第一編 二章の2  新たな暮らしとその周辺

作者:緋月 薙

二章の2  新たな暮らしとその周辺



 (SIDE カリアス)

 執務室に入り『映光(えいこう)(ぎょく)』――僕の両掌に載る程度の大きさの透明な球体を、フォルカスさんから受け取る。
 映光玉は、この球体に映った光景を別の映光玉へ送る機能と、同じように送られてきた光景を、光を壁などに投射して映し出す機能がある。
 特に教会に設置してある映光玉は、魔力認証による使用者の特定・制限、魔力波長の切替による対象の選択、付属装置による音声との同時通信など、普及品よりも遥かに高性能で多機能を誇る。
 僕は映光玉に魔力を通して起動させる。
球体が光を放ち始め、起動した事を確認。続いて登録確認、魔力波長を調整して送信先を設定。対象は――聖殿。

「……こちら聖殿騎士カリアス。――教皇レミリア様、可能でしたら応答をお願いいたします」

 国の宗主たる教皇への、直接通信。
本来なら恐れ多いと言う者も多いだろうが、聖殿騎士にはそれだけの権限があるし、今回は教皇からの直接任務の報告。
 ……まぁ、僕が(正確にはフィアナも)教皇に連絡を取れる理由は、他にもあるのだけれど……それはともかく。
 今は夕刻前。この時間なら普段は執務室に居るはず。
 ――そう考えていた矢先、映光玉に反応。
 放つ光が強まり――やがてそれは集束し、壁に向かい。壁に、彼方の光景を投射する。

 映し出されたのは、一人の若い女性。
 緩やかに波打つ長い髪は、陽光が形を成したかのような美しい金色。
 やや目尻の下がった目に翡翠色の瞳が、落ち着きと同時に慈悲深さも感じさせる。

 それが――信徒から女神の化身と謳われる、トリティス教国宗主、教皇レミリア。

 肩書通りの美貌と能力を備え、多くの国民に敬われる女教皇。
 彼女は、こちらとの通信が可能になった事を確認すると、口を開き――

『ハロハロ~! 教皇のレミリアちゃん☆でっす♪』

 斜めに構えて満面の笑顔にウインク。そして中指と薬指だけを曲げた手を顔の横にかざしてポージングを決めた。
……しかもご丁寧に、聖術で背後に光の粒を舞わせる演出付きで。
厄介なのは――そのポーズが妙に似合っちゃってる事で。

「「「「 …………………… 」」」」

 ジト目で見つめる僕とフィアナ。苦笑いのフォルカスさんに、反応に困って唖然としているイリス。

『……………………』
「「「「 …………………… 」」」」
『……………………』
「「「「 …………………… 」」」」
『……あの? ノーリアクションだと、流石に恥ずかしいのですが……』

「「 な らや る な よ 」」

 立場も緊張感も忘れ、思わず普段(・・)()調子(・・)()声を上げる僕とフィアナ。
 それと同時に、映し出された彼方の景色に変化があった。

『――だから何度もお止めしたでしょう、教皇……』

 そう言いながら映像に入って来たのは、中年の男性。
 無造作に短く切られた茶色の髪に、やや細身ながらも鍛え上げられた身体を、白銀の鎧に包んだ男。
その印象を一言で表すなら――『武人』。
 聖殿騎士団長マクスウェル。トリティス教国のナンバー2にして、単体戦闘力では国内最強を誇る英傑――

 ……その『英傑(えいけつ)』様は、とてもお疲れの様子で、主君へ苦言を呈していた。

『いえ、こんな堅苦しい立場ですと、稀にとってもハジケたくなるんです♪』
「ハジケ過ぎよ、教皇サマ」
『大丈夫ですよ、お姉(・・)()。他に誰も居ない事は、しっかり確認してありますから♪』

 ジト目のままで言うフィアナに、とっても楽しそうに返す教皇――いや、レミリア(・・・・)
 他の信徒にはとても見せられない程、気安い遣り取りを交わす。これは、僕たちがこの女教皇レミリアと、個人的に付き合いがあるからで。

 というのも聖殿にいた頃は、歳が近い僕がレミリアの直接警護を命じられる事が多く、話す機会が多かったため。
さらに(さかのぼ)ればレミリアが教皇継承前、まだ幼かった頃、聖殿を抜け出して遊んでいたのが僕たちだったりする。
 つまり、レミリアも僕たちの幼馴染というわけで。

 さらに――フィアナの事を『お姉様』と言ったレミリア。これは、子供の頃に遊んだメンバーの一人だから、だけではない。
そのままの意味。限られた極一部の者しか知らないが、実はフィアナとレミリアは双子の姉妹。

 フィアナは銀髪のストレートヘアなのに対してレミリアは金髪のウェーブヘア。
フィアナはややツリ目なのに対し、レミリアはややタレ目気味。
そのため普通の人間はまず気がつかないが、知っている者が見れば、二人の顔立ちは実に良く似ている。

 レミリアが教皇を務める『トリティス教』は、太陽と月の双女神を祭っている。
 そこで『束ねる者に兄弟がいては、二柱の女神の力が分散してしまう』と言われており、そのため産まれてすぐ、聖術の資質で劣っているとみなされたフィアナが孤児院に預けられ、表向きにはレミリアに兄弟姉妹はいない事になった。
 ……お陰で、それぞれが年齢や身分を得て事実を知ったとき、僕たちはものすごく複雑な気分になったものだ。
 ……ちなみに、当時から国防の要として教皇家と付き合いがあり、僕の保護者でもあるマクスウェル養父(とう)さん。
 そして――幅広い人脈を持ち、聖殿にも出入りしていた有力者にして、僕とフィアナが居た孤児院の経営者でもあったフォルカスさん。
 よってこの二人も僕たちの関係を知っており、当時からの共犯者――というより、当時からの苦労人と言うべきか。

『お兄様が居なくなってから、話し相手が減って退屈で退屈で……』
「……いい加減『兄』と呼ぶのは立場的にどうかと。それに、話し相手なら侍女のリリアがいるじゃありませんか」

 しっかり者で姉御肌、固いことは言わない性質(タチ)で、おまけに猫かぶりが上手いという、まさにレミリアのために生まれてきたかのような存在の専属侍女。

『リリアとはもちろんお話ししますよ? でも基本、暮らしている所が同じなので新鮮さが全く無いのです。ですからよく二人で『退屈だ退屈だ』って言っています』

 ……女教皇と侍女が、同じテーブルでグッタリしながら『退屈だ~退屈だ~』。
 とてつもなくシュールな光景だが、容易に想像出来るのが恐ろしい。
 ――っと、いけない。……イリスが展開に付いてこれてない。
 少し離れた所で、不安と戸惑いを顔に浮かべたままのイリス。少しでも早く安心させるために、いい加減に本題へ入るべきだろう。

「では……『教皇レミリア様』。そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか?」

 早く例の件を片づけてしまいたい。一番不安に思っているのは、イリスだろうから。

『――わかりました。聖殿騎士カリアス、精霊術師フィアナ。任務、ご苦労様でした。
 そちらが言う『本題』というのは、あの遺跡に関する報告ですね?』

 改まって言うと、すぐに公私を切り替え、教皇としての表情、口調で返してきた。

「はい。……ですがその前に、(くだん)の遺跡にも関係した、一つの報告をさせていただきます。
 ――団長にも聞いていただきたかった事ゆえ、都合が良いと思っております」
『遺跡の事以外で報告……ですか?』
『ほう……?』

 怪訝そうな顔をしながらも、真剣な顔をむけてくれている、映像の二人。
 ……イリスの誕生経緯は、確実に禁忌に触れる。だから、教国の頂点に立つ二人に話を通すべきだと思う。
 イリスに視線を送る。……少し怯えている様子だが、強い眼差しで頷いてくれた。
 フィアナに視線を送る。――決意を込めた眼で頷き、僕の背中を押してくれた。
 だから僕は――まっすぐに前を向いて、その言葉を告げる。

「フィアナと子供を作りました。責任を取ろうと思っています……!」

『『 ……………………は? 』』

 なぜか、間抜けな声が返ってきて――同時に後方から『ゴンッ』という鈍い音。
 見るとフォルカスさんが、壁に頭を打ち付けていた。
 意味が分からず、横のフィアナを見ると。

「…………っ! …………ッ!?」

 真っ赤になり、こっちを見て口をパクパクと。
 何か変な事を言っただろうかとイリスを見ると、僕と同様に周りの反応が理解できないらしく、『? 』と、首を傾げている。

『……しょーじき、いつか絶対こうなるだろうとは思っていたが……
 まさかこんな真っ正面から突撃してくるとは、さすがにお養父(とう)さんも予想出来んかったわ……』
『――ま、まぁ、お兄様らしいと言えば、らしいですが……
 え、ええと。と、とりあえず、おめでとう、と言うべきですね。そ、それで、その先のお話は――』

 なぜか頬を染めて動揺した様子の教皇が、先を促してくる。
 養父さんの方は意味不明だが、少なくとも反対はしていない様子。
 ……さすがは教国の頂点――いや、養父さんとレミリア。どうやら経緯は問わず、一つの生命の誕生を祝福してくれる様だ。
 だから僕は、イリスを手招きで呼び――

「――はい。この子が僕の娘です」
「イリスって言います。よろしくおねがいします……!」

『『 ………………………………へ? 』』

 ――あれ? 今度は完全に目が点に……?
 なぜだろうと周りを見ると――フォルカスさんは、なぜか口をあんぐりと開けていて。
 フィアナは――激しい頭痛に襲われているように、頭を抱えている。
 僕とイリスが『 ? 』と首を傾げていると……どうやら団長が再起動したらしく。

『……すまんカリアス。団長としてではなく養父(ちち)として、男として訊くが――』

 動揺を残しながらも、深刻な表情で訊いてくる養父さん。

『――フィアナちゃんに、いつ仕込んだんだ……?』

「仕込まれてないわよコンチクショォォォォオオオオオッ!!」
 なぜかフィアナが、ヤケクソ気味の絶叫で答えた。
 ――どういう意味だったんだろう……?


     ◆     ◆


『――あ、ああ……そういう事でしたか』
『あー……お養父(とう)さん結構本気でビックリしたわぁ。
 男としてある意味で軽蔑、ある意味で尊敬しなきゃいけないかと、ちょっと本気で考えたわ……』

 遺跡での出来事とイリスの素性を、教皇、団長、フォルカスさんに。
僕たちとレミリア、養父さんとの関係をイリスに話し終わると――なぜかもの凄く安堵する教皇と団長。

「え、ええと……かなりマズイ内容だと思うのですが、なぜ安堵を……?」
「……別方面とはいえ、それ以上にショッキングな内容の誤解をしたからですよ?」

 とても疲れた様子で言うフォルカスさん。
映像の二人も似た様子で――フィアナは、なぜか赤い頬のままジト目で睨んできている。
僕はイリスと顔を見合わせてから『? 』と首を傾げていると、どうやら彼方の二人が調子を取り戻したらしい。

『――こほん。少々取り乱してしまいましたが……本題に入りましょうか』

 そう言って、教皇に相応しい表情・雰囲気に戻ったレミリア。僕たちは背筋を正し、続く言葉を待つ。

『――まずは、少し安心していただきましょうか。……いかな経緯があろうと、生まれてきた命に罪はありません。
 ――私も貴女の存在を祝福します、イリスさん』

「 ――っ! あ、ありがとう教皇さま!」

 その言葉を聞いて、本当に嬉しそうな笑顔と共に、感謝の言葉を口にするイリス。
 レミリアの性格を知らなかったイリスは、僕以上に不安だったのだろう。
 だから僕も感謝を告げると共に――続きを促す。

「――ありがとうございます、教皇。……それで、私への処置はどのように?」
『その件なのですが――先に、今回の任務における事情をお話しいたします。
 既にお察しの事と思いますが……私の『神託』により、託宣が下った事に端を発します』

 それは確かに察していた。あまりに不自然な内容の任務だったから。
それはフィアナも同様で、だから今度は、フィアナが口を開く。

「――ええ。それは察していました。
 ……ここでそれを口にするという事は――彼女の事も託宣に暗示されていた、という事でしょうか?」
『……さすがに人造生命体というのは予想外でしたが――はい、その通りです。
 それでその託宣の内容なのですが、要約すると以下の様になります。
 【遺跡都市が災厄に見舞われる。それを防ぐ鍵が眠る遺跡に、二名を向かわせるべき】――と』
「「 ――ッ!? 」」

 その託宣が意味するものは、思った以上に重かった。
――イリスは、この国の未来のためにも必要な存在。その事だけは嬉しいが――

「……それは、近々このイグニーズに災いが降りかかる、という事でしょうか?」

 息を呑んだ僕とフィアナに代わり、フォルカスさんが深刻な表情で訊く。

『……申し訳ございませんが、『近々』か否かは分かりません。ですが、高い確率で何かが起こる、そう思っています。
 そして――それを防ぐ、または収める鍵となるのがイリスさんであると、私は考えております』
「――わたしが……?」

 全員の視線がイリスに集まる。当のイリスは――実感が湧いていないのだろう。
どう反応していいのか、戸惑っている様子だった。

『とはいえ、まだ十年単位で先の可能性すらあります。ですから今は羽を伸ばしてください。
 ――貴女の立場は教会が保障します、イリスさん』
「はいっ! ありがとうございます、教皇さま!」
『――というわけで。彼女を保護したお兄様とお姉様を、処罰なんてするはずがありませんので、ご安心ください♪』

 イリスが安心してお礼を言ったところで、『真面目な話はもう終わり』という様に、口調も雰囲気も変えて言うレミリア。

「――ま、アンタが『処分しろ』とか言うとは思ってなかったけど……さすがに少しは不安だったから、安心したわ。
 ――ありがとね、レミリア」
『お礼を言われる程の事ではないですよ、お姉様♪ 
 ……ところで、仮に私がイリスちゃんを害する様な命令を出したら――お兄様と駆け落ちのご予定でした?』
「――か、駆け落……っ!? そんなわけ――あ、でも……はッ! ち、違うからねッ!?」

 なんというか……相変わらずな光景だった。
フィアナも普段は冷静だし、頭の回転も速い。それなのに、妙に簡単にからかわれる。

「――あはは。最悪の場合はイリスを連れて逃げようって思ってたから……ま、駆け落ちでも間違いじゃないかな?」
「――なッ! ちょ、何を言って……ッ!? ……ううぅ……ッ!!」

 ……言ったら怒られるから言わないけど。こういう時のフィアナは、本当に可愛いと思ってしまう。
レミリアがからかいたくなる気持ちも、よく分かる。

『お兄様? ――多分今考えている事、言っても怒られないと思いますよ?』
「……やめとく」

 そんな僕の思考まで読んでいるレミリアは――やっぱり天性のイヂメっ子だと思う。

『ところで愚息よ。――例のテントは活用したのか?』

 今回の任務を受けた際に渡された、疲労回復効果まであるテント。フィアナもイリスも、寝心地が良いと喜んでいた。
「――ああ、あの高性能テントね。もちろん、ありがたく使ったよ養父(とう)さん。
 イリスもよく眠れたみたいだし、フィアナも(よろこ)んでたよ」
『……ほうほう、イリスちゃんが寝たあとにフィアナちゃんが『(よろこ)んだ』ねぇ?
 ――どんな感じだ? どの様な感じだった? そこら辺、微に入り細に穿って詳しく――』

「そういう意味じゃないわよエロ親父! 普通に寝ただけよ! 何も無かったわよ! 清らかなままよ残念ながら!!」
『……ほぅ残念ながら?』『残念ながら♪』「残念ながら、ですか」「残念ながら?」

 順に、養父さん、レミリア、フォルカスさん、イリスの反応。
 イリスは、僕と同様に首を傾げながら。他三人は――ニヤニヤ笑いながら?

「~~~~~~ッ!! ああもぉぉぉぉおッ! アンタら暇じゃないんでしょ!? いい加減仕事に戻りなさい!!」
『あらあら♪ 怒られてしまったので、仕事に戻りますね。――イリスちゃん? 今度、ゆっくりお話ししましょうね?』
「はいっ! レミリアお姉さん、またね!」
『――はい、またね? ……カリアスさん、フィアナさん。そちらも何かと大変になるでしょうが、よろしくお願いします』
「……はぁ。この切り替えの早さ、本当に感心するわ。――わかりました。有事の際は、全力を尽くします」

 イリスに笑顔で応えてから、また教皇としての顔で言ってきたレミリアに、愚痴りながらも(かしこ)まって応えるフィアナ。――それに僕も続く。

「――同じく、全力を尽くします。……この度は、ありがとうございました」
『はい。それでは、失礼いたします』

 そう言って一礼するレミリア。
その背後では――養父さんが、先程の遣り取りが嘘の様に、丁寧な一礼をして――そこで映像が消えた。

「レミリアお姉さんも、おじさんも、とってもいい人だね!」
「――そうね。『イイ性格』でもあるけど……まぁ、良い人ではあるわね」

 イリスの言葉に、とても複雑そうな表情で返すフィアナ。
『よく(いじ)られるのに嫌いになれない』。そんな心情が、そのまま顔に出ていた。

「さてさて。これで皆さん、安心して滞在できる事になったところで、とりあえずこの教会内をご案内しましょうか?」
「――ありがとうございます。ではお願いしま――」

 フィアナとイリスの遣り取りを微笑ましそうに見ていたフォルカスさんが、案内を申しでてくれた。
『お願いします』、そう答えようとしたところ――扉がノックされた。
そして、静かに開かれた扉から現れたのは――入口の売店に居たフラウさん。

「失礼します。フォルカス助祭、お客様――というか、急患です」
「急患……ああ、そういうことですか。すぐに向かいます」

 急患という割に――フラウさんは苦笑いしながら入って来たし、事情を悟ったらしいフォルカスさんにも切迫した様子は無い。

「……あの、どういう事なのですか?」
「ええ、常連様と申しますか――ふむ、ではカリアス君……いえ、司祭も、イリスさんと一緒に来て頂けますか?」
「「「 ……え? 」」」

 僕の質問に、どこか楽しそうに言ったフォルカスさん。僕とイリス、フィアナは、揃って首を傾げた。



 (SIDE イリス)

 フォルカスさんとフラウさんと一緒に教会の入口のところまでくると、こっちに気がついて、走ってきた人が。

「神父さま、エリル君が……!」

 走ってきたのは、泣きそうな声の、長い黒い髪の女の子と――

「だから大丈夫だってばリーゼ! こんなのツバつけとけば……」

 茶色い髪の、元気そうな男の子でした。

「っ!」

 ……わたしは思わず、おとうさんの後ろにかくれてしまいました。

「おやおや、エリル君とリーゼさん、いらっしゃい。……エリル君、またですか?」

 そう言って、ちょっと困ったような顔をするフォルカスさん。

「今日はどうしたんです?」
「ちょっと転んだだけだよ!」
「でも血がでてるよぉ……」

 男の子がケガをして、女の子がしんぱいしてる、のかな……?

「どれどれ……うん。たいした事はなさそうですが……でもダメですよ? 小さな傷でも、しっかり手当てをしないと」
「ほらぁ……」
「……はぁーい」
「――ふむ。とはいえ、ちょうどいいお客様ですね。カリアス君……いえ、カリアス司祭、初仕事ですよ」

 こっちをふりむいて、笑顔でおとうさんに言うフォルカスさん。

「あはは! はい、わかりました」
「え?」
「え? ……あ……」

 おとうさんの声で、わたしたちの方に目をむける男の子と女の子。
……女の子とは、目があってしまいました。――な、なんてご挨拶すればいいんだろう……?

「こんにちは。え~っと、エリル君とリーゼちゃんっていうのかな?」
「兄ちゃん達、だれだ?」
「……こんにちは……」

 わたしがなやんでいると、おとうさんが先にご挨拶しました。
男の子は、ちょっと警戒しながら、女の子はわたしのほうを気にしながら、おとうさんにお返事しました。

「僕はカリアス。今日からここで……うん。僕も神父さんだよ?」
「……神父さま?」
「そんな年で? ウソだろ?」
「こらこらエリル君! この人は、私より偉い人なんですよ? その証拠にホラ、剣も持ってるでしょう?」
「……神父が剣を持ってるなんて、聞いたことないぞ?」
「――ふむ。じゃあ、やってもらうのが一番早いですね。司祭様?」
「やっぱりその敬称は慣れませんが……了解です。エリル君、見せてもらえるかな?」

 笑ってそう言い、しゃがむおとうさん。

「 ! 」

 そのせいで、かくれていたわたしと様子をみてた女の子の目が、また合ってしまいました。
――あわててフィアナさんの後ろにかくれます……!

「え? イリスちゃん……?」

 ちょっとおどろいたみたいなフィアナさんが、声をかけてきました。

「……だって、同じくらいの子とお話しした事ないんだもん……」
「ああ、なるほど……。ちょっと盲点だったわ。――なら、ちょうどいいわね♪」

 ――え? ……フィアナさんは、なぜかたのしそうに、そういいました。

「兄ちゃんスゲェ! ホントに剣が使える神父さまなんだ!?」
「あはは……でも基本的にフォルカスさんとやることは変わらないから……。
 あ、そうそう。あんまり女の子に心配かけちゃダメだぞ?」
「はぁ~い。ありがとな、兄ちゃん!」
「うん。どういたしまして」
「これからもよろしくな! じゃあ行こうぜリーゼ……って、どした?」
「……あの子」
「あれ? そういえばイリス――って、あれ、どうしたの?」

 わたしをみつけて、しんぱいそうにしてくるおとうさん。――みんなの視線が集まって……顔があかくなるのがわかります。

「えっと、まず私はフィアナ。私も今日からこの教会にお世話になるから、エリル君、リーゼちゃん、ヨロシクね?」
「……お、おお……よろしく……」
「……よろしくおねがいします」
「それで、この子がイリス。この子、同年代の子とお話ししたことがなくて、どうすればいいか分からないみたいなの。
 ――出来れば、仲良くしてあげてくれないかな?」

 ――え? ……え!?

「ああ、それでさっきから大人しかったのか……。うん。僕からもお願いするよ、エリル君、リーゼちゃん」
「え、え、えと……ええ!?」

 わたしがどうしたらいいかわからないでいると……女の子が近づいてきました。

「こんにちは。私、リーゼっていいます。仲良くしてくれると、嬉しいなっ」

 そう言って、手をさしだしてくるリーゼちゃん。
 その手を……わたしはにぎりました。その手はとても温かくて――

「イリス、です。よろしく、リーゼちゃんっ」

 ――言えましたっ!

「うんっ! よろしくね、イリスちゃん。あ、それとこっちが――」
「俺はエリルな! この街、同じくらいのヤツって少ないから嬉しいよ。よろしくな!」
「うんっ、エリル君もよろしくね!」

 今度は、ふつうにできました!

「よかったね、イリス。こんなに早く友達が出来て」
「うん、ありがと! おとうさん、フィアナさんっ!」
「フィアナさんは、イリスちゃんのお母さんなんですか?」
「――ッ!? ……く! う、ううん? そこの『イリスちゃんのお父さん』の友達よ?」

 リーゼちゃんの何気ないしつもんに、なぜかイタそうなお顔をしてから、こたえるフィアナさん。

 だけどフォルカスさんは、笑いそうなのをガマンしてる……?
 やがて、少し落ちついたフォルカスさんが、話をかえるためか、リーゼちゃんたちに話しかけました。

「……そ、そうだ。エリル君、リーゼさん。イリスちゃんとフィアナさんに、この街を案内してあげてくれませんか?」
「……あ、そ、そうね。私もそうしてもらえると嬉しいわ。日用品とか買わないといけないし――
 冒険者が集まる所とか、武器屋とかも教えてもらえると助かるわね」
「なら、ちょうどいいです! 私の家、冒険者さん達も来るお食事処なんです♪」
「それで、俺の家は武器屋!」
「うわ……本当に丁度いいね。じゃあ、イリス? 早速お友達と遊んできなさい?」
「うん! ……アレ? おとうさんは行かないの……?」
「うん、僕はちょっとフォルカスさんと話し合いしなきゃいけないんだよ」

 お話し合い――ということは、お仕事でしょうか。……残念ですが、それなら仕方ありません。

「じゃあ行こ? イリスちゃん♪」
「行こうぜイリス!」
「うん! おとうさん、フォルカスさん。いってきます!」
「行ってらっしゃい、イリスさん、リーゼちゃん、エリル君」
「行ってらっしゃい、イリス。リーゼちゃん、エリル君、イリスをよろしく。あとフィアナ――いろいろよろしく」
「はいはい、しっかり保護者してくるわよ、『イリスちゃんのお父さん』?」
「じゃあ神父の兄ちゃん、またな!」
「いってきます。イリスちゃんのおじさん」

「うぐっ!」

 今にも駆けだしたそうなエリル君。おとうさんにキチンとしたおじぎをしたリーゼちゃん。
なぜか笑いながら『よしっ!』とか言っているフィアナさん。
 ――おとうさんの苦しそうなこえが聞こえた気がするけど……気のせいですよね?


 教会からでると、フィアナさんは大きく伸びをしました

「ん~~、やっぱり外はいいわ♪ 教会も嫌いじゃないけど、息苦しいのよね~」
「あ、わかる! やっぱ静かにしてないといけないってのがな~」
「お! 気が合うねぇ、エリル君?」

 そう言ってエリル君のあたまをワシャワシャってするフィアナさん。
エリル君はちょっと迷惑そうにしながらも、ちょっと顔をあかくしています。

「そうかな……? わたしはあそこ、落ち着いて好きになれそうだけどな。リーゼちゃんは――どうしたの?」

 リーゼちゃんは、フィアナさん達をみてぼーっとしてました。

「……っえ? あ。ごめん、聞いてなかった……。何?」
「あ、ううん、気にしないで? リーゼちゃんって、教会好きかな~って」
「私は好きかな……? だってキレイだもん」
「わ……いっしょだね!」
「うん♪」

 これからが、すごく楽しみになってきました!

「ど~でもいいけど、俺を忘れんなよなー。あ、そういえば……」

 ちょっと不機嫌そうにしてたエリル君が、思い出したように言いました。

「なぁに?エリル君」
「イリス達、どこから来たんだ?」
「え……?」
「――あ、私も聞きたかった。良かったら、他の街の事聞きたいな♪」

 リーゼちゃんもキラキラした目で聞いてきます。……でも、わたしは……。

「あ、わ、私達は『聖都』から――」
「――フィアナさん」

 なんとかごまかそうとしてくれるフィアナさんを、わたしは首をふって止めました。
 ……だって、ぜんぶは言えないけど、お友達にウソはつきたくないから。

「フィアナさんとおとうさんは『聖都』っていうところからだけど……わたしは、わからないの」

 出来るかぎり、暗くならないように。気をつけながら、言いました。

「……え?」「え……?」
「イリスちゃん……」

 ふしぎそうな顔をするエリル君、リーゼちゃん。……心配そうにしてくれる、フィアナさん。
フィアナさんに『大丈夫だよ』ってうなずいて、わたしは話しだしました。

「わたしはね? おとうさんとフィアナさんに助けてもらったんだって。
 ……でもね、わたしはなんでそこに居たのか、わからないの。――記憶が無いの」
「……!」「……イリス……」
「…………」

 泣きそうなかおをしてくれるリーゼちゃん。心配そうなかおをしてくれるエリル君。
 そして、黙って見守ってくれる、フィアナさん。

(……みんな、優しいね。――だからわたしは、笑って話すよ)

「暗い顔しないで? わたしは悲しくないよ? さみしくないよ?
 目が覚めたらおとうさんとフィアナさんがいてくれて、それからずっと、優しくしてくれたもん!」

 ――話しながらおもいだすのは……わたしが目を覚ましたとき、おとうさんが言ってくれたこと。
 あの言葉のとおり、おとうさんたちは、わたしをたくさん『祝福』してくれる。
 そして――それだけでもなくて。

「それにね、セカイってキレイなんだよ!
 動物さんや鳥さんが来てくれて、いっしょに遊んでくれたりもしたし、風の音がきもちよかったり、
 木のあいだから光がさして、すっごくキレイだったり、川の水がつめたかったり! かわいいお花もいっぱいみたよ!」

 ――わたしは『神の祝福』なんて、まだわからないけれど。このセカイは、キレイだとおもいます。
だから――このセカイに生まれてこれたことが、ほんとにうれしくて。

「……『思い出』が無いこと、ほんとは少しだけ、さみしかったりもしたよ?
 でも、新しい『思い出』が、どんどんできていくんだ! だから、悲しくないよ♪
 それにこれからは、リーゼちゃんもエリル君もいる。だから、すっごく楽しみだよ!」
「イリスちゃん……!」
「わ……!」

 ギュッて、だきしめてくれるフィアナさん。

「イリス……なんかスゴイな!」
「――イリスちゃん、つよいんだね……!」

 そう言ってくれる二人。リーゼちゃんは、なみだぐんでいます。わたしは……。

「ううん。わたしはつよくなんてないよ? おとうさんやフィアナさんがいてくれたからだよ?
 だから……えっと、これからよろしくね……?」
「おう!」「うん……!」

 ――二人が力いっぱいうなずいてくれたことが、本当にうれしくて。

「ありがとうっ……!」



 (SIDE カリアス)

 去り際に手痛い置き土産を投下して行ったフィアナとイリス、エリル君とリーゼちゃんが、建物の外に出たのを確認してから――
僕は頭を抱えた。

「――フィアナのやつ、絶対狙ってたなアレ……!」
「で、ですねぇ……やたらと『イリスちゃんのお父さん』を強調していましたから……ぷっ……!
 ご、ご自分が『お母さん』かと聞かれてショックを受けていましたから、その腹いせかと……くくく……」

 余程ツボに入ったのか、いまだ笑いを引きずりながら同意するフォルカスさん。
 それにしても……『おじさん』扱いがこんなにイタイとは思わなかった。
(……でも『お父さん』なら言われて当然なんだよな……。はぁ……)
 今から気が重くなってきた。
とにかくリーゼちゃんの方は、フィアナが良心を取り戻して、気を遣って忠告してくれる事に期待しよう。……望み薄だけれど。

「あ、あの……、今、大丈夫でしょうか?」

 その声の方に顔をむけると、扉の所にマリカさんが居て、こちらに恐る恐る声をかけてきていた。
 ――いけない。今日から僕はここの司祭。こんな事で凹んでいるわけには……!
 上司が暗い顔をしていては、部下の士気に関わる。ここは無理にでも笑顔で――

「――はい、大丈夫ですよ、マリカさん。何かありましたか?」
「…………あ、は、はいっ! えっと、先ほどの件で、自警団の方が――」

 ――どうやら作り笑いは失敗らしい。マリカさんが頬を赤くしてぎこちなくなったのは、恐らく笑いを堪えているのだろう。

「……本当に天然モノなんですねぇ。フィアナさんも大変だ……」

 なぜだかフォルカスさんが呆れたような顔で、しみじみとした声をもらした。

「はい?」
「――いえいえ、なんでもありません」
「……そうですか? ――では、すみません。少し話をしてきます。応接室か会議室は空いていますか?」
「それなら、応接室の方がいいでしょうね。こちらの業務は引き受けますので、応対をお願いします。
 ――丁度良いので、今後の話もしてきてはいかがでしょうか?」

 今後、僕とフィアナは自警団に協力するという形で、治安維持活動に参加する。
――確かに、今の内に話しておいた方がいいかな。

「ありがとうございます。では、少々時間が掛かると思いますが……よろしくお願いします。
 ――マリカさん、案内をお願いできますか?」
「は、はいっ」
 元気な声を返してくれたマリカさんに案内してもらい、話し合いの場に向かった――


     ◆     ◆


「――では騎士殿、今後ともよろしくお願いいたします!」
「……あはは。今は一司祭であり、貴方の配下として参加する一自警団員です。そんな畏まらないでください。
 ――こちらこそ、よろしくお願いします」

 僕の事を『騎士殿』と言ったのは、イグニーズ自警団副団長、レオナルドさん。
 先の揉め事でフィアナが自警団の人を呼んだ際、今後の事を軽く話していたらしい。
 こちらの手間を減らし話を早く進めるために、わざわざ副団長が来てくれたそうだ。
 教会の外まで見送ろうと、入口に向かうと――フォルカスさんが、丁度礼拝堂から出てきた。

「――ああ、終わりましたか、お疲れ様です。少し前に、一度フィアナさんとイリスさんが帰ってきまして。
 夕食は、リーゼさんの家のお店で食べてくるそうです」
「あ、もうそんな時間なんですね。――レオナルドさん、こんな時間までありがとうございました。
 ――改めまして、今後ともよろしくお願いいたします」
「はっはっは、騎士殿――いえ、カリアス殿。こちらこそよろしくお願い致します」

 そう言い合った後、冒険者上がりというレオナルドさんのガッシリとした手と握手を交わした。

「――カリアス君。今日お会いした時から思っていましたが……しばらく見ない内に、本当にご立派になりましたね」
「あ、あはは。そうですか?」

 しみじみと言うフォルカスさん。……考えてみれば、手紙の遣り取りこそしていたが、実際に会ったのは3年振り。
前に会ったのは、僕が聖殿騎士になる前だ。
いろいろお世話になったフォルカスさんにそう言われるのは、気恥ずかしいと同時に……やはり少し、誇らしい。

 そんなとき。教会の入口が乱暴に開かれ――

「――居た! カリアス!!」

 只ならぬ様子でフィアナが飛び込んできた。そして――イリスは居ない……?

「カリアス! イリスちゃんが大変なの!!」
「ッ――!? 何が――いや、走りながら聞くからすぐに案内して!! すみませんフォルカスさん、レオナルドさん! 行ってきます!!」

 そう言って、返事も待たずに外に飛び出し――

「見つけたぞテメェ! さっきはよくも――」

 ――すぐ外に、邪魔者が居た。
僕が気絶させ連行されたはずの、恐喝犯の大男。
中途半端に包帯が巻かれている所を見ると、手当てを受けている最中に逃げ出してきたか。……だけど――

「うるさい」

 ――事情などどうでもいい。

 相手を見もせずに言い放つ。
――意志力により無詠唱で発動。陽聖術『陽縛(ようばく)()』。

「……え?」

 光の鎖に両手両足を絡めとられ、空中に張り付けられる男。そして。

「――黙れ」

 陽聖術『光爆』。
光を集めて炸裂させ、爆風と光で制圧する非殺傷の術だが――『陽縛鎖』で固定されていた男は吹き飛ぶことすら赦されず、爆発の衝撃を全身で受けた。
 術が解けると同時に、地面に崩れ落ち、所々から煙を上げている男。
だが、今の僕にそんなものは眼中に無い。……手加減する必要の無いモノに、情けを掛ける余裕は無い。

 ――邪魔をするなら、どんな存在でも排除する……!

「フィアナ、案内して! フォルカスさん!
『それ』一応生きてますんで、処理をよろしくお願いします!」

 そう言って駆け出す僕達。その後ろから――

「カリアス君……。本当に立派な……立派な親バカになられて……」

 今度は呆れ口調なフォルカスさんの声が、聞こえた気がした。



   ◆◆◆次回更新は5月22日(金)予定です◆◆◆

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