第一編 三章の1  愛娘

作者:緋月 薙

第三章  愛娘



 (SIDE カリアス)

 この街に来て二ヶ月。僕達は忙しい、だけど充実した日々を送っていた。
というのも、それぞれが当初予想していなかった仕事を抱える事になったからで。

 フィアナとイリスは――

「じゃあ、行ってくるわね」
「おとうさん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。今日はどこだっけ?」
「え~っと。三番街のご老人達の集会所ね。リリーさんとも現地集合よ」
「ん。了解。頑張ってきてね、イリス! いつも護衛ありがとう、フィアナ。リリーさんにもよろしく。また教会にも来て下さいって言っておいて」
「……りょーかい。じゃ、行ってきますッ!」

 ……フィアナはリリーさんの事がキライではないはずなのに、ウチにくるのはあまり歓迎してくれない。
イリスがお世話になっているお礼として、たまにウチでお茶に誘っていたりする。いい人なんだけどな、リリーさん。

 とまぁ、こんな感じで、イリスは『歌姫』として引っ張りダコ。そしてフィアナは護衛として、ついて行ってくれている。
リリーさんとイリスは、お金をくれるところより、むしろお金を出せない人達の所や、人が多く来れる場所を優先的に選んで、歌を披露しに行っている。
 そしてお金が入ったときは、リリーさんは自分に必要なお金以外、すべてこちらに渡してくれている。最初は断ったのだが――

「私はこの子から、お金じゃ買えないモノを貰っています。ですから、これはそのわずかながらのお礼です。受け取ってもらえないと、私の気が済みません」

 そう言って、頑なに譲らなかった。

 あとフィアナは少し気になる事があると言って、図書館に(あし)(しげ)く通い、術関連の文献を手当たり次第に読み漁っているらしい。その副産物として術のレパートリーも大量に増えたそうで、庭が空いているときは練習もしたりしている。

 もちろんイリスもただ働いてるばかりではなく、子供らしくリーゼちゃんやエリル君と遊んでもいる。
リーゼちゃんはイリスではなくフィアナを訪ねてくる事もあり、エリル君も後述の件でよく教会を訪れるため、二人ともほぼ毎日の様に顔を見る。
 余談だが、リーゼちゃんは初日以降、僕の事を『イリスちゃんのおじさん』ではなく『カリアスさん』と呼ぶ様になった。
理由を訊くと――

「同盟相手のお相手を、『おじさん』呼ばわりはないと思ったからです」

 あまり理解出来なかったが、精神ダメージの源が無くなったのは嬉しい。

 フォルカスさんは単純に、僕達が来てから一気に増えたらしい雑務に追われている。
話によると、礼拝に訪れる人数が以前よりかなり増えているらしい。
恐らく、たまに賛美歌を歌うイリスとリリーさんや、たまに顔を出すフィアナ目当ての男性客だろう。
 イリス達の歌はもちろん、フィアナもリリーさんも綺麗だし、イリスも可愛らしいから納得できる。
だけどこの街や冒険者には女性も多いのか、そちらもよく見かける。一度フォルカスさんに訊いてみたら――

「……本当に、自覚無いんですか?」
「……は? 司祭や聖殿騎士としての自覚ですか? それならもちろん、しっかり持っていますけど」
「――はぁ……、フィアナさんも大変ですね……」
「……はい?」

 なんでフィアナの名前が出たのかは分からないが……フィアナは女性客にも人気、という事だろうか?

 それで僕はというと。

「カリアス兄ちゃんもフィアナ姉ちゃんも、メチャクチャ強いんだって!? ならカリアス兄ちゃん、俺に剣を教えてくれよ! 強くなりたいんだ……!!」
 ある日、そうエリル君から頼まれた。
真摯(しんし)なその眼差しに打たれたのと、親父さんも歓迎している様なので、数日置きに剣を教えている。
そして、受講料も受け取っていて、これも最初は断ったのだが――

「無料で聖殿騎士様の指南が受けられるとなったら、それこそ希望者が殺到しますよ?」

 こんな事を、それもエリル君のお父さんから言われてしまっては断れない。

 こうして大幅に増えた教会の収益。その一部をイリスへのお小遣いとフィアナへの護衛料に当て、残りは聖殿に寄付している。
しかし昨今の多忙さを考えると、教会のスタッフやフォルカスさんへのお給金を、お礼の意味も込めて増やそうかとも考えている。
(今度、レミリアと相談してみようかな……)

 そんな、多忙ながらも順調で楽しい日々。――そんな中、『それ』は起こった。


 庭に木剣を打ち合う音が響く。

 エリルの剣の修練として、僕と簡単な手合わせをしている。
といっても僕は主に受けにまわり、たまに見せる大きな隙の時のみ、軽い反撃を行っている。

「はぁっ!」

 カン! と、エリルの下段からの攻撃を弾く。しかし――

「ふっ!」
「――お」

 弾かれた勢いを上手く殺し、すぐに上段からの攻撃に切り替えるエリル。最初から上段からの攻撃が本命だったようだ。
まだ甘いとはいえ、なかなか上手い連携。

「はっ!」

 今度は横薙ぎから連撃。先程と同じように、上手く弾かれる勢いを利用している。
……だけど。

「――足元ガラ空き」
「うわっ!」

 軽く足を出して払うと、出足を払われて転ぶエリル。――と、その時。

「カリアス君、エリル君。そろそろお時間です」

 フォルカスさんが、終了の時刻であることを教えてくれた。
――丁度いい。エリルも大分疲れてきてるようだし、今日はここまでにしよう。

「同じ手段が、2度続けて通るとは思わない事。それと、相手の武器だけじゃなくて、全体を見て流れを掴む事。あと、やっぱり反撃に対する反応がまだまだ。調子に乗ってしまうのは悪いクセだね」
「はぁ~い……」

 ダメ出しに落ち込むエリル。そんな光景を、微笑ましそうにみているフォルカスさん。

「はっはっは。ところでエリル君、カリアス君の指導はどうです?」
「……キツイけど、気を遣ってくれてるのは分かるし。なら俺も頑張るしかないだろっ! だけど――カリアス兄ちゃん。意外と地味っていうか……普通の訓練なんだなーって」
「――そうかな?」

 エリルの言うとおり、確かに特別な訓練はしていない。……だけど実は、これでも当初の予定をだいぶ前倒ししていたりする。
なにせ当初は、3~6ヶ月は体力作りや基礎訓練、型の修練で終わると思っていた。
なのに、早くも模擬戦っぽい事までしている理由は――エリルの実力に合わせただけ。

 どうやら今までも努力していた様で、基礎体力と運動センスは上々。そして何より、剣術方面の素質はかなりのものに思える。
今まで我流や見様(みよう)()真似(まね)の練習だけだったはず。
それなのに今のエリルの実力は、同年代で限定すれば、聖都で訓練を受ける騎士訓練生にも大して劣らない。

 ――ちょっと面白い逸材かな。……その内、養父(とう)さんに見せるのも面白いかも。
そんな事を考えている横で、フォルカスさんが話を続ける。

「まぁ、実力は地道な訓練の積み重ねですからねぇ。
 ――ですが、そう言う割には苦痛に思ってなさそうですし……いつも真剣に受けていますよね?」
「……せっかく兄ちゃんが教えてくれてるんだし。それに――目的もあるし」
「目的、ですか? それは何です?」
「…………」

 フォルカスさんの問いに、やや気恥ずかしそうに視線を逸らして答えないエリル。
 その態度と普段の様子、そして――自分の過去から、なんとなく察した。

「――なるほど。……リーゼちゃん、かな?」
「――!! な、なんでッ!?」

 どうやら大当たりらしく、激しく動揺するエリル。……それと何故か、フォルカスさんまで驚愕の表情をこちらにむけている。

「……なんでフォルカスさんまで驚いてるんです?」
「い、いえ。その回答が意外だっただけで――す、少し所用を思い出したので、失礼」

 やや気まずそうに言ったフォルカスさんが、誤魔化す様に離れて行く。

「そ、そんな事より! なんで分かったのさ!?」
 そんな慌てた様子で訊いてくるエリルを安心させようと、僕は言葉を選び――
「別に、エリルがわかりやすいとかじゃないよ。でも、僕は鈍い方じゃないからね」

 言った直後、『ズザザーッ』と、何かが地面を派手に滑る音。
見るとフォルカスさんが、顔面から地面に滑り込んでいた。

「だ、大丈夫ですかフォルカスさん!?」
「……いえいえ、むしろ貴方が大丈夫ですか――いえ、コホン。大丈夫です。
 と、ところでエリル君! ――つまり貴方の目的は、リーゼさんを守れる様に、という事ですか?」

 自らの傷を陽聖術で癒しながら――どこか誤魔化す様に問うフォルカスさん。

「うっ。……別に、そこまでハッキリと考えてた訳じゃないよ。……でもこの街は冒険者の街で、強いヤツはいっぱい居るだろ。
 ……だから何かあったとき、そんな奴らに――ううん、誰にも負けないくらいの力がほしい」

 少し照れくさそうにしながらも、まっすぐにそう言うエリル。
――『勝ちたい』『倒したい』じゃなくて、『守るために負けない』か……。
少し調子に乗りやすいし、真っ直ぐ過ぎる性格で駆け引きにも弱いエリル。
だけど……その真っ直ぐさと、今語られた『動機』は、何よりの才能かもしれない。
……剣士や冒険者としてではなく、『騎士』としての。

「――さて、と。自警団の人と打ち合わせがあるから、僕はそろそろ戻るけど……エリル? 汗かいたんだから、体冷やさないようにね?」

 そう言ってエリルに背を向けて歩き出すと、後ろから声が飛んできた。
「――そうだ、カリアス兄ちゃん! 兄ちゃんは、なんで聖殿騎士になったんだ?」
「僕の動機? それは――」

 エリルに訊かれ、考える……までもなく、その答えは出てきた。
「――まず、僕を育ててくれた人が聖殿騎士だったから。それと……」
 ……もう一つを言うかどうか、少し考え――真っ直ぐなエリルの目を見て、決めた。
 それは――僕がエリルの『動機』に気付けた理由でもあって。

「……『僕の幼馴染はフィアナ』。そう言えば、エリルにはわかるかな?」
「――え? ……ああっ!」

 ……同志を見つけ喜ぶような声。
その声の主と――多分ニヤニヤと笑っているであろうフォルカスさんに顔を合わせたくないので、そのまま歩き去る事にした。


 ――今更だけど、僕はフィアナをどう思ってるんだろう……?
同じ動機で力を求めるエリルは……あの反応からして、恋愛感情もあるだろう。
では、僕はどうなんだろう? ……当然ながら好意はある。
だけど、それが家族やそれに準じる者への好意と違うモノかと言われれば――

「――ま。フィアナは僕の事、特に意識していないみたいだし。僕が今、急いで結論を出す事でも……――ん?」

 すぐに答えは出そうになく、いい加減に思考を切り替えようとしたとき、騒ぐ馬の鳴き声が聞こえてきた。

「何かあったか……!?」

 大人しい馬がここまで騒ぐのは異常。僕は厩舎に向かって駆けだした――



 (SIDE イリス)

 今日は、歌いにいく予定はありません。
それにフィアナさんも家にいて、エリルくんもリーゼちゃんも教会にきています。
でも……エリルくんは、おとうさんとお庭で剣の訓練をしていて。邪魔をしたくないので、お庭にはいけません。
フィアナさんとリーゼちゃんは、目の前にいるのですが――

「――なまじ元から距離が近いと、進展させるのが難しいのよね……」
「なんていうか……新鮮さが無いですからね。――早すぎる倦怠期というか……」
「……だから本当に、なんでその歳でそんな言葉知ってるのよ」

 こんな感じで――ふたりが言うには『さくせんかいぎ』をしています。
「お店でお客さんの相手してれば、イヤでも耳年増になります。
 ――それはともかく。いくらデメリットがあっても、好きな人と同じ建物で生活っていうのは、憧れです」
「――うっ。……ま、まぁ一緒にいる時間が長いっていうのは……嬉しいけど」
「私からしてみれば、他にも羨ましい事はありますよ?」
「…………たとえば?」

「そうですね……洗濯物。特に下着とかですね」

「――ッ!? な、何を言ってるのリーゼちゃん!? そ、そんなの使うわけ――
 ……一回魔が差した事はあるけどッ! でもそのときは上着で十分だったというか罪悪感が――」
「あの……フィアナさん?」
「な、何よ!?」

「――洗濯物を洗ってあげるって、新婚さんみたいで羨ましい、って話ですが……?」

「~~~~~ッ!? わ、私が悪いの? 私がいろいろ穢れてッ!? ――ううん、だって私の立場だったらきっと誰だって――」

 ……意味はわかりませんが、フィアナさんはあかいお顔のまま、頭をかかえて、うずくまってしまいました。

 それを『 ? 』ってお顔で見ている……様にみえたリーゼちゃんですが。
「…………(ふふふっ)」
「――あれ?」

 一瞬、うっとりというか……ヘンな笑顔になりました。たしか、ああいうのは――
――『恍惚(こうこつ)』っていうんだっけ……?
もんだいは、なんでリーゼちゃんがそんな顔をしたか、ですが――

「……なぁに? イリスちゃん♪」
「ッ!? な、なんでもないよ……?」

 ……きっと知らない方がいいんじゃないかなって、なぜか思いました。

「と、とにかくッ!! ……二人とも、ド鈍いのが問題なのよね」
「そうなんですよね……。エリル君、あれで結構人気あるんですよ?
 エリル君がお店のお手伝いする時間を見計らって、エリル君の家のお店に行く子もいるんです。
 ――女の子が武器屋に、ですよ? それなのに全く気づいてないみたいですから……」
「カリアスもそうなのよね……。この前なんて礼拝に来た女の人が、フォルカスさんしか居ないのを見て『チッ』って言って、その直後に来たカリアスに『あ! カリアス様!!』とか目を輝かせて言ったのに、アイツ全然気づいてないの。――フォルカスさんはマジ凹みしてたけど」

 わたしには『フォルカスさんが可哀そう』くらいしか分かりませんが……お話しするふたりの顔は、とっても真剣です。ですが――

「やっぱり、見た目のインパクトって重要だと思うのよね……」
「そうですね……フィアナさんくらい髪が長ければ、いろいろアレンジ出来そうですよね。それだけでかなり印象変わると思います」
「リーゼちゃんの長さでも十分インパクトあるアレンジできると思うわよ? それかいっそ、簡単なお化粧してみる? 素が良いから、かなり映えるはずよ?」
「素が良いのはフィアナさんもじゃないですか。 ……それに、髪型変えてもお化粧しても、エリル君は普通にスルーしそうで……」
「……それはこっちも同じかも。『あ、おはようフィアナ』『おはよう、カリアス』で、終わってスルーになりそう……」

「「 ……はぁ 」」

 ――な、なんだか話せば話すほど、ふたりのお顔が暗くなっていってる気がします。

「え、えと……二人とも、今のままでもすごくキレイでカワイイと思うし、みんなもそう言ってるよ……?」

 わたしはなんとか明るくしようと、がんばって話しかけてみます。
それに、ほんとに思う事だし、みんなも言っている事なのですが――
二人は同時にこっちを見て。

「「 ありがとうイリスちゃん。でも、同性や有象無象の意見なんてどうでもいいの。――ターゲットは一人、それだけなの……!! 」」

「ご、ごめんなさい……」
 ――あ、あれ? お礼を言われたはずなのに、なんであやまってるんでしょう……?
「……そういえばイリスちゃんって、何気にスペック凄く高いですよね……?」
 ――え?
「……そうね。素で可愛いし、頭良いし……」
 ――え、え?
「『歌姫』で有名人だし、エリル君とも同年代だし……」
 ――えと……?
「カリアスともある意味で相思相愛だし、血も繋がってないし……」
 ――なんだか雲行きが……?
「「 ……………… 」」
「………………(ごくり)」
 ……なんだか、ヘンなあせがでてきました。

「「………………(クルリ)」」
「ッ!?」
「「(ギラリッ)」」
「(ビクぅッ!!)ちょ、ちょっとおとうさんたちの様子みてきます!!」
 ふたりの目がアヤシく光ったのを見て、わたしは慌ててその場を離れました……!

(もうエリルくんの訓練おわるころだから、だいじょうぶだよね?)
 ちょっとこわい思いをしたので、すこし甘えさせてほしいです……♪

「――あ、そうだ。ちょっと馬さんたちにあって行こっ」

 わたしたちと一緒にきた馬さんも、元から教会にいた子たちも、大人しくてイイ子たちです。
たまに乗せてもらって遊んだり、みんなお友達です。

 ――あれ? あの人たちは……?
厩舎のいりぐちに、男の人がふたり。中のようすを見ながら、なにか話しています。
――あまり見ない人だけど、どこかで見たような……なんて言ってるんだろう?
『話している事を知りたい』。そう思うと――いつもわたしに『こえ』を届けてくれる『だれか』が、かいわを届けてくれました。

『いくら腹いせって言ってもよ……バレたらシャレんならんぞ……?』
『うっせぇ! あの野郎のせいで捕まるわ、強制労働させられるわ、釈放されても周りのヤツらにナメられるわ、散々じゃねぇか!
 これは正当な復讐だッ!!』

 ――思いだした! あの大きな人、おとうさんにやっつけられて捕まった人だ……!

 わたしたちがこの街にきた日、売店にいたマリカさんとフラウさんを脅かしていた人。
襲いかかってきたから返りうちにしたって、おとうさん言ってたけど……。
……どうやら、イヤガラセをしに来たみたいです。何をするつもりかはわかりませんが、はやく誰かを呼んで――

『――わかった、わかった。……やるならとっととやって逃げるぞ』
『わ~ってるよ。――へへへ、馬の二・三頭殺すくらいで丁度いいだろ』

「……ッ!?」

 中の馬さんたちを見ながら剣をぬく男の人たち。
――いまから呼びに行っても間に合いそうにありません……ッ!

 ――おねがいっ! 馬さんたちをにがして……ッ!!

「――な、なんだこれはッ!?」

 いつも助けてくれる『だれか』におねがいすると――つよい風が、ふきました。
その風は、男の人たちを追いぬいて厩舎にむかい、柵や馬さんをつなぐ縄を切って、逃げみちをつくってくれます。
馬さんたちも異常にきづいてくれて、大きく鳴いてから逃げはじめてくれましたっ!

「なッ!? ――チッ、せめて一頭だけでも……ッ!!」

「ッ! だめぇぇぇぇぇッ!!」

 男の人が剣を、一頭の馬さん――わたしがよく乗せてもらう、いちばん仲がよい子にむかって振りあげたとき――
わたしは、おもわず大声をあげました。

「 !? ――お前は……アイツが可愛がってる歌姫ちゃんじゃねぇか。……くっくっく、馬殺すよりこのガキ(さら)っちまった方が手っ取り早いじゃねぇか……!」
「ば、バカやめろ! さすがにそれはヤバ――ぐぁっ!?」
「うっせぇ! あの野郎を()(つくば)らせるチャンス、逃すわけにはいかねぇだろ!! ……さぁガキ、大人しく捕まりやがれ……!」

 小さいほうの人を殴った大きな人が、剣をもったまま、わたしにむかってきます。
――に、逃げ、なきゃ……! ――で、でも、からだがふるえて……声も……っ。
そんなわたしに、男の人は、きもちわるい笑い顔でゆっくりちかづいてきて――
――たすけて、フィアナさん……、おとうさん……!!

「――ッ!? イリス! 貴様、何をしているッ!!」

 いちばん、聞きたかったこえが、聞こえてきました。

「おとうさんっ!!」
「――チッ!? ち、近寄んじゃねぇ! 来ればこのガキが――」
 男の人はあわててわたしにちかより、剣を突きつけようと――
「――させるかッ!!」
「なぁッ!? この――ッ」
 おとうさんは、すごい速さで駆けつけてきてくれて。

 男の人は、わたしに向けていた剣をおとうさんに――……え?

「――ぐっ!?」
「ッ!? ――く、くはははははッ! ざ、ざまぁみやがれ!!」

 ……わたしと男の人のあいだに入って、わたしを庇おうとしてくれた、おとうさん。
 その、おとうさんの腕を、男の人の剣が、ふかく斬りました。
 ……あかいイロが飛んで。
 ……それはわたしの顔にもついて。
 ……あたたかいアカイロは、すぐに冷えてつめたくなって。

 ――おとうさんが、ケガした……?
……なんで? 斬られたから。……やったのは、誰? ――あの男の人。

「…………さない」

「――もう大丈夫だからな、イリス。怖い思いをさせちゃっ――……え?」
 おとうさんは……斬られた腕がひかっているので、術で治しているみたいです。きっと、もう少しで治るんでしょう。……でも――
「……ゆるさないっ」
 ――でも、そんなの関係ありません。

「……馬さん、殺そうとした。――なにより、おとうさん傷つけた……! あなたはゆるさない……ッ!!」

 わたしの中の、熱くて――とても暗いモノが、こみ上げてきました。
 ……きっと、これが『怒り』という感情。

 わたしの初めての『怒り』に――風たちが応えました。



 (SIDE カリアス)

「…………さない」
「――もう大丈夫だからな、イリス。怖い思いさせちゃっ――……え?」

 イリスが発した、聞き取れない程の小さな声。
 その言葉の直後に発生した不自然な風に、僕は言葉を止めた。

 イリスに襲い掛かった男の顔には、見覚えがあった。
この街に来た日、教会の売店で騒動を起こした男。それがここに居るという事は――逆恨みでの行動か。
イリスを庇うために負った傷は深いが、治癒術を使えば数分で治る。
それにこの程度の相手なら、片腕が使えなくても制圧は容易。

 ……イリスに手を出した報いを受けさせる。……そう思っていたけれど――

「……ゆるさないっ」

 今度ははっきりと聞こえた、イリスの声。……初めて聞く、怒りを秘めた声。
そして――風が、勢いを増す。
僕とイリスを取り巻くように吹いた風は――渦となり、少しずつ砂を巻き上げ始め。
やがて、(うつむ)き震えていたイリスが、その顔を上げ、男を睨みつけ――

「……馬さん、殺そうとした。――なにより、おとうさん傷つけた……! あなたはゆるさない……ッ!!」

 叫びと共に、風が吹き荒れた。
「――ヒッ、ぐぎゃあああッ!?」
 一瞬で男の全身に無数の傷が刻まれ、吹き飛ばされ――それがむしろ幸いした。
「――精霊術ッ!?」

 男が吹き飛ばされた直後、一瞬前まで男が居た場所の地面に、深い亀裂が発生した。
おそらく――風の中位精霊術『疾風刃(しっぷうじん)』。地を走る風の刃で対象を切断する術。
 ただ風の集束が甘かったため、余波として発生した衝撃波が、先に男を吹き飛ばしたのだろう。
つまり――余波だけで、大の男をズタズタにした。

「――ひ、ぎゃ、た、たすけ――ッ!」

 唖然とする僕の前で、のた打ち回っていた男の顔が恐怖に染まる。
風が再び――いや、先程以上の勢いで吹き荒れ始めていた。

「い、イリス! 十分だ! これ以上は――イリス!?」
「………………ッ!!」

 ――声が聞こえてない……? 怒りで我を忘れて!?
イリスの顔に、表情が無い。……ただ前を見据え――腕を振るう。
――マズイ、このままじゃ――!!
イリスの腕が振りに合わせ――風が男の周囲で渦を巻き、逃げ場を奪う。
おそらく――風の牢獄に囚われた敵集団を、無数の風の刃で切り裂く術。

 ――風の高位精霊術『風滅陣(ふうめつじん)』。
攻撃が始まれば、まず男の命は無い。

 ……正直に言えば、こんな男を助けたくない。
だけど――ここでイリスを、人殺しにしたくはない。

 怒りは分かる。殺意を抱くのも、分かる。でも、一時の怒りに任せるのは違う。
――それに、本当に殺してしまえば、イリスは絶対に後悔する。
正気に戻った後で、きっと自分自身を責める。そして……取り返しがつかない事をしてしまった事を理解してしまう。
――だから。イリスのために、この男を死なせない……!

 風の檻に飛び込む。術の性質上、中から外に出るのは困難だが、その逆は可能。
それでも数発の風の刃で傷を負うが、痛みは無視して男の元に辿り着く。

「た、助けてく――」
「――うるさい。死にたくなければ(うずくま)っていろ……!」

 男の言葉を(さえぎ)り、体勢を低くさせ――

 直後、攻撃が始まった。

 聖術で防御しようかと思っていたが、発動前に始まってしまった。こうなればもう、降り注ぐ風の刃を剣で迎撃していくしかない。
「――くっ、やっぱり集束は甘いけど、これは……ッ!」

 頭上も含めた全周囲から襲いかかってくる風の刃。
威力を集束しきれていない刃は、本来のものより殺傷力は低いが――逆に余波を撒き散らし、完全に防ぐ事が出来ない。
防御用の聖術を使う余裕が無かったのが痛い。
先の腕の傷も治りきっておらず――さらに、庇わなければいけないお荷物まで居る。――はっきり言って、かなりマズイ。

「――がっ!?」
「っ、――しまったッ!?」
 思考に気を取られ、足元の男を踏んでしまい体勢が崩れ――

「カリアスッ!!」

 その声の直後、周囲の地面が隆起し、僕たちを守る壁を形成した。

「――フィアナ! 助かった!!」

 僕らを囲う『土壁』が守ってくれている内に、僕も防御術を重ねる。
『光盾』。初級の術だけれど、複数展開しやすくて使いやすい術。これを複数重ね、割られる度に追加して補う。
――これで、もう大丈夫、か。
 余裕が出てきたので、足元に転がる元凶の男に軽い治癒術をかけて応急手当。
そのあとに『陽縛鎖(ようばくさ)』で固めて動けなくして、転がしておく事にする。

「カリアス! 大丈夫なの!?」
「――お蔭でなんとか。ごめん、この術の解除、お願いできる?」
「任せて!」

 返事と共に、すぐに取り掛かってくれたらしい。僕たちを囲う暴風の勢いが、目に見えて衰えていく。
――術を構成する精霊へ干渉し、命令の上書きによる解術。
やがて、風の刃の殺傷力が無くなるまで威力が落ちたところで――

「――イリス! 目を覚ませ、イリス……!!」
「…………。……っ! …………?」
 返事は無い。――でも、反応はあった!

「正気に戻りなさいイリスちゃんッ!! あなたがカリアスを傷付けてどうするの!?」

「――ッ!? …………え……?」
 フィアナの声に、今度は明確な反応を返すイリス。
「――イリス。僕は大丈夫だから。……もう怒らなくていいんだよ」
「……え? おとう、さん……? ――あれ、わたし……」

 イリスの呆然とした声と共に――荒れ狂う暴風は、その姿を消した。



 (SIDE イリス)

 ――あれ……? わたし、なにしてたんだっけ……?
……たしか。男の人が、迫ってきて。……そこを、おとうさんが助けてくれて。……でも、そのせいで――ケガを、して……?

「――ッ! おとうさん、ケガは!?」
「……僕は大丈夫だよ、イリス。――良かった、元に戻ってくれて……」
「……え? 『元に』って…………あ。――あ、あ、ああっ!」

 ――思い出し、ました。わたしはあの人を狙って……おとうさんも巻き込んで……!

「………ご、めん、なさ……っ」

 あらためて見ると――おとうさんは傷だらけでした。
 あの男の人が付けた傷だけじゃなく――ううん。ほとんど、わたしがつけた……。

「――ごめ……な……ごめん、なさい……っ! ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 おとうさんを傷付けられて怒ったのに、わたしが一番傷つけた……!
ケガをしてまで助けてくれたのに、わたしは……ッ!!

「――ぅっく……ご、ごめん、なさ……っ」

 泣いてるばあいじゃありません。泣く資格なんて、わたしにありません。――でもとまらなくて……上手くあやまれません……っ。

「――イリス」

「……ッ! ――は、はい……っ」
 なまえを呼ばれて、顔をあげると……怒った顔のおとうさんが、固くにぎった手を渡しの頭に近づけて――
「――ッ! ……え? ……おとう、さん……?」

 叩かれるんだって思って、目をギュッってとじてたら――オデコを『ぺしっ』って、軽く指で叩かれただけでした。
 驚いて顔を上げると――おとうさんは、困ったみたいな顔で。

「――ダメだよ、イリス? ……何がダメだったかは、わかるね?」
「っ。……はいっ」

 わたしの目を見て言うおとうさんに、うなずいてお返事しました。
 ――怒ってあばれたこと。
 ……わたしは、自分があんなことができるって、知らなかった。
 でもそれは、言いわけになりません。……だってわたしは、止めなかったんです。
 『あの子たち』は、わたしが止めれば、ぜったい止まってくれました。
 それなのにわたしは、怒りにまかせて……しかも自分を見うしなって、おとうさんを巻き込んだのも気づかないで……!
 『そうしたい』って、思っていたわけではありません。でも……『死なせないように』なんて、まったく考えていませんでした。
 ――おとうさんがあの人を庇っていなかったら、わたしは……っ!

「うん、ちゃんと分かっているみたいだね。――『怒るな』なんて言わない。……それでも、やっちゃいけない事、やったら取り返しがつかない事がある。――わかるね?」
「っ、はいッ」

 ――もう、ぜったいにやりません。
……これから先、きっと怒ることは、いっぱいあるんだと思います。
でも――それに任せてあばれるなんて、もうぜったいにしたくありません……!

「――いいかい、イリス? 僕は君の『おとうさん』として――君が間違えたら、叱ってあげる。……君が困ってたら、助けてあげる。……君が泣いてたら、慰めてあげる。――今日は、怖い思いをさせちゃったね。……ごめんね、イリス?」

「……うっ、く、おとうさん……ッ!」

 わたしが傷つけたのに、『ごめん』って言ってくれて。優しく頭をなでてくれて。
 わたしが抱きつくと、背中をなでてくれました。
 ――あ、お顔にも傷が……。
 ……頬にある、一本の傷。他にも、おとうさんは傷だらけで。

 ――治したい。ううん。治さなくちゃ……!
『こころ』から、願いました。すると――また『こえ』が教えてくれて――

「『大地の意思、優しき精霊たちよ、その慈しみの御手を以って、彼の傷を癒せ』」
 おしえてもらった言葉を言い、そして――頬の傷に、キスをしました。

「え!?」
 おとうさんの体が淡いあおに光り、それが消えると、傷もすべて消えていました。
「精霊術で治癒!? そんなの聞いた事も無いわよ!?」
 なんだか、驚いているフィアナさん。――『精霊術』……?
「これ、せいれい術――なの?」
「……自覚、無いの?」

 ……いつもの『こえ』の事、でしょうか?

「――えと、お願いすると『こころ』に『こえ』がおしえてくれるの」
「……歌のときも?」
「うん」
「…………本当に『本物』なのね、イリスちゃん……」

 すごく驚いたようすで言うフィアナさん。……『本物』って、なんの事でしょう?

「――そういえばフィアナ、説明もしてないのに、あの状況で驚いてなかったよね? 何か知ってるの?」
「大まかな状況は察せたからよ? ――イリスちゃんを庇って怪我をして、それを見たイリスちゃんが逆上、って流れよね? アンタが刀傷負ってて、しかも負わせた相手っぽい男をイリスちゃんから庇ってるなんて、それくらいしか考えられないし」

 おちついて言うフィアナさんの言葉は、ぜんぶ大当りでした。

「いや、ソレじゃなくて! イリスが精霊術使ってたのに、なんで驚かないの!?」
「驚いたわよ? でも……『もしかして』と思ってた事があって、ちょっと調べてた事があったの。――イリスちゃん。あなたは『精霊に愛されてる』の」
「……精霊さんに?」

 もしかして――たまに『こえ』を届けてくれる子たちが、精霊さんなのでしょうか?

「精霊術師は普通、魔力を糧に精霊を導いて術を使うけど、精霊に愛されている者はそれが必要無いの。願うだけで精霊を導く能力。――別名『精霊の愛娘』。……聖術の最高資質『聖女』と対を成す、精霊術師として最高の資質よ」

 ――『精霊の愛娘』……? それが、わたし……?
「その名称だけは聞いた事があるけど。それって確か、聖女以上に――」
「ええ、聖女以上に希少能力ね。――えっと、イリスちゃん? その『こえ』を届けてくれる子がいるでしょ?」
「え? うんっ」
「その子達が『精霊』さん。――多分イリスちゃんなら、『居る』って思って耳を澄ませば、いろんな『こえ』が聞こえるはずよ?」
 言われたとおり――『精霊さん』だと意識して、『こえ』をさがしてみます。

   『こんにちはっ』『よっ、やっと気付いたな』『また歌って!』『……こんにちは』 
   『あそぼ、あそぼ!』『さっきはごめんなさい……』 (――て) 『よろしぅなぁ』

『元気なこえ』『大人しいこえ』『優しいこえ』、いろんな『こえ』が聞こえました!
「ほんとだ! いっぱい『こえ』が聞こえ……あれ? 今――」
「――ん? どうしたの?」

 フィアナさんが、不思議そうにきいてきます。
「……うん。ちょっと今、ヘンな『こえ』が聞こえた気がして――」
わたしはもう一度、耳をすませて、精霊さんたちの『こえ』をさがします。

   『――お、なんだなんだ?』『どうしたの~?』『あそぼっ、あそぼっ』
――ごめんなさい。探してる子がいるから……ちょっと静かにしてくださいっ。
   『『『『『 ……………… 』』』』』
お願いすると、静かにしてくれる精霊さんたち。『ありがとうっ』ってお礼を言って、また耳をすませると――

   (――た……けて……。――このこ……たす……あげ――)

「――ッ! 今のっ!」

 すごく遠くからの、すごく小さい『こえ』。
それは――誰かを『たすけてあげて』って聞こえました……!
わたしは、まわりの精霊さんに、今の『こえ』がどこからかを探してもらい――

「――おとうさんっ! フィアナさんっ!」
「イリス?」「イリスちゃん……?」

 わたしは――おとうさんたちに、心からお願いすることにしました。

「――わたしを、遺跡に連れてってください……!」



   ◆◆◆次回更新は6月5日(金)予定です◆◆◆

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