第四編 二章の1 少年の戦いとオトメの話

作者:緋月 薙

二章の1   少年の戦いとオトメの話
(※今回は 幕間の1 混ぜるな危険 と合わせて2話分の更新になります)



SIDE:カリアス


 あのパーティの、翌々日。
 ……うん、翌々日。――とりあえず、昨日の事は置いておいて。
「――んっ! こんどこそ……っ!」
「っ!? そんなモノ……!!」
 ここはハールートの住処。
 遺跡への調査から休養を挟んで、本格的に訓練を再開したのが今日。
 その仕上げに――エリルとアリアが、模擬戦を行っていて。
 それを見ているのは、ハールートとルイーズ。そして僕とリリーさん。

『話には聞いていたけど……アリア、本当に剣の才能あったんだね……』
『ふぉっふぉっふぉ! 正直に言えば、我も驚いたぞ? 以前から運動能力が高いとは思っておったが。――アリアはまだ幼い。そしてカリアスとフィアナ、リリーという良き師がおる以上、これからもまだまだ伸びるであろう』
「ふふふっ、そう言っていただけると光栄です♪ アリアちゃんは素直で呑み込みも早いですし、とっても良い生徒ですね」
 その言葉を証明する様に――アリアはリリーさん直伝の風の結界を(まと)い、エリルに襲い掛かる。
 十全に使い熟せば、追い風による行動補助だけでなく、死角からの攻撃の察知なども可能になる高等技術。……流石にまだ、未熟ではあるけれど。
 それでも術を維持しながら戦い続けられるだけで、歳を考えれば驚異の技量。
 だけど――そんなアリアが、攻めきれていないという事実も、ここにある。
『――あのエリル君も、やるね。アリアの攻撃を術無しで防ぎきってるの、年齢を考えれば凄いんじゃないの……?』
『――うむ。攻撃面においても年齢を考えれば十分だが――防御面は特に優秀と言えよう。現時点においても、並の冒険者程度なら楽にあしらえる技量はあろう』
 全員が、眼前の戦いから目を逸らさずに話を続けている。
 ――そうさせるくらいに、二人の戦いは見ごたえがある。

「……おにいちゃん、うで、あげた……?」
「足手まといは御免だからな……っ!」
「――ん、なら……じかん、あんまりのこってないし……わたしもためす……っ!」
 その言葉の直後、変化はすぐに現れた。
 アリアの周囲を火の粉が舞い――すぐに集い、三つの火球となる。
「っ!? もう使えるのか、それ……!」
 フィアナは十前後の数の術を自在に制御するけれど……普通は五つも同時起動出来れば十分。そしてそれを行いながら近接戦闘となると……大人でも三つ使えれば十分。
 アリアはこれに加えて、風の結界も維持している。まだ使い熟せているとは言えないけれど……年齢を考慮せずとも、十分に驚異的と言える。
「いまは、これがげんかい……。――いくよ……っ!」
「っ、来い……ッ!!」
 斬りかかり、火球が襲い、弾かれても風で体勢を立て直し、すぐさま斬りかかる。
 それをエリルは、剣で弾き、火球を盾で防ぎ、盾で押し込み視界を塞ぎ、回り込んで連撃を止める。――うん、上手い。
 アリアは手数が増えた代わりに、フェイントを混ぜる余裕が無くなったらしい。
 お蔭でギリギリではあるけれど、エリルの対応が間に合っている。

『うっわぁ……凄いねアリア! あれ、簡単に出来る技術じゃないよね!?』
「――そうですね。術の方はまだ『とりあえず使えている』程度ですが、それでも出来ない者の方が多いです。『あの歳にしては』という言葉は、必要ありませんね」
『とりあえず』でも使えるのなら十分。今後じっくり磨けばいい。
 つまり今、アリアが見せているのは――今の実力と、それ以上の大いなる伸び代。
『うむうむ。――して、カリアス。エリルの方はどう見る?』
 アリアの実力を褒められ、満足そうに頷いた――爺バカ守護竜殿は、エリルの方の評価を訊いてきた。――たった今評価が定まったところだから、丁度いいかな。
「……遺跡から戻ってから、変化がありましたね。――良くも悪くも」
『――ふむ?』『――ふむふむ?』
 似た様な反応で続きを促すハールートとルイーズを少し可笑しく思いながら。
「まず良い点は――守りの腕は上がっています。反応速度も、集中しすぎずに広範囲を警戒する技術も、特に相手の攻撃を潰す守り方は上手かったですね」
「……そうですね。防御だけではない守りの形として、一段上に進んだと言えます。このまま成長していけば『正統派の騎士』として十分な実力を身に付けるでしょう」
 僕の評価に賛同してくれるリリーさん。そして同時に『正統派の騎士』という言葉を使った事から、僕が言いたい事も理解してくれている様子。

 戦いにおける『守り』とは、防御や回避だけではない。
 攻撃をさせないための牽制や間合いの取り方から、相手の攻撃を潰した際に相手の体勢を崩したり……理想としては武器を奪ったり破壊したり。
 相手への攻撃以外の、行動を(はば)む行為、その全般を指す言葉としても用いる。
 つまりは――『相手への直接攻撃』が『攻め』ならば、『相手の行動への攻撃』が『守り』、とも言えるわけで。エリルは、それを身に着け始めている。

「……それで、悪い点ですが――守り『だけ』上手くなっている、という点ですね」
『――え? アリア相手に、守ってばかりな事?』
「いや、それはいいんだ。――というかアリアの様な手数重視の攻撃特化型には、むしろセオリー通り。間違ってはいないんだよ。……ただの『騎士』なら」
「……大勢で戦い、守りに特化すべき『正統派の騎士』なら、これでいいんです。――ただ、エリル君が目指しているのは……ただの騎士ではありませんよね?」
『――なるほど。【聖殿騎士】を目指すのであれば、という事か』
 聖殿騎士は――国防における最後の砦であると同時に、教皇の剣。
 時として単独任務も与えられる以上……守りだけでは厳しい。
 そもそも――さっきから、攻撃に転じる機会は度々あった。盾で押し込む際に、もう半歩踏み込んで盾で殴りつけたり。側面に回り込んだ際に、アリアが牽制で放った一撃が少し甘かったため、強打で弾けば武器を奪えた可能性もある。
 当然、リスクはある。リスクはあるけれど……強敵に勝つにはそれしかない。

「今のエリルは、『負けない戦い方』です。それは『正統派の騎士』の完成形への道で――同時に『聖殿騎士』としては、限界の壁が待つ袋小路、ですね」

 ――以前のエリルは、もっと積極的だったんだけどね……。
 こうなった理由は、きっと攻撃特化なアリアの存在が一つ。
 エリルの剣術の素質は低く無い――どころか、並の騎士と比べても高い方。
 だけど、アリアの才はその上を行き、さらには精霊術を用いるという器用さまで。
 ならば――と、元から得意だった守りの技術を磨いたんだと思う。
『でも……その割には危機感無いよね?』
 と。僕が話している内容が深刻な物だと思ったルイーズが、特に心配している様に見えない僕に、怪訝(けげん)そうに訊いてきた。
「ちょっと厄介なルートかな、とは思うけど……長い目で見るなら、悪い変化じゃないと思うんだよ。――壁で止まる事を選ぶなら、それはそれでエリルの選択だし」
『え? それはどういう――』
 更に首を傾げるルイーズ。リリーさんは――分かっているみたいで、ニコニコと。
 それは簡単な話。――壁があるなら壊せばいい。乗り越えればいい。
 今エリルの前に立ちはだかるモノは、とても真っ当な物。
 ……なにせ、遺跡から戻ってきてから、エリルが守備的になった理由。
 そのもう一つは――
『――む、そろそろ時間だぞ?』
「っと。ありがとうございます、ハールート。では止めてきま――」
 事前に決めていた、模擬戦の制限時間。それが近づいてきている事を教えてもらい、エリルとアリアを止めようと声を――掛ける前に、気付いた。
「……リリーさん。エリルはともかく、アリア……気付きますかね?」
「これは……多分、無理ですね」
 術の多重起動と高速戦闘で、アリアは集中力を限界以上に高めている。――これは、外野の声なんて届きそうにない。
「……仕方ない、か」
 責任を持って、止めに行こう。……物理的に。
 闇聖術――『静影』発動。音と気配を消す隠形の術を纏い、戦う二人に近づく。
 そしてアリアが速度を乗せた一撃を放つため、距離を取った――そのタイミングで。
「――はい、そこまで」
 言いながら無詠唱で聖術『光盾』、および闇聖術『鎮守の闇』の同時発動。
「――なっ!?」「っ!? わ……っ」
 アリアの剣を迎撃しようとしたエリルの剣を『光盾』で防ぎ、『鎮守の闇』でアリアの精霊術をまとめて消去。
 行動補助の術も消されてバランスを崩したアリアを、勢いを殺しながら抱き止める。
「……おとうさん……?」
 僕の腕の中で、こうなっている理由がわからず『きょとん』としているアリア。
 可愛らしくはあり、笑みを誘うけれど――かなり褒められた事ではない失敗をした教え子に、ちょっと後でお説教をしよう。
「時間だよ、二人とも。――お疲れ様」
「「 ――あ 」」
 アリアは言うまでもないとして……エリルも制限時間を忘れていたらしい。
 その事に苦笑いしながら、ハールートたちの方へ振り返ると。

『……アリアやエリル君の活躍が、全部持っていかれたよね』
「いくら闇聖術があると言っても……あの速度の戦闘に割って入って制圧――それを行って平然としているんですからね……」
『――しかも、当人はそれを自覚すらしておらんのが、またどうしようもないのぅ……』

 呆れ顔で口々に言ってから、揃って溜め息を吐く、保護者組の三名。
 ……別に悪い事をしたわけではないのに、なんとなくばつが悪い。
 それでも何とか気を取り直し、教え子たちに向き直る。
「――まずはアリア。限界に挑戦するのはいいけど……集中し過ぎ。周りが全く見えないのは、いくらなんでも危ない。あと――術を消されてバランス崩すのも問題」
「…………あぅ」
 問題点を指摘され、軽く落ち込むアリア。その様子が、先ほどまでの鬼気迫る戦いっぷりからは想像も出来ないくらい、微笑ましい。
「だけど……色々と驚いたよ? ちゃんと強くなってるから――焦らず磨いていこう?」
「――? ん……♪」
 言いながら頭を撫でると……少し怪訝な顔をしてから、嬉しそうに微笑んだ。
 ――これは……うん。甘やかし過ぎない様に、気を付けないとな……。
 以前から可愛らしい子ではあったけれど……『自分の娘』だと思って見ると、掻き立てられる保護欲が尋常ではない。……少し、気を引き締める必要があるかな。
 と、これでアリアの方はいいとして――僕たちとアリアの様子を、苦笑しながら見ているもう一人の教え子の方を向く。
「それで――エリル。……うん、本当に上手くなったね。状況判断も立ち回りも、十分に合格点だよ。――戦いづらかったよね、アリア?」
「ん。……おもったように、ぜんぜんうごけなかった」
「そういう場合の対処法もあるから……今度、僕かリリーさんが教えるよ。――と、そんなわけで、君もちゃんと強くなってるよ、エリル」
「――え、と……うん、ありがとう」
 僕の褒め言葉に、エリルは複雑そうな顔で応える。
 ……うん。この子はちゃんと、自分の現状を理解しているらしい。
「だけど――自分で気付いてるんだよね? ……あとで、ちょっとお話。いいね?」
「――うん」
 頷いて、汗の処理をするために荷物を取りに行くエリル。
 観念した様な姿を見ると、思った以上に深刻――に、思っているらしい。
 これは……ちょっと早めに話してあげた方がいいかな。
 僕は、様子がおかしいエリルを心配そうに見ているアリアに、声をかける。
「――アリア? 女性陣でお買い物に行くんだよね? 今日はもう上がりで、汗を流してきた方がいいんじゃない?」
「……ん。だけど――おにいちゃんは、だいじょうぶ……?」
「――少しお話するだけだから、大丈夫。……もう一段強くなるための試練、みたいなものだから」
「…………ん」
 試練と言ったら……アリアがエリルを見る眼が、羨ましそうなモノになった。
「――大丈夫、本当にアリアも強くなってるから。エリルとは、方向性が違うだけ」
『うん、本当に凄かったよアリア! 強くなったね♪』
「……ん♪ ありがと、おとうさん、ルイおねえさん」
 うっすらと――だけど素直に笑みを見せるアリア。……本当に、さっきまでの戦っていた姿とは別人に見える。
「――じゃあリリーさん。アリアと――フィアナたちを、よろしくお願いします」
「はい。――奥様のことは、お任せください♪」
 さらっとからかってくるリリーさんと、楽しそうに笑っているルイーズ。
 ここで『まだ結婚はしてません』とでも言おうものなら……更にからかわれそうなので、今は耐えるだけにする。
 ……ちなみに。本当なら、今日はフィアナを師としてイリスとリーゼ、更にそれを補佐する存在としてウィルとリースも訓練をするはずだった。
 だけど、フィアナが少しだけ体調悪いという事で、大事をとって休ませたわけで。
『そういえば――フィアナは大丈夫なの? 具合悪いのにお出かけとか……』
「ええ、心配は無いかと。そこら辺の自己管理が出来ない方ではありませんし……それに少し診た限りでは、お身体にほとんど異常はありませんでした。おそらくは――睡眠不足と、精神的な面からの一時的な症状ではないでしょうか?」
 心配するルイーズに答えるリリーさん……なんだけど。
 ――なんで後半は、僕を見てニコニコしながら言ってるんだろう? ……っていうか、どこまで察してるんだろう……?

 ちなみに……その、『夜までずっと一緒だった』というわけではない。
 というか、夕方に帰ってきたイリスとアリアを、揃って出迎えたし。――その時にイリスから、とんでもない質問が来たんだけど……その話は置いておいて。
 でも少し、無理させた自覚はあるし……イリスに質問されて以降、僕が見た時は顔が真っ赤だった事から、精神面での負荷も結構なものだったと思う。
 睡眠不足は……もしかしなくても、それが原因だろう。

 そんなわけで、フィアナには少し休んでもらっているのと――今日一日だけ少し距離を置いて、お互い落ち着こう――という事になった。……今日一日だけ。
『――そっか、心配無いなら良かったよ。今度、フィアナも入れて三人でお話ししようね、リリーさん♪』
「ええ、喜んで♪」
 この二人は昨日、リリーさんが用事でハールートに会いに来た時に知り合い、そのまま意気投合したらしい。
 ……ある意味で対人最強なルイーズの『人たらし』、本当に見境がないらしい。
「――そろそろ時間なので、私たちは行きますね? アリアちゃん、行きましょう?」
「ん。――おとうさん、またあとで。それと……たのしみに、ね?」
「……へ? それはどういう――」
 僕が訊き終わる前に、転移陣に向かって走っていくアリア。
「――リリーさん? どういう事でしょうか……?」
「まだ秘密です♪ 悪い事にはならないので、今はそれこそ『お楽しみに』としか。――では、私も行きます。……エリル君の事、よろしくお願いします」
 最後だけ真面目な顔で言い、頭を下げてから去って行くリリーさん。
 ……質問を封じられた事に『ずるい』などと思いながら――エリルを見る。
 深刻になり過ぎない様に、わざといつも通りの会話をしていたんだけど――あんまり効果は無かった、かな。
 雰囲気が変わった事を察したルイーズが、黙って少し距離を取った。
 その事に軽く感謝しながら――黙ってこちらを見るエリルに向き直る。
「じゃあ、少し話そうか。それで、先に訊く、というか確認するけど――」
「……うん」
 少しだけ怯えが見えるけれど――真っ直ぐな眼は、僕から外れない。
 その事を、心の中で称賛しながら――訊く。

「エリル。――怖い?」

「っ! …………うん」
 指摘され、ぎくりと反応してから、恥じ入る様に俯くエリル。

 エリルが模擬戦で、極端に守備的な行動を取る様になった理由。
 おそらくその最も大きいものが――『恐怖』。
 エリルは遺跡で、重傷を負った。
 イリスとウィルの力により完治はしたものの――その力を以てしても、すぐには動かない方が良いといわれる程の負傷。……一歩間違えれば、即死も有り得た。
 その時の痛みと恐怖が、多分、エリルの心の奥深くに残っている。

 ……多分本人も、アリアとの模擬戦が始まってから気が付いたのだろう。
 話を聞いて納得したらしいハールートとルイーズが、心配そうな顔でエリルを見る。
「――エリル。君はあの日蝕の一件があった日に――覚悟を決めたと言ったよね?」
「……うん。言った」
「その言葉を、撤回する気はある?」
「っ!? 無い! ……無い、けど……っ」
 問いに、怒り――だけどすぐに『怯える自分に、怒る資格は無い』とでも思ったのか。
 ――震え、歯を食いしばり、拳を握り。今にも涙を流しそうに。口から、握りしめた拳から、今にも血が流れ出しそうな程に。
 だから僕は――内心が現れない様に、淡々と問いを続ける。
「じゃあ――怖かっただろうに、なんでさっきの模擬戦、止めなかったんだい?」
「……ここで止めたら、もう戻れないって思った。『覚悟を決める』って言った事も、全部ウソになるって思った。……何より、自分を許せないと思った」
 ――だから、踏みとどまった。
 ……怖くて前に進めないなら『せめてこの場は』と、戦い続けた。
 アリアが『勝つため』に、限界に挑んで攻めているとき。
 この子は必死に守りながら――『己に克つため』に、必死だった。
 実際、エリルの言葉に嘘が無いのは分かってる。
 戦う事に、戦い続ける事に迷いは無かった。その『覚悟』に嘘は無かった。
 そうじゃないと――いくら守りに徹しているとはいえ、あの攻撃は捌き切れない。
「――うん、よく分かった。……エリル? 君があの場で守り続けていて――アリアに勝てると思うかい? 今は負けなくても――ずっと抑え続ける事は出来ると思う?」
「っ!? ……っ、思い、ません……ッ!」
 俯き、震えながら。悔しさに歯を噛みしめながら、声を絞り出す。
 ……酷い事を言っているとは思う。だけど――気持ちを、確かめておきたかった。
 この後に僕が見せる『選択肢』に、エリルは確実に食いつく。
 だから――その選択の先。
 この子がその道で、生きて行く事が出来るか。――折れず、歪まずいられるか。
「――君は、剣術ではアリアに勝てない。度胸も……一度死線を超えたあの子に、今は劣っていると言わざるを得ない。そもそも……君に、特別な才能は無い」
「――ッ!! ……っ、…………ッぐ!」
 おそらく本人が気にしているであろう事を――紛れもない事実を叩きつける。
 ……悔しいだろうに。悲しいだろうに。エリルはただ、その場で耐えていた。
 ……何を言われるか、怖いだろうに。己自身に半ば絶望しているだろうに。
 それでもエリルは――逃げず、言い訳すらもせず、踏み留まった。
 ――耐えたね。もういい、か。
 だから僕は――力を与えようと決めた。この子は、今は弱い。だから――

「――だから。君に『聖術』という名の力を与えようと思う。今日にでも、レミリアと養父さん――教皇と聖殿騎士団長に許可を申請したいと思う。――どうかな?」

「…………え?」
 呆然と――涙を(たた)えたままの瞳をこちらに向けるエリル。
 その姿に可笑しさと……誇らしさを覚えながら。
「君に、聖術を覚えてもらおうと思うんだ。そのための許可申請はやっておくから――後は『聖誓』の儀式をすれば、『聖術使い』を名乗れるようになるよ。儀式は――折角だからイリスとフィアナに手伝ってもらおうかな――」
 聖術を初めて使う際には、司祭以上の聖職者が聖殿に許可を申請。
 その後、『聖誓』という儀式を受ける事で、聖術を使える様になる。
 例外は――イリスの『聖女』資質の様な生まれつき強い『天の祝福』を持っている場合や、教皇家の様に血筋自体が強い祝福を受けている場合。
 だから『聖誓』は――『神への推薦』とも言える儀式。
「――まぁ『聖誓』の後、しっかり勉強と練習をしないと、上手く使える様にはならないだろうけど。……君は座学が苦手みたいだし、どうしても嫌なら――」
「ちょっ!? ちょっと待――ちょっと待てよ兄ちゃん……ッ!!」
 エリルがやっと我に返ったらしく、声を上げた。
「ん? ――あ、聖術はやめる? それなら聖殿騎士は無理だけど、聖殿付きの近衛騎士くらいは何とか? 僕と……聖殿騎士団長(とうさん)も多分推薦してくれるだろうから――」
「――ちょ!? ――と、とりあえずっ! ……なんで、怯えちゃった俺に……?」
 ここで、今まで黙って見守っていてくれた、ルイーズとハールートを見ると。
 二人(?)とも、優しそうな眼を、エリルに向けていた。
 ルイーズもハールートも、ちゃんとエリルの価値を理解している。
 わかっていないのは――当のエリル、本人だけ。
「君は確かに怯えたけど……それでも、逃げなかった。迷わなかった。――それは戦いだけの事ではなく、『自分が弱い』っていう事からも」
 ……思い返せば、エリルは最初からそうだった。
 僕が自分より強いから、強くして欲しいと、即座に頼みに来た。
 アリアの才能が自分以上だと認め、悔しいと泣いて。
 それでも僻まず、妬まず。自分に出来る方法で、力を求めて。
 攻撃面はアリアの方が上だからと、自分は守りに力を入れ始めて。
 守りたい存在のリーゼに救われて。それを受け入れ――今度は守ると誓いを立てて。

 この子は、虚勢を張らない。自分の弱さから逃げない。見たくないものからも、眼を逸らさない。それは――強くなるための、何よりの『資質』。

「だ、だけど! 怖がってちゃ――臆病者なら意味が無いじゃないか!?」
 ……どうやら、思った以上に自己嫌悪が強かったらしい。
 半ばムキになって自己否定をするエリル。それなら――僕は、堂々と言う。
「臆病者の、何が悪いの?」
「…………え?」
 またも『きょとん』としてしまうエリル。だけど、構わず続ける。
「……伝説や物語で『勇者』と呼ばれる存在の条件って、なんだと思う?」
「え? えっと……『勇者』なんだから、『勇敢さ』とか――『勇気』?」
 戸惑い気味のその顔には『なんで突然?』と書いてあるけど――気にせず続ける。
「うん。それも必要だと思う。だけど……一番じゃないと思うんだ。もっと、根っこの部分。きっと、その『勇気』の理由にもなっているものだよ」
「……ごめん、わからない。『勇気の理由』……?」
 うん、そうだよね。これが分かるなら――エリルはこんなに悩んでいないのだから。
「僕は――『臆病さ』だと思うんだ」
「――は? ……な、なんで『勇者』が臆病じゃなきゃいけないんだよ!?」
「臆病っていうことは『命の大切さを知っている』っていう事だと思うんだ。――自分の命が大切だから、傷付くのが怖い。……他人の命が大切だから、傷付けるのが怖い。喪うのが……怖い。これって、『守る者』として大事な事じゃないかな?」
「それは――そう、かもしれないけど…………じ、じゃあ! さっきの『勇気の理由』っていうのは!?」
 不服そうに言うエリルに苦笑いを浮かべながら、続ける。
 ムキになってまで認めたくない……許せないのは、きっと僕の言葉ではなく『自分』。
 自分の弱さを認めているだけに――弱いままでいる自分を、嫌悪している。
 ――だけど……そのままでもいいんだよ、エリル。
「そっちは、もっと簡単だよ。――怖いもの知らずの一歩と、臆病者の一歩。……どっちが、勇気が必要かな? どっちが――尊い、かな?」
「…………それは」
「怖いもの知らずは、楽だよ。気軽に怖い所にも踏み込めるんだから。それが武器になることも、もちろんある」
 言いながら、頭に浮かぶのは、やっぱりアリアで。
 ――あの子は強い。だけどそれは『怖いモノ知らず』の強さで……少し危うい。
 親としてはもう少し、自分を大切にしてほしいと思う。
 あの子にも大切な人が――イリス以外に想う人が出来たら、変わるんだろうか?
 そんな――脱線しかけた思考を無理矢理戻し、目の前の少年に集中し、話を続ける。
「だけど……怖さを知って、それでも一歩を踏み出す。それが本当の『勇気』だと思う。――だから臆病者じゃないと、勇者にはなれない。……ねぇ、エリル?」
 ……少し、泣きそうになっている教え子の頭に手を置き、優しい口調を心がけ。

「――そのままでいいんだよ、エリル。弱いままでも、強くなれるんだから」

「……兄、ちゃん」
「君は、本当の怖さを知った。だから――それでも踏み込める様になれば、きっと誰よりも強くなれる。……そうなる資格が、君にはあるんだよ?」
 この子は既に、踏み留まる『強さ』は持っている。だから――あと一歩。
 僕の言葉が。与える力が。その一歩を越える力になる事を祈りながら――
「弱いままで、臆病なままで……乗り越えなさい、エリル。そしてその一助となる力を、与えたいと思ってる。――受け取ってくれるかな?」
「ぅ、ッ、――はいッ!! ありがとう、ございます……ッ!!」
 応え――涙を流し。それを隠す様に下を向くエリル。
『――はい、タオル』
「ああ、ありがとう、ルイーズ」
 丁度いいタイミングで、ルイーズがタオルを渡してくれて。それをエリルの頭に被せて――顔が見えづらい様にして。
「今日はもう上がりなさい。それから――もう少し、自分の将来の事を考えて」
「うん……ッ!」
 素直に頷くエリル。その頭を――被せたタオルの上からグチャグチャっと撫でて。
「――お疲れ様、エリル。また明日ね?」
「……はい! ありがとうございましたッ!!」
 そう言って頭を下げると――急いで自分の荷物をまとめ、再び頭を下げてから、転移陣に乗って去って行った。
 なんだか……僕への対応が変わった気がする。あれはまるで――
『――ざ・尊敬』
「……人が考えてる事を先に言うの、やめてくれないかな?」
『んー、じゃあ【エリルくんの好感度が最大になりました】とか?』
「……何かな、その表現?」
『大丈夫! 私はそういうの大好物だから……!!』
「だから何かな、その表現!? ……ハールート。昔からルイーズって、こんな感じだったんですか?」
 そう訊きながら、ハールートの方を見ると――妙に『きょとん』としていた。
『……あれ? どうしたの、ハールート』
『う、うむ……少し気になる事があるのだが――ルイーズ、お主の足下の木剣を、少し見せてくれぬか?』
『え、これ? ――はい。これがどうしたの?』
 ルイーズは、指導用の木剣を持って掲げ、ハールートに見せ…………あっ!?

『――非実体のお主が、なぜ木剣やタオルなどを持てるのだ……?』

『え? ――あっ』
 ……また一つ、レミリアたちの頭を悩ませそうな問題が発覚した瞬間だった――



   ◆◆◆次回更新は8月15日(火)予定です◆◆◆

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