第三編 一章の2

作者:緋月 薙

一章の2
(※今回は 1章の2 と合わせて2話分の更新になります)



(SIDE:カリアス)

「――では、これに何かが封印されている、と……?」
「イリスちゃんたちが感知して見つけた以上、何かがあるのは間違い無いと思うわ」
「……どおりで。何か違和感がある、とは思っていたんです。それで台座を壊して、剣を取り出そうとしていたんですが……」
「――止めて良かったわね。壊れはしなかったと思うけど……中の存在に影響が出ないかは、ちょっと分からないし」

 どうやらイリスたちが反応した物は、自警団が押収した物だったそうで。
 ここ――ハールートの住処へ一緒に転移してきたリリーさんに、見つけた経緯(けいい)と、その前のリーゼちゃんの事情を説明するフィアナ。
「――あ。カリアス? ハールートには、リーゼちゃんの事を話したの?」
「うん。例の件もあるから、先に話してあるよ」
『うむ。……リーゼが、中枢(ちゅうすう)で造られた者である可能性、か――』
 以前にハールートが話した『遺跡の中枢で造られた何か』の件。
 幼かったハールートを、強大な古竜にまで育てる程のエネルギー。それを(そそ)ぎ込んで『何か』が造られた――という話。
『――ふむ。確かに、何か特異な気配は感じるが……』
「え、えっと……どうなんでしょうか……?」
 ハールートに間近で眺められて、少し戸惑った様子のリーゼちゃん。……だけど、慣れているとはいえ怖がっている様子が無いのは、ちょっと凄いかもしれない。
『まだ封印が解け切れていないせいかもしれぬが……少なくとも、我と同程度の力を持っているとは思えぬな。――そもそも、それならイリスが先に気付いておるだろう』
「では、違うと?」
『……いや。考えてみれば、我が知っておるのは【精霊を集めて何かを造っていた】という点のみ。その特異な力が、未知の技術で生み出された可能性は捨てきれん』
 ――という事は……遺跡の奥を調査するしかない、かもしれない。
 リーゼちゃんが見つかった場所――そこから遺跡に入っていた冒険者。
 上手くいけば、彼らから何かを聞き出せないだろうか……?
「みぎゃ! みぎゃあッ!」
「おとうさん、フィアナさん。ウィルが『はやく、はやく!』って言ってるよ?」
 どうやらウィルは、石の剣に封印されているモノが気になっているらしい。
 それはイリスやアリア、エリルも同じらしく。少しそわそわしている様子。
「っと、ごめんごめん。――じゃあフィアナ、お願いできるかな?」
「ふふっ。ええ、わかったわ」
『ふぉっふぉっふぉ。ウィルよ、待たせてすまなかったの?』
「みぎゃっ♪」
 フィアナが準備を始めると、途端に嬉しそうな声をだし、ご機嫌になるウィル。
「――あ、ウィル? フィアナさんのじゃまにならないように、もう少し離れよ?」
「みっ」
 イリスに言われて素直に下がるウィルを、微笑ましく見ていると――
「じゃあ、始めるわよ?」
 フィアナが、封印解除の術を始めた。
「――兄ちゃん、何が出てくるんだろう……?」
「んー、分からないけど……ちょっとした予感はある、かな」
 そう返してから僕が視線を向けた先には、イリスとリーゼちゃんと、ウィル。
「みぎゃあ……!」
 術の輝きを祈る様に見つめる姿は、まるで弟妹の生誕を待っているかの様にも見え。
 そして、そのウィルを微笑ましそうに見つめるイリスとリーゼちゃんは……まるで子ども『たち』を祝福している様に――

「終わった。――解けるわよ?」

 フィアナの声に、視線を封印の剣の方に戻すと、光に包まれ形を変えていくところで。
 そして、現れたモノは。
「――やっぱりというか、本当にこうなったね……」
「そうね……もしかして、とは思っていたけど――ハールート? あれは、やっぱり?」
『うむ、間違いあるまい』
 愉快そうに言うハールートに対し、僕とフィアナは……期待と、呆れと、諦め。そんな諸々が混ざった、複雑な心境が声ににじみ出ていた。
「――『卵』? まさか、本当に竜の子が生まれるんですか……?」
 この光景を初めて見るリリーさんが、驚愕と共に声に出したとおりに。

 封印されていたのは、またも『卵』。しかもハールートが言うには……『竜の卵』。

「おとうさん! 近くに行ってもいい!?」
「うん、大丈夫だと思うけど……」
『うむ、危険はあるまい』
「やった!」「みぎゃあっ♪」
 ハールートが言うと、喜んで駆け寄るイリスと、それに付いていくウィル。
 さらにはアリアと、リーゼちゃんとエリルも近寄り、卵を子どもたちが囲む形に。
「――あ! 動きはじめたよ!?」
 そして、ウィルの時と同じように、卵がカタカタと動き出し、ヒビが入り始め――

「――みゅうっ! ……みゅ? …………みゅぅ」

 ……姿を現した存在は、一度元気な産声を上げると――周りを囲まれている事に気付いて『……すみませんでした』とでも言うように、卵の中に姿を隠した。
「「「「「 ………… 」」」」」
 子どもたちは(かす)かに『ぷるぷる』と震える卵を見て、無言で顔を見合わせ『……どうしよう?』と、視線を交わし合い。
「えっと……大丈夫。怖くないよ……?」
 無言の協議の末、話しかけに行ったのは、リーゼちゃん。
「…………みゅぅ?」
 上部の殻を頭で持ち上げ――隙間から様子を窺い、問いかけるような声を出す。
「――うん。怖い人はいないよ? ……人が多くて、びっくりしちゃったんだよね?」
 鳴き声に応えるリーゼちゃんは――会話が、成立している……?
「――みゅう。みゅ……?」
「うん。――みんな歓迎してくれるから……出ておいで?」
 リーゼちゃんが優しく言った後。一度、殻の中に戻ってから。
「みゅうっ!」
「きゃっ!? ――うん、よく出てきてくれたね? 誕生おめでとう……♪」
 力を溜めて、勢いよく出てきたらしく。
 本当に『飛び出して』きた新たな命は、そのままリーゼちゃんに抱きついた。
「これは――親、決まりかしら……?」
「多分そう、かな? どう思います、ハールート?」
『おそらく、そうであろうな。普通の竜であれば……刷り込みではないが、最初に触れ合った存在に依存しておる、というのも有り得るが――【あの種】には無かろう』
 生まれたばかりとはいえ――『神の使い』と称される、双竜の片割れ。
 ……呑気(のんき)に話す、予想と覚悟と――諦めを持っていた僕たちと違い、まだこの方面では『常識』を捨てていなかったリリーさんが、唖然とした顔で、声を絞り出した。
「……黒い竜? 本当に『地聖黒竜』の仔なんですか……?」

 生まれた幼い命は――ウィルと対極の様な、艶やかな漆黒の竜。
 海の色をそのまま閉じ込めた様な、澄んだ蒼の瞳。
『闇』を連想する黒でありながら、輝きを放ちそうな程に艶やかな『純黒』の体表。
 頭の一対の角はウィル同様に純白。それが黒との対比となり、より艶を印象付ける。
 その幼い竜は、小動物の様に可愛らしくありながら、とても綺麗な竜だと思った。

 とりあえず僕とフィアナ、リリーさんとハールートは、まだ近づかない事にした。
 あの子は少し人見知りみたいだから、怖がらせない様に。
 ――そして何より、見ていて微笑ましいからね。
「わぁ……! カワイイ子だね、リーゼちゃん!」
「みぎゃっ♪」
 リーゼちゃんが話しかけている間、少しだけ距離を取っていたイリスたちが、近づいて話しかけた。
「うん、そうだね♪」 「……みゅ?」
 嬉しそうに同意するリーゼちゃんに……黒竜の子は、どうやらウィルが気になる様子。
「――はじめまして。わたしはイリス。この子はウィルだよ? よろしくねっ♪」
「みっ。みぎゃあ♪」
 ウィルも自己紹介――したのかな? すると黒い子は、まだ小さな羽で、リーゼちゃんの体から飛び立って。イリスとウィルの前へパタパタと飛んで行き。
「みゅっ♪」
 ペコリ、と。可愛らしくお辞儀してみせた。
「――うん♪ ちゃんとご挨拶できて、エラいね?」
「みゅ? みゅうっ……」
 イリスに撫でられると――照れたのか、再びリーゼちゃんにしがみ付いた。
「……リーゼおねえちゃんが、その子の『おかあさん』?」
 その様子を見ていたアリアが訊くと……リーゼちゃんは、少し戸惑った様子で。
「……そうなの?」
「みゅうっ♪ ――みゅぅ……っ?」
「――え? う、ううん! イヤじゃないよ!? ……私がおかあさんで、いいの?」
「みゅうッ!」
 そんな遣り取りの後――嬉しそうに、リーゼちゃんに頬ずりをする子竜だった――

 様子を見ていた僕たちは、もう大丈夫だと判断。
 ――そろそろ、あの微笑ましい空間に参加させてもらう事にしようかな。
「『おめでとう』で、いいのかなリーゼちゃん? 相談は、いつでも受けるからね?」
「うんっ! わたしもウィルの『おかあさん』だから、いつでも言ってね!」
「……わたしも、ちっちゃい竜のことは、わかるから――ね? ハールート?」
『…………う、うむ。――わからぬ事は、いつでも訊きにくるがいい』
 自分が『ちっちゃい竜』だった頃の事を知ってるアリアの言葉に、微妙な顔をしたけれど。この面倒見の良い守護竜は、きっと新しい同胞を可愛がってくれるだろう。
「みゅ!? ……みゅ?」
「み! みぎゃ♪」
 大人と――巨大な竜が現れ『ビクッ』と反応した子竜。だけどウィルが近づいて、『大丈夫だよ』って、頭を撫でてあげていた。
「あ、ありがとうございます……!」
「ところで――リーゼちゃん? あの子が話している事、分かるの?」
「え? ……あれ? そういえば私、普通に話し出来ていましたよね……?」
 フィアナに指摘されて――『なんでだろう?』と考え始めるリーゼちゃん。……どうやら、本人も無意識でやっていたらしい。
「――知り合いに、魔物の調教を得意とする者が居るのですが……『魔力の波長を相手と近付ければ、意思(いし)疎通(そつう)がしやすくなる』という話を聞いた事があります。おそらくリーゼさんとあの子は、波長が極めて近いのではないでしょうか……?」
「そう、なんですか……?」
 リリーさんの言葉に、自覚なんて無いリーゼちゃんは当然、首を傾げていて。
 だけど……おそらく、リリーさんの言葉が正しいのだろう。
 ハールートから『アリアは竜種と共感しやすいように調整された存在』と聞いた。
 それが、なんらかの手段で魔力の波長を近づけていると考えれば、納得が出来る。

 ……だけど。問題なのは、『地聖黒竜』と極めて近い波長の存在、それが持つ意味。

 ――でもそれを言うなら、ウィルと共感できるイリスも、なんだよなぁ……。
 神の使いとされる双竜――『天聖白竜』と『地聖黒竜』の子たち。
 そして、その子たちと共感できる、二人の少女。
 ――これは、何を意味しているんだろう……?
 考えながら、渦中の幼竜二匹に目を向けると。
「みゅ? みゅうっ!」「みっ! みぎゃ?」
 自分と真逆でありながら、そっくりな相手。そんな相手が面白いらしく、手(前脚?)を合せたり、同じ動きをしたりして遊んでいた。
「――あ、そうだリーゼ。この子の名前、どうするんだ?」
 と、思い出した様にエリルが言い出し。その一言で――幼竜たちも含めた全員の動きが止まって、リーゼちゃんに視線が集まる。
「え? あ、そうだよね……私が付けて、いいの?」
「みゅう! みゅうっ♪」
『ふぉっふぉっふぉ! その子の望み通り、母親たるリーゼが付けるのが最善であろう。――無論、良いのが浮かばないのであれば、誰かの知恵を借りるのも良かろうが』
 そう言われ、リーゼちゃんが考えている間も。幼竜は蒼い瞳を輝かせ、真っ直ぐに自分の『母親』を見つめていた。
「えっと……あなたは女の子――だよね?」
「みゅ? みゅう♪」
 おそらく『肯定』と思われるの返事を聞いて、なぜかウィルを見て……そしてイリスを見てから、『――よし』と、決意を込めて頷いて。
「――イリスちゃん。ちょっと……名前、借りていいかな?」
「え? ……うん! もちろんだよっ♪」
 笑顔で許可を出したイリスに、リーゼちゃんも笑顔を返してから、幼竜に向き直り。
「――あなたはきっと沢山の人に囲まれて――皆と一緒に、生きていくの。……だからね? それを忘れない様に、あなたの名前には――誰かの名前を入れたいなって、思ったの」
 幼竜を抱き上げて、優しく話しかけるリーゼちゃん。
 その姿は――ウィルに名付けたときのイリスと、驚くほど似ていて。
「あなたには……明るく、真っ直ぐに生きて欲しいから。――私の『リーゼ』と、私の大切なお友達、『イリス』の名前を合せて――」

「――あなたの名前は『リース』。あなたも良い人たちに囲まれて、幸せに生きていけますように……」

「みゅうっ! みゅぅうっ♪」
 どうやら幼竜――『リース』も、その名前が嬉しいらしく。リーゼちゃんの顔に飛びついて、その顔をペロペロと舐めて喜びを表した。
「いい名前だねリーゼちゃんっ! わたしの名前つかってくれて、ありがとっ♪」
「わっ! ――うん。こちらこそ、使わせてくれてありがとうね?」
「みゅうっ♪」
 リーゼちゃんに後ろから抱きついて、喜びを示すイリス。そのイリスに『ありがとう』と返す、リーゼちゃんとリース。
「――いいなまえだね、リース♪ よろしく、ね?」
「よろしくな、リース!」
「みゅ! みゅううっ♪」
 アリアとエリルからも祝福と歓迎の声をかけられ、嬉しそうな声を上げるリース。
「――『リース』、ですか。……本当に、狙った様に相応しい名前ですね」
 子どもたちに囲まれるリースを眺めながら、リリーさんが可笑しそうに呟いた。
「……え? 何か特別な意味、あったかしら? 古代語には特に、相応しいと思えるものは無かったと思うけれど……」
「一応は古代語――には違いはないのですが、一般的なものではないです。――大地母神信仰における、儀式的な模様の名前です」
「――え? …………ああっ! 輪状の模様よね!? ――ええ。それなら確かに、これ以上無い程に相応しいわね」
 フィアナは分かったらしいけれど……僕とハールートは、顔を見合わせて首を傾げる。
 ……流石のハールートも、宗教的な用語の知識は網羅していないらしい。
「――ごめんフィアナ、僕は知らない。……どういう意味なんだい?」
 そう訊くと、フィアナとリリーさんは楽しそうに笑い。

「『リース』の模様が表すのは――『永遠なる神の愛』よ」
「それも『大地の神の愛』、ですね。『地聖黒竜』の子には、相応しいと思いませんか?」

『――ほぅ? 『闇・大地・安息』を司る者に、『永遠』を含む意味か』
 確かに、ウィルの名前の時と同様、本当に相応しい名前だと思った。
『光・天・活性』を司る天聖白竜のウィルには、『未来』を意味する名前。
『闇・大地・安息』を司る地聖黒竜のリースは、『永遠』を含む名前。

「みぎゃっ、みぎゃあっ♪」「みゅうっ♪」
 楽しそうにじゃれ合う、ウィルとリース。それを見守る子どもたちと――それをさらに見守る、僕たち。
 ――リーゼちゃんが名前に込めた願いは、きっと叶えられる。
 この光景を見ていると、自然にそう信じられた。
「――ね、リース?」
「――みゅ?」
 不意にリーゼちゃんがリースを抱き上げ――真っ直ぐに見つめて言った。

「――この世界にようこそ、リース。……みんなで一緒に、生きていこうね?」

 祝福と、願いを込めた言葉に。
 生まれたばかりの幼い竜は、今日で一番、嬉しそうな声で応えた――

      ◆      ◆

「――じゃあ、そろそろ映光玉を使うよ?」
 リースの事が落ち着くのを待って、そろそろレミリアに連絡を取る事にした。
「あ、あの……カリアスさん? 私、誰と話すか聞いていないのですが……?」
「……リーゼさん? それを言うなら、私は通信する事自体が初耳なのですが――」
 リーゼちゃんとリリーさんが、不安と不満を宿した声で言ってきた。
「えっと……別に、意地悪とかで黙ってるわけじゃないんですよ。――向こうの登場の仕方を考えると、余計なことを話していない方がいいかな、などと……」
「……は? それは、どういう――」
 頭に疑問符を浮かべたリリーさんが、意見を聞こうとフィアナとイリスを見ると。

「「 あ、あははは…… 」」

 ざ・苦笑い。
 ハールートとアリアも、表情にこそ出さないものの、思い切り目を逸らしている。
 ……仮に『これから、この国のトップ2が登場します』とか言っておいて『出オチ』やられた場合、確実に複雑な心境になるだろう。
 それに比べれば、出オチやられた後に正体を明かした方が、まだマシだと思う。あの人たち、仕事モードの時は本当に一流なんだから。だけど――
「――エリルはこれから会う人、どんな人か予想出来てるんだよね?」
「う、うん。兄ちゃんの師匠が誰かは、聞いてたし――」
「そうだよね……うん。――ごめん、エリル」
「なんで謝るの!?」
 一方で、そんなの気にしない幼竜たちはと言うと。
「みゅ? みゅう?」
「みぎゃあっ」
 設置した映光玉が気になるリースに、以前自分が驚いたから『ちょっと離れて』って言っているらしいウィル。面倒を見ようとしている姿が、ちょっと微笑ましい。
「――とにかく、通信を開始するよ?」
 言って――映光玉を起動させる。
 壁に投影された、光の輪。彼方の地を映すその中に、やがて人影が現れ――

『こんにちは、お兄様、お姉様。イリスちゃんとアリアちゃんに――あら? 今日は「初めまして」の方が、三人もいらっしゃるんですね♪』
『久しぶりだな、カリアス。――ふむ。容姿から察するに……件の予知能力持ちのリーゼちゃんに、お前の弟子のエリル君。それから……自警団団長のリリー殿、か?』

「…………うん、アタリだよ養父(とう)さん。リーゼちゃんとリリーさんは、昨日の事の関係で話があって。エリルは――ちょっと養父さんに会わせておこうかなって」
「……みんな口も堅いし気心知れた相手だし、警戒も取り繕う必要も無いと思うわ。あと――誰に会わせるかも言ってなかったから、自己紹介よろしく」
 プライベート用の気安い口調とはいえ。珍しく初手から、言葉と態度はまとも。
 ……言葉と態度『だけ』はまとも、だったので、とりあえず僕たちも普通に返す。
『なるほど。では……私はフィアナお姉様の双子の妹、レミリアと申します。――よろしくお願いしますね?』
『私はカリアスの養父、マクスウェルだ。――息子共々、よろしく頼む』
 ……言動だけは真っ当に、プライベート方面の自己紹介をする二人。
「……え、えっと――リーゼって言います。よろしくお願いします……?」
「――カリアス様やフィアナ様、イリスちゃんとアリアちゃんとも親しくさせて頂いております、リリーと申しま……え?
『レミリア様』と『マクスウェル様』……?」
 いろいろと動揺が大きめながら、なんとか挨拶をするリーゼちゃんと、いち早く動揺から立ち直ったものの――二人の名前から、その身分に気付いたらしい、リリーさん。
「………………」
 そして、極度の緊張からの脱力により、放心状態のエリル。
『――ところでお兄様、お姉様……?』
 そんな中レミリアが、こちらの様子を伺う様に話しかけてきた。
 それに合わせ、養父さんも口を開き――

『『――ツッコミは、まだ(です)か?』』
 ウサギ耳を生やしたレミリアと、馬の被り物をした養父さんが、催促してきた。

「見え見えのツッコミ待ちは、放置する方向で進める事にしたわ」
『で、ですがお姉様? 初対面の方を相手にコレは、失礼に当たると思いませんか!?』
「……外せば良いじゃない」
『ウケを狙ってやったのに、初対面の人が居たからって外した所で――何事も無かった様に進めるなんて不可能じゃないですか、恥ずかしい!』
「それなら、最初からやらなければ良いじゃない!」
 フィアナとレミリアの口論。――どうでも良いけど……レミリアの反応に合わせて、ウサギ耳がピコピコ動いている。アレも魔道具の一種なのだろうか……?
『お前も何か言えカリアス。俺なんか馬だぞ馬! こんなんが養父で良いのかお前!?』
「――心の底から恥ずかしいよ、養父さん」
『……いや。マジ(さげす)みの眼は本気で心に響くから、出来れば別の反応を頼む……』
 養父さんの馬の被り物も、反応に合わせて顔色が変わっている。……穴が開いている様には見えないのに外が見えてる様子もあるから、コレも魔道具なのだろう。
 ――ネタ用途の魔道具なんて、ドコにあったんだろう……?
「……とにかく養父さん。外したら?」
『ふむ。……コレでいいか?』
 ――馬の口が大きく開かれ、中に真顔の養父さんが見えた。
「うん、繰り返すよ? ――外したら?」
『…………そうか』
 やっと諦めて、被り物を外す養父さん。……なんで残念そうなんだろうか?
「あなたも外しなさい、レミリア」
『……そうですか。可愛くて、少し気に入っているのですが』
「えっと……うん! カワイイと思うよ?」
「――うん、ちょっと……かわいいとおもう、よ?」
『まぁ! イリスちゃんアリアちゃん、ありがとうございます♪ 実はコレとセットになる服があるのですが……そちらは、さすがに恥ずかしかったので――』
 ――こんな真似をするレミリアが恥ずかしがる服なんて、どんな服なんだろ……?
 そんな事を考えていたら、意外にもリリーさんが口を開いた。
「……もしかして、あの黒い水着のような服ですか? 確かにアレは……普通の場所で着るのは、かなり勇気が必要ですね」
『あら、ご存じでしたか。――ええ。アレを着て通常業務を行いながら通信を待つなど、さすがに正気の沙汰ではないと思うんです』
「そうですねぇ……そういうのは反応が楽しく、かつ見目麗しい女性に罰ゲーム等で着ていただくのが、一番楽しいと思うのですが――いかがでしょう?」
『――あらあらあら! とっても趣味が合いそうで、嬉しいです♪』
 そう言って二人は、なぜか目元に陰が射している様に見える顔で笑った後――
『「 ……(チラッ)」』
「 ッ!? なんで今、揃って私を見たの!? って言うか、あなたたち本当に初対面!?」
 ……お腹の中は黒いけど、外面は良い権力者。そんな共通点を持つ二人は、とっても気が合うらしく。初対面にして完全に意気投合していた。
「レミリア――いえ『教皇』、それに『団長』。ついて来れていない子がいるので、そろそろ本題に入りたいのですが?」
 まだ動き出せていないエリルや、動揺したままのリーゼちゃんを見ながら言う。
 ……『教皇』の言葉で、さらにリーゼちゃんが『――はい!?』って顔をしたけど。
『――わかりました。……聖殿騎士カリアス。そちらのリリー殿やリーゼさんを連れてきたという事は、何かしらの進展があっての事と思いますが、何がありましたか?』
『お前の弟子にしたって、無関係ならば今回は連れて来ないだろう。そこのエリル少年も関係者と見るが……』
 表情と共に(まと)う雰囲気すらも一変させた、映像の向こうの二人。
 その事に呆れた顔をするフィアナに、動揺した気配を一切見せないリリーさん。
 イリスとアリアも、特に動じた様子は無く、エリルはむしろ、最初に予想していた空気になった事で動揺が収まった様に見える。
 ……リーゼちゃんは、ちょっと可哀想な動揺っぷりだけど。
 ――あれ? そういえば、さっきからウィルとリースは……あ。
「……すみません、ちょっと待っていて頂けますか?」
『はい? それは構いませんが……どうしました?』
 リースが居たのは――ハールートの角の影。ウィルも一緒に居る。

「――事情を話す前に紹介しようとしていた子が、おそらく先ほどの映光玉の光と馬面に驚いて、隠れてしまったので」

『…………』
 ――レミリアの後ろで真面目な顔をしていた養父さんの頬が、小さく引きつった。
 驚いたリースが『一番近い大きいモノ』に隠れ。安全だと知っているウィルは、それを宥めようとしているらしい。
 さっきからハールートが話していないのも、間近に居る二匹への配慮だろう。
「……リーゼちゃん、頼めるかな?」
「は、はいっ!」
 そう言って、リースを迎えに行くリーゼちゃんを見送りながら、会話を続ける。
『【紹介しようとしていた子】、ですか? 何か問題がある子なんですか?』
「その子自体に問題はありませんが……ある意味、存在自体が問題と言いますか――」
 と、そんな事を話している内に、リーゼちゃんは説得が完了したらしい。
 その戻ってくる姿を――正確には、戻ってくるリーゼちゃんが抱いている存在を見て、レミリアと養父さんの顔が引きつっていく。
「――もう察したみたいだけど……おそらく地聖黒竜の子と思われるリースと、それと共感できる少女、リーゼです」
「よ、よろしくお願いします……」
「みゅ? ……みゅう」
 リーゼちゃんと一緒に『とりあえずご挨拶』といった様子のリース。
『――いつか来るのではないかとは思っていましたが、本当に来ましたか……』
『……重大案件が、予想以上にアッサリと増えていくな……』
 ――『驚く』というよりも、なぜか頭が痛そうな二人だった。

      ◆      ◆

「……おねえちゃん。つぎ、なにしてあそぶ……?」
「うーん――隠れんぼは、ここじゃできないよね……」
「みゅ?」
「――え? 『隠れんぼってなに?』って……あっちこっちに隠れたり、隠れたヒトを探したりする遊びだよっ♪ でもココ、隠れられるトコが少ないから――」
「みー……」 「みゅー……」
『――ウィルもリースも、何故に我の鼻の穴や口を凝視しておる……?』
 そんな和む会話が聞こえ、思わず心の中でハールートに声援を送る。
 レミリアや養父さんに事情を説明する間、ウィルとリースが退屈そうにしていたので、イリスとアリア、ハールートに相手をお願いしていた。

 ――で。こちらの方はと言うと。
『闇を操る能力……それに、地聖黒竜の子との共感、ですか――』
 リーゼちゃんの家で話した事と、出自の手掛かりになりそうなメダリオン。そして先ほどの出来事を話すと――レミリア、養父さん、リリーさんが、真剣な顔で考え込む。
 ……ときどき養父さんの視線が、背後のイリスたちに向かっているけど。
「その、何かご存じでしょうか……?」
『心当たりは――あると言えば、あります。ですが……エリル君、といいましたね?』
「は、はいッ!」
 リーゼちゃんに訊かれたレミリアは、少し考えた末、エリルに声をかけた。
『その魔物を倒した【闇】について、何か気付いた事はありませんか?』
「……本当に一瞬だっ――でしたし、本当に『何となく』感じたくらいの事しか……」
『構いません。是非、お話しいただけませんか?』
 促され――戸惑いながら、エリルが言葉を選びながら話し出す。
「――一瞬だったから、かもしれませんが……消された魔物が抵抗した様子がありませんでした。……そ、それと俺――自分でも何でそう思ったのか分かりませんが――」
 言葉を止め、少し悩んだ様子のエリルは、なぜか僕を見てから、意を決した様子で。
「兄ちゃ――カリアスさんから以前見せてもらった『解呪』や『浄化』……聖術に似ていると、なぜか、そう思いました……」
 恐る恐るといった様子で語られた言葉。それに対するレミリアと養父さんに浮かぶ表情は――『賞賛』、だろうか……?
『……十分以上です。大変参考になりました♪』
『良い眼と感性だ。――カリアス、しっかり育てろよ?』
「言われるまでも無いよ、養父さん」
「――え? へ!?」
 レミリアと養父さん、それとフィアナとリリーさんからも賞賛の視線を受けて、照れと戸惑いが混ざっている様子で慌てているエリル。
「――という事は……やっぱり『闇聖術』で間違い無いのかしら?」
『おそらくは。――リーゼさん?』
「は、はいっ!」
『あなたの能力ですが……おそらく【旧神】に連なる能力と思われます』
「旧神、ですか……?」
 レミリアは『おそらく』と言いながらも、戸惑った様子のリーゼちゃんに、確信を持った顔で告げた。
『はい。――かつては【光】を用いる今の聖術も【闇】を用いる術も、合わせて【神術】と呼ばれておりました。しかし……今では【旧神】と呼ばれる【大地母神】がお隠れになられた事で、闇を司る術は失われ――【光を司る術】を【聖術】、失われた【闇を司る術】を【闇聖術】と、分けて表すようになりました』
 ……僕が聖術を習った際に教わったのは、『旧神の喪失により、今の聖術は旧文明の物とは違う』という程度。ここら辺の詳しい話は、僕も初めて聞いた。
「『失われた』って……では、私は――?」
『何事にも【例外】は存在します。……現在、あなたと同系統と思われる力を持つ方が二人、確認されています。――その一人は……聖殿騎士カリアス。あなたですよ?』
「……はい!?」
 僕が『闇聖術』を? 思い当たる事なんて…………あ。
「……僕の『術破り』の事、ですか?」
『その通りです。あなたが気軽に使うあの技術は――普通の聖術使いはおろか、聖女にも使えません。そして……【旧文明】以降の旧王家の者にも、確認出来ませんでした』
 聖術の『解呪』を相手の術に使い、術の構成を解く『術破り』。気軽に使っていたけれど……思った以上に大事だったのだろうか……?
「僕以外の旧王家の者も使えなかった……という事は、僕は一体……?」
『あなたの他に闇聖術を使えるのは……かの精霊殿の巫女長。その家系に生まれた者に、希に発現するとの事です。――あの家系は、旧神の力を分け与えられたとされる一族。一方で旧王家は……旧文明の崩壊時に直系は途絶えたと、記録にあります』
『その後、分家が立て直したらしい。――お前はおそらく、先祖返りの一種だろう』
 つまり……旧神が居ない今、闇聖術を使うには、自身が旧神の力を一定以上持っていないといけない、という事。それならばリーゼちゃんは――
「リーゼちゃんは旧王家か巫女長の家系――または、それを元に造られし存在……?」
『……ええ。最低でも、どちらかの家系が関わっているはずです。――あのメダリオンの事もありますし』
 リーゼちゃんの出自の手掛かりである、メダリオン。やはり心当たりがあるらしい。
「……やっぱりアレは、旧神関係の紋章なのよね?」
『ええ。【大樹】をモチーフにした紋章は、大地母神に関連するものが大半です。……おそらくその辺は、そちらのリリーさんが詳しいかと思いますが?』
「「 ……え? 」」
 思わず首を傾げる、僕とフィアナ。
 というのも、先の発言はリリーさんが大地母神信仰の『大樹の民』の生まれだから、かとも思ったけれど……それにしては、妙に含みを持たせた口調だったからで――
「……あらあら? 私の素性、ご存じでしたか」
 少し困った様に言うリリーさんに、変わらぬ調子でレミリアと養父さんが返す。
『ええ。あなたが自警団団長に就任した際、調べさせていただきました』
『自国の重要な都市の幹部くらい、素性を調べるのは当然だ。――ついでに【先方】にも確認と許可を取ってあるぞ?』
「……叔母上に話していたのですか。――それで、返答は何と?」
 気まずそうな表情で訊いたリリーさんに、レミリアは……こちらも気まずそうに。

『それが……「ふ、ふんっ、勝手にすればいいのじゃ! あんな生意気なパイオツ、遺跡の中で触手責めにでも遭うがいいのじゃ!」と答えたと、公式文書に……』

「――あ、相変わらずですね、あの方は……」
 リリーさんが、激しく頭が痛そうな顔で、絞り出すように言葉を紡いだ。
「……すみません、事情が全く分からないのですが? ――リリーさんの身内に困った偉い人が居る、という事以外」
『基本的に、それが全てです。……ただ、その【偉い方】が――』
 と、言いづらそうなレミリアの言葉を継いで、リリーさんが話す。

「大樹の民が住まう『深緑の国リーシア』、その中心である精霊殿の巫女長。それが私の叔母上です……」

「……国のトップに、まともな性格の人って居ないのかしら……?」
『どういう意味ですか、お姉様……?』
『――教皇。少々、素が出ております』
 ……内心でフィアナに同意しながら――とりあえず、話を戻そうと試みよう。
「それでリリーさん。あのメダリオンの紋章は?」
「――はい。あれは……『生命の樹』。かつての旧王家の治世において、大地母神を称える儀式場等に刻まれた紋章なのですが……今は使われていないはずなんです」
『――そうですか。では……具体的には、いつまで使われていたのでしょうか?』
「……約三千年前まで、といった所かと」
 確かここ、イグニーズの遺跡が造られたのが……大体三千年前と言われていたはず。
 そして、それ以降は使われていないという事は――
「――という事は、リーゼちゃんが遺跡で生まれたのは、確定かしらね……」

 フィアナの言葉に――リーゼちゃんは大丈夫かなと視線を送ると……エリルがさりげなく手を握って、無言で励ましていた。
 少し驚いた様子ながら、嬉しそうに微笑むリーゼちゃんと、それに気付いて照れ臭そうなエリルを見て……この二人はもう大丈夫だろうと、心から思えた。――二重の意味で。

「――こほん。都合が良いので、この場で少し報告したい事があります。……遺跡に不法侵入していた、あの冒険者たちからの聴取の結果です。よろしいでしょうか?」
 ……二人の世界を作っていた二名と、それを微笑ましく見ていた残りの面々。
 不意に訪れたマッタリとした空気を、リリーさんが戻した。
『……失礼しました。――ええ。是非お願い致します』

「――では。まず彼らが見つけた未発見領域ですが。遺跡の第四層から入る隠し通路があったそうです。そこから彼らが使用していた転移陣までは、約四日ほどかかったと言っていました。あまり入り組んではいないそうですが……単純に長い様ですね」
 その報告にエリルとリーゼちゃん以外――遺跡の知識を持つ者全員が驚きの顔に。
「第四層……ずいぶん浅い階層ね。――ここへの通路は一層だったから、十分ありえる話ではあるけれど……よく見つけたわね?」
「偶然、だそうです。たまたま寄りかかった所に、岩に見せかけた小さなスイッチがあったそうで……」
『その方々は、未踏領域を四日も探索できた、という事ですか?』
「はい。魔物は主に不死系や虫系が出たそうなのですが――未踏領域にも拘わらず、魔物は量も質も大した事はなかった、との話です」
 ……本来、閉鎖された未踏領域の場合、浄化されていない負の想念や『残滓(ざんし)』が溜まり、強力な魔物が発生しやすい。それなのに、魔物が大した事ない……?
『どこかに、既知の場所に抜ける道がある、という事なら無難なんだが……』
 養父さんの言う通り、それなら確かにあり得る話で最も無難な展開。だけど……時間をかけて探索していたはずの冒険者たちが、別ルートは見つけていない現実。
「……転移陣があった事も含め、奥に何かありそうですね」
「はい。彼らが使っていた転移陣があった部屋、その奥に『紋章が刻まれた大きな門』があり、それをどうやっても突破する事ができなかった、との事です」
 僕の言葉に、ある意味で予想通りの報告が返ってきた。
「……何となく予想はつくのだけれど――その門の紋章って、もしかして……?」
「――はい。おそらくフィアナ様の予想通りかと。……この様な紋章だったそうです」
 そう言ったリリーさんが見せた紙に描かれていたのは……少々雑ながら、リーゼちゃんのメダリオンと同じ紋章だと、はっきりと分かるものだった。
『……これは調査が必要ですね。こちらでも文献を漁ってみますが――リリー殿。イグニーズ自警団に、調査依頼を出してよろしいでしょうか?』
「――『命令』ではなく『依頼』ですか。……わかりました。自警団員からの選抜メンバーと、冒険者からも有志を(つの)ります。それでよろしいでしょうか?」
 レミリアの発言に、自警団の長として答えるリリーさん。
「――え? 『自警団』に『依頼』? ……ああ、そういう事ね……」
「? フィアナ姉ちゃん、どういう事?」
 フィアナの呟きを聞いたエリルが訊いた。
「国の正規兵を出しちゃうと、結果をある程度公表しないといけないのよ。旧文明関連の情報となると――ちょっと扱いに気を付けないといけないのよね……」
「あと『命令』だと強制力が強いから、不測の事態に撤退を選びにくいんだよ。何があるか分からない場所でそれは、致命的になりかねないからね」
 それを即座に理解した上で、確認してから対応をほぼ即決したリリーさんは、『団長』としての実力も一級品と言える。
「っていう事は……遠回しに『調査結果は内密に。無理はしないでください』っていう事なんでしょうか……?」
『……立場上、あまり明確に言わない方が良い事もあるんです』
 ハッキリ言っちゃったリーゼちゃんに、レミリアが苦笑しながら答えた。
 国の長として『秘密』は無い方が良いし、国に影響を与えかねない事象では結果が求められる以上『無理しないで』も言いづらいのだろう。
『――とにかく。イグニーズ自警団に、遺跡調査を依頼いたします。……近日中に支援物資として、転送珠を数組送らせていただきますので、活用していただければと』
「それは――はい。ご助力、大変ありがたく。……必ずや、何かしらの成果を」
 転送珠は生産コストこそ低いらしいが、いまだ量産は出来ていない貴重品。それを複数人が遺跡の内外を往復できるように、何組も渡すというのは……通常はありえない待遇。
 それだけ今回の件を重要視している事と、『自警団長』への信頼の証とも言える。
『そして――問題は、リーゼさんの方なのですが……』
「あ……その、私はどうすれば……?」
『――あ、いえ。あなた自身に問題は無いのですが……こほん。すみません、ここからは口調を戻しますね? お兄様たちも、どうか楽になさってください』
「――わかったよ、レミリア。それで、一応確認しておくけど……リーゼちゃんに何か強制力のある処置をする事は、無いんだよね?」
 どうやら余計な緊張感を与えない様に、口調を普段のものに戻したレミリア。それに付き合って確認すると――リーゼちゃんに笑みを向けながら話し出す。
『それはもちろんです♪ というよりむしろ……先日の事を考えると、こちらから報酬を出すべき状況なんですよ?』
「え、えっと……ありがとう、ございます?」
 やっぱり実感は無いらしく、戸惑い気味に応えたリーゼちゃん。
 それはエリルも同様で……僕たちはそれを微笑ましく眺めてから、話を続ける。
「それなら、何が問題なのかしら?」
『――ええ。問題はリーゼさんではなく、リースちゃん……あら? ……あらあら――』
『はい? 何を――……おわぁ、いつの間に――』
 画面の向こうの二人が、僕たちの斜め後方、イリスたちが居るはずの方を見て、呆れ果てた様な顔で言葉を失う。
 ――そういえば、さっきから声が全く聞こえてこないな……?
「一体、何が――」

 振り返った先には――蒼い氷の滑り台、それも縦に一回転していたり上空で交差していたりと、やけに立体的な氷の通路が、縦横無尽に走っていた。

「…………はい?」
 始発点は壁際の高い位置で、そこまでハールートが運び――そこからウィルやリース、イリスやアリアも、はしゃぎながら立体的に滑り降りていく。
 それなのに、声や音はここまで全く届いて来ない。
「……風の精霊術で、音を遮断してあるわね。――ちょっと相殺してみるわ」
「あ、お手伝いします」
 フィアナとリリーさんが風の精霊術を使うと、今まで聞こえなかったのが嘘の様に、少女たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「おーい、イリス~!」
 ウィルと一緒に滑っていたイリスが、終点に着いて着地したところで呼びかけると。
「――あ、おとうさん。おはなし終わったの?」
「みぎゃっ♪」
 ……壮大な氷の滑り台(ツッコミどころ)を背景に、平然と訊いてくる愛娘。
 ウィルもご機嫌の様子で飛んできて、僕の頭に着地する。
「……いや、まだなんだけど、ちょっと今後の話をしようと、思ってたんだけど……」
「こんごの、おはなし……?」
 続いて、リースと一緒に滑っていたアリアが終着点に到着、普通に話に参加。
 リースは、リーゼちゃんの方に飛んで行き、そのまま抱きついて。
「みゅ♪ みゅうっ!」
「えっと……『とってもたのしいの♪ おかあさんもいっしょにいこっ!』――うん。もうちょっとだけお話ししてから、ね?」
「みゅっ♪」
 ――とても微笑ましいんだけれど……とりあえず、ツッコミ所を指摘するか。
「……ハールート? この壮大な遊具は、いったい……?」
『うむ。――種族的にやや不得手な水系統の術だが……能力を活性化させるウィルと、それを引き出すイリスが居れば、かなり自在に使える様でな?』
「それを確認するために、使ってみたのね? ……本当に、それだけかしら?」
 得意げに語ったハールートに、フィアナが追求の言葉を向けると。
 ハールートは、今は誰も滑っていない、己が作り出した滑り台を見据えてから。
『…………少々、調子に乗った感も否めぬやもしれぬ』
 気まずそうに言う、守護竜殿。とはいえ、別に悪い事をしたわけじゃないんだし……一応フォローはしておこう。
「あー……でもほら、子供たちはとても喜んでいますから。ありがとうございました」
「うんっ♪ とっても楽しかったよ!」
「ん。おはなしのあと、またすべりたいな……?」
「あ! それなら俺も後で……!!」
 イリスにアリア、更にはエリルも、僕に続いてハールートに声を掛けた。
『む。うむ、そうか! ならば後で改良し、もう少しスピードを――』
「「 調子に乗らない! 」」
『……むぅ』
 フィアナと一緒に注意すると、不承不承ながらも引いてくれた様子。
 ――遊んでくれるのは大歓迎だけど、刺激的に過ぎるのはどうかと思うし、ね?
『……古竜を叱りつけるとか。あの二人も十分に常識外れだな……』
『と言うか爺バカを暴走させる古竜というのも、すでに常識外れですが……』
「ねぇ、イリスちゃん? あれ、危なくないの?」
「うんっ! ちゃんと落っこちないようにできてるし、もし落ちちゃっても、精霊さんが助けてくれるって言ってるよ?」
「やけにスピード出てた気がするけど、あれは誰がやったんだ?」
「ん。あれは、わたしの術。はやいほうがたのしいよ、おにいちゃん」
 ……そんな子供たちの会話を聞いて、ふと思う。
 こと『常識』の面では――僕たち皆、大分おかしくなっていないだろうか……?
『――こほん。あの、脱線にも程があるくらいに話が逸れているのですが……そろそろお話し、元に戻してよろしいでしょうか?』
 レミリアの声に振り返ると――養父さんとリリーさんが、苦笑しながら待っていた。
「……失礼しました。それで――確か、今後のリーゼちゃん関連の話だったっけ?」
 軽く謝ってから、レミリアに従って話を戻す事に。……軽く動揺して『教皇』『レミリア』どっちの対応だったか戸惑い、混ざったけど。
『まず確認しますが――リースちゃん? あなたは『おかあさん』のリーゼさんと、一緒に暮らしたいですよね?』
「みゅうっ!」
『「もちろん」といった所ですね? ……そうなると、警備をどうしようかと――』
 ……確かに。竜の子供っていう時点で、様々な意味での『価値』は計り知れない。
 しかもそれが『神の使い』とされる地聖黒竜の子となると……奪おうとする者が出ないと考えるのは、あまりに楽観的に過ぎる。
 それはウィルにも言えた事だけれど、ウィルが住むのは教会だし、僕やフィアナ、そしてイリスを慕う精霊たちが居るため、防衛体制は十分だったけど――
「――え? あ、レミリアさん! 大丈夫……みたいだよ?」
『……はい?』
 と。僕たちが思考を巡らせていると、不意にイリスが、戸惑い気味に言い出した。
「えっと……精霊さんたちが『がんばるよっ!』って言ってて――」
 その言葉が、終わるより早く。空中に緑、黄色、赤、青の光の玉が現れ――

『この子たちをいじめる人は、吹き飛ばすもん!』
『誘拐しようとする人は、痛めつけるのー』
『『 それ以上の事をしようとする外道さんは――ふふふふ…… 』』

 いつの間にか、報復機能付きの自動防衛システムが結成されていた。
「……むしろ過剰防衛の危険が出てきたので、自警団の方でも対策を練ってみます。幸いリーゼちゃんの家は食事処。自警団の者が居ても不自然ではありませんから」
『それは……とても助かります。――負担を増やしてしまい、申し訳ございません』
「いいえ、むしろ彼らにとってはご褒美です」
『…………はい?』
「――リリーさん。そっち関係の事、あとでOHANASIしましょう?」
 フィアナが少し怖い感じでリリーさんを『お話し』に誘ったけど……なんだろう?
『……なんだか今回のお話しの結論は「何も心配ありませんでした!」っていう形で落ち着きそうなのですが――私からは以上です。そちらからは、なにかご要望などはございますか? 先の件の報酬の一部として、ある程度なら叶えられると思いますが』
 そうレミリアが言ってくるが、少なくとも僕は――あ、そうだ。一つだけあった。
 要望が一つ浮かんだけれど……それより早く、口を開いた人が居て。
「あ、あの……!」
『はい。どうしましたか、リーゼさん?』
「私の能力の――『闇聖術』を、教えて下さい……っ!」
 ――決意を込めた眼差しで、そう告げたリーゼちゃん。
『念のためにお訊きしますが……なぜでしょうか?
「あなたのお友達が皆、戦う覚悟をしているから」などでしょうか?』
「……それも、無いとは言いません。私の大切なひ……と、友達はみんな戦うって言っていて。――それを直接手伝える力があるかもしれないって知って……嬉しいと思いました。それも本当ですが、一番は別の理由です」
『……それは、何でしょう?』
 リーゼちゃんの意志に応える様に、『教皇』としての、威圧感すら与える眼差しで問うレミリア。それに一瞬たじろいだ様子は見られたが――深呼吸して、相手を見据え直し。
「私は……私がなんで生まれたのか、知りません。――誰が何を想って、私が生まれたのか。私も――誰も知りません」
 ……紡がれたのは悲しい言葉。だけど――それを語る眼差しは、ただ前を見ていて。
「――だけど、みんな『私は私だ』って言ってくれるんです。……何も知らない、わからない私を。それが――『悲しい』って思う余裕も無いくらい、嬉しくて……」
「リーゼ……?」
 きれいに微笑む眼差しを向けられたエリルが、呆けた様な声をだして。
「だから私は……せめて、私の事だけでも知りたいんです。私にはどんな力が眠っていて――『これから』、何が出来るのか」
「みゅうっ!」
 リースが、リーゼちゃんの腕の中から声を上げる。多分――『お手伝いする』かな?
 リーゼちゃんは、そんなリースに笑みを向け。頭を撫でてから――前を向き直し。

「――私が私であるために。……『私は私だ』って言ってくれた人に『本当だったね』って笑える様に。……例え誰であろうと、私を生んでくれた人に、心から『ありがとう』って言える様に。――私は、私を知りたいんです」

『…………っ』
 見据えられたレミリアが……一瞬とはいえ、気圧された様な驚きを顔に浮かべた。
 今、僕たちが目にしたのは――多分、人が成長した瞬間。
 苦悩という名の(さなぎ)から羽化し、羽ばたこうとする者の、意志の輝き。
『――はい。あなたの意志と覚悟、確かに見させていただきました。教本等は存在しないのが残念ですが……闇聖術の文献を、近日中に贈らせていただきます』
「っ、ありがとうございます!」
 レミリアに言われ、今度は年相応の笑顔でお礼を言うリーゼちゃん。
 ――イリスやアリア、エリルに隠れていたけれど……この子も、本当に強いな。
 僕も気を抜いていると、誰に抜かれてもおかしくない。……抜かれても、それはそれで保護者や師として本望だとも思うけど――それでも、そう簡単に抜かれる気は無い。
 いつか抜いて行く子供たちのためにも……僕はまだ、より高い壁でありたい。
『そして――お兄様? ついでにお兄様も、闇聖術を習得してみませんか?』
「……それ、実は僕から頼もうと思っていたんだけれど――養父さん、聖殿騎士の僕がそれを修得して、いいの?」
 これから先の事を考えると……新しい『力』は、欲しい。
 だけど一騎士に過ぎない僕が『旧神の力』を使うのは、大丈夫なのだろうか?
『……まぁ、大丈夫だろ? さすがに公衆の面前で堂々と使われるのはマズイが。――仲間にも言わない切り札の一枚や二枚、誰でも持っているだろ?』
「……それはそうだけど。モノがモノだから、少し気になったんだよ」
『んな悠長な事言ってて死んだら、何も守れんだろうが。戦う俺たちの後ろには、常に人の命がある。――「生き残るためには手段を選ぶな」と、そう教えたはずだが?』
 ……確かに。命に関わる事なのだから、形振り構ってなどいられない。

『――それにな? お前が色々オカシイの、騎士団の中では周知の事実だぞ?』

「…………はい?」
 なんだか今、あまり知りたくなかった情報を聞いた気が……?
「――えっとフィアナ、知ってた……?」
「……だって。普通は有り得ない技を使ってたり、団長の養子だったり、教皇と親しいのもバレバレだったし……なのに当人は気付いていないし? ――そんな状況なら、いろんな意味で『あいつオカシイ』って思われるの、当然だと思わない?」
 ……言われてみると、思い当たる節が多々ある。
 映像の向こうの二人は『うんうん』と頷いていて……。
『それで、お兄様? 闇聖術、修得してみますか?』
「……うん。何としても、修得させていただくよ……」
 新たな力を得る事が出来るのは、とても嬉しいけれど……余計な情報のせいで、僕のテンションは下がったままだった。
『では自警団に贈る転送珠と一緒に、準備が出来次第に発送いたしますね。――では、今回の通信はこれくらいで♪』
『あ! ちょ――』
 そう言って、まとめに入るレミリアを、今回もまだイリスと話してもいない養父さんが、慌てて止めようと試みる。
 ……だけど、まず止められないだろう――そう思っていたけれど。
「――あ! ま、まってくださいっ!」
『あらイリスちゃん、どうしました?』
 イリスは、止めはしたけれど、訊かれて少し躊躇った様子を見せてから。

「え、えっと――お、『おじいちゃん』……っ!」

『ッ!? ――そ、それは俺の事かな……?』
 イリスに言われた養父さんは、激しい精神的衝撃を受けた様子で、戦慄した様に目を見開き、微かに震えてすらいる様子。
「は、はいっ! えっと……今まで、ごあいさつできなかったからっ。――イリスです。よろしくお願いしますっ……!」
『…………う、うむ。カリアスの養父にして、君の……お、おじいちゃんのマクスウェルだ。――君の様な義孫ができて嬉しく思う。こちらこそ、よろしく』
「はいっ! あ、あと……わたしは歌がとくいなので、こんど会えたらがんばって歌うので、きいてくださいっ♪」
『はぅっ!? ……う、うむ、楽しみにしていよう。――時に、カリアスよ?』
 少しはにかみながらの笑みで言ったイリスに、少し頬を紅くしながら応えた養父さんが――不意に、こちらに話しかけてきた。
「……なんだい、養父さん?」

『――カリアス。……本当に、よくやったな……!』

「……なんだか聖殿騎士になれた時やハールート戦を生き延びた時より、遥かに感情が篭った褒め言葉だよね……?」
『――うむ。その気持ちは良くわかるぞ、マクスウェルよ……!』
 ……後ろでは、ハールートが思いっきり同意しているし。

 その後――子供たちが養父さんと改めて挨拶を交わし、この日の通信は終わった。
 平静を装っていたけれど……終始ご機嫌だったのが、僕には一目瞭然だった。



   ◆◆◆次回更新は2月3日(金)予定です◆◆◆

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