか、何とか助けてはくれぬか……!!』
「祝福を持たないこの子に、僕の聖術は効かないんです! ――くッ、なんで肝心な時に僕は……!!」

「……かなしませて、ごめんね……? ……さよならだね……ハールート……おかあさん……おねえちゃん……おにいさん……みじかかったけど……たのしかった……よ……?」

「アリアちゃん!!」「アリア!!」『アリア……!!』
 アリアちゃんの声が、どんどん小さくなっていって。おとうさんが、フィアナさんが、ハールートさんが、悲しい声でさけんで。――でも、どうしようもなくて。
 わたしは……そんなこうけいを、ただ見ていました。
 ――アリアちゃんが、死んじゃう……? 居なくなる……?

 わたしと同じ、『造られたイノチ』。
……何のために造られたのかなんて、知りません。
だけど……ぜったいに、こんな所で死ぬためのハズはありません……!
わたしを『おねえちゃん』って言ってくれる、かわいい『いもうと』。
この子に――『しあわせ』になってほしい。ぜったい、死なせたくなんてない……!!

 足元をみると、おとうさんの剣が転がっていました。
その真ん中の石には、空の月がうつっていて――わたしは気がつくと、その剣をもって、夜空の月にさけんでいました。

「――月の神さま! こんなのないよ……! アリアちゃんを助けてよ……!!」

 すると、剣があおい光をだして。空からも光がおりてきて――




 (SIDE カリアス)


「――月の神さま! こんなのないよ……! アリアちゃんを助けてよ……!!」

 イリスの――祝福を持たない者の、届かないはずの祈り。
しかし、奇跡は起きた。
イリスが手にした輝剣が青白い光を放ったかと思うと――夜天に輝く満月から、光が舞い降りてきた。

「これは……『月光の祝聖』!? なんでイリスが!?」

 その術は、対象者の魂を癒すことで命の根幹を活性化させ、生命力を増幅させて身体の傷も癒す。
……冥府へ向かう魂すら引き戻すと言われる、ある意味で『月神レティスの力の象徴』ともされる、治癒系最高位術。
 僕ですら使えない術で……『聖女』と呼ばれる存在しか、使えないはずの秘術。
「な……なんで……この子に聖術が効くの……?」
 フィアナが、唖然とした顔のまま、疑問を口にする。
「……月の女神レティスの力は、精神や魂への力。身体には祝福が無くても、魂はレティスの導きにより身体に注がれる……。だから、魂から癒すこの術なら――」
「――でも、なんでイリスちゃんが……? イリスちゃんも祝福は無いはずなのに……」
「わからない。でも、これなら……!」
 皆が視線を送る中――少女が再び目を覚ます。

「……あ……れ……? ……わたし……?」

「アリア……!!」『アリア! 良かった……!!』
 目を覚まし、まだ焦点が合わない瞳を彷徨(さまよ)わせるアリアちゃんに、泣きながら抱きつくフィアナ。ハールートも、その大きな眼から涙を流す。
そして、奇跡を起こした当人、イリスは――
「……アリアちゃん……よかった……月の神さま……ありがと……う……」
「イリス!?」
 倒れかけたイリスを、ギリギリで受け止める。……どうやら力を使い果たし、疲れて眠りに落ちただけの様だ。
その寝顔は、とても幸せそうで……とても、満足そうだった。

「イリス……お疲れ様。――本当に、よくがんばったね……?」
「カリアス、イリスちゃんは……?」
「……おねえちゃん……」
 見ると、その場にいる全員、『ハールート』までもが、心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫。疲れて眠っただけみたいだから……」
 愛娘への愛しさと共に、自然に浮かんだ笑顔で言うと――皆が、安堵の息を吐いた。

 ――さて、と。一応、事態は落ち着いたっていう事で……事後処理かな。
「ハールート殿」
『……ハールートでよい。……それよりも、我がした事と、汝らにしてもらった事を考えれば、我の方が汝らに敬称をつけるべきであろうな。――カリアス殿、フィアナ殿。……大変な失礼をした。私は恩人を、そして最も大切な友を(あや)めるところであった。……すまなかった。そして――心から礼を言わせていただく。ありがとう……!』
 頭を下げる古竜。……この光景には、僕もフィアナも、顔を見合わせ戸惑う。
「や、止めてくださいハールート殿……いや、ハールート! 元はと言えば、古代の者とはいえ人間が行った非道が原因なのですから。……それに――」
 そう言いながら、床に寝かせたイリスの髪を撫でる。
「――今回の功労賞は、間違いなくこの子ですから……」
『……この子にも、後で礼を言わせてもらわねばな……』
「……わたしもおねえちゃんに、いっぱいおれいする……!」
 近づいてきて、イリスの額にキスをするアリアちゃん。そのアリアちゃんの頭を撫でながら、ハールートに言う。
「イリスも、アリアちゃんの友達から堅苦しくは呼ばれたくないでしょう。だから、僕らの事も呼び捨てで。――それでいいよね、フィアナ?」
「――ふふっ、そうね」
 歩ける程度には回復したらしいフィアナも、笑みを浮かべながら僕の隣に来る。

「……それで、ハールート。過去の者達の非礼を心から謝罪し、その上でお願い致します。――勝手な願いとは重々承知しておりますが……この地の火と土の精霊を鎮め、この地の守護竜となっていただきたく思います。――どうか……!」
 騎士の礼法に(のっと)(ひざまず)き、頭を下げて願い出る。
『……頭を上げてほしい、カリアス。――この地にはそなたらが、そしてこのアリアが居る。言われずとも、この命尽きるまでこの地を護り続けようぞ』
「……でもハールート……? ……たぶんわたし……さきにしんじゃうよ……?」
『……そうだな。……それはとても悲しい。……アリアだけではない。今の我ならば、この場にいる者、全ての死を嘆き、悲しむであろう。……そして恐らく、それは避けられまい。……だがな?』
 戦った時に感じた恐怖など、もはや微塵も感じさせない。そんな穏やかで優しい眼差しで皆を見回し、ハールートは言う。
『――だが、子孫は残る。生きた証は残り続ける。……我は汝らが生きた証、その全てを護るため、この地に留まろう』
「ありがとう、ございます……!」
 僕とフィアナは、心からの敬意と感謝を込め、頭を下げた。

「――では、お礼という程のものではありませんが……一つ、提案させていただきます。――この部屋の片隅に、双方向の『転移陣』を敷設(ふせつ)してもよろしいでしょうか?」
『転移陣……?』

 二ヶ所の地面に陣を描き、短距離だがその間を瞬間移動できるようにする技術。
敷設自体の難易度は高いが、完成すれば誰でも、いつでも転移できる。
 ちなみに僕がレミリアに頼まれた『長距離転送陣』は、送り先と送り元、両方に高位の術者がいて、さらには転移する者も高位の術者の時に限られてしまう。僕達がこの街に来る際、馬車を用いたのはそのためだ。

「はい。長距離用の『転送陣』と異なり、『転移陣』は使用者を選びません。よって、この部屋とウチの教会に陣を敷設すれば――」
 今度は、期待に目を光らせているアリアちゃんの頭をなで、微笑みながら続ける。
「いつでも、ここに遊びに来れるよ、アリアちゃん」
「っ! ……ありがとう、おにいさん……!」
 そう言って抱きついてくるアリアちゃん。
「よかったわね、アリア?」
「……うん……♪」
『――重ね重ね、礼を言うぞ、カリアスよ』
「いえ。――ウチの子も、絶対に会いたいと言い出すでしょうし。では早速――」


 ――こちら側の陣の敷設を終わらせてから、フィアナとアリアちゃんに言う。
「さて……気が重いけど、帰ろうか?」
「『気が重い』? なんで? やっと一件落着して帰れるのに」
 ……すっかり失念しているらしいフィアナ。……厄介な処理が残っているのに。
「――あの大地震の後に、君が出させた避難勧告。そこにあの、山を貫通した『裁きの吐息』の光。……騒ぎになってないと思う?」
「…………あ」



 ……帰り着いた教会の前は――案の定、大騒ぎになっていた。
情報・状況説明を求める人々を、教会職員や自警団の方々、一部の冒険者の人たちが、必死に説得して落ち着かせている状態で。
 そこに僕たちが帰ってきたため、あっという間に囲まれたが――背中のイリスに気づいたらしく、押しかけてくる人は居なかった。
その事を少し嬉しく思いながら、事態を収拾するためにホムンクルス関係以外のあらましを話すと――歓声が巻き起こり。新たな大騒ぎに発展した。
一度は目を覚ましたイリスだが、事態が落ち着く頃には、再び疲れて眠りについた。
 ……大事な『いもうと』、アリアちゃんと手を繋いで眠るイリスは――安心した様子で、どことなく嬉しそうにも見える寝顔だった。


      ◆      ◆


 さて、あの『女教皇』は、どんな反応をしてくれるだろうか。
報告のために、修復が済んだ『映光玉』を発動させる。――今度はちゃんと光が放射され、彼方のレミリアを映し出した。

『お兄様、お姉様! ご無事ですか!? イグニーズ方面から光の柱が上がったと聞いて、何があったかと気が気でなくて……何があったんです!?』

 彼女にしては珍しく取り乱している。
……それにしても、聖都からも見えたか。さすがは『裁きの吐息(パニッシュメント・ブレス)』。
よく生きていたものだと、フィアナと苦笑を交し合い、二人で決めていたセリフを口にする。

「「 古竜とお友達になりました! 」」

『…………………………………………………は……?』

 疲れでむしろハイテンションになっていた僕とフィアナは。
目を点にした女教皇を見て――しばらく笑い転げる事になった――



   ◆◆◆次回更新は6月26日(金)予定です◆◆◆

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