第二編 二章の1 紅の少女が秘めるもの

作者:緋月 薙

二章の1   紅の少女が秘めるもの
(※今回は 二章の2 心に宿すもの と合わせて2話分の更新になります)


(SIDE イリス)


「――これより、第43回攻略会議を始めます」
「わー、ぱちぱちぱち」
 ……フィアナさんの宣言に、リーゼちゃんが棒読みでこたえます。……はくしゅの音も、口で言ってます。
 ――なんでわたしも参加しなきゃいけないんだろう、とか。いつのまに42回もやってたんだろう、とか。そういうのは訊いてはいけないと、もうずっと前にまなびました。
「ではリーゼさん。前回の会議で決定した方針『相手の好みを知ろう』に基づき行った行動、そしてその成果の報告をお願いします」
 ……なんでフィアナさん、わざわざメガネ掛けてるんでしょう? なんで口調もかわっているんでしょう? ……声にだしては訊きませんが。
「――はい。目標E(エリル)を密かに追跡。どの様な女性に視線を向けるか、また、会話を交わす女性にどの様な反応を示すか、調査しました。――24時間」
『一日中ですか!?』っていうおどろきにも、とっくに慣れました。
 ――というかリーゼちゃん。こっそり追いかけながら、誰を見ているかまで分かるようになったんですね。……わたしのお友だちは、どこに向かっているのでしょう?
「……よくある手法ですね。ですが効果的でしょう。――それで、成果は?」
 ――よくある手法、なんですか? ほかにどんなヒトが……?
「それが……たまに露出の多い女性に目を奪われる以外に、特定の好みを判別する事ができませんでした。そして女性と会話している所を観察していると――稀に身震いをし、周囲を警戒しだす事が。ついには追跡への警戒も強まってしまいました」
「警戒――ですか。不思議ですね」
 ……怖いケハイに気づいたからじゃないでしょうか……?
 エリルくんが女の子とお話ししてると……リーゼちゃん、たまにちょっと怖いケハイを出すことがあるんです。……『ちょっと』ではないかもしれません。
「――じゃあ、次はフィアナさんですね」
「……そうね」
 そう言っていちど、ふたりは口調をもどしました。そして、フィアナさんがリーゼちゃんにメガネをわたします。……あのメガネ、こうたいで使うんですね。
「ではフィアナさん、報告をお願いします」
「――はい。目標K(カリアス)を対象に、同様の追跡と観察を実施。――精霊で」
 ……あるいみ、リーゼちゃんよりタチがわるい気がします。
 このまえ、精霊さんのちからで遠くをみる方法をおしえてって頼まれたのですが……こんなところで使われていました。
 ――精霊さん。ヘンなことを手伝わせちゃってゴメンナサイ……。
 こころの中であやまると、精霊さんたちの声がきこえてきました。

 『だいじょうぶ。浮気ダメ、ゼッタイ。疑わしきは追跡!』
 『知る権利は何よりも優先されるべき』
 『女の子の恋を叶えるためなら、何をしても許されるとおもうの~』

「精霊さんにもうつっちゃってます!?」

「「 ? どうしたの、イリスちゃん? 」」
 ……あんまりなことに思わず声をだしちゃったわたしに、そろって訊いてきました。
「な、なんでもないです……」
「「 ――そう? 」」
 ――きっと『そういう精霊さん』があつまっちゃっただけですっ……!
 ……ふたりが精霊さんの性格を変えちゃったわけでは――ないことをいのります。
「ではフィアナさん、成果の報告をお願いします」
「それが……老若男女、美醜、露出の多寡(たか)、全て問わずニコヤカに……」
「……あの方は木石か何かですか?」
「意志力で完全に抑え込んでいるか……相当に巧みなムッツリかの、どちらかかと」
 こういうお話しをしているときは、ほんとうに、ふたりが別のヒトに思えます……。
「さすが聖殿騎士ですね……って、フィアナさん。この口調やめません?」
「……そうね。メガネも意味無いし、やめましょうか」
 ――あ。そこら辺の正気は、のこってたんですね。
「それにしても……聖職者ってみんな、あんな感じなんですか?」
「……そうでもないわよ? カリアスの同僚の聖殿騎士、個性キッツイのが多いし」
「……そうなんですか?」
「ええ。女癖が悪い奴や自分大好きさんに、筋肉バカとか、いろいろ? それに身近なところだとフォルカスさん、聖都には奥さんと娘さんが居て、今は久しぶりにご自宅で寝泊まりしているみたいなんだけど――」
「えっ? あの人、結婚できてたんですか?」
 ――フォルカスさん……。
「昔、カリアスの養父さんに『娘に、洗濯物をパパのと一緒に洗わないでって言われた』って愚痴(ぐち)ってる姿なんて、とても聖職者とは思えない光景だったわよ?」
「ああー……なんとなくわかります。――娘さんの気持ちが」
 ――フォルカスさんっ……!!
 リーゼちゃんのかんそう、『よくわかる』じゃなくて『なんとなくわかる』なのが、なまなましくてむしろヒドイですっ……!
「それはそれとして……どうする? 結局のところ『異性だ』と意識させないと話にならないんだし……」
「そうですねぇ……やっぱり関係が停滞しているのが問題なんですから――新鮮さを演出するために、イメージチェンジでも?」
 あ、お話しがやっと、ふつうの『攻略会議』になってきました。
 ……でも、『攻略会議』がふつうって、どういうことなんでしょう?
「そうね、とりあえずそこら辺から手を付けてみようかしら。――段々暑くなってきたし、少し肌の露出増やしてみるのも、いいかもしれないわね」
「――え……?」
 ……あれ? 今、リーゼちゃんのようすが、ちょっとおかしく……?
「あら? リーゼちゃん、どうしたの?」
「――い、いえ、なんでもないです。……それで露出って、具体的にどんな風に……?」
 話をすすめようとするリーゼちゃんですが、ちょっと顔いろが……?
 でもフィアナさんは考え事をしながら話しているので、気づいてないみたいです。
「そうね……胸元――は、私もちょっと自信無いのよね……」
「――フィアナさんレベルでも、足りないんですか……?」
 リーゼちゃんが、自分のお胸に手をおきながらいいました。
 ……ちなみにリーゼちゃんのお胸は、わたしよりおおきいです。
「リリーさんには全然及ばないし……私の妹も、私より大きいわよ?」
「え? フィアナさん、妹さんが居たんですか?」
 ……そういえば、レミリアさんがいもうとっていうの、ヒミツでした。
 歌のお仕事をいっしょにしているリリーさんは――たしかにお胸がおおきいです。
「え、ええ。聖都に居るわよ? とにかく胸の事だけど――ちょっといいかしら?」
 そういってフィアナさんは、リーゼちゃんのお胸に手をのばして――むにむに、と。
「――うん、まだ大きくなりそうな感じね。リーゼちゃん、今何歳だっけ?」
「13、ですけど……」
「あと二・三年もすれば、私くらいにはなるんじゃないかしら?」
「あ、ありがとうございます♪ ちなみにフィアナさんは……少し失礼しますね」
 そう言って、こんどはリーゼちゃんが、フィアナさんのお胸を――むにむにっと。
「……フィアナさん。意外に着やせする方じゃありません……?」
 おどろいた顔をしてから、ふたたび『むにむに』しはじめるリーゼちゃん。
「え? そうかしら――って、リーゼちゃんちょっと強いっ……!」
 そんなじゃれ合うふたりをみながら――わたしは、じぶんのお胸を、ぺたぺた。
 ……わたしが生まれて四ヶ月ほどですが、あんまりおおきくなってる気がしません。
「……本当に私、このサイズになれるんですか――はっ、イリスちゃん……?」
「え? ――あ。え、えっと……イリスちゃん……?」
 ふたりが、わたしがみていることに気がつきました。
「え、あれ? べつにわたし、あんまり気にしてない……よ?」
 そういったのですが、ふたりの目が、だんだんと申しわけなさそうな目に。
 ――あ、あれ? わたし、うらやましそうな目で見てました……?

「――だ、大丈夫! イリスちゃんは私より年下なんだし、これからだから……!」
「そ、そうよイリスちゃん! 何年かすればドーンといくわよ、ドーンと!」

「…………ふたりとも、どーもありがとう」
 ……気にしてない、はずだったのですが。
 こんなに本気でなぐさめられると、むしろ泣きたくなるのは、なぜでしょう……?
「――こほんっ! は、話を戻すけど。やっぱり出すなら脚と肩、それと背中かしら」
 むりやり話をもどし――胸の話はよけて、お話しをつづけようとするフィアナさん。
 ですが、こんどは――
「――フィアナさん、フィアナさんっ」
「ノースリーブのワンピとかも、リーゼちゃんに似合いそう――って、イリスちゃん?」
「リーゼちゃんが――」
 またさっきみたいに、リーゼちゃんの顔いろが悪く……。
「ど、どうしたのリーゼちゃん……!?」
「い、いえっ! そ、その……私、実は背中に……」
 そういわれて、なんとなくわかりました。
 きっと……背中に、アザかケガのあとがあるんだとおもいます。
「――なるほど。ごめんなさい、あんまり話したくない事だったのね?」
「い、いえ大丈夫です! ――っていうか、話してなかった私が悪いんですから……」
「――ありがとう。それで、話したくなければいいんだけれど……背中のどの辺り?」
「……背中の真ん中。ミゾオチの裏側あたり、ですね」
 ちょっと自分でさわってみると――けっこう、下のほう?
「――うん。そこら辺なら、水着もちゃんと選べば大丈夫そうね」
「はい。この街だともう少し暑くなれば、湖へ水浴びに行ったりしますね」
「ああ、それで普通に水着が売ってたのね。……じゃあ今度、私も新調しに行こうかしら。アリアとイリスちゃんの分も買わないとね♪」
「うんっ! またアリアちゃんに、カワイイのえらんであげないと♪」
 自分の水着や水浴びも楽しみですが。アリアちゃんをカワイくするのが最優先です!
「本当に、アリアの服を選ぶのにハマっちゃったのねぇ……」
「――そういえば、今さらですが……そのアリアちゃんとウィル君は?」
 お話にむちゅうになっていたリーゼちゃんは、アリアちゃんたちがいないことに、今気づいたみたいです。
「えっと……アリアちゃんとウィルは、おとうさんたちのところだよ?」
「――という事は、カリアスさんとエリル君の所って事で……フィアナさん?」
 ま、またリーゼちゃんが、ちょっとこわい感じになってますっ……!
「……心配するのは分かるけど、大丈夫よリーゼちゃん。アリアはここの所、私やイリスちゃんの訓練も見に来るし。どうやら興味があるみたいなのよね」
 ――そうなんです。アリアちゃんは、わたしやフィアナさんが精霊術のれんしゅうをしていると、いつのまにか来ていて、じっとみています。
 おとうさんとエリルくんのれんしゅうだけじゃなくて、おとうさんがひとりで剣のれんしゅうしているときも来るらしいので、剣や術にきょうみがあるみたいです。
「アリアちゃんが戦闘訓練に――ですか? いくらなんでも早すぎるんじゃ……?」
「どうかしら? でもアリアは見てるだけで、参加してるわけじゃないし――」
 たしかに、アリアちゃんはまだ小さいし――キケンなことは、してほしくありません。
 ですが――『参加してない』、ですか……?
「――え? でもアリアちゃん、もう風の精れ――」

「――おかあさん、ちょっと……おねがいします……っ」

 言いおわる前に、アリアちゃんが走ってきました。
「アリア、どうしたの?
『おねがい』って?」
 アリアちゃんは走ってきたのに、つかれたような顔ではなく。わくわくしているような――やる気まんまんな顔で、まっすぐにフィアナさんをみて、口をひらきました。

「おにいさんと『しょうぶ』するの。だから……しんぱん、おねがいします」

「「「 …………は? 」」」
 わたしたちみんな、おんなじ反応をしました。――え? おとうさんと……?
「――え? あ、アリア? カリアスと勝負って……誰が? 何の?」
 フィアナさんが、ぼう然とした顔で訊きます。
 ……だけどアリアちゃんは、自信まんまんの顔で――

「んっ。わたしが……剣のっ」

 ――いったい、なにがあったのでしょうか……?

(カリアス視点)

「みぎゃ、みぎゃっ♪」
『――ほうほう。イリスはそんなに、撫でるのが上手いのか』
「みぃ、みぎゃぁっ」
『……いや、我は遠慮しておこう』
「――み?」
『……我が()(もだ)える姿など、見せるわけにはいかないのでな』
「みぎゃっ?」
『――お前が気にせずとも、我が気にするのだ……』

 そんな和む会話が背後から聞こえてきたけれど、僕は今――
「はぁあッ!」
 ――っと。そろそろ、油断してると危ないかな、っと。
 力量を見定めながら、振り下ろされたエリルの木剣を自分の木剣で弾く。
「――ッ、はっ!」
 弾かれるのは予想していたのか上手く反動を殺し、踏み込んで(よこ)()ぎを放つエリル。
 再び弾く、だけど今度は変化を加える。
「っ、――ッ!? くッ……!」
 さっきと同様に見せて――強打。インパクトの瞬間にだけ力を強く込め大きく弾く。
 予想より大きく弾かれたエリルが戸惑い、慌てて牽制に振るった剣に勢いは無く。
「――甘い」
「イダッ!?」
 エリルの木剣を巻き上げ、返す剣で肩を叩く――ケガをさせない程度に。
 エリルが肩を押さえて蹲ったところで、僕も木剣を下ろす。

 ここはイグニーズ遺跡の片隅にある、ハールートの住処。少し前からここで、エリルの剣の訓練をやらせてもらっていて。
 というのも……ハールートの一件で僕たちの周辺が騒がしくなり。ハールートやイリス、アリアちゃんや――僕たちを見たい、とか。弟子にしてください、とかで押しかけて来る人が後を絶たず。
 落ち着いて休憩したり訓練したり出来る場所として、ここに逃げ込んだのが最初。
 ハールートが『イリスとアリアの友人なら、別に構わぬぞ?』と言ったので、エリルとリーゼちゃんも呼んだりしている内に、『訓練もここで』という事に。
 そんなわけで、今ここにいるのは僕とエリル、ハールートとウィルと――
「…………」
 ――最近よく見学に来て、ただじっと見ているアリアちゃん。
『なんとなく』という割に、妙に真剣な様子なんだけれど……どうなんだろう?

 そんなアリアちゃんを横目に見てから、少し凹んでいるエリルに声をかける。
「――判断が遅い。迷って中途半端に振るくらいなら、防御に回った方がマシ」
 エリルは反応速度も身体能力も勘も、かなり優秀な部類に入る。それは防御面で顕著(けんちょ)に現れていて、防御に専念されると、崩すのは僕でも少し時間がかかる。
 だけど……経験不足なこともあり、駆け引きが重要な攻撃面は、まだまだ。
「うぅ……良い感じだと思ってたんだけどな……」
「……実際、上達はしているよ? ただ予想が外れた後の判断が遅い。――多分、頭の中に選択肢が浮かんで、一瞬『どうしようか』って迷ってるんじゃないかな?」
「――ぐっ」
 ……どうやら当たりらしい。
 対処法が浮かんでも、咄嗟(とっさ)には身体が動かない。または、なまじ対処法がいくつか浮かぶせいで、取捨選択が間に合わない。
 この状態を抜けるには、半ば無意識でも身体が動く様になるまで経験を積むこと。
 あとは……危機感を持たせる事で『迷う事が一番危ない』ということを思い知らせる、なんていう荒療治もあったりするのだけれど。
 ――訓練っていう、安全な状況に慣れちゃったのもマズイのかな?
 ただの(たしな)みや、競い合うためだけの剣ならそれでもいい。だけど僕は現役で戦う『聖殿騎士』。だから、教えるべき剣は――
 ――そろそろ、次の段階に行かせてみようかな……?
 エリルの素質はかなりのモノ。だからエリルが望む『力』と、その覚悟を確かめる。そして、それ次第では……先に進めるべきかもしれない。

「……よしっ。もう一度――もう一度お願いします……!」
 休憩もそこそこに、エリルが再戦を挑んでくる。
 この負けず嫌いな性格も資質だと思うし……僕としても、好ましく思う。
「わかった。じゃあ――」
「――おにいさん」
 ……申し出を受け、始めようと思っていたところに、声を掛けられた。
「……アリアちゃん?」「――アリア?」
 アリアちゃんから、訓練中に声を掛けられたのは初めて。
 僕とエリルが揃って首を傾げていると、強い意志を宿す瞳と共に、言葉を紡ぐ。

「――わたしにも、剣をおしえてくださいっ……」

「「 …………え? 」」
 確かに真剣に見ていたから、そう言い出してもおかしくはない、のだけれど。
 フと、ハールートの方に視線を送る。
『――うむ』「……みぎゃ?」
 ……ウィルはともかく。ハールートに驚いた様子が無いから――何か知っている?
 僕の心情的には、反対したい。
 けれど、アリアちゃんの真っ直ぐな瞳は――『子供だから』という理由だけでは否定できない。そう思わせるほど、強い光を宿していて。
「――なんで、剣を習いたいと思ったの?」
 まずは、理由を訊いてからにしよう。そう思った僕に、アリアちゃんは即答する。

「――おねえちゃんをまもれるように。……だれにもまけないように、つよくなりたい」

 ……躊躇(ためら)い無く、言葉に乗せられた、強い想い。
 自分に何が出来るのか。きっと自分なりに考え抜いたのであろう事が、伝わってきた。
「――な、なあアリア? お前の母さんのフィアナさん、精霊術士だろ? 精霊術を教えてもらうんじゃ、ダメなのか?」
 エリルの、もっともな質問。
 だけどフィアナを母と(した)うアリアちゃんが、それを考えないはずがない。
「……おねえちゃんと精霊さんたち、きょりがあれば、ぜったいにまけない。――だからわたしは、その前でたたかう」
 ……『なるほど』と、思ってしまった。
 もし危険が迫ったとき。精霊術と聖術の両方を操れるイリスは、後衛のスペシャリストになれるだろう。それは将来的な話ではなく――能力的には、現時点でも。
 だから後衛は任せ、自分はイリスの『剣』と『盾』になる。

 再び、ハールートの方に視線を送る。
『…………』
 無言で頷き、『任せる』と、視線で語ってきた。
 多分、ハールートには話していたんだろう。その上で……反対はしていない。
「――フィアナやイリスには、話してあるの?」
「…………まだ」
 心配されるのは分かっているから、かな?
 先にハールートと僕を味方に付けて、という考え方かもしれない。
「……じゃあ。ちゃんと教えるのは、フィアナの許可をもらってから。――いいね?」
「 ! んっ……♪」
 嬉しそうに微笑むアリアちゃん。
 だけど、アリアちゃんの体格での剣なら――僕よりフィアナが教えた方がいいかも?
 そんな事を考えながら、予備の木剣を持って来て、アリアちゃんに渡す。
「先にエリルと模擬戦やるから、ちょっと待ってて? その後で適性を見るから――準備運動と、この木剣に慣れるために、少し振っていて」
「んっ……!」
 やる気の込められた返事を微笑ましく思いながら――『保護者』に許可を求める。
「――と、いう事になりましたが……大丈夫ですか、ハールート?」
『うむ。アリアを、よろしく頼む』「みぎゃッ……!」
 律儀に頭を下げるハールートと、ウィルのは『頑張って……!』かな?
「じゃあ――お待たせ、エリル。軽く体動かしてから、模擬戦にしようか」
「わかった……!」
 後輩ができることになったせいか、さっき以上に気合が入っている様子の返事。
「行きます――」
 まずは軽い準備運動代わりに、身体の動かし方、剣の振り方を確かめる様に撃ちこんでくるエリル。僕もそれを型通りに受け、型通りにゆっくりと反撃をする。
 それをエリルが防ぎ、また返し――といった風に数回繰り返し、身体が温まったところで――エリルの動きが止まった。
「 ? どうしたんだい、エリル?」
「……カリアス兄ちゃん。アレ……」
 エリルが呆然とした様子で指差すのは、僕のナナメ後方。そっちには、木剣を振るアリアちゃんが……え?
「……なっ」
 僕たちが動きを止めた事で聞こえてきたのは、『風を斬る音』。
 力任せでは鳴らない音で――だけど剣速が必要なため、ある程度は力も欲しい。
 アリアちゃんくらいの腕力で鳴らすには、余程の技量が必要なはずなのだけど……。
 振り返った先。そこには全身のバネを使い、小柄な身体には大きい木剣を、舞う様に振るう少女の姿が。
「――兄ちゃん。もう誰かが教えてたり……?」
「……いや。僕が知る限りは、誰も教えてないはず」
 まだ腕力不足らしく、少し剣に振り回されている様子もあるけれど、身体が流される勢いも利用して、次の一振りへ繋げている。……これが我流なら、並の素質じゃない。
 半ば唖然と、この事態について知っているかもしれない存在を見ると――その巨竜は、得意げな顔でこちらを見ていた。
「ごめんエリル、少しだけ待ってて。……アリアちゃん、少し止まって」
「……?」
 動きを止め、表情はいつもの如く薄いが、不思議そうに首を傾げるアリアちゃん。
「エリルの後で、ちょっと今の実力見せてもらうから。だから、フィアナを連れてきて。……多分、説明や説得するには見てもらった方が早いだろうから」
「……わたしも、おにいちゃんみたいに、おにいさんとたたかうの?」
「――あはは。うん、そんな感じかな? だからフィアナにも見てもらおうと思って」
「 ! ん。すぐ、よんでくるっ……」
 そう言って転移陣へ駆けていき、光と共に姿が消える。
「さて、ハールート。……どこまで知ってました?」
 苦笑いが浮かんでいるのを自覚しながら、確実に何かを知っている存在に訊く。
『ふぉっふぉっふぉ! 我も最初は驚いたのでな。その反応が見たかったのだ』
「……『驚いた』? ハールートも知らなかったんですか?」
『――うむ。昔から運動センスが良いとは思っておったが。剣も、お主等が居ない時に少し助言した程度。最初は確実に素人だったのが、すぐに上達しおった』
『少し』の部分を疑いかけたが、この体格差で詳しく教えられるはずも無い。
 そして思い返せば。遺跡に封印されていた所を助けた後、最初は上手く歩けなかったのに、すぐに走れるようにまでなっていた。……あれも、(たぐい)(まれ)な運動能力の賜物か。
「――なるほど。わかりました。……ところでハールート?」
『む?』
 アリアちゃんを自慢したい気持ちはわかる。だけど……こちらの反応を楽しむ意地悪には、ちょっと意趣返しをしたくなるわけで。

「――今日も似合ってますよ、その花冠」

『ぐぬっ!?』
 アリアちゃんが居る時だけ付ける、という所で妥協したらしい花冠。
 僕も性格悪いな、と思いつつ――ま、本当にイヤなら付けないだろうし、いいよね?
「ごめん、待たせたねエリル。始めようか?」
 話に区切りがついたので、エリルとの模擬戦を始めようと声をかける。
「――うん。早くやろう……!」
 さっきより気合いが込められた言葉と眼差し。だけどその眼に浮かぶ感情は……。
「うん、わかった。だけど……焦るなエリル。――気持ちは分かるけどね」
「…………うん」
 僕の言葉に、深呼吸をしてから頷き、剣を構えるエリル。
 ――あんな才能の持ち主……しかも、それが華奢(きゃしゃ)な妹分なら、焦るのも無理ない、か。
 やはり今後の指導方針とか、しっかり考え直した方がいいかもしれない。
 と。ここまで考えたところで、今は目の前のエリルの相手に集中する事にした。


      ◆      ◆


「――カリアス! どういう事!?」

 模擬戦が終わり、エリルが座って水を飲み始めたとき。
 転移陣から現れるなり、血相を変えて怒鳴り込んで来たフィアナ。その後ろには当のアリアちゃんとイリス、リーゼちゃんも様子を見に来ていた。
「えーっと……『どういう事』って、何が?」
「だから! アリアと勝負するって、どういう事なのよ!?」
 ……『勝負』? ――ああ、そういう事か。
「あー、うん。説明するから、少し落ち着いて。実は――」
 そう言って説明しながら。心の中では、この後を凄く楽しみに思う。
 僕の認識では、現在のアリアちゃんの素質と適性、実力を見るだけのつもりだった。
 けれどアリアちゃんは『勝負』と言っていた。それが意味する事は、一つ。
 ――僕に勝つつもり、か。そうこなくちゃね……!
「アリアちゃん……」
「――アリア。本当に、大丈夫なのね?」
「ん。……やりたい」
 心配するイリスとフィアナに、真っ直ぐに答えるアリアちゃん。
 無表情に見える瞳、その奥に宿るモノに――少なくとも、フィアナは気付いたはず。
「――わかった。行ってらっしゃい。……でも、無理はしないのよ?」
「んっ」
「……それと。どうせやるなら、カリアスに一泡吹かせる気で行きなさい」
「――んっ……!」
 そんな遣り取りを見ていると……血の繋がりは無いのに『よく似た親子だな』と思う。
「じゃあ――アリアちゃん。そろそろ始める?」
「……んっ。じゅんびは、できてる」
 応え――こちらを向くアリアちゃん。その姿に、緊張の色はほとんど見えない。
「了解。それなら――いつでもいいよ?」
「ん。……おねがい、します」
 僕に軽く一礼してから、構える。木剣を両手持ちに。剣先は下げたまま――わずかに腰を落とし、力は込めず、むしろ脱力。――間違いなく我流。だけど……隙が少ない。

 そして、少女が駆け出す。

 腕の力は抜いたまま、剣も下を向いたまま。
 所詮は子供の脚力。速度自体はそれ程ではない。だけど――初速が速い。
 臆せず僕の間合いの中に入り、放たれる一閃。地を這う様な薙ぎ払い。
 脱力状態からの一撃は、文句無しに鋭い。『子供にしては』どころか――聖都の騎士候補生と比べても、なかなかのモノだと思う。
 間合いに踏む込む度胸と、その速度。そして、この一撃。
 ――末恐ろしいな……。
 そう思いながら――回避も迎撃もせず、その一撃を自分の木剣で防ぐ――その瞬間。
 ……アリアちゃんの口元が小さく笑い、声が聞こえた気がした。

 ――『……かかった』と。

 ――え?
 次の瞬間、首元に木剣が迫ってきていた。
「なッ――」
 上体を逸らしギリギリで回避。後退して距離を――しかし追撃が迫る。
 浅く足を狙う振り下ろし。――剣先を下げたままの木剣で防ぐ。
 手首を狙う横薙ぎ。――腕を引いて回避。
 剣を返し下段の横薙ぎ。――剣を更に下げて防御。
 体勢を立て直すどころか、剣先を下げた剣を構え直すことすら出来ない……!
 後退しながら防ぎ続ける事を余儀なくされている状況。これを打破するには――
 ――ッ!? やられた……!
 この状況を立て直す簡単な手段は『迎撃』。力任せの一撃を振るえば、アリアちゃんの小柄な身体を押し退ける事は容易。
 だけれど――僕はこの一戦を『実力テスト』と考えていた。
 だから僕は『攻撃しない』と決めていて。
 その実力を見るために――最初の一撃も、回避せずに剣で防いだ。
 地を這う一撃を防ぐために――自分の剣を、地に突き立てる勢いで下げて。

 その結果が今の状況。
 剣を下げてしまったため、まともな防御が出来ず、体勢を立て直せない。
『攻撃しない』と決めているため、迎撃も出来ない。
 そして何より厄介なのが、速さ。初撃の時より、速度がさらに上がっている。
 距離を取る事すら出来ないこの速度は、断じて子供が出せるものはない。
 ――なんだこの速さ!? まるでフィアナと――
『まるでフィアナと接近戦で戦っているみたい』、そう思って――気付く。
 アリアちゃんを後押しする様に吹く――不自然な風の流れ。
「風の精霊術! いつの間に!?」
 戦闘中、おそらく初撃の後に無詠唱で使用されたであろう『追い風』の精霊術。
 自分の背後から風を吹かせ、行動を後押しさせるという、単純な初級の術。
 だけど、体重の軽いアリアちゃんには効果が絶大。その反面、身体が流されやすくて身体制御が難しくなるはずなのに――完全に乗りこなしている。
「 ! ……っ!」
 アリアちゃんの顔に、一瞬だけ焦りの色が浮かび――更に速度が上がった。
 タネに気付かれたため、勝負に出る気か――間合いを更に詰めてくる。
 速度のままに、胴体への刺突。――身体を捻り回避。
 接触する程の距離まで迫り、身を翻しての横薙ぎ。――後退して回避。
 更に舞う様に身を翻しながら連撃。――後退し回避――したところで背後に壁が迫る。これ以上の後退は無理――
「 ! やぁッ……!」
 気合いの声と共に跳躍。後退も出来ない僕へ、最後の刺突を放ち――
「――はッ!」
「――ッ!?」
 無理な体勢から――アリアちゃんの剣へ、エリルとの模擬戦でも使った『強打』。
 僕の木剣は、アリアちゃんの手から木剣を弾く事に成功した。
 手から離れ、回転しながら真上に弾かれた木剣を見ながら、心から安堵した。
 ――危なかった。最後、誘いに引っかかってくれたから良かったけど……。
 壁に追い込まれたのはワザと。隙を見せ、決めに来る一撃を誘い、弾いた。
 ……これで何とか凌げた。――そう思ったのだが。
 ――え……?
 剣を弾き飛ばされたアリアちゃんの眼に、諦めの色が無い。
「――まだッ……!」
『諦めない』という、強い意志を乗せた声。同時に――上から風が叩きつけられた。
「くっ――」
 下降気流により、手を離れた木剣が再び持ち主に向かう。
 自身も巻き込んだ突風を、身を(ひるがえ)して受け流し。飛んで来た木剣を掴み――
 身を縮め、最後の一撃を放つための力を溜め……!

 剣を構えたまま、『ぽてっ』と横にたおれた。

「「「「『 ………………え? 』」」」」
 最後の一撃を放つ事無く、横に転がったアリアちゃん。僕だけじゃなく、フィアナやイリス、リーゼちゃんにハールートまでもが、思わず声を漏らす。
「あ、アリアちゃん? どうしたの……?」
 おそるおそる訊いてみると――焦点の合わない眼をこちらに向けて。
「――め、まわった……」
「……あー、そういう事」
 そういえば最後の方、回転しながらの連撃だったっけ。それで最後は――突風を受け流すために更に回転したのが、トドメになったと。
「――お疲れ様、アリアちゃん。……正直に言って、すごく驚いたよ」
「……ありがと、おにいさん。――でも、かちたかった」
「あはは、そう簡単に、負けてあげるわけにはいかないかな」
「……むぅ」
 地面にぺたりと座ったまま、不服そうに頬を膨らませる。……先ほどまで怒涛(どとう)の連撃を見舞っていたとは思えないほど、子供らしい仕草。
「――アリアちゃんっ!!」「みぎゃっ」
「……おねえちゃん、ウィル。」
 駆け寄ってきたイリスは、アリアちゃんの後ろから抱きつき。飛んで来たウィルは、正面からアリアちゃんに抱きつく。
「アリアちゃん、すごかった! カッコよかったよっ!!」
「……んっ。ありがとう、おねえちゃん……♪」
 アリアちゃんはイリスに頬ずりされながら、少し恥ずかしそうに応えた。
 腕の中のウィルを撫でているのは、一種の照れ隠しだろうか。
「――ふふふっ。お疲れ様、アリア。……本当に、驚かせてもらったわよ?」
「……おかあさん。――おかあさんと、おねえちゃんの、いっぱいみた。……おどろかせたくて、いっぱいれんしゅうした。……がんばった、よ?」
「――ええ。頑張ったわね、アリア。すごかったわよ?」
「ん、ありがと……♪」
 フィアナに撫でられ、嬉しそうに微笑むアリアちゃん。それを見ながら、考える。
 ――本当に、末恐ろしいな……。
 さっきは『そう簡単に、負けてあげるわけにはいかない』なんて言ったけれど。
 ……実際は『負けた』と言っても過言ではない。
 どうやらイリスやフィアナの術練習を見学して、精霊術を身に付けた様だけど。
 それを会得し、使い熟す素質も凄いけれど――最も驚異的なのが、今回の戦術。
「――ねぇアリアちゃん? 今回の作戦、自分で考えたの?」
 試しに訊いてみると、何でもない様な顔で答える。
「ん。……ハールートから『自分の特性を利用する事を考えろ。それを武器にしろ』って、アドバイスされたから――」
「……なるほど。それで、その『特性』って?」
「……こどもで、からだがちいさいこと。――それをつかうために、風の術をおぼえた。ゆだんしてもらえる、こんかいだけがチャンスだった……」
「「 ………… 」」
 イリスは『すご~い!』と、純粋に驚嘆しているが……僕とフィアナは、一種の戦慄(せんりつ)すら覚えていた。

『子供である事』『身体が小柄である事』。これらは普通、弱点とみなされる要素。
 これを『油断を誘える』『風の術を活かし、速度を得られる』と逆利用し、それに見合う戦術を組み立てる。そして――それを一発勝負で成功させる、身体能力と胆力。
 僕の油断を的確に突いて利用する、いっそ『冷徹』とすら言える思考。
 それでありながら――剣を弾かれても諦めず、最後まで敵と勝機を追う、闘志。
 アリアちゃんの最も恐ろしい素質は――『戦う者』として、理想的なまでの精神性。

 ――こうなると本当に、急いで今度の事を考えなければいけないけれど……。
 アリアちゃんとエリル。そして――イリス。
 将来が有望『過ぎる』子供たちを、どう導くか。ある意味で贅沢(ぜいたく)に過ぎる悩み。
 ……だけど。今はそれを棚上げにして、解決しなければいけない問題があって。
「――フィアナ。ちょっとココ、お願いできるかな?」
「え? いいけど……」
 怪訝な顔をするフィアナに、僕は――さっきから一言も口にしていない人物を指す。
「……なるほどね、了解。そっちは頼んだわよ?」
「了解。元から僕の役目だしね」
 フィアナにそう言って、僕は――僕の『生徒』へ向かう。
 その生徒――エリルは、何かを堪える様に唇を噛みしめ、小さく震えていて。
「エリル」
「ッ……!」
『ビクッ』と反応したエリル。気まずそうな顔をこちらに向け……すぐに俯いてしまう。
 そんなエリルに――僕に続いて声をかけてしまったのは、リーゼちゃん。
「……エリル君?」
「ッ!? …………っ!!」
 泣きそうな顔で、転移陣へ向かって駆けだすエリル。
 ……一番、弱い所を見せたくない子に声を掛けられ、我慢できなくなったんだろう。
 その心情が痛いほど分かる僕は……自分の教え子の後を追いかけた。


「――エリル」
「………………」
 エリルは転移陣を抜けた先から――そう離れていない場所に、立ち尽くしていた。
 ……あの場所には居たくない。だけど、逃げてもどうにもならないと分かっている。
 だから、こんな中途半端な場所で動けなくなっているんだろう。
 ――さて。なんて声をかけようかな……。
 後から現れた、可愛い妹分。そんな子が、圧倒的な才能を持っていた。
 自分には到底出来ない戦い方で――自分が勝てない相手を追いつめていた。
 そしてショックを受けていた所に……守りたいと思う女の子に、最も弱い所を見せたくない相手に、心配そうな声をかけられ。
 ――うん。逃げ出したくなるよね……男の子なら。
 あの場に居ればどうしても心配され、同情される。同情されれば……(みじ)めになる。

 ……だけど。実はエリルの剣の才能は、アリアちゃんにそこまで劣っていない。
 僕があそこまで押されたのは、攻撃しないと決めていた戦いで、まともな防御も出来ない状況を作られたから。
 一重に、アリアちゃんを侮っていた、僕の油断と傲慢(ごうまん)の結果。
 アリアちゃんの戦い方と手の内が分かった今、エリルとアリアちゃんが戦った場合……実力で五分。戦い方の相性の関係では、エリルが有利なんじゃないかな?
 だから……劣等感を抱く必要は無い。

 ――でも多分、そんな事は関係無いんだよな……。
「――悔しかったかい?」
「…………うん」
 エリルが出来ない事を、目の前でサラッとやって見せられた事が。
「――羨ましかったかい?」
「…………うん」
 自分を凌駕する才能が。自分には無い『力』が。
「妬ましいかった?」
「……それは――どう、なんだろう……?」
 けれど……あまり妬んではいない。自分の戦い方ではないって気付いているから。
 自分に力が無い事が悔しい。だけど……アリアちゃんと同種の力は求めていない。
 ならばやっぱり、エリルが落ち込んでいる一番の理由は――
「――自分が、情けなくなった……かな?」
「……うんっ……!」
『剣の才能で負けている』。その事にも、確かにショックは受けているはず。
 でも、最も敗北感を抱いたのは――心のあり方。
「……アリア、本気で兄ちゃんに勝とうとしてたよ」
「――そうだね」
 無謀ではなく、自分の方が弱いと自覚した上で。その弱さすらも武器にして。
「……勝つために努力して。剣を弾かれても、アリアだけは諦めてなかった」
「――うん。あれは、僕も驚いた」
 あの成果は、才能だけの産物ではない。才能を基に、試行錯誤と努力を重ねた結果。
 勝つ事に、貪欲だった。そうじゃないと、最後のあの行動は取れない。

「――『守れる様に、誰にも負けない様に強くなりたい』って。考える事は同じだったのに……アリアの方が必死だった……!」

『想いの強さで負けていた』。これに気付かされたのは……確かに痛いだろう。
 だけど。こんなに苦しんでいるという事は――まだ諦めていない証拠。
 本当に『勝てない』と、上を目指す事を諦めたのなら、こんなに苦しまない。
「……ねぇ、エリル。君は、なんで強くなりたいと思ったんだっけ?」
「それは――リーゼを守れる様に。……誰にも、負けない様になりたい、って……」
 きっとそれの始まりは、子供らしい英雄願望。覚悟も必死さも、無くて当然。
 一方でアリアちゃんは……命を失くしかけ。命を救われ。だから――今度は自分の番だと、必死に力を求めている。命を賭けて守る覚悟すら、持っているのかもしれない。
 じゃあ――エリルの想いは弱いのか?
 ――いや、そうじゃない。『弱かった』としても……『弱いまま』とは限らない。
「うん。それが君の原点だね。――じゃあ、君が目指すものは、ある? 君が将来、なりたい自分。『こうなりたい』って思う、具体的な目標は?」
「俺の、目標……? …………っ。――うん。ある」
 戸惑い気味だった視線が、思考の末、強い光を取り戻した。……思った以上の効果。
「君は、最初の想いを諦めるの? 君が目指すものは……その諦めた先にあるのかな?」
「――違う。諦めたら――絶対になれない」
 ……うん。この子の心も――十分に強い。
 折れかけたのは、ただ強いあり方を知らなかっただけ。一度折れかけ、そして立ち直るこの子は……きっと、もっと強くなる。
「――君が目指すものは、上にある。進むべき道は、前にある。……それなのに君は、下を向いたままでいるのか?」
「 ! …………ッ!」
 目尻に涙を(たた)え、睨み付けてくるエリル。
 その雫の輝きは――もう、後ろ向きなものではなかった。
 ――エリルの方は、これでもう大丈夫。……なんだけど。
 想いの強さ――つまり『心構え』が甘かったと、後悔したエリル。
 ならばそれは、指導していた僕の責任でもある。

『先』に進める、良い機会かもしれない。――才能溢れる子供たちのために。

「――エリル。これから先の指導、『いろんな意味で』もっとキツくなるかもしれないけど……それでも続けるかい?」
「――うん」
 迷わず頷くエリル。それなら……早速、動いてみようか。
「じゃあ、フィアナたちの所に戻るよ、エリル。そこで――」
 言いながら、頭の中で算段を立てる。
 ――うん。フィアナなら分かってくれるだろうし、心配は無いかな。

「――そこでもう一戦、見てもらう事になると思うから」

 ――アリアちゃんは……もうすでに、漠然とした覚悟を持っている。エリルも、その意味を掴みかけている。
 ……ならば、『それ』を一番伝えるべきなのは――



   ◆◆◆次回更新は8月16日(火)予定です◆◆◆

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