第三編 序章 教皇と闇使いの少女

作者:緋月 薙

序章   教皇と闇使いの少女
(※今回は 一章の1 闇の少女と黒の竜 と合わせて2話分の更新になります)



SIDE:レミリア

「……『神託』ではなく『予知』。しかも、魔物の存在を察知する能力、ですか」
 お兄様――聖殿騎士カリアスたちから、日蝕(にっしょく)の際に起きた事の報告を受け。
 一通り話が終わり、通信を切った後――考えていた事が、独り言として零れ出ました。
 その独り言に、(そば)に居た騎士団長マクスウェル――おじさまが応え、口を開きます。
「……予知能力は『神の力を宿す者』にしか発現しないと、聞いておりましたが? 人の身で保有が確認されたのは――旧王家の者と、かの『精霊殿の巫女長』の家系だけ、と」
 問題……ではないのですが。どうしても気になるのが、イリスさんやアリアさんのお友達である、リーゼさんの能力の話。
 お姉様――精霊術師フィアナは、リーゼさんには何らかの能力が封印されている可能性が高いと、言っていました。それは『聖女』や、それに近い能力だろう、とも。

 ですが話を聞く限り……封印されているものは、聖女どころではない気がします。

「――ええ。未来を教えてもらえるだけの『神託』と、自ら未来を知る『予知』では全くの別物です。『神託』は私の様に、ただの聖女でも会得(えとく)する事はありますが……『予知』は旧神の力を宿す『旧王家』か、その力を分け与えられたとされる『精霊殿の巫女長』の家系にしか確認されていません。神は神でも、旧神の力を宿す者のみ、ですね」
「……天神の代行者を『ただの聖女』て。――しかし、という事は……その少女は、旧王家か巫女長の血を引いていると?」
「その可能性も無くはありませんが……しかし、精霊の力も聖術も用いずに魔物を察知する力など――」
 ――聞いた事が無い、とは言いません。
 それは……今は失われたはずの、『闇』『大地』『安息』を司る、大地母神の力。
 その力が失われたがために『魔王の残滓(ざんし)』や『負の想念』の浄化が追い付かず、魔物が発生しているのが現状。
 仮に大地母神の力を持っているなら、己の管理領域から発生した魔物を察知する事も、『予知』の事も説明は出来ます。
 しかし……それらの力は旧王家や巫女長の家系にも宿らなかった、大地母神の固有能力、独自の権能と思われる力。

 ……もし、その力をリーゼさんが持っているとしたら。それは過去の人々が犯した『最悪の罪』、それと何らかの関連があるという事に――

「――しかし。アイツの周りには、本当に面白い人間が集まるな……退屈する暇も無さそうで、実に面白い!」
「……ふふふっ。当人たちは大変でしょうが――本当にそうですね、おじさま♪」
 ――少々、深刻に考えすぎていたかもしれません。
 その事に気付いたらしく、気分を変えるために軽い口調で話す、おじさま。
 私もそれに応えて普段の口調で返し、『面倒事は、今は後回し』という事にします♪
「旧王家、教皇家、『精霊の愛娘』にして『聖女』の娘、天性の素質持ちの幼女剣士、守護竜にして友人となった古竜。どうやら弟子にして弟分も非凡らしいし、謎の特殊能力持ちの少女に――天聖白竜の仔。このラインナップなら、近い内に地聖黒竜まで加わってもおかしくない気もしますな」
「ふふふっ。言っている事はわかりますが、それは流石(さすが)に――」
 ――あら? 改めて言われてみると……思った以上にとんでもないのでは……?

 先の肩書の他に――実はお兄様とお姉様にも、まだ少し秘密があります。
 お兄様が使う『精霊の鎮静化(ちんせいか)』は、過去の旧王家の方々にも出来なかった技術。
 そしてお姉様の秘密は――『なぜ教皇家の者が精霊術師になれるのか』という点。

 今でも相当ですが……将来まで考えると、色々な意味で尋常ではないと――
「「 ……………… 」」
 どうやら、おじさまも同じ事を考えていたらしく。……表情が笑顔のまま固まり、頬が引きつり始め。
「……地聖黒竜、本当に来そうな気がするッスね……」
「……むしろ来ない方が不自然な気がするのは、気のせいでしょうか……?」

 ――もし仮に、『運命』というものがあるとしたら。すでに最大速度で転がっていて、誰の手にも――それこそ神々の手にも負えなくなっているのではないか。

『教皇』という立場でありながら、思わずそんな事を考えてしまいました。


SIDE:リーゼ

「――リーゼ。おいリーゼ! しっかりしてくれよ……!」
「……え? あ、うん。……大丈夫だよ」
 ――とは言ってみたものの。自分でも言葉に力が(こも)らないのは自覚しているし……エリル君がこんな心配そうな顔をしている以上、私の様子は相当におかしいのだと思います。
 怖くて、不安で……。それなのに、なぜか泣くこともできなくて――
 ――ただ、心が凍ったように寒くて……震えがとまらなくて。

「……ねぇ、エリル君? 私……『何』なんだろうね……?」
「っ、リーゼはリーゼだ! 俺の大事な幼馴染の――それ以外の何だっていうんだよ!?」
 この遣り取りをするのは……何回目だったかな?

 日蝕の時。
 私は初めて、自分に変な能力が備わっているのだと、ハッキリと自覚しました。それは――かなり限定的みたいですが、未来を知る力。それと――魔物の位置を感じ取る力。
 事態が治まるまで、私はこの事を、深く考える余裕がありませんでした。
 当日までは、強制的に脳裏に浮かぶ、魔物の大群の姿に苦しめられ。
 そして、それを自覚してから治まるまでは――この力で、エリル君やイリスちゃんたちの役に立てる事が、嬉しくて。

 だから――日蝕が終わって。やっと落ち着いたとき――急に我に返りました。
 ……『私はなんで、こんな能力があるんだろう』って。

 一度その疑問を抱いてしまうと……とても怖くなりました。
 まるで――私の中に、私も知らない『何か』が居るみたい、って。
 だから私は、早く帰ってお母さんに訊いてみようって思って。カリアスさんたちのお誘いも断って、帰らせてもらう事にしたんです。
 そして――『アレ』が起きました。

 イリスちゃん達に見送られて、前を歩くエリル君を追いかけて――教会の敷地を出ようとしたとき。

 エリル君の足元――その影に、突然魔物が出現しました。

 その魔物の名は『影の暗殺者(シャドウ・スタッバー)』。
 身体能力は低級の魔物にも劣るほどしかありませんが……影から影へと転移して一撃を見舞うという、悪夢の様な能力を持つ魔物です。
 ……エリル君は、避けられる状況ではありませんでした。
 そして私も――助けることはもちろん、声を出す事もできず。
 ただ――その悪夢の一瞬、妙に間延びした瞬間の世界の中で。
 エリル君が気付いて――避けようもない刃に、その表情が凍りつき始めたとき。
 私は――心の中で叫びました。

  こんなのはイヤだ
  エリル君を傷つケないで
  そんなの許サナい
  絶対ニ助けタイ
  コノ魔物ヲ何トカシなイト

  ――消エナサイ。我ガ愛スル者ヲ害スル闇ヨ

 直後――一瞬にも満たない瞬間の内に。
 地面から更に『闇』が伸び――『影の暗殺者』を飲み込み、消し去りました――


 ――あの時の私は、どんな顔をしていたんだろう……?
 エリル君が咄嗟(とっさ)に誤魔化すくらいなのだから……余程ヒドい顔だったのでしょう。
 ……恐怖に怯えた顔?
 ……不安に押し潰されそうな顔?
 それとも……ヒトのモノとは思えない様な、顔……?

 先の魔物の知識も……調べた覚えも無いのに、いつの間にか知っていて。
「……私――『何』なんだろうね……?」
 分かるはずもない質問。……得られるはずの無い、答え。
 怖くて――お母さんに訊く事もできなくて。
 だから……誰にもわかるはずがなくて。それが――怖くて……怖くて――

「…………え?」
 気が付くと――いつの間にか、私は誰かに抱きしめられていました。

「――エリル……くん?」
「――いいか、リーゼ? 俺にとって『リーゼ』はお前だけだ! お前は、俺を助けてくれたんだ! だから……お前が何だとしても、今度は俺が守ってみせるから……!」
「エリル君……」
 いつも、自分が夢みていた状況。
 ――こんなときじゃなければ、素直に喜べるのに。
 心の奥の冷えた部分が、少しそんな事を考えたけれど。
 必死に、そう言ってくれるエリル君。その言葉と体温が、とても温かくて――
「……明日、兄ちゃんたちに話してみよう? ちょうどリーゼの家に来るんだろう?」
「――だけど! 私は……私が『何』なのか分からなくて……っ!」
 怖くて――不安で、冷え切っていた私の心。それがエリル君に暖められ――
 私はやっと叫ぶ事が――泣く事ができました。
「……大丈夫。兄ちゃんたちなら、絶対に悪い様にはしない。兄ちゃんも、フィアナ姉ちゃんも――イリスやアリアだって。みんな、お前を助けたいと思うはずだぞ……?」
 ……すぐ近くで語られる言葉が、今度は自然に心に届いて。
 だから私は――やっと、自分の周りの優しい人たちの事を、思い出せました。
「……うん。ありがとう、エリル君。ありがとう……ごめんね……?」
 それだけしか言えない、私の眼から零れた涙は――

 ――もう、悲しい涙ではありませんでした。



   ◆◆◆次回更新は1月31日(火)予定です◆◆◆

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