第一編 二章 遺跡都市と教会

作者:緋月 薙

二章  遺跡都市と教会



  (SIDE イリス)

 ゴトゴトと音をたて、あおい空のした、やま道をきょうも馬車はすすんでいきます。

 わたしが目を覚ましてから、二週間がすぎました。
 この二週間のあいだに、わたしのからだも動くようになり、おとうさんやフィアナさんからいろいろな事をおしえてもらいました。
 わたしが造られたヒトであるということ。――そのことは、ヒミツにしなければいけないということ。それと、ほかにも気を付けなければいけないことも、いくつか。
 それから、旅をしながらいろいろなものの名前もおしえてもらいました。鳥さんの名前、お花の名前、木の名前……あと、この『世界』のことも、たくさん!
 いつもいろんなしつもんをするわたしに、おとうさんもフィアナさんも、笑顔でこたえてくれます。とくにフィアナさんは何でも知ってて、いつも笑顔でたくさんのことをおしえてくれます。いまはお料理の勉強もしています。
 今日はもうすぐ、これから住む町がみえてくるって言っていたけど……。
「見えてきたよー!」
「ほんと!?」
 わたしはいそいで、おとうさんのところに駆けよります。
「わっ、とと。あぶないよイリス? ――ほら、あそこ」
 笑顔でわたしを受けとめてくれたおとうさんが指さす先には――
「わぁ……!!」
 ここから先は下り坂になっていて、遠くまでよくみえます。そしてその町は、みどりの草原のなか、みどりの丘によりそうようにしてありました。近くには湖もあります。
 おとうさん達がきたっていう『聖都』からすごく遠いってきいてたから、もっと小さな町かと思っていたけど……思っていたよりずっと大きな町みたいです。
「遺跡都市イグニーズ……冒険者憧れの街に、こんな形で来る事になるとはねー」
「おとうさんもフィアナさんも、来るのは初めてなの?」
「あはは……僕は仕事の関係で、あんまり聖都から離れるわけにはいかなかったし」
「とまぁ、いつも組んでる人がコレだから、私も、ね?」
 そう言って苦笑いするおとうさんと、そんなおとうさんを笑いながら『コツン』ってするフィアナさん。
「そっかぁ~」
 わたしはそう言いながらも、あおい空の下の湖と、みどりの草原と、そこにコブのようにもりあがっている丘、そしてそれによりそう町を、ずっとみていました。
「――で、フォルカスさんがあの街にいるんだっけ?」
「うん。――ははっ。フォルカスさんが助祭で僕が司祭っていうのも、なんだか妙な感じだけどね」
 懐かしそうに笑うおとうさん。……『フォルカスさん』?
「おとうさん、『フォルカスさん』ってだぁれ?」
 初めてきいたお名前です。そういえば、知り合いがいるって言ってたけど……?
「僕達が小さい頃お世話になった人だよ。優しくて、良い人だよ」
「ええ……? 私は怒られた記憶の方が多いんだけど……」
「あははっ! フィアナはあれだけ悪戯ばかりしてたら、当然じゃないか」
「フィアナさん、おてんばさんだったの?」
 顔をあかくするフィアナさん。いつもはすごく『キレイ』なお姉さんなのに、こういう時は、すっごく『カワイイ』って思えます。
 『思い出』があるフィアナさんをうらやましくも思うけど……、わたしはこれから、おとうさんとフィアナさんと三人で、ステキな思い出をつくっていきたいです!
(イグニーズかぁ……。どんな事があるのかな……)
 これからの生活が、とても楽しみです!



 (SIDE カリアス)

 眼下に見える、これから訪れる都市を、瞳を輝かせて見つめるイリス。
 その後ろにはフィアナが来て、馬車から身を乗り出すイリスが落ちない様に、さりげなく支えてくれている。

 青い空を映す湖と、草原の中央に盛りあがる小高い緑の丘。それに寄り添うように建つ街並み。盆地にあるその街と周辺の山々。その景色がここからは一望でき、晴れ渡る空と合わせて、実に良い景色で。すっかり好奇心旺盛になったイリスならずとも、目を奪われる美しい光景が広がっていた。

 イリスが目覚めてから二週間。最初こそ接し方で悩んだりもしたけれど、今ではちゃんと家族の様に話が出来るようになった。それも、フィアナがフォローを入れたりしてくれるお陰だったりするけれど。
(それにしても……)
 イリスには、本当に驚かされる。最初はただ珍しがっているだけかと思っていたが、それだけでない事がすぐにわかった。知識や技能の理解力、習熟速度が並ではないのだ。
 最初に目を覚ましたときは、言葉を搾り出すだけでやっとだったイリス。しかし二度目に目覚めたときには、既にある程度喋れるようになっていた。
 その翌日には、僕やフィアナが支えれば歩けるくらいまでになり、その翌日には、もう自力で歩けるようになっていた。
 知識に関してもそうだった。イリスは、自分が見た事が無いものは何でも訊いてきた。知らない事を見つければ、すぐに教えてと言ってきた。その度に僕達は教えていたのだけれど……彼女は、一度教えられた事を決して忘れなかった。
 鳥の名前、草花の名前にはじまり、この地域の名前、この国の名前、この国の別の地方の名前などなど。特にそれは、字の読み書きの習熟に(あらわ)れた。
 彼女は外見こそ十歳前後に見えるが、実際はこの世に生を受けてから、まだ二週間。それなのに彼女の知識量は、外見年齢の子供と比較しても、明らかに上だろう。
 今はフィアナから料理を習うのが楽しいらしいが……さて、フィアナが抜かれるのはいつだろうか。イリスの料理に目を丸くする彼女が容易に想像でき、つい口元が緩む。
 とにかくイリスは、砂が水を吸う様に、貪欲に知識や技能を修得していった。僕はこれが古代魔術の粋、禁断の(わざ)で造られたホムンクルスのせいかとも思ったが……。
 しかし遺跡から持ち出した文献には、良くも悪くも『普通の人間と同等になる』と書かれていた。つまり……これはイリスの個性、という事らしかった。
(まったく……当初とは全然違う意味で末恐ろしい)
「――あ! ねぇねぇフィアナさん、あのお花の名前は!?」
 無邪気に、初めて見る花の名前を訊ねるイリスを見て、本当に末恐ろしく――とても楽しみに思う。……こんな事を思っている時点で、既に軽い『親バカ』なのだろう。
 既に諦めの境地ではあるが……それすらも、悪い気がしない僕だった。


     ◆     ◆


「うわぁ、人がいっぱい……! あ、おとうさんフィアナさん! お店がたくさん!!」
「あははっ。イリス、後でいくらでも回れるから、先に荷物おいてからね?」
「はあい」

 イグニーズの街の中央通り。
 さすがに聖都には及ばないまでも、大通りの左右には武器屋から食料品店、大小様々な店が並び、人の方も筋骨隆々な冒険者からお年寄りまで、様々な人で賑わっている。

「んー……私は少し、ゆっくりしたいんだけどな。お風呂にも入りたいし」
 すぐにでも馬車から飛び降りて行きたそうなイリス。一方で、苦笑いと共に言うフィアナの言葉も――まぁ、もっともな内容で。
 精霊術で水に不自由はしないし、聖術の『浄化』もあるため、衛生面に問題は無い。
 だけどやっぱり風呂か、最低でも水浴びくらいはしないと、どうも精神的にすっきりしない。長旅をする者でも、そういう意見を言う人は少なくない。
「お風呂、わたしも入りたい! おとうさん一緒に入ろ!」
「うん、わかっ――」
 ……『わかった』と答えかけて、一時停止。――問題、無いだろうか?
 (やま)しい気持ちは無い。……でも、イリスの容姿と外見年齢、僕の立場と年齢。
 それらを端から客観的に見た場合。そして何より――この冷たい視線。
「――フィアナ、イリスをお願い。……僕だと、ちょっとグレーゾーンだと思う」
「うん、いい判断だと思うわよ? ……少し安心したわ」
 フィアナの、氷の矢の様な視線が和らいだ。――この選択肢で正しかったらしい。
 ……だが。この会話の意味が分かっていない、無垢なる少女の攻勢は続き。
「 ? あ、じゃあフィアナさんも一緒に、三人で入ろ?」
「「 ――へ!? 」」

 ――と。そんな僕たちを乗せた馬車が向かっているのは、教会。
 これから僕たちが、当分の間滞在する事になる場所。

 遺跡内での事を報告もせず、なんで僕たちがこの都市に来て――しかも滞在する事になっているのかと言うと。単に、この都市に赴任する事までが任務だからで。

『聖殿騎士カリアスと、精霊術士フィアナ。二名で先日発見された遺跡を探索後、そのまま遺跡都市イグニーズに向かう事』

 その後、僕たちは自警団と共に都市の守護役を担い、更に僕は司祭としても赴任することになっている。

「――それで。教会側への報告、どうするの?」
 先の混浴要請を、なんとか誤魔化した僕たち。
 イリスが街の光景に目を奪われている間に、フィアナが小声で訊いてきた。
「……うん、考えたんだけどね。――全部、言おうと思うんだ」
「――大丈夫なの?」
 遺跡の中での出来事――より具体的には、イリスの素性を報告するか否か。
 任務で行った以上、当然ながら報告は義務。

 ……だけどイリスは、教義でも倫理的にも禁忌の存在。迂闊な応対をしてしまえば……最悪、『処理』を命じられる可能性もある。
 だからイリスの事を第一に考えるなら、誤魔化す方が良いのかもしれないが――

「……大丈夫かはわからない。でも――この任務、最初からおかしかったよね?」
「――え? ……ええ。よく考えるまでもなく、おかしいわよね」
 まず、未踏・未調査の遺跡を二人だけで調査なんて、普通はありえない。
 それと、いくら重要な都市とはいえ。辺境に位置する都市に、聖殿騎士を赴任させる事も、滅多にある事ではない。
 更に、僕とフィアナが赴任する事は、『辞令』ではなく『期限未確定の長期任務』という扱いになっている。
 そんな異例尽くしの任務の最中に、イリスを発見。……果たして偶然だろうか?
「……どう考えても、何か『託宣』があったとしか思えないんだけど、どう思う?」
「それは私も思っていたけど――ああ、そういう事。……どこまで神託なのかしらね」

 このトリティス教国の君主たる女教皇。彼女が持つ特異な能力が、『神託』。

 その名の通り、神からの託宣を聞く能力だが、本人が言うには『そんな便利なモノではない。精々、よく当たる占い』との事。
 しかしそれでも『神託』によると思われる未来予知は、高い的中率を誇る。
「もし託宣に遺跡の事が含まれていて、その上で僕たちを指名したのだとしたら……。イリスを助ける事まで予想している可能性が高いと思う」
「――そうね。少なくとも『処理』は期待されていないでしょうね。……『あの子』、そんな指令を笑顔で言う子じゃないし、ね?」
「うん。だから上手くいけば、教会ぐるみでイリスを守れると思うんだ」
「そうね。もしマズイ事を言い出されたら、任命責任の追求から連帯責任に持ち込みましょ。……だから、どのみち私は共犯者なんだから――万が一の時は自分が一人で責任を取る、なんて考える必要はないんだからね?」
「…………あはは。――うん、ありがとう。肝に銘じておくよ」
「まったくもう……」
 的確に釘を刺してきたフィアナ。
 ――こういう時、この相棒には本当に勝てないと思う。
 気恥ずかしそうに顔を逸らしたフィアナを見ながら、そんな事を思った。
「……? 何のお話?」
 いつの間にかこちらを見ていたイリスが、首を傾げて訊いてきた。
「――なんでもないよ、イリス」
 言いながら頭を撫でると――一度キョトンとした顔をしてから、笑顔を向けてくる。
 ……自然と頬が緩んでいる事を自覚する僕に、フィアナは苦笑を向けていた。

 と、そうこうしている内に目的地が近づいてきた。
 都市を囲む外壁と、その外に出るための検問所。僕たちが入って来た所とは、ちょうど都市の反対側に位置する。そこは遺跡に向かう道へと続く出口であり、そのため時間によっては、多くの冒険者などで賑わうであろう場所。

 そして、その検問所の少し手前。塀に囲まれた純白の建物が、目指していた教会――なのだが。
「――あれ? ねぇねぇ、おとうさん。なにかヘンな人がいるみたいだよ?」
「え?」
 まだ敷地内に入っておらず、塀で中も見えない。それなのに、まるで塀の向こう側が見えているかの様に言うイリス。
 言われて耳を澄ますと――確かに何か男の声が聞こえるが、内容は聞き取れない。
「……何か騒いでるのは分かるけど――イリス、聞き取れるの?」
「うん。えっと……『広めてやろうか』とか、『めいわくりょう』? とか――」
「…………ごめんフィアナ、先に行く。馬車をお願い」
「――了解。行ってらっしゃい」
 フィアナの返事を聞き終わるより早く、馬車から飛び降りて教会へ向かった。

 遺跡の探索には、回復・補助を担う聖術と、それを使う聖職者は不可欠。
 そのため教会には、トリティス教信者以外の冒険者も訪れ、その入り口には冒険者や、それに同行する聖職者向けの消耗品などを販売する売店が存在する。
 問題が起きているのは、その売店だった。

「――ですから、私たちでは判断が……今、助祭様を呼んで来ますので――」
「ンな必要ネェって言ってんだろうが! ……だからなネェチャン達よ? 俺らは心からの謝罪と、迷惑料さえ貰えれば帰るっつってんだろう? ――なンならアンタが一晩付き合ってくれるってんでも良いんだぜ?」
「こ、困ります! ですから私たちでは――」
「おやおや……それなら今回の事は街の皆様の耳にも入れて、客観的な判断を仰ぐしかないようですねぇ……」

『いかにも』な雰囲気の大柄な男と、一見すると聖職者風の服装の男が、売店の若い女性店員に詰め寄っていた。……どうやら恐喝紛いの因縁を付けていた。
 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらも、売店の出口にも目を光らせているため、店員の方々は助けを呼びに行く事もできないらしい。
 ――初日から、か。……イリスの教育に良くなさそうだし、とっとと片づけるか。
「――どうしました?」
「 ッ!? ――なんだニィチャン、今は取り込み中だ。引っ込んでろ!」
 背後から声をかけると、一瞬『ギクリ』と反応した二人。だけど、どうやら自警団の者ではないと判断したらしく、すぐに強気に威嚇してきた。
 今の僕は旅装で、パッと見で素性が分かる服装ではない。――多分、駆け出しの冒険者あたりだと思ったのかな?
「いえ、お困りの様子ですから。検問所の方か、教会の方を呼んで来ましょうか?」
「――チッ、引っ込んでろって言ってんだろうが!」
 事の発覚を恐れての焦りからか、元々の気質か。挑発するまでもなく激昂した大男が、僕に向かって拳を振り上げ――

 ――遅い。
 右手で、振るわれた拳を逸らし、受け流す。
「な――」
 体勢を崩し、勢いのままに体が流れる男の、伸ばしたままの腕を取り――
「 !? ぐがっ――」
 腕を引くと同時に足を掛け――宙に浮いた男の身体を、地面に頭から叩きつけた。
 地面に倒れ、ピクピクと痙攣しだす大男。……多分大丈夫だろうけど、後で治癒術かけておいた方がいいかもしれない。

「――な、な、な……! い、いきなり何をするのだ!?」
 展開について来れてなかった聖職者風の男が、慌てて抗議の声を上げてくる。
「いえ、いきなり襲い掛かられたもので、仕方なく。――すみません、店員の方。後で正当防衛の証言、お願いできますか?」
「え? ――は、はい! 喜んで!!」
 怖い思いをした女性に少しでも安心してもらおうと、笑顔で話しかけると――元気に返事をしてくれた。――頬が少し紅いのは、恐怖から解放された反動だろう。
「――それで、どの様な話だったのですか?」
「くッ! こ、ここで購入した『月光石』が効果を示さず、危機に陥ったのだ! 文句を言いに来て当然の事であろうが!!」

『月光石』とは、聖術の行使を補助する道具。
 全ての聖術は陽光、月光、星光のいずれかを必要とする。
 しかし遺跡や洞窟の中などは光が射し込まないし、夜間に陽光の術が必要な場合や、昼間に月光・星光の術を求める状況も、当然発生し。
 そんな時にこの『月光石』や『陽光石』を用いる事で、自然光の代用とするわけで。

 ……つまり、特に遺跡を探索する聖職者にとっては生命線となるアイテム。それが不良品だったのなら、確かに重大な問題ではあるのだが。
「ところで、その月光石はお持ちですか?」
「――うむ。こ、これだ」
 聖職者風の男が渡してきたのは、紺色の珠。――どうやら本物っぽい。
「これを使ったけれど、術が発動しなかった、という事でしょうか?」
「――う、うむ! しかし確かめようにも、この場に聖術を行使できる者は私しかおらぬ。確認も出来ぬのだから、今日の所は引き下がってや――」
 ……旗色が悪いのを察した男は、どうやら誤魔化そうとしている様だけれど。

「では、『月光よ・闇を(はら)え――(しゅく)(せい)』。――使えましたけど?」

「なッ――!?」
 月聖術『祝聖』。月の力を用いて、精神への悪影響や魔物の憑依を予防・除去するための術。普段は無詠唱で使えるが、分かりやすく詠唱してみせると、愕然といった顔に。
「――使えなかったという話だったのですが……おかしいですね?」
「い、いや違う! その程度の術は使えたのだが、上級術には反応しな――」

「そうですか?『月の女神よ・光の加護を・闇を遮る・聖なる盾――(げっ)(せい)(じゅん)』――使えましたよ? この上は特殊な複合術か、聖女しか使えない最上位階の術になりますが?」

「なぁ――ッ!? ――な、何者だお前は!?」
 ここまでやって、最初から勝ち目が無かった事に気付いたらしい。
 顔を蒼くして僕に問う男に、僕は輝剣を見せながら告げる。

「明日からこの教会で司祭を務める事になる、聖殿騎士のカリアスと申します。なお、同時に治安維持の一翼を担う事にもなっておりますので、どうぞよろしく」

「な、な、な、な、な――っ!?」
「――それで? この月光石に異常は無い様で、当教会に過失は無いと思うのですが、他に何か御用はおありですか?」
 自分でも若干『わざとらしいかな?』と思える笑顔で話し掛けると、男の蒼い顔が、今度は怒りの赤になって――
「――く、お、覚えてやがれ……!」
 捨て台詞と共に逃げ去っていく。……倒れている大男は見捨てて。
 半ば呆れながら見送っていると、店員の女性の一人が、恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あの……逃がしてよろしかったのですか?」
「ええ。暴行未遂のこの男はともかく、あの男は『勘違いしていた』ととぼけられたら、罪に問うのは難しいですし。精々『身分詐称の罪』くらいじゃないですか?」
「――はい? 身分詐称……ですか?」
「ええ。――あの男、少なくとも聖術使いじゃありませんし」

 精霊術において必要とされるのは、望む現象を起こすための『強い意思』。
 しかし聖術において必要とされるのは、強さよりも『揺るがない意志』。
 雑念が入ればその分だけ効力が落ち、程度によっては発動すらしない。つまり『罪悪感』や『後ろめたさ』『欲望』などが混ざるならば、使い手として失格。

 これが聖術が『聖』術と呼ばれる所以で。……どう見ても欲望丸出しで、しかも最初に声をかけたときに『ギクリ』といった反応をした時点で、多分偽物だと思っていた。
 ――それと……実は、今は逃がしておいた方が都合が良いんだよな。
『聖殿騎士』の肩書は、それなりに影響力が高い。『面倒なヤツが来た』と、あの小悪党が広めてくれれば、犯罪の抑止につながるかもしれない。
「――そんな事より。……怖い思いをさせてしまいましたね。大丈夫でしたか?」
「……あ、は、はい! ありがとうございました!!」
 元気にそう答えてくれた女性店員。……だけど、やはり怖い思いをしていたらしく、目の前の女性も、後ろのもう一人の女性店員さんも、瞳が潤んでいた。

「――お疲れ様、カリアス。あと、自警団の方に連絡入れておいたわよ?」
「えっと……おとうさん、おつかれさま!」
 声をかけるタイミングを待っていたのだろうか、フィアナとイリスがそう言いながら歩いて来た。
「――そうだ。イリス、ご挨拶するからちょっと来て。――フィアナ、自警団への連絡ありがとう。君も挨拶――あれ、何か怒ってる……?」
 女性店員さんたちに紹介しようと、二人を呼ぼうとしたのだが――イリスは元気に小走りでやってきたが、フィアナは、なぜか不機嫌に見えた。
「――別に、なんでもないわよ? それで、挨拶よね?」
「え? うん。――では改めまして。これからこの教会でお世話になる、聖殿騎士のカリアスと申します。それと、相棒である上級精霊術師のフィアナと――養女のイリスです。これから、よろしくお願いします」
「えっと……イリスです! おねえさん、よろしくおねがいします!」
「――カリアスの幼馴染のフィアナです。よろしく」
 僕に続いて、元気に挨拶するイリスと――なぜか少し棒読み気味に、しかもやや『幼馴染』を強調気味に言うフィアナ。
 これに対して、二名の女性店員さんは。
「商業ギルドからの派遣で勤務しております、フラウと申します!」
「――同じくマリカです!」

「「 こちらこそ、これから末永くよろしくお願いいたします!! 」」

 ……『末永く』? ――とにかく、元気で感じの良い人たちみたいで良かった。
 挨拶を済ませた僕たちは、自警団の方がやってきて大男を回収して行くのを見守ってから、馬車を店員のフラウさんとマリカさんに任せ、教会の中へと入る事にした。



 (SIDE イリス)

 わたしが『ヘンな人がいる』って言ったら、おとうさんは馬車からとびおりて走っていってしまいました。
「おとうさん、だいじょうぶかな……?」
「――カリアスなら心配無用よ、イリスちゃん。アイツああ見えて、聖都でも上から数えた方が早いんだから」
 おとうさんの代わりに馬をあやつるフィアナさんが、困った様な笑顔で言います。
「でもおとうさん、この前『僕くらいの腕の人は、何人もいるよ』って言ってたよ?」
 旅のとちゅう、襲いかかってきた大きな魔物を、一発でたおしたおとうさん。
 わたしが『すごい!』って言ったら、ちょっと困ったかおで言ってました。
「……否定はしないわよ? でも正確には『聖都中でも何人かしか(・・)居ない』なの」
「えっと……じゃあおとうさんが言ったこと、『謙遜』、っていうの、なの?」
「ううん、本心。……アイツ、いつも周りに居る『化け物』共が比較対象なせいで、自己評価が異様に低いのよ。――あの鈍感も、確実にそのせいだし」
「 ? 」
 さいごに何か言ったみたいですが、聞きとれませんでした。
「――コホン。そんな事より、イリスちゃん。さっき『ヘンな人』の騒ぎを聞いてたみたいだけど――いつも、そんなに聞こえるの?」
「ううん。いつもは聞こえないし、今も聞こえないよ? でも――さっきは聞こえたの。……なんでだろ?」
「う、うーん、ちょっと私も分からない、かな」
 わたしは多分、そんなに『耳がいい』というわけではありません。
 でも、ときどきよく聞こえるようになって――そんなときはキケンな魔物がいたり、逆に、かわいい動物がいたりするので、とっても助かっています。

 ――あ。でも聞こえるっていうより、『教えて(・・・)もらえる(・・・・)』のほうがいいのかな?

 わたしもあんまりわからないので、うまく説明できません。
「――さて。ごめんイリスちゃん、ちょっと急ぐわね」
「え? おとうさん、心配ないんじゃないの?」
「……うん、モメ事の方の心配は無いの。でも後片付けのために自警団に連絡入れないといけないし。――何より心配なのは、外売店の店員が多分女性ってトコなのよね……」
「 ?? 」
 また、後ろのほうが聞きとれませんでした。何て言ったんだろ……?
 自警団の人たちとお話ししてから教会にもどると、おとうさんが、女の人2人とお話ししていました。
 誰もケガとかはしていないようなので、ほんとうに心配なかったみたいです。
 ――ですが……。

「……心配的中。あの天然タラシは……!」

 ……なんだかフィアナさんから、とっても怖い感じがします。
「あ、あの……フィアナ、さん……? なにかあるの……?」
「……ふふふ。大丈夫よ、イリスちゃん? でも……ちょっと意見聞きたいの。――あの女の人たち、どういう感情を持ってる様に見える……?」
「――え、えっと……? あの人たちがどう思ってるんだろう、ってことだよね……?」
 ……ちょっと意味がわかりませんが――なんだか怖いので、言われたとおりにします。
 おとうさんとお話ししてる女の人は、頬があかくて、すこし目がうるうる……?
「うん、と……泣きそうにもみえるけど……なんだか嬉しそう? 見とれてる……?」
「……うん、そうよね。――イリスちゃんでもそれくらい分かるのに、アイツはきっと『よっぽど怖い思いをしたんだな』とか的外れな事を考えてるのよね、きっと……!」
「…………(ぷるぷるぷる)」
 ……フィアナさんからの怖い感じがつよくなったので、こっそり一歩はなれました。

『……あ、は、はい! ありがとうございました!!』

 おとうさんにお礼を言うお姉さんたちの顔は、とっても輝いてみえました。
「…………イリスちゃん、行くよー」
「は、はいッ……!」
 わたしにこえをかけてから、おとうさんの方へ歩いていくフィアナさん。
 その歩きかたはいつもと同じなのに――なぜか『のっしのっし』って感じました。

「――お疲れ様、カリアス。あと、自警団の方に連絡入れておいたわよ?」
「えっと……おとうさん、おつかれさま!」
 フィアナさんにつづいて『おつかれさま』を言うと、おとうさんはほほえんでくれましたが……なぜか後ろのお姉さんたちは、ショックをうけたような顔……?
「――そうだ。イリス、ご挨拶するからちょっと来て。――フィアナ、自警団への連絡ありがとう。君も挨拶――あれ、何か怒ってる……?」
「――別に、なんでもないわよ? それで、挨拶よね?」
「え? うん。――では改めまして。これからこの教会でお世話になる、聖殿騎士のカリアスと申します。それと、相棒である上級精霊術師のフィアナと――養女のイリスです。これから、よろしくお願いします」
 ……『え? 怒ってたよね……?』『なんでもなくない、よね……?』とか、言いたいことはありましたが……ま、まずは、気をとりなおしてご挨拶です!
 ――べつに、訊くのがこわいからでは、ないですよ……?
「えっと……イリスです! おねえさん、よろしくおねがいします!」
「――カリアスの幼馴染のフィアナです。よろしく」
 わたしがご挨拶すると、なぜか『ほっ』とした顔をしてから、にっこり笑ってくれるお姉さんたち。――うん、いい人たちみたいで、良かったです!
 ……挨拶をしたフィアナさんの方から、とっても怖い感じがするのは、気のせい。きっと気のせいで――
「商業ギルドからの派遣で勤務しております、フラウと申します!」
「――同じくマリカです!」
「「 こちらこそ、これから末永くよろしくお願いいたします!! 」」

 ……空気が『ぴきっ』って音をたてたのも、きっと気のせいです。

 そのあと、自警団の人たちが倒れている男の人をつれていくのを見おくってから、教会に入ることになりました。
 おとうさんは先に入ったのですが、わたしは、ちょっとお姉さんたちに。
「――えっと……このコたちを、お願いします」
 お姉さんたち、フラウさんとマリカさんに馬車をお願いするので、馬さんたちをちょっと撫でてから、お姉さんたちにお願いしました。
 いっしょに旅をしたこのコたちは、わたしのお友達です。
「――はい、しっかり預かるね?」
「この子たちは向こうの厩舎に住む事になるから、遊びに行ってあげてね!」
「はいっ! ありがとうございます。――じゃあ、またね?」
 お姉さんたちにお礼を言ってから、馬さんたちに手をふると、『ブルルル』と鳴いて、『またね』と返してくれました。
「おまたせフィアナさんっ。行こう?」
「――ええ、そうね」
 そう言ったフィアナさんは、さっきみたいにピリピリはしてないけど、なんだか疲れているようにみえます。
『 ? 』と思いながらも、教会に入って、とびらを閉めると――そとから声が。

『っしゃああああッ! この教会に来て良かったああああッ!!』
『ね! ね! あの歳で聖殿騎士! 顔も中身も腕っぷしも将来性も良さげとか!!』
『最初は既に妻子持ちかと思ったけど、養女なら問題無し、っていうかあんな可愛い子なら大歓迎! これは狙うしかないでしょ玉の輿……!!』

「……相変わらずモテモテなことで」
「『モテモテ』……?」
 すっごく疲れています、みたいな感じのフィアナさん。
「――とっても人気者って事よ。……周りの人が迷惑するくらいに」
 後ろのほうはきこえませんでした。でも――
「おとうさんが人気者で、わたしは嬉しいよ?」
「人気者過ぎると、色々大変なのよ。……さ、行こ、イリスちゃ――」
 と、歩きだそうとしたときに、また外からのこえが聞こえてきました。

『――でも、初っ端からライバル付きよね。しかも、とびっきりの』
『……幼馴染ってのが手強いけど――でも、立ち位置は私たちとあんまり変わらないっぽくない?』
『――それは確かに。カリアスさん、超が付く程に鈍そうだったし。……苦労してそうよね。出来ればフィアナさんとも仲良くなりたいけど――』

「――お姉さんたち、良い人そうでよかったね♪」
「…………そうね」
 なんだか少しフクザツそうな顔で、フィアナさんは言いました。

 建物の奥で、おとうさんがおヒゲを生やしたおじさんとお話ししていました。
『おとうさんは人気者』。さっきのやりとりを思い出して、人気者がおとうさんなんだ、って嬉しくなったわたしは――
「おと~さん♪」
 駆けていき、おとうさんにだきつきました。
「っとと! こら、イリス……言い忘れてたけど、この建物の中では静かに、ね?」
「は~い」
「『お父さん』……?」
 びっくりしたかおで、わたしとおとうさんを何度もみる、おヒゲのおじさん。
「……この子の事は、後で話します。それより今は――イリス? この人がフォルカスさん。これからお世話になる人だから、ちゃんとご挨拶」
 そう言われたわたしは、フォルカスさんの方を向いて、挨拶をします。
「はじめましてフォルカスさん。イリスっていいます。よろしくお願いします!」
「……いやー、驚いた。その歳で、お行儀の良いしっかりしたお嬢さんだね。どこかの誰かさんとは大違いだ。……そうですよねぇ、フィアナ『お嬢さん』?」
 わたしを見て、すこし驚いたような顔をしてから――からかうように、わたしの後ろに声をかけるフォルカスさん。
「『お嬢さん』はやめていただけませんか? ……お久しぶりです、フォルカスさん」
「あれ? フィアナ、やっぱり何か機嫌悪い……?」
「べっつに~? ただ、年齢問わず人気者だな~って、思って見てただけ」
「……はい?」
 怒ってる……っていうほどじゃないけど、やっぱり少し不機嫌そうなフィアナさん。
 おとうさんは理由が分からないみたいだけど――フォルカスさんは分かるみたいです。
「――ああ、そういう事ですか。……ふふっ。カリアス君、ずいぶんご立派になりましたからね。フィアナさんも十二分にお綺麗になりましたよ? ねぇイリスさん?」
「 ? ――うんっ。フィアナさん、すっごくキレイだと思う!」
「~~~ッ!」
 顔をあかくして、プイッと横をむくフィアナさん。
 楽しそうに笑ってるフォルカスさんと、まだ『? 』って顔をしているおとうさん。
 ――うん。これから楽しくなりそうだな♪

「――わ、私の事はとにかく! ……カリアス。まずは連絡入れないといけないんじゃないの? ここで暮らしていけるかも、それ次第だと思うんだけど?」
「……うん、そうだね」
 きゅうに、まじめな顔で話しだす、おとうさんとフィアナさん。
 ……連絡、しないといけないこと。それは――たぶん、わたしのことだと思います。
「カリアス君? フィアナさん? 連絡しなければいけないこと――ですか?」
「……ええ。ここに来る前に探索した、遺跡での出来事の報告です。そして――イリスの素性の事でもあります。だから、出来ればフォルカスさんも聞いてください」
「――わかりました。『映光(えいこう)(ぎょく)』はいつでも使えます。人払いをしておきますので、執務室を使いましょう」

 わたしたちがそのお部屋に入ると、おとうさんはフォルカスさんから透明な玉をうけとりました。それから手をかざすと、玉がひかりだします。
「……こちら聖殿騎士カリアス。――教皇レミリア様、可能でしたら応答をお願いいたします」
 おとうさんがそう言って、少しすると。ひかりが集まり線になって。そのひかりは壁にぶつかって、大きなひかりの輪っかをつくりました。
 そして――そのひかりの輪っかのなかに、女の人の姿が見えてきます。

 その女の人は――おとうさんやフィアナさんと、おなじくらいの歳だと思います。
 とってもキレイな金色の髪は、とてもながくて。
 やさしそうな目で、その色はフィアナさんとおんなじ、キレイな緑色。
 とってもキレイなその人を見て、わたしは『女神さまみたい』って思いました。

 ――この人が、教皇さま。いちばんエライ人……?
 すこし見とれて……すこし緊ちょうしていると、その教皇さまは――

『ハロハロ~! 教皇のレミリアちゃん☆でっす♪』

 その『教皇サマ』は、なんだかヘンなポーズをとって、片っぽの目を瞑った笑顔をむけてきました。
 …………わたしは、どんな反応をすればいいんでしょうか……?



   ◆◆◆次回更新は5月15日(金)予定です◆◆◆

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