第二編 一章の1 イリスに子供ができました?

作者:緋月 薙

一章の1   イリスに子供ができました?



(SIDE イリス)


「~~♪」
 イグニーズの街の中央通りを歩きながら、わたしはつい、鼻歌をうたっていました。
「イリスちゃん、とってもご機嫌ね?」
 うしろを歩くフィアナさんも、楽しそうな笑顔で言ってきました。
「うんっ! かわいい服、いっぱい買えたもん♪」
 さっきまでわたしたち『3人』は、服屋さんでお買い物をしていました。
 わたしのは、ひらひらがいっぱいでキレイなドレスも買いました!

 ハールートさんとの事があって、わたしの事がほかの街にまで広まったみたいで。
 わたしのうたを聞きに、ほかの街から来てくれる人もふえてきました。
 だから『ちゃんとしたステージ衣装も買っておこう』ってお話になったんです。
 それに、あの件でわたしは『聖女』って認定されたみたいで。
 おとうさんも、『こうなると、公の場所ではそれらしい服装が必要になるんだよ。――僕も、キレイな服を着たイリスを見たいしね』って言ってくれました!

「あのドレス着たら、おとうさん『似合うよ』って言ってくれるかな♪」
「――あ、あははは。間違いなく言ってくれるから、大丈夫よイリスちゃん(……むしろ『すごく可愛いよ、イリス』とか言いそうよね……うらやましい)」
 なぜかフクザツなお顔でしたが、そう言ってくれるフィアナさん。……後の半分くらいが聞こえませんでしたが、なんて言ったんでしょう?
 ――と。わたしのキレイな服を買ってもらえたのも、たしかに嬉しいのですが。わたしがとっても楽しかったのは別の事で。

「――おねえちゃん。えらんでくれたのはうれしいけど……ちょっとつかれた」
「もぉアリアちゃん! せっかくカワイイんだから、いっぱいオシャレしないともったいないよっ……!」
「……むぅ」
 わたしと手をつないで歩くアリアちゃんは、ちょっとお疲れのようすです。

 じつは一番たくさん買ったのは、わたしの『いもうと』、アリアちゃんの服です。
 フィアナさんの『養女』になって、一緒にくらすようになりましたが……遺跡に封印されていたので、とうぜん服などは持っていません。
 最初はわたしの服をいっしょに着ていたのですが、この先もずっと――というわけにはいきません。だから今日は、いっしょに買ってしまおう、と。
 アリアちゃんはカワイイので、服を選ぶのがたのしかったですっ♪

「――あらあら? 以前、私とリーゼちゃんで服を選んだ時に、今のアリアと同じ様な顔をしていたの、誰だったっけ♪」

 …………ふ、服を選ぶの、とってもたのしかったです!
 イジワルな顔のフィアナさんの言葉は、きこえなかったことにしますっ。
「それにしても――アリア? スカートじゃなくて、ショートパンツでよかったの?」
「――ん。うごきやすいのが、ほしかったから」

 フィアナさんのしつもんに、まっすぐに答えるアリアちゃん。
 この前はわたしのワンピースを着てよろこんでいたので、ひらひらした服もキライではないはずです。
 でも、アリアちゃんが最初に言ったのは『うごきやすいのがいい』でした。
 いつも、あんまり表情が変わらないアリアちゃんですが。今のまっすぐに前をみる眼は、なにか考えていることが、あるみたいにみえて。

「……アリアちゃん? なにか、やりたいことがあるの?」
「――うん。……でも、まだできるかわからないから。もうすこし『みて』から、きめようとおもう」

 そう言うアリアちゃんの『やりたいこと』がなにかは分かりませんが……今は、まだ言いたくないみたいです。
 わたしとフィアナさんが、揃って『?』って顔を――したときでした。

「…………あれ?」

「――? イリスちゃん、どうしたの?」
 とつぜん別の方を見て首をかしげたわたしに、フィアナさんが訊いてきました。
「え、えっと……? 別に、なんでも、ないんだけど……」
 ……たしかに、特になにも、無いはずです。
 念のため、精霊さんたちにも訊いてみますっ。

 『んー? 特に変わった事はないぞー』
 『いつも通り、変わったヒトは居るけど、変わった事は無いわよ~?』
 『【ロリ百合萌えっ!】って、鼻から血ぃ出してるヒトいるけど、いつもの事だよ?』
 『いつもだよー。【しんえーたい】のヒトが変なのは、変わった事じゃないよー』

 ……『ロリ百合萌え』とか『しんえーたい』って、どんな意味でしょう?
 知らないコトバは、後でフィアナさんかリリーさんに訊くとして。
 精霊さんたちも、特になにもないって言っています。

 ですが――わたしは。
 呼ばれている、というほどハッキリしたモノではありませんが……なぜか『むこうに行かなきゃダメ』、そんな感じがしてきました。
「――ごめんなさいフィアナさん、アリアちゃん。すこし、より道させてくださいっ」


 そうして『なんとなく』たどり着いたのは、市場のはずれ。屋台ではなく、地面に布を敷いて品物をならべているお店が並ぶところでした。
「――イリスちゃん、ここ?」
「……うん、たぶん――」
 フィアナさんに訊かれたわたしは、きょろきょろと辺りをみまわして――あ。
「えっと……アレ、かな? ――うん。アレが気になる」

 わたしが指さしたのは、同じように地面にならべてあるお店の品物です。
 そのお店には男のヒトが、ちょっとお疲れのようすで店番をしていました。歳は……今は『しゅっちょう』で聖都にいっているフォルカスさんと同じくらい、でしょうか?
 それで……わたしが気になったのは、そのお店の『台にささった剣』です。ぜんぶ石で出来ているみたいなので、ただの飾りものでしょうか?

「あの石の置物? ふーん………………あら? ――あれって、まさか……」
「……フィアナさん?」「おかあさん……?」
 その『剣』をみたフィアナさんの眼が、だんだん真剣なものになっていきました。
「――イリスちゃん、お手柄。ちょっと買ってくるから、アリアをお願い」
 わたしには、そんなにいいモノにはみえません。遠くからみたら『カッコいいかも?』って思いましたが……よくみたら、ただ『剣のカタチをしただけの石』と感じました。
「……あの剣、そんなにいいモノなの?」
「ううん。『剣としては』、ガラクタ以上の価値は無いわね。『置物としても』、見た目以上の価値は無いわ。だから――ちょっと値切ってくるわね♪」

 そう、楽しそうに言うフィアナさん。
 あの剣の値段は、さっきわたしたちが買った服の合計より、ちょっと高いくらいです。普通の値段はしりませんが……あの大きさのモノなら、安いほうかもしれません。
 しかも、もし大きな価値がかくれているなら……お店のヒトがかわいそうかも?

「……フィアナさん、程々に……ね?」
「大丈夫よ、イリスちゃん。――でも、この先何があるか分からないんだから、節約はするべきでしょ?」
「そうだけど……」

「知らない人にはガラクタでしかないんだし――半額くらいにしてくるわね♪」

「おかあさん、がんばって……!」
 楽しそうに言って、お店に向かうフィアナさんと、それを応援するアリアちゃん。
 ――半額って、『ちょっと(・・・・)値切ってくる』の範囲でしょうか……?


(SIDE カリアス)


「――では、あまりわからない、と?」
『うむ。――すまぬな、期待に応えられぬようだ』
「いえ、当時の事が聞けただけで僥倖(ぎょうこう)です。ご協力、ありがとうございます」

 ここは、古竜ハールートが住処としている、遺跡の隠し部屋だった場所。
 ここで僕は、この遺跡が稼働していた頃の話を訊いていた。

 どうやらこの遺跡、かつては何らかの研究施設だったらしく。
 それが大規模な天災により防衛設備が暴走。当時の人々は主要設備に封印を施した後、全員が撤退。以降は誰も戻らず、恐らく破棄されたのだろう、との事だった。
 そうして完全に休眠状態になったこの設備だが、百年程前に再起動したらしい。

『――おそらく、経年劣化で封印に綻びが生じたのであろうな。防衛用の空間隔離機能が暴走を始めてのぅ。無秩序に機能拡張を繰り返しておったな』
「……空間隔離の時点で、とんでもない遺失技術ですが。――とにかく、そうして生まれたのがこの遺跡の迷宮、というわけですか……」

 大勢の冒険者が挑み、十年以上の年月が経っても尚、底の見えない大迷宮。
 この街がある盆地、その地下全体に広がっている可能性があると言われていたが……空間を操作して造られているとなると、面積はそれどころでは済まない可能性もある。

『――大地の精霊に訊いても、空間が歪んでいると意味が無いからのぅ。中枢(ちゅうすう)施設(しせつ)の場所自体は変わらっておらんとは思うが……その経路は、もはや予想も出来ぬ』
 ハールートはその施設で生まれ、育ったらしい。あまり外にも出れず、そのまま封印されたため、彼の知識は精霊からの情報がほとんど。
 そのため精霊が理解出来ない技術的な話や、そもそも精霊も入れない場所の情報は、入手することが出来ないそうで。
「――では、その施設で何を研究、作成していたかも……?」
『うむ、わからぬ。……だが――』
 と、一度言葉を切ったハールートの眼に、深刻な色が宿る。
『――この地に施設を造った理由は、どうやら効率よく精霊を集めるための様でな』
「……なるほど。――しかし、わざわざ火山を操ってまで、精霊の力を?」

 竜の力は、精霊との交感により高まるという。
 現にハールートは『古竜』としてはかなり若いが、その宿す力は同格の竜の中でも上位に入るらしい。それは主に『火山の中』という、多くの精霊が溜まる場所に封印されていたからだという。
 つまり――若い竜を強大な古竜に育てあげる程の力が、この地にはあるという事。
『――わざわざこの地で行う必要があったのならば。この施設が造っていた『何か』は、おそらく我と同等か、それ以上の力を宿していたであろうな』
 ……火山を操り、その気になれば一撃で地形を変える力を持つ古竜。それと同等以上の『何か』が、この地にあった――または、ある。
「……『それ』は、今は何処に?」
『わからぬ。だが現在、精霊の集積は施設維持に用いられる分以外は止まっておる様子。よって『それ』は休眠したか、消滅したか。もしくは――』
「――解き放たれて何処かに行ったか、ですか?」
『……うむ。しかし、それほど強大な存在の移動に、我や精霊たちが気付かぬはずは無い。――仮に移動していたとしても、強固な封印が施されている事は間違い無い』
 ――つまり、直ちに脅威となる可能性は低い、か。
 しかし。この地で強大……いっそ凶悪ともいえる力を宿す何かが造られたのは事実。
 ならば、それの正体と所在を突き止める必要がある。
「――ありがとうございました。早速、今日中にでも教皇に報告しようと思います」
『うむ。――すまぬな。思いの外、時間が掛かってしまったの』
「いえ、本当に助かりました。ありがとうございます」

 遺跡の稼働当時に居た精霊たちを広範囲から集め、当時から今に至るまでの、可能な限りの情報を集めてくれたハールート。
 精霊を集める事より、自分の記憶も含めた断片的な情報を分析、組み立てる事に時間が掛かったというが……ここまでしてもらって、文句があろうはずもない。
『ふぉっふぉっふぉ! 仮にも『守護竜』を名乗る以上、この程度はしないとのぅ?』
「それを言うのでしたら、僕もこの街の守護を担う者です。――仕事に協力していただける以上、お礼くらいは言わせてください」
 戦った際の荒れ狂う姿が嘘の様な、好々爺(こうこうや)の顔で楽しげに語るハールートに、僕は苦笑いしながら返す。
『ここには我が友であるアリアと、恩人であるお主らが居る。この地の守護は、我が望む事でもあるからの』
「アリアちゃんも、今は僕たちの家族です。……フィアナやイリス、アリアちゃん。僕の大切な家族を守るのは、僕の願いでもあります。ですから――」
 同じものを、守りたいと願う同志。
 ならば確かに、礼を言い合うよりも相応しい言葉がある。
「――共に守りましょう。改めて、よろしくお願いします、ハールート」
『うむ、よろしく頼むぞ。――我が同志、カリアスよ』
 そう応えてくれた古竜の声を、僕は嬉しく――同時に凄く誇らしく思った。

『――おとうさん、聞こえる?』

「――イリス?」『む?』
 突然聞こえてきたイリスの声。その元は――いつの間にか光を宿している『転送珠』。
 魔力を込める事で発動し、持ち主と持ち主が触れている存在を、対になっている転送珠の近辺へと瞬間移動させる。これが本来の能力。
 だけどイリスは、片方の持ち主との通信道具としても使用している。
 フィアナが言うには、風の精霊が転移して、双方の声を仲介してくれているらしい。
 だけど転送珠の発光時に聖術の気配も感じる事から、聖術と精霊術の併せ技だろう。
 イリスは『試したら出来ちゃった』と言っていたけれど……現在は、実質的にイリスにしか使えない技術だと思う。

「――どうしたんだい、イリス?」
『え、えっと……フィアナさんに代わるねっ』
 声に応えて問いかけると、何故か困った様な様子で言うイリス。
 僕とハールートが『?』といった顔を見合わせていると、すぐにフィアナの声が。
『あ、カリアス? 実は、ちょっと大きな買い物しちゃって。持ち運べないから、この転送珠でそっちに転移していいかしら?』
「――いいけど……何を買ったの?」
『実は、私も中身は分からないのよね。――ああ、でも大丈夫よ? 値段は捨て値同然になったから♪』
『うん。おかあさん、いっぱいねぎった』
『…………お店のヒト、なんか【嫁にシバかれる……】って、ないてたよね』

 フィアナに続いて聞こえてきた、アリアちゃんとイリスの声。
 ……察するに。何か掘り出し物を見つけ、値切りに値切って購入した、かな?
 ――どれだけ値切ったんだろう……?
 フィアナの機嫌の良さとイリスの引き具合からして……多分、半額どころではない。
 ――これまでの前科を考えると……最初は半額くらいを考えてたけど、ついつい熱が入って、最終的には7割引きくらい――かな?
「……とにかく、了解。今はハールートの所にいるから、すぐ転移して大丈夫だよ」
『了解っ♪ じゃあ、このまま転移いくわね。――アリア、イリスちゃん?』
『『 うんっ 』』

 イリスたちの声が聞こえた直後、転送珠の光が強くなる。
 僕は念のためにハールートから少し距離を取ると――光が一際強くなり。
「――ただいま、っと。本当にコレ、便利よねぇ」
「ただいま、おとうさんっ! ハールートさんも!」
「――ただいま、ハールート、おにいさん」
 光の中から現れた、フィアナたち。
 現れるなり僕に飛びついてから、ハールートにも笑みを向けるイリス。ハールートに飛びついてから、僕に『ぺこり』と頭を下げるアリアちゃん。
「――お帰りなさい。みんな、お疲れ様」
『ふぉふぉふぉ、おかえり。――楽しかったかな?』
「――んっ♪ ちょっとつかれたけど、たのしかった……」
 フィアナは少し距離を置いて、僕たちを微笑ましげに眺めている。その傍らには――
「それで、フィアナ。……その剣が、掘り出し物?」
 フィアナの足元には、おそらく購入した服であろう袋が幾つか。そして、フィアナの横に鎮座しているのは――台座に刺さった剣の置物……?
 モチーフはおそらく、片手持ちの長剣。台座を含めると全高はイリスの身長より高い。……だけど作りは荒く、正直に言って価値を感じられない。
「あ、目当ては剣じゃないわよ? お宝の可能性があるのは、その台座の方。――そうね。場所も丁度いいし、解いちゃうわね♪」
「そういえば、中身がどうのって言ってたっけ。でも、この大きさじゃ……」
 嬉々として、魔力を込めて何らかの処置を施し始めたフィアナに、僕を含めた他の面々は首を傾げる。――あ。アリアちゃんだけ、何だかわくわくと眼を輝かせてる。

「――ねぇカリアス? 『ストーンカース』って知ってる?」
 僕の言葉も皆の様子も気にせず、作業しながらフィアナが訊いてきた。
「『石化の呪い』だよね? 高位の魔物が使う他、古代遺跡の罠とかにもある……」
 石化されてしまった場合、聖術での解除には『陽聖術』と『月聖術』の両方が必要になるため、タチが悪い。だけど実は、特殊な『土』系統の精霊術なら簡単に……あ。
「――もしかしてソレ、石化封印……?」
「ええ。儀礼剣を用いて施す、古代の封印術。効果は劣化・破損保護と――形状擬装」
 言いながら、術を発動させるフィアナ。
 魔力で文様を刻んでいたらしい。その文様が輝き、その光は剣と台座にも及ぶ。
 光の中で剣は形を失い、台座の方は光を強め、徐々に形を変えていき。
「――ところでフィアナ? 危険な物が出てくる可能性は、無いの?」
「無くは無いけど、可能性は低いわね。この術は『保護』の意味が強いし、動く対象に仕掛けるのは無理だから。――ま、何かあっても私たちで対処できるでしょ?」
「――ああ、そういう意味で『場所も丁度いい』って言ったのか……」
『ほぅほぅ。なるほどのぅ?』
 悪びれる事無く言うフィアナに、苦笑いする僕と、愉快そうな声のハールート。
 ここは街から適度に離れていて、更に僕とフィアナに加え、ハールートも居る。危険な物が封印されていたとしても、大抵の事態には対応できる。
 念のために臨戦態勢をとる僕の前で、光が段々と落ち着いてきて。
「そろそろ終わりそう――って、あら……?」
 形状の変化が止まったところで、フィアナが首を傾げた。
 その形状は、イリスの腰くらいの高さの、縦に長い球状。つまり――
「――わぁっ、大きなタマゴ……!」
 イリスが声を上げた通り。それは、大きな卵だった。
 僕とフィアナも唖然とする中……ソレの変化は、まだ終わっていなかった。
「ッ!? イリス、僕の後ろに! ――フィアナ!」
「ええ!」
 その『卵』がゴトゴトと揺れだし――表面にヒビが入り始めた。
 ……何かが、今まさに生まれ落ちる。
 たとえ生まれたてだとしても、封印されていたモノである以上、油断はできない。
 武器を構え、警戒をする僕とフィアナ。……だけれど。

『……カリアス、フィアナ。武器を納めてくれぬか? 警戒の必要は無い』

「「 ……はい? 」」
 僕たちを止めたハールートの声は、驚きを宿しながら、どこか楽しげに聞こえ。
「――ハールート。もしかして、あのたまご……?」
 アリアちゃんも、何かに気付いたみたいで。
 そして、全員の視線が集める中、卵の動きが激しくなり、ヒビが大きくなり……!

「――みぎゃあっ!」

 産声(?)を上げ、一つの新たな生命が、卵から顔を出した――のだが。
「「「 ……え? 」」」『――ふむ』「……やっぱり」
 ソレを見て、僕、フィアナ、イリスが驚きの声。
 ハールートとアリアちゃんは卵を見て分かっていたらしく、納得の声を。

 純白の鱗と(たてがみ)。後頭部から生えた一対の角に、まだ小さな羽と、尻尾。
 もう見えているのか、パチパチと瞬きをする円らな目。その瞳は金色。
 欠片を頭に載せたまま、卵から這い出てきたのは――小さな白い竜だった。

「――み? ……み? みぃ……みぎゃッ!?」
 その幼竜は、フィアナを見て、アリアちゃんを見て――ハールートの身体を辿って顔を見上げ、驚いて慌てた声を出す。
「おとうさん、あの子……」
「――うん」
 イリスが『なんとか、してあげよう?』と、眼で訴えかけてくる。
 どうやら現状が分からないらしく、(おび)えた様子の幼竜。少なくとも危険性は無い――というか、有ったとしてもアレに攻撃を加えるのは、気が咎めるどころの話じゃない。
 まず、何とか落ち着かせてあげる事は出来ないかと、イリスと一緒に近付こうと――
「みぃ……み? ――みぎゃあっ!」
「「 ……へ? 」」
 怯えながら辺りを見回していた幼竜は、僕とイリスを見つけ……怪訝な顔をした後、まるで『捜し物を見つけた』かの様に瞳を輝かせ。
「みぎゃあっ……♪」
「えっ、わぁッ!?」
 何故か『歓喜の声』だと分かる鳴き声を上げ、無防備にイリスへ飛びかかる幼竜。
 受け止めてよろけたイリスを、慌てて支える。
「みぎゃっ! みぎゃあっ♪」
「え? わ、え、えっと……!? ――お、おとうさぁん……!」
「あー……うん、ちょっと落ち着こうか。――ね?」
「――み? みぃ♪」
 イリスから幼竜を受け取ると、楽しげな声と共に、僕にも身体を擦り付けてくる。
 ――なんだか僕とイリスにだけ、やたらと懐いてないか?
『…………ほぅ? どうやらその子に、両親と認識されたようだの』
「みぎゃあっ!」
 ハールートの言葉を肯定する様に、元気な声を上げる幼竜。
「……は? えー……何故?」
「――鳥とかは、孵化(ふか)して最初に見た『動く存在』を親と認識する、って聞くけど……」
 戸惑う僕の疑問に、フィアナが仮説を口にする。
 確かに……あの時、分かりやすい形で動いていたのは、僕とイリスだけだった。
「――み? ――み? みぎゃあっ♪」
 近付いてきたフィアナとアリアちゃん、そしてイリスが幼竜を撫でると――フィアナとアリアちゃんの時はくすぐったそうだが、イリスの時は嬉しそうな声を上げる。
 ……『親』かはともかく、一番近しい存在と思われているのは間違い無さそう……?
「――ねぇ、おとうさん……」
 幼竜を撫でていたイリスが、またも訴えかける様な眼を向けてきた。
 僕が知る限り――竜の育成を行っている施設などは無い。
 それどころか、下手な所に預けたら……生態調査として、何をされるかわからない。
 だけどここにはハールートが居る。幼竜を育てるにも保護するにも、ここ以上の場所は……多分、無いだろう。
「――ねぇ、キミ?」
「……みぎゃっ?」
 腕の中の幼竜を抱え直し、向き合う形にしてから、問いかける。
 人の言葉が解っているかは、分からない。――でも、ちゃんと訊くべきだと思った。

「――僕たちの、家族になる?」

「……みぎゃ? ――みぎゃあっ♪」
 ――伝わっているのだと、それで喜んでくれているのだと思いたい。
 甘える様な声をだした幼竜は身体を伸ばし、僕の頬を舐めてきた。
「――はははっ! これからよろしくな?」
「みぎゃっ!」
 応える様に、元気な声を上げる幼竜。一緒に暮らす事になり、いつもの無表情ながら嬉しそうな雰囲気で撫でるアリアちゃんと、微笑ましそうに見ているイリス。
「へぇ……生まれたばかりなのに、言葉が分かっているみたいね」
『うむ。竜種は卵の状態でも、精霊を介して知識を得る者も居る。おそらく封印される前の段階で、ある程度の精霊と交信していたのであろうな。それと、この場に居る精霊たちも協力している様子。……とはいえ、種族や個体で差があるのだが……』
 感心した様なフィアナの言葉に、応えたハールートは――
「……ハールート、何か気になる事でも?」
『――む? ……うむ。それは後で話すが、それより『名』はどうするのだ?』
 何かを考えている様子のハールートに声をかけると、そう返された。
 その『考え事』に心当たりはあるが……後回し。今は確かに『名付け』が優先。
「――竜の名前、ですか。……どんな名前がいいんだろう? 本来の生まれは古代期なんだし、古代語関係がいい、のかな? 何か良い古代語は――」
 と、思案しながら口にしたところで、僕の服が引っ張られた。
「……イリス?」
「――あ、あのねっ! わたしが付けちゃダメ、かな……?」
 おそるおそると――だけど真っ直ぐに見つめてくる眼は真剣で。
 フと、周りを見る。フィアナ、アリアちゃん、ハールートが、こちらを見て笑顔で頷く。幼竜は――不満・不安はおろか、純粋な期待の眼差しをイリスに向けていて。
「いいよ、イリス。……でも、あまりに変な名前だったら却下するからね?」
「 ! うんっ! ……じゃあ、おいで?」
「みぎゃっ?」
 冗談めかして言った僕に、嬉しそうに応えたイリスは、僕の腕から幼竜を抱き上げ。
 まるで、本当に赤子を抱くように抱え、その言葉を語り出す。
「――あのね? わたしも、このセカイに生まれて、まだあんまり時間がたってないの。……だから『おかあさん』っていうの、あんまりわからないんだ」
 ゆっくりと紡がれる言葉。その優しい声に乗せられる、イリスの想い。
「――でもね? このセカイはキレイなんだよ? ……怖いヒトも居るけど、優しいヒトもいっぱい居て。わたしは、ココに来れてよかったって、ほんとうに思ってる」
 笑顔で語られる想い。その姿は――本当に、己の子供に話しかける、母親の様で。
「――わたしは、あなたとも一緒に、このセカイで生きていきたいって思う。それはきっと……あなたを大切にしたいっていう、気持ちだと思うから――」
 幼竜も僕たちも。その純粋な、心から紡がれる『言祝(ことほ)ぎ』を、ただ静かに見守る。

「――わたしは、あなたと出会えたことを、心からよろこびます。――あなたの名前は、『ウィル』。誕生おめでとう、ウィル……!」

「 ! みぎゃあっ……!!」
 イリスが贈る、祝福の言葉と名前。
 受け取った幼竜――『ウィル』は、全身で抱きつき、顔を舐め回して喜びを表した。
「……カリアス? 今の、イリスちゃんの言葉――」
「――うん。イリスが初めて目を覚ました時、僕が言った言葉と似てるね」
 でも、今のは『僕の言葉』ではない。
 僕の言葉が頭にあったとしても、イリスは心からあの言葉を紡いだのが分かった。
 だからあの言葉は、イリスの言葉。
 イリスが心から、あの時の僕と同じ想いを抱いてくれた事を、凄く嬉しいと思った。
「改めてよろしく、ウィル。――良い名前だね」
「みぎゃっ♪」「ありがと、おとうさんっ」
 ウィルの頭を撫でながら言うと、ウィルとイリスが嬉しそうに応える。
「――私もよろしくね、ウィル? それにしても……イリスちゃん、その名前の意味を知ってたの?」
「……え? なんだか『これしかない』って思ったからなんだけど……なにかあるの?」
 楽しそうに言うフィアナに、イリスが少し不安げに訊く。
『ふぉっふぉ。『ウィル』とは古き言葉で、『未来』や『願い』を意味しておったはず。――お主に相応(ふさわ)しい、良き名だと思うぞ、ウィルよ?』
「……み? ――みぎゃっ♪」
 愉快そうに言うハールート。その声に顔を見上げ、嬉しそうな声をあげたウィルは、
「みっ……!」
 少し力む様な声と共に、小さな翼を羽ばたかせ、浮かび上がった。
「わっ」「へぇ、もう飛べるのね……」
 驚くイリスと、感心した様なフィアナ。
 ウィルの羽ばたきは『パタパタ』といった頼りないものだけれど。それでも安定して上昇しているのは――さすが幼くとも竜種、風の精霊の補助を受けている様で。
 ハールートはウィルが自分の目の高さまで飛んでくると、その小さな竜を(すく)う様に鼻先に乗せ、優しい眼差しで語りかける。
『我はハールート。大きな括りでは、お主と同族じゃ。――よろしくの、ウィルや』
「み? ――みぃ」
 最初『きょとん』としていたが、行儀良く『ぺこり』と頭を下げるウィル。
 その微笑ましい光景に、僕たちは皆、頬を弛めた――



   ◆◆◆次回更新は8月5日(金)予定です◆◆◆

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