第三編 三章の2

作者:緋月 薙

三章の2



(SIDE:イリス)

 みんなで市場にきましたっ!
 きょうから遺跡にいくのですが……目的のところまで何日もかかるみたいで。
 だからわたしたちは、必要なものをそろえるために、お買いものにきたんです。
「みっ? みっ♪」
「あ、ウィル! 迷子になっちゃうから、あんまり離れちゃダメだよっ!」
「みゅっ!? みゅう……っ」
「大丈夫だよ、リース。離れ過ぎなければ大丈夫だから――ね?」
 お菓子のお店にいっちゃいそうだったウィルに言ったのですが……リーゼちゃんの近くを飛んでキョロキョロしてたリースが、あわててリーゼちゃんに抱きつきました。
「ご、ごめんねリース、リーゼちゃん……」
「ううん、大丈夫。――それよりイリスちゃん、アリアちゃん? カリアスさんとフィアナさん、なんだか気まずそうだけど……何かあったの?」
 わたしたちの前を歩く、おとうさんとフィアナさんですが。
 ぜんぜんお話ししていないし……チラチラと見ては、あわてて目をそらしたり……?
「――それに兄ちゃんと姉ちゃん、妙に眠そうだよな……?」
「うん、そうだよね……え? 睡眠不足で、翌日に気まずいって……!?」
 なんだか、リーゼちゃんの目がキラキラしはじめました?
「え、えっと……昨夜、何があったか知らない? その、物音とか……声、とか?」
 ……なんだか、とってもドキドキしたかんじで訊いてきました?
「えっと、きのうはみんなで、いっしょに寝たよ?」
「――え? イリスちゃんとアリアちゃんも?」
「みぎゃっ!」
「……ん、ウィルもいっしょ。よくねむれた、よ? だから――きたいしているソレじゃないよ、リーゼおねえちゃん……?」
「期待してるって!? そ、そんなんじゃないよ!?」
 ……? 何かを期待、していたのでしょうか?
「なぁイリス? 兄ちゃんたち、ちゃんと寝てたのか?」
「うんっ。朝は、とってもよく寝てたよ? わたしとアリアちゃんとウィルが先におきたんだけど……ベッドから出ても、気づかないで寝てたもんっ」
「ふーん……。じゃあ、なんで眠そうなんだろうな?」
「…………え、待って? っていう事は――イリスちゃんたちがベッドから出たあとも、『二人で』寝ていたっていうこと……?」
「うんっ。よく寝てたとおもうよ? だってアリアちゃんに言われて――」
 わたしたちがベッドから出たあと、真ん中があいていたので……。

「――わたしとおねえちゃんで、まんなかに『ころんっ』てしても、おきなかったよ?」

 アリアちゃんに『さむそう、だね?』って言われたので、おとうさんとフィアナさんをベッドの真ん中に『ころんっ』てしました。
 あれだけくっついていれば、きっと寒くはありませんっ♪
 ――でも、かんがえてみれば。今は夏まえであたたかいので、大丈夫だったかも?
「……アリアちゃん?」
「なあに、リーゼおねえちゃん……?」
 リーゼちゃんが、アリアちゃんの方を向いて。アリアちゃんも、リーゼちゃんを見て。

「――アリアちゃん。……グッジョブ」
「……んっ」

 リーゼちゃんは、親指を立ててにぎった手を、前に。
 アリアちゃんも同じポーズで応えました。――あんまり表情はかわってないのに、なぜか目が『きらっ』って光った気がします……?
「――つ、着いたわよ! ここで一通り揃うはずだから」
「……とりあえずここで買い物して、もし足りない物があったら他も回ろう?」
 お店についたみたいですっ。
 ……まだ少しようすがおかしい、フィアナさんとおとうさんですが。
 ふたりが言うお店には――とっても丈夫そうな服やクツ、ロープや……なんだかわからない変な道具も、いっぱいあります。
「……兄ちゃん。まず、何を買えばいいんだ?」
「とりあえず、まずは防寒着かな?」
「……ぼうかんぎ? いまのきせつだと、あさもよるも、あんまりさむくないよ?」
 エリルくんに答えたおとうさんに、アリアちゃんが首をかしげて言います。
 ――あれ? アリアちゃん、朝は『さむそう』って言ってなかったっけ……?
「ええ。洞窟とかの中だと、夏でも寒い事があるのよ。地下だと迂闊(うかつ)に火も使えないから、最低でも丈夫なコートの一枚は欲しいわね」
 なるほど。とっても勉強になりますっ。
 ……あれ? 精霊さんたちが――
「え、えっと……おとうさん。フィアナさんっ」
「ん? なんだい?」 「どうしたの?」
 いっつも、ウィルのお世話をしてくれている精霊さんが、話しかけてきてくれて。
「……火と風の精霊さんが『ボクたちが頑張るよっ!』って……」
「――はい? でも地下で火を使うと空気が……ああ、それで風の精霊さん?」
「そうか……イリスとウィルなら、魔力消費とか考えなくていいのか。でもな……まぁ今回は急ぐし、荷物少ない方が良いから、防寒着はいいか」
 あれ? 楽になるのはいいコトのはずなのに……おとうさんは、微妙な顔です?
「……あれ? フィアナさん。冒険者用のお店なのに、香水なんてあるんですね」
 リーゼちゃんはそう言いながら、見つけた香水の臭いをかいでいます。
 だけど、フィアナさんはフクザツな顔で。
「それは……ほら。遺跡とかに長く()もる場合、その間はお風呂とかも無いわけじゃない? 私たちは『浄化』や水の術で大丈夫だけど、無い人たちは……ね?」
 えっと……つまり、クサくなっちゃった時のため、っていうコトらしいです。
 ……あれ? また精霊さんたちが――
「その……フィアナさん?」
「ん? 何かしら?」
 さっきのお話しを聞いていた精霊さんが、大丈夫って言ってくれて。
「……水と火と土の精霊さんたちが『お風呂の用意は任せて!』って――」
「……どんどん快適になっていくわね」
「良い事ではあるんだろうけど、ねぇ……」
 あれ? やっぱり……こんどはフィアナさんも、微妙な顔に?
「……おかあさん。ほかに、なにをかう?」
「――そうね。丈夫な靴を選びましょう? 足場が悪い所もあるから頑丈な方が良いんだけど……動きやすさや重さとの妥協点は、人それぞれだから――」
 ――予想はしていましたが……今度はフィアナさんのお話し中にきましたっ。
「フィアナさん……?」
「……精霊さんは、今度はなんて?」
 なぜか、フィアナさんが怒っている気がしますが……とりあえずつたえますっ!

「――土の精霊さんが『頑張って、地面を全部(なら)すよ!』って……」

「「 そんな事まで!? 」」
 とってもありがたいのですが……さすがにコレは、やりすぎかなって思います。
「……イリスちゃん。精霊さんたちとお話ししたいんだけど、出来るかしら……?」
「で、出来るとおもうけど……」
 フィアナさんが、なぜかとっても怒っています……っ!
 ちょっと精霊さんたちがカワイソウかもって思いましたが……なんでフィアナさんが怒っているのか、おとうさんも止めないのか、知りたいって思いました。
 ――だから……ごめんなさいっ。精霊さん、お話しお願いします!
『『『『 なあに~? 何のお話し~? 』』』』
 火、水、風、土の精霊さんが、それぞれ一人ずつ出てきてくれました。
 だけど……その子たちにむかって、フィアナさんは大きく息をすって――

「 過 保護 は い け ませ ん ッ !! 」

『『『『 ひいぃぃッ!? 』』』』
 精霊さんたちが、いっぱつで怯えました!?
 あ、だけど風の精霊さんが、折れた気もちを立て直しましたっ!
『ぼ、ボクたちお手伝いしてるだけだもん! 迷惑かけてないもんっ!!』
 そう言う風の精霊さんに、ほかの精霊さんたちも『うんうん』ってしています。
 それを見てフィアナさんは……『ふぅ』って息をはいてから、ゆっくり話しはじめて。
「……あのね? あなたたちには、とっても感謝してるの。いつもあの子たちを守ってくれて、本当に助かってる。――でもね? 過保護はあの子たちのためにならないの」
『……どういう事?』
 こんどは水の精霊さんが、まだちょっとだけ怯えながら訊きました。
「あなたたちが自発的にお手伝いしてたら……あの子たちにとって、それが『普通の事』になってしまうと思わない?」
 『それが、何かいけないの~?』
 土の精霊さんも訊きました。……フィアナさんは、何を言いたいんでしょう?
「私たちだけと行動するなら、それでもいいの。でも……他の人たちと行動する事になった場合。――その『普通の事』が出来ない普通の人に、どう思ってしまうかしら?」
 えっと……? 他のヒトには『普通』じゃないんだから、仕方がない――あっ!

「……『私たちには普通だけど、他の人には出来ないんだから仕方ない』。そう思うようにならないかしら? それって……無意識に他人を見下してないかしら?」

 『それ……ちょっとヤな感じだぞ……』
 火の精霊さんが言うとおり……ちょっとイヤです。だけど、悪いって思わないで言っちゃいそうなのが――よけい怖いです。
「もちろん、あの子たちは良い子だから、そんな事にならないかもしれない。……でもね? あの子たちはまだ小さいから、どんな風にも育つし……育ってしまうの」
 『『『『 ………… 』』』』
「聖術は神の力を、精霊術は……あなたたちの力を、お願いして借りて使うの。だから、その事に感謝を忘れてはいけないと思うの」
 『……その方がボクたちも、嬉しい』
 そう言った風の精霊さんに、優しく笑いかけて。フィアナさんは続けます。
「特別な事を、特別だって忘れない様に。感謝を忘れない様に。『お願いする』っていう事を、なくしてほしくないの。――わかって、もらえないかしら?」
 精霊さんたちと、目のたかさをあわせて。
 それは、子どもに言い聞かせるみたいに、フィアナさんは言いました。
 『わかったの~。「お願い」されたら、手伝ってもいいの~?』
「――ええ。あなたたちの『お手伝い』は、とっても嬉しいもの。だから……『お願い』されるまで、ちょっとだけ待ってほしいの。――お願い、できるかしら?」
 フィアナさんに『お願い』された精霊さんたちは。そろって嬉しそうに笑って。

 『『『『 うんっ! わかったよ「お母さん」っ! 』』』』

「――ふぇっ!? お、お母さん!?」
 『怖かったの……。でも優しかったの~』
『オレたち叱った人なんて初めてだぞ!』
 『イリスちゃんのお母さんだからっ』
『ボクたちのお母さんにもなって~』
 精霊さんたちは、楽しそうにフィアナさんの周りを飛びまわっています!
 そ、それに、いつのまにかヒトが集まっていて――
「具現化精霊なんて初めて見た……」
「ああ、イリスちゃんたちかー」
「精霊を叱りつけるとか」
「精霊の母親……?」
「フィアナ様、マジお母さん」
「カリアス殿、完全に外堀埋まってね?」
 いつのまにか大注目です! こんなトコでやってたら当然ですっ。
「……ん。おかあさんは、とっても『おかあさん』♪」
「あ、アリア……そんな事言ってる場合じゃない気がするんだけど!?」
 ちょっぴり嬉しそうなアリアちゃんに、エリルくんが慌てて言いました!
 たしかに、わたしもちょっと移動したほうがいいと思いますっ。
「そ、その……フィアナ? 一旦、移動しよう。ねっ?」
「そ、そうね! えっと……その、あなたたちも。イリスの気持ちも考えないで、私を『お母さん』とか言っちゃダメよ?」
「――フィアナさん。一番気になってたの、やっぱりソレなんですね……」
 精霊さんたちに言ったフィアナさんにリーゼちゃんが、にがわらいで言いました。
 ――だけど……わたしの気もち、ですか?
 『イリスちゃんの気持ち?』
 『ねーねー? イリスちゃん、フィアナお母さんが【おかあさん】じゃ、いや~?』
 精霊さんたちが訊いてきました。
 わたしの気もちは――かんがえるまでもありません。

「えっと……わたしはずっと、フィアナさんは『おかあさん』って、思ってるよ……?」

「い、イリス……?」
 フィアナさんが、お顔をまっかにしてますが……いまは気にしませんっ。
「……はじめて会ったとき。フィアナさん『あなたのお父さんのお友達』って言ったから――『おかあさん』って呼んじゃいけないのかなって思ってたんだよ?」
「そういえば……言った、わね」
 周りのヒトたちからは――
「「「「「 外堀とっくに埋まってたああああッ!? 」」」」」
 なんて声があがりましたが、意味がわからないので気にしませんっ!!
「……わたしも、フィアナさんを『おかあさん』って、呼んでいいの……?」
 わたしは、アリアちゃんが『おかあさん』って呼ぶのが、ちょっとだけうらやましいって、思っていました。
 だから。もし呼んでいいのなら――とっても嬉しいですっ。
 そう思っていると、フィアナさんはしゃがんで、さっきの精霊さんたちのときと同じように、わたしと目のたかさを合わせて。
「イリスに『おかあさん』って呼ばれるのは、イヤじゃないわ。――むしろ、嬉しいって思うの。……だけど、少し待ってもらえないかしら……?」
「えっと……『少し』?」
「ええ。とりあえず今回の件が終わったら……いろいろと話しを付ける事にするわ。……それでいいわよね、カリアス?」
「――うん、わかった。そのためにも、今回の仕事はしっかりやらないとね。……イリス? そんなわけで、ちょっと待ってくれるかな?」
 そう言うフィアナさんとおとうさんには、朝の気まずい感じは、もう無くって。
 まるで、いっしょに戦っているときみたいな――とってもステキな雰囲気です♪
「うんっ! たのしみに待ってるよっ♪」
 周りのヒトたちは――
「そ、外堀埋まったどころか本丸へのダイレクトアタック宣言!?」
「大将も逃げる気ねぇぞ!?」 「殿! 落城寸前にゴザル!!」
 ――やっぱり意味がわからないので、全然気になりませんっ。

「――あのぉ? すんませんがねぇ~?」

 そんなとき。うしろから、ちょっと怖そうな声が、聞こえてきました……?
「「「 ……あっ 」」」
「み!?」 「みゅうっ!?」
 みんなが、わたしたちの後ろを見て、顔をあおくしてます……?
 それに――精霊さんたち、いつの間にか姿をけしてます!?
 わたしと、おとうさんと、おか――フィアナさんが、そ~っと後ろを見ると。
 お店のおじさんが、とっても『怖い笑顔』でこちらを見ていて……?

「大変イイ話なのは結構なんだがー、店先でやらねぇでほしいんだがなぁ……?」

「「「 すみませんでしたっ!! 」」」
 わたしたちは、あわててお店から離れましたっ!
 ……あ。お買い物は別のお店で、靴とご飯とカバンを買いました。
『あのお店、もう行けない……』って、おとうさんたちは落ち込んでいますけど。


(SIDE:カリアス)

「――話は伺っております。どうかお気を付けください!」
「ありがとうございます。――じゃあ皆、行くよ?」
「「「「 はいっ! 」」」」
「み!」 「みゅう♪」
 遺跡の入り口を警備している自警団の人と言葉を交わし、子どもたちに声をかけると。
 気合いの入った――だけど、まるでピクニックにでも行くかのような、楽しそうな返事が返ってきた。
 それに、フィアナと苦笑いを交わすと――僕たちは遺跡へと踏み込んだ。
 今日は朝一でいろいろ……うん。良くも悪くも、いろいろあって。
 フィアナとは少しギクシャクしてしまったけど――僕の中で覚悟は決まったから、今はこちらに集中する事にした。

「二層までは滅多に魔物は出ないけど……油断はしない様に。――僕は『生命察知』をやるから、リーゼは地中探査をお願い。常時展開、いける?」
「はいっ! よっぽど大変な事にならない限り、大丈夫です」
 リーゼの能力を使えば、僕の『生命察知』は必要無いんだけれど……僕の術の実地訓練と、リーゼの能力を抑える練習のため、必要の無い状況では控えてもらっている。
 ……広範囲の察知能力は、わかり過ぎると疲れるらしいし……余計な事まで知ってしまう事もあるため、自然に抑えられる様になりたいと言っていた。
「よし。じゃあ行こうか」
「「「 はい! 」」」
「……あれ?」
 ……まさかの第一歩目で、リーゼが何かに気づいた。
「――リーゼ、何かあったの……?」
 フィアナが訊くと、リーゼは首を傾げながら。
「えっと……隠し通路とかではないんですが……地面に何か、埋まってる……?」

「えっと……この下、ですね」
「――え? ここ?」
 フィアナが意外そうに言うのも当然で、そこは通路のド真ん中。
 リーゼを疑うわけではないけれど、一応僕も闇聖術で地中を探ってみると。
「……うん。確かに何かあるね。――イリス。掘るだけなら精霊術でいけると思うから、お願いできるかな?」
「うんっ!」
 イリスが返事をして、目的の場所に手をかざすと……土だけが取り除かれた様で、発生した穴の中には大小の石と――
「――探査に反応したのはコレかな……? フィアナ、何か分かる?」
 見つけたのは、緑色の石。何か魔力反応があるし、ただの石ではないと思うけれど。
 精霊術で成分分析してもらうと……フィアナの顔色が変わった……?
「……カリアス。これ、魔石化した緑宝石の原石……」
「へぇ、それは凄い――」
 さらっと流しかけて……相場を思い出す。
 魔石は魔道具作成に必要な、大地の魔力を宿した貴重な鉱石の総称。
 そして緑宝石は……加工した物ならば、指輪に付けられるサイズでも、僕の一月の給金が飛んでいく。それが――手の平サイズで、しかも魔石になったモノ……?
「な、なんでそんなモノが、しれっと埋まってるんですか!?」
 やっぱり女の子だからか、価値の予測がついたらしいリーゼが声を上げた。
「この遺跡、半ば暴走して無秩序に拡張していったのよね? ……その際に、地中にあったモノが押し上げられた上で、構造体に混ざった、のかしら……?」
 ……多分、フィアナの予測のとおりだろう。あと、補足するなら……。
「この遺跡、所々から闇聖術に似た魔力が出てるんだよ。……偶然なのか意図的なのかは分からないけど、そのせいで精霊術での探査が届きづらい場所があるね。……隠し通路を見つけられなかったのも、そのせいだよ」
 闇聖術は、知っている者すら極めて少ない。ただでさえ隠蔽(いんぺい)を始めとする補助に特化した術なのに――存在も知らなければ、隠蔽されている事にすら気付けない。
「……この原石が魔石化しているの、その魔力の影響なのね……って、それって!?」
「兄ちゃん……? まさか、まだ幾つも埋まっている可能性があるって事!?」
「……うん。そうなるね」
 ――あとで、レミリアとリリーさんに相談した方がいいな……。
「と、とにかく! こういうのは今度でもいいんだから、とりあえず進むよ! 三層からは魔物も出てくるから、油断しない様に!」
 そう言って、なんとか気を引き締め。僕たちは先の階層に進んだ。

■イグニーズ遺跡第四層

「あった! こんどはキレイなあかい宝石だ♪」
「みぎゃあっ♪」 「みゅうみゅうっ♪」
「おおっ!? 大きさはさっきの程じゃないけど、綺麗だな!」
「コレでペンダントとか作ったら、アリアちゃんに似合いそうだよね♪」
「……そう、かな? リーゼおねえちゃん」

 ――緊張感というモノは、もはや残っていなかった。

「……確かに、赤髪のアリアに紅玉石のペンダントとか、似合いそうよね……」
「そうだね……リースが気に入ったらしい紫水晶も、色合い的によく似合っているよね」
 僕とフィアナも……現実逃避気味に、そんな事を言い合う。

 ――なぜか、魔物が一切出なかった。
 いや、たまに察知に引っかかるんだけど……こちらに全く気付かず、別方向に少し進んだ所で、いつも反応が消失する。

 リーゼの本来の能力程ではないけれど、闇聖術の探知範囲は広い。さらにイリスの精霊たちにも、危険があったら教えてもらえるように頼んである。
 ……だから奇襲どころか、ほとんど危険が無い事が、早い段階でわかってしまう。
「みゅっ♪ みゅっ♪ みゅう~♪」
「みっ♪ み♪ みぎゃっ♪」
 さらに――宝石が見つかる度に嬉しそうに小躍りする、愛らしい小動物(竜)。
 ……これで、緊張感を維持しろって言う方が無理がある。
 そして、その発掘された魔石化した原石は……今見つかったので、五個目。
 品質や加工した後にどうなるかは、専門家じゃないからわからないけれど……リースが抱えている、両手サイズ紫水晶の魔石とか、いくらになるんだろう?
「――ちなみに、ざっと最低額を試算してみたんだけど……聞く?」
「…………いや、止めとく」
 既に笑みが引きつっているフィアナを見て、聞かない方が良いと察した。
 あの様子だと――多分、一軒家が買える額にはなっていそうかな……?
 ……この後の探索次第で、一軒家が屋敷になったり、場所が一等地になったりする可能性すらありそうだけど。
「ねえフィアナ……? 精霊たち、別に何もしてないよね?」
「――ええ。近くに居る気配はあるけど、何もしていないと思うわ……」
 本当にこの順調に過ぎる探索行は、なんなんだろうか?
「と、とにかく、この先から隠し通路に入るから――」
「……そうね。そこそこの頻度で魔物が湧くって話だったもの、ね?」
 魔物と遭遇すれば、緊張感は戻るはず――だけど。なんだろう、妙な予感が……?

■イグニーズ遺跡・隠し通路内(目的地までの約40%地点)

「――もう結構な時間だし、場所的にも丁度良いんで、ここで一泊していきます……」
「「「「 は~い♪ 」」」」

 ……子供たちは、もはやピクニックのノリである。

 通路の行き止まりが、休息をとるのに丁度良い広場になっていた。
 出口も一カ所だけだし、ここでなら安全に休めるだろう。
 ……気にする必要があるのかは、疑問だけど。
 リースはリーゼの腕の中で、ウィルは僕の頭の上で、すでに眠りに就いていた。
「じゃあ、まずは食事の用意なんだけど……イリス?」
「なあに、おとうさん?」
 僕は、頭の上のウィルを起こさない様に抱き上げ、イリスに。
「……とりあえず、ウィルをお願い。あと――僕とフィアナは、ちょっとだけ来た道を見てくるから、イグニーズに来る途中と同じ感じで料理の準備、できる?」
「えっと……うん、大丈夫。火もつかっていいなら、ちゃんとお料理できるよっ」
「うん。それでお願い。リーゼも料理の方に、お願い出来るかな?」
「はい。それはいいんですが……カリアスさんたちは、何をしに?」
 少し心配そうに訊いてくるリーゼ。
「……うん。ここまで魔物が一切出ないのは、さすがにおかしいからね。――思い当たる事があるから、ちょっと確かめてくる」
「おもいあたること……? なにか、たいへんなこと?」
「大丈夫よ、アリア。大変じゃないって事を確かめに行くだけだから」
「うん。ちょっと戻るだけだから、すぐ帰ってくるよ。――エリル? もし出来るなら、テントの設置をしといてくれると助かるよ」
「うん、わかった! 兄ちゃん、姉ちゃん。気を付けて!」
「……わたしもテント、おてつだいする。――いってらっしゃい」
 と。子供たちに見送られて、僕とフィアナは来た道を戻った。

「――で? なんとなく理由が分かったって言ってたけど?」
「うん。ずっと『生命察知』をやっていて、気付いた事があるんだよ」
 闇聖術による『生命察知』は、実際は『生命』よりも『意思』の方を察知する。
 だから生命体以外にも、非生命体の魔物も問題なく、しかも広範囲で察知できる。
「実はそこそこの頻度で、魔物は湧いているんだよ。……でも、なぜか僕たちの一定範囲内では湧かないし、近づいてきたモノも、その範囲内に入ると直ぐに消えるんだ」
「それって……一種の結界みたいになっているって事?」
 多分、その通り。……でも、そんな術は誰も使っていない。
『ならば何故?』と考えると、このメンバーには特異な存在が、二人と二匹。
「範囲は――ここくらいから、かな?」
 言いながら『生命察知』と、聖術の『灯火』を発動。そして少し歩くと――
「……やっぱり」
「 ? 何があったの? 聖術の光が、少し暗くなった気がするけど」
「――いや、暗くなったんじゃなくて、元に戻っただけ。……一定範囲が『聖域』みたいになってる、かな……?」
 通常なら、繰り返し浄化や祝福の儀式を行う事で作り上げる『聖域』。
 その範囲内には並の魔物は存在する事ができず、聖術の効果も上昇する。構成次第では、さらに魔力回復促進や、体力回復効果も付与出来たりする。
 それが――あの子たちの一定範囲には、常に自然発生している。
「それって――イリスとリーゼ、それとウィルとリースの力……?」
「……間違い無いね。だって、同時に闇聖術の隠蔽系の効果もあるみたいだし」
 範囲から出た途端、『生命察知』によるイリスたちの反応が消えた。
 ……『聖域』を境界線にして、範囲内や、範囲内から外を探る事は出来るけど、外から中には探知系がほとんど無効化されている。
「という事は、魔物たちは……?」

「……一定範囲では発生を許されず、元から居た魔物もこちらに気付けず……意図せず範囲内に入った瞬間に、存在を削り取られて消滅、かな……?」

「――存在するだけで聖域を作って、歩くだけで魔物を殲滅(せんめつ)って、どういう事よ……」
 驚嘆とか驚愕とかを飛び越えて……ただひたすら、頭が痛い。
「まぁ、理由は分かったし――戻ろうか」
「……そうね」

 ――と。そうして戻ったんだけれど。
「……ねぇイリス? これは何かな……?」
「えっと……土の精霊さんにお願いして、いっしょにつくったのっ!」
 ――最近、勢い任せで誤魔化そうとする事を覚えた、僕の愛娘。
「リーゼ? なんでこんな事になったのか、知っているかしら?」
「えっと……最初はお風呂を作ろうとしてたみたいです。それで『どれくらいの大きさにする?』っていう話になって――」
「……『じゃあ、どれくらい、おおきくつくれるの?』っていったら、とってもおおきくつくれるみたいだったから……」
「俺が『家が建ちそうな広さだな』っていったんだよ……」
 ……なるほど。経緯はよくわかった。それで――

「――それで、本当に家を建てちゃった、と」
 広場の半分ほどの範囲を全て使い、二階建ての石造り建物が、そこに鎮座していた。

「え、えっと――『どこまで出来るかな?』って思ってたら……やりすぎちゃいました! ごめんなさいっ……!!」
 結局素直に謝るイリスに……元々あんまり無かった毒気が、完全に抜かれた。
「その……イリスちゃん『みんな疲れてるから、立派なお風呂つくるんだっ』って言って張り切っていたんです。――方向性が、迷子になりましたけど」
「みぎゃあ……?」「みゅう……」
 リーゼに続き、ウィルとリースも『おこらないで?』って言ってるみたいで。
 ――なるほど。皆のために張り切っていたのか。
 ……リーゼが言う通り、方向性が迷子になって、しかも暴走気味だけど。
「――元から、怒る気は無いよ。……ただ、やり過ぎは気を付けようね?」
「は、はいっ!」
 ――うん。本当に、怒る気は無かったんだ。
 ……ただ『宿泊施設もついて、余計ピクニックになったな』って思っただけで。
「私も、怒る気は無かったわよ? ――ただ、探索がどんどん快適になって……精霊さんを叱っちゃったの、どうしようかなって思っただけで……」
 フィアナが申し訳なさそうに言うと――突然、赤、青、黄、緑の光が現れ。
 今朝の市場でも見た、精霊たちが姿を見せた。
 『大丈夫! いろいろ見てたけど、お母さんのせいじゃないぞっ!』
 『イリスちゃん、とっても優しい子。頑張る向きが方向音痴なだけ……』
 『最初のお願いが「いっしょにお家つくろ!」なのは、さすがに予想外だったの~』
 『でも、見てて楽しかったよっ!』
 楽しそうに言う姿からは、気を悪くしている気配は一切感じられない。
「その……励ましてくれて、ありがとう、ね?」
 フィアナが、少し戸惑いがちに言うと。精霊たちはニッコリ笑って――
『『『『 どういたしまして、お母さん♪ 』』』』
 ……フィアナの『お母さん』は、もう揺るがないらしかった。


 食事も入浴も(遺跡内なのに)済み。一応、交代で見張りをしながら眠る事に。
 六人(と二匹)だから三交代が理想だけど……危険は少ないし、今後のために経験させておくというだけの意味で、二交代制。
 しかもいろいろと面倒がない、男女で分かれる事にした。

「――リーゼと兄ちゃんの闇聖術、本当に便利だよな……」
「補助特化だからね。……確かにこういう状況だと、特に役に立つよね」
 闇聖術が司るのは、闇・大地・安息。そのため、快眠を促す事もできたりする。
 相手の戦意を減衰させる術の応用なんだけれど……精神を安定させ、外部の音や気配など、余計な刺激を遮断。これだけで、眠りやすさは段違いになる。
 なにせ少し興奮気味だったイリスも、これでアッサリ眠ってしまったのだから。

 ……と。イリスの安らかな寝顔を思い出したせいか、思わず欠伸が出てしまう。
「……兄ちゃん、大丈夫? 朝から少し眠そうだったし」
「聖術もあるし、体力は大丈夫だよ。……精神方面で、ちょっと疲れてはいるけど」
 ……見張りを交代するとき、リーゼに闇聖術をお願いした方が良いかもしれない。
「朝からいろいろあったもんな……。それで、ちょっと訊いていいかな……?」
「――うん。まあ、いいけど」
 朝方、ギクシャクしていた理由だろうか。それとも、店での件だろうか……?
 前者は……フィアナに無断で話すのもアレだから、言えない事もあるけど。
「――イリスがフィアナ姉ちゃんを『おかあさん』って呼ぶようになるって事は……そういう事、だよな?」
「……まぁ。そういう事で、合っていると思うよ?」
 ――こういう状況でこういう話って、女性がするものってイメージがあるんだけど。
 少しだけ、頬が熱くなった気はするけど。半ば宣言したも同然だから、今更の話。
「朝方は気まずそうだったのに――あの一件があってから、フッ切れたみたいだから。どうしてそうなったのかなって……」
 ――ああ、その事か。確かにあの状況……人によっては、むしろ気まずさが悪化していても、おかしくないかもしれない。
「まぁ。今朝は……お互いに意識していた事を知っちゃってさ? どう向き合っていいか分からなかったんだよね……」
 こういう状況に限った事ではないけれど。
『気まずい状況』っていうのは、相手とどう向き合えば良いのか……どこまで踏み込んで良いのか分からないから、だと思う。
「――そこにイリスが、あんな事を言い出して。だから……僕にもフィアナにも、踏み込まなくちゃいけない理由が出来て……」
 ……僕とフィアナだけだったら。逃げ腰のまま探り合いを続けて、まだ引きずっていた可能性が高い。
「フィアナが踏み込むって――向き合うって示してくれたから。僕も、踏み込んで良いんだ、踏み込もうって……覚悟を決められたんだよ」
 僕たちは、お互いに『負けたくない』。
 たとえお互いの意識が、男女のそれになったとしても。
 だから……逃げない。相手からも、自分からも。――それが、僕たちのスタンス。
「だけど兄ちゃんたち、付き合うとかを飛び越えて……その、結婚に、なるんだよな? それはいいの?」
「――すぐにそうなるかは分からないよ? だけど……それに関しては、なぜか全く違和感が無いんだよ」
 お互いに、イリスとアリアという『子供』が居るからか。それとも単に、付き合いが長くて気心が知れているからかは、わからないけど。
 ――あ。だけど……一つだけ。懸念があるとしたら、一つだけある。
「そうだ、エリル。――『初恋』って自覚したの、どんなとき?」
「――は? な、なななんの事!?」
 人に訊いておきながら、今更とぼけようとする我が弟分。
「リーゼの事、気付いていないとでも? ……上手くいきそうで良かったね」
「ぐっ! ……まぁ、ね。――不安は、まだまだあるけど」
 目を逸らしながら言うエリルが微笑ましくて……思い切り子供扱いしそうになるのを、何とかこらえる。
「……それで、自覚したとき、だったっけ? ――俺の場合でいいの?」
「うん。ぜひ、それで」
 拗ねた様な顔で言うエリル。
 女性が恋の話を好むという理由を、なんとなく理解しながら……耳を傾けると。

「――初めて『コイツには、弱い所を見せたくない』って思ったとき、かな?」

「……ああ、なるほど」
 不思議と、心にストンと入り込んだ。
 もちろん、下に妹や弟が居る場合など、当てはまらない人も多いだろうけど。
 ――『じゃあ、僕は?』って考えようとして……考えるまでもない事に気付いた。
「ぷっ、あ、あははははははっ!」
「に、兄ちゃん……?」
 いきなり笑い出した僕に、エリルが戸惑った声で話しかけてきたけれど。
 僕のフィアナへの感情は、本当に恋愛感情かが、少し不安だった。
 この前レミリアに初恋の話を訊かれて、答えられなかったから、さらに。
 だけど――やっとわかった。初恋がピンとこなかった理由も。していないのかと言われて、違和感を覚えていた理由も。

 ――そりゃ今に至るまで一貫していれば、客観的には見づらいよね。
 特別な想いを抱いている事が……僕にとっての普通だったのだから。

「……ありがとう、エリル。心のつかえが取れたよ」
「よく分からないけど……うん、なら良かったよ」



   ◆◆◆次回更新は2月17日(金)予定です◆◆◆

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