第一編 一章 目覚める命

作者:緋月 薙

一章  目覚める命


「――よ、っと」

 我ながら気の抜けた声と共に、手に持つ『()(けん)』を一閃。
襲いかかってきた影――『スペクター』の最後の一体を切り捨てる。
霊体には普通の物理攻撃は通りにくいが、退魔の『聖術』を宿すこの剣の前には、ただの的でしかない。
それに、仮に僕の剣が効かない相手だとしても――

 ――背後に、朱色の光と熱波が生まれた。
「――うん、こっちはこれでお終い。『カリアス』、そっちも終わった?」

 背後の壁や影から現れた魔物――やはりスペクターや、影に潜む者『シャドウストーカー』などを、
まとめて焼き払った『彼女』が、振り向いて声をかけてきた。
 腰まで伸ばした綺麗な銀色の髪が、炎に照らされて朱金色に輝く。
人形の様に整った顔立ちに(いろど)りを添える、確かな意志を宿した翡翠(ひすい)(いろ)の瞳が、落ち着いた視線をこちらに向けている。

 本来、僕たちが今居る様な洞窟の中で、炎の『精霊術』は厳禁。
だけど岩盤の崩落により、所々から外の光が射すここでなら、問題は無い。
この状況なら、振動も爆発も伴わず焼滅させる術は、最適解の一つだろう。

「うん、終わってるよ『フィアナ』。こっちは5体しか来なかったし」

 何でもない様に言うフィアナ――幼馴染(おさななじ)みであり相棒である彼女に、僕も軽く返す。

「それにしても……千年以上閉ざされてた遺跡の割に、魔物の手応えが無いわね」
「まぁ正確にいえば、まだ遺跡への通路だけど……」

 千年以上前、旧文明の衰退と共に発生した『歴史の空白期』。
今、『上級精霊術師』であるフィアナと、僕――『聖殿騎士』のカリアスが踏み込んでいるのは、その時代の産物であろう遺跡に続く洞窟。
永い時間閉ざされた空間には、浄化されずに大地に溜まった『負の想念』が集まり、多くの魔物が生まれる。
その強さと数は、基本的に放置されていた時間に比例する。
だから、この先に旧文明の遺跡があるのなら――相当な数と質の魔物が流れて来てもおかしくはない。

「……ハズレ、って事は無いのよね?」
「うん。なんと言っても『教皇』から直々に受けた任務だしね。……まぁ、何かのイタズラの可能性はあるけど」

 この国――『トリティス教国』は、天の双女神『太陽のレティス』と『月のラティス』を祀る
『トリティス教』が母体となって生まれた国。
その最上位にして国の宗主たる『教皇』が下した任である以上、確かな情報である事は間違い無い――のだが。
……実は少々事情があって、教皇『個人』からの依頼であった場合、何らかの悪ふざけである可能性はあったりする。

「――あ、イタズラといえば。フィアナ、今回使ってるテント、何か異常感じた?」
「え? 特には――ああでも支給品って割に、凄く良い品よね? 疲労回復とか、いろいろ術も仕込んであって。
 お蔭で良く眠れたわ。――何かあるの?」

 ――うん。良い品なのは間違いないし、貰った時に気になったから調べて、特に変な効果は付いていなかった。
だから問題は無いと思うんだけど……。

「いや、これを渡してくれたのは養父(とう)さんなんだけどさ? 妙にニヤニヤしてたから」
「…………待ったカリアス。ちょっとそこら辺、詳しく」

 かつて僕は孤児であり、それを養子にして育ててくれたのは――僕が所属する『聖殿騎士団』の団長『マクスウェル』。
聖殿騎士とはトリティス教の中心地でもある『聖殿』の守護部隊であり、国防における最大戦力でもある『教皇の剣』。
 よってその団長である養父さんは、国防の要にして、トリティス教国の実質的なナンバー2ではあるのだが……
妙に少年の心を忘れない、困った人でもあるわけで。

「えっと――『気配遮断、防音効果に加え、疲労回復効果も付いているから一晩中だってガンバれる。――男を見せて来い!』だったかな? 
 あと、『光石』セットするとピンク色の光を出すっていう、意味不明なランプも貰った。
 ……妙にニヤニヤしていたのが気になったし、それにテント内で寝ずの番をするには、
 防音効果はむしろ邪魔――って、あれ?  フィアナ、どうしたの?」

 ……聞いていたフィアナが、なぜか真っ赤になってワナワナと……?

「――あのエロ親父……! 完全に『カップル達のハードな夜』仕様じゃない……!!」
 
 最初以外は小声だったため、『あのオッサン』までしか聞こえなかったんだけど、
何か顔を真っ赤にして怒っている――のだろうか?

「え、えーっと……フィアナ?」
「――ッ! な、なんでもないわよ!! て、ていうか、カリアスはそれでいいの!? 明らかに何か企みがあって渡された物なのよ!?」
「え? いや、どうせあのテント使うの、フィアナと一緒の時以外は有り得ないし。だからフィアナがいいなら、別にいいかなって」
「 ッ!? ~~ッッ!! ――……。……うん、他意が無いのは分かってるんだけどね?
 たまにアンタのそういうトコ、本気で憎らしくなる……!」
「 ? 」

 なぜか妙に疲れた様な顔で、恨みがましい視線を向けてくる。
たまにフィアナはこういう状態になるのだが、理由を訊いても教えてくれない。

「……まぁ、とにかく。養父さんが何企んでるか知らないけど、今回は『教皇から』の任務だから、
 空振りって意味でのハズレは有り得ないと思う」

 訊かれたくないだろうと話を変えたら、恨めしそうな視線が一瞬強まったが――すぐに気を取り直し、思案を始めるフィアナ。

「それなら、この先にあるのは『大当たり』か……『大ハズレ』?」
「……そうなるね。多分『大当たり』の方だと思うけど……覚悟はしておこうか」

 未踏の遺跡なのに魔物が大した事無い場合、その遺跡には高レベルの封印か結界が施されている可能性が高い。
よって――『中身』により、明暗がくっきりと分かれる。
 大当たりは、結界により保護処理をされているケース。
その場合、旧文明の遺産が当時のままの保存状態で見つかる事が多く、その価値は計り知れない。

 そして――『大ハズレ』。……通常の魔物や負の想念すら恐れるレベルの『何か』が封印されている場合。
このケースにおける最悪な状況としては――昔、発見された『墳墓』に封印されていた『不死王』により、
小国一つが滅んだという事例もある。
 そこまでのモノでなくても、旧文明で『討伐』ではなく『封印』しなければならなかった時点で、
個人でどうこう出来る存在ではない場合が多い。

 大ハズレだった場合は、封印を発見した時点で退避し報告。
封印が解けてしまった場合は可能なら撃破・再封印などの危険を排除する行動。
不可能なら、術で緊急連絡を入れてから決死の時間稼ぎ――という、命がけの使命が待つ。

「でも、今回は私とカリアスの『二人だけで』って指定だったのよね? なら、大ハズレは多分ないわよね」
「うん。確定情報があったか、よほどの『託宣』があったんだろうね。じゃないと、普通なら一部隊で挑む仕事だし。
 ――まぁ仮に大当たりでも、安全とは限らないし――」

 丁度そのとき、足から伝わってくる感覚が変わった。
これまではただの洞窟、ただ『人が通れる場所』程度の、
道というのも烏滸(おこ)がましい天然の洞穴だったのが、ここを境に石畳になっていた。
 そして――前方に光。崩落により崩れたと思われる外壁から光が射し込み。
それに照らし出されているのは、少々苔に覆われてはいるが、時を経てなお荘厳(そうごん)さを失っていない、神殿の様な建造物。
そして――

「……うん、やっぱり大当たりみたいだね」
「……そうね。――『大当たりでも安全とは限らない』ってトコまで大当たりね……」

 僕たちが呆れた様に見つめる先。
それは巨大な建造物――ではなく。その隣に直立する、巨人像。
遺跡と思われる建造物の前は、まるで『巨大な何かと存分に戦える様に』作られたかの如く、
不自然な程の広さの空間が確保されていた。

「……動くよね、アレ」「動くわよね、アレ……」

 リビングスタチュー。遺跡の守護者として多々見受けられる人工の魔物だけど……このサイズは、あんまり見たことがない。

「今は停止しているみたいだけど……フィアナ、素通り出来ると思う?」
「……無理ね。石像周辺の精霊の動きが不自然。微かにでも『生きている』わね。
 きっかけがあればすぐ起きると思う。――カリアス、気付かれずに抜けられると思う?」
「……それも無理かな。石像の目、術感知の魔石みたいだし。仮に光を曲げて姿を隠しても、その術を察知して動き出すと思う」

 ……燃料切れは期待できず、気付かれずに抜けるのも無理。……ならば。

「ま、やるしかないわね。――準備はどう?」
「こっちはいつでも。――不意打ちを受けるのも、追い込まれるのも御免だ。
 広場の中央辺りから先制攻撃。アイツより岩盤の崩落の方が怖いから、一気に片づける」
「了解。――それなら私も前に出る?」
「――いや、いい。あまり動き回らせたくないし、後方からの援護を。それでも万が一崩落が起きたら対処お願い」
「わかった」

 短期決戦を狙うなら、フィアナと二人で仕掛けるのが一番なのだが……ここは遺跡間近の洞窟。
崩落の危険以外にも、罠が無いとは限らない。

「じゃあ――行こう」

 広大な地下広場に踏む込む。
――剣は構えず自然体に。歩幅も歩調も変えず、だけど気も抜かず。

「ッ、精霊の活動に異常。――動き出すわよ、カリアス」

 広場の3分の1程の場所に差し掛かったとき、フィアナが声を上げた。
 見た目の変化は無いが――動力となる機関に精霊が取り込まれ始めたらしい。
それならばあの巨像は、こちらの動き次第ですぐさま襲い掛かってくるだろう。

「了解。――予定変更、ここまで誘い出す。援護よろしく」
「ん、任せて」

 崩れた外壁から陽光が差し込んでいるのを横目で確認。
『輝剣』を光に掲げ――埋め込まれている宝珠が、陽光と共鳴する様に輝きを放ち始める。

 ――陽聖術、発動。『(こう)(てん)』……!

 フィアナが使う『精霊術』は、魔力を糧に精霊の力を借りて発動する術。
一方で僕や聖職者が使う『聖術』は、光を媒介として神々の力を借り、己の魔力を変性させて紡ぎあげる術。
精霊術は攻撃系の術がほとんどなのに対し、聖術は支援・回復が主となっている。

 今使った『(こう)(てん)』は身体能力を向上させ、同時に退魔の力を武器に宿す術。
 そして――術の使用に反応し巨像が動きだす。
軋む音を立てながらも、その巨体に似合わぬ速さで迫りくる守護像。
巨像が襲い来る迫力は、並の者なら即座に逃げ出すか――その場で諦めていてもおかしくはない。だが――

「――フィアナ」
「わかってるわよ、っと!」

 ――直後、三条の蒼い奔流が、巨像の顔面を襲った。

 フィアナの精霊術『水牙』。
気軽な様子で、水系統の中級に位置する術を三発同時発動。
……駆け出しの術者が見たら、一発で心を折られるか崇拝しだしそうな芸当ではあるが、
彼女にとってはコレでもただの牽制に過ぎない。

 二発は掲げた腕に防がれるが、一発が顔面に直撃。視界を塞がれ仰け反る巨像。

「――はッ!」

 大きな隙を見せた巨像との距離を詰め、太い脚部へ一撃――ただし鞘から抜かず、
打撃として放った一撃は、小さなヒビが入っただけで弾かれる。
 巨像は俺を一瞥し――振り払うように足を振るった後、フィアナへ視線を向ける。

「――させない、『光明』」

 フィアナに向かい動き出そうとした巨像の眼前で、聖術で生み出した白光が炸裂する。
本来はランプ代わり程度の光球を作る術だが、明度を調整すれば()(くら)ましにもなる。
 怯む巨像を後目に、俺は一度距離をとって、フィアナと合流する。

「――術耐性はそこそこ。硬くはあるけど、抜けない程ではないわね」

 フィアナの報告を聞き、巨像に目を向けると――術が直撃した顔面には数条のヒビが入り、僅かに陥没している様にも見える。

「物理耐性はかなり高いね。普通の攻撃は、ほとんど効かないかな。
 あと、やっぱり眼球が主要な感知機能みたいだね。目眩ましは有効」
「了解。あと、脅威度が高い敵から優先して攻撃するみたいね。
 ――ただ、自分が受けた被害に応じた判断みたいだから、そこまで知能が高いって程でもないわね」
「なるほど。――じゃあ、いつもどおりに」

 言いながら、鞘に納まったままの輝剣をフィアナに向かって掲げると――

「――そうね。とっとと片づけましょ?」

 勝気な笑みを浮かべ、手に持つ杖で輝剣を軽く叩くフィアナ。
戦うのが僕一人なら、少し手こずるだろうが。彼女となら、敵ではない。

 ――地響き。見ると、再び巨像がこちらに向かって動き出した。

 蔑ろにされたのを憤ってでもいる様に、襲い来る巨像。対する僕たちは慌てず、対処にうつる。
――再び、三条の水流を放つフィアナ。距離を詰め、死角に入り込む僕。
 巨像は再び体勢を崩されることを厭ったか、今度は防御では無く。
水流に拳を叩きつける様にして迎撃しようとするが――やはり二条を防ぐのみに終わる。
残りの一発が直撃したのは、今度は膝部。
先より更に圧縮された水流の直撃により、ヒビが入ると共に巨像がまたも体勢を崩す。僕はそこを狙い、仕掛ける。
 先との違いは、輝剣を抜いている事。それと――剣身が光を纏っている事。

 ――『光纏』を輝剣に集束させた『光輝刃(こうきじん)』。
陽光の力を宿した一撃は、フィアナの『水牙』がいれたヒビを捉え、一息に切断した。

 倒れかける巨像。表情無き守護者の顔に――決意の様なものが見えた気がした。
直後、巨像が身を捩り、そのままこちらに向かって倒れ込む。
――己の質量を武器とした、捨て身の攻撃。だけど――

「甘い」

 ――陽聖術を無詠唱で発動。『陽縛(ようばく)()』。
 光の鎖が幾重にも巻きつき、巨像の大質量を宙に縫い止める。

「悪いけど、終わりだよ」

 切断した脚部――その脛を蹴り跳躍。そして更にその先に、地面から石の柱がせり上がり、即席の足場が生まれる。
フィアナの精霊術によって造られた足場から跳躍し――狙うは巨像の顔面。

 ――『光輝刃』による刺突の一撃は、最初の『水牙』が刻んだヒビを捉え。そのまま頭部を爆散させる。
そして動きを止め、崩れ始めた巨像の身体は――フィアナが風と土の精霊術で受け止め。
その大質量は大地を大きく揺らす事無く、石畳の上へと積み上がった。

「――お疲れ様、カリアス」
「ん。フィアナも、お疲れ様」

 言い合い、苦笑に近い笑みを交わし合った僕らは、遺跡の入口へと向かう。
そして扉を開けるために、まずは罠がないか調べようと触れると――

「……あれ?」
「――どうしたの?」
「…………開いてる。しかも軽い」

 どう考えても、厳重に守られていたはずの石扉。
しかしその扉は、軽く押した程度で内側に動いた。
罠の気配は――扉にも周囲にも無い。

 妙な方向で予想外の事態に、開ける事を少し躊躇(ちゅうちょ)するが――フィアナと頷き合い、慎重に扉を押し開ける。


     ◆     ◆


「――これは……」
「実験室、かしら……?」

 やはりこの遺跡は保護処理をされていたらしく、埃すらあまり無かった。
その内部は、まず外観に相応しく、神殿の様な広い空間が存在していたが――そこには何も無く。
古代遺跡に多々見られる消える事の無い灯りが、広大な空間を厳かに照らしているのみだった。

 罠を警戒しながら、その奥に見える通路に入り、探索を進め――その奥に、その部屋はあった。
広さは、大衆食堂より少し広いか、といったところか。入ってすぐ壁際には、書物が詰まった本棚。
少し入った空間には、用途の解らない器具が載った机。
 そして――それ以外の空間には、半透明の液体に満たされた、人が入れそうな大きさの透明な容器が乱立していた。

「――古代語、ね。じっくり翻訳してみないと分からないけど……
 ここら辺の本の背表紙には――『世界樹』とか『精霊術』とか――『創世記』?」

 本棚の本を見たフィアナが、背表紙に掛かれた文字を読み上げてくれる。
だけど見た限り、背表紙に何も書いていない本や書類も多数。

「そこら辺は後回しにして、先に奥を見てみよう」
「――そうね。……あら?」

 乱立する容器のせいで、この部屋の奥は見えない。
 だから調査に時間がかかる書物は後回しにして、先に一通り見て回ろうとしたのだが、
フィアナが何か気になる物を見つけたらしい。――机の上の本?

「ん? どうしたの?」
「『解説』……? ――ごめんカリアス、私は先にコレ読んでみる。他の調査お願いできないかしら?」
「――わかった。何か見つけたら呼ぶよ」
「うん、お願い。――気を付けて」

 重要な書物だと判断したらしいフィアナを残し、奥を見て回る事にする。

 ――そして。僕は『それ』を見つけた。

「――ッ!? フィアナ、来て!!」

 それは、部屋の一番奥にあった。僅かに蒼い光を発する、ほぼ透明な水に満たされた容器。そして――
「どうしたの――これ……!?」
 駆けつけてきたフィアナも、それを見て言葉を失くす。

 薄暗い部屋の中。
淡く蒼く輝く水の中には――幼い少女が、眠る様に揺蕩(たゆた)っていた。

 その少女は、おそらく10歳に届くかどうか、だろう。容器越しのために判別が難しいが、おそらく栗色の髪。
肩辺りまで伸びるそれが彩る相貌は――目蓋は閉ざされているが、とても整っている様に見える。
その様子に、精巧な人形か、または遺体かと思ったが――

「――この子、生きてるのか……」

 まだ膨らみがほとんど無い胸部が、規則的に動く。……どうやら液体の中でも、呼吸をしているらしい。
驚きと共に、この後どうしようかを考えていると。隣のフィアナが、僕と同じ様な呆然とした顔のまま、口を開く。

「……カリアス。この子、多分――『造られし者』よ……」

「『造られし者』……? 人間じゃないの!?」
「――ううん。この本に載ってたんだけど……人の手で、人を造ったの。
 人工生命体、『ホムンクルス』っていうらしいんだけど……ほとんど人と変わらない、って――」

 それは、完全に禁忌の領域。
聖術において、瀕死の者を治癒・蘇生する術は存在するし、更に効率よく回復できるようにと、更なる研究も行われている。
だけど完全な死者を蘇生させる事は、神の領域を侵す行為として禁忌とされている。
 なのに――人の手で『命』を作るなど、許される行為ではない。

「……一度、報告に戻ろう。この子の対処は相談してから――」
 ――だが、時間は残されていなかった。

 突如、警報と思われる音が鳴り響く。同時に、頭の中に直接言葉が聞こえ――
『――施設内に異常を確認。機密保持のため、当施設は自壊を開始します。
 研究所内の職員は、ただちに避難してください。繰り返します。施設内に異常――』

「――なッ! なんでこのタイミングで!? フィアナ!」
「わからない! 罠は何処にも……と、とにかくカリアス、逃げましょう!!」
「ああ! 今行く――」

 言いながら駆け出し。最後に容器の中の――禁忌の存在である少女に目を向け――

「……カリアス? ――何をしてるのカリアス!? 早く逃げるわよ!!」

 足を止めてしまった僕に、フィアナが慌てた声をかける。だけど僕は……。

「……ごめんフィアナ、先に逃げて。僕は――この子を連れて、後から追い掛ける」
「なッ!? ……でも、その子は――」

 この子は、禁忌の存在。
もしここを生き延びられたとしても、生い立ちを知られれば、その存在――生命すらも、許されない可能性がある。

 ――でも、考えてしまったんだ。
『この子は、なんのために生まれたんだろう』って――

 少なくとも、こんな所で命を終える――いや、始まりすらせずに終わる、
そんな事のために、そんな事を望まれて生まれたはずはない。

 ……この子は生きている。ならば――その命を摘み取りたくはなかった。

「――ああ、もうっ! ……連れて行くなら早くしなさい。本格的に崩壊したら、私でも防ぎきれないだろうから」
「 ! ――ありがとう、フィアナ」
「――わ、私だって、その子を見捨てるのは気が重かったんだからね!? だから……」
「うん、わかってる。だから――ありがとう。君が一緒で良かった」
「~~~~~ッ!? と、とにかく急ぐわよ! その子の事は生き延びてから!!」
「うん、わかった。――フィアナは周囲の警戒をお願い」

 言いながら、輝剣を一閃。少女が入っている容器の上部を切断し、そこから少女を引き上げる。
 ――鼓動はある。呼吸もしてる。……だけど反応は一切無い、か。
 状態が気になるが、今は後回し。小さなその身体を背負い、出口に向かう。

「お待たせフィアナ! 行こう!!」
「ええ! ――あ、ごめんカリアス。ちょっとコレ持って」
「――え?」

 走り出しながら投げ渡された書物をキャッチ。戸惑いながらフィアナに目を向けると。

「――近くのを適当に掴んだだけ。持って行ける物は持って行くべきでしょ?」

 平然とそう返してくるフィアナ。彼女自身も手に数冊の本と紙束を持っている。
 駆ける速度は緩めず。でも半ば呆れながら、渡された書物の表紙を見て――

「……『精霊術・特殊技巧』『結界術・応用』。何故かとても君好みの本だね?」
「――あら? 珍しい偶然もあるのね♪」

 白々しく言葉を返してくるフィアナ。……余裕は一切無かったのに、一度開き直ると色々な意味で頼もしい、この幼馴染。

「…………君と一緒で良かったよ、本当に」
「ありがとうカリアス。私も、一緒で良かったと思ってるわよ?」

 『イイ笑顔』で言うフィアナを横目に、出口へと駆ける。
……なんだかフィアナの頬が紅い気がするが――それも脱出してからでいいか。


     ◆     ◆


 脱出した僕たちは、遺跡に続く洞窟が崩れるのを見届けてから、その場を離れた。
ここに来るまでに乗って来た馬車の所まで戻って来ると、日没間近だったため、ここで野営をする事にした。

 少女――あのホムンクルスの少女は、やはり目覚めない。
健康状態に異常は無い様なのだが……普通に寝ているだけの者なら返すはずの反応すら、一切無いのはおかしかった。
そして少女の事以外で、もう一つ気になる事が――

「あの警報と崩落、絶対におかしかったよね?」
「……そうね」

 焚火の傍で、遺跡から持ち出したらしい紙を読んでいるフィアナが、御座なりな返事をした。
――集中している際はいつもの事なので、気にせず続ける。

「僕たちは、罠に掛かっていない。そもそも本当に罠ならば、侵入者に逃げる余地を与えては意味が無い。それなのに――」
 
実際は、侵入者である僕たちにまで『警告』を与え、楽にではないが十分に逃げられる時間をおいてから、崩落が始まった。
これでは、侵入者にわざと『何か』を持ちだす様に仕向けている様で。それはまるで――

「『――まるで私たちを試したみたい』、って事よね? ……それ、大当たりみたいよ?」
「え?」

 フィアナは顔を上げ、今まで読んでいた紙をヒラヒラと揺らしながら。

「――これ、さっきのホムンクルスについて書かれてた本に、挟まってたんだけど。製作者からの手紙なのよ。……私たちへの、ね」
「…………は?」

 思わず間抜けな声を出した僕に、フィアナは翻訳した内容を語ってくれた――


   これを読んでいる君は、いつの時代の、どんな人間なのだろうか。
   そして君の傍に、あの子はいるのだろうか。
   薄々感づいているかもしれないが、我らは君たちを試させてもらった。
   君たちがあの子を幸せに出来る存在か否か。それを見極める目的のものだ。

   あの子の名は『イリス』。
   我らは目的の為に禁忌を侵し、しかし達成の前に、その目的は意味を失った。
   故にあの子はその意味を失い、我らはあの子を生み出す事が出来なくなった。
   しかし、あの子は既に一つの命。我らが愛さなければならなかった『愛娘』。

   いまのあの子は、心の無い器。真の魂を与えぬ限り、目覚める事は無い。
   与える術は記してあるが、放置すれば二日を待たずに死を迎えるだろう。

   見知らぬ時代の、見知らぬ者よ。身勝手極まりない事を承知で、切に願う。
   あの子を。我らの愛娘を、幸せにしてあげてほしい。

   あの子は、神の祝福を持たざる者。
   生を受けたとして、その先には多くの苦難が待つと思われる。
   それを君が厭うなら、そのまま起こさず永久の眠りに就かせてほしい。

   もし、全てを背負って生きてくれるのなら。どうか、切に願う。
   望まれて生まれるはずだったあの子に、生きる意味を。
   我らが与える事が出来なかった、生きる幸せを。どうか、与えてほしい。

   これが、最早願う事しか出来ぬ我らの、最期の望み。
   願わくば、我らの愛娘と君に、笑い合える未来が訪れる事を――


「……そういう事、か」

 入口の守護者は、この子を守れる力が有るかを試すため。
そしてあの崩落は……危機が迫る中、あの子を助け出すという選択が出来るか否か。

「下手な人間に委ねるくらいなら、心が無い内に死なせてあげよう、そんな考えだったみたいだね。
 ……あれ? でもこれなら、もし大人数で来た場合は?」
 
 例えば、心無い盗掘団が、あの子を含む全てを根こそぎ持って行く可能性もあった。

「あの遺跡の設計図もあったんだけど――入口の石畳、一定人数以上が乗ると崩れる様になってたみたいね……」
「……うわぁ。完全に殺しに来てたんだ……」

 あの重量級の巨像が動けるなら、まさか地面が崩れるとは思わない。
そこに重量ではなく、人数で判定して崩れる仕掛けとか……タチが悪いとしか言いようがない。

「――それで。あの子はどうするの、カリアス?」

 直球で、そう訊いてくるフィアナ。
 だけどその真っ直ぐな瞳が告げる言葉は――『問いかけ』ではなく、『決意』。

「……僕が何て答えるか、分かってるんだよね?」
「ええ、当然♪ ――もちろん、私も付き合うわよ?」

 少しおどけて言うフィアナを、心から嬉しく、頼もしく思う。

 あの手紙で託された、あの子の命の責任。求められるのは――全てを背負う覚悟。
だけどそれは、あの子を遺跡から連れ出すと決めた時、既に背負うと決めたもの。
だからあの手紙は、むしろ決意を後押しするためのものでしか無く。
……言ってみれば。あの子を見た時点で、僕が抜け出す事はできなかったわけで。

「――本当にあの遺跡の罠、タチが悪いにも程があるよな……」

 溜め息混じりにそう言うと、フィアナは苦笑めいた笑みをこぼす。
暫くフィアナと笑い合い、眠る少女を見ながら、ハッキリと告げる。
――どんな生い立ちだろうと構わない。生まれてきた存在に、人としての生を。

「『イリス』を目覚めさせる。――あの子の『命』を造ろう」


     ◆     ◆


 儀式は手順こそ複雑ではあったが、思っていたより簡単に終わった。
必要だったのは、月光の射す開けた場所。少量の血液を提供する者が二名。そして、聖術使いと、精霊術使い。
書物に書かれていた条件を、偶然にも全て満たしていた僕たちは、すぐに儀式に取り掛かった。
周囲から集めた精霊達の力を、特殊な儀式陣によって凝縮させる。
二人の物を混ぜ合わせた血液を憑代として、精霊たちの力を定着・安定させ――
そうして出来た擬似的な『命』を、精神に作用する月の女神の力を用いた術で、少女の中に送り込む。
手順さえ間違わないようにすれば、そう難しいものではなかった。
 
 そうして命を注ぎ込まれたこの子『イリス』は、僕とフィアナの血と魔力を分け与えた――ある意味で、
間違いなく血を分けた娘とも言える。

 明けて――翌朝。

「――イリス、いつ頃目を覚ますんだろうね?」

 やや遅めの朝食をとりながら言うと、食事の手を止め軽く考える仕草をするフィアナ。

「う~ん……文献には、詳しい時間とかは書いてなかったわね。
 魂の定着に成功したんだから、今のあの子はただ眠っているだけみたいな状態のはず。
 ――ちゃんと身体が動くようになるのには少し時間かかるだろうけど、目を覚ますだけなら、いつ起きてもおかしくはないわね」
「そっか――」

 フと、辺りを見渡す。この先は下り斜面になっており、眼下には広い草原が広がっている。
また、頭上の木々からの木漏れ日も、温かくて気持ちがいい。

「――ここは景色もいいし、この子が目を覚ますまでここにいないか?
 この子の目に最初に映るのは、綺麗な世界であってほしいから」
「あ、いいかもしれないわね。――それにしても……」
「……なに?」
「早くも親バカ確定かしら♪」
「う……!」

 今の自分には、この感情がどこから来るものかがわからない。
純粋に、この子への情なのか。それとも、背負った責任に由来するだけのものか。
でも、良い子になってほしい。この子を大切にしたい。そういう想いは強く持っている。
……だから確かに、『親バカ確定』は的を射ている。

「ま、まぁ、確かにそうかも。――でも。この子は僕達が造りだしてしまった、祝福を得ていない命。
 ……大変な人生にはなると思う。だからこそ大切にしたい。強く、良い子になってほしいと、心から想っているよ」

 『神の祝福』。それは大抵の場合、生まれた際に十分に授かるもの。
その多寡(たか)は術者となる際の資質に直結するのみならず、日常にも影響を及ぼす。
神の祝福は、『光の守り』。よって闇を退けるものであるため、祝福が少ない者は、闇の眷属である魔物に狙われやすくなる。
更に、稀に発生する、生誕時に十分な祝福が受けられない状況。
その多くが、両親が咎人だった場合や、光が少ない地下等の場所で生まれた場合。
 咎人の子の場合は言うに及ばず、地下で子を産むのは邪教崇拝者に多いため、
祝福の少ない子は闇の者への危険の他に、一般人からの差別の対象になるケースも多い。

 更に、祝福の多寡は聖術を受ける際にも影響が出てしまう。だから、
少なくとも聖術を使う聖職者を誤魔化すのは、かなり難しいだろう。

 実は遺跡から脱出した後、少女の腕に小さな切り傷があるのを見つけた。
恐らく、容器から引き上げる際に付いたのだろうが……聖術で癒そうとしたところ、全く効果が出なかった。
驚いて遺跡から持ち出した文献を調べた所、神の祝福を持たない肉体のため、一部を除く回復・補助系聖術は無効化される、という記述を見つけた。

 人工生命体は世に知られていないとはいえ、神の祝福を全く受けずに産まれる存在。
誤魔化す手段に心当たりは有るが――平穏な人生を送れる可能性は、高くない。

「……でも、だからこそ。大切に護っていきたいと思ってる。親バカって言われてもね」

 彼女にしては珍しく、こちらを見つめて黙って話を聞いている……ようだ。

「……もう立派にパパさんやってるのね」
「そう、なのかな? ……でも、この子にとってそうあれたらいいな、とは思うよ」


 それから、どれくらい経っただろうか。
近くの小川で水を汲み、イリスの眠る場所に戻る途中――

「カリアス! あの子が身じろぎしてる!!」
「!」

 慌てて駆け戻り、少女の顔を覗き込む。確かに、木漏れ日を浴びて眩しそうにしている様に見える。
目を覚ますのも時間の問題だろう。
 僕の頭の中は、『なんて声をかけよう』『何を話そう』『どんな顔をしていればいいんだろう』などと、
半ば混乱状態に陥ってしまった。

 そして、少女が目を覚ます。

 木漏れ日が眩しそうに、うっすらと目を開く少女。
その顔は、まるで世界に微笑みかけているかのように見えた。

「おはよう……!」

 その顔を見ていたら、先ほどまでの混乱がウソのように、笑顔で言えた。
……しかし、段々後ろめたくもなってきた。
――この世界は、この世界が彼女に与えるものは、そんなにキレイなものだろうか。
そして、そうしてしまったのは――

「――でも、ごめん……」

気がつくと、無意識に懺悔をしていた。
気のせいか、不思議そうな表情をする少女。

「君は『造られし命』。……神の祝福の届かない、異端の存在。……人が、己の望みのために造りだした『ホムンクルス』……」
「カリアス……」

 フィアナが、心配そうに声をかけてくれる。
少女はというと……おそらく、まだほとんど意味もわかっていないだろうに、
穏やかで、でも真剣さも感じさせる眼差しでこちらを見てくれている。
……二人のおかげで、本当の意味で、覚悟が決まった。
それと同時に、心の奥から熱い『何か』が湧き上がってきて……それが目元に集まるのが分かる。

「でも……神が祝福を与えてくれないなら、僕が――僕達が、神が与える以上の祝福を贈ってみせる……!
 だから、だから……!!」

『それ』が溢れて零れ落ち、少女の腕に当たった。
一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた彼女が……穏やかに『微笑んだ』。

「……!」

 まるで全てを赦す様に。全てがわかっているかの様に――。
その笑顔に背中を押され。僕は――心の底からの言葉を、彼女の名前と共に贈る。

「――心から、君に会えた事を喜ぶよ。誕生おめでとう――『イリス』」

 涙で滲む視界の中で、少女の……、『イリス』の笑みが濃くなった気がした。
 そして……。

「……あ、……り、がと……おとう、さん……」

「……!」
「……!」

まだ動けないはずなのに…言葉を(しぼ)()すだけで大変なはずなのに……!
(……僕を……こんな僕なんかを『お父さん』って……!!)
気がつくと、イリスを抱きしめていた。涙を流したまま。それを拭う気にもならずに。
……少女は疲れ果てたのか、再び穏やかな表情で眠りについていた……。


   ◆◆◆次回更新は5月8日(金)予定です◆◆◆

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