第二編 四章の2 厄災の日と――闇を払う光

作者:緋月 薙

四章の2   厄災の日と――闇を払う光



(SIDE カリアス)


 ――『おかしい』とは、序盤から思っていた。

 遺跡から溢れだしてくると予想されている魔物に備えて迎撃を行う僕らは、出口を半円状に包囲する形で対処していた。
 狭い所を死守しようとする場合、頑強な魔物数匹が壁になられると、大量の後続に突破を許す結果になりかねない。
 だから敢えて『遺跡から出さない』という事には(こだわ)らず、遺跡前の広場で迎撃を行うことになった。
 そして、それは順調だったが――順調過ぎないだろうか……?
「――カリアス、撃ち漏らしがそっちに三匹」
「了解――っと」
 堅い甲殻(こうかく)を持つ大きな虫系の魔物と、機敏な動きの黒い猿、それと巨大な蝙蝠(こうもり)の魔物が、術師たちが張る弾幕を抜けて逃亡を図る。
 僕は輝剣の一閃で猿の魔物を両断、足元に襲い掛かってきた甲虫の魔物を蹴り上げ、甲殻の無い腹部を晒した魔物を一突き。
 その間に蝙蝠の魔物は、後方の弓使いが始末していた。
「――フィアナ。なんだか……魔物が少なくない?」
「……そうね。流石に少人数で出くわしたら詰む数だけど……過去の記録と比べれば、質も量も(ぬる)いわね」
 最初は、内部に(こも)って出てこないだけなのかも、等と思っていた。……だけど日蝕が進み――もう少しで月の影が最も大きくなる時刻。
 いくら複数の精霊術師による弾幕とはいえ。威力を抑えて攻撃範囲を優先させた術で、ほとんど消滅する程度の質。それを少数しか突破出来ない程度の物量。
 最盛期となる時が近づいても、魔物の量にも質にも変化が無い。
「――フィアナ、ハールートに合図を。……最悪、どこかで遺跡から魔物が漏れている可能性が――」

 そのとき、遠くから爆音が聞こえてきた。

「ッ!? 今の音は……街から!?」
 手が空いている者の多くが、爆音の聞こえた方角――街の方へと目を向ける。
 すると、上空を舞っていた赤の巨竜が飛来し――
『――マズイぞ、カリアスよ! 街の中に大量の魔物が出現。街への被害を考えれば、我は手が出せぬ……!!』
 ――なッ! 『街の近く』じゃなくて、よりにもよって『街の中』!?
 教会の――イリスたちの顔が浮かぶ。隣のフィアナも、顔を青くしている。
 ――すぐに戻りたい。だけど……ここを放棄するわけにもいかない。
 街へ救援を送る必要はある。だけど、ここの魔物が急増する可能性もある以上、戦力を削りすぎるわけにもいかない。……ならば。
「――自警団の方は、直ちにイグニーズに戻ってください! 僕とフィアナは、ハールートに乗って急行します!! ――それで大丈夫ですか、ハールート?」
『――うむ、構わぬ。乗れカリアス、フィアナ!』
「お願いねハールート!」
 ハールートの背に登りながら、慌て気味に言うフィアナ。
 平静を装っている彼女だけど、取り乱すのを必死に抑えているのが分かる。
 僕もハールートに登りながら、この場に残る方々に告げる。
「ハールートは僕たちを降ろしたら、ここに戻って下さい。ここに残る方々はハールートが戻り次第、攻撃を加えながら後退。街との中間地点で、ハールートと共に殲滅(せんめつ)をお願いします!」
「「「「「 はいッ! 」」」」」
 自分も街が気になるだろうに、この場に留まる事に同意してくれる冒険者の方々。
「ハールート、僕たちは魔物が出現した場所の近くに。魔物の増援を断ちます!」
『うむッ!』
 その返事を返すや否や、急上昇してイグニーズの街に向かうハールート。
 いつもよりやや乱暴な離陸は、ハールートも焦っている事を表していて。
「それにしても――何故、街中に突然?」
『……わからぬ。ただ、前兆が一切無く現れる所から見ると、おそらく転移か召喚の(たぐい)であろう。場所は教会の南――中央通りに抜ける路地の途中だな』
「そんな所に!? …………あれ? その場所は――」
 確か……この前、冒険者風の男たちと遭遇した場所が、まさにその路地だった。
 何か関係があるのだろうか――そう考えていると。

 目前に迫ったイグニーズの街――その一角から、光の柱が出現した。

「ッ! 何だ!?」
 その光の柱は――上空で散開。まるで光の巨樹がその枝を垂らす様に、光の軌跡を残しながら街の各所へと降り注ぐ。
「アレは……まさか一発一発が精霊弾? こんな芸当が出来るのって――」
 精霊弾は――精霊の力を宿した魔力を飛ばして攻撃する、精霊術の初歩の術。
 だけど今のは一発一発が大きい上、上空から無数の光弾が、敵を追う様に街中に飛んでいった。
『イリスと――ウィルであろうな。……やはり『光竜』であったか』
 伝承によると『光竜』――『天聖白竜』は、天の神の力を身に(まと)い、あらゆる力を活性、増幅すると言われている。
『……生命と活力を司る『天聖白竜』。精霊に慕われ、導く者――『精霊の愛娘』。力を合わせたイリスとウィルの能力、これがその一端であろうな』
 ……街全体の魔物への一斉攻撃。そんな芸当を見せても、まだ実力の『一端』。
 そんな愛娘たちに、末恐ろしさと――それ以上の誇らしさを覚える。
「これで街の魔物は全滅……してくれたら楽なのだけど」
「……多分、無理だろうね。――おそらくイリスの所に集まってくる。ハールート、予定変更です。教会上空に向かってください!」
『うむ、心得た』
 街の上空に差し掛かる。そして目を凝らして見ると――いくつもの『影』が蠢いているのが見えた。
 主のいない、ただの『影』。それは怨霊(おんりょう)の類や、影に住む魔物たち。
 イリスの意思を受けた精霊たちは街への被害を(いと)い、影や地中などに逃げ隠れた魔物たちを攻撃出来なかったのだろう。
 そして生き延びた魔物たちは――己に脅威を与えた者、意志力に満ちた生ある者を恨み、その魂を貪ろうと求めだす。
 イリスの攻撃は、街全域に及ぶもの。だから――生き残った街中の魔物、そのほとんどがイリスを狙って集まる可能性が高い。
 ――さっきの攻撃があるのなら、増援はどうとでもなる。今はイリスの身を守るのが最優先!
 ……私情が多分に含まれているのは自覚しているけれど。でもそれ以外にも、現状における最大火力の確保、大量に集まる魔物の殲滅という、ちゃんとした理由もある。

 それと……もう一つ。魔物に関して、とある懸念(けねん)が存在する。
『それ』は、短時間に多くの魔物を倒せば倒す程に危険が高まり……同じく倒せば倒す程、その脅威も増してくる。
 ――とはいえ、警戒していても発生は防ぎようがないんだけどね……。

 そんな事を考えている内に、教会が近づいてきた。
 教会の玄関前に見えるのは――イリス、ウィル、アリア、エリル、リーゼちゃん。それとリリーさんと、男性三人は自警団員だろう。
 全員、少なくとも大きなケガはしていない様だ。
「ハールート、高度を下げてください。フィアナの術で飛び降ります!」
『了解した。――カリアス、フィアナ。アリアたちを頼むぞ……!』
「もちろんです」「――言われるまでもないわ」
 ハールートの言葉に、当然の言葉を返し。僕とフィアナは飛び降りた。

「おとうさんっ!」「みぎゃあっ♪」
「みんな無事みたいだね。――よかった……」
 着地してすぐに飛びついて来たイリスを受けとめ、文字通りに飛んできたウィルの頭を撫でてあげる。
「――無事でよかったわ。……皆、頑張ったみたいね?」
「……ん、おかあさん……」
 フィアナも、すぐに駆け寄ってきたアリアの頭を撫でてあげている。いつもあまり表情が変わらないアリアも、心地良さそうな顔で甘えていた。
「エリルもお疲れさま。……覚悟を決めたのかな?」
「――うん」
 子供たちの眼が以前と全く違うのは、すぐに分かった。
 詳しく話を聞きたいけれど、それは後回し。教え子の頭を、労いを込めて『ポンポン』と叩き――甘えて来ているイリスとウィルに話しかける。
「……イリス、ウィル。さっきの見たよ。凄かったね?」
「うんっ! ――『がんばろう』って、そうきめたら、ウィルが力をかしてくれたの!」
「みぎゃっ♪」
 感謝を込めてウィルを抱き締めるイリスに、嬉しそうな声で甘えるウィル。
 その微笑ましい姿は……とても、街の窮状を術一つで(くつがえ)した者とは思えない。
「――自警団の皆さん、リリーさん。子供たちを、どうもありがとうございました」
「――いいえ。イリスちゃんやエリル君、アリアちゃん。そして……リーゼちゃんのお蔭で、我々も助かりました。皆さんの頑張りのお蔭です」
 そう言ってきたリリーさんの顔は、謙遜でも何でもなく、それが事実だと語っていた。
 ――『我々』という部分も気になるけれど……まず現状に影響しそうな方かな?
「リーゼちゃんが、ですか?」
「うんっ。リーゼちゃんが、魔物のいるばしょ教えてくれたの!」
「んっ。リーゼおねえちゃんのおかげで、影のまもの、かんたんにたおせた」
 リリーさんが答えるより前に、少し興奮気味に言ってくるイリスとアリア。
 ……なるほど。それで――
「――それで、そんな顔をしているんだね。……リーゼちゃん、大丈夫?」
「「「 ……え? 」」」
 僕とフィアナの傍に来ていたイリス、アリア、エリルが振りかえると――リーゼちゃんの顔には、またも怯えの色が。
「この状況に気付いているんですか……!? ――じゃあ、大丈夫なんですね……?」
 縋るように言ってきたリーゼちゃんへ、安心させるためにゆっくりと話す。
「『影』系とゴーストの類が、いっぱい向かって来てるんだよね? ――大丈夫。ここからは、僕たちが頑張るから。……ね、フィアナ?」
「そうね。気合を入れて来たのに、向こうは大した事なかったし? ……年下の子たちが頑張ったんだから、今度は私たちの番よね?」
「それでしたら、私もお供させていただきます。――『よろしく頼む』と言われていたのに、あんまりお仕事していませんし」
 他の子たちを安心させるために、フィアナとリリーさんも軽い口調で話してくれる。
 ……リリーさんの言葉には、子供たちと自警団の方が全力で首を振っているけど。
「そうだね。手早く片づけて、発生源を潰してこないといけないし――」
「――あ。そちらは心配ありませんよ?」
「「 ――え? 」」
 リリーさんの言葉に、僕とフィアナが揃って声をだした、その時。

 南の方角、そう離れていない場所から、炎の柱が立ち上がった。

「ッ、今のは!?」
 火柱の太さはそれ程ではないが、空へ見上げる程に延びる高さと、白に近い炎の色合いから推測される、尋常ではない高温。……どう見ても、並の術ではない。
 皆が呆然(ぼうぜん)と火柱を見上げる中、ただ一人だけ平然としていたリリーさんが答える。
「――自警団の者たちが使った、少し特殊な精霊術、ですね。多人数の強い想念を(つむ)()わせて発動させる、高威力の古代術式です。――おそらく、あれで出現場所の破壊は出来たと思います」
「あ、あの……リリーさん? なんでそんな事情を知ってるのかしら……?」
 自警団の動きと、さらに僕も聞いていない特殊技術の保有を知っていたリリーさん。
 それを(たず)ねるフィアナに、リリーさんはニッコリと笑い。
 その口が開かれる直前に、再び古代術式と思われる、今度は雷光が街を照らし――

「――一応、イグニーズ自警団の団長を務めております、リリーと申します。今後とも、よろしくお願いいたしますね♪」

 古代術式による雷光を背景に語るリリーさんに、なぜか皆が引きながら――
「「「「「 …………はい!? 」」」」」
 皆――なぜか長くこの街に住んでいるエリルとリーゼちゃんまでもが驚きの声を。
「って、なんでエリルとリーゼちゃんまで驚いて……?」
「――だって俺、レオナルドさんが団長だと思っていたし……」
「……私は、団長は女性とは聞いてましたが――団員の方からは『とっても怖い、元冒険者』って話でしたから……」
「あらあら。――そうなんですか……?」
「「「 ――ッ!? 」」」
 リーゼちゃんの話を聞いたリリーさんが、自警団のヒトたちの方を見た。
 その表情は僕たちからは見えなかったけど……自警団の皆さんは一斉に顔を青くしていた。――うん。リリーさんには、ちょっとキッツイ裏の顔がありそうかな?
「そ、それにしても……来ないね、魔物。――フィアナ、わかる?」
「――教会の敷地内には入っていないわね。……リーゼちゃんなら、わかるかしら?」
 ハールートから降りて以降、僕たちは話しながらも気は抜いていない。フィアナは敷地内の探査もしているけれど、まだ引っかかっていないらしい。
「……あっちの塀の外に、集まっています。街中からたくさん集まって来ているので……集結してから、一気に攻めてくるのでしょうか……?」
「……うん、わかった。貴重な情報をありがとう、リーゼちゃん」
 顔色は相変わらず悪いまま、教えてくれるリーゼちゃん。……どうやら本当に、術も使わず察知できているらしい。
 ――後で内密に、レミリアと相談しなきゃいけない案件かな。だけど、今は――
「……統率が取れているってことは――『アレ』、来るのかしらね?」
「うん、多分。……どっちみち、来るものと思っておいた方がいいね」
 魔物を生み出す、闇の『残滓(ざんし)』。
 (まれ)に倒された魔物に宿っていた残滓が、他の魔物に宿る事がある。
 それが繰り返された場合、単純な能力の強化に留まらず、魔物に共通意識が芽生えて意思伝達能力が発生したりもする。
 それが更に進むと……『もっと面倒なモノ』が生まれる事も。
 ――先ほどリーゼちゃんが指さした方の塀に、黒い影が見え始めた。
「さて。そろそろ本格的に来そうだね。リーゼちゃんは――」
「わ、私もここに居させてください!」
 僕の言葉を遮り、そう懇願してくるリーゼちゃん。
「に、兄ちゃん! リーゼは……リーゼとイリスは俺とアリアが守るから、居させてやってほしい! お願いします……!!」
 そう意って頭を下げるエリル。
 ……多分『リーゼは俺が守る』って言おうとして言えなかった――そんな度胸の無さは露呈されたが……その眼差しは、ちゃんと覚悟を決めた者の眼だった。
 続いてイリス、ウィル、アリアの顔を見ると、皆まっすぐな眼を向けてきている。
 ……これは、『帰れ』なんて言えそうにない。――元から、言う気は無かったけれど。
「――わかった。だけど、前には絶対に出てこない事。あと……これから、こういう相手との戦い方を教えてあげる。――エリル、しっかり見ておく様に」
「 ! うん……!」
「じゃあ……リーゼちゃん? もし僕たちの後ろに抜けた魔物がいたら、知らせてくれるかな? そのときは――自警団の皆さん、お願いします」
「はいっ!」「「「 おおッ! 」」」
 リーゼちゃんと、自警団の三名の返事を聞きながらも――僕たちは元から、一匹とて後ろに通す気は無い。
 だからさっきは、リーゼちゃんにも『どうする?』って訊くつもりだった。
 そして他の子たちには、実戦の手本を見せてみよう、とも。
「――アリア」
「んっ」
「アリアは……多分、僕を見るよりリリーさんを見ていた方が参考になると思う」
 リリーさんの格好は、演奏時とあまり変わらない軽装に、反りの入った片刃の長剣。
 その武器と、リリーさんの出自を考えると――その『正体』に見当がついた。
 それが当たっていた場合。アリアの手本として、これ以上の存在は居ない。
「……わかった。しっかりみてる」
「あら、光栄ですね♪」
 アリアの返事に、穏やかな笑みを浮かべるリリーさんだが……その意識は、近づく魔物たちから一瞬とて離してしない。
 ――こんな()()れに、長いこと気付かなかったなんて……。
 自分の未熟さに軽く落ち込んでいると、フィアナの声が聞こえてくる。
「イリスちゃんには、私が教えてあげる。ちょっとしたコツみたいなものだから、イリスちゃんならすぐ覚えられるわ」
「はいっ、お願いします……!」
 と。そんな遣り取りが終わったとき。ちょうど、魔物たちに動きが。

 どうやら集結が終わったらしく、一斉に動き出す魔物たち。
「――さて、イリスちゃん? こういう時に一番危険なのは、奇襲を受ける事なんだけれど……対処を間違うと大変なのが、影から攻めてくる魔物ね」
 フィアナはそう言いながら、僕たちの背後に大きな火球を作り出した。
「――聖術で探知するのが手っ取り早いのだけれど、風と土の複合術でも探査出来るわ。……だけど居ると分かっているのなら、自分たちの前に影を作ってから――」
 前衛を務める僕とリリーさん。その前方に延びた影が、不自然に歪む。
 それを確認したフィアナが、術を放つ。
 僕たちの影を中心とする地面に生じたのは――無数の亀裂。
 地面が砕かれ巻き上げられ、まるで大気と撹拌(かくはん)するように、影に潜んでいた魔物もろとも千千に切り刻み、トドメとばかりに焼き払う。
「――と。影に誘い込んでから、地面もまとめて攻撃するのが手っ取り早いわね」
「うん、わかった……!」
 ――こんなの、教えられたところで簡単に出来る事でもないはずなんだけれど……。
 でも、そこはイリス。十分に可能らしく、真っ直ぐな返事が聞こえた。
「――あと。後衛で動くなら、戦域のどこで何が起きても反応できるように、常に視野と意識は広く。イリスちゃんなら、風の精霊に補佐を頼むのもいいかも」
「うんっ!」
 良い先生ぶりをみせているフィアナ。
 ――じゃあ、後続の霊体系の魔物たちが近づいて来ているし、僕も始めようか。
「エリル。僕が教えるのは、霊体の斬り方。……すぐには出来なくていい。でも、いろいろ役に立つから、そのうち出来る様になってほしい」
「うん……!」
 短く、力強い返事を聞きながら。僕は敵に狙いを定める。
 フィアナが生み出した火の海を無視し、浮遊して迫り来る先頭のゴースト。……基本的にこういう霊体の魔物には、普通の物理攻撃は効かないのだけれど――
「聖術で浄化するのが一番簡単。あと、剣に精霊術を付与したり。だけど――」

 ……意識を、集中させる。――行う攻撃は、ただの一振り。
 力も技術も要らない。ただ必要なのは――明確な『殺意』。
 揺るがぬ斬断の意志を込めた一撃は、実体の無い幽霊を両断し――吹き散らした。

「――と。霊体は元・生物の精神体。これを倒すのに必要なのは、確固たる意思。――恐れず、迷わず、揺らがず。己の心――精神を以て、相手の精神を断つ」
「……わかった」
 言う程に簡単な事ではないと分かったらしく、真剣な声色の返事。
 だけど。揺らがない『確固たる意思』は、聖術の基本。だからこれは聖殿騎士を目指すなら、避けては通れない心得。――是非、頑張ってほしい。
 そう思う僕の横では、リリーさんが遊撃として、淡々と魔物を始末していた。
 リリーさんの周囲に不自然な空気の揺らぎがある事から、一種の風の結界を使っているらしいのがわかる。
 多分、追い風による行動補助、接近する存在の探知。それらを兼ねた大気の結界。
 風の力を纏うリリーさんの剣は、目視が困難な速度で敵を切り裂き、吹き散らす。
「――さすがは『精霊殿の戦巫女』ですね」
「……あら? ソレをご存じでしたか」
 大樹海に住む『大樹の民』の聖地。大地母神信仰の中心地である『精霊殿』。
 その祭祀の一端を担う者にして、女性だけで構成された最精鋭部隊『戦巫女』。
 僕は『剣の舞い手』とも呼ばれるその存在が、リリーさんの出自だと予想している。
「聖殿と精霊殿には交流がありますから。僕は行ったことはありませんが……話に聞いた事は何度か」
 技量や戦闘スタイルの話から……口説こうとしたら手痛く撃退された、なんて話まで。
「――なるほど。少しだけ訂正させていただきますと……私はかつて戦巫女の『候補生』でした。大樹海を出てしまったので、正式な戦巫女ではないですね」
 そう言いながらも円弧を描く(あし)(さば)きで振るわれる剣閃は、正確に魔物を屠り続ける。
 その技量は、話に聞く『戦巫女』に決して劣らない。
 ――近接戦なら、フィアナより上。総合力だと互角くらい、かな?
 僕は前衛として、霊体を中心に近づいて来た魔物を一太刀で切り捨て続け。
 後衛として、影の魔物を近づけず地面ごと斬り裂き、殲滅するフィアナ。
 中衛、および遊撃として、確実に魔物の数を減らし続けるリリーさん。
 ……はっきり言って、負ける気が全くしない。
 魔物たちの数は、順調に減り続け――しかし『それ』に最初に気付いたのは、やはりと言うか、リーゼちゃんだった。

「ッ!? か、カリアスさん! 何かが――集まってきます……ッ!!」

 フィアナとリリーさんも僕と共に、ある一点に目を向ける。
 そこには――どこからともなく、黒い靄が集まり始めていて。
「……やっぱり来た、か」
 周囲で倒された魔物に宿っていた『残滓』。それが一定量を超えると、集合体としての意思を持ち始める事がある。
 そしてそれは手近な魔物を襲って侵食し、厄介な魔物へと変異させる。
 黒い靄――街中と、おそらく遺跡周辺で倒された魔物に宿っていた『残滓』の集合体は、上空で一つの塊となると……一匹の『影に潜む者』を取り込んだ。
 僕たちの目の前で『影』が、まるで地面から泥水が吹き出す様に膨張(ぼうちょう)・変質し――小屋ほどの大きさの、赤黒い汚泥の塊の様な形状になった。――しかもその表面には、苦悶の表情を浮かべる無数の人面が、浮かんでは消えを繰り返している。

 この醜悪な魔物が――『闇の落とし子』と呼ばれる存在。

「……見ていて気分の良いモノではありませんね」
「――同感ね。とっとと片付けるわよ、カリアス!」
 女性二人が、露骨な嫌悪感を示している。
 頭上を見上げると――太陽は本来の姿のほとんどを取り戻していた。
 太陽から月の影が完全に外れない限り、日蝕の影響は続く。とはいえ、あと少し待てば聖術が使える様になるはず――なのだけれど、女性陣に待つ気は無さそうで。
「――了解。囮になるからよろしく、フィアナ」
「では、私も囮役ですね」
 僕とリリーさんは『落とし子』の左右に別れ、それぞれが斬撃をくわえる。
 ……人面がより険しい苦悶の表情を浮かべたが、全体で見れば効いているようには見えない。――だけど、どうせ囮なのだから、それでいい。
 その身を変形させた触手による反撃を回避しながら、挑発のための攻撃を繰り返していると――フィアナの詠唱が聞こえてきた。
「――【契約を交わせし水と風の精よ。我が声の下に来たれ】――』」
 フィアナの詠唱に従い、『落とし子』を中心に霧が生まれる。それは――まだ術の準備段階にも拘わらず、真冬の高山に発生するものの様に冷たい。
「――【求めるは静寂なる凍結。蒼き死神の魔手となり、その威を振るえ】――」
 白い霧が集束していくのを見て、僕とリリーさんは距離を取る。
 その霧は風の結界の役目も兼ね――集束と共に『落とし子』を拘束し、同時にその冷気を強め――そして、術が発動する。

「――【永久なる眠りへ誘え――『氷柩』】」

 白い渦状になっていた霧が――氷の柱と化した。
 魔物の体内に侵入していた霧が、内側から身体を構成する水分すらも凍結させる。
 フィアナが奥の手とする術の一つ、水と風の複合、氷系統の高位術『氷柩』。
 相手が普通の生命体ならば、直撃を受けて生き延びる手段は無い。だけど――
「ふ、フィアナさん! まだ生きてます……!!」
 リーゼちゃんが、驚愕を宿した声を上げる。
 核となっている『残滓』の集合体は、限りなく精神体に近い存在。
 よっていくら高位術でも、物理的な現象での『死』は無い。しかし『氷柩』によって身体を構成する要素全てを氷漬けにされ、逃げるのは不可能。
「ええ、そうね。――でも大丈夫よ?」
 フィアナはそう言い、空を指さす。そこには――完全に光を取り戻した、太陽。
 そして僕は、剣を構える。その剣は――聖殿騎士の象徴たる『輝剣』。
 陽光を受けたその剣は――天の祝福を取り戻し、その名の通りに輝き。
「――【陽光に宿りし神の祝福・討魔の神威・今ここに】――」
 用いるのは『光輝刃』の上位。敵の内部で聖術の力を炸裂させる、高位術の一つ。
 詠唱と共に、光の刃と化した輝剣を振るい――

「――【破邪の剣よ・その力を解き放て――『聖輝刃』】」

 その一撃は、『闇の落とし子』を両断し――剣に宿した破邪の光がフィアナの『氷柩』の氷で乱反射され、『残滓』を一欠片も残さず消滅させた――



   ◆◆◆次回更新は8月30日(火)予定です◆◆◆

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