第四編 四章の1 防衛という名の蹂躙戦と竜の救済

作者:緋月 薙

四章の1   防衛という名の蹂躙戦と竜の救済
(※今回は 幕間の3 拗らせし者たち―― と合わせて2話分の更新になります)



SIDE:カリアス


「――なんとか間に合ったね、エリル?」
「うん。ありがとう兄ちゃん、フィアナ姉ちゃん」
「エリルも私たちと一緒に前線に出るんだから――手伝って当然でしょう?」
 ここは――教会内の僕の部屋。
 僕たちは襲撃してくる『大地母神教・過激派』に備え、いろいろと対策を講じていた。
 その最後の対策――まず無いだろうけど、万が一でも起きたら取り返しがつかない。
 そんな状況への対応を練習し――最後のエリルが合格した事で、思いつく限りの準備は全て完了。これ以上は明日に響くし……結構ギリギリだった。

 襲撃は明日。来る時間、大体の人数、その計画の概要も把握していて。
 僕たちと自警団の方々は、それに合わせて周到な迎撃準備を行っていた。

 ここまでの対応ができたのは――巫女長様たちからの情報があったため。
 その情報に基づき、先行して侵入しにきた過激派の人員を、自警団員が発見。捕らえずに監視していたところ――魔道具らしき物を使い、会話をしている所を目撃。
 当然それは、普通の聖術や精霊術で傍受できる様なものではなかったが……こちらにはイリスと、それを補佐できる、天聖白竜のウィルまで居るわけで。
 こうして――向こうにこちらの情報を流すべき侵入者は、むしろこちらの情報源となった、というわけだったりする。
 おかげで……イリスたちを捕らえて利用しようとしていたり、その隙を作るために街中で無差別攻撃を計画していたりと、情けなど一切必要が無い相手だと分かった。

「そういえば兄ちゃん。今回の相手の指揮官って――騎士見習い、だったんだって?」
「……らしいね。そんな話が出たから調べてもらったら分かったよ。――名前は『ガンド』。聖都のとある騎士養成所では、それなりの成績だったみたいだね。……だけど暴力事件を起こして追放。聖都からも姿を消し、以後は消息不明、だってさ」
「……聖殿騎士見習いとして、気になるの?」
 フィアナが訊くと――どうやら自分でも分からないらしく、少し考えて。
「――何を思っていたのか知りたい、とは思うんだ。だけど……気になるっていうのとは、何か違う気がする……?」
 やっぱりどういう事か、自分でも分からないらしい。
 僕も少し考え――何となく、その理由が分かった気がした。
「――うん、それでいいと思うよ、エリル。機会があったら話してみようか」
「うん。ありがとう兄ちゃん。……じゃあ、そろそろ寝るよ」
「うん。今日はゆっくり休みな。――お疲れ様、エリル」
 今日はもう遅いし、明日の事を考えると都合が良いからと、今夜エリルは教会に泊まる事になっていて。エリルが部屋を出て少しして――フィアナが話しかけてきた。
「さっきの、どういう事か分かったの?」
「……うん、多分ね。――エリルは、ただ知りたかっただけなんだと思う」
「それは――『気になる』と、何か違うの?」
「んー……知りたくはあっても、理解をしたいわけじゃない、っていう感じじゃないかな? 本当に知りたいだけで――その知識を吸収したいわけじゃない、というのかな?」
「――ああ、なるほど。感情移入はしていないっていう事よね?」
「ああ、そう言えば良かったのか。とにかくエリルは『その話を聞いたところで、自分は揺らがない』って、感覚で理解してるんじゃないかな?」
 立場としては近い所にいるから、何を思っていたかを知りたい。
 だけど、知った所で自分は変えない、変わらない。……そう理解している。
 だから僕も、惑わされる心配が無いから『話してみようか』なんて言えたわけで。
「……本当に強くなったわね。最初は――ヤンチャな子ってだけの印象だったのに」
「うん。精神面で一番成長したのは、間違いなくあの子だね」
 と、そんな事を話しながら――寝るには少し早い時間だし、これからどうしようか、などと考える。
 明日への備えは一通り終わっていて……今夜やるべき事は、残っていない。
 子供たち――イリスとアリアとウィルは、今夜はリーゼの家にお泊り。明日の行動を考えると、その方が都合が良いのと――緊張を解すためにも、いいかもしれないし。
 ハールートの所は――
「――あー……」
「ん? どうしたの?」
「……いや。今からハールートたちの所に行くのは、やっぱりマズイよな、と」
「あ、ああ……そうね、ちょっとマズイかもしれないわね……」
 ハールート『たち』というのは、ハールートとルイーズ……ではなく、ハールートとエルファリアの事で。
 巫女長様は、明日すぐ来れる様にと転送珠を持って、一旦帰国した。
 帰る際に『事が終わったら、また遊びにくるのじゃっ!』という言葉を残して。
 しかし、その帰国手段も転送珠を使ってのもので――エルファリアは、この街に残っている。そして……当初の予定通り、寝所はハールートの住処。
 ハールートは相変わらず逃げ腰だけど……実は満更でもなさそうだし。エルファリアは完全に距離を詰めにきているしで――まぁ婚約同然、といった所だろう。
 ……さすがに今、突入すると極めて気まずい状況になっている、とまでは思わないけれど――邪魔するのはマズイな、と思う程度の仲にはなっている。
「……そういえばルイーズは何処で休んでるの?」
「リリーさんとか、自警団の女性団員の所みたいよ? 趣味で意気投合したらしくて」
「――趣味? へぇ、どんな――」
「知らない方がいいわ」
「――そ、そう? ならば……止めておく」
 ……軽い気持ちで聞いたら、言い終わる前に予想外のマジ顔で返ってきた。
 この顔は、かなり本気でヤバイ案件の顔だから……大人しく退いておく事にする。
「ま、まぁ、寝るには少し早い時間だし、どうしようかなって考えてただけだから」
「ああ、そうね。最近忙しかったし、二人でゆっくり出来るのって久し振り――あ」
「……あ」
 ハールートたちの事をどうこう言う前に――ここも、婚約者の男女が二人きりな状況だったわけで……。
「「 ………… 」」
 いきなり、空気が変わって。
 だけどそれを――居心地が悪いなんて、思わなくて。
 お互い、誤魔化し笑いをしないくらいには、この状況が嬉しくて。
「……おいで、フィアナ?」
「――うん」
 短く応えたフィアナは、僕の横に座る――かと思ったら……正面から来た。
「ん……」
 ……明確に、フィアナからキスをしてくるのは、初めてで。
 離れた後に、顔を真っ赤にして俯くフィアナの頭を撫でながら――そういえば、言わなければいけない事を、はっきりとは言っていなかった事を思い出した。
「――ね、フィアナ? ……何だかもう、皆にいろいろお膳立てしてもらってて、今さらな気もするんだけど、さ?」
「……うん」
「――ちゃんとは、言っていなかったから。……今の内に言わないと、言う機会が無くなったまま一直線な気がするんだよ」
 期待が顔に出るのを押し殺しているらしいフィアナが、少し可笑しくて……愛しくて。
 だから僕は、自然に笑みが浮かぶのを自覚しながら……言葉を紡ぐ。
「……結婚してください。フィアナ」
「――はい……♪」
 幸せそうな笑みを浮かべてくれるフィアナを抱きよせ――今度は僕から。
 今度は……唇が離れた後も、僕たちは離れなかった。

      ◆      ◆

 明けて、翌日。
 僕とフィアナ、エリルは、例の侵入者に見つからない様に早朝から移動。
 同じく密かに移動してきた、副長のレオナルドさんが率いる自警団の方々と合流し、襲撃者たちが来るであろう門、その近くにある衛兵たちの休憩所に潜伏する。
 そして――時刻は昼前。
「……来ました。移動の準備を」
「「「「「 っ! おおッ!! 」」」」」
 例の傍受から近づいて来ているのが分かったため、発動させておいた闇聖術に、それらしい反応が。それを知らせると――緊張がはしり、そして気合の声が上がる。

 自警団の方々と僕たちは、レオナルドさん以外は闇聖術で気配と姿を隠し、門近くの街道脇に待機。
 そして、その時はやってきた。
 数台の馬車を引きつれた集団が……門に着く直前、レオナルドさんが声をかける。
「――すまぬが、少しいいだろうか?」
「っ、――はい。どうしましたか?」
 先頭の馬車の男は、一瞬だけ動揺したものの、すぐに取り繕い応対した。
 その間に僕たちは、密かに集団を包囲。
「――実は今、少々人探しをしておりましてな」
「人探し、ですか? それはどの様な……?」
 レオナルドさんが応対しながら、間違いなく警戒していた襲撃者たちだと確認し――

「――探している者は……貴様等だ」

「「「「「 なッ――!? 」」」」」
 合図と共に皆が一斉に姿を現し、隊商に偽装した『大地母神教・過激派』の面々に襲撃をかける。
「くっ、どこかで情報が漏れていたか! 全員応戦――ぐあっ!?」
 強襲は成功、外を歩いていた者たちの半数以上を倒した所で――馬車の中から応戦も応戦が始まり――さらに中央の馬車から、40代前後に見える体格の良い男が現れた。
 ……聖都から追放された元・騎士見習い。指揮官の――『ガンド』。
「暫し耐えよ!! じきに街へ潜入している同胞たちが――」
「――悪いけど無駄だよ。アレが見えないのか?」
 仲間を鼓舞しようというガンドの言葉を遮り、告げながらイグニーズの上空を指す。
 そこには――街を見守り旋回する、赤と緑、二頭の巨竜。
「古竜が二頭……っ!?」「か、勝てるわけが……」
 襲撃者たちに絶望が広がる。しかし中には、己を奮い立たせようとする者も居り。
「は、ハッタリだ! 巻き添えを出しかねない状況で、竜共が攻撃してくるわけ――」

 直後、僕たちの直上を通過したハールートが、無数の光弾を放ち――

「んなッ……!? 何だと!!」
 襲撃者たちの馬車に着弾。近くに立つ襲撃者たち諸共吹き飛ばすが――こちらの被害は皆無。被害を受けなかった者たちも浮足立ち、顔を絶望に染める。

 ハールートがエルファリアに教わり、イリスの協力も受けながら修得した――精霊弾による精密爆撃。日蝕の際に己の無力を嘆いたハールートの、努力の結晶。

「――くっ! このトリティス教の狗どもがッ!!」
 憎々しげに吐き捨てたガンドが必死に鼓舞するも、襲撃者たちは数を減らしていき。
 己に迫り来た精霊術を、最後の仲間を盾にして防いだ事で――残るはガンド一人になるまで、そう時間は掛からなかった。

「――チッ! やってくれるじゃねぇか、聖殿騎士……!!」
 周囲も上空も制圧されている状態で――その男、ガンドに諦める様子は無かった。
 ……立ち振る舞いから、ガンド自身にこの状況をひっくり返せる実力は無いと、断言できる。――それなのにこの態度……間違いなく、何かある。
「――アンタの事は調べさせてもらった。……元は聖都の騎士見習いだったそうだな? それが何故、大地母神教の過激派なんかになっている?」
 このまま総攻撃を掛けたら、危険かもしれないと判断。
 何か得られる情報は無いかと、会話を試みると――こちらに憎悪の視線を向けたガンドは、それでも得意気に、愉快そうに、狂った様に話し始めた。
「大地母神様がそもそもの主神なんだろう? それを簒奪(さんだつ)したのがトリティス教の女神共。ならば大地母神様を蘇らせれば、憎き女神共とその信徒に裁きを与えてくださるに違いない! 俺を否定したトリティス教が潰れるなんざ、実に愉快じゃねぇか!!」
 ……ああ、なるほど。
 こいつは――自分に都合が良い事だけを信じるタイプか。
 しかも、それを指摘されると逆上し『そっちが間違っている』と言い張る人種。
 そうなると、ヤケになると何をするか分からない、かな。
 それに……恐らくコイツに、いろいろ都合が良い事を吹き込んだ奴が居る。
 ――ならば、コイツも捨て駒の可能性が……? 自爆系の警戒も必要、かな。
「……ん? ああ、そこの一人前に剣と盾構えてるガキ。たしかお前の彼女が、例の闇聖術使いなんだよな? ――連れて来い。そいつ一人を犠牲にするだけで、神様が甦るかもしれないんだぞ? 安いもんだろうが」
 エリルの事も、どこまでかは知らないが、報告にあったらしい。
 ニヤニヤ笑いながら、エリルと……その周りも挑発するガンド。やはり、追い詰められている者の行動ではない。
 挑発されたエリルは、特に動揺している様には見えないけれど……。
 ただ、ガンドを見るその眼が――少し、変わった気がした。
 その眼に宿るのは、『決意』と……『軽蔑』?
 その内情を推察していると、当のエリルがこちらを向き、進み出てきて。
 ……何となくこの後の展開を予想しながら、エリルの行動を待つと――

「兄ちゃん――いえ。……我が師、カリアス様。こいつは――俺にやらせてください」

「「「「「 ……っ!? 」」」」」
 エリルの言葉に、周りの多くの者が息を呑む。
 だけど――何となく、そう言うかなとも思っていた僕は、見つめてくるエリルの瞳を見つめ返し……その輝きを確かめる。
 ――怒ってはいる。だけど……冷静さは失っていない。むしろ――
『それ』を確認し、僕の中で答えは出た。

「……うん、わかった。アレは任せる。ただし――奴がまともな一騎打ちを放棄しない限り、たとえ君が危機に陥っても助けには入らない。――いいかい?」

「「「「「 なッ……!? 」」」」」
 周囲を囲む自警団の面々が、『何を言っているんだ』と、いっそ正気を疑うような視線を向けてきている。だけど目の前の――僕の直弟子だけは揺るがず。
「――うん。望むところ……です。――ありがとうございます」
 そう言いながら、目だけで僕に礼をして――敵の前に進み出る。
「……さあ、アンタの相手は俺だよ。――逃げようとするなら今の内。だけど、少しでもプライドがあるのなら……掛かって来い」
「――ガキが調子に乗りやがって。……いいだろう。貴様を盾にすれば、この場から逃げやすそうだしな――ッ!」
 言うと共に、エリルに斬りかかるガンド。その太刀筋は――なるほど、騎士を目指すだけあって、なかなか鋭い。

「――カリアス殿! なぜ態々こんなリスクを負うだけの行為を!?」
 レオナルドさんが詰め寄ってきた。
 その質問は、ある意味で当然の物で。だから僕は、エリルの戦いから目を離さないまま、その問いに答える。
「――いえ。むしろ、これが一番リスクの低い行動です」
「……は? い、いや、どう考えてもここは取り囲んだ方が――」
 他の自警団の面々も同意見らしく、やはり正気を疑う眼をしている。
 そんな中……言葉を続けたのは、フィアナ。
「あいつ――ガンドは、何か隠し玉を持っている。……そうよね?」
「――うん、ほぼ間違いなく。……アイツはあの状況で、諦めていなかった。むしろ、何かを狙っている様ですらあった。あれは――切り札の使い場所を探している眼ですよ」
「なっ――し、しかし! 総員で掛かれば――」
「――最悪、何人か死にますよ? 囲まれた状況で使える切り札なんて、大抵は転移による脱出か、広範囲攻撃による無差別殺傷かのどっちかですから」
 そして脱出ならば、ここまで粘る必要は無い。とっくに逃げているはず。
「エリルだけが相手をして、他の者は控えている状態なら――余程の広範囲攻撃でない限り、使ったとしても逃げる事は出来ません。……よって今は、実質的にエリルが切り札を止めている状態です」
「――な、なるほど……しかし、それならば貴殿かフィアナ殿が出るのが確実では――」
「あいつは多分……カリアスと私をこの場の最大戦力と見ている。ならばそれを潰すために、巻き込む数を減らしてでも切り札を使う可能性があるわね」
 問題は、その切り札が何かだけど。十中八九、古代文明の遺物だと思う。
 もし奴がそれを使い――それがエリルに対処出来ない物の場合、僕とフィアナが対処する。意図的に周囲を巻き込む攻撃は『まともな一騎打ち』とは言えないのだから。
「――まさかエリルは、そこまで考えて……?」
「さぁ? ですが――『まともな一騎打ち』という言葉に気付いている様子でしたし、冷静さも失っていないみたいですし。それに何より――」
 視線の先には――一人戦う少年の姿。
 数か月前とは、まるで別人と思う程に……心身共に強くなった――僕の教え子。
「エリルは、勝てると思って行ったんです。――負けませんよ、あの程度の相手に」
 僕はこの前――レミリアたちと通信した時の事を思い出した。
 あの時、エリルの才能について、ルイーズに話し――

      ◆      ◆

「――『才能』っていうのは、言ってしまえばただの『個性』なんだよ」
『……「ただの個性」っていうには、イリスちゃんやリーゼちゃんの才能は派手過ぎない? 女神の半身とか――』
 ……うん、そうだね。とても派手で――だからこそ、見つけやすかった『個性』。
「確かにイリスやリーゼの才能は凄いけど――でも多分、一対一ならエリルが勝つよ? アリアなら、もっと楽に勝つだろうけど」
『……純粋な術師が剣士と近接戦闘の距離で向かい合えば、そりゃ負けるよ』
「うん。つまり――才能があっても、それで勝負できなければ意味が無い。だから才能っていうのは『特化された個性を上手く活用したもの』、そう言えないかな?」
『……えっと、うん、なんとなく分かった。――ああ、そっか。『特化された個性』が才能なら、『特化されていない個性』でも、活用次第で……って事?』
 我ながら分かりにくい説明だったのに、こちらの意図を読み取って先回りしてきたルイーズ。さすがは『元・学者』といったところか。
「……エリルには『特化した個性』なんて無い。だけどそれでも――逃げなかった。イリスやアリア、リーゼ、僕やフィアナ……特殊な才能や素質を持つ人間の中に居ても、逃げず、僻まず、歪まず――真っ直ぐに、強くなりたいっていう意志を持ち続けた」
『……ああ、そっか。良く考えたら――あんな規格外の面々の中でずっと【普通】でいられる事が、すでに凄い事なんだよね……』
 それは――ただの『普通である』という個性。
 本来なら、なんの武器にもなり得ないものだけれど――持ち続け、鍛え上げ続ければ、それは『揺るがない』という個性になる。
 そしてそれは――『武器』にはなれなくても、己を支える強固な『盾』にはなる。

「――さて、ここで問題。精霊術に必要なのは、望む現象を引き起こす『強い意志』。では……聖術に必要なのは、どんな『意志』?」
『え? それは術の基本だよね? もちろん『揺るがない意志』……あ!』

      ◆      ◆

 ――『才能たち』の中で揉まれ、鍛え上げられたエリルの『心のあり方』は、聖術使いにとって、これ以上無い程に理想的なもの。
 エリルは、特化した武器を持っていない。だけど――強固な『盾』は創り上げた。
 盾は『守りの道具』。だけど――『守り』とは、ただ防御する事だけではなく。

 ――さぁエリル、自信を持ちなさい。
 君の『(意志)』なら、どんな『(才能)』でもへし折れる――!!

 目の前の戦闘、その剣戟の音は、徐々に激しさを増していた。
 しかし――それは一方的にガンドが攻めているだけで、エリルは捌き続けていて。
「――くっ! ……おいガキ! デカい口叩いておいて、守るだけか!?」
「こっちは守り続けて、お前が力尽きれば勝ちなんだ。なんで攻める必要があるんだ? もっと攻めなきゃいけないのは、そっちだろう」
 攻めきれず、一旦距離を取って罵るガンドに、エリルは冷静に返す。
 その言葉は相当に痛かったらしく――
「――いいだろう、貴様如きに使うのはもったいないが……奥の手をみせてやる」
 そう言ってガンドが取り出した物は――白と黒、二つの指輪……?
 それを、左右の手に一つずつ嵌め、何かを念じる様な仕草をすると――

 ――ガンドの左右の手の上に、光と闇の球が現れた。

「それは――っ」
「くくくっ……死霊術の応用らしくてな? 死体から生前に使っていた能力を抽出し、それを操る能力を持つ――名を『英霊の指輪』。片方は元・聖殿騎士の墓から。もう片方は――巫女長の家系の墓からだ。――これで俺は、聖術と闇聖術を操れる……!!」
 ……墓を暴いたことを、恥とも思わず口にする外道。
 当然、怒りは覚えるが――全てエリルに任せる事にする。
 切り札が『それ』なら、エリルに負けは無い。
「ガールフレンドが使うなら、闇聖術は知っているな? ――ならば知っているか? 大地母神様がおられた頃は、聖術と闇聖術を合わせて『神術』と呼ばれていた事を!」
「…………」
「聖術と闇聖術を使い熟す俺は、つまりは『神術』すらも使い熟すという事! ――さぁ、選ばれし者のみが使う神域の力! 神の裁きを喰らうがいい!!」
「「「「「 なッ――!? 」」」」」
 ガンドは自警団の面々の動揺の声にニヤリと笑い、『英霊の指輪』に力を注ぎ込み。
 手の上の光球と闇球が大きさを増し――光はより明るく、闇はより暗くなり――
「さぁ、まとめて消えろおおおおおッ!!」
 そして終に、光と闇が合わさり――

『ぴかっ』と小さく輝き――何も起きなかった。

「…………へ?」「「「「「
…………は? 」」」」」
 ガンドと自警団の方々が、同時に間抜けな声をもらした。
「――で、終わりか?」
「――ちっ! 運が良い野郎だ! 一度失敗して生き延びたくらいで調子に乗るな!!」
 再びガンドは、光と闇の球を生成。今度はそこまで大きくせず、二つを融合させ――
 ……また『ぴかっ』と小さく輝き――何も起きなかった。
「な、何故……!?」
 動揺するガンドに、エリルは再び、淡々と告げる。
「――で、終わりか?」
「っ!? き、貴様、何をしたああああッ!?」
 そう、実はガンドは失敗したのではなく――エリルが妨害しただけ。

 この二週間の準備期間に、『もし自分たちが負けるなら、どんな状況か』を考え抜き、その中の一つ――奇しくも、エリル自身が出した意見がこれ。
『万が一、相手が神術を使ってきた場合』
 使える者は極めて少ないため、まず使われる事は無いとは思う。
 だけど万が一でも使われれば、回避も防御も不可能な、神域の術。
 これの対策を皆で考え――辿り着いたのが、エリルがこっそり使った方法。
 異なる系統の術の融合は、両方が同じ威力でないと成立しない。
 ならば――片方だけに干渉して、威力を変えてやればいい。
 さっきエリルがやったのは――ガンドの光球に聖術をかけて僅かに強化しただけ。
 あとは術者本人が融合に失敗し、勝手に消滅させてくれる。
「……なんで『神術』を知っているのが、自分だけだと? そして――なんで対策されないと思っているんだ?」
「ぐっ……! 貴様ぁぁぁあああああッ!!」
 ガンドは三度、闇球と光球を生成。しかし今度は融合させず――闇球をエリルに放つ。
「――っ!」
 闇に飲まれる直前、エリルが聖術で防御したのが見えた。だけど――その闇はただの目隠しに過ぎず。
「くはははははッ! 喰らえ喰らえぇええええええッ!!」
 光の散弾を、エリルを飲み込んだ闇の中に打ち込むガンド。……聖殿騎士から抽出した能力なだけあり、一発一発の威力が、かなり高い。
 多くの者が息を呑む中――乱射が止まり。
「は、はははははっ! 今度こそあのガキは――」
 その言葉の途中で、闇聖術の効果も切れたらしく、闇が晴れ――

「――で、終わりか?」

 盾と剣を構え――無傷で平然としているエリル。
 だけど――服は所々に穴が開き、血の跡も所々に見受けられる。
 ――致命傷だけは防いで、あとは無視。傷を負うたびに聖術で癒した、か。
 簡単な様に聞こえるけれど、並の胆力で出来る事では無い。
 暗闇の中で、いつ終わるともしれない連射を、淡々と己を癒しながら耐え続ける。
 恐怖と不安に心が揺らげば、術の不発に繋がり――最悪、死に繋がる。
 それを――平然とやってのけた。
「ぐぅ……っ! あああああああああああああッ!!」
 激昂と共にエリルに襲い掛かるガンド。
 しかし先も通じなかったモノが、更に冷静さを欠いた状態で通じるはずが無い。
「貴様等はっ! 神を蘇らせようとは思わんのか!! この世界を御創りになった神に、何も思わんのかぁああああっ!?」
「――別に。もう居ない存在より、生きている人の方が大事。……ああ、だけど――」
 激昂し、己の勝手な宗教観を叫ぶガンドに、変わらず淡々と捌きながら――軽蔑の眼で見据え、エリルが告げる。
「――世界創って、人を守って死んで。それなのに今度は人殺しを正当化する理由にされて。……神様って大変だ、とは思った」
「――っ!? き、貴様! 神を冒涜するかああああああッ!!」
「――黙れ」
「ぐがっ――!?」
 ――踏み込んだエリルが盾で一撃。エリルが行った初めての打撃で、有効打。
「神様を冒涜してるのは、お前だろ。神を救うとか言っておいて、結局やろうとしてるのは神頼み。人殺しの責任まで神に押し付けて『神を冒涜するな』? 鏡に言えよ」
「ぐ、あああああああああッ! ガキ如きがあああああッ!!」
「その『ガキ如き』にアンタは負けるんだッ!!」
 エリルの一閃は、ガンドの剣を砕き――
「がっ――」
 返しの盾の一撃は、ガンドの顎と共に左手も襲い。
 男が倒れると共に、左手の骨もろとも片方の『英霊の指輪』は砕け散った――
「「「「「 お、おおおおおおおおおッ!! 」」」」」
 自警団の面々からの、驚嘆と称賛の歓声。
 それを一身に浴びるエリルは――息を切らせ、だけど静かに、ただ自分が倒した『敵』を眺めていた。
「――お疲れ様、エリル。……本当に、強くなったね」
「っ! ……ありがとう、ございます。だけどまだ――」
「……大丈夫よ。あとは私たちに任せなさい? ――そこの寝たふりしている奴も……多分、残してる最後の手段も」
「っ、気付いてやがったか……く、くくくくくっ……!」
 精神活動を調べられる闇聖術使いに、寝たふりなんか通じるはずがない。
 エリルも、倒したときの感触で分かっていたみたいだし、フィアナも僕とエリルの反応で、まだ終わっていない事に気付いている。
 そして――武器を失い、奥の手だった『英霊の指輪』も失ったのに、尚も何かを企んでいる。ならば……まだ、何かを隠している。
「お前には――もう何も使わせない。術の動きも許さない。お前の周りも、上空も、地面の中すら包囲している。……これ以上、何をする気だ?」
 ガンドは――諦めたような、自棄になったような笑いを漏らし始め。

「くくく……何もしないさ。何もしないから――この街諸共、道連れにしてやる」

 その言葉の直後――地面が揺れ始め、地響きが鳴り始め――
「っ!? ……何をした?」
「何もしていないさ。ただ……あっちの地中に隠れているペットは狂暴でな? 一定時間、誰も相手をしてやらないでいると――暴れ出す様になっているだけだ」
 視線の先、イグニーズに続く街道の脇で、地面が盛り上がり――離れたここまで、腐臭が漂い始めた。――アンデッド……だけどこの大きさ、何だ?
 ……姿が見え始めているのに、相変わらず『闇聖術』に反応は無い。ならば、ほぼ間違いなく『空間隔離』が使われている。
 そして――それが、姿を現した。

 所々、腐った肉や骨が覗きながらも――その体表は、黒ずんだ『緑』。
 ボロボロの翼に――黒ずんでなお鋭利な、牙と爪。そして――長大な尾。
 現れたのは――腐った、緑の竜。

「――ど、ドラゴンゾンビ……!?」
 自警団の誰かが、声を漏らした。
 かつて――遠くの国の遺跡より出現した古竜級ドラゴンゾンビの前に、小国が一つ、為す術も無く消滅したという実話がある。
 これは古竜まではいかず――恐らく上位竜たる『緑竜』になったばかりの個体。
 だけど……『空間隔離』を纏うコイツは、倒しにくさという面では、その古竜級ドラゴンゾンビの上を行くかもしれない。
 ……同じ緑竜のエルファリアが心配だけれど――今のところ異変は無い様子。
「使い捨てだが、正真正銘の最後の手段。今なら俺も仲間も逃げる手段は無い。――さぁ神を愚弄する愚か者ども。俺たち諸共消え去りやがれ! くはははははッ!!」
 狂った様に笑うガンドを――エリルだけは、逃がさない様に見張り。
 僕とフィアナは完全に無視して、目の前の――巨大なアンデッドを見据え。
「はははははっ! 無駄だ無駄だ! まとめて消えやがれ!!」
 まるで、その言葉に応えたかの様に――腐竜が口を大きく広げ。その口腔に魔力が集束され始め――
「上位竜なのに『裁きの吐息』!? ――いや、あれは……?」
 闇聖術で探査をかけると、ヤツが集めているのは精霊ではなく――大地に眠る負の想念や『残滓』。それを集め、力に変換している。
 あれは――生きるもの全てを呪う、『死の吐息』。
「……ああ、うん。聖術でも闇聖術でも精霊術でも、あれは防げないね」
「そうね。侵食するタイプっぽいし……『裁きの吐息』くらいの出力があれば、強引にいけるかもしれないけど」
「「「「「 何をのんびりしてるんですか!? 」」」」」
「くはははははははッ!」
 落ち着いて話す僕とフィアナに、自警団の方々が総ツッコミを入れ――ガンドはひたすら、狂った笑いを続ける。

 そんな中――『死の吐息』が解き放たれ――

「――行くよ、フィアナ」
「ええ」
 短く意思を確認しあい。手と手を重ね――無詠唱で、『神術』を発動させる。
 僕たちが作り出したのは――純白の壁。
 ただし光を放たず――陽の光を反射もしない、全てを塗りつぶす『白』。
 そこに殺到した『死の吐息』は――衝撃を撒き散らす事すらせず、ただ『白』に飲み込まれ、やがて消滅した。

 ――神術『無垢なる神盾』。
 全てを塗りつぶす空間を作り出し、盾とする術。
 これを破るには――同じく神術をぶつける以外の方法は、多分無い。
「――な、なぜ……ッ!?」
「……お前を倒した相手が言っていただろうに。『なんで「神術」を知っているのが、自分だけだと?』って。……こちらにも聖術と闇聖術が揃っているのに、なんで自分しか使えないと思っていられるんだ?」
「――それに追加で言うけれど……あんたの様に借り物でもないわよ? 純然たる鍛錬の産物。確かあんたは――『選ばれし者のみが使う神域の力』とか言ってたかしら?」
 僕とフィアナが言うと、ガンドの表情は固まり――そのまま、動かなくなった。
「……さてフィアナ。どうしよう?」
「そうね……やっぱり近づくのは危険だし――かと言って空間隔離がある以上、倒すには神術しかないのよね。……防御しながらだと、ちょっとキツそうよね」
 どうやら腐竜は動く様子は無く。ただ再び『死の吐息』を撃とうと、再充填を開始。
 それを見ながら話す僕たちに――切迫感は、一切無い。
 その時――連絡用の『転送珠』が光り始め、愛娘の声を運んで来た。
『――おとうさんっ! あの竜を……!!』
「うん。あの攻撃は僕たちが防ぐから――お願いできるかな?」
 応答しながら――再び『無垢なる神盾』を発動。『死の吐息』を消し去る。
 イリスとリーゼ、ウィルとリースの神術なら、あの程度の存在は敵ではない。
 だから余裕もある――と、思っていたんだけど。
 僕たちの娘の『お願い』は、ちょっと予想の上を行っていて――

『――あの竜さんを助けたいんです! だから……おとうさん、おかあさん! お願いします、手伝ってください……!!』

「「 ………… 」」
 僕とフィアナは顔を見合わせ――そして、思わず笑い合い。
 ――話し合うまでもなく、答えは決まっている。
 だから僕たちは笑顔で――愛娘に言葉を送る。
「いいよ。全力で手伝ってあげるから――思いっきりやってみな、イリス」
「フォローも後始末も引き受けるわよ? だから――心置きなく、全力で行きなさい!」



   ◆◆◆次回更新は8月29日(火)予定です◆◆◆

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