第三編 三章の1 『特別』と『普通』

作者:緋月 薙

三章  『特別』と『普通』
(※今回は 幕間の2 新入隊員(?)と親衛隊の日常 と合わせて2話分の更新になります)



(SIDE:カリアス)

「これでッ!」
「ッ! なんのっ! 返すよフィアナ!!」
 精霊術、聖術、そして斬撃に()(くら)ましまで混ぜた多重攻撃。僕はギリギリで間に合った闇聖術でフィアナの術を消し、斬撃を弾いてから反撃の一閃を放つ――
 ――あの体勢じゃ防げない。勝っ――
『勝った』と思った直後――眼前のフィアナの姿が崩れた。
 ――ッ!? 水と光で作った分身!? 本体は!?
 直後、背後で気配。慌てて振り返――らず眼前の崩れかけの虚像に一閃……!
 カンッ! という木剣と木剣が激突した音が響く。
 背後に現れたのも偽物。本体は最初の虚像の後ろに、光を曲げて隠れていた。
「――くっ! 今のを読むの!?」
「普通なら掛かってるよ! でも僕の幼馴染は(ひね)くれ者だって知ってるからねッ!」
「微妙な誉め言葉をどうもありがとうッ!!」
 剣と術の応酬を緩める事無く、そんな遣り取りを繰り広げる僕たち。
 エリルやアリアの指導で、みるみる上達していく二人を見るのも楽しいけれど。
 この一日の最後に行うフィアナとの模擬戦も、同じくらい楽しい。

 レミリアと養父(とう)さんが来た日の翌日から始め、今日で六日目。
 昨日までの通算成績は――一勝一敗三分。

「――さすがね、カリアス。だけど……今日こそ勝ち越しさせてもらうわ!」
 距離を取ったフィアナが、自信ありげに告げてくる。
「――へぇ? ずいぶん自信がありそうだね。何か奥の手でも?」
「ええ。――見せてあげる」
 言って、フィアナは自分の周囲に、土の精霊術で作った礫を無数に浮かべる。
 遠距離から放たれる術は、僕の闇聖術を突破出来ない。
 一つずつしか消せない以前の『術破り』と違って、闇聖術『鎮守の闇』は、一定範囲の術を全て消し去る。
 だからフィアナは術を使うなら至近距離か、自分の周りに展開させて突撃、という手段を使っていたのだけれど。
「行くわよっ!」
 フィアナは動かず――その場からの射撃!?
 襲いかかってくる無数の(つぶて)を前に、僕は眼前に『鎮守の闇』を展開。効果範囲に飛び込んできた礫が、次々に形を失い消えていく。――一体、何を考えて……?

 直後、高速の石弾が頬を掠めて行った。

「……え?」
 一瞬呆気にとられた隙に、さらに一発、今度は脇腹を(かす)めて背後へ抜け――!
 慌てて聖術・闇聖術の両方でフィアナの術を解析にかかる。――通常の礫に混ざり、超高速で襲い来る石弾を確認。聖術で補強した木剣で撃墜し――解析完了。
「――なっ!? 聖術を纏わせて闇聖術を中和してる!?」
 作成した礫を聖術で覆い、更にそれを風の精霊術で高速射出。聖術の保護で石弾が守られている間に、闇聖術の範囲を高速で突破して相手を襲う……!
「くっ! こんな芸当をいつの間に!?」
「『闇聖術と聖術は真逆』って言ってたから、相殺出来ないかと研究してたのよ!」
「それをたった数日で仕上げるとか、頭オカシイだろう!?」
 ――マズイ、このままじゃ押し込まれる……!
 一応迎撃は出来ている。だけど一発食らえば、ほぼ負け確定。そしてフィアナが力尽きるのを待つのは現実的ではない以上、賭けに出るしかない……!!
『鎮守の闇』を解除。同時に同じ場所に聖術『光爆』発動。
「っ! 何を!?」
 礫を迎撃して発生した砂を光の爆発が吹き上げ、砂塵(さじん)の幕を作り上げる。
 ――ここで……まだ練習中の奥の手を切るっ!
「なっ、影の虚像!?」
 聖術の光で砂塵の幕に影を作り、同時に闇聖術でも無数の影を作る。
 ――砂塵の幕に隠れた影の軍勢。
 風の術で砂塵を吹き飛ばされないように『鎮守の闇』も再展開。
 ――これで距離を詰め切れば……!
「くっ!? ならば全部撃ち抜くだけよッ!!」
 高速の石弾の連打が、影の虚像を次々に撃ち抜く。そして遂に僕にも飛来。
「 ! 見つけた!!」
「っ! このままッ!!」
 石弾を弾いた事で、間合いに入る直前で補足された。だけど僕は構わず木剣を振るい、フィアナも迎撃に木剣を突き込んできて――

『――ふむ。またも引き分けじゃな』
 審判役のハールートが言う通り。
 僕の振るった木剣はフィアナの首筋の寸前で止めてあるけれど――フィアナが突き込んだ木剣の切っ先も、僕の心臓の位置に突き付けられていた。
 ……僕とフィアナは、ほぼ同時に木剣を下ろし。
「ああ、もうっ! 人に頭オカシイとか言っておいて、自分でも奥の手作り上げてるじゃない!? 闇聖術の修得始めて六日で、なんて器用なマネしてるのよ!」
「影を作るのは術未満の小細工だし、それを動かしてるのは聖術の光だから。それでも同時に使うのはキツイから、まだ成功率が七割にも届かないんだよ」
 勝てると思った所をひっくり返されて、相当に悔しいらしいフィアナ。
 僕の方の術は――奥の手として自信を持って使うには、せめて成功率九割は欲しい。それが七割未満なら、まだまだ未完成もいいところ。
「フィアナの方こそ、何アレ? 精霊術を聖術で保護とか、そんなの出来たの?」
「……実は、アレもまだ練習中なのよね。両方の威力を完全に同じにしないと成立しないんだけど――制御が難しいのよ。まだ初級術でしか出来ないし、移動しながらも難しい。連射もあれが限界ね」
「……ああ。普通の精霊術に混ぜたの、それを誤魔化す意味もあったのか」
 連射速度が遅いと分かっていたら、もう少し採れる手段はあった。
 その点では、見事にしてやられていたわけで。
「みぎゃあっ!」
「――っと。労いありがとう、ウィル」
「みっ♪」
 飛んできて『おつかれさまっ!』と言ってきたウィルを撫でていると、ハールートが呆れた様な目で話しかけてきた。
『お主等の戦い、日に日にトンデモ技術の応酬になっていくのぅ……』
「え? んー……個別の技術自体は、そう高度なものではないんですよ?」
「そうね。新しい系統の初歩術を、既存の技術と混ぜ合わせているだけよ?」

 聖術を使える様になったフィアナと、闇聖術を身につけた僕。
 だけど、新しい技術をすぐ十全に扱うのは無理。だから、元から持っていた技術と組み合わせる事で、未熟さを工夫で補うという手段を採った、というだけの話。
『……「だけ」と言うがな? イリスよ、フィアナのマネは出来るかな?』
「えっと……ウィルとなら、近いことはできるかも? わたしだけだと無理っ」
『うむ。精霊は聖術の威力など認識できぬからのぅ。合わせるとなると、自力でやるしかないからの。――リーゼよ。カリアスのマネは出来るかの?』
「……影を作るだけなら、カリアスさんより多く出せますけど……全部別々に動かしたり、まして自分が混ざって動くとか、出来る気がしません」
『うむ。……そもそも二系統の術を使える者など、数える程しか居らぬ。先の様なマネが出来る者など、歴史を紐解(ひもと)いても少数であろう。――少しは誇るが良い』
「みぎゃみぎゃっ♪」
 と、呆れ気味に言うハールートと、苦笑いのイリスとリーゼ。
 頭上で、『おとうさんスゴイよ♪』って言ってくれるウィル。
 ……言っている事は、わからなくもないけれど――どんなに力を付けても、平気な顔で横に並んでくる相棒が居る以上、己を『凄い』とは思えない。
 ……同時に、そんな相棒に恥ずかしくない自分でありたいと思っている。
 ――それが、僕とフィアナの在り方。

 僕たちがこんな話をしている間、エリルとアリアは、というと。
「フィアナ姉ちゃんが使ってた、聖術・精霊術との同時攻撃、アリアならどうする?」
「……わたしなら、風でふきとばして、しきりなおし……? おいかけて、あいてがたてなおすまえに、しとめたい。おにいちゃんは?」
「俺なら……精霊術が土以外なら、術二つを盾で、斬撃は剣で防御かな。土なら重さで押されるかもしれないから、いっそ盾で本体を押し込む、かな?」
「……とにかく、あれがわたしたちのもくひょうだね。がんばろ……?」
「おうッ……!」
 僕たちの模擬戦が、良い刺激になってくれているらしい。
「――アリアなら、もう少し良い対処法があるんだけど……少し指導してくるわね?」
「うん。お疲れさま、フィアナ」
「みぎゃっ」
 僕とウィルに見送られ、笑みを見せてからアリアの下へ向かうフィアナ。

『守ること』を意識して、盾術を身に付け始めたエリル。
 リリーさんとフィアナに、精霊術を使った近接戦闘を指導してもらっているアリア。
 二人とも現時点で、下手な冒険者より遙かに上の実力を持っていたりする。
 その上でこの向上心は――本当に将来が楽しみだと思う。

 ……ちなみに。本人たちの希望により、僕とフィアナは全員を呼び捨てする事になった。『子供として甘えたくない』っていう、リーゼの言葉に、全員が同意した形。

「みゅうっ」
「……ん? どうしたんだ、リース?」
 エリルの所に飛んできて、声をかけるリース。
 この前の一件以降、たまに見かける光景なんだけれど……。
「みゅっ!? みゅう……みゅっ!」
 エリルが話しかけると、慌てるか困るかの様子で、すぐリーゼの所に逃げて行く。
「……兄ちゃん。俺、嫌われてるのかな?」
「そういうわけじゃ、ないみたいなんだけどね……」
 多分、エリルとリーゼは仲が良いから、リースも仲良くなりたいんだろう。
 ……だけど『仲良くならなきゃ』と思うと、余計に接し方に困るという、そんな状態じゃないだろうか?
 この状況をフィアナは『母親の再婚相手に素直になれない連れ子って感じかしら?』と言っていた。……言い得て妙だと思う。
「リース? そんなに身構えなくていいんだよ?」
「みゅう……」
「大丈夫だよっ。ちょっとずつ、仲良くなっていこっ?」
 ちょっと落ち込み気味のリースを励ます、リーゼとイリス。それと――
「みぎゃっ! み?」
「みゅ? ……みゅうっ♪」
 僕の頭の上にいたウィルが、リースの所に飛んで行き、話しかけてから。
「みぎゃ?」
『ふぉっふぉっふぉ、もちろん良いぞ? ゆっくり遊んでくるといい』
「み♪」 「みゅっ♪」
 ハールートの言葉に嬉しそうに応えたウィルとリースは、滑り台の方へ。
「――リースを励ますために、遊びに誘ったのかな?」
「ウィル君、とっても良い子だよね♪」
「うんっ。ウィル、いいおにいちゃんになってるよねっ!」
 ……やっぱり妹や弟ができると、上の子は成長するものなのかもしれない。
『ふぉっふぉっふぉ。ウィル自身も遊びたい、というのもあった様じゃが。――それでも、リースと一緒の方が楽しいと思っておるようじゃの』
 そう言い、氷の滑り台を滑るウィルとリースを、微笑ましそうに眺めるハールート。
「みぎゃああぁっ♪」 「みゅううぅっ♪」
 ……ちっちゃな二匹が高速で滑って行く様は、今も少し心臓に悪いんだけど。
「――イリスとリーゼの方、進展はどうだい?」
 ハールートが見てくれてるから大丈夫だし……心臓に悪い光景から目を逸らす意味も兼ねて、イリスとリーゼに訓練の成果を聞く事にした。
「うんっ! 聖術と精霊術をいっしょにつかうの、だいぶなれてきたよっ♪」
「はいっ♪ 私の方も展開範囲の制御、だいぶ出来るようになりました」

 この二人は、よく組んで練習してもらっている。
 この二人の潜在能力は、明らかに僕とフィアナ以上。
 どちらも初級術くらいなら複数を即時展開できる程の即応性と、ものによってはこの街全体に効果を及ぼせる程の実力を持つ。
 ……だけど反面、制御が甘くて、威力や効果範囲を絞る事が苦手という欠点を持つ。
 それにイリスが練習で撃つ術を、リーゼが闇聖術で消す事も練習になるため、組ませて練習させるのは効率が良い。

 ……だけど。楽しそうに尋常ではない弾幕を展開するイリスと、相手と会話しながら、それらを次々に消していくリーゼは……。
 この二人も、常識面では少々おかしい気がしてくる。
 ――ああ、そうか。僕とフィアナも、そんな眼で見られているのか……。
 水場でじゃれあうのと同じノリで、激しい術の応酬を展開する二人の姿を脳裏に思い起こし――自分も『常識』を忘れない様にしようと思った。

 ――その時。入り口に設置してある転移陣が、光を放ち。

「――良かった。ここにいらっしゃいましたか」
 そう言って現れたのは、リリーさん。
 だけど彼女は自警団の団長として、一部の団員と遺跡の調査に行っていたはず……。
「っ! 何かあったんですか!?」
 ――多分、転送珠による転移で戻ってきたんだろうけれど……。
 自警団の方々が出発したのは、一昨日。
 調査の目的地としていた『門』までは、四日の予定だったはず。
 全員の視線が集まる中、リリーさんは――ニッコリ微笑んで。
「行程が予想以上に早く進み、本隊が例の『門』に到着しました。教皇様に報告したい事があるので、通信をお願いできますか?」

      ◆      ◆

『この時間にという事は、緊急の連絡でしょうか? ――あら、リリー殿? という事は、もう【門】に到着したのでしょうか?』
 緊急連絡だと予想したため、さすがにふざけないで対応してきたレミリアが――こちら側の面子を見て早々に察したらしい。
「――はい。本隊が件の『門』と思われる場所に到着いたしました。……あと数日をかけて周辺の調査を行う予定ですが、取り急ぎ第一報をと思い、報告に参りました」
 そう報告するリリーさん。
 だけど……少し気になる事があって。
「『数日をかけて』ですか? 団員の方々の負担は大丈夫なんですか?」
「はい。――それも報告内容に含まれるのですが……『門』のある区画の近くに、かつての居住区であったと思われる場所がありました。入り口を封鎖する事も可能なため、安全に休息を取る事ができます」
 調査対象に程近い場所に、安心して休息を取れる場所がある。それは確かに重要な情報ではある。だけど、それ以上に……。
『……居住区、ですか』
 そう言ってレミリアが視線を送ったのは――アリアと、ハールート。
「…………」
 黙って、何かを考えているアリアと、それを心配そうに見ているハールート。
 フィアナも、それを黙って見ていた。
「……報告を続けます。『門』ですが――確かに開く事はおろか、我々が保有する全ての攻撃手段を用いても、傷一つ付ける事が出来ませんでした」
「全ての攻撃手段って――日蝕の時に魔物の発生場所を焼いた、アレも……?」
 フィアナが訊いた『アレ』とは、自警団の秘匿(ひとく)技術とされる技。その威力は、廃墟となっていたとはいえ、そこそこ大きな屋敷を跡形もなく消し飛ばしていた。
「はい。ゆえに、破壊での突破は不可能かと。そして……これが一番重要な報告なのですが――」
 そう言ったリリーさんは、少々言葉を選ぶ様に間を置いて。

「――ある団員が『門』の横に触れたところ、『門』が言葉を話しました」

『……はい? まさか、その【門】が生きていた……ということですか?』
「いえ、どう……なのでしょうか? まだ調査中なのですが――『門』自体が、特定条件を満たすと音声を発する、特殊な魔道具なのでは、と……」
 実際に見たリリーさん自身、半信半疑の様子。それがむしろ信憑性を上げている。
『【門】そのものが、会話が出来る魔道具、という事ですか。それで【特定条件】と言っていましたが、その条件は分かりましたか?』
「全員が試したところ……反応が出たのは約半数。その共通点は『代々イグニーズに住んでいた者』です」
 イグニーズに住んでいる事が条件? それに『代々住んでいた』って、いつから住んでいれば……と考えて、フと思い出した。
 たしか、この街の元になった集落って……?
「――この街の元になった集落って、どの時代に発生したか記録に無かったわよね? もしかして……?」
『――【かつての遺跡関係者の末裔】が、条件である可能性がありますね』
 この街が、かつての遺跡で働いていた者たちによって作られた、という可能性。
 そう考えると、街中の廃屋敷に、遺跡と繋がる転移陣があった事も、納得できる。
「……そして『門』が語った事ですが。『第四級管理権限と確認。現在、非常事態警報発令中により、開門には上位権限保有者が必要となります』と――」
『……つまり、その【上位権限保有者】が居れば扉は開く、という事ですか』
 そう言って、レミリアは少し考え込む。

 扉が反応を示す条件が『かつての遺跡関係者の末裔(まつえい)』で、それが『第四級』なのだとすれば。『第三級』以上を持つ可能性がある者は?
 まず。おそらく遺跡に大きく関わっているであろう旧王家。その末裔である、僕。
 そして、遺跡に封じられていた、つまりある意味で当事者である、リーゼ。
 さらに、かつて遺跡で暮らしていた、アリア。
 可能性が高いのは、この三人だろう。
 ……レミリアならそんな事は分かっているだろうに、それでも悩んでいるのは――

「レミリア。どの選択肢を選んでも、同じだと思うよ?」
『――は、はい?』
 アリアとリーゼを危険に(さら)したくないという、個人的な心情。
 少しでも『門』が開く確率を上げたいという、教皇としての心情。
 その二つの間で悩んでいたんだろうけれど。
 僕は、黙って話を聞いていた子供たちに向かい、言葉をかける。
「……行きたい人、居る?」
「――はい」 「……ん」
 即座に手を上げたのは、予想通り二人。リーゼと、アリア。
「……はぁ。やっぱりこうなるわよね……。一応、理由を聞かせてもらえるかしら?」
 僕と同様、こうなる事を予想していたらしいフィアナが、半ば諦めの表情を浮かべながら、リーゼとアリアに訊いた。
「『闇聖術』を覚えたいって言ったときと同じです。――私は、私が生まれた理由を知りたい。だから、お願いします……!」
 予想していた通りの答え。そして……困った事に、リーゼの要望を断る理由は『低年齢で心配だから』くらいしか思い浮かばない事実。

 僕とリーゼが身に着けた『闇聖術』は、言ってしまえば補助特化の術系統。
 回復は治癒力や魔力の回復促進。
 防御は、さっきの模擬戦でつかった『鎮守の闇』の様に、精霊や魔力の鎮静化による術の無効化や、敵の士気・戦意の鎮静・喪失など。
 光による力の活性化が主である聖術とは真逆で、鎮静・減衰・消去などの過程を取る実が多いため、ほとんどが間接的に効果を発揮する術になっている。
 だけどそれでも――聖術では難しい毒や病の治療が行えたり、他の術者のサポート能力など、闇聖術にしか出来ない事も多くある。
 さらに――気配隠し等の隠蔽・隠密系統や、広範囲の地中・壁探査、魔力の波長を感知しての術解析など、不測の事態に備える術も多彩。
 そして……精神への鎮静・浄化能力により、幽体や影など不定形の魔物やアンデッド系の魔物は問答無用で浄化・消滅させられる。

 つまりは――隠密技能や地中探査、気配察知に、万が一が起きた際の解毒も出来る。
 さらには不定・不死系の天敵という……まるで地下洞窟を探索するためにある様な術の数々が揃っている。
 そんな術を、僕以上に修得しているリーゼ。
 ……地下遺跡の探索という状況において『足手まといだから』とは絶対に言えない。

「それで……アリアは、なぜ行きたいって思うんだい?」
 そう訊くと――アリアは、少し悲しそうな顔で口を開いた

「……わたし、たぶん、そこをしってるから」

『【門】の事を、知っているのですか……?』
「……ううん。たぶんそこ『行っちゃダメ』って、いわれてたほうだとおもう。――だから、みたことはない、よ?」
「という事は……『しってる』のは、居住区の方、なのね?」
「――ん。……ねぇハールート、おぼえてる?
『おねえさん』のこと――」
 そう訊かれたハールートも、悼む様な表情で答え。
『――うむ。覚えておる。……アリアと親しかった者だな?』
「……うん。ほかのヒトは、だれも話してもくれなかったけど――おねえさんだけは、あそんでくれたよ?」
 そう語るアリアの目が潤みだす。だけど……その雫は、零れない。

「……だから。おねえさんがいたばしょで、ちゃんと、おわかれしたい」

 悲しそうな顔で。涙を溜めて。……それでも泣かずに、前を見て言い切った。
 そんなアリアを、フィアナが抱きしめて。その小さな頭を、顔を、胸に抱いて。
「――うん、わかった。一緒に行ってあげるから……ね?」
「……うんっ。ありがと、おかあさん……っ」
 フィアナにしがみつく様に抱き返す、アリア。
 母親の胸の中で、アリアが泣いているのかは……訊く気はないけれど。
「――で。イリス、エリル。君たちはどうする?」
 もう答えは分かっているけど、一応訊くと。
「もちろん行くよっ! リーゼちゃんとアリアちゃんのお手伝いする!」
「行かない、なんて言うはずが無いだろ兄ちゃん……!」
 アリアに関しては、予想外だったけど……こうなるだろうとは思っていたわけで。
 ……だけどイリス。目的は一応、遺跡の調査だからね?
「――と。『行くのは禁止』と言わない限りはこうなるんだけど……どうする?」
『一応、訊いておきますが……彼らはどの程度の戦力になりますか?』
「全員、下手な冒険者より遙かに上ね。それにイリスとリーゼが居れば、魔物の奇襲を受ける危険がほぼ無くなるのは、正直助かるかしら」
「エリルとアリアも……もう少し場数踏めば、聖都の騎士候補生たちとも渡り合えると思う。……『足手まとい』を理由には断れないかな」
「『門』までの道中に出てきた魔物で――奇襲さえされなければ、彼らの脅威になりそうな魔物はいませんでしたね……」
 フィアナ、僕、リリーさんが言うと、レミリアは諦めた様に溜め息を吐いて。
『……お兄様とお姉様は、それでいいんですか?』
「言って諦める子たちなら、とっくに止めてるよ」
「下手に置いて行くと、強引について来そうなのよね……」
 普段は素直なのに、譲れないモノは絶対に曲げない。
 そんな困った――だけど、気持ちの良い性格をしている子供たち。
『――では、聖殿騎士カリアスと精霊術師フィアナに、イグニーズ遺跡未踏領域への進入、調査を依頼いたします。――随伴員の人選は、全てそちらにお任せいたします』
「――はい。では直ちに人員の選抜を行い準備を整え……明日を目処に出発いたします。――というわけで、明日から行くよ。いいね?」
 レミリアの『命令ではなく依頼。子供たちは指名しないけど、連れて行くならご自由に』という、教皇としての建前と気遣いを受け入れ。
 後半を――僕たちの会話を黙って聞いていた面々に言うと。
「「「「 はいっ! 」」」」
「み? み? み? ……み、みぎゃっ!」
「……みゅう?」
『……ウィルよ。慌てて【とりあえず同意】は、やめた方が良いと思うぞ?』
 これから危険がある所に連れて行く、という宣言なのに、揃って嬉しそうに返事をするイリス、アリア、リーゼ、エリル。
 ……ウィルとリースは、あんまり聞いてなかったらしいけど。
 そんな光景を見て苦笑いしていたリリーさんが、改めてこちらを見て。
「――では明日、私と共に転送珠で『門』の前に、という事でよろしいですか?」
 そう言われ、『はい』と答えようと思って――思いとどまる。

「……いえ、僕たちは通常のルートで、遺跡入口より歩いて行きたいと思っています」

『「「 ――え? 」」』
 レミリア、フィアナ、リリーさんも、意外そうな声を上げる。
「遺跡一層にはアリアが封印されていて、その先にハールートが居ました。そして四層には今回の領域への隠し通路。……二層と三層も、調査しておくべきかと」
『――それはそうですが、時間と負担が……ああ、闇聖術ですか?』
「はい。僕とリーゼの闇聖術ならば、精霊が探査出来ない場所でも感知する事ができます。一通り歩いて回れば、見逃す事は無いかと」
『なるほど……。ハールートさん? 二層、三層に、未だ未発見の何かが残されている可能性はありますか?』
『――無い、とは言えぬな。件の隠し通路も巧妙に隠されておって、精霊たちでも見つける事は出来なかった様だからの』
「……例の通路にも、何も無いとは言えませんね。今後の(うれ)いを断つ為に、自警団団長としてもお願いしたいところです」
 例の通路は、今後も人が調査に入る事になる。その際の事故が発生する可能性を減らせるなら、リリーさんとしても反対する理由は無いだろう。
『――リリー殿。後続の到着まで、自警団員での調査を続ける事は可能ですか?』
「お借りした転送珠にて、休息も物資補給も出来るため、十分に可能です」
『わかりました。では、そのようにお願いします。掛かった経費に関しては、こちらから補填出来る様に準備しておきます。――皆様、どうかお気を付けて……』
 そう言い、珍しく最後まで『教皇』だったレミリアとの通信は終了した。

「では――私は補給物資をもって、遺跡に戻りますね? カリアス様たちが来る事を伝えておきますので……ある程度、魔物の間引きも済ませておけると思います」
「はい。リリーさんもお気を付けて」
「リリーさん、がんばってねっ!」
 リリーさんへ僕に続いてイリスが声をかけると、いつもの優しい笑みを見せてから、転移陣の向こうに去って行った。
「――さて、みんな? カリアスが言った通り、明日は朝から準備。出発は……お昼過ぎが目処かしら? 今日は早く帰って、ゆっくり休むこと!」
「「「「 はいっ! 」」」」
「みっ!」 「みゅっ♪」
 今度はウィルとリースも聞いていて、揃って返事をしていた。


「さて、カリアス? 転移を使わないって言った理由、他にもあるわよね?」
「……やっぱりわかった?」
『うむ。お主が何の躊躇(ちゅうちょ)も相談もなく、イリスたちの負担を増やす様な事を言い出すのは、少々おかしいからのぅ?』
 今、このハールートの住処にいるのは僕とフィアナと、主のハールートのみ。
 イリスとアリア、ウィルにも先に戻ってもらって、その姿を見送ると――フィアナがジト目で訊いてきた。
「レミリアに言った事も、もちろん嘘じゃないんだけどね。あとは……あの子たちの実地訓練に丁度良いかな、って」
「……ああ、なるほどね」
 交代で見張りをしながらの野宿とか、洞窟などを進む際に気を付ける事とか。探索に向かうのに必要な装備とか。
 今は必要無いけれど――将来的に、もしこの街を出る事があれば、きっと役に立つ。
「僕たちが付いていられて、目的地は自警団の方々が確保してくれていて、しかも万が一の時は転送珠で安全に退避出来る。――良い機会かなって」
『ふむ、なるほど。まさに「負担を増やす」事が目的であったか。……ただ、のぅ?』
「 ? どうしました?」
 首を傾げながら、言い辛そうに言葉を濁すハールートに、僕が訊くと。
『……いや。果たして、そこまで負担が増えるのか、とな』
「「 ……はい? 」」

      ◆      ◆

 ――その夜。自室で、そろそろ寝ようかと思っていると、扉がノックされた。
「 ? ――はい?」
『――ごめんね、おとうさん。ちょっといいかな……?』
 どうやらイリスらしい。――もう寝たと思っていたんだけど……?
 とにかく話を聞こうと、扉を開けると。
「どうしたんだい、イリス――あれ、アリアとウィルも?」
「……ん、ごめんなさい……」
「みぎゃっ」
 イリスの後ろには、元気の無いアリアと、その腕に抱かれたウィルも。
 ウィルが言っているのは――『おこらないであげて』あたりかな?
「……あのね? きょうは、みんなでいっしょに寝たいのっ。……だめ、かな?」
 この街に来たばかりの頃は、たまに『いっしょに寝よう』とは言われていたけれど……ここしばらくは無かった。
 それに……元気の無いアリアが謝っていて、ウィルがそれを庇っていて――その事について、イリスは何も言わない――ああ、そういう事か。
「……うん、いいよ。今日は一緒に寝ようか。――大丈夫だよ、アリア。寝ている間に、誰も居なくなったりしないから。……ね?」
「……ありがと、おにいさん……っ」
 ……遺跡の話で『おねえさん』の事を話した事で、やはり悲しくなったのだろう。
 少し目を潤ませてしまった少女の頭を撫でながら――照れ隠しで話を続ける。
「――でも。本当はこういうの、フィアナにお願いすべきだと思うよ?」
 苦笑いを浮かべ、『頼られるのは嬉しいけどね?』と、続けようと――

「……ん。おかあさんには、もう、たのんである、よ……?」

「…………え?」
 扉の外に顔を出し――廊下を見ると。
「…………こんばんは」
 壁に寄りかかり、頬を少し赤くしたフィアナが、気まずそうに言ってきた。
 ――ああ、そういえば。イリスは『きょうは【みんなで】いっしょに寝たいのっ』って言っていたっけ……。
 今更『止めよう?』は言えないし……。
 多分、フィアナも同じ状況でココにいるんだろうなと、何となく察した――


「――寝た、かな?」
「そうみたい……ね」
 ここはイリスとアリア、そしてウィルの部屋。
 どこで寝るかという話になり『四人と一匹で眠るなら』と、この部屋になった。
 二つのベッドをくっつけ、真ん中がウィル。それをイリスとアリアが挟んで、さらにその両脇に、僕とフィアナ。
 静かに――心地よさそうに眠る子供たち、特にアリアを見て、少し安堵の息を吐く。
「――うなされている様子は無いね。良かったよ……」
「――本当ね。以前、少し聞いたんだけど……この子、寝ている間に封印されたみたいなのよ。――起きたら居なくなってた、全部忘れてた、って……」
「……なるほど」
 それなら……眠るのが怖くなって当然だろう。
 しっかりしていても、大人顔負けの実力があっても……まだ、幼い少女なのだから。
「……それじゃあ、寝たからと言って部屋に戻るわけにもいかないね……」
「それもそうだけど……物理的にも不可能よ?」
 言われて見ると――イリスは僕の、アリアはフィアナの服を、がっちり握ったまま眠りに就いていた。
「これは……諦めるしかないかな。――ごめんね、フィアナ」
「 ? なんで謝るの?」
「――え? なんでって……いや、普通は男と一緒に寝るの、抵抗あるんじゃないの?」
「それはもちろん、普通は嫌だけど――あんたとは何回も、二人で野宿とかしたじゃない。……と言うか、あんたもそういうの気にしてたの?」
 ……こちらが気遣って気まずい思いをしているのに、なぜかフィアナは余裕あり気に、おかしそうに言ってきた。それが――なんだか少し、おもしろくない。
「この前も言ったけど……僕だって、別に女性に興味が無いわけじゃないんだから。――仕事中だからとか、周囲を警戒しなければとか。そう思って割り切らないと……眠れないと思うくらいには、気にしていたよ」
 ……言い辛い事を言わされて、妙に頬が熱い。
 それを隠すために、天井を見上げ――目を閉じる。
「……カリアス」
 小さな声で、名を呼ばれ。彼女の方へ視線を向けると。
「……嬉しいと、思うの」
 そう言うフィアナの顔は、微かな――それでも、はっきり嬉しそうとわかる、笑み。
「気にしていてくれた事を……すごく嬉しいと、そう思ってしまうくらいには――私は、この状況が嫌じゃない」
「フィアナ……?」
 僕が……思わず名を呼んでしまうと。急に慌てた様子になり。
「――だ、だからその……余計な事は気にせず、早く寝なさい? お、おやすみっ」
 そう言うと、反対側を向いて顔を隠し、寝息を立て始めた。
 その耳が赤い気がするのは……暗がりでそう見えるだけだと、思っておこう。
「……おやすみ、フィアナ」
 僕も小さくそう言い……上を向いて目を閉じる。
 明日から、遺跡調査。だから早く寝なければいけない。仕事だから割り切って――

 ……眠れる、かな?



   ◆◆◆次回更新は2月14日(火)予定です◆◆◆

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