第一編 幕間の1  とある紳士たちの物語

作者:緋月 薙

幕間 (SIDE アナザーズ) とある紳士たちの物語
(※今回は『二章の3  歌姫』と合わせて2話分の更新になります)


 ――俺の名は『エド』。
本名ではないのだが、ゲスな上級貴族の護衛、などという騎士の仕事に嫌気がさして出奔した際、家名と共に本名も捨てた男。
家は兄貴が継ぐから問題は無い。だから俺は故郷を捨て――腕一本、己の実力が生死を分かつ世界に足を踏み入れた。
そうしてやってきたトリティス教国、そして――冒険者憧れの地、イグニーズ。
発見から30年近くを経てなお、探索の終わらない不可思議な迷宮。尽きない魔物。そして――今なお稀に発見されるという財宝。
あらゆる要素が冒険者を惹き付け――俺もそれに惹かれてやってきたクチだ。

 いずれにせよ――この街が、俺にとっての新たな扉。新しい世界への第一歩。


     ◆      ◆


「――ふむ、ここが先ほど聞いた店、か」

 今日の夕食をとるために、先ほど自警団の者に聞いた、お勧めの食事処。
遺跡に向かう検問所、そしてその近くに建つ教会に程近い場所に、その店はあった。
中に入ろうと両開きの扉を押すと――ドアベルの高い音が、店に来客を告げ――

「はい、いらっしゃいませ! ――一名様でしょうか?」

 そう言って駆け寄ってきたのは、美しい黒髪を(なび)かせる、歳の頃は十二・三の、なかなかに可愛らしい少女だった。

「…………こほん。――ああ、そうだ。食事と、軽い酒も少々もらいたい」
「かしこまりましたっ。――では、こちらにどうぞ」

 眩しい笑顔で言い、俺をカウンター席に案内すると、給仕の仕事に戻って行った。
 その後ろ姿を見ながら。良い店に出会えたと、心の中で自警団の者に感謝した。

「…………こほん。――さて、何を食すか、と」

 メニューを探す前に、ザッと辺りを見まわす。
周囲の客が食しているものは多種多様。つまり一押しの名物料理は無い代わりに、どれも外れは無いという事だろう。
 ――ならば、適当に店員の勧める料理を貰うとするか。
そう決め、念のために手持ちの金を確認しようと――

「――おっ、と……む?」

 弾みで財布から飛び出た銅貨が、床に落ちて転がり――小さな足に当たって止まった。

「――あれ? えっと……これ、おにいさんのですか?」

 銅貨を拾い、そう言って俺に差し出したのは――美しい栗色の髪の、それは愛らしい少女。
おそらく十歳前後で、守備範囲のド真んな――……げふん。

「………………こほん、こほん。――ああ、そうだ。……ありがとう、お嬢さん」
「はいっ♪ では、しつれいします」

 少女は一度、眩いばかりの笑みを見せると――丁寧に一礼して去っていった。
その後ろ姿を見ながら。実に良い店に出会えたと、心の底から自警団の者に感謝した。


     ◆      ◆


「……なにか、妙に人が増えて来たな?」

 注文した羊肉の香草焼きに舌鼓を打ちながら、辺りを見まわす。
夕食時のため、全ての客席が埋まっているのはおかしくないのだが……尚も客は増え、壁際も埋めている。
しかも――どうも食事を待っている様子ではない。

「――あれ? お客さん、今日のステージの事は知らなかったんですか?」

 俺の独り言が聞こえたらしく、そう問いかけて来たのは――先ほどの、黒髪の可愛らしい少女店員。

「…………こほん。――ステージ? ……俺はこの街に来たばかりでな。自警団の者に勧められて来ただけだ」
「あ、そうだったんですか。では、是非聴いていってください。――絶対、損とは思わないはずですから」

 そう、どこか誇らしげな笑みを浮かべる少女をそれとなくチラ見しながら、店の奥、中央のステージに目を向けると――
まさに始まるところの様だ。
 客たちが拍手と歓声を上げ始め――まず現れたのは、長い若草色の髪を緩やかに束ねた、穏やかそうな十代後半の女性。
続いて姿を現したのは――

「えっと……その、よろしくおねがいしますっ!」

 ――先ほどの、素晴らしく美しい栗色の髪の、それはそれは愛らしい少女だった。
周囲の客からの『イリスちゃ~ん!』『待ってました!』といった声に、恥じらいながら応えるその仕草が、また愛らしい。
つまり――この愛らしい少女(と、あの女性)が、何かを行うらしい。
客たちの反応から察するに、どうやら彼女はマスコット的な存在――などと思っていたのは、ここまでだった。

「――では、はじめます」

 その一言で、空気が一変した。
言葉と共に、観衆の喧騒(けんそう)が一斉に止まる。
事情を知っている者はもちろん――俺の様な何が起こるかを知らない者まで、場の雰囲気に呑まれて言葉を失う。
 この街は、冒険者が集うイグニーズ。
つまり、この場に居る多くの冒険者すらも呑み込んだのは――たった一人の、幼い少女が纏う空気。

 やがて、女性が奏でる旋律が流れ始め、そして――
――この時に受けた衝撃を、俺は生涯、忘れる事はないだろう――


     ◆     ◆


 ――演奏が終わってからの事は、ほとんど覚えていない。
気が付けば、俺は長期契約をしている宿屋へ向かう道を歩いており――

「……女神や。ほんにあの女子(おなご)、マジ女神やわぁ……」

 故郷の方言全開で、陶然としたまま言葉を垂れ流していた――そんな時だった。

「――そこの貴様、止まれぇい!!」
「 ッ! な、何だと!?」

 突如の声に慌てて周囲を見回すと――いつの間にか、男たちに取り囲まれていた。
いくら半ば自失していたとはいえ、俺はこれでも冒険者。例え眠っていても、これだけの人数が集まれば気が付かないはずがない。
それなのに、囲まれた上に声を掛けられるまで気付かなかった。

 ――恐るべき練度。このまま戦いになれば……俺が生き残れる可能性は、ほぼ無い。
戦慄と共に、声をかけた男を睨み付け――それが、知った顔だと気付いた。

「貴様は……自警団副団長レオナルド! ――これは何のマネだ!?」

 その大柄な男は、自警団本部で少し会話を交わした、自警団のナンバー2。
レオナルドは不敵な笑みを浮かべ、俺を見下ろす形で――

「――くっくっく、貴様にはこれを見せるだけで十分だ。――皆の者、戦闘装備ッ!!」
「「「「「 おうッ!! 」」」」」

 号令一下、取り囲む男たち全員が装備を換装。彼等が身に付けた装備は――

『イリスちゃん命!』『イリスたんマジ女神!』『イリスちゃん護衛軍、切り込み隊長』

 ピンク地に、そんな文が書かれた上着にバンダナ、応援用の看板に横断幕など。

「「「「「 我ら、イリスちゃん(非公式)親衛隊、『幼き(ガーディ)女神(アン オブ)( リト)守護者(ル ゴッデス)』!!! 」」」」」

 各々の装備を誇らしげに見せつける男たち。それを見た俺は――心が奮えた。
「――エドと言ったな。お前を『小っちゃい子を愛でるのが大好きな紳士』と見込み――新しき世界へと導こう。
 ――さぁ、我らと共に行こうではないか……!!」

 そう言い、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべながら手を差し出すレオナルド。
俺は躊躇(ちゅうちょ)なく、その手を全力で握りしめた――


 ――拝啓、お母様。新しい世界への扉は、ここにありました。



   ◆◆◆次回更新は5月29日(金)予定です◆◆◆

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