第二編 二章の2 心に宿すもの

作者:緋月 薙

二章の2   心に宿すもの
(※今回は 二章の1 紅の少女が秘めるもの と合わせて2話分の更新になります)


(SIDE イリス)


「エリル」
 わたしたちが、すごい戦いをしたアリアちゃんを『すごい、すごい!』っていっていたら……うしろで、おとうさんがエリルくんに声をかけたみたいで。
 振りかえると……エリルくんが、なんだか泣きたそうな顔で……?
「……エリル君?」
 気づいたリーゼちゃんが心配そうに、エリルくんに声をかけます。
 だけどエリルくんは――ビクって体をふるわせると、もっと悲しそうな顔になって。
「ッ!? …………っ!!」
 とつぜん走りだしたエリルくんに、わたしたちはすぐに反応できなくて。
「え、エリル君ッ!?」
 すこし遅れて、リーゼちゃんが追いかけようとして――
「――待ちなさい」
「フィアナさん!? でもエリル君が!」
 フィアナさんが、リーゼちゃんを止めました。その顔は、『仕方ないなぁ』っていう、ちょっと困ったような顔で。
「カリアスが行ったから、任せなさい。……あなたが行っても逆効果よ?」
「ッ……!」
 ショックをうけたみたいで、動きを止めるリーゼちゃん。
 おとうさんが行ったなら、あんしんです。――でも、エリルくんはなんで……?
「ねぇ、フィアナさん。なんでエリルくん、泣きそうな顔してたの……?」
「あー……、それは――」
 訊いたわたしといっしょに、リーゼちゃんもフィアナさんを見て、答えを求めます。
 フィアナさんが言いにくそうにしていると……答えたのは、ハールートさんでした。
『――負けたと、思ってしまったのだろうな。己が精一杯の努力をしていた事が……アリアにあっさりと抜かれてしまったと、な』
「……更に言うと。――多分だけど、リーゼちゃんには弱い所を見せたくなかったんじゃないかしら? そこに、心配そうな声をかけられたら……ね?」
 ハールートさんの言葉につづいて、フィアナさんも諦めたように、言葉をつづけます。
 その内容は……たしかに言いづらかっただろうなって、納得しました。
「エリル君……」
 リーゼちゃんは悲しそうな顔で、エリルくんたちが消えた転移陣のほうをみています。
『――リーゼよ。エリルなら心配無いと思うぞ。……のぅ、アリアや?』
「……ん。おにいちゃん、つよいよ? だから――だいじょうぶ」
「えっと……アリアちゃん?」
 ハールートさんに続いて言ったアリアちゃんに、リーゼちゃんが、ちょっとフクザツな顔をしました。
『――ふむ。いまいち納得出来ていない顔じゃな。では……アリアよ。もしもエリルと戦った場合、お主は勝てるかの?』
「……たぶん、おにいさんとたたかう前なら、かてた。でも今は……むずかしい」
「そう、なの? でもアリアちゃん、カリアスさんを追い込んで――」
『今回のは、カリアスの油断に付け込んだ形じゃな。最初に失敗をさせ、その挽回をさせずに追い込んだのだ。正面勝負なら――まだ、アリアはカリアスに遠く及ばぬ』
「――ん。ほんきのしょうぶなら、さいしょのこうげき、よけられてた。そうなってたら……たぶん、今のわたしじゃ、くずすのはむり」
 そう言うアリアちゃんですが、『今の』という言葉どおり、諦めているようすはありません。――きっと、『いつか』勝ちたいって思っているんじゃないかな……?
「……まったく。それが分かっている時点で、けっこう凄いのよ? ――それで、エリル君はどうなの?」
「……んっ♪ ――おにいちゃんは、まもるほうがうまいの。わたしがくずせるか……おにいちゃんが、はんげきを当てるか? ……つかれて、わたしがまけそう」
 フィアナさんに頭をなでてもらい、うれしそうな顔をしたアリアちゃんですが、すぐに元の顔にもどって、お話しをつづけました。
『――うむ、そういったわけでな。エリルは、劣等感を抱く必要など無いのだ。……まぁ、それだけではなさそうなのだが……そちらは大丈夫なのであろう?』
「……『男の子の事情』の方よね? 私は漠然としか分からないけれど、カリアスなら分かっているはずよ。――なにせ、通った道だから」
 苦笑いしながら言う、フィアナさん。
 ……『男の子の事情』。わたしには、まだわかりません。――この子はどうだろう?
「――ウィル? 『男の子の事情』って……わかる?」
「……みぎゃっ?」
 やっぱりっていうか……ウィルには、まだちょっと早いお話みたいです。
「……そういえば何となく確認してなかったけど。ウィルって、雄だったの?」
「――え? うん、男の子だよ? …………そうだよね?」
「みぎゃっ!」
 わたしは初めから、なんとなく『男の子』って思っていたけれど……。言われてみれば、フィアナさんの言うとおり、確認してませんでした。合っていてよかったです……!
 元気にお返事したウィルをアリアちゃんがなでていたので、抱っこしていたウィルを、アリアちゃんにわたします。
「えっと……フィアナさん? カリアスさんも、さっきのエリル君みたいになった事、あるんですか?」
「ええ。……聖殿騎士になったばかりの頃とかに、ね。私も理由を訊いたんだけれど――『腕より心が甘かった』って、それだけしか教えてくれなかった。立ち直るまで、あまり話もしてくれなかったし――弱い所を見せたくないんじゃないかしら?」
「なるほど……。だから私を止めたんですか」
 そんな、フィアナさんとリーゼちゃんが話している横で――なぜかハールートさんが、困ったような顔をしています。
「ハールートさん、どうしたの?」
『……いや。フィアナとリーゼも、似た者同士よな、と』
「「 …………はい? 」」
 ――あ。今の反応と顔、すごく似ています。あと……『攻略会議』のときのようすとかも……。
『……はぁ。あの二人が『弱い所を見せたくない』のは、『特にお主ら』だからだぞ?』
 ため息をはきながらハールートさんが言うと、フィアナさんとリーゼちゃんは――
「「 …………え? 」」
 揃って首を傾げました。たしかにすっごく似ています! ……あれ? でも――
「――ねぇハールートさん?
『フィアナさんたち【も】、似たものどうし』って?」
『む? ――ああ。似た者同士であろう? カリアスとエリルも』
「「 ――ああー…… 」」
 二人がそろって、ちょっと困ったかんじでうなずきました。
「あの鈍さとか、確かに良く似てますよね……」
「基本的に素直なのに、妙な所で頑固だったり、意地っ張りな所とか、ね……」
 そう言いあってから、顔をあわせて『くすっ』って笑うフィアナさんとリーゼちゃん。
「でも……それ聞いたらエリル君、ちょっと喜ぶと思いますよ?」
「そうなの?」
 なんだかリーゼちゃんが、じぶんのことのように、うれしそうに言います。
「エリル君の目標って、知ってますか?」
「聞いた事は無いけど……?」
 イタズラっぽく言うリーゼちゃんに、少しとまどったようにフィアナさんが返すと。
「――カリアスさん、ですよ。最初は単に『強い人だから』、憧れていただけみたいなんですが……この前、『なりたい自分に、一番近い人だから』って♪」
 とてもたのしそうに笑って、リーゼちゃんが言いました。
「……カリアスも以前『弟が出来たみたいで嬉しい』って言っていたから――それ聞いたら喜ぶと思うわよ?」
 その言葉に、フィアナさんもうれしそうに返しました。
『ふぉっふぉっふぉ! やはり良い師弟なのだな、あの二人は』
「ええ。……困ったトコまで似てるけどね?」
「――ですね。とっても困った師弟だと思います♪」
 そう言って、ハールートさんとフィアナさんたちは、笑いあいました。


 と、そんなとき。教会につながる転移陣がひかりだして。
「……なんだか楽しそうだけど、どうしたの?」
「おとうさん、エリルくん。おかえりなさいっ」「みぎゃあっ♪」
 アリアちゃんになでられていたウィルも、わたしといっしょにお出むかえです。ウィルが飛びつくと、おとうさんは受けとめて、抱っこしました。
「うん、ただいま。――で、何の話だったの?」
 腕の中のウィルをなでながら首をかしげるおとうさんを見て、フィアナさんはイタズラを思いついたような顔で。
「ふふふっ。アンタとエリル君が、困った師弟だってお話しを。ね~♪」
「はいっ♪」「――ん」『ふぉっふぉっふぉ』

「「 …………へ? 」」

 フィアナさんの言葉にリーゼちゃん、アリアちゃん、ハールートさんが楽しそうに同意すると、『きょとん』とした顔をする、おとうさんたち。
 それをみて、またみんなで笑いあいました♪ ……エリルくんが、こっそり『ほっ』とした顔をしていたことは、みんなで気づかないフリ、です!

「――フィアナ。ちょっと頼みたい事があるんだけど……今から時間、大丈夫?」
「はい? ――ええ。今日はもう、術の練習くらいしか予定は無いけど?」
 みんなが落ちつくのを待って、おとうさんが言いだしました。何でもない風に話しだしたのですが――

「そっか。じゃあ――僕と一戦、お願い出来ない?」

「……どういう事かしら?」
 フィアナさんの顔が、マジメな――すこしこわい顔になりました。
「うん。エリルとアリアちゃん、それから――イリスに。お手本みたいな感じで、見せてあげたいなって。……僕らが駆け出しの頃、養父さんたちが見せてくれたみたいに」
 ――エリルくんとアリアちゃんは分かるけど……わたしにも?
 エリルくんとアリアちゃんに見せるとなると、接近戦だとおもいます。その中で使われる術を、いまのわたしが使えるとはおもえません。
「…………ああ、そういう事? ――そうね。確かに、そろそろ必要かもしれないわね。――わかった、やりましょう。ハールート、ここで少し暴れていいかしら?」
『……ふむ、いまいち意図が(つか)めぬが――了解した。その間の子供たちの守護も引き受けよう。存分に暴れるがよい』
「暴れるって……ルールありの模擬戦ですよ。と、そんなわけで……イリス、エリル、アリアちゃん。これから僕とフィアナで戦うから、ちょっと見ていて。リーゼちゃんは……申し訳ないんだけど、付き合ってあげてくれないかな?」
「そ、それは構わないんですが……」
 とまどいながら、心配そうにいうリーゼちゃん。
 わたしも――なぜでしょう? なにかイヤな予感がして、心配です。
「じゃあイリス、ウィルをお願い」
「う、うんっ。だいじょうぶ、なんだよね……?」「みぃ……」
 心配そうなウィルを受けとりながら、おもわず訊いてしまいました。
「――あはは。まぁ、ルールありだし。必要以上のケガはしない様に、僕もフィアナも気をつけるからさ?」
 わたしの言葉に、おとうさんは苦笑いをして――え?
『必要以上のケガ』……?
「――じゃあフィアナ。ルールは……術は無詠唱の初級術のみで接近戦主体。武器は――僕はこの木剣を使うけど、フィアナはどうする?」
「……そうね。いいサイズの木剣は無さそうだし――いつもの短剣、使っていい?」
「うん、わかった。じゃあそれで」
 ――え? フィアナさんの短剣って……ほんものの剣、だよね……?
「……おかあさん、その剣つかうの……?」
「しかも術もアリで!? 兄ちゃん、それは……!」
 アリアちゃんとエリルくんが、顔をあおくしていいます。
 でも、おとうさんとフィアナさんは聞こえないふりで、この部屋のまん中あたりまで歩いて行き、向きあって。
『――何か、思う所がある様じゃの。……イリスよ。いつでも癒しの聖術を使えるよう、準備をしておくがよい』
「う、うん……」
 おとうさんたちは、何をする気なのでしょうか……?
 ――『必要以上のケガはしない』って言ってた。という事は……必要なケガをする、っていうこと? ケガをすることが、必要なの……?
「――私はいつでも大丈夫よ、カリアス?」
「うん。僕も準備は出来てる。――ハールート。すみませんが、始まりの合図をお願い出来ませんか?」
『……うむ、心得た。では、小火球を鳴らそう。行くぞ――』
 そう言って、ハールートさんは小さな火の玉をつくりました。それはフワフワと飛んでいって、天井ちかくまでたどりつくと。

『パァン』と、おおきな音がなりました。

「はッ!」「――ッ!」
 フィアナさんが火の弾をなげて、おとうさんが防ぎ――爆発。土けむりがひろがって、二人をつつみます。そのなかで、堅いものがぶつかる音がして。
「……ハールート。おかあさんのいまの術、なに……?」
『火と土と風の複合、じゃの。威力より目眩ましが目的じゃな。土煙の中での奇襲を、カリアスは気配と音を頼りに防いでおるな』
「な、なあ? 木剣で真剣を防げるものなのか……?」
『聖術の応用、であろうな。結界か鎧の術だと思うが……イリス、わかるかの?』
「う、うん。月聖術の『月光衣』だとおもうけど……」
 けむりの中で剣がぶつかりあう音がはやくなって――大丈夫なんでしょうか……!?
「――あっ、おかあさんっ」
 おおきい音がした途端、けむりからフィアナさんが飛びだしてきて――その直後、光の爆発がけむりをふき飛ばしました。

「――本当に面倒よね。目隠し状態で全部防がれるんだから」
「こういうのは散々仕込まれたからね。煙の中では奇襲のために術が使えないなら、むしろ対処は楽だよ。相手が術士なら尚更」
 二人とも無傷で――どこか楽しそうに言いあって。
「――それもそうね。じゃあ、やっぱり術士らしく行こうかしら、っと」
 フィアナさんが左手を横にふると、いくつもの火の玉がうまれました。
 その火の玉は飛んでいかず、フィアナさんのまわりに浮いていて。
「――それ、本当に厄介なんだよね……。中級術が混ざらないから、まだマシだけど」
「これくらいしないと、アンタは余裕で防ぐじゃない。――行くわよ……!」
 フィアナさんが火の玉といっしょに、おとうさんに向かいます……!

「――あれ? ハールート。おかあさんの火、いくつかきえた……?」
『うむ。カリアスが、回避が困難な拡散型の火球を看破して消したか。……しかし聖術であろうが、精霊の沈静化じゃと……?』
「えっと……『解呪』なんだけど――おとうさん、それを精霊さんにちょくせつ使って、術をけしちゃうの」
 からだにのこる魔力をけして、悪い術や呪いをけすだけの術なのですが、おとうさんは精霊術をけす術として使っています。実は、おとうさんだけしかできないそうです。
『なるほどのぅ。……我が『吐息』を防げたのも、この力が無意識に働いた(ゆえ)か』
 ハールートさんと話しているあいだも、おとうさんたちの戦いはつづいています。
 おとうさんに斬りかかるフィアナさん。さらに、ときどき火の玉がおとうさんを襲い――しかも、いつの間にか追加していて、数がへっていません……!
「……アリア。あんな攻撃しながら、術の制御と追加なんて……出来るものなのか?」
「――ん。わたしはまだ、むり。……おにいちゃん。あんなに、あっちこっちからこうげきされても……あんなにふせげるの……?」
「……術を操る魔力を察知したり、相手の位置関係からタイミングとかを読んでるんだと思うけど――俺はまだ無理。……あんな攻撃を(さば)きながらだと、余計に」
 エリルくんはおとうさんを、アリアちゃんはフィアナさんを。お手本として、しんけんに見ています。
『ふぉっふぉっふぉ、それだけではないぞ? フィアナは地面干渉を繰り返しておるし、カリアスはそれを解除しておる。――我の目でも、中々に見応えがあるのぅ』
「「 ………… 」」
 それを聞いて、二人はもっと戦いに集中したみたいです。

「――敵に回すと本当に厄介よね、その『術破り』! おまけに大きな攻撃は全部防いで、掠った程度なら聖術で即時回復とか、冗談じゃないわよ!」
「――全く余裕はないんだけど、っていうかよく言うね! 足下の術を一個通すだけでバランス崩されて、あとは全周一斉攻撃で即アウトだよねッ!?」

 ……こんな攻防をゆるめないでお話しできているだけで、わたしから見ればじゅうぶんに『冗談』みたいです。
「みぎゃ……」
「――だいじょうぶだよ、ウィル。ケンカじゃないし、気をつけるっていってたもん」
 腕のなかのウィルも、心配そうな声をだします。
『――む』「「 ――あっ 」」
 みんなの声に、あわてて戦いに目を向けると――フィアナさんはすこし距離をとり、氷の壁をいくつも作って――
「っ! そろそろ終わらせるわよ……っ!」
「――ああ……!」
 火の玉がつよく光って、その光が氷の鏡であつめられて、おとうさんを包みます。
 しかも、のこった火の玉がおおきな音で爆発して、ほかの音を聞こえなくして。
 フィアナさんはおとうさんの後ろにまわり込んで、剣を――

「――ッ。……お疲れ様、フィアナ」
「っ…………」

 フィアナさんの剣をふせいだおとうさんが、逆にフィアナさんに、木剣を突きつけていました。だけど――
「「「「 えっ……? 」」」」
 ハールートさん以外、みんなが声をあげました。

 ……その理由。おとうさんが、フィアナさんの剣をふせいだのは。
 おとうさんの、剣をもたないほうの腕でした。
 おとうさんが盾にした左腕を、フィアナさんの剣は突きぬけていて――

「――な、なにをしてるの、おとうさん!?」
 おとうさんは、ケガを治そうともしてなくて。わたしはあわてて走って……!
「――待て、イリス」「待ちなさい、イリスちゃん」
「えっ……」
 わたしを、おとうさんとフィアナさんが止めました。
 そして二人の目は、わたしの後ろ。エリルくんとアリアちゃんに向いていて。
「――エリル。アリア。……よく見なさい」
「ッ……!」「…………」
 ケガが痛くないハズないのに――おとうさんはその腕をみせて言いました。
 少しだけ、顔をあおくして。でもまっすぐに、おとうさんをみるエリルくん。黙って、しんけんな目を向ける、アリアちゃん。

「……君たちが強くなろうとするなら。この程度の傷は、何度も見る事になる」

「「「 ………… 」」」
 ……やっと、おとうさんたちが何をしたかったのか、分かってきました。
「――それは、自分の傷かもしれない。仲間の傷かもしれない。そして――自分が傷つけたものかもしれない」
 おとうさんの隣で。フィアナさんも、まっすぐにエリルくんたちをみています。
 ……フィアナさんも、おとうさんを傷つけたくなんて、なかったハズです。
 だけど、必要だったから、傷つけて。手当てもしないで……気にしてないフリもして。
 ――心がどれだけ強ければ、平気なんだろう……?

「守るために戦うのなら、何かを――誰かを傷つけなければいけない。……殺さなきゃいけない。そして同時に――自分が傷つく事も、死ぬ事も覚悟しなくてはいけない」

 おとうさんが話すのは……戦いに必要な『覚悟』のお話。
 ……戦うまえに、おとうさんは言っていました。
 エリルくんと、アリアちゃん。そして――わたしに、手本として見せる、って。
「――エリル。アリア。君たちは、その覚悟を持てるか? ……そして、イリス」
「……イリスちゃん。実は――一番このお話しをしなきゃいけないのは、あなたなの」
 ……そしてわたしは、この前、やってはいけない事をしてしまっていて――
 だから。フィアナさんがつづける言葉は、聞くのがこわくて。
 でも……逃げるのは、ぜったいにいけないことで。
「……私たち術士は、指一本動かさずに、人を殺せるの。……覚悟が求められる事を、思うだけで実行できちゃうの。――それがどれだけ怖い事か、もう知ってるわね?」
 この前。おとうさんが傷つけられ、怒ったわたしは……人を、死なせるところでした。
 暴走したわたしは……とうぜん『覚悟』なんてもってなくて。

「力を振るい……何かを傷つけるなら。何のために振るうか、心に刻んでおきなさい」
「そして――その行動がもたらす結果。その全てを、受け入れる覚悟を」

「「「 ………… 」」」
 わたしたちは、なにも言えませんでした。
 おとうさんは、わたしたちに教えるために傷つき。
 フィアナさんは、傷つけたくない人を傷つけ。
 おとうさんは体の痛み。フィアナさんは心の痛みをかかえて。それをわたしたちのまえで耐えて――。
 ……わたしたちの目のまえで戦い、みせてくれたもの。それは――とても重くて。

「っ、くっ……」
「 ! おとうさんっ!」
 お話しがおわったところで、おとうさんが、腕にささったままの剣をぬきました。
「――大丈夫だよ、イリス。自分で治せるから。最後までカッコつけさせてよ、ね?」
 そういうおとうさんですが……その腕の傷は、とてもおおきくて。
「……私は、謝らないからね?」
「うん、分かってる。……嫌な役を頼んじゃったね。――ごめん。それと、ありがとう」
「っ! あ、アリアのためでもあるんだから、お礼は要らないわよッ。……それより。負けっぱなしは嫌なんだから。今度ちゃんと木剣で模擬戦、付き合ってもらうわよ?」
 ちょっと泣きそうな顔になったフィアナさん。怒ったふうに顔をそらして言いましたが……頬があかかったので、照れかくしだとおもいます。
「兄ちゃん、治りそう……?」「おにいさん……」
 エリルくんとアリアちゃんも近くにきました。エリルくんの後ろに、リーゼちゃんも。
「んー、ちょっと痕は残りそうだけど……大丈夫だよ。――ん?」
「……みぃ」
 ウィルが『ぱたぱた』って飛んでいって、術で治しているおとうさんの腕を、ペロッてなめました。
「――あははっ。ありがとう、ウィル。大丈夫だから、な?」
「みぎゃあっ……♪」
 なでてもらったウィルが、うれしそうな声をあげます。
「……さて。さっきの話なんだけど――」
「「「 ――っ 」」」
 わたしたちはそろって、おとうさんをまっすぐみて、言葉をききます。
「――本当は、話すにはまだ早いんだよ。イリスやアリアはもちろん、エリルもまだ、少し早い。……だけど、君たちは才能に恵まれてる。――善くも悪くも、ね」
 そう言ってから――エリルくんをみました。
「――どう、エリル? ……強くなりたいって、思い続けられる?」
「…………うん。強くは、なりたい。――だけど少し、ちゃんと考えたいんだ」
 まっすぐに言うエリルくんに、おとうさんは優しく笑いかけて。
「うん、それでいい。――もし、君が覚悟を持つと言うのなら。ご家族の許可を得てからになるけど……君を、聖殿騎士の候補生として育てる事も考えてる」
「……っ!」
「君には、それだけの才があるんだよ、エリル。だから――よく考えなさい」
「――はいッ!」
 力いっぱいの声を返す、エリルくん。
 その横で――フィアナさんが、アリアちゃんに話しかけました。
「アリアは、さっきのお話、どう思った?」
「――わたしは、『覚悟』、できるとおもう。……もう、ケガをすることも、こわくないよ? ……でも――」
 アリアちゃんは、おとうさんの方をみてから、言葉をつづけました。
「……おにいさんがケガしたとき、こわかった。それで……おもいだしたの。――わたしが死にかけたとき……みんな、ないてた」
「――そうね。あんな思いは……出来れば、もう二度としたくないわね」
 あのときのことは……わたしも忘れません。――もう、二度とイヤです。

「……わたしがケガしたら、また、みんなしんぱいするんだよね……? それに――もしわたしがヒトをキズつけたら、そのヒトのまわりのヒトが、なくんだよね? ……それがわかってても、やらなきゃいけないこと、あるんだよね……?」

 アリアちゃんの表情は、いつもどおり、あまり変わりません。だけど少し……悲しいのをガマンしているような、顔にみえました。
 そんなアリアちゃんを――フィアナさんは抱きしめました。
「……うん。よく、気付いてくれたわね、アリア。――あなたが何を選んでも、私は応援する。だけど……悲しい思いはしてほしくない。……怪我なんて、してほしくない。絶対に――死んでなんて、ほしくない。それだけは忘れないで。――ね?」
「…………ん。ちゃんと、かんがえる。――ありがと、おかあさん」
 そういって、フィアナさんに顔をこすりつけて甘える、アリアちゃん。
「それで――イリス」
「――はい」
 ……わたしの番です。
「……君の場合、二人とは状況が違うんだ。なにせイリスは、術士としてなら――現時点でも国有数の使い手なんだよ?」
「……イリスちゃんは『覚悟なんて出来ないから、強くなりたくない』とは言えないの。だから――少なくとも、覚悟の事は知っていなければいけない」
 ……わたしを守ってくれる、精霊さんたちの力。みんなを癒すことができる『聖女』の力。だけど……わたしが使いかたを間違えてしまったら……?
 そう考えると……とても、こわいです。
「――でもね、イリス? 君が、覚悟なんて持ちたくないって、力なんて要らないって言うなら、捨ててしまう事も出来るんだよ」
「……少し手間はかかるけど――『封印』する事はできるの。ここで暮らす分には何にも問題は無いし、精霊術の練習も、聖術の勉強も、しなくてよくなるわ」
「この前、君が暴走したとき。僕は言ったよね? 君を守ってあげる、って。君を叱ってあげる、って。――だから。重いなら、背負わなくてもいいんだよ?」
 ……優しく言ってくれる、おとうさんとフィアナさん。
『覚悟』は、とっても重いです。……できれば持ちたくないって、思います。でも――
「……人を傷つけるのも、ケガをするのも……こわいよ。だけど――」
 ――『守る』って。『大丈夫だよ』って言ってくれる、優しい人たち。
 そんな人たちに頼ってばかりで――守られてばかりで、いいんでしょうか……?
「――だけど。わたしを守ってくれる人が傷つくのは、もっとイヤだよっ」
 力をつかうのは……こわい。だけどわたしも、みんなを守りたい。
「おとうさん、フィアナさんっ。……もうすこし、時間をください。もういちど、ちゃんと考えてみたいです」
 頭をさげて、お願いしました。すると、おとうさんが、わたしのあたまに手をのせて。
「――うん、それでいいんだよ、イリス」
 顔をあげると。うれしそうな笑顔で、わたしの頭をなでてくれました。
「――エリルもアリアも。簡単に答えを出さなかった事、『ちゃんと考える』って言ってくれた事、嬉しかったよ。……急ぐ必要は無いから、ゆっくり考えてほしい」
「「 ――はいっ 」」
 エリルくんとアリアちゃんも、しんけんな顔でお返事しました。
「……リーゼちゃん。ごめんなさい、巻き込んだみたいな形になってしまって」
「――え? あ、いえっ! むしろ、私が居てもよかったのかなって……」
 今までなにもしゃべっていなかったリーゼちゃんが、フィアナさんに慌てながら――でも、すこし元気がないようすで言います。
「そんなことないよ、リーゼちゃん。――この子たち皆、これから大変になるかもしれないけど……変わらず、友達でいてあげてほしいんだ。お願い、できるかな?」
「――は、はいっ! それはもちろんです……!」
「ありがとっ、リーゼちゃん!」「……ありがと、リーゼおねえちゃん」
 おとうさんがお願いしてくれて――リーゼちゃんも、力いっぱい答えてくれました!
「こちらこそ、これからもよろしくね? ――エリル君も、ね?」
「――ん、ああ。……よろしく」
 エリルくんも……ちょっと頬をあかくして、うれしそうにみえます。
「――――、…………。…………?」
「……え? リーゼちゃん……?」
 リーゼちゃんが、ちいさくつぶやきました。
 みんなは気づかなかったみたいで。わたしも、ちゃんと聞きとれたわけじゃなくて。
「――さて、それじゃそろそろ、教会に戻ろうか? ハールート、場所を貸してもらって、ありがとうございました」
『うむ。……我にとっても、少々耳が痛い話であったからな。有意義な時間であった。いつでも気軽に来るといい』
 そう言ってくれるハールートさんに、みんなでお礼を言って、教会にもどりました。
 ……だけど。さっきのリーゼちゃんのこえが、なぜか耳にのこっていました。

「――私は……このまま? 何も出来る事が無いの……?」



   ◆◆◆次回更新は8月16日(火)予定です◆◆◆

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