第三編 幕間の4 女神たちの来訪と、染まりゆく門

作者:緋月 薙

幕間の4 女神たちの来訪と、染まりゆく門
(※今回は 四章の3 と合わせて2話分の更新になります)


(SIDE:アナザーズ)

『近日、女神様たちがお越しになられる』
 その報せは我々に激震を与え――同時に奮い立たせた。

「野郎共! 全力でお持て成しをするぞおおおおおッ!!」
「「「「「 うおっしゃああああああッ!! 」」」」」
 なんというか……自警団でもある事や、『変態紳士』の『紳士』の部分を完全に忘却してしまったかの様なテンションな気もするが。
『――私は、何か手伝う事はございますか?』
「……ふむ。ならばこの近辺に出没する魔物たちから採取できる物で、何か良い物はないか? 女神さまたちへのお持て成しか贈り物に出来る物が欲しい」
 感情も、男か女すらも判別しづらい声に、レオナルドが応えて質問を返した。
『――【近辺で採取可能な、価値ある物】という事ですね。かしこまりました、検索を開始します――』
 この声の主は――『門』。
 旧文明時代に造られた魔道具らしいのだが――門の管理と同時に案内役も兼ねたモノらしく、会話による意思疎通ができるらしい。
『――検索完了。……食用に適した魔物が出没した記録はありません。しかし、(まれ)に宝石や希少鉱物、魔石などを保有する存在が出現するようです』
「……ほう? なぜその様な存在が?」
『――この地は活動中の火山ゆえ、地中深くや遠方に眠っていた物が溶岩の流れによって運ばれてくる事があります。それらが――施設の自動修復時に構成要素に巻き込まれたり、発生した魔物に取り込まれたりなどしている模様です』
「――ふむ。それならば、何か良い物が手に入る可能性もあるな。どうせ根絶やしにする勢いで魔物を狩るのだ、丁度良い」
「「「「「 イエス! レッツ殲滅!! 」」」」」
 皆の言葉にも、相当な気合が入っている。
 数人が鼻血を出しているが……おそらく、お礼を言われてから『ちゅっ♪』とかを妄想しちゃった者たちのため、珍しくもなんともない。
 皆が脳内『ひゃっはー!!』なことになっている中。
 一人だけ――驚きよりも呆れが強い様子で門を見上げる者が。
「……本当に、会話が成立するのですね」
 自警団団長にして親衛隊長でもある、リリー嬢。
 彼女は教会へ報告に行っていたため、門との会話を見たのは今が初めてで。
『――お話しは伺っております。どうか私の事は、お気軽に【門】とお呼びください』
「……そのまんまの呼び方を希望するのですね」
『他の方々より【モンたん】【モンちゃん】【モンドリエール】等や、普通は幼い子供の前で口にしてはいけない様な名までご提案いただきましたが、ピンとこなかったもので』
「……素晴らしい。下手な人間より、よっぽど常識的な感性ですね……!」
 驚嘆、および感嘆の声をあげるリリー嬢。
 ……その『下手な人間』は、まさに我々の事の様な気もするが。
 とにかく、リリー嬢は『門』を、この場における数少ない『まともな存在』と認識したらしい……のだが、それも長くは続かず――

『――お話しに聞く【萌え萌えハァハァ】で【マジ女神】な【イリスたん】にお会いできる事、私も楽しみにしております』

 それを聞いたリリー嬢は、くるりと我々の方に向き直り――底冷えのする笑みで。
「…………どういう事でしょうか?」
 その言葉には、凄まじい威圧感も込められており……なぜか『何さらしとんねんワレェ?』とも聞こえ。顔を青くしながらも、それに慌てて応えるのはレオナルド。
「――は、はいっ! どうやら門殿は、我々の会話より現代の言葉を学ぼうとなさっておられる様子です……!!」
「……なるほど。つまり――」
 疲れた様な顔で続きを促すリリー嬢に、今度は我々が揃って応える。

「「「「「 気付いた時には手遅れでした! 」」」」」

 この『門』は、古き時代には無かった言葉を学習しようとしているらしく。
 我々が気付いた時には、すっかり『一般的ではない言葉』を身に着けてしまっていた。
 ……『同族が増えた!』と嬉しくなり、ついノリノリで話していた事が、事態を進行させてしまった気もするが。
「……理解しました。――『門』さん? 彼等から得た言語知識は、彼等以外には活用しない事をオススメいたします」
『――彼等の言葉の多くは仲間内のみで通じる符丁である、と解釈します。正しいでしょうか?』
「…………そんな大層な物ではなく、特殊な俗語(スラング)の類だとご理解ください」
『理解しました。――彼等の前以外での使用は、注意いたします』
「……え? ――はい。その方が良いかと思います」
 なぜかリリー嬢は……一瞬怪訝そうな顔をしてから、苦笑と共に返した。
 ――なんだ? まるで困った子供に言うような……?
「……とにかく。カリアス様やイリスちゃんたちが来るのは、おそらく三日後。速ければ二日後の夜、というのもありえると思っています」
「――団長。いくらなんでも二日は無いのでは?」
 気を取り直す様に大きく息を吐いてから語られた、リリー嬢の言葉。
 それに疑問の声が上がり――少なくない者が賛同するが。
「いえ。カリアス様とリーゼちゃんが身に付けたのは、補助に特化した技術です。それをフル活用すれば、有り得ない事ではありません。……さすがにそれ以上は、魔物との戦闘を全て回避でもしない限り、不可能だと思いますが」
「……なるほど。全員聞いたな! 二日後の夕刻を目処(めど)に、出迎えの準備を行うぞ!!」
「「「「「 おおおおおおおおッ!! 」」」」」
 皆が、気合いを込められた声を上げる。それは『門』にも伝播し。

『――【実に楽しみでゴザルなレオナルド氏。デュフフフッ】』

「「「「「 ……………… 」」」」」
 込められた気合いは抜け――全員が気まずそうに眼を逸らした。


「エドさん。少々お願いが」
「 ? なんでしょうか?」
 一通り話が終わり、解散した後。リリー嬢に話しかけられた。
「『門』さんの再教育を、エドさんにお願いしたいのですが、頼まれていただけませんか?」
「……アレは自分にも責任があるため、否やはありませんが――なぜ自分なので?」
 周りに居る面々も、少々腑に落ちずに首を傾げている中、リリー嬢は。

「あなたは手遅れな変態ですが、同時に常識も手放していないという、とても生きづらそうな人生を送っている様だからです♪」

「…………ああ、なるほど」
 悪びれもせずに言い放たれた言葉に、少々心を(えぐ)られながらも……まぁ、納得。
『手遅れさ』と『常識』を併せ持つ俺は、確かに『なりかけ変態』の再教育には、最適な存在かもしれない。
 周囲で聞いていた面々も納得した様子で、順番に俺の肩を『……ポン』って叩いていく。……『強く生きろ』というメッセージが、実に心に痛い。
「……わかりました、引き受けましょう」
「ありがとうございます♪ ――それと。それ以外にも、ちょくちょく話しかけてあげていただけませんか。……どうやらあの方は、会話に飢えている様なので」
「……は? 会話に飢えて、ですか?」
 あの声からは、感情が読みづらい。
 分かりやすい言い方も言葉も、特に無かったと思うが……?
「……『俗語』、我々以外の前で使うのは控えた方が良いのなら――いっそ使うのを止めてしまうのが、一番楽で合理的だと思いませんか?」
「……言われてみれば。ならば何故――ああ、そういう事ですか」

 つまり……当人(?)が自覚しているかは分からないが、我々と俗語で会話する事を止める気はない――止めたくはない、という事。

 おそらく数千年ぶりの人との会話を望む、感情表現が苦手な『友人』。
 俺は……他の仲間も巻き込んで、ちょくちょく話しかけてみようと決めた。

 ……後から思い返せば。
 この時点で『再教育』という言葉など、きっぱり忘れ去ってしまっていたのだが――

      ◆      ◆

 ――翌々日。地下空間である遺跡内では関係無いが、外は昼頃。

「これより我々は! 本格的にお出迎えの準備を行う!!」
「「「「「 っしゃああああッ!! 」」」」」
 早ければ今日の夜にも、イリスたんやアリアたん、リーゼたんを間近で見られる。
 その事に歓喜の声を上げ、中には目を血走らせ涎や鼻血などを垂れ流している者も。
 ――いや、アレは流石にヤバいだろ!?
 ……本気でキケンな薬物をガンキメしている様に見える者も居るが――危害を与える様な事があれば、フルボッコからの魔王召喚、新しい自分を強制開花の刑に処されるため、まぁ心配は無いだろうが。
「では――魔物掃討班! 新たに湧く分は仕方ないが、既に存在している魔物は狩り尽くす気で倒しまくれ!」
「「「「「 はっ! 幼女に害なす者には、死あるのみ……ッ!! 」」」」」

 武器を掲げ、気合いを入れる男たち。

「買い出し班! 購入予定の物に漏れは無いな!?」
「「「「「 食品、飲料、ゲームに避妊具! 漏れは無い――……避妊具!? 」」」」」
「誰だ不埒な事を考えた者は!? 出発前に犯人ボコってから行け!!」
「「「「「 イエッサ!! 」」」」」 「で、出来心やったんやあああああッ!?」

 早くも自白した犯人を掲げ、物陰に運んでヤキを入れる男たち。

「MZT隊の者共! 服はちゃんと着ているな!?」
「「「「「 後で着ます! 」」」」」
「――万が一にも女神様たちに全裸を晒した場合は、魔王様を召喚するが、良いな!?」
「「「「「 ……。レッツ着衣ッ!! 」」」」」

 ……もはや全裸が制服となりつつある精鋭変態部隊の面々が、慌てて服を着始めた。
 どうやら、着忘れる危険性が高いと判断した模様。
 ――というか『着忘れる』ってどういう状況だろうか……?

「――では団長。留守をよろしくお願いいたします」
「はい、任されました。――お出迎えの準備もあります。必ず夕刻までには戻る様にしてください」
「はっ、心得ております。――カリアス殿とフィアナ殿の件もあって、少々派手な飾り付けも許されるでしょう。その準備のためにも、必ずや……!」

 レオナルドの言う『カリアス殿とフィアナ殿の件』というのは。
 昨日、転送珠で消耗品の買い出しに行っていた者が、一報を持ってきた。
『カリアス城、落城寸前にゴザル……!!』
 ……ぶっちゃけ意味が分からなかったが、詳しく聞くと。
 どうやら――カリアス殿の外堀が完全に埋まった状態で、フィアナ嬢が『後でお話し、いいわね?』という状況らしい。
 その直前の会話が、イリスたんがフィアナ嬢を『おかあさん』と呼ぶか、という話しだった事から、『もう決まりだろう』という様子。
 そんな遣り取りが市場のド真ん中で繰り広げられたため、話は早々に街中に広まり――
『――あら奥さん、聞きまして? カリアスさんとフィアナさん、くっつくんですって』
『あらあら、やっとかい? 随分かかったねぇ』
 ――そんな会話が街中で交わされているらしい。
 ……カリアス殿たち、遺跡を出た後が、実に大変そうである。

 ――とにかく。そんなオメデタイお話しにかこつけて、少々派手な歓迎と祝福の飾りつけとお持て成しを。……その実、幼き女神さまたちへの愛をコッソリと、かつ限界まで詰め込んだパーティをしようと画策している我等だった。
『レオナルド殿、及び皆様方。お気を付けて行ってらっしゃいませ』
「うむ、ありがとう『門』殿。――さあ皆、行くぞ!」
「「「「「 はっ! 行ってきます!! 」」」」」
『門』の声に見送られながら、買い出し班は転送珠で、レオナルドたち魔物掃討班は徒歩で居住区の外、魔物たちが待つ空間へと出撃して行った。

『そういえば……少々お訊きしたい事があります』
 ――と。皆が去った後、連絡役や拠点防衛役として残された俺とリリー嬢を含む四人に、『門』が訊いてきた。
「はい、なんでしょうか?」
『――【親子丼】とは、なんでしょうか?』
「『親子丼』ですか? それは――……すみません、エドさん。私は居住区入口の番に行かねばならないので、回答をお願いしてよろしいですか?」
「――はい? まぁ、大丈夫ですが――」
 答えようとしていたリリー嬢が、なぜか急にこちらへ振った。
 ――確かに入口の番は必要だが……なぜ、こうも急に?
「ありがとうございます。では私は行きますので、よろしくお願いします」
 そう言って足早に去って行くリリー嬢に首を傾げながら――とりあえず答える事に。
「それで――『親子丼』だったか? 鳥の卵と鳥肉を用いた料理だな。『丼』という器に盛る、鳥とその子である卵を使う料理だから『親子丼』という。それがどうしたのだ?」
『……なるほど、理解しました。では――』
 間が空いたという事は、少し腑に落ちない事があったのだろうか?
 疑問に思っていると、『門』は再び質問を――

『では――【姉妹丼】とは何でしょうか?』

 ――そっちの『丼』かあああああああああッ!?
「……『門』よ。その『親子丼』と『姉妹丼』は、どういう展開で出てきた言葉だ?」
『――はい、その時の会話を録音してありますので、どうぞお聞きください』
「そんな機能もあったのっ!?」
 俺の驚愕ツッコミは無視され――音声が聞こえ始めた。

      ◆      ◆

『カリアス殿、美人の嫁もらえて羨ましいなーチクショウ!』
『……まったくだな。しかもあの二人がくっつけば、イリスたんとアリアたんが正式に姉妹になるわけだ。自宅に女神姉妹が……ッ!!』
『ぐはぁ! う、(うらや)まし過ぎる……!! ここで仮に、カリアス殿が義娘たるイリスたんにも手を出してしまった場合――』
『ッ!? ……お、おそらく、イリスたんを『姉』と(した)い、フィアナ嬢を『母』と慕うアリアたんも、自動的に……?』

『美人な嫁と可愛い義娘からの【親子丼】と【姉妹丼】制覇!? この世の楽園かよ!?』

      ◆      ◆

 ――『有り得ない』とは言い切れない妄想を垂れ流しおって……ッ!?
 誰の話声かまではわからなかったが、心の中で思わずそんな悪態をつく。……ちょっとだけ前屈みになりながら。
『――それで【親子丼】と【姉妹丼】とは、どういう意味でしょうか?』
「ここで改めて問い直すだとッ!?」
 ……先ほど、リリー嬢がなぜ急いで去ったかを理解した。
 ――この展開を予想して、事態が発生する前に逃げたのか……!
「……お、【親子丼】は母娘と、【姉妹丼】は姉妹と、同時に仲良くなる事だ……っ!」
 なんとか、当たり障りの無い言葉を選んで答えた。すると『門』は――

『――なるほど。特殊環境下における生殖活動の一形態、その俗語ですか』

「察したんなら黙っててくれないかなぁッ!?」
 ――と、思わず反射的に叫んだ、その直後だった。
 通路から急ぎ気味の足音が、だんだん近づいて来て――
「緊急事態です。人手が足りないので――記録係をお願いできますか?」
 リリー嬢が、やや慌てた様子でやってきて。
「構いませんが――一体何が!?」

「――カリアス様たちが到着しました」

「なっ!? 早すぎるッ!!」
「――ええ。ですが現実です。簡単な報告書を作るので、記録係をお願いできますか?」
「分かりました、直ちに。――そんなわけで、『門』よ。我々は行くぞ?」

『了解しました。――【親子丼】と【姉妹丼】のところに行くのですね?』

「それ当人たちの前では絶対に言うなよッ!?」
『……了解いたしました。では、一度休眠モードに入ります――』
 いつもの感情が掴み難い声ながら……なぜか残念っぽさが滲む声で言うと、『門』からの反応が無くなった。
「……やっぱり、そういう展開になっていましたか」
 早足で歩きながら、リリー嬢は気まずげにボソっと呟いた――


 ……と、そんなわけで。
 居住区の一室の中で、リリー嬢と共にカリアス殿たちの話を聞いている。
 この部屋には俺とリリー嬢の他に、カリアス殿とリーゼたん、エリル少年。それと二体の幼竜たちが居る。
 イリスたんとアリアたん、フィアナ嬢は、居住区の方を見に行くという話しだった。
 イリスたんが居ないのは残念だが――とりあえず仕事をと、会話の内容、カリアス殿たちの報告を記録する係に徹しているのだが。

 特大サイズの魔宝石が、まだまだ眠っている可能性が高いという話やら。
 イリスたんとリーゼたん、そして幼竜二体が居れば、自然に『聖域』が形成される、とか。
 いろいろ常識外れにも程がある話を聞いた気がするが――それ以上に今、俺の脳を占有している思考がある。
 ――それは、もちろん……っ!!

 リーゼたんマジ女神、ハァハァ……!

 いやー、当初はイリスたん一筋で。リーゼたんも可愛いとは思っていたが、『イリスたんの前では……』といった印象だった。
 それが最近は女神オーラというか……まるで殻が()がれたというか。
 決して『変貌』ではなく、彼女は彼女のまま、本来の姿が解き放たれたというか。そんな、自然でありながら劇的な変化があった様に思える。
 今ではイリスたんと同等――というか、雰囲気がまるで同一人物のようにそっくりと感じてしまう事すらある。
 ――まぁ、イリスたんはイリスたんで、変わらず至上の女神……ん?
「みゅぅ……?」
 気がつくと、愛らしい黒い小動物――リーゼたんを『母』と慕う幼竜のリースが、間近から俺を見ていた。
「うん? どうしたの、リース?」
 リーゼたんが幼竜に問うと……見るからに警戒している様子で。
「みゅ、みゅうッ!」
「――え? 『なんだか、おかあさんを見る眼がイヤラシイきがする!』って……し、失礼だよリース! え、えっと……すみませんっ!」
「……ははは、気にする必要は無い。――大切な『おかあさん』を守りたいと思っての事であろうしな」
 ……と、ニコヤカに返しながらも――当然、心臓バクバクなわけで。
 チラリと様子を窺うと……リリー嬢も僅かに頬が引きつっていたりする。
「――だ、大丈夫ですよ、リースちゃん? この人は、ハールートさんともお知り合いですから」
「……みゅ?」
 リリー嬢の言葉に、どうやら幼い黒竜は『……本当?』と訊いているようで。
「あ、ああ。以前、たまたま話をする機会があってな。何なら、後で当人(?)に訊いてくれても構わない」
 ……かの守護竜殿との交渉は、アリアたんグッズにより成立している。ギブアンドテイクが成立している内は、かの御仁が俺を見捨てる事は無い。
「――うん。ハールートさんの知り合いなら、危険な人なわけがないな」
 リーゼたんに想いを寄せるエリル少年も、安心した様にそう言った。
 ……だが少年よ。何故、いつの間にか俺の背後を取っていたのだろうか? そして何故に愛用の剣(真剣)に手を掛けていたのだろうか?
「あはは。年少者を好む様な人を、ハールートが見逃すわけないもんね」
 そう言って笑うカリアス殿だが……よくよく見ると、目だけは笑い切っていない。そしてなぜか、瞳の輝きが無い様に見えるのだが、気のせいだろうか……?

 ――リーゼたんを間近で見られてラッキー♪
とか思っていたが。……実はここ、ワンミスで人生終わる空間ではなかろうか……?

 ……鋭い感覚を持つ幼竜が見張り、聖術と闇聖術を身に付けた聖殿騎士と、その弟子が執行者として控える空間。
 ボロを出したら命が無いという状況である事に、俺はやっと気付いたのだった。

      ◆      ◆

 ……死と隣り合わせの時間は、何とか終了。
 カリアス殿たちは『門』の所へ、開けられるかを調べに行った。
 仮に開けられたとしても、本格的な調査は自警団の主力が戻ってきたら、という事になっている。

 そして――俺はというと。
 居住区入口の番をしている隊員と交代するまで、少々手透きとなってしまった。
 その空いた時間で軽食でも作ろうかと、自分で持ち込んだ道具などを取りに、荷物置き場として使っている部屋へと向かっていた。

 ――もしイリスたんもお腹が空いてたら、食べてもらえるかもしれないし♪
 そんな幸せな未来を妄想しつつ、部屋に到着すると――
「……ん? 何だあの本?」
 俺の荷物のすぐ近くに、見覚えの無い本が落ちていた。
 ――誰かの忘れ物だろうか? タイトルは……古代語かこれは? たしかこの字は――

『お坊っちゃまくんと♂』

 ――『お坊っちゃま』とは、金持ちの子供の事だろうか?
『♂』はどんな意味だ?
 タイトルだけでは内容がわからないため、少々中を見てみる事に――

「……ッ!? ――ヤック・デカルチャ……!!」

 あまりの衝撃に、俺自身もどんな意味だか、どこの言語だかすら知らない言葉が口から(こぼ)れ出た。

 内容的には――少年と青年がひたすら×××する、俗に言う『女性向けの本』。
「な、何故こんな物がココに!? ――しかし内容はともかく、クオリティ高いな……」
 臨場感あふれる描写力に、効果的な演出。全てが高いレベルでまとまっている。

 ――間違いない。この作者はただ者ではない。いろんな意味で……!!

 内容は流石に少々抵抗があるが……この技術は学ぶに値する。
 ――よし、予定変更だ。人が来ない今の内に、コレを読んで少しでも技術を吸収――

「――エド! 居るか!?」

「ひゃあっはあああああああああああッ!? の、のぁにかぬぅぁあッ!?」
 突然の同僚の襲来に――青年時代、エロい本を読んでいる時に母親の急襲を喰らった時と同じリアクションをしてしまったが……そんな事を言っている場合ではない様だ。
 同僚隊員は俺の妙な反応にツッコミもせず、用件を早口で告げる。
「――緊急事態だ。遠征や買い出し中の面々、転送珠で呼び集めている」
「ッ! 何があった!?」
「――あの『門』、物理的に開くものではなく『転移門』だったらしい。カリアス殿や女神様がたが予期せず転送され――その先で戦闘中らしい!」
「なるほど、確かに緊急事態か。……しかし、あの戦力なら心配は要らない気も――」
 と、言いかけた時。

 居住区内に、妙に危機感を(あお)るけたたましい音が鳴り響き、明滅を繰り返す赤い灯りが点灯し始めた。

「……また何かあったか。――行くぞ!」
「おうッ!!」
 女神様たちを心配しつつ、俺たちは集合場所たる『門』前に急いだ――
 ――あ。例の本は、荷物の下に隠しておきました。

      ◆      ◆

「警報は止まったのに、なんで連絡が来ない!?」

 鳴り響いていた警報が止まり――しばらく。
 遺跡の警備機能によって、『門』の方に『侵入者の排除に失敗』という報が入っている。
 つまり――女神様たちは無事。少なくとも全滅はしていない事は確定。
 ……それなのに戻って来ないどころか――連絡すら来ない。

「――落ち着いてください。仮にイリスちゃんに何かがあって連絡が取れないのだとしても、緊急性があるのなら転送珠で転移してくるはずです。……連絡が来ない事こそ、全員が無事である証拠であると考えます」
「……団長の言う通りだ。更に言えば――侵入者排除用の魔物は倒したとしても、それ以外の魔物との交戦中、という可能性はある。その状況で転送珠を用いて飛び込むのは――こちらと向こう、両方に致命傷となる可能性もあるのだぞ?」
 苛立った声を上げた男に、リリー嬢とレオナルドが落ち付く様にと告げる。
 女神様たちと俺たちの間を繋ぐ転送珠は、ある。
 だから助けに行こうと思えば行けるのだが……向こうの状況が不明のため、踏み切れない。状況が分からない所への乱入は、される側にとっても危険に成り得る。

 リリー嬢とレオナルドが言う様に、待つのが最善だとは思うのだが――心配は募る。
 ……というか『落ち着け』というリリー嬢たちも、心配そうな表情を隠しきれていない。
「――『門』よ。何とか通る事は出来ないだろうか……?」
 転送珠による乱入は危険。ならば――『門』から正規のルートで救援に向かう事が出来れば問題は無いのだが……。
『………………現在、データベースにアクセス中――アクセス中――アクセス中。法規、規約、規定、条約を再確認中――』
「……お、おい『門』? 大丈夫か? 何をやって……?」
 いつも以上に感情が無い――というより、感情が向けられていない声が返ってきた。
 少々様子がおかしいため、訊いてみると――

『――返答に相応しい言葉を並列検索……完了。【ぶっちゃけた話、決まり事の抜け道を探しとるでゴワス……!】』

「――なぜに『ゴワス』? い、いや、それはいいんだが……なんでわざわざ?」
 何か必死な様子が伝わってきたため、理由を訊いてみると。

『――【イリスたんとリーゼたん】【マジ女神っす!】【むらむらハァハァ】【当方の希望】【安否確認最優先】【規定とシステムに矛盾】【求む・自己正当化】』

 ……要するに。『イリスたんとリーゼたんは可愛いから、【門】は心配で最優先で無事を確認したい。だけどそれは規約と制約に反するから、自己正当化するために規定の抜け道を探している、という事なのだろう。
「……その努力に感謝する。そして――どうか、よろしく頼む! 我等が女神たちを守るために……ッ!!」
 俺が『門』に向かって頭を下げると――俺たちの遣り取りを聞いていた者たちも、揃って頭を下げた。そして――
『 ! 音声入力を確認。【女神たちを守るために】。――規約検索。ワード:【女神を守るため】――検索――検索……完了。――見つけました。……我が友エド、感謝を』
「……っ!?」

『【特記事項第八条:特級因子保有者の身の安全は、全てにおいて優先される】この条項を用い――安否確認を妨げる制約、全て破棄――ポータルゲート、起動させます……!!』

「「「「「 ッ!? よくやったあああああッ!! 」」」」」
『門』の言葉、その成果を証明する様に、床の『陣』が輝き出す。
「――『門』さん。あなたの尽力に心からの感謝を……! 第一班と第二班、突入準備! ――私は転送珠を預かっている関係で、第三班と共にこの場に残ります。レオナルド、突入班の指揮は任せました」
「御意に。必ずや女神様たちの力となってみせます……! ――さあ行くぞ皆の者。女神様たちを救うために!!」
「「「「「 おおおおおおおおおッ!! 」」」」」
 突入組の士気が、恐ろしい程に高い。
 この様子ならば、例え何が待ち構えていようと打ち破れる。
 ――そう確信できる程の、頼もしさ。
 そして、指揮をとるレオナルドの腕が振り下ろされ。
「行くぞ! 全員突にゅ――」

「――あ。通信が来ましたッ! ……あ、皆さんご無事で!?」

「「「「「 ………………はい? 」」」」」
 突入寸前で――動きが止まり。揃って間抜けな声を出し、リリー嬢の方を見る一同。
「――いえ、ご無事で何よりです。――ええ。……では、このままハールートさんの所を経由して、教会に戻るんですね?」

「「「「「 ……………… 」」」」」

 リリー嬢の遣り取りを聞きながら――全員が妙に()いだ表情で、ただ目をパチパチと。
「――はい。では詳しい話は明日という事で。――お疲れ様でした。今日はゆっくりお休みください、それでは――」
「「「「「 ……………… 」」」」」
 会話を終了させたらしいリリー嬢に、皆の無表情な瞳が向けられ。
「――え、えーっと……お疲れ様でした」

「「「「「 ――おつかれさまでした 」」」」」

 みんな怒りも悲しみも、苛立ちも虚しさすらも無く。ひたすら凪いだ表情だった。
 ……気合が大空振りしたせいで、感情や思考が停止しているのだと思われます。
 いつ感情が戻ってくるかはわからないまま、俺たちは淡々と撤収準備を――

 ――あ。そうだ、アレの事を訊かなければ。

「団長。少しお訊きしたい事が」
「――はい、何でしょう?」
「……部屋に妙な本が落ちていたのですが――何かご存じありませんか?」
 例の――『くんずほぐれつ』な本の事を訊いてみた。
 ……確かイリスたんやフィアナ嬢が居住区に行き、その後にリリー嬢も迎えに行ったと聞いた。だから、もしかしたら何か知っているかと思ったのだが……?
「――『妙な本』? ……あ。――あの部屋使ってたの、エドさんだったのですね」
 何かを知っているらしく、気まずげに言うリリー嬢。
「……ご存じで?」
「――はい。実はあの部屋で、アリアちゃんが隠し書庫を見つけたんです。その中に入っていた物でして……」
「――まさか。その『書庫』には、全て『ああいう本』が……?」
「…………(こくり)」
 戦慄と共に訊ねる俺に、気まずそうな顔で頷き、肯定するリリー嬢。
「……? 団長、『ああいう本』とは、どの様な?」
 まだ感情が戻り切っていない様子のレオナルドが、怪訝な顔で訊いてきた。
「――ええ。こういう本です」
 そう言って、服の胸元から本を取り出し――いや待てリリー嬢。どこにしまっていた?
 女性の胸には、ロマンと共に荷物もいっぱい詰まっているのだろうか……?
 ……ともかく。リリー嬢が取り出した本を開くと、多くの者が覗き込み――

「「「「「 ――や、ヤック・デカルチャ……!! 」」」」」

 ――皆に感情が戻った様だ。
 というか。俺も思わず口に出たが――本当に、どこの言語なのだろう……?
「そんなわけで……明日、その書庫の本も回収して一旦撤収します。――皆さん、そのつもりで準備をしておいてください」
「「「「「 はいッ!! 」」」」」
 どうやら『あの本』の衝撃により、感情は完全に戻ったらしい。
 皆が揃って返事を――……いや、『皆』ではなかった。
「……団長。少しお願いがございます」
「――『お願い』ですか? なんでしょう?」
 それは、先ほど返事をしなかった約一名に関する『お願い』で。
「この空間に転移陣を敷設すると思うのですが――片方はココに、もう片方は自警団詰所に設置し、気軽に行き来する事が出来る様になれば、と」
「……はい? 私の一存で決める事はできませんが、希望を出す事は出来ます。ですが、何故――……ああ、そういう事ですか♪」
 リリー嬢も気付いたらしく、その『約一名』を見上げて笑みを浮かべた。
「――ええ。我等と共に来る事が出来ない同志。……バカデカイ図体を持ちながら会話に飢えている寂しがり屋を放っておくと、後々うるさそうですから――なぁ?」

 そう言いながら見上げると――他の隊員たちも気付いたらしく、笑顔で見上げる。
 我々の中でダントツの最年長でありながら――最も新しい『友人』を。

『……その言葉への返答は、検索不可能です。ですが――いつでも歓迎いたします。我が三千年ぶりの――友人たちよ』

 その声は、やはり無感情なモノながら――
 それでも……嬉しそうに聞こえたのは、俺の気のせいだろうか?



   ◆◆◆次回更新は2月28日(火)予定です◆◆◆

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