第一編 二章の3  歌姫

作者:緋月 薙

二章の3  歌姫
(※今回は『幕間1 紳士たち』と合わせて2話分の更新になります)



 (SIDE イリス)


「さてっと。じゃあ早速イリスちゃんの思い出作りって事で、どこか行きましょ?」

 わたしを抱きしめてくれてたフィアナさんが、そう言ってくれます。

「そうですね。う~ん……どこ行こうか、エリル君?」
「んー……あ、そういえば。先に俺たちの家を教えた方が都合が良くないか?」
「――あ。それもそうだね」

 エリル君の言葉に、リーゼちゃんも賛成のようです。

「え? そんなに近いの?」
「はい。あ、もうすぐ見えてきますよ? ほら、あそこの角のお店がそうです」

 みると、両開きのとびらがついた、二階だてのたてものがありました。

「わ、ほんとに近くなんだね♪」
「あそこが冒険者とかがよく集まるってお店よね?」
「はい! 今は準備中ですけど、街を一回りしてくる頃には、ちょうど賑わう頃だと思います。今日のお夕飯、いかがですか?」
「あはは、リーゼちゃん営業上手! そうね、そうしようかしら……」
「フィアナ姉ちゃん! あの奥の店がウチの武器屋――って、げ!」
「え?」

 言われた方のお店をみると……
男の人がでてきて、キョロキョロと辺りを見まわしてから――あ、怒ったようすで、あっちに走っていきました。

「父ちゃん――! 最悪だ……」

 いつのまにか壁のかげに隠れていたエリルくん。
――え? エリルくんのおとうさんだったの? なんで怒ってたんだろう?

「……エリル君、もしかして『また』?」
「あ、あはははは……」

 リーゼちゃんはわかっている様で。エリル君は……笑ってごまかしてます。

「んー、エリル君が隠れた事から察するに……家のお手伝いをサボってきた、ってところかしら、エリル君?」
「――う。……その、見逃してくれないかな、フィアナ姉ちゃん……?」
「……ここで私が見逃しちゃうと、リーゼちゃんやイリスちゃんも同罪になるんだけど、それについてはどう思うのかしら?」
「うっ! ――はぁい。わかったよ……」

 フィアナさんに言われて、とってもざんねんそうに言うエリルくん。
それを見ていたリーゼちゃんが、少し困ったような笑顔で言います。

「えっと……今なら多分――私に頼まれ事して、その後にお手洗い行ってたっていえば、そこまで怒られないと思うから……」
「ううぅ、ありがとう、リーゼ……」

 とても感謝しているようすで、リーゼちゃんの手をにぎるエリルくん。
ちょっと涙ぐんでみえるので――それだけ怒られるのがこわかったようです。

「――え、あ。う、うん……お手伝い、頑張ってね?」
「ああ! リーゼも後で、店の手伝いだろ? そっちも頑張ってな!
 ――じゃあイリス、また明日にでも遊ぼうぜ? ――フィアナ姉ちゃんも、またな!」

 そう言って手をふりながら、走っていくエリルくん。
わたしもフィアナさんも、手をふってお見送りです。
そしてリーゼちゃんは――すこしあかい顔で、エリルくんが去っていった方をみてます。

「 ? どうしたの、リーゼちゃん?」
「……え? あ、う、ううん。何でもない、よ……?」

 ――でも、なんだか様子がヘンです。

「……ああ、なるほど~♪」
「 !? 」

 フィアナさんは、何かわかったみたいです。なぜか『ギクッ』っていう風にフィアナさんをみるリーゼちゃん。

「リーゼちゃん、エリル君の事が好きなんだ~♪」
「 ! なんで……!?」
「女のカンよ♪」
「はぅ……」

 楽しそうに言うフィアナさん。顔をまっかにして、恥ずかしがるリーゼちゃん。
――?『リーゼちゃんがエリル君の事を好き』? 何かヘンなのかな……?

「わたしも、エリル君の事好きだよ? リーゼちゃんの事も、フィアナさんの事も!」

 そういうと、フィアナさんは頭をなでてくれながら言いました。

「ありがとう。私もイリスちゃんの事、もちろん好きよ? でもね、そういう『好き』とは違う『好き』があるの。
 ――イリスちゃんもその内わかるわよ♪」

 ――そう……なんでしょうか?
 わたしがそう考えていると、リーゼちゃんが言いました。

「……でもエリル君、私より、フィアナさんの方が気になるみたい、ですよ……?」
「――え? ……ああ、あれね。――心配ないわよ、リーゼちゃん」

 フィアナさんは、なんだか悲しそうにしているリーゼちゃんと目をあわせて、ゆっくりと話しはじめます。

「大丈夫よ、リーゼちゃん。その……貴女も分かるかもしれないけど。
 ただ感心があるだけの『気になる』と、『そっちの好き』になりかねない『気になる』って、別モノなのよね」
「……そう、ですね。わかります」
「…………もしかしてとは思ってたけど、その歳で本当に分かっちゃうのね……?
 ――コホン。自分が気になってる相手だから冷静に見れないんだろうけど……エリル君のは『そっち』じゃないから大丈夫!
 ――それに貴女は十分可愛いから、きっといつかエリル君も『そっちの好き』になってくれる。――応援するから、ね♪」
「……ありがとう、ございます……♪」

 リーゼちゃんの顔が、恥ずかしそうな、うれしそうな、安心したような、なんだかステキな顔になっています。
 だけど――なぜか今度は、イタズラを思いついたみたいな顔に……?

「――それで、フィアナさんはイリスちゃんのおとうさんの事、『そっちの好き』なんですよね?」
「…………え?」

 ――あ、今度はフィアナさんがまっかになった……。

「…………な、なんで?」
「女のカンです……♪」
「本当になんでその歳でッ!?」
「っていうのは半分冗談で……。教会で私、フィアナさんに『イリスちゃんのお母さんですか?』って聞いたじゃないですか?」

 まっかなお顔のまま、コクコクと首をふるフィアナさん。

「あのときフィアナさん、ショック受けたみたいな顔しましたけど、ほんのちょっとだけ嬉しそうな――
 『うん』って言いたそうな顔にも見えたので……」
「ぅ……!」
「あのときはわからなかったんですが……イリスちゃんのお話とか、イリスちゃんのお父さんと二人で来た事や、私の事がわかった事とか考えると、そうなのかな、って。――多分、フィアナさん達も幼馴染みなんですよね?」

 楽しそうに言うリーゼちゃん。反対に、フィアナさんが今度はあおくなっていきます。

「リーゼちゃん――恐ろしい子……! むしろ『カン』って言われた方がマシだったわ……。その歳ですごい洞察力ね……」
「ありがとうございます♪」

 心から楽しそうに、イタズラが成功したときみたいなお顔で言うリーゼちゃん。

「……リーゼちゃん?」

 フィアナさんが、今度はリーゼちゃんの肩に手をおいて、なまえを呼びました。

「……はい?」
「私たち、立場がちょっと似てると思わない……?」
「――そうですね。ついでに言うと、利害がぶつかる事は絶対に無さそうですね……」
「……ここはひとつ――」
「――共同戦線という事で……?」
「……フフフフ……」
「くすくすくす……」

「「 うふふふふふふふふふふふふふふ…… 」」

「り、リーゼちゃん!? フィアナさん!?」

 ――な、なんだか二人とも笑ってるのに、ものすごく恐い――

「「 ――イリスちゃん……? 」」
「 ッ!? は、はい!」

 二人同時にこちらをむいて、わたしを呼びました。

「「 ……とりあえず、今まで聞いた事は、男の人にはヒミツね……? 」」
「 !? ……………ッ!(コクコクコクッ!)」

 わたしは声もだせず、うなずくことしかできなくて――

「「 ……それと、色々協力、お願いね……♪ 」」
「は、はいッ!!」

 ――わたしはこの日、『恐い笑顔』というものがあるのだと、初めて知りました。

「それにしても――やっぱりフィアナさんって、結構男性から声かけられるんですか?」
「うっ……え、ええ、まぁ……。ほ、ほら! 私は上級精霊術師の冒険者って肩書きもあるから、そっち方面でも……ね?」
「ああ、なるほど……。でも、そっちで声かけてきた人たちも『あわよくば』って感じでしょうし……大変そうですね」
「あ、あうぅ……」
「……フィアナさん?」

 リーゼちゃんがお話をすすめるうちに、どんどん顔があかく……?

「あ、あははは……その、そういう話は、あんまり得意じゃないと言うか……」

 ――『そういう話』? ……あ、そういえば――

「そういえばフィアナさん、『キレイ』って褒められると、すぐ真っ赤になるよね?」
「――え? でもフィアナさんなら、そんなの言われ慣れてますよね……?」

 リーゼちゃんがそう言うと……やっぱり、まっかになるフィアナさん。

「――軟派(なんぱ)なヤツに言われても、何とも思わないのよ?
 でも、しっかり言われると……だ、だって! 他にも綺麗な子はいっぱいいるじゃないッ!?」

 いきおいに任せたみたいに言うフィアナさん。わたしは意味がわからなくて『? 』って思っていましたが――
リーゼちゃんは、なにかわかったみたいです。

「……もしかして、イリスちゃんのお父さんの周りに、ですか?」

 コクリと、顔をあかくしたままうなずくフィアナさん。

「……確かにあの人にアプローチなんて、ある程度は自信無いと出来そうにありませんしね……。
 さらにもしかしてですが――イリスちゃんのお父さん、自覚無し……です?」

 コクコクと、二度うなずくフィアナさん。

「――アプローチの(ことごと)くを善意のモノと思って、『ありがとう』と微笑む人です」
「…………大変ですね、フィアナさんも……」
「分かってくれてありがとう、リーゼちゃん……」

 わたしにはわからないところで、二人は深く理解しあったみたいです。

「え、えと……、リーゼちゃん! きぶんてんかんに、どこか行こ?」
「そ、そうだねイリスちゃん! ん~……あ。せっかく女の子ばかりなので、お洋服でも見に行きませんか、フィアナさん?」
「そ、そうね! よ~し、ウサ晴らしに買いまくるわよ!! ……カリアスのお金で」
「「 え!? 」」


     ◆     ◆


「本当に、いっぱい買ったねフィアナさん……」

 フィアナさんは両手に大きなふくろを二つずつ。わたしは小さなふくろを一つずつ。

「イリスちゃんは全然服持ってないんだから、むしろ足らないくらいよ? 折角可愛いんだから、これくらいおしゃれしないと♪」
「うん! 私もイリスちゃんがおしゃれしたところ、見てみたいな♪」
「……あぅ」

 ……なんとなく、フィアナさんの『ほめられるのが苦手』っていう気持ちが、わかった気がします。

「ん~、でもやっぱり買い過ぎたかも。一度教会に荷物を置きに戻らないと」
「あ。じゃあ夕食はウチのお店で食べていかれますか?」
「そうさせてもらうわ、折角のお誘いだしね♪」
「わぁ……! たのしみ!」

 ずっと旅をしてたので、お店でご飯を食べるのは初めてです!

「ありがとうございます♪ では私は先に家に戻って、席を予約しておきますね!」
「ありがとう。よろしくね!」
「じゃあリーゼちゃん、またあとでね!」
「うん、また後で!」

 荷物をゆらして大きく手をふるわたしに、リーゼちゃんは控えめに手をふってこたえてくれました。

「すっかり仲良くなれてよかったわね」
「うん♪ ――でもフィアナさんの方が、リーゼちゃんと仲良くなった気が……?」
「う――」

 またあかくなるフィアナさん。

「だって……こっち方面で分かり合える相手、今までいなかったんだもん……」

 ちょっとスネるみたいに言うフィアナさん、カワイイです。
 そんな話をしているうちに、教会に着きました。でも、おとうさんに会おうと礼拝堂へ行くと、フォルカスさんしかいませんでした。

「おや、おかえりなさい。いっぱい、楽しんできたみたいですね」

 笑顔で出迎えてくれるフォルカスさん。

「ただいま戻りました」
「ただいまです!」

 ……『ただいま』って言える場所があるって、すごくうれしいです。

「ところでフォルカスさん。カリアスは?」
「カリアス君はお仕事中です。奥で、自警団の方との打ち合わせですね」
「じゃあ、伝言お願いできますか? 夕食はリーゼちゃんの家のお店で食べてくる、と。
 あと、荷物、ここに置いていっていいですか?」
「はい。伝えておきますね。荷物は後で、用意してある部屋に運んでおきます。――いってらっしゃい。ごゆっくり」
「「 ありがとうございます。いってきます! 」」

 二人でそろって、お礼と『いってきます』を言って教会を出て、リーゼちゃんのお店にむかいました。

 カランカラン、と。お店の扉を開けると、ベルが鳴りました
リーゼちゃんの家のお店は……わ。人がいっぱいです。

「いらっしゃいませ! あ、イリスちゃん、フィアナさん!」

 お店のおてつだいをしているリーゼちゃんが迎えてくれました。

「おつかれさま、リーゼちゃん。人いっぱいだね!」
「ありがとうイリスちゃん! 夕食の時間だから、いつもこんな感じだよ?
 ――あ、っと。席、取ってありますよ。――お母さ~ん、さっき言った、予約のお客様~!!」

 はにかみながら言って、奥に声をかけるリーゼちゃん。すると奥から、リーゼちゃんのおかあさんが出てきました。

「あらあら、いらっしゃいませ。貴女方が、イリスちゃんとフィアナさんですね?
 娘から聞いております。これからよろしくお願い致しますね?」

 エプロンをつけた、やさしそうな女の人です。わたしもちゃんとごあいさつすることにしました。

「イリスです。リーゼちゃんのおかあさん、これからよろしくおねがいします」
「フィアナです。リーゼちゃんにはお世話になりました。よろしくお願いしますね」
「まあまあ、ご丁寧にどうも。――ささ、奥のお席へどうぞ」

 そう言って、奥に案内してくれるおばさん。

「さて、こちらが予約席になります。あ。ちょうどステージで演奏が始まる様ですので、ごゆっくりおくつろぎ下さい」
「「 ありがとうございます 」」

 わたし達のすわっているところはステージのすぐ近くで、そのステージではフィアナさんと同じくらいのおねえさんが、楽器の演奏を始めるところでした。
おねえさんは、その手に持つながい横笛に口をつけ……音が、流れだしました。
 ……あれ? だんだん、笛だけじゃない、別の音もかさなって。それに――

「……へぇ……風の精霊術と併せて、一人で合奏するなんて……いい曲ね、イリスちゃん。……イリスちゃん……?」
 フィアナさんが話しかけてくれてます。……でも、わたしはほかの事で、頭がいっぱいでした。

(……なんだろう……曲が……ううん。……『音』が、おしえてくれてるの……?)
……ふしぎな、感覚。
『分かる』でも、『知っている』でもなく。……でも、わたしの中にあるような……。

 わたしがふしぎな感覚にとまどっているうちに、曲は終わってしまいました。
おおぜいの拍手をうけるおねえさん。
わたしは無意識のうちに立ちあがり――

「――え? い、イリスちゃん……?」

 ステージのおねえさんのところへ、駆けよりました……!

「おねえさん……!」
「……あら? 可愛いお嬢ちゃん、どうしたの?」
 おねえさんはしゃがんで、わたしに訊いてくれます。

「今の曲! もう一回、もう一回おねがいできませんか……!?」
 わたしは、自分でもなにがしたいのかわからないまま、おねがいしていました。

「……いいけど……どうしたの? 気に入ってくれたの?」

 もちろん、曲も好きです。すごくいい曲だと思いました。でも――
「それもだけど……『教えてくれてる』の……!」
 そうとしか、言えません。自分でもハッキリとはつかめない、ふしぎな感覚……。
でも、もう一度聞けば分かる……そんな、ふしぎな確信がありました。

「……え……? ……うん。わかったわ。――また吹いてみるわね?」
「 ! ありがと、おねえさん!」

 おねえさんは、わたしにニコッって笑ってくれて――また、笛に口をつけます。
――そして、ふたたび音が流れだしました。

(…………うん。やっぱりだ……。――おしえて(・・・・)くれてる(・・・・)んだね……?)
わたしの口が、しぜんに動きだしました。

   想いは遠く空の彼方へ
   届けて風よ この願いを
   優しい風 (ささや)く丘で
   歌い祈るは遥かの貴方
   広き世巡りし知己なる友よ
   あなたは今も私の傍に

 どこからか、『こえ』が、わたしにとどきます。

   ありがとう。
   ありがとう。
   わたしをうたってくれて、ありがとう。
   わたしたちをたたえてくれて、ありがとう。

   ――やっぱり、あなたたちなんだね……?
   ――わたしに『おしえて』くれてるのは。
   ――わたしに『みせて』くれてるのは……!

 耳にではなく。頭にでもなく。
『こころ』に、ちょくせつとどく、『こえ』。ちょくせつみえる、けしき。
だからわたしも、『こころ』でこたえます。
『こころ』から、コトバを……!

   風の精 見上げる空よりさらに高く
   天より恵み この大地へと
   時に優しく 時に激しく
   共に歌おう空への賛美歌
   悠久なる天へと届けこの旋律

 わたしは力のかぎり……ううん。
『こころ』のかぎり。『こころ』のままに。
ただひたすらに、『こころ』からの『うた』を、うたいつづけました――



 (SIDE カリアス)

 『イリスが大変だ』と、只ならぬ様子で飛び込んできたフィアナ。彼女に案内を頼み、それを追いかけて走る。
(イリス、無事でいてくれ……!!)
 教会を飛び出て本当にすぐの場所に、その店はあった。
見たところ食事処の様だから、イリスと友達になってくれたリーゼちゃんの家の店かもしれない。
とにかく、その店の前でフィアナは止まると、ジェスチャーで静かにするように伝えてくる。
僕はそのとおりに音と気配を消しながら、中の気配を(うかが)い――
(……え?)
 妙だった。夕食時の飲食店らしく大勢の気配はするのに、やけに静か……。いや、ただ聞こえてくるのは、旋律と歌声のみ。
音を殺して中に入るフィアナに続く。
中に入り、更に驚く。店の客も店員も、声も出せず、音をたてる事自体を禁忌とする様な空間が、そこに出来上がっていた。
それを作り上げているのは、たった一組の、旋律と歌声。

 主旋律は、高く涼やかな横笛のもの。それを複数の旋律が取り巻き、絡み合い、奥深い音色を紡ぎあげている。
それを演奏するのは――見知らぬ年若い女性。
 どう見ても持っている楽器は横笛だけなのに、見事に奏でられる不思議な旋律は――
多分、ちょっと特殊な風の精霊術を併用しているのだろうか。

 そして、歌っているのは――イリス。

 イリスの歌声は、幼さが残る声ながらも、『その小さな体のどこに?』と疑いたくなる様な声量と、透き通るような清涼さを併せ持ち、何より人を虜にしているのは……。
(なんだろう……まるで景色が浮かんで来る様な……?)
人の『心』に直接訴えかけてくるような、『何か』。
その『何か』が人の心を飲み込み、この聖域の様な空間を作り上げていた。
 僕は、繊細な氷細工を目の前に喋る様な慎重さで、隣のフィアナに訊ねる。

「(……これ、一体どういう状況なんだ……!?)」
「(どうもこうもないわよ……。いきなりイリスちゃんが歌いだして……)」

 僕達が小声で話している間にも歌は続き、終演へと向かう。

 笛の音と歌声が、止まる。

 ――静寂。横笛の演奏者も含めた誰もが驚きに目を(みは)り――何より、余韻に浸り。
やがて……その静寂の結界は、一つの音で破られる。

 パチッ、と、どこかの誰かの、拍手。
そしてそれは――すぐ店中に伝播する。

「「「「「 おおおおおぉぉぉぉぉッ!? 」」」」」

 歓声と拍手の嵐。しかし、それを一身に浴びる少女は――
(――マズイ!!)
 目の焦点が合っておらず、足元も覚束ない。
(人を掻き分けていたら間に合わない――なら……!!)
 眼前の椅子を踏み台に跳躍。人の頭上を越えさらに空いているテーブルに着地し、そこからさらに跳躍。イリスのもとへ。
二度目の跳躍の時に、イリスが体勢を崩すのが見え――客の悲鳴が上がる。
(間に合えッ……!!)
 イリスの傍に着地し、倒れる少女の体をギリギリで抱きとめる。

「イリス!!」

 腕の中にいる少女の様子を見る。穏やかな表情に、寝息。鼓動も異常は無い様だ。

「カリアス! イリスちゃん大丈夫!?」
 「――ああ。疲れて眠っただけみたい……」

 人を掻き分けて近づいてきたフィアナに苦笑いを向けると、安心して胸を撫で下ろす。

「あ、あの……その子の保護者の方ですか……?」
「はい?」

 振り返ると――演奏していた女性が、泣きそうな顔でこちらを見ていた。

「その……すみませんでした! 私が気をつけてなければならなかったのに……
 この子の負担に気がつきませんでした。本当に申し訳ありませんでした……!」

 そう言って、深々と頭を下げる彼女。――彼女の言う事も一理ある。
身も……おそらく心も、最もイリスの近くにいたのだから。でも――

「――貴女の責任じゃないですよ。
 ……いえ、全く無いわけじゃないかもしれませんが……少なくとも、僕は責める気になれません。……むしろ、感謝しています」
「……え?」
「だってこの子は……イリスは、すごく気持ちよさそうに歌っていたから」

 ――そうなのだ。歌っているこの子を見たとき、もし少しでも辛そうだったら、苦しそうだったら、僕は絶対止めていた。
でも実際は……とても気持ちよさそうに歌っていた。幸せそうに、歌っていた。
この場の全員は、この子の歌だけでなく、その表情にも魅了されていたのだから。

「その証拠に――ほら。この子、こんなに幸せそうな顔で眠ってる……。――だから、ありがとうございました」

 そう言って、彼女に笑いかける。なぜか赤くなる彼女。後ろでフィアナが『……また一人、追加……』と、呟く声が聞こえた。
――なんの事だろう?

「……えと……私、リリーと申します。
 ――それで、こんな事になってしまったのに、厚かましいお願いだとは重々承知しているのですが……。
 また、この子に歌ってもらいたい……一緒に演奏したいんです! ――お願い、できませんか……?」

 そう、どこか(すが)る様な表情で訴えかけてくる彼女。

「え……?」
「この子、イリスちゃんからは……音を紡ぐ者として、すごく大事な事を教えてもらえた様な……教えてもらえている様な気がするんです。もちろん、もう無理は絶対にさせません。お金もいりません。ですから……お願いします、この子ともう一度……!」

 必死な顔で願い出てくる彼女――リリーさん。これには僕が戸惑う。さらに――

「私も、また聞きたいです!」

 店の誰かが、そう言う。それを皮切りに……、

「私も!」「俺も!」「僕も!」「ワシもじゃ!」

 老若男女問わず、店中の人間がそう訴えかけてきて、また騒然となる。
――マズイ、イリスが起きる……!
僕は慌てて、イリスを指差してから、静かにするようにジェスチャーする。

 ピタリと、一瞬で静かになった。

 これだけで、この子がどれだけ、ここの人達に慕われたかがよく分かった。
僕は少し考え……そして、リリーさんの方を向き、話す。

「とりあえず……この子が起きたら、本人に聞いてみます。
 また歌いたいか、無理はしないと約束できるか。お返事はそれ次第にして下さい。ただ――」

 腕の中の、安らかな寝顔。そして――気持ちよさそうに歌っていた姿を思い出す。
 ――この子の性格も考えると……。

「……ただ、聞くまでもない気も、しますけどね」
「――そうね。イリスちゃんなら多分、『また歌いたい』って言うでしょうね」

 フィアナも笑って同意する。

「――だね。本人がそう言うなら、僕は反対しません。とにかく、本人に一度聞いてみます。詳しい話はそれからで。
 ――それでよろしいでしょうか?」
「はい! ありがとうございます……!!」

 本当に嬉しそうに、お礼を言ってくるリリーさん。

「……あ。その前に一つ、訊いていいですか?」
頭にあった一つの疑問を、彼女に訊いてみようと思った。

「あ、私もお聞きしたい事が……」
そして、()しくも二人の言葉は重なった。

「「 この子の歌は、『何』なんですか? 」」

 ――え?
リリーさんも、驚いた顔をしている。そして――

「あ~。兄ちゃん、俺達も質問いいか?」
店の誰かが訊いてくる。そして、ほぼ店中の声が重なる。

「「「「「 アンタ、誰だ? 」」」」」


     ◆     ◆


「――ぷっ! あははははは!!」
「……そんなに笑わなくてもいいだろ?」

 教会内の宿舎、その一室。
 ベッドに横になるイリスを眺めながら、思い出し笑いというには盛大に噴き出したフィアナに、僕は不機嫌さを隠さず返した。
 先ほどの店中からの『アンタ誰?』コールから、僕が聖殿騎士だと名乗った時の反応の流れが、余程ツボに入ったらしい。

「フフフッ……だってアンタ、良くも悪くも『聖殿騎士』に見えないんだもの」
「……悪かったね、聖殿騎士に見えなくて」

 そう言われるのはよくある事だが……やはりあまり良い気はしない。

「もぅ……『良くも悪くも』って言ってるでしょ? そんな機嫌悪くしないの!」
「……はぁ、もういいよ。それにしても――」

 目の前の、安らかな寝顔を見せるイリスを見て、改めて思う。

「結局、この子の歌は何なんだろう……?」

 旅の途中、イリスはフィアナが持ってきた本をたくさん読んでいた。だから難しい語彙(ごい)を使っていた事自体は、あまりおかしくはない。
 だがリリーさんの吹いていた曲は、全て彼女のオリジナルらしい。だからそもそも『歌詞』など無いのだ。
だけどそれを、イリスは完全に歌いこなしていた。

「……ああ、それなんだけど……」
「――何か知ってるの?」
「……知っているというか……もしかしてというか。でも、まさかとも思うし……」

 歯切れ悪く言うフィアナが、何か考えていると――イリスが身動(みじろ)ぎをしはじめ。

「――ん。……んん……あれ?」

「――気が付いた?」
 どうやら自分の状況がわからず、戸惑っている様子のイリス。
 声をかけると、安心したような笑みを浮かべ――すぐまた戸惑い顔に戻った。

「あれ……? わたし……」
「覚えてる……? イリスちゃん、お歌を歌って――疲れて倒れちゃったのよ?」

 フィアナから何が起こったのかを教えられると――
キョトンとした顔をしてから、楽しかった事を振り返るような、嬉しそうな笑みを浮かべ。そこから『あれ?』と首を傾げ、何かを思い出そうと頭を抱える。
 ――そんな子供らしく、コロコロと表情を変えるイリスが、微笑ましい。
どうやら隣のフィアナも同様らしく、温かい笑みを浮かべている。
……僕が見ているのに気が付くと、頬を紅くして顔を背けてしまったが。

「――イリス。リリーさん……あの笛を吹いてたお姉さんから伝言。
 『もう無理はさせないので、良かったらまた一緒に歌って下さい』――だってさ。どうするイリス?」
「歌う! 歌いたい! 歌わせてもらいたい……!!」

 初めて見る程に、必死にそう言うイリス。……正直、訊くまでもない事だと思っていたが、思った以上に良い経験だったらしい。

「あははっ、そう言うと思ってたよ。イリス、本当に気持ちよさそうに歌ってたからね。
 ……でもね? 絶対に無理はしない事。疲れたら休む事。――約束できる?」
「うん……!」

 真剣な――いっそ『必死』ともいえる眼差しで誓うイリス。僕はフィアナと顔をみあわせ、苦笑いを交わしてから、イリスに言う。

「――なら、いいよ。でも約束を破ったら、もう歌わせないからね?」
「……うん!」

 頭を撫でながら許可を出すと、本当に嬉しそうな笑みを浮かべるイリス。

「――それにしても、イリスちゃん? あの歌どうしたの? どこで覚えたの?」
「……わかんない。なんとなく、音とか……風に? おしえてもらったような……」
「――やっぱり」
「え……?」
「ううん、何でもないの。――でもね? イリスちゃんの歌、スゴかったんだから!
 あそこにいた人達みんな、聞き入っちゃったのよ?」
「そうだね。皆『また聞きたい』って言ってたよ。――だからもし僕が『歌わせない』なんて言ったら、街の皆から何て言われるか」

 イリスが倒れた後の事を教えると、恥じらうように頬を染めたイリスは――はにかみながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「……あのとき、『音』が『うたって』って言ってる気がして。
 ……それで『うたってあげなきゃ!』って思って歌ったら、すごく気持ちよくて。
 ――でも、それで……よろこんで、もらえたなら……うれし、な……」

 ……どうやら、また眠たくなってきたらしい。だいぶ目蓋(まぶた)が重そうで、言葉もだんだん覚束なくなってきた。

「今日は頑張ったね、イリスちゃん。――今日は、このままお休みしましょう?」
「……うん……フィアナさん……?」
「うん?」
「……あたま……なでていてほしい……」

 すこし恥ずかしそうにお願いするイリスに、フィアナも優しい笑みを返す。

「いいわよ? ――お疲れ様、イリスちゃん。おやすみなさい……」

 そう言いながら、優しくイリスの頭を撫でるフィアナ。
イリスは少し照れくさそうにしていたけれど――すぐに心地良さそうな顔で、眠りに就いた。

「この子……私達が考えているより、ずっと凄い子になるかもしれないわね……」

 言葉は物騒でも、そう語るフィアナの目は、とても優しくて。

「……そうだね」
 だから――僕も同意する。その言葉に、心からの愛しさと期待を込めて……。
二人でイリス眠る部屋から出ると、すぐ外にフォルカスさんが居た。どうやら、中の様子を窺っていた様だ。
そして、にこやかな笑顔で一言。

「あなた達、二人とも立派な親バカです」

 ――余談だけれど。
今日の件で『歌姫イリス』と『聖殿騎士カリアス』の名前は、瞬く間に広まった。
……ただし僕の肩書きの前には『歌姫のパパ』『子煩悩』『親バカ』などの付属が付くのだが。



   ◆◆◆次回更新は5月29日(金)予定です◆◆◆

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