第四編 三章の1 不意の来訪者と少女の装い

作者:緋月 薙

三章の1   不意の来訪者と少女の装い



SIDE:イリス


「お疲れ様! イリスちゃん、フィアナさん」
「ん。おつかれさま。――おべんと、よういできてる、よ?」
 わたしとおかあさんが『儀式』を終わらせて、みんなのところに戻ると――リーゼちゃんとアリアちゃんがお出迎えしてくれました♪

 きょうはみんなで、イグニーズの街の近くの湖にきています。
 湖に遊びにきた――のではなくて、エリルくんが『聖術使い』になるので、そのために必要な儀式をしにきました。
 その『聖誓の儀式』には、聖術使いが三人必要なので、おとうさんとおかあさん、それとわたしで儀式をして――無事におわりましたっ!

 おとうさんとエリルくんは、聖術についてお話ししていますが――他のみんなは、あとはピクニックです♪
「ありがとっ! リーゼちゃんとアリアちゃんも、お弁当の準備おつかれさま♪」
「カリアスとエリルもすぐ来ると思うから……それから皆で食べましょ――あら? ウィルとリースは?」
「ん、あそこ」
 ちょっとだけ離れたところにいる、わたしたちを乗せてきてくれたハールートさん。
 その周りには、白いモフモフ……羊さんたちがいっぱいあつまっていて。
 その中の――ハールートさんに身をよせて寝ている、いちばん大きな羊さん。その羊さんのお腹のところにいました。
 子どもの羊さんといっしょに、お昼寝みたいです。
 そんなウィルたちを、ルイーズさんとリリーさんがニコニコみてます。
 天気もよくて。まぶしく光る湖と、風がふいて『ざわざわ~』って鳴る緑の原っぱ。その中で、大きなハールートさんに見守られながら眠る羊さんとウィルたち。
 みているだけで優しい気もちになれる、とってもステキな光景です♪
「和む光景だけれど……羊がドラゴンを怖がらないっていうのも、凄いわよね」
「――ですよね。さっき飼い主さんが見にきて、顔を真っ青にしていました……」
「……ん。このまえ、ウィルとひつじさんたち、なかなおりしたから」
 最初にウィルと羊さんたちが出会ったときは、ウィルが子羊さんとケンカしちゃって。
 ほかの羊さんたちに追いかけられたのですが、ちゃんと仲直りしました♪
「――最初はさすがに怖がっていた羊たちに、ハールートさんを紹介したのはウィル君なんです。後で褒めてあげてくださいね♪」
 ウィルはたぶん……ハールートさんとも羊さんとも仲良しだから、いっしょに遊べるようにしたかったんだと思います♪
「褒めるのはもちろんだけど――ハールート? 身体に結構登られてるけど、いいの?」
『……害もなかろう。ならば別に構わぬ』
 って、なんでもないみたいに言っていますが……尻尾をぴこぴこさせて、子羊さんを遊ばせていたり。お世話をしてる――というか、なんだか楽しそうな雰囲気です?
『ハールート、昔は動物と遊ぶの好きだったからねぇ。――嬉しいんでしょ?』
『…………ふん』
 そう言って、ルイーズさんから顔をそらすハールートさんですが。驚かせないようにゆっくりですし、なにより『尻尾ぴこぴこ』をやめていません。
 やっぱり、ハールートさんは嬉しいみたいです♪

「――お待たせ、こっちの話は終わったよ」

 そう言っておとうさんが、エリルくんといっしょに歩いてきました♪
「――おつかれさま、おとうさん、おにいちゃん」
「お疲れ様です、カリアスさん、エリルくん。 ――どうだった……?」
 リーゼちゃんに訊かれたエリルくんは、ちょっと照れたみたいに慌てました?
「……う、うん。ちゃんと使えるようになったよ。……でも『使えるようになった』だけだから、上手く使うには練習と勉強が必要だけどな」
「それでも――おめでとう、エリルくん。……また、強くなるんだね♪」
「――う。あ、ああ。……頑張るよ」
 エリルくんは、なぜかお顔がまっかになって――でも、真っ直ぐリーゼちゃんをみて応えました。
 おかあさんがそれをみて、おとうさんとこっそりお話しみたいです。
「(……ねぇカリアス? エリルに何を言ったの?)」
「(聖術に関しての注意点をいくつかと――あと『守りたい人が居るっていうのは、騎士にとって幸せな事だ』みたいな事を、ね?)」
 笑顔でお話をしている、おとうさんとおかあさん。
 とっても楽しそうなので……お邪魔しないように、アリアちゃんとこっそりウィルとリースを起こしにいきますっ。
 おとうさんたちがもどってきたから、そろそろお弁当の時間だからです。
 ウィルとリース、それと子羊さんのベッドになってくれてる羊さんを撫でて『ありがとうございました』って言ってから、ウィルたちに話しかけます。
「――ウィル? そろそろご飯だよ?」
「ん。リース、おきて? そろそろおべんとう、だよ?」
 声をかけると――ウィルとリース、それに子羊さんもモゾモゾって動きはじめて。
「……み?」「……みゅぅ」「――めぇ?」
 みんな、ちょっとボーっとした感じでキョロキョロしていましたが、すぐに分かったみたいです。
「――起きたね? おはよっウィル、リース、羊さんっ♪」
「みゅっ♪」「めぇっ」
 ――あれ? リースと羊さんは応えてくれましたが……?
「みぎゃ……?」
「……ん? どうしたの、ウィル……?」
 なんだか、わたしの後ろの方をみて、『
? 』ってしているウィル。それに気づいたアリアちゃんが訊きました。
「みっ! みぎゃあ……?」
 ――えっと……『あっち! なにかヘンな気がする……?』って言ってます。
「……あっち? 何もみえないけど…………あれ?」
 たしかに、何もみえません。精霊術でもみてみましたが、みえませんでした。
 ――だけど……たしかに、何かヘンな気が……?
「リーゼちゃんっ! あっち――あっちの山の上の空に、何か居る?」
「え? ――……えっと、ごめん。その距離で……しかも空の上だと、私の能力でも範囲外みたい……ハールートさん?」
『ふむ……我でも異常は見つけられぬ。しかし、ウィルとイリスが共に違和感を覚えたのならば、何かはあろう。――お主ら、我の後ろに居れ』
「「「「「 メェ~っ! 」」」」」
 ハールートさんが起きあがって、羊さんたちの前にでました。羊さんたちも応援しているみたいです。
 みんなが警戒する中――それをハッキリとみつけたのは、おとうさんでした。
「――うん、居る。……空に隠れているね。『ウィルとイリスが』って事で、もしかしてって思っていたけど……よく気付いたね、ウィル。――さすが光竜だよ」
「み? みぎゃあっ♪」
 おとうさんに褒められて、とっても嬉しそうです♪
「えっと……おとうさん?
『何かが隠れてる』って……あぶなくないの?」
「――うん。姿が見えたわけじゃないけど、正体は見当が付いたし。……イリスもやってみるかい? 聖術にする前の『光』を、ずっと拡げていく感じで」
 えっと……やってみますっ! 聖術にする前の『光』。魔力をとおした――自分で『視る』ことができる『光』を、ずっと遠くまで――
「――っ、みつけたっ! 光が届かないところがある……!」
 光の中に、光が届かないところが――って、とっても大きいです!?
 光が届かない部分は、ちょうどハールートさんがすっぽりと隠れるくらいです。
「……こんな探査の仕方があったのね。それに――カリアス。イリスやハールートが探知出来ない理由も分かったわ。――ハールートと同等の力で、精霊たちが命令されてる。それも……支配外の精霊を誤魔化す方向で」
「……光の遮断は闇聖術だね。それで精霊術の方は古竜級なら――確定、かな」
「闇聖術と古竜級精霊術による複合隠蔽術ですか……となると、やはりあの方たちですね。――二週間後のはずでしたが、何かあったのでしょうか?」
 おかあさんとおとうさんに、リリーさんも正体がわかったみたいで。
 闇聖術を使えるのは、おとうさんとリーゼちゃん以外では、巫女長さん? っていう人しか使えないはずです。
「じゃあその、こっちに向かって来ているのって……?」
 リーゼちゃんが言って、空をみて。
 アリアちゃんとエリルくんも、少し緊張した感じで空をみています。
 ……そうです。みんなが言うとおり、これから来るのは――

「――あれが、ハールートさんのお嫁さんの緑竜さんっ!!」

『ぐほあぁっ!?』
「「「「「 メぇっ!? めええぇぇぇッ!! 」」」」」
 ……あれ?
 ハールートさんが大声を上げて倒れて――羊さんたちが驚いて逃げていきました。
『い、いやぁ、いい不意打ちだったよねぇ……やっぱり天然モノが最強かな』
 そんなルイーズさんの言葉に――みんなも『うんうん』ってしてます!?
「ええっと……イリスのお陰で緊張感が無くなった所で、どうしようか? 待つか、精霊術で連絡試してみるか――」
 おとうさんが、そんなちょっとヒドイことを言った――そのときでした。

『――驚かせてしまい、申し訳ございません。事情があって、まだ姿を現す事ができませんが……こちらに害意はありません』

 精霊術みたいですが――優しそうな声が聞こえてきました。
 おとうさんとおかあさんは、うなずきあってから――おかあさんが、精霊術をつかいながらお話をはじめます。
「――緑竜エルファリア様ですね? こちらにも攻撃の意思はありません。また、ここに居るのは全員が関係者です。周囲の人目を確認しておきますので、どうか安心してお越しください」
 おかあさんがそう言ったので、周りを調べてみます! ここは、湖をはさんで街の反対側なので――うん。こっち側には、ほとんど人はいません。
「――緑竜さん! 羊さんの飼い主さんと、そのご家族が居るけど……湖のこっち側には他に人は居ませんっ」
 わたしも精霊術で声を送ると――また、緑竜さんの声が聞こえてきました。

『お気遣い、ありがとうございます。では――折角ですので、そちらの赤竜様のお側に参ります。少々お待ちください』

『ふおっ!?』
『あー……ハールート? 緊張するのも分かるけど、ちょっと落ち着こう?』
 ちょっぴり慌てたようすのハールートさんを、ルイーズさんが注意しています。
「えっと……兄ちゃん? 緑竜様って、結構気さくな人……じゃなかった、竜?」
「そう、みたいだね。茶目っ気があるというか……リリーさん? お話しした事ってありますか?」
「ええ、過去二度だけですけど。……叔母上と友人の様な関係でしたから。お茶目な所は知りませんでしたが――お優しい方でしたね」
 そういえば、巫女長さんはリリーさんの叔母さんでした。どんな人なんでしょう……?

 そんなお話をしているうちに、風がふいて――いえ、風の塊が近づいてきました。

 かなり近づいているはずなのに、姿は全然みえません。
 だけど――良くみれば空の景色が歪んでいるのと……何より、風が渦になっているところがあって『何かがある』というのはすぐにわかります。
「ウィル、風がつよくなってきたから、おいで?」
「リースもおいで? 飛ばされちゃうよ」
「みっ!」「みゅっ♪」
 わたしとリーゼちゃんは、ウィルとリースを抱っこして。念のためにわたしは精霊術で、リーゼちゃんは闇聖術で風を受けながしながら待ちます。
 やがて風の塊が、わたしたちの真上にきて。その風がほどけるように散っていくと――
「わぁっ……!」

 空の中に現れたのは――光をあびて輝く、とってもキレイなみどりの竜でした……!

 大きさは、たぶんハールートさんと同じか……すこしだけ小さいでしょうか?
 それに体の色のせいかもしれませんが、ハールートさんは初めてみたとき、ちょっと怖そうでカッコイイ感じでしたが、緑竜さんは優しそうで、とってもキレイな感じです!
 緑竜さんは翼をひろげて、最後に一度羽ばたいて、『ふわっ』て、静かに地面におりました。それからわたしたちの方に、キレイな金色の瞳をむけて。
『聖殿騎士カリアス様とそのご家族、お仲間の方々ですね? ――初めまして。深緑の国リーシアの守護竜、エルファリアと申します。……急な来訪にも拘わらず受け入れてくださり、ありがとうございます。そして――』
 緑竜――エルファリアさんは、わたしたちにとっても丁寧にご挨拶をしてくれました。その後、ハールートさんの方をみて。
『――イグニーズの守護竜、ハールート様ですね? お話を聞いた時から、お会いしたいと思っておりました。……どうか気軽に「エルファリア」とお呼びください』
『む、う、うむ。――初めてお目にかかる。この地の守護竜、ハールートと言う。……こちらの事も「ハールート」と呼ぶが良い――エルファリア』
『――はい♪ よろしくお願いします、ハールート』
 ちょっと照れてる感じのハールートさんと、とっても楽しそうなエルファリアさん。
 なんだか、とっても仲良しさんになれそうな雰囲気です♪ ――あ、そうだっ!
「ウィル? エルファリアさんに、ご挨拶にいってきたら?」
「あ、そうだね♪ ――リース? あなたも行ってきなさい?」
「みぎゃ♪」「みゅうっ!」
 元気に『うん』ってお返事したウィルとリースは、手をつないで飛んでいって。
「み! みぎゃあっ」「みゅ、みゅっ!」
『――あら? ふふっ、とても可愛らしいですね。よろしくお願いしますね?』
「みぎゃ♪」「みゅ♪」
 ご挨拶をしたウィルとリースに笑いかけてくれたエルファリアさん。やっぱり、とってもいい人(?)みたいです!


SIDE:カリアス

 照れた様子のハールートと、楽しそうな緑竜エルファリア様。
 そこにウィルとリースが挨拶に行き、笑みを交わす。
 そんな竜たちの和む光景が展開されたところで。そろそろ、こちらからも話しかけようと思う。……訊きたい事は色々とあるし。
「すみません――エルファリア様。お訊きしてもよろしいでしょうか?」
『はい、もちろんです。それと――皆さんも、私の事は「エルファリア」で結構です』
 ……もしかして『ハールートと同様に』という事で――早々に外堀を埋めに来ている、というのは考えすぎだろうか?
「――分かりました、エルファリア。我々の事も、どうか気軽にお呼びください」
『わかりました。では……カリアスさん、と。それで、訊きたい事は何でしょう?』
 ……何で呼び捨てはハールートだけなんだろう、という疑問は置いておいて。
「はい。一緒に来るという話だった巫女長様は、どうなさったのでしょうか?」
 一番気になるのは『二週間も早く来た理由』だけど……大前提として巫女長様が居なければ、会談の意味が無い。だからこの質問が最優先。
『ええ、彼女は――』
 答えかけた直後、彼女の背中の上で何かが動き。

「ここに居るぞぉおおっ!」

「「「「「 ――っ!? 」」」」」
 突然響いた声に、皆が驚き、聞こえてきた方に視線を向けた。
「とうっ!」
 直後、太陽を背に、エルファリアの背中から小柄な影が跳躍し……!

「ふぎゃっ!?」

 ……着地に失敗して転び、地面に顔を打ち付けていた。
「「「「「 ………… 」」」」」
 全員が唖然(あぜん)としている中、飛び降りてきた者は顔を押さえながら起き上がり。
「イタタタ……最近運動不足で、すっかり鈍ってしまっているのじゃ……」
 そう言って起きあがったのは……どう見ても幼い少女だった。
 外見の年齢も背丈も――イリス以上、リーゼ以下に見える。
 艶やかな黒髪を頭の両脇でまとめた髪型。
 そこから覗くのは、大樹の民の特徴の一つである、長い耳。
 着ている服は、精霊殿に勤める女性が(まと)うという『着物』という服だろう。……聞いていた物より丈がかなり短く、ミニスカート並だが。

「えっと……大丈夫? お顔、すぐに治してあげるねっ!」
「む? ――おおっ、ありがとうなのじゃ、イリス!」
「うんっ、どういたしまして♪ ――あれ? わたしのこと知ってるの……?」
 初対面の少女の口から自分の名前が出て、首を傾げるイリス。
 だけど、少女がその問いに答える前に、口を開いたのは――リリーさんで。
「――『最近運動不足で』と仰っていましたが……あなたの『最近』とは、何十年の事ですか、叔母上……?」
「「「「「 …………は? 」」」」」
 僕たちの反応に、少女……巫女長(?)は満足そうな顔で僕たちを見回し。

「うむっ! (わらわ)は精霊殿にて巫女長を務める『ランカ・ユグドリウス』! 今は『ぷらいべーと』ゆえ、此処(ここ)に居る者には『ランカ』と呼ぶ事を許すぞっ!」

 呆然とする僕たちを見ながら、楽しそうに告げた巫女長ランカ。
 そんな中、リリーさんだけは頭が痛そうにしながらも、無遠慮に話しかけて。
「――で、叔母上。何故、こんなに早くいらしたのですか? まさか、気まぐれや暇だから、等という理由ではないでしょうね?」
「安心するがいい。流石に精霊殿の外、それも他国に来てまで好き勝手するつもりはないのじゃ。……少々厄介な事態になっておってな――」
「『厄介な事態』……ですか?」
 リリーさんは心当たりを探したのか、思案のために視線を外し――その一瞬。
 ――あれ? 今……エルファリアと巫女長が、目配せを……?
 そして巫女長は、何も無かったかの様に話を続けて。
「本当に厄介な事になっているのじゃ。だから……エルファリアに任せるのじゃ♪」
「…………はい?」
「妾は遊びたいのじゃ! 久々に精霊殿を出たのじゃぞ? 空からイグニーズの街を見たときから、遊びたくてウズウズしておったのじゃ!!」
「ほ、本当にあなたという人は……」
 頭痛そうに言うリリーさん。……この様子を見るに……昔から巫女長様は、とっても困った人だったのだろう。
 だけど今回に限っては、少し事情があるんじゃないだろうか……?
「(……フィアナ。ちょっと何かありそう、だよね?)」
「(――ああ、やっぱり気付いた? ……緑竜様が話をする間、少し人払いをしたい、といった所かしら?)」
「(……だけどそれだけなら、普通に人払いを頼めばいいだけなんだよね。だから――遊びたいのも本音、って事じゃないかな?)」
「(ああ、人払いしながら、自分は遊ぶって事? ……あの様子だと、ありそうね)」
 その結論に至った僕とフィアナは、確認のためにエルファリアに視線を送ると。
『 ! …………』
 こちらの視線に気付いた緑竜様は、微笑み……だけどその笑みには、ほんの僅かに苦笑の色が見えた。――アタリ、かな?
「(……話に乗った方が良さそうかな、今後のためにも。――フィアナ。子供たちと巫女長さんの方、お願いできる?)」
「(了解。リリーさんへのフォローもしとくわ。――じゃあ、そっちはよろしく)」
 言って、フィアナと笑みを交わし。――さぁ行動を開始しよう。

     ◆      ◆

『――どうなさいました、お兄様? お姉様もイリスちゃんも居ないみたい……あら?』
 ハールートの住処に戻り、映光玉で連絡を取り。
 レミリアは怪訝な顔をしていたけれど……背後の『緑色』に気付いたらしい。
 今、この場に居るのは僕とハールート、ルイーズ、そして――緑竜エルファリア。
『……お兄様。後ろにいらっしゃるのは、まさか――』
『――その「まさか」です。……お久しぶりです、レミリア様。本来ならばもう少し、気楽にご挨拶したかったのですが……』
 既に頬を引きつらせながら言うレミリアの前に、大樹海の守護者様は申し訳なさそうな様子で顔を出した。
『――また結構な厄介事が起きたのだろう、という事は察しました……』
「……ちなみに、巫女長様も来てるよ。なんで来たかは、僕もまだ聞いていないけど。今はフィアナたちが――あれは接待、になるのかな?」
『フィアナさんは状況を理解していらした様なので、それで正しいかと』
 ピクニックはお弁当だけ食べて切り上げ、今は巫女長様と共に街に繰り出している、フィアナとリリーさんと、子供たち。
 子供たちも楽しめていれば良いんだけど……。
 巫女長たち――というより子供たちに思いを馳せていると、緑竜様が口を開き。

『ランカさんのあれも、一応は意味があるのですよ? 例えば……街の構造と、冒険者や防衛戦力の実力を把握しておいて、有事に備えやすくする、などですが』

『「 なっ――!? 」』
『……今、相当に聞き捨てならぬ事を言いおったな?』
 僕とレミリアが、突然の発言に驚き。
 ルイーズと共に様子を窺っていたハールートも、剣呑な気配を放ち始める。
 エルファリアの言葉は、まるで有事が起きる事を知っている様な発言。
 そして、この街の防衛戦力を調べているという発言と合わさると……『守護竜』であるハールートと僕は黙っていられない事態を連想させ――
『驚かせてしまい、申し訳ございません。私たち……私とランカさんは、敵ではありません。――むしろ、防衛戦力の方に数えていただければ、と』
 そう言い、頭を――身体を地に伏せ、害意は無い事を示す緑竜殿。
 それを見て、僕とハールートは警戒レベルを下げ……だけど、この先の話が予想出来てしまい、気を抜く事など出来ず。
『しかし、イグニーズの地で【有事】が起こる。――そう仰るのですね……?』
 そう問うレミリアに、緑竜エルファリアは真剣な視線を向け。

『――はい。二週間後、本来我々が来るはずだった日に合わせ、【大地母神教】の過激派の一組織が、襲撃を掛ける計画を立てています』

『……そういう事、でしたか』
 真剣な顔でそう呟くレミリアを見ながら……僕は、何が目的なのかを考え。
 そして、巫女長が人払い――というか、子供たちと別行動している事を思い出し。
「……狙いはイリスですか? ウィルとリースですか? それとも――リーゼですか?」
 僕の言葉に、緑竜殿は気が重そうに溜め息を吐いて。
『――新たに発見された闇聖術の使い手を優先。次点で二体の聖竜。……ついでに【精霊の愛娘】。そして一番の目的が、イグニーズ遺跡の占拠、だそうです』
 何故、そんな事をしようとするのかは分からないが――いや、もしかして……?

『……最優先が遺跡ということは――私みたいな存在を作るため、かな?』

 今まで黙っていたルイーズが……妙に無表情で口にした。
『……はい。――「人間を精霊に出来るなら、同じ手法で、神の力を操る者を神にする事も可能だろう」などと。そして我々の来訪に合わせるのは……巫女長の主導で行われたと主張し、責任の回避と正当化を行うつもりだそうです』
『…………なるほど。狙いは大地母神の製造。リーゼさんやウィルくん、リースちゃんで、実験をするつもりですか』
 レミリアの声が、嫌悪や軽蔑(けいべつ)も超え、感情の感じられない淡々としたものになった。
 僕も……その救いようの無さに、怒りを超え、むしろ冷静になってきている。
 その『過激派』の面々が、過去の人造神の事をどれだけ知っているかは知らない。
 だけど……堂々と禁忌を犯し、その責任も取る気が無い。
 それはもう宗教活動などではなく――己の願望のために、他者も神々すらも踏みにじる行為に過ぎない。
『――エルファリア様、その情報源は? そして……ルイーズさんの件は機密扱いのはずですが、それが漏れた経緯と、どこまで漏れているか等は?』
『情報源は私がランカさん……巫女長に頼まれ、精霊を付けてマークしていた者からです。漏れた経緯は――巫女長の側近、その補佐官が女性信者に漏らした様です』
『そうなると……イリスさんリーゼさんの特殊能力は漏れていませんね。リリーさんの存在やイグニーズの戦力についての情報も、そこまで漏れてはいないでしょう。……むしろ、だからこそ攻め込む気になったのでしょうが』
『先に街を押さえて住人を盾にすれば、聖殿騎士も守護竜も手を出せない――程度の認識の様です。……あちらの戦力と準備は侮れませんが、認識が甘いのは助かりますね』

 現在のイグニーズ自警団は、士気と実力、そして集団行動の練度が素晴らしい。並の戦力では、たとえどこかの国の特殊部隊であろうと、制圧は容易ではないだろう。
 よほど意思統一が徹底されない限り、あの練度はあり得ないと思うけど……どういう手法で鍛え上げ、維持しているのだろう?
 そして……仮に万が一、街が制圧されてもイリスとウィルが無事なら、おそらく即座に奪還可能。
 ハールートにしても、今は精密攻撃の練習中で、ある程度の成果は出ている。
 僕だって、闇聖術での奇襲から暗殺紛いの事だって出来る。
 敵が潜伏したところで――僕やリーゼの闇聖術で探査可能。

 油断をする気は無いけれど――恐れる理由は無い。
 だけど気になるのは『戦力と準備は侮れない』という言葉。
「……相手に、それほどの戦力が居るのですか?」
『……未知数、という事です。個々の能力はそれ程ではないと思うのですが――不穏な動きをしていた節がありまして。……国内の旧文明の遺跡、数か所を荒らした様です』
 ……なるほど。何を持っているか分からないというのは、確かに脅威。
『――ルイーズさん。あなたの時代の遺物で、現存している可能性のある危険な品、心当たりはありますか?』
『……私が知る限りでは、武器の類はそこまで開発されていないはずだよ。ただ――空間隔離とかの防御技術や、術の増幅装置、あとは……魔物を操ったり改造したりの技術が残ってると危険かな……』
 言われて思い出すのは――遺跡内で現れた、侵入者排除用の『闇の落とし子』。
 ……確かに、間違いなく危険。だけど、あると思っていれば備えは十分可能。
「……知らなければ、少々危険でした。――情報の提供、ありがとうございます」
『……いえ。元々はこちらで押さえなければならない案件です。大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません――』
 本当に申し訳なさそうに言うエルファリア。その言葉に対して、すぐに言葉を返したのは……ハールート。
『――くだらぬ。……人が多くなれば、相当数の腐った者も出てくるのが道理。全ての悪を見張るなど、神にすら出来ぬ事であろう。一々気にするなど愚か者と同義だ』
『お心遣い、ありがとうございます――ハールート』
『……ふん。我は言いたい事を言ったまでだ』
 言って、拗ねた様に顔を背けるハールート。
 だけど……動揺を表す様に、尻尾の先がそわそわと動いていたりする。
 それを見つけたルイーズは、ニヤニヤ笑いを浮かべながら、口を開く。
『ねぇ、エルファリアさん? ハールート、今はこんな無愛想な感じになってるけど……実は子供や動物好きだし、普段はもっと可愛い感じなんだよ?』
『ぐっ!? る、ルイーズよ、何を戯けた事を言――』

『もちろん、知っています♪』

『――「知っています」となっ!?』
 ハールートの『可愛い感じ』の事を『知っています』と言い切ったエルファリア。
 僕も少し驚きながら……ちょっと続きが楽しみなわけで。
『本日この地に来る際、あなた方を見つけ……少しの間、観察しておりました。――子供たちや羊たちと(たわむ)れるお姿。こちらを警戒し、羊たちを庇うお姿。先ほどの私を威圧するお姿に――照れていらっしゃるお姿。今日だけで、十分に拝見いたしました』
 そういえば。初手からハールートに対する好感度が高かったのは、そういう理由か。
 そして――その反応に、今度はレミリアも食らいつき。
『あらあら♪ それで、ハールートさんに対する印象は――どの様に?』
『はい♪ お優しく、勇ましく、それでいて可愛らしいなんて……とっても素敵じゃありませんか?』
『ふぐぉっ!? ――ッ!!』
 追い打ちを食らい『ビクンッ』と反応したハールートは、顔を背け――るどころか、伏せて身体を丸め、絶対防御の体勢に入ってしまった。
 ……尻尾だけは『びったんびったん』と、悶える様に動いてるけど。
 ――そんなだから『可愛い』って言われるのに。
 現に今……とってもウットリした眼で見ていたりする。
 これは色々と確定、かな? ……将来、絶対に尻に敷かれるであろう事まで。



   ◆◆◆次回更新は8月22日(火)予定です◆◆◆

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