第一編 三章の2  迷い子

作者:緋月 薙

三章の2  迷い子



  (SIDE カリアス)

「――わたしを、遺跡に連れてってください……!」

 ――『精霊の愛娘』。全ての精霊に愛され、意思だけで精霊たちを自在に操る、精霊術師としての最高資質。
そんな稀有(けう)な能力に目覚め、早速フィアナに教えられた通りに精霊の声を聞いていたイリスが――突然、そんなお願いをしてきた。

「……イリスちゃん、何が聞こえたの?」
「精霊さんが『この子をたすけて』って言ってたのっ! それでほかの子たちに『今の子はドコにいるの?』って訊いたら、『遺跡にとじこめられてる』って……!」

 そうフィアナに答えたイリスは、かなり焦っている様子だった。
その言葉をそのまま捉えるなら『誰かが遺跡に閉じこめられている』という事。
精霊が『助けたい』と願う存在なら、まず邪悪な存在ではないだろう。だけど――

「……ねぇ、イリスちゃん? その精霊さんは、何の精霊さんだったかわかる?」
「えっと――水の精霊さんっ!」
「……カリアス。遺跡に水場って、あったっけ?」
「――現在入っている情報には、無いね」

 問題は、やはり遺跡の何処なのか、という事。当然、現時点で『何かが閉じこめられている』場所なんて、報告は無い。
つまり、未踏の深層か隠された部屋に『何かが封印されている』という事で。
同時に――そこまでイリスを連れていかなければならない、という事。

「イリス。その閉じこめられている場所、遺跡のどこか分かるかい?」
「――わからない……。でも、遺跡にはいったら案内してもらえると思うっ!」

 ……という事は、やはりイリスがいないと発見は困難だろう。
――急ぐ必要はあるけど、場所がわからない。なら、他の人は動かしにくい、か。
その上で、イリスを守りながら。……ならば僕とフィアナだけついて行くのが最善か。

「――わかった。でもちょっと待ってね? 自警団の人たちと約束が――」

「それには及ばぬぞ、カリアス殿」

「……え、――レオナルドさん?」

 姿を現したのは、やや険しい表情をした、自警団副団長のレオナルドさん。
その背後には、彼を案内してきたらしいフォルカスさんが控えていた。
元から自警団とは連絡を密にするつもりだったが、イリスが歌姫として活動し始めた事で、警備関係の話し合いのために頻繁(ひんぱん)に教会を訪ねてくれている。
 この前は、イリス直属の護衛を付けようかと提案までしてくれた。
――全員『紳士』だと言っていたが、気を遣わないフィアナの方がいいだろうと、断らせてもらったが。

「こちらの話し合いは、定例の域を出ない緊急性の無いものだ。そちらを優先してもらって構わない。……とはいえ――」

 言葉を切ったレオナルドさんの視線が、少し離れた地面に向く。

「――先に、処分を決めるべき者が居るが」
「うっ……」

 その怒気が含まれた視線に晒されたのは、イリスに襲い掛かった男と……少し離れた所で気絶している仲間の男。
以前は聖職者のフリをしていたその男は、イリスの術の余波で気絶していたが、命に別状は無さそうだったので放置していた。

「そいつらは、我らが引き取ろう。――二度とこんな真似はさせないと誓う」
「……助かります。今の僕では、ちょっと冷静に対処できない恐れがありますから」

 今は不必要な暴力を振るう気は無いが、何かの切掛けで手が出る危険はある。
……そんな姿をイリスに見せたくないため、持って行ってくれるのはありがたい。

「――いくら聖殿騎士でも、親であるならその反応も仕方あるまい。――では、連れて行くとしよう。――おい、居るな?」
「「「「 はっ! 」」」」

 レオナルドさんの声に応え、どこからか現れた四人の自警団員。
全員の服の裾からピンク色の布地が見えるが……制服の一部なのだろうか?

「では、我々はこれで――」
「待ってくださいっ!」

 男二人を連行して行こうとしたレオナルドさんを止めたのは、イリス。
イリスは――大男の前に進み出て、その目を見据えながら、口を開く。

「――あなたは、ゆるしません」

 イリスの眼に宿るのは、怒り。――でも、理性で制御された、凛とした意志。
「……でも――」
「ひッ――」

 イリスが手を伸ばす。男は顔を青褪(あおざ)めさせ、身を(すく)ませ――

「…………は……?」
 イリスの手が男の腕に触れると、淡い青の光が全身を包み――収まると、全身に負った傷が、全て消えていた。

「……ゆるしません。でも……傷付けたことは、あやまります。――ごめん、なさい」

「――あ、ああ……」
 言い終わると、駆け戻ってきて僕の後ろに隠れるイリスに、男は呆然とした様子で声をもらした。

「…………行くぞ。連れて来い」
「「「「 はッ!! 」」」」

 男と同じく呆然とした様子だったレオナルドさんだが、我に返るとすぐに部下へ指示を出し、男たちを連行し、足早に去っていった。
……先ほどのイリスの雰囲気に呑まれたていたのか、全員、少し頬が紅かったが。

「……うん、よく出来ました。――えらかったよ、イリス?」
「…………っ」

 言いながら頭を撫でると、照れくさそうに(うつむ)くイリス。
その様子を微笑ましく思っていると――苦笑を浮かべたフォルカスさんが近づいてきた。

「――お疲れ様でした、カリアス君、フィアナさん、イリスさん。……大変でしたね」
「フォルカスさん。――エリルはどうしました?」
「少々危険があるかと思い、リーゼさんと一緒に先にお帰りいただきました。
 ――イリスさん? 後日、今日の事を話してあげてくださいね?」
「っ、う、うん……!」

 フォルカスさんの対応は、すべて適切だった。
おかげでイリスの暴走を見られずに済んだ上、イリスも心の整理をつけてから話す事ができる。
 先ほどの暴走に罪悪感を持っているイリスは、やや緊張して頷くが――以前から『できるだけ隠し事はしたくない』と言っていたから、必ず話すだろう。

「――イリスちゃん。あの子たちなら、話しても嫌ったりしないから大丈夫よ♪ ……話すときは、私も付き合うから――ね?」
「――うん、ありがとうフィアナさんっ!」

 しゃがんで目線を合わせて言うフィアナに、安心した笑みを見せるイリス。

「それはそうと……さすがイリスちゃん。よく、あの男を治す気になったわね?」
「――え? ……あ、あれは……」

 ……フィアナの言葉に、なぜか気まずそうに視線を逸らすイリス。

「イリス?」「……イリスちゃん?」「――イリスさん?」

 僕、フィアナ、フォルカスさんが揃って首を傾げると――イリスが白状し始めた。

「……じつはあれ、おとうさんに使ったのと、ちょっと違って……。えっと――『ふくさよう?』が、あるって精霊さんが……」
「――『副作用』? ……ああ、過回復か」

 小さな傷に強すぎる治癒術を使った場合や、全身に術を施した場合、後で凄まじい痛みや二日酔いの様な体調不良が襲う事がある。これを『過ぎた回復による副作用』、略して『過回復』と呼んでいるが――まぁ、健康体なら命にかかわるものではない。

「――なるほど、軽い仕返しも兼ねたのね。……ところで、カリアスに掛けた術と、あの男に掛けた術、どう違うの?」
「えっと……あの人に使ったのは、水の精霊さんだけにお願いしたんだけど――
 おとうさんに使ったのは、ぜんぶの精霊さんにお願いしたの」
「全部って――四属性複合!?
 ……待って。水が体液操作での治癒力促進、よね? 火は……温度調整とかで効果の補助?
 あと風と土…………まさか、周囲の自然から要素を集めて欠損部分を再構成したの……ッ!?」
「……えっと?」

 フィアナが驚愕の眼差しでイリスを見るが――当の本人は首を傾げている。
……おそらく、イリスとしては『お願いしたらやってくれた』といった感じだろう。

「――あら? でもそれなら……頬にキスする必要、あったの?」
「――ッ!? …………っ」
『ギクリ』と反応したイリスは、また僕の後ろに逃げ込むと――僕の服に顔を押し付けて顔を隠す。

 僕は耳まで紅くしている愛娘を――とても、可愛らしいと思った。



  (SIDE イリス)

「――あこがれのイグニーズ遺跡。その初潜入がこんな形になるなんて、思ってもいなかったわね……」
「あはは、そうだね。――じゃあ、イリス。ここから先の案内、お願いできるかな?」
「はいっ……!」

 おとうさんの言葉に、わたしは力いっぱい、お返事しました。

 ――ここが、遺跡……。
わたしたちが暮らす街、イグニーズのちかくにあって――たぶん、街の下にも広がっていると言われている、とても大きな遺跡。
その遺跡の入口は、街のちかくの丘の一番上ちかくにありました。
 ――思ったより明るいんだね。
さいしょの部分だけは、ほんとうに『地面のあいだ』っていう感じでしたが、入ってすぐに岩が門みたいになっていて、その中はふしぎな灯りに照らされた、石づくりの建物の中みたいになっていました。

 ――うんっ、がんばろう……!
ここには、遊びにきたのではありません。
わたしに『たすけて』って言ってきた精霊さんと、その精霊さんが『たすけたい』って言っている『だれか』を、たすけるためにきたんですから……!
 まずわたしは、その精霊さんのばしょを探します。
――えっと、あのときの子は、水の精霊さんだったから――……え?

「……あれ?」
「ん? どうしたのイリス? 見つからないのかい?」
「――見つかったんだけど……思ったよりちかいの。たぶん、この階かなって……」
「「 ……え? 」」

 ここに来るまでに、おとうさんたちとお話し合いしていました。
もし『その場所』が10階より下にありそうなら、一度もどって、誰かにてつだってもらおうって話していたのですが――
まさか、さいしょの階とは思っていませんでした。

「――この階っていう事は、隠し部屋かしら。……確実に、数百年単位での未踏領域ね」
「下層まで潜る手間が省けたのはいいけど……嫌な予感はするね」

 おとうさんたちが話すのをききながら、わたしは精霊さんたちに道をききます。
――こまってる水の精霊さんのところまで、道をおしえてくださいっ。
そうお願いすると、歌うときみたいに、『こころ』に道がうかんできて――

「……おとうさん、フィアナさん。――行ける、よ?」
「――わかった。じゃあ、案内よろしく」

 おとうさんの言葉にうなずいてから、わたしは目をとじて――『こころ』にうかぶ景色をなぞるように、歩きだしました。


     ◆     ◆


「ここ、みたい……? ――うん、ここだっ!」

 ここは、下の階におりる階段、その裏がわにある通路。
その途中の、行きどまりでもない普通にみえる壁を、わたしは指さしました。
目で見える景色にはなにも見えないけど、『こころ』に浮かぶ景色では、案内してくれた風の精霊さんと土の精霊さんが、元気に跳ねておしえてくれています。

「……こんな場所に?」
「……とりあえず――フィアナ、魔力探知お願い」
「わかった」

 フィアナさんは、壁に触って――つぎに、目をとじてオデコを壁につけて、壁のむこうの様子をみているみたいです。
そして――しばらくして、フィアナさんが目をひらきました。

「――確かに、空間があるわ。……それと、何かが『居る』」
「……了解。――『それ』の保有する魔力量は分かる?」

 おとうさんが言いながら、わたしたちを守るために前に出ます。

「――少なくとも私よりは下。……でも、不思議な感触。――油断しないで」
「……分かった。君のタイミングで壁を壊して。
 ――それからイリス、君は離れて。少しでも危険を感じたら、精霊さんにお願いして、全力で守ってもらって。
 お父さんたちは何とかするから。――いいね?」
「うん……!」

 わたしが返事をしたのを見て、おとうさんは剣をぬいて、構えました。

「いつでもいいよ、フィアナ」

 その言葉にはこたえないで、すでに土の精霊さんを呼んでいるフィアナさん。
 その精霊さんたちが、フィアナさんの指示で壁にあつまって――

 ――壁がくずれる、大きな音。そのすぐ後に――
「ハッ!!」
 おとうさんの、つよく、おおきく息を吐いたような声。

 フィアナさんが、壁をこわして。
くずれた土やホコリを、おとうさんが剣で吹き飛ばして。
そうして見えた壁の向こうがわに、それは――ううん、『その子』は居ました。

「「 ――なッ!? 」」

 驚いた声をだす、おとうさんとフィアナさんの見る先には――
氷の中でねむる、小さな女の子がいました。



  (SIDE カリアス)

「「 ――なッ!? 」」

 僕とフィアナの、驚愕の声が重なった。
イリスに導かれた先、何の変哲も無いように見えた壁を壊した先。
分厚い壁と堆積した埃の向こう側に居たのは――氷の中で眠る幼い少女だった。

「フィアナ、もう一度魔力の流れを調べて。――イリス、ここの水の精霊に、少し話しをきいてみて」
「わかった!」「うん!」

 それぞれが応えてくれる。

 氷の中の少女は、特徴的な真紅の髪を肩まで伸ばした、見た目はイリスよりも幼い、人間の少女。
……思わず、イリスを見つけた時の事を、鮮明に思い出す。
――見つけたからには、助け出したい。

「カリアス。この氷、何かの封印がかかってる。
 でも経年劣化だと思うけど、解けかかっているみたいで、構成に隙間が出来ているの。それでイリスちゃんが察知できたのね」
「おとうさんっ! ここの精霊さん、この子はずっとむかしから閉じ込められていたって。――出してあげたいって言ってるよ……!」

 ……精霊が『出してあげたい』って言っている以上、やはり邪悪な存在ではないのだろう。
だけど……そうなると気になるのが『何の封印か』という点。

「フィアナ。その封印は――この子を封じる物なの?」
「……この子に施されている封印と――もう一つ、別系統で封印があるわね。解けかけているのは、この子に掛かっている方。
 もう一つは――ごめんなさい。地面の奥に続いている、くらいしかわからないわ」

 つまり――上手く少女だけを助け出せば、もう一つの封印は解かずに済む。
……だけど問題は、何の為にそんな手の込んだ封印を施したのか、という点で。

「――フィアナ。もう一つの封印を壊さずに、中の子だけ助ける事は可能?」
「……私一人だと無理。でもイリスちゃんに手伝ってもらえれば、不可能ではないわ」
「わ、わたしお手伝いする! たすけてあげたいっ!!」

 真剣な眼差しで、力いっぱい主張するイリス。
フィアナは――ただ静かに、僕の言葉を待っている。……多分、僕がどういう結論に至るか、とっくに予想できているのだろう。

「……ねぇフィアナ。この子を見て――思い出したよね?」
「――ふふっ、そうね。イリスちゃんを見つけたときの事、よね?」
「……え?」

 苦笑を交わし合う僕とフィアナに、イリスが少し戸惑った声を出す。

「――大丈夫だよ、イリス。見捨てようなんて考えていないから。……助けよう」
「ええ、そうね。――イリスちゃん。手伝い、お願いできるかしら?」
「っ! はいっ!!」

 イリスは嬉しそうに返事をしてくれた。


     ◆     ◆


「――じゃあイリスちゃん、打ち合わせ通りに」
「う、うんっ! ――いつでも……!」

 打ち合わせの末、少女に施されている封印の解除と、壊してはいけない封印の保護をフィアナが担当。
イリスは封印が解けたと同時に氷を溶かして救出後、再び氷を生成する役目を担う。
僕は――精霊術は門外漢だし、魔力制御能力もフィアナに及ばないため、氷の中から排出される少女を受け止める役と、トラブル発生時にフィアナとイリスを守る役。

「――いくわよイリスちゃん。3・2・1――」
「――ッ!」

 フィアナのカウントダウンの直後、『キーン』という甲高い音がしたかと思うと、氷の中の少女が浮上を始める。
どうやら、氷の内部だけを溶かしているらしい。
やがて少女が氷の最上部に着くと――

「おとうさんっ、お願い!」
「ああ!」

 僕が返事をするのと同時に、氷の最上部の一部分だけが水に変わり――水と共に、少女が流れ落ちてくる。

「…………うん、大丈夫! 身体は冷えてるけど、ちゃんと生きてる!!」
「――ッ! やったあああっ!!」

 受け止めた少女の脈を調べ、大丈夫だと告げると、喜びの声を上げるイリス。
きっと少女が助かった嬉しさ以外にも、助ける事ができたという、達成感もあるのだろう。

「フィアナ、封印の状態は?」
「……私が保護した方も、イリスちゃんの氷の再生成も問題無し。――成功ね」

 そう言って、安堵の笑みを浮かべるフィアナ。
僕もフィアナに笑みを返し――同時に懐から陽光石を取り出し、聖術を使う。
光石に宿る陽光の力を用いて使う術は――『暖光(だんこう)』。
文字通り、暖を取るための光球を生み出す術で、これで少女を温められればと思ったのだけれど。

「――ごめんフィアナ、もう一仕事お願い。……この子、やっぱりイリスと同じ『ホムンクルス』だ」

 思った通りというか……少女の服は温まっているのに、身体が温まる気配が無い。
聖術の効果が全く届いていない。
効きにくい人も居るには居るが、全く効果が出ないのは、『祝福』を持たない人造生命『ホムンクルス』の特徴。

「――やっぱり。わかった、すぐに」

 フィアナも、どうやら少し予想していたらしい。
応えながら僕から少女を受け取ると、早速周囲の火の精霊に干渉し、少女の周りの温度を上げていくフィアナ。
すると、『暖光』の光に手を当てていたイリスが、少女の顔を覗き込む。

「わたしも手伝えるかなぁ……」
「んー、火の精霊さんは元気だから、加減が難しいの。今は止めておいた方がいいわ。今度、一緒に練習しましょう?」
「うん!」

 そうフィアナとイリスが話してる間にも、顔色がみるみる回復していく少女。
――そして。少女が目を覚ます。

「……ん……、……あれ……?」
「――気がついた? 私が見える……?」

 少女の眠たそうな瞳を覗き込み、優しく問いかけるフィアナ。

「……あなたは……だぁれ……?」
「私はフィアナ。あなたは……?」
「……わたし……?」

 フィアナの問いに、不思議そうに首を傾げた少女は、すこし考える様な仕草をして。

「……わたし……たぶん、『アリア』……。でも、わたしは――アリアは、だれ……?」

 少女――『アリア』は、これが素なのか目覚めたばかりだからなのかは分からないが、少し表情に(とぼ)しい様に見える。
それでも――そう言った少女の顔には、確かに困惑と悲しみの色が見えた。
 ――この子、記憶が……?
イリスの時とは違い、魂はちゃんと存在していた。
何より名前はあったのだから……封印される前は、ちゃんと『暮らして』いたのだろう。
それなのに、記憶が無い。
僕が、どうしようかと考えを巡らせていると――フィアナが口を開いた。

「……大丈夫よ、アリア。――あなたは、ずっと長い間、眠っていたの。
 だから……眠る前の事を、ちょっと忘れてしまっているのね……」
「……わたし、ずっと眠って……? わたし、ひとり……?」
「「「 …………っ 」」」

 その言葉に――僕たちは揃って悲痛な想いを抱く。
この遺跡は、数百年単位で放置されていたもの。
そこに封印されていた以上、アリアを知る者が生きている可能性は……無い、だろう。
――掛ける言葉がみつからない。そんな中、口を開いたのは、またもフィアナ。

「……ごめんなさい。あなたの家族が居るかは、私にはわからない。……でも――」

 一度、言葉を切って、様子を伺うフィアナ。
少女は――相変わらず表情に乏しいながらも、真っ直ぐにフィアナを見ていて。
それを確かめたフィアナは……覚悟を決めた様に、言葉を紡ぐ。

「――あなたが、もし一人なら。私があなたの家族になってあげる。……だから、あなたは一人じゃない。
 ――今は、それじゃダメかな……?」

「……っ」

 その言葉を聞いた彼女は、微かながら驚いた様に目を見開き――
「――わ、っと。……アリア?」
 フィアナに抱きついたアリアは――温もりを求める様に、フィアナの胸元に額をこすりつけ……口を開く。
「……ダメ、じゃない。……ありがとう。フィアナ……おかあさん」
 そう言ってフィアナの胸にしがみつく様子は……やっと親の元に帰り着けた迷子、そんな風に見えた。
「――良かったね、アリアちゃん?」
「……あなたは、だぁれ……?」
 僕にも訊いてくるアリアちゃんに、頭を撫でてあげながら答える。
「君のおかあさんのお友達、カリアスだよ。――多分、君とも一緒に暮らす事になるから……よろしくね?」
「……うん。……よろしく、おにいさん」

 ……と、僕も挨拶をしていると――やっぱりというか、イリスも声を掛けに来た。

「わたしもよろしくね、アリアちゃん?」
「……あなたは……?」
「わたしはイリス。多分、あなたと同じ『ホムンクルス』だよ?」
「……わたしと……おんなじ……? ……じゃあ、おねえちゃん……?」
「 ! ……うんっ! 仲良くしてね?」
「……うん。……よろしく、おねえちゃん……!」

 そう言って、手を取り合って微笑み合うイリスとアリアちゃんは……出会ったばかりだというのに、どこからどう見ても『姉妹』にしか見えなかった。

「さてっと。じゃ、とりあえずはここ出ようか……あ。フィアナ?」
 少し思いついて、アリアちゃんを胸に抱くフィアナに声を掛ける。
「何?」
「この空間、カモフラージュ出来ない? 一度(ふさ)ぎ直せれば、一番いいんだけど」
「出来るけど……」
「後日、調査に入ることになるだろうけど――他の人間に荒らされると面倒。
 ……それと、なんだかイヤな予感が消えない。――下手な人間が入るとマズイ気がする」

 僕のイヤな予感は、実は良く当たる。皮肉にも良い予感の数倍の確率で。
……しかも、今回はそれなりの裏づけもある。

 思い出すのは――レミリアの託宣。
『イリスが街を襲う厄災を防ぐ鍵になる』というものだが……。
アリアちゃんは、イリスが居なければ見つからなかった。そして――何かの封印に、深く関わっている可能性が高い。
ならば……この先に封印されているモノは――

「なるほど、ね。――ん、了解。ちょっとこの子をお願い」

 ――え……?
ごく自然に、抱いていたアリアちゃんを僕に預けるフィアナ。……それ自体は自然だし、僕も異論が無い。
ただ気になったのは、フィアナのセリフ。
 今はアリアちゃんを受け取り、様子を見る事に。……ニヤニヤ笑いをこらえながら。

「『――集え大地の精霊。寄り集りて壁となり、行く道遮る蓋となれ』」

 詠唱の完成と共に、一度崩した壁が再生する。音が収まる頃には、空間があった形跡は完全に消えていた。
――これなら、教えない限りは誰も分からないだろう。
そして僕は一つ確認をするため……ヒクつく頬を必死で抑え、ごく自然な顔と動作で、ある試みをする。

「お疲れ様。――はい」

 そういって『ごく自然に』、アリアちゃんをフィアナに『返す』。
――『当然の事の様に』、アリアちゃんの手を握り、フィアナが言う。

「ん。ありがと。――さ、早く出ましょう? アリアを早く出してあげたいし――って、どうしたの? 何か変な事あった?」

 変な事は一切無かった。むしろ自然で――早くも自然過ぎる言動だった所が、妙に僕の衝動をくすぐるわけで。
……何より、完全に無自覚なところが――もう限界近い。

「く……っ! ……い、いいや? ――た、ただ単に『馴染むの早いな』とか、『人の事言えないな』とか、かな……?」
「――え?」
 そして意外にも、最後のトリガーを引いたのはイリスだった。
「フィアナさん、もうすっかり『おかあさん』だね♪」
「……え? ……あ!!」
「あははははははははっ!!」

 笑いの衝動が収まるまで、しばらく時間がかかった。

「あー、楽しかった」
「もぅ、しつこい……!」

 と言いながらも、アリアちゃんをおんぶしているフィアナ。
そう言う僕もイリスをおんぶしているのだから、フィアナの事を笑えないのだけれど――
僕の親バカはもう言われ慣れているので、最早不自然ではない。

 壁を直して、遺跡を出ようとした僕たち。そこで問題になったのが、アリアちゃんが歩けるか、という点だった。
試しにちょっと歩かせてみると……歩けない事はないのだが、かなり危なっかしい。
恐らく、身体が歩き方を忘れかけているのだろう。
とりあえず僕がおんぶして帰ろうとしたところ――フィアナに袖を引かれた。

「――いい。……私がおんぶして行く」

 ……もう一度笑う場面だったかもしれないけれど……頬を紅らめて言うフィアナを『可愛い』と思ってしまったため、笑えなかった。――本人には言わないけど。
それで。おんぶしてもらうアリアちゃんを羨ましく思ったイリスが、『わたしも』と言いだし、こうなった。

 そうして帰路につき、今に至るわけだが――

「ねぇフィアナ?」
「……何よ?」
「君も親バカ、結構似合ってる」
「ッ……!? ううぅ……! 悪い気がしない事に腹が立つ……!!」

 と、からかい半分、本心半分で楽しんでいると。
背中の幼子二人は、仲良く顔を合わせて、ときどき手を握りあったりして遊んでいた。
 ……きっと傍目からは、仲の良い姉妹にしか見えないだろう。
――え? ちょっと待てよ……?
『姉妹にしか見えない』少女達を背負っている一組の男女。
……傍目にどう見える? そんな事に思い至り、一気に頬が熱く――

 ――う、うん。落ち着こう。相手はあのフィアナだぞ? ……フィアナ、なんだよな。

 ……悪い気がしない。むしろ心地よく思っている自分に気づき――戸惑う。
一方、僕がそんな事を考えている横で、当のフィアナはというと――僕の戸惑いになど、まったく気付いた様子も無く。
――何かムカつく。

「 ? どうしたの、カリアス?」
「……別に?」
「?」

 ……少し足を速めたい僕だったが――僕の背中にいるイリスと、フィアナの背中にいるアリアちゃんの仲が睦まじいため――
結局、仕方なく、フィアナと肩を並べて歩く事にした。
……言い訳だと、自覚はしているけれど。



   ◆◆◆次回更新は6月12日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く