第一編 終章 造られしイノチとキレイな世界

作者:緋月 薙

終章  造られしイノチとキレイな世界



 (SIDE 教皇レミリア)


「……ふぅ」

 トリティス教国の首都、聖都メティス。
その中枢(ちゅうすう)たる聖殿の執務室で、教皇の任に()いている私は大きく息を吐いた。
 先ほどまで、お兄様こと聖殿騎士カリアスと、お姉様こと、非公式ながら私の双子の姉のフィアナと通信をしていたのですが……
ちょっと――いえ、かなり心臓に悪い話で。

「――お疲れ様でした、教皇」

 そう声を掛けてくれたのは、聖殿騎士団長のマクスウェル。
私が幼い頃から護衛として(そば)にいてくれる、最も信頼する配下の一人です。
――というより。付き合いが長く、お兄様の養父上(ちちうえ)という事もあって、もう『家族』に近い認識なのですが。

「今は二人だけなのですから、堅苦しい口調は結構ですよ、おじ様?」
「――まぁ、それはそうなのですがね? お疲れの教皇を(いたわ)るのは、配下としての仕事なので。……に、しても。またやらかしてくれましたね、あの二人は」

 身分には相応(ふさわ)しくない――だけどとても彼らしい悪戯少年(いたずらしょうねん)の様な顔で話し始めましたが……後半でその顔を、騎士団長としてのモノに変えていました。

「……ええ、本当に。――ちなみにおじ様なら、『裁きの吐息』を(しの)げますか?」

 千年以上の時を火山の精霊たちと過ごし、力を(たくわ)え続けていた赤竜。
その力の結晶ともいえる最大攻撃『裁きの吐息』を、たった二人で弾いてみせたというお兄様たち。

「二人だけでとなると、無理ですね。確実に生き残るためには、聖殿騎士か上級精霊術師が最低でも十人、出来れば二十人は欲しいです。――仮に教皇と俺でも、生存率は三割を切るかと。……だけど、本当に問題なのはそっちではないのでしょう?」
「――ええ、そうです。イリスちゃんが『聖女』、というのが……」

 私も持つ『聖女』の資質は、神々の代行者としての力。
故に、知識さえあれば聖術の最高位術まで自在に操り、同じ術を使った際も『聖女』か否かで効果に大きく差がでる。
存在するだけで集団の生存率を大きく引き上げる『聖女』。
それに加えてイリスちゃんは、攻撃を得意とする精霊術の最高資質、『精霊の愛娘』までもを持ちます。

 とはいえ、別に『聖女』が生まれた事が問題なのではなく。
同時に『精霊の愛娘』である事も、非常に稀有(けう)な例ですが前例はあるので、問題はありません。
 問題なのは……その稀有な存在が『造られた者』だという事。

「カリアスは、あの子に魂を入れる前には、確かに聖術が効かなかったと言っていた。それが『聖女』になっているという事は……二人の『血』を混ぜた結果、ですかね。――『裁きの吐息』を(しの)げた事も、何か関係していそうですが」

 お兄様とお姉様の『血』。
お姉様は言うまでもなく、私と同じ天の双女神の力を宿す『教皇家』の血。
そして……実はお兄様にも、今では私とおじ様、それとフォルカス氏しか知らない秘密があります。
――それは、私が受けた『託宣』にも含まれていて。

   出現せし遺跡へ『天神の巫女の片割れ』と『旧王の末裔(まつえい)』を向かわせるべし。
   彼等とその子等、遺跡都市を救う鍵であり、世に平穏を(もたら)す者となる。

 ……『旧王の末裔』。
一般的に『歴史の空白期』と呼ばれる時代の前半に存在していた、旧文明の後継(こうけい)とされる王国。
 かつての栄華を取り戻そうとするも叶わず、災害により滅びたとされる国の王家。
旧神の力を宿すといわれていた一族の、最後の一人がカリアスお兄様。
隠れ里が天災で壊滅的な被害を受けた際、救助に向かい、生き残りの老夫妻からお兄様を託されたのがおじ様で。
その責任を果たすために、後にお兄様を養子に。
 同時期に、教皇家から放逐される事が決まっていたお姉様。
二人を共に育て、将来的にお互いが守り合う形になればと、同じ孤児院に預け。
そこに教皇家と親交があったフォルカス氏が責任者として就き、二人を見守る事になった。
 ……これが、私の教皇継承が決まった際に教えてもらえた事実。

 ――子供の頃、上手く聖殿を抜け出せていたと思っていたのですが……
行った先で出会ったのがお兄様とお姉様ということは――『そういう事』、だったのでしょうね。
 手の平の上だった事に思う事はありますが……幼い頃の私たちが守られていた。その事は感謝すべき事です。
そして――この地位に就いた以上、今度は私が守る番だと思っています。

「――マクスウェル殿。先日届いたイリスさんが居た遺跡の資料、今はどこに?」
「禁書となる内容が多いと思われたため、おおまかな分類だけ済ませた後、一時的に封印しております。教皇に、お手隙(てすき)の時間にでも確認していただく予定でした」
「――都合が良いです。ホムンクルス関連の書物、教皇の権限を(もっ)て、その大部分を燃やします」
「……そうですね。最悪、あの二人やその子孫を捕らえ、『聖女』を量産しようなどと考える輩が、出ないとも限りません」
 ……そう。『聖女』も『精霊の愛娘』も、戦力として考えれば魅力的に過ぎます。

 もしそれを量産できる可能性があるのなら……非人道的な手段も(いと)わない、そういう者が出るのは、むしろ必然と考えるべきでしょう。
 つまり、これは将来を考えた人道的措置――だけではなく♪

「――はい。……それとですね? 実は良い機会でもあるんですよね、おじ様」
「……はい?」

「これでイリスちゃんの素性、その証拠を完全隠滅♪」

「コラ教皇ッ!? ……まぁ、俺としても歓迎する事なので、ありがたくはありますが……」

 カリアスお兄様の養女という事は、おじ様にとっては孫同然。
そして私にとっては、守るべき国の民であり。それ以上に、お兄様とお姉様――私の大事な人たちの、その家族。

 ――何があろうと、守ってみせます。誰にも余計な邪魔は入れさせません。

 託宣によれば、これからも苦難が待ち受けている事が予測される、お兄様たち。
彼らが困難に立ち向かうのならば、その背中は私たちが守る。

「……さて。とりあえず今は――三日後に会談に行くため、頑張ってお仕事して時間をつくらなければいけませんね?」
「――古竜との面談ッスか。怖い怖い」

 冗談めかして言った私に、どこか楽しそうに肩を(すく)めるマクスウェル。
……お会いするのが若干怖い相手との面談もありますが――お兄様たちに会えるのは、私もマクスウェルも楽しみなのですから。



 (SIDE カリアス)


 先日、古竜ハールートとの一件を報告した際、今後の事を話し合いたいからと、教皇であるレミリア自らがこちらに来る事になった。その護衛という名目で、養父(とう)さんも来るらしい。……トリティス教国のトップ二人が聖殿を留守にして大丈夫なのかと訊いたら、『副官がシッカリしているから、半日くらいは平気だ』との事で。

 レミリアたちが来る当日。
 礼拝堂中央に描いておいた『長距離転送陣』が輝き出し、声が届いてきた。

『――『此方より彼方へ・光(まと)う者・彼の地へと送らん』――』

 その声に応え、僕も詠唱を開始する。

「――『彼方なる此方・光纏う者、我が元へと迎え入れん』――」
『「 ――『さらば開け、天空の扉よ』! 」』

 輝きが増し、陣と同じ直径をもつ球状の光が、陣の中央に形成される。
そしてその中に二つの人影が現れ、それらは陣の輝きの減少と共にはっきりしてきて。
そして――その現れた人物をしっかりと確認してから、僕とフィアナは(ひざまず)き、儀礼に(のっと)り言葉を告げる。

「ようこそおいで下さいました。騎士団長マクスウェル様。そして、教皇レミリア様」
「――聖殿騎士カリアス、精霊術師フィアナ。出迎えご苦労様です」

 そう、(おごそ)かな雰囲気を(まと)った『教皇』の顔で口にしたレミリアは――さりげなく周囲を見回した後、背後に控えていた養父さんに目配せ。養父さんもそれに頷いて。

「よし、聞いてる奴の気配も無し、っと。――よっ! 久しぶりだなカリアス、フィアナちゃん。無事に生きてて何よりだ」
「しっかり配慮もしていただけた様で。ありがとうございます、お兄様、お姉様♪」

 養父さんも言っている通り、この場には僕たちしかいないし、他の人は来ない様にフォルカスさんに手配してもらっている。
それは、今回のレミリアたちの訪問は『極秘』という扱いだからで。
いくら僕とハールートとの間で話がまとまっているとはいえ、教皇自らが『古竜』という災厄級の脅威の前に身を(さら)す事に、反対する者は必ず出ると予想できた。
 だから聖殿の上層部のほとんどにも知らせず、会談を強行する事にしたらしい。

「――本当に無茶するわね、あなたも……」
「それだけの価値のある相手だと、判断しましたから。――と、そんなわけで。こういう顔ぶれですので、気楽にお話しできますね♪」
「はいはい。……まったく、今回の会談、そのためだけの企画じゃないでしょうね?」
「それも『込み』の企画ですね♪」
「「 …………はぁ 」」

 自然と溜息(ためいき)をこぼす僕とフィアナ。
……でも、確かに肩の凝らない相手ではあり、会えて嬉しい相手でもある。

「――で? とんでもないモン、相手にしたんだって?」
「……会ってもらえば納得してもらえると思うんだけど――絶対に、もう二度と相手したくないかな……」
「……本当に、よく『アレ』食らって生きてるよな、お前ら」

 この人にしては珍しく、軽い尊敬の念が見える。……それ以上に呆れ顔に見えるが。

「もう一度は出来ないと思うよ。……本当に、僕たち自身が信じられないからね」
「――奇跡にしろマグレにしろ。お前らはよくやったよ!」

 そう言って、僕とフィアナの肩をガシッと組んで引き寄せると、ガキ大将の様な笑顔で(ねぎら)ってくれる養父さん。

「……ありがとう、養父さん」「――ありがとうございます、おじ様」

 後ろでは、レミリアがクスクスと笑っていた。
そうして雑談を交えながら、庭の片隅に敷設した『転移陣』へとたどり着く。

「……この先に古竜が」
「――参りましょう、お兄様、お姉様、おじ様」

 さすがに緊張している二人。
……でも、『現状』を知っている僕は、気楽に『転移陣』へと足を進め。

「あ。言っておくけど、緊張するだけ無駄だよ?」
「「 ……は……? 」」

 僕の言葉にクスクス笑いながら、フィアナも僕の後についてきた。
その後ろに、首を(かし)げたレミリアと養父さんが続き。四人で『転移陣』を抜けた先。

「「 ………………………………………… 」」

 ものの見事に、目を点にしている『聖殿騎士団長』と『女教皇』。
――まぁ、コレ見たら誰でもこうなるよな……。
まず目に入る、赤き古竜の巨体。そして――

「あははははははっ♪」 「……♪ …………っ♪」

 聞こえてくる、子供たちの笑い声。言うまでもなく、イリスとアリアちゃんのもの。

 ……少女達は事もあろうか、古竜の背中から尻尾までを、滑り台にして遊んでいた。
 滑り終えたイリスとアリアちゃんが、ハールートの顔の方へ駆け寄る。

「ハールートさん、もう一回、もう一回っ!」
「……ハールート、わたしも……♪」
『ふぉっふぉっふぉ! よかろう、よかろう!』

 ハールートはそう言うと頭を低くして少女達を乗せると、
『では、ゆくぞ?』
 身を起こし、慎重に少女達を滑らせて行く。
更に今度は尻尾を器用に操り、勢いを利用しカーブをさせ、少女達が尻尾の先あたりまで来ると――

「わっ!?」「――ッ!?」

 今度は尻尾で跳ね上げ宙を舞わせ――それをまた器用に鼻先で受け止める。
『ふぉっふぉっふぉ! 驚かせてしまったかの?』
 ……と、鼻先にいる少女達に笑いかける巨大な赤竜。
「ううん! 楽しかった!」
「……わたしも……♪」
 少女たちは飛び跳ねて喜んでいる。……古竜の鼻の上で。

「……あ、あははははは…………」
 引きつった笑い声をあげるしかない養父さん。……この人のこんな顔は初めて見る。
「…………『親バカ』って伝染(うつ)るんでしょうか……?」
 ……若干、腑に落ちない感想を述べるレミリア。だけれど――
「――この様子なら、楽しいお話し合いが出来そうですね♪」
 楽しそうに笑顔を浮かべる『女教皇』の姿があった。


 会談の最初は、固い雰囲気で始まった。

「初めまして、ハールート様。――私、トリティス教国にて教皇を務めております、レミリアと申します」
「同じくトリティス教国、聖殿騎士団長、マクスウェルと申します」
『この地の守護竜となったハールートと申す。聖殿の頂点たる者たちがこの辺境の地まで足を運んでくれた事、嬉しく思う。……という事は、カリアスの上役か』
「それと(おおやけ)には秘密ですが、私の妹です。ハールート」
「あと、団長は僕の養父です」
『……ほぅ? ――ならば堅苦しい儀礼は無用。身内も同然として語り合おうではないか、ふぉっふぉっふぉ!』
「「 ………………はい? 」」

 これを機に、一気に打ち解けた三者。会談は終始(なご)やかに進み。
ハールートは、人同士の争いには手を出さないが、天災などの脅威に晒された際は出来る範囲で助力すると言ってくれた。

 それに対してレミリアは感謝の意を述べ、教国およびトリティス教会の手の及ぶ地域の空は、自由に飛べる権利を約束。
養父さんは、この地を政治的な方面からは必ず護ると約束した。

『それはありがたい。この子達を乗せて空を飛べるのは、何物にも代えられぬ喜び。――心から礼を言うぞ』
「いえ、人命救助にもお力を貸して下さるという守護竜様を、狭い場所に閉じ込めておいたとあっては、我々も神々に顔向け出来ませんもの♪」
「それに、ウチの騎士団のヤツらにも会ってもらいたいもんです! 連中がハールート殿に慣れてくれりゃ、並大抵の事じゃビビらなくなるでしょう!」
『――聖都か。確かに一度、アリア達を連れて行ってやりたいものだ』
「あ、でもその際には事前にご連絡いただかないと、民がパニックを起こしますわね……」
「違いねぇ!」
『ふぉっふぉっふぉっふぉ』
「うふふふふ♪」「ハッハッハッハ」
 ――和やか……というか、(にぎ)やか、だろうか……?
「(なんか、完全に意気投合してるわね……)」
「(……三人とも裏表の顔持ってるから……気が合うんじゃない?)」
「(ああ、なるほど……)」
『「「 そこ! 聞こえていますわよ(るぞ)(おるぞ)! 」」』
「「 ぅわっ!? 」」
 ……どうやら、シンクロ能力まで得た様だった。

「おっと。もうこんな時間か。――『教皇』、お時間です。そろそろ聖殿へ」
「――そうですか。……残念ですが、そろそろ戻らないといけませんね」

 職務上の顔になって言った養父さんに促され、立ち上がるレミリア。

「また来ますね。ここは私の立場でも、来る理由に事欠(ことか)きませんし♪ ――そうそう。先ほども少し話に出ましたが、よろしければ皆さんで聖都にもいらして下さい。『可憐な歌姫』の噂は既に聖都まで届いていますし、『守護竜』とその巫女の名も、この分ならすぐです。――皆、大歓迎して下さると思いますから♪」
「あぅ……ちょっとてれるけど――でも行ってみたいなっ!」
 少し頬を赤らめながらも、楽しそうに言うイリス。
「……ハールート。こんど、いってみよ……?」
 いつもの眠たそうな目ながら、今はそれがキラキラ光ってる様に見える、アリアちゃん。
「ふふふっ。――とにかく、また会える日を楽しみにしています。あ、通信はいつでも歓迎ですから♪ それでは、失礼しますね」
 そう言って、護衛の養父さんと一緒に去って行くレミリア。
転移陣の向こう側にはフォルカスさんが待っていて、帰りの長距離転送陣を起動させる手筈になっている。
僕たちはハールートと今後の話を詰める予定なので、ここで見送る事に。
 養父さんは、職務上の顔になっている間は私語を口にしない人のため、ずっと黙っていたけれど――
去り際に一瞬、『しまったあああッ!?』といった愕然とした表情になった。
何を思ったかは視線の先で気付いたけれど……どうしようもないため、見なかった事にしようと決めた。


 転移陣に乗った二人の姿が消えたのを確認してから、口を開く。
「……去り際の養父さんの顔。あれ多分――イリスやアリアちゃんとまともに話せなかった事に気付いたからだよね?」
「――多分、そうね。特にイリスちゃんの方を見てたから……もう少し時間があったら『最後に一曲お願いします!』とか言い出しそうだったわね」
 イリスの噂は、もう聖都まで届いているらしい。
……ああ見えて子供好きの養父さんなら、イリスの歌を楽しみにしていてもおかしくない。
「――そうなの? わたし、三日も歌ってないから歌いたかったのに……」
 ハールートの一件の騒ぎが落ち着いていないため、歌姫の活動を控えているイリス。
 頼んでいればすぐに聴けただろうに……我が養父ながら間が悪い。
「……ま、養父さんの事は後回しにして。今後の話をしましょうか、ハールート?」
 少し重めになりかけた場の空気を換えるためにも、話を進めようと思ったのだけれど、ハールートは何かを考えている様子で。
『……ふむ。それは良いのだが――よければ先に、これから皆で我の背に乗って飛んでみぬか?』
「「 え……? 」」
「わぁっ! 行きたい行きたい!!」「んっ♪」
 大喜びのイリスとアリアちゃん。正直に言うと、僕も諸手(もろて)を上げて賛成したいのだけど……少し気になる事が。
「――背中、滑るんじゃないの?」
 同じ事を考えていたらしいフィアナ。それに対して、事も無げに答える我が愛娘。
「あ。あれはわたしが水の精霊さんにお願いして、滑るようにしてもらってたんだよ?」
「……改めて思うけど、イリスちゃんのスペックとんでもないわね……。――うかうかしてると抜かれるわ、コレ」
「……ハールートのせなか、とってもひろいの。……だから、だいじょうぶ」
 戦慄(せんりつ)するフィアナをよそに、僕達に言ってくるアリアちゃん。
 ――なるほど。確かに、大人四・五人は楽に乗れそうだ。
「それに……精霊使いが三人もいれば、万が一があっても大丈夫そうね」
 ――僕自身も聖術である程度はフォローできるし……問題無いかな。
「じゃ、行ってみようか。お願いできますか、ハールート」
『ふぉっふぉっふぉ、むしろ我が飛びたいのでな。大歓迎じゃよ』


 僕達は準備を整え、ハールートの背中に乗る。……思った以上に、乗り心地はいいかもしれない。
『では、ゆくぞ……!』
 ハールートが羽ばたく。巨竜の羽ばたきによる烈風が、室内に巻き起こる。
「わ!」「……!」
 飛ばされそうになる子供たち。僕がイリス、フィアナがアリアちゃんを抱いて押さえる。
「ありがと、おとうさん♪」
「……おかあさん、ありがと……♪」
『すまなかったのぅ。なにせ飛ぶのは久しいのでの。今度こそゆくぞ……!』
 二度、三度と、今度は慎重に羽ばたきを繰り返し、そして徐々に浮かび上がる巨体。
「わ! 浮いた……!!」「……! ……♪」
 喜ぶ子供たち。僕とフィアナは、とりあえず安全だと落ち着けるまで、子供を離さない様に、自分も落ちない様に注意する。
「上空で安定飛行に入ってさえくれれば、私が風の精霊操って、なんとかなると思う」
「了解。それまでは気をつけましょうか、『フィアナお母さん』?」
 そう言って顔を見合わせ、笑いあう僕とフィアナ。
『ふぉっふぉ! では、そちらは任せようかの。我は安全に飛ぶ事に専念しよう』
 天井の大穴を抜け、外に出る。
巨竜はやや勢いをつけ、ゆるやかな螺旋(らせん)を描きながら、徐々に空高くへ。

「「「「……わぁ……!」」」」

 子供達も、僕とフィアナも、感嘆の声を上げる。
高空からみた景色は、『素晴らしい』の一言だった。
青い空に白い雲、傾き始めた太陽が、遠くの空の雲にオレンジ色の色彩を添え、そしてそれらを神秘的に映し出す湖面。
地上には、丘や山脈、森の木々の陰が長く伸び、複雑な陰影を描く。

 ――『神々の視座』。
神職者らしいのか、あるまじき事なのか判断に迷うが、自然とそんな言葉が浮かぶ。

『この大地は祝福されている』。それが、光からはもちろん、大地を這う影からも、心の底から感じ取れた。
「――ねぇ、おとうさん?」
「なんだい、イリス?」

 景色に魅入り……そして『それ以外の何か』も感じ取っていた様なイリス。
なんとなくだけど、続く言葉を予想していながらも、訊く。

「――うん。歌って……いい?」
「もちろん」

 僕が頷くと、イリスは驚いた事に、高空を飛ぶ竜の上で立ち上がった。
一瞬、皆驚いたが、そこはさすが『精霊の愛娘』。風を気持ちよさそうに受けて髪をなびかせながら、危なげなく立っている。
そして、旋律が流れ始める――

   陽の光 優しい木陰
   私はこの世に目を覚ます
   風のやさしさ 水の癒し
   火の温もり 大地の恵み
   世界に溢れし 全てのものよ
   祝福されし 全てのものよ

 その歌声は伴奏が無くとも、強い風の中でも、透き通り木霊(こだま)する。
――いや。この歌は、自然の中でこそ相応しい。そう思わせる歌声だった。

『……ほぅ……『歌姫』の名が広まるわけだ』
 ハールートすらも、聞き惚れている。そして僕とフィアナは……。
「ねぇ……? この歌、イリスちゃんが……」
 あの時を思い出したのか、瞳に涙を浮かべているフィアナ。
「ああ……。目を覚ました時の……『イリスの歌』……」
 僕も、込みあげる物が抑えきれず、目頭が熱くなる。
そして、歌は続く。

   私は讃える 全てのものを
   微笑みくれた 皆のために
   綺麗な世界よ 永久(とわ)にあれ
   綺麗な世界に 祝福あれ
   全てに届け この賛美歌

 余韻を残し、歌は終わる。
――しばらく、誰もが無言だった。ただ、風の音が涼やかに響いていて。

「……ねぇ、おとうさん、フィアナさん、アリアちゃん、ハールートさん……!」
「……ハールート、おかあさん、おにいさん、おねえちゃん……!」

 そんな中、イリスとアリアちゃんが、同時に、みんなに呼びかける。
そして笑みと共に――

「「 世界ってキレイだね! 」」



(了)

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