第三編 四章の1 光と闇

作者:緋月 薙

四章の1  光と闇
(※今回は 幕間の3 新入隊員(?)と親衛隊の日常 と合わせて2話分の更新になります)


(SIDE:イリス)

「あっ、リリーさんだ! やっと着いたね、おとうさんっ♪」
「うん、そうだね。……本当はココ、三日目に着けば十分だって思ってたんだけど」
 奥の通路の入り口に、リリーさんの姿が見えましたっ!
 リリーさんは、この前の日蝕のときに見た戦うための服で。さっきまで魔物と戦っていたみたいで、剣を手に持っています。

 わたしがつくったお家でお休みして。
 それからまた、いっぱいあるいて――いま、外はお昼くらいだそうですが、やっと目的のところに着きました!

 リリーさんはわたしたちに気づくと、とってもおどろいた顔をしました。
「――なっ、もう着いたのですか!?」
「うんっ、いっぱいあるいたよ♪ えっと……おつかれさまです、リリーさんっ!」
「え、ええ……。イリスちゃんも――皆さんも、お疲れさまです。到着は早くても明日以降かと思っていたのですが……」
「――ええ。私たちも、その予定だったんだけど……ちょっと、甘く見ていたわ」
 フィアナさんが、ちょっと困ったみたいな顔です。
「甘く見ていたのに、早く? ――ああ、イリスちゃんたちを、ですか……?」
「……あ、あはは。詳しくは後で話しますが――あれ? 他の自警団の方々は?」
 あ。言われてみれば……おとうさんが言うとおり、他に自警団のヒトたちがいません。
「私の他に三名は拠点に残っていますが……今はほとんど周辺の探索や、転送珠で街に戻っての買い出しに出ています。夕刻には戻ると思いますが――」
「そういえば……カリアスさん。途中で『生命察知』に変わった動きをしている集団が引っかかったって言ってましたけど――あれが自警団の方々だったのでは?」
 リリーさんのお話しで、リーゼちゃんが思い出して言いました。
「――そういえば、あったね。闇聖術だと識別は出来ないからな……」
 近くにきたら、わたしやフィアナさんが精霊術でしらべようってお話しでしたが……近付かなかったので気にしませんでした。
「兄ちゃんたちの術、便利だけど落とし穴もあるんだな……」
「人が使う以上、万能な術なんて無いんですよ、エリル君? ――あ。失礼しました、とりあえず我々の拠点へ――あら?」
「みゅう! みゅう♪」
「みぎゃっ♪」
 リースとウィルが、とちゅうで見つけた宝石をもって『きれいでしょっ♪』って言っています。
「あら? とっても綺麗ですね、リースちゃん、ウィルくん?」
「……リリーおねえさん。こういうの、いっぱいみつけた」
「あらあら♪ アリアちゃんのは、まるで紅玉石――…………ちょっとお待ちを」
 リリーさんの顔色が変わりました! まるで怖いモノを見るような目で、ウィルとリースがもってる宝石を見なおしています。
「み?」 「みゅ?」
「…………カリアス様、フィアナ様。これはどういう……?」
「あー……うん、そうなるわよねぇ。ちゃんと説明するから、中に入っていいかしら?」
「あ、はい、それはもちろん。――交代要員を呼びますので、ご案内させていただきます。……あと、一つお訊きしたいのですが――」
 リリーさんはそう言って、持ったままの剣を見て、周りを見てから。
「つい先ほどまで交戦していた魔物が、突然消滅したのですが――何かご存じではありませんか……?」
「「「「「 ………… 」」」」」
 わたしたちは、そろって目をそらしました。

      ◆      ◆

 おとうさんとリーゼちゃんは、リリーさんとお話し中です。
 宝石がうまっているっていうのは大発見だったみたいで。『今後のために』って、闇聖術のとくちょうや対処方法?
を訊かれています。
 リースは『おかあさんといっしょ!』って言って、エリルくんは『護衛』って事で残って――ウィルは悩んでいましたが、おとうさんとリースがいるほうをえらびました。

 それで、わたしとアリアちゃん、それとフィアナさんは……むかしアリアちゃんと仲がよかったっていう『おねえさん』の部屋へむかいました。だけど……。
「アリアちゃん。……ここが、そうなの?」
「……まちがい、ない。ここが――『おねえさん』が、つかってたおへや……」
 そう言うアリアちゃんは、とっても懐かしそうで……悲しそうで。 

 そのお部屋には――なにも、ありませんでした。
 ――いえ。たぶん自警団のヒトが、たまたまこの部屋をつかっているみたいで。そのヒトの荷物はありますが……他は、なにもありませんでした。
 ……アリアちゃんがココで暮らしていたときから、三千年がたっているそうです。
 ――そのあいだに、全部……?
 なにもない……だけど、ヒトがいたことだけは、分かる場所。
 光も入らないココは、まるでお墓みたいで――
 そう思っていたら、後ろから、アリアちゃんが抱きついてきました。
「……おねえちゃん。わたしは、だいじょうぶ。――かなしいかお、しないで……?」
「――うんっ。……ごめんねアリアちゃん。ほんとうは……『おねえちゃん』の、わたしがなぐさめるところ、だよね?」
「……だいじょうぶ。――ありがと。『おねえさん』のために泣いてくれて……」
 わたしを抱きしめるアリアちゃんの手に、わたしの手も重ねて。……背中の、アリアちゃんの温かさを感じながら。
 会ったことも……声を聞いたこともない『おねえさん』に、お祈りしました――
「――アリア? その『おねえさん』の事、聞かせてくれるかしら……?」
 わたしたちを黙って見守ってくれていたフィアナさんが、そう言いました。
「……おねえさん、たしか『ちしつがく』?
を、おべんきょうしてたヒトで……だけど、絵もとってもじょうずだった。よく、ほかの女のヒトと、お絵かきしてた」
「……ふふっ。ちょっと、変わった人だったのかしら? でも、良い人そうね?」
 アリアちゃんの頭をなでながら、フィアナさんが優しく言いました。
 お勉強が好きで、お絵かきがとっても上手なヒト――あんまり想像できませんが、なんだかとっても楽しそうです。
「よく、わらいながら、たのしそうにお絵かきしてたけど……わたしがいくと、すぐやめて、『遊びに行こう?』って、いってくれたの」
「……そう。優しいヒトだったのね」
「うん――……あっ」
 なにか、思いだしたんでしょうか? アリアちゃんは、お部屋をきょろきょろして。
「アリア、どうしたの?」
「……うん。たしか――ここにベッドがあったから、そのした――ここ……?」
 アリアちゃんが、床の一カ所をおすと――
 ――『ぷしゅうっ』って音がして、床石の一つが浮きあがりました!?
「これは、隠し書庫……?」
「――おねえさん、だいじなモノは、ここにしまうって……あっ!」
 ……浮いた床石の下には――たぶん、男のヒトが二人寝て入れるくらいの広さの穴があって。中には、本がいっぱい入っています。
 だけど――その一番うえには、一枚の絵があって。

 ――それは、満面の笑みの、アリアちゃんと小さな竜でした。

 小さな竜は、昔のハールートでしょうか?
 とっても上手で……とっても、優しい、絵でした。
「――わたし、あのころから、あんまりわらえなくてっ……でも、おねえさん、『笑うと、もっと可愛いよ?』っていって、なにか、かいてた……!」
 アリアちゃんは、絵と……きっとその向こうの『むかし』を想って、泣きました。
 両手に持った絵を、ぬらさないようにして。……床に、水の跡ができていきます。
「……アリア」
 フィアナさんも……少し泣きながら、アリアちゃんを抱きしめました。
 わたしは――アリアちゃんの手をにぎって。……こんどは泣きません。
 いまは、アリアちゃんの番だから。わたしは、絶対に泣きません……!

 みんなが、少し落ちついた頃。フィアナさんが言いました。
「……この書庫の事、リリーさんに報告してから――この絵、貰っていきましょう?」
「――ん。ありがと、おかあさん……」
 ……フィアナさんに甘えるアリアちゃんの口もとに、小さな笑みがうかびました。
 そのことに安心して――だからわたしは、ちょっと元気にお話ししますっ。
「えっと……他の本も、なんの本だろうね?」
「……そうね、文献としても期待出来るかも。多分この時代の文字なら読めると――」
「……あっ」
 アリアちゃんが、なにか声を出しましたが……。
 フィアナさんは本を一冊とって、ペラッてページをめくって――
「っ!? ……………………」
 ――あれ? お顔がまっかになって……そのまんま、熱心に読みはじめました?
 なんの本なんだろうって思って。古代語は、わたしもちょっと教えてもらっています。だから、かんたんな文章なら読めるかもって思って、一冊――
「っ! だ、だめよイリス! まだイリスには早すぎるわ!!」
「――え?」
 あわてたようすのフィアナさんが言うので……本はフィアナさんにわたします。
 ……ちょっとだけ見えたんですが、中は絵がいっぱいみたいでした。
 あと、タイトルも読めたのですが――

♂♂(おとこ)の薔薇道』

 あと、フィアナさんが持ってるのは『愛しの兄貴と♂本(いっぽん)勝負』。あと、書庫の中の本には『お坊っちゃまくんと♂』っていうタイトルが見えます。
 ……『♂』って、どんな意味なんでしょう?
「……ああ、そういう事? 女の人と一緒にお絵描き……あと、アリアが来たらお絵描きをすぐに止めたのも……?」
 なにかフィアナさんが、小声で言っています。
 アリアちゃんは、ずっと目をそらしています。
「……アリア? あなたはこういう本……見た事は?」
「…………こっそりと、すこしだけ」
 目をそらしたまんまアリアちゃんが言うと。フィアナさんは、上を見上げて……。

「…………いろいろ、台無し」

 そう言って、さっきとは違うかんじの涙を流しました。
「――あ。こちらでしたか――何か、あったのですか……?」
 時間がかかってしまったので、ようすを見るためか、リリーさんがきました。
 リリーさんは……わたしたちを見て、心配そうな声です。
「……ええ。あったわよ。――無事な隠し書庫があって……まず、これを」
 フィアナさんは、アリアちゃんとハールートの絵を、リリーさんに見せました。
「これは…………素晴らしい方、だったんですね……」
「――うん。ありがと」
 リリーさんは……少し涙を浮かべて、アリアちゃんに。
 アリアちゃんは……すこしだけ嬉しそうに笑って言いました。
「そして――こういうのが、書庫に一緒に入っていたわ」
「――拝見します」
 フィアナさんがわたした本を、リリーさんはタイトルも見ないで開いて――
「……………………」
 なにも言わずに頭をかかえましたっ!?
 そして、しばらくなにを言うか迷っているみたいにしてから。
「――す、素晴らしい才をお持ちの方、だったんですね……!」
「…………ありがと」
 アリアちゃんは、ちょっと目をそらして応えました。
「……あの書庫の中、全部その手の本みたいなんだけど――どうする?」
「……回収、するしかないかと。古代の文献である事に違いはありませんし、暗号の類が無いとも言えませんから……一語一句に至るまで、検分する事になるかと……」
「…………当人が生きていたら、外道の所業よね、それ」
「――おねえさん、ごめんなさい……」
 どこか、とっても遠いところを見ながら言うフィアナさんとアリアちゃんを見て。

 わたしは――心から『安らかにお眠りください』って、お祈りしました。


(SIDE:カリアス)

「これが、例の『門』……」
 精緻な彫刻が施され――開かれれば、ハールートの巨体ですら楽に通れそうなそれは、もう城門とすら言えるほどの物だった。
 それが――小さな明かりのみで照らされる、広大な地下空間の薄暗闇に佇む様は、いっそ壮麗とも言える程の光景だった。
「我々も初めて見たときは、そういう状態でした」
 リリーさんの言葉を朧気(おぼろげ)に聞きながら、僕は『門』を呆然と見上げていた。

 フィアナ、イリス、アリアが戻って来てから、少し遅くなった昼食を取って。
 それから――探索は自警団の方々が戻ってきてからにするとしても、とりあえず『門』が開くかを試してみよう、という事になった。

 ――それにしても……なんだか戻ってきたフィアナたちの様子がおかしいけど、何かあったのかな?
 隠し書庫で発見したっていう、アリアとハールートの絵は、見せてもらった。
 ……すごく、優しい眼で見ていた事がよく分かる、とても温かい絵だった。
 僕も心から、惜しい人を亡くしたなって思ったけれど――それだけじゃない様子で。
 まるで精神をガリガリ削られた様な有様だったけれど、理由は教えてくれなかった。
 ――そういえばフィアナは、見慣れない書物を大切そうに持っていたっけ。
 妙にコソコソしていた気もするけど、例の書庫の本だろうか。後で見せてもらおう。

「……あれ?」
 何とか立ち直った僕は、『門』の向こうの様子を探ろうとしたんだけど……?
「どうしたの、カリアス?」
「……うん。リーゼ、闇聖術と能力も使って、門の向こうを調べてみて」
「――え? あ、はい。…………あれ?」
 フィアナに訊かれたけれど……念のために、リーゼにも探知をお願いする。
 そして、その結果――僕と同じ反応になった。
「どうしたの、リーゼちゃん、おとうさん?」
「えっと――『門』の向こう側が、分からないの……」
「『門』自体に闇聖術に似た術が掛かっていて、その向こうが全くわからないね。――これ、ハールートが言ってた『空間隔離』かな……?」
 中枢部に掛けられているという、遺失技術の『空間隔離』。
 ハールートは以前『空間隔離のせいで、精霊でも調査ができない』と言っていた。
 それが掛かっているならば、どんな攻撃も無効化されて当然。そして、それが掛かっているという事は――この奥は遺跡中枢部……?
「それでリリーさん? どこに触れば反応が?」
「はい、その右の――あれです。あの台座の様な所の、変わった金属の板、ですね」
 リリーさんが言う通り、門の右脇の壁に、僕の腰あたりの高さの台座……の様な物が存在していた。
「――じゃあアリア、リーゼ。触ってみようか?」
「はいっ」
 と、リーゼは返事をしたけれど。アリアは――
「……おねえちゃんも、いっしょにやろ?」
「え、わたしも? えっと……リリーさん、大丈夫かな?」
 誘われたイリスが訊くと、リリーさんは微笑ましそうに笑い。
「――ええ。この前、複数人で触ったときは『第四級管理権限保有者が三名――』といった反応でした。何人で触っても、問題無いと思います」
「そっか……じゃあ、みんなで触ろ♪」
 そんな――アリアが誘った時点で、ある意味予想通りな展開により、六人と二匹、全員で触る事に。
 そして全員が配置に着いたところで、イリスが。
「いくよ? いち、にの、さんっ!」
 その声に合わせて、全員が同時に台座に触れると。
『管理権限保有者の反応を感知。解析します――』
「みっ!?」 「みゅうッ!?」
「わっ、ほんとに喋ったよ!?」
 驚きの声を上げたウィル、リース、そしてイリス。
 それ以外の僕たちも皆、驚きの顔で声が聞こえてきた――『門』上部を見上げる。
 そして――

『解析完了。第三級管理権限保有者、三名。第二級保有者、一名。特級権限保有者二名。――開門、可能です』

「「「「「 …………はい? 」」」」」
 予想外――というか、期待以上の結果に、リリーさんも含めた全員が目を丸くする。
「し、質問はできますか!?」
 リリーさんが動揺しながらそう言うと。
『――可能です。どうぞ』
「か、会話ができるんですか!?」
 リリーさんの言葉にすら驚いたのに――それに反応があり、思わず声が出た。
「ええ。先日、意思疎通を試みた者が居まして」
『私は、情報検索システムに学習機能が組み込まれ構成されております。機能維持に精霊力の循環を用いられており、分類は【人工精神】または【疑似精霊】となります』
 ……当然、仕組みも理屈も分からないけれど。
 考えてみれば『生命』すら作り上げる技術がある文明なのだから……会話が可能な門があっても、おかしくないかもしれない。
 ――と、無理矢理にでも納得しておこう。考えてもわからないし。
「え、えっと……ならば『管理権限』の等級は、どういう条件でつけられているの?」
『――該当の情報はありません。私は観測した魔力を解析し、事前に登録されたデータベースと照合、判定しております』
 フィアナの質問への回答は……『決まっている通りに判断している』かな?
「……そう都合良く分かる事でもない、か。だけど誰が何級かが分かれば、いろいろ分かってきそうよね」
「――そうですね。後日、教皇とも相談の上で検証してみましょう」
 リリーさんの言葉で、とりあえず今は先送りにする事が決まったところで。
「じゃあ、門を開けてみようか。……っと、その前に――門の向こう側は安全ですか?」
『私が確認する事はできません。しかし、向こう側に動体反応がある場合、こちら側からの操作はキャンセルされます』
 つまり――開ける事が出来たら、向こう側には誰も、魔物も居ない、という事か。
 ――あれ? 何かひっかかる気が……。
「じゃあ、とりあえず開けてみましょうか。危険そうなら閉じて、自警団の人たちを待てばいいんだし」
「――そうですね。このメンバーでしたら、万が一があっても対応できますし」
 ……確かに。イリスたちが作る『聖域』があれば、並の魔物は怖くない。
 仮に並ではない魔物がいても、この戦力なら対応できるし、最悪の場合は転送珠での脱出路も確保できている。だから不安は無い。
 ――それなのに……僕は何が気になっているんだろう?
 わからないけれど……一応、念には念を入れておこう。
「リリーさん。今、転送珠の予備ってお持ちですか?」
「はい? ええ、持っていますが?」
「……少しだけ、イヤな予感がするんです。片方をお借りしてよろしいですか?」
「――はい、わかりました」
「ありがとうございます。――みんな。これから開けるけど……一応、警戒しておいて」
「「「「 はいっ! 」」」」
「み!」 「みゅうッ!」
 ……なぜかウィルとリースまで気合い十分だけれど。
 とりあえず……これで、何があっても大丈夫なはず。
「――では。開門をお願いできますか?」
『了解いたしました。――門の前へどうぞ』
 声に従い門の前に移動。念のために、リリーさんには少し離れた位置で、全体を見ていてもらう様にする。
「――じゃあ、お願いします」
 そう言った僕の声に応えて――

『了解致しました。――開門。【ポータル・ゲート】、起動します』

 ――え?
 疑問の声を出す前に。
 足下に光が生まれたと思った瞬間、浮かぶ様な感覚に包まれ――

「み? みっ!?」「みゅうッ!?」
 床を再び認識できる様になった直後、真っ先に聞こえてきたのはウィルとリースの声。
 周囲を見回すと――フィアナ、イリス、アリア、エリル、リーゼ。そしてウィルとリースの姿を確認できた。
 それで周囲の光景はというと。
 ……あまり、部屋の大きさも、構造様式も変わっているようには見えない。
 ただ、明かりは足下の陣(?)の青白い光だけで更に薄暗く、周囲の壁に亀裂があったりと、破損・劣化が多々見られる。
 そして――何より、あの大きな『門』が無かった。
「『ポータル・ゲート』……転移門だったのね」
 周囲を警戒しながら、フィアナが。
「……みたいだね。あれだけ大きな門があったから、その可能性を失念していたよ」
 この状況になって、ようやくわかったけれど。
 先ほど気になっていたのは、あの『門』が、なんで反対側の確認も出来ないのか、という点が一つ。
 そしてもう一つが――『向こう側に何かが居ると移動できない』などという安全策は、普通の門なら必要無い。それこそ――離れた空間に突然現れる仕様でもない限りは。
「――みんな、意外に落ち着いているわね?」
 そういえば……フィアナが言うとおり、最初のウィルとリースの声以外に、驚いた様子こそあれど、取り乱している者が一人も居ない。
「え、えっと……私は、リースを落ち着かせなきゃって思いましたから――」
「わたしも! ウィルの『おかあさん』だから、カッコ悪いとこ見せられないよっ」
「『非常事態の時こそ落ち着け』って教えたの、兄ちゃんだろ……!」
「……ん。それに、わたしがあわてても、どうにもならないから」
 それぞれリースとウィルを抱きながら言う、しっかり『お母さん』が定着しつつある、リーゼとイリス。
 多少の動揺も見られるけれど……僕の教えた事を守ってくれている、エリル。
 アリアは……多分、この子たちの中では一番の大物かな。
 こんな状況だけれど、思わず笑みがこぼれ――そうになったんだけれど。

「みっ!? みいぃぃッ!!」 「みゅッ!? みゅうっ! みゅう……っ!!」

 ウィルとリースが、通路の奥を見て鳴きだした。
 ウィルは警戒し、威嚇(いかく)する様な声を。
 リースは、リーゼに抱き着いて、怯えた様子で。
「っ、おとうさん! ウィルとリースが『奥から何かくる!』って……!」
「 ! イリスは転送珠でリリーさんと通話出来るか試してみて! フィアナは『遠見』、リーゼは能力も使って索敵よろしく!」
「うんっ!」 「ええ!」 「は、はいっ!」
「アリアとエリルは、僕と迎撃体勢。――遠距離攻撃も有り得るから、気をつけて」
「ん!」「はいッ!」
 全員が応えてくれたのを確認し――っと、まだだったか。
「ウィル、リース? ――よく教えてくれたね、ありがとう。後は僕たちに任せて、君たちはイリスとリーゼから離れないで」
「……み? みぎゃっ!」
「みゅうっ!」
 通路へ威嚇していたウィルは、少し誇らしげにイリスの所へ。
 リースは、さらに強くリーゼにしがみ付いた。
「おとうさん! お話しできるよっ!」
「 ! ありがとうイリス。――リリーさん、聞こえますか?」
『――はい。ご無事で何よりです……』
 その安堵の声に、心配してくれていたのが伝わってきた。
 実は安心できる状況ではないけれど……この通話が出来たのは大きい。転送珠が使えたという事は、確実な退路が確保出来たという事だから。
「すみません、こちらは少々気が抜けない状況です。――何かが居ます。探査結果次第では、直ちにそちらに撤退します」
『っ! わかりました。――どうかお気をつけて』
「か、カリアスさん! 探査終わりました、けれど――」
 リリーさんとの話しに一段落ついたところで、リーゼからの報告。
 だけど――何か戸惑い気味……?
「――魔物の反応、見つかりません。代わりに先ほどの『門』に掛かっていたのと似た術の反応が、近づいて来ています……!」
「……リリーさん! その『門』に掛けられている術の概要、わかりますか?」
『――はい。【空間隔離による間接干渉の無効化】、らしいです。ですが薄い魔力の膜を媒介にして発生させているそうで、質量を防ぐ効果は弱いそうです』
 リーゼの報告を聞いていたリリーさんが、即座に『門』に訊いてくれた様子。
 ……つまり、直接攻撃以外は無効、という事か。相手によっては厄介かな。
「……カリアス。接近中の魔物、確認。――一応ヒト型の、泥の塊みたいな……これ、人のアンデッドがベースの『闇の落とし子』じゃないかしら?」
 精霊を介して遠方を見る『遠見』の術で、その存在を確認してくれたフィアナ。
「――直接攻撃しか効かない『闇の落とし子』か……ちなみに、イリスたちの『聖域』の効果が出ている様子は?」
『闇の落とし子』とは……魔物を発生させる滅びたの魔王の『残滓』、それを大量に吸収した魔物が変質し、強力な力を持ったモノ。
『残滓』の性質が強く出るため、物理攻撃だけでは倒しきれないんだけれど……。
「……無いわね。これなら『浄化』も望み薄じゃないかしら」
 という事は――戦うなら、やはり直接攻撃で倒すしかない。外からの干渉は無理なんだから…………あれ?
「――ああ、そうか。意外と簡単に倒せる、かな……?」
「――え? おにいさん……?」
 少し驚いた様子でこちらを見てくるアリアに、苦笑いを返して。
 ――勝算は十分にあるけれど……戦う理由が無いなら、退避するのが無難かな?
「っ!? カリアスさん、フィアナさん! 奥に何か居ます!」
「……え? 『何か』って――魔物ではなく?」
「魔物ではないのは確実です。でも、何かは……」
 三千年も閉ざされていた場所で生存できる、魔物以外のモノ……?
「…………カリアス。見えたんだけど――」
「 ? フィアナ、何が見えたんだい?」
 なぜか唖然としているフィアナに訊くと。

「――あくまで『外見は』だけど。人間の女性に、見えるのよね……」

「…………は?」
 こんな所で、人が生存し続けられるとは思えない。
 もしくは……どこかに抜け道があって、出入り出来る、などだろうか?
 どちらにしても……確認は必要かな。
「――『闇の落とし子』、片付けるしかないね。この部屋まで引き寄せて倒すよ」
「兄ちゃん!? 簡単に言うけど――術が効かない『落とし子』なんて、どうやって!?」
「術が効かないなら厳しいけど……外部から干渉できないだけみたいだし」
 旧文明の『空間隔離』っていう事で身構えてしまったけど――直接攻撃が効くなら、単に術耐性を持った相手と大して変わらない。
「――ああ、なるほど。それなら私たちは囮になるから、とっとと片付けましょう?」


「――ん、きた」
「っと、危なっ!」
 通路の奥から放たれた、泥の鞭の様な攻撃を、アリアとエリルが危なげ無く回避。
「行くわよ、イリス!」
「はいっ! いくよっ……!」
 フィアナとイリスが、通路に向かって火球を撃ち込む。
 着弾の音はするけれど、近づいてくる速度に変化は無い。
 そして、魔物が姿を現した。――僕の倍ほどの背丈の、泥の巨人。
 顔の部分には目、口の様な穴が開いており、それが頭蓋骨を連想させる。
 先ほどの泥の鞭は、腕を変形させたものか。
 ――まぁ、もう関係無いんだけどね?
「はあぁっ!」
『――ッッッ!?』
 通路の脇に闇聖術で隠れていた僕は、巨人の背後から輝剣を突き刺す。
 苦悶の反応を見せた巨人が、こちらを見るより早く、発動待機状態の術を解放。
「――『聖輝刃』!」

 輝剣から解き放たれた聖術の――浄化の光が、巨人を内側から四散させた。

 外部干渉が無理なら、内側から焼けばいい。それは聖殿騎士にとって、常套手段。
 しかも威力が『空間隔離』の中に篭ったせいで、一撃で巨体を四散させるに至った。
「――お疲れさま、おとうさん!」
「っと、ごめんイリス。まだ終わってない。一応、闇聖術で浄化して――」
 跡形もなく消しておこうと、巨人が居た場所を見ると……何かが落ちていた。
「――これは……腕輪?」
「カリアスさん! その腕輪から、例の術反応が……」
 呪いの類が掛かっていないか確認してから手に取ると、リーゼが教えてくれた。
「……っていう事は、さっきの『落とし子』の『空間隔離』は、コレが原因……?」

 ――その時。けたたましい音と共に、周囲で赤い光が点滅し始めた。

「な、なんだ!?」
 突然の事に、皆が周囲を見回す。
「 ! みぎゃッ!!」
「え? ――ッ! おとうさん、あそこ!!」
 ウィルとイリスが指さす先は、通路近くの壁。
 そこには赤い光点の一つがあり、それに被さる様に『落とし子』の残骸と――
「なっ、ゴースト!?」
 半透明の姿の、白いコートの様な服を着た中年の男。
 それが――こちらを見て、狂った様に笑っていた。
「く……っ!」
 即座に『浄化』を発動させるが、遅かった。
 男の幽霊は、最期まで笑ったまま消滅したが――音も光も消えない。
「な、なにが起きてるんだ!?」
 エリルが慌てた声を出す。……『何が起きるか』はわからないけど……。
「――多分、この施設で死んだ人が『闇の落とし子』になってたのね。……その怨念が最期の力で、罠か何かを発動させたんじゃないかしら?」
 フィアナが言った通り、おそらく侵入者排除用の罠か何かを発動させたのだろう。
 ……崩落の気配は無い、空気の流れが変わらないから毒の類も無い。ならば――

「――ッ!? みんな通路の奥に! 転移してきます!!」

 僕の考えを裏付ける様に叫んだのは……限定的な『予知能力』を持つ、リーゼ。
「 ! 皆、急いで!!」
 リーゼの予知能力は、日蝕の際に発動して以来、今まで発動していない。
 それが発動したという事は――余程のモノが来る……!
 僕は最後尾を務めようと、皆が通過するのを待ちながら。
「予知が発動したんだね? ――何が来る?」
「大きな植物と、蛇の――多分『闇の落とし子』。どちらも『空間隔離』付きです!」
 ……確かに、ニ体は厳しい。
 奥の『人の姿をした何か』は気になるけど、転送珠で逃げるべきか――
 しかし状況は待ってくれなかった。
「 ! エリル君、避けて!!」
「――え?」
 エリルが振り向いた直後――部屋の中央が強く輝き、同時に巨大な何かが現れ。
 薙ぎ払う様に振るわれた鞭状の何かが、エリルを襲う……!
「くッ!!」
 エリルの回避は間に合い――その、植物の魔物が出現と同時に放った攻撃は、空振りして壁を叩いた。
 みんなが安堵……したのは一瞬のみ。
 打撃の衝撃で壁の一部が崩落し、そこに居たのは――
「リース! 逃げて!!」
「みゅ!? みゅうッ!?」 
 リーゼが走りやすいようにと、自分で飛んで先に向かっていた、リースの小さい姿。
 それを、剥がれ落ちた岩が襲い――

「――間に合え……ッ!!」

 直撃寸前、飛び込んだのは――エリル。
 そして、岩が床に激突する音が響いた後――
「……みゅ? みゅうみゅうッ!?」
「っ、――くっ、いってぇ……!」
 全員が顔を青くする中。土埃の奥から聞こえてきた、リースとエリルの声。
 ――生きていてくれた!
「イリス、リーゼ! エリルとリースを頼む!! フィアナ、アリア! 時間を稼ぐよ!!」
「わかったわ!」
「ん! おねえちゃん、おにいちゃんをおねがい……!」
「うんっ! 任せて……!!」 「みぎゃっ! みぎゃあッ!!」
 崩落地点へ向かうイリスとリーゼと、ウィル。
 そこと出現した魔物たちの間に立つ、僕とフィアナとアリア。
「生きてさえいるなら、イリスが居れば大丈夫。――さて。こっちはどうしようか?」
「転送珠で逃げちゃうのが、一番手っ取り早いんでしょうけど、ね?」
「……ん、ちょっと、あぶなそう?」
 そう言っている間にも、またも飛んできた植物型『闇の落とし子』の鞭攻撃を、聖術で生み出した盾で弾く。
「さっきと同じ手段は、無理かしら?」
「入れば有効だけど……あの植物型の鞭、かなり面倒。単体なら距離を詰めれば良いんだけど、あの蛇が……」
「……ん。とおしてくれないと、おもう。あと――おねえちゃんたち、ねらわれたらタイヘン……」
 両方とも『空間隔離』で守られているなら……倒す為には、攪乱してから大技での一撃が必要になるのだけれど。
 ……攻撃を後ろに通すわけにはいかない以上、それをするわけにはいかない。

 ――さて。どうしようかな、と。



   ◆◆◆次回更新は2月21日(火)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く