第三話 雷の魔法少女(3)

作者:宮元戦車

「ら、(らい)()! ふ、服を! 服を着るガオ!」

 全員が慌しく動き、大きな隙が生まれる。

「隙あり!」
「うきゅ!」

 ステッキの柄頭がライトニング・ピュアの鳩尾に直撃する。

「雷花!」

 隆が叫びながら駆け寄る。
 そのままライトニング・ピュアは崩れ落ちた。
 勝ちを望んでおいてこう言うのははばかられるが。

「よ、容赦ないポニ!」

 まさか、変身が解けた相手に対しても躊躇ないなんて。
 そういうと伊丹の変身は解かれていつもの紺色の制服になった。

「お、お前ら! こんなことをしてただですむと思っていないかガオ!? このことはマスコット界へ報告させてもらうガオ!」

 (たかし)は血相を変えて詰め寄る。

「そうはならないさ。念のためにこうやって、準備もしてある」

 伊丹の手にはいつの間にか携帯が握られていた。携帯の表示は録音モード。

「戦闘をけしかけたのは君だということを録音してある。それでも、ボクたちが悪いというのかい?」
「き、貴様! なんて卑劣ガオ!」
「なるほど。こういうことを卑劣というのか。今後の参考にしよう」
「くっ! だ、だからといってガオ! どうして俺達が負けるガオ! おかしいガオ! 明らかに実力だって、お前達は劣っているガオ!」

 隆が地団駄を踏む。

「なぜ、負けたのかわからないのかい?」

 隆に視線を合わせるように膝をつく。

「ド、ドーピングだガオ! それしかないガオ!」
「違う。情報量の差さ」
「ど、どういうことガオ」
「ボクは事前にパートナーからライトニング・ピュアが打撃系であること。高速移動ができること。方向転換ができないことなどを教えてもらった。これだけわかれば、かなり有利となる」
「ぐっ」

 隆が悔しそうに俯いて呻く。

「対して、君はライトニング・ピュアに何もアドバイスしなかった。つまり、パートナーとしての能力の差が勝敗を分けたのさ」

 伊丹(いたみ)……。そんな風に言ってくれるのは純粋にうれしい。

「こ、この!」

 隆が顔を上げて激昂するが――。

「あなた……」

 小さな声。見れば、ライトニング・ピュアは立ち上がっている。

「……少し威力が足りなかったか?」

 伊丹がステッキを上段へと構える。
 再び場に一触即発の空気が流れる。

「すっごーい!」

 しかし、それを打ち払ったのは他でもない雷花の歓喜の声だった。
 目を輝かせて、雷花が伊丹に迫る。無論。全裸で。

「強い強い強ーい! あなた強いねー!」
「それはありがとう。それより服を着てくれ」

 突然の変化に驚くことはなく、伊丹が冷静に対応する。

「うん! ちょっと待ってねー。へ~んしん」

 雷花が小さく呪文を唱えると、魔法の粒子が生まれてそれが集まり、魔法少女の服となり物質化する。

「大したものだね。まるで魔法だ」
「いや、魔法だからポニ」

 自覚ないのかよ。

「ああ、そうか。ボクもちゃんとした魔法を使えるんだったね」

 伊丹の魔法は魔法を打ち消すことだけに特化している。つまり、伊丹の魔法は他の魔法がなければ役に立たないものだ。
 無論、魔法の粒子を集めて魔法少女の服やステッキを作ることくらいはできる。
 しかし、逆に言えばそれしかできない。まるで対魔法少女用の魔法少女だ。

「あははは。すごいねー」

 雷花が笑顔を見せる。

「ああ、生のライトニング・ピュアだポニ」

 この笑顔を見るだけでも人間界に来てよかった。

「それでボク達は君に聞きたいことがあるんだが」
「なになに?」

 雷花が好奇心と好意を表に出しながら、聞いてくる。

「それはだね――」
「雷花! そいつらは敵ガオ! 魔法少女に仇なす敵ガオ! 怪我が大したことないなら、早く戦うガオ!」

 言いかけた伊丹を無視するように隆が怒鳴る。

「んー、また戦ってもいいけど、今日はもういいや。だって、面白かったんだもん。それでそれで聞きたいことって?」
「雷花! 言うことを聞くガオ!」
「えー」

 雷花が子供らしく唇を尖らせる。

「ほら、とっとと追い出すガオ! もしかすると、例の件に関わっているかもしれないガオ!」
「……むー」

 段々と雷花の表情が険しくなっていく。

「早くするガオ!」
「――うるさい」
「ぶげ!」

 雷花が隆を拳で殴り飛ばす。
 見事に隆の鼻面に突き刺さったため、隆は崩れるように意識を失った。

「あー、すっきりした」
「ボクもあまり好きではなかったが……、あんなことをしていいのかい? パートナーだろ?」
「パートナー? ううん。一緒にお芝居やる人ってだけだよ」

 共演者って意味か。
 最近の魔法少女とマスコットは随分と信頼関係が薄いな。

「それで聞きたいこととはある事件のことなんだが、四日前に男女が争っているところを目撃したんだって?」
「うん。それを撮影が終わった後にお巡りさんに言ったの。でも、すぐにお母さんが来て忘れなさいって。なんだかお母さん、怖かった。別人みたいに」

 雷花が悲しそうに俯く。

「その男女のことを詳しく話してくれ」
「んとね。こないだね。ライトニング・ピュアのライブが終わったときに喉が渇いたの」

 子供らしい雷花の言い方に思わず、和んでしまう。

「……そのときの時間は? そもそも、どこでライブが行われたんだい?」

 全く子供らしくない伊丹の聞き方に耳を疑ってしまう。

「んと、ライブが終わった後だから、夜の十一時……ちょっと過ぎだったかな。場所はここだよ!」
「それで? 君が見た争っていた男はもしかして、この人かい?」

 伊丹が制服のポケットから宮本勇の写真を見せる。もしかしたら、目撃者かもしれない情報に伊丹の目が輝きを増す。

「うーん。ちょっとしか見てないからよく覚えてないよー」

 雷花は困ったように首を傾げる。

「そうだ! 何か思い出せる魔法とかないかな?」

 雷花が無邪気に伊丹に問う。

「人の精神面に干渉する魔法はないポニ。いくら魔法少女といっても限界が――」
「あるとも」

 答えたのは伊丹だった。

「え!? 伊丹、どうしてそんなことを言うポニ!」
「雷花。まずは目を閉じて欲しい」
「うん」

 伊丹の言葉に頷いて雷花が目を閉じる。
 何をするつもりなんだ。

「マジカル・催眠術」

 伊丹の手のひらにピンク色の魔力が集まる。

「な、なんだポニ!」
「どうやら、魔法を無効化する以外のボクの魔法らしい」

 手のひらを雷花の頬にくっつける。

「ふわー。すごく気持ちいい」
「いやいや! おかしいポニ! 催眠術を使う魔法少女なんて聞いたことがないポニ!」

 そもそも、そんな魔法は全ての属性を遡っても聞いたことも見たこともない。ますます不思議な属性だ。

「静かに!」

 伊丹の叱咤で俺は口を噤む。確かに今は情報が優先だ。でも、絶対に後で追求する。

「……ほら、段々と眠くなってくるだろう?」
「うん! なんだか……眠たくなってきたかも」

 雷花の目から輝きが失われてとろんとした瞳になる。

「さぁ、深呼吸して……。君は男の人と女の人が争っていたときを鮮明に思い出す。そう、匂いや感触まで……」
「う……ん……おもい……だす」

 雷花が目を閉じる。

「次に目を開けたとき、君は全てを思い出す。さぁ、目を開けて」

 伊丹の言葉に雷花は目を開く。

「あ! この人だ!」

 雷花が写真の男性を指さす。

 ……当たっていた!

「伊丹……」

 我知らず、伊丹の名を呼ぶ。

「ああ、本当に知りたい情報はここからだ」

 俺達が知りたいのはその男性を殺した相手。
 今のところはその女性が最も有力な候補だ。

「女性については……何か気づいたことはないか?」
「んー、なんかね。どこかで見たような気がしたの」

 雷花の知り合いか? まさか、さすがに自分の親である二階堂(にかいどう)真木(まき)とかではないだろうが。

「……もしかすると、この女性か?」

 次に取り出したのは萌子(もえこ)の写真だった。
 しかし、最近の写真が見つからなかったのだろう。かなり若いときの萌子が制服を着て笑っているバストアップの写真だった。
 恐らく、十四、十五くらいの頃だろう。

「いや、さすがに萌子ではないポニ」

 宮本(みやもと)(いさむ)(たちばな)萌子はかなり前に別れている。それからも互いに接点は皆無だった。それは伊丹も知っているはずだが。
 伊丹の意図がわからず、少しだけ混乱したが――。

「――あ、この人だ」

 な!?

「それは本当かい?」
「うん。本当だよ。間違いなくこの人だよ」
「なるほど。……それはつまり」

 それはどういうことか問いただそうとしたが――。

「二階堂雷花さーん! 二階堂雷花さーーん!」

 遠くから男性の声が聞こえた。どうやらいなくなった雷花を心配したスタッフが探しているらしい。

「あ、出番だ。そろそろ行かないと――。もういい?」

 雷花が倒れている隆を掴んで、無邪気に問いかける。

「最後に一つだけいいかい?」
「うん。いいよ」
「『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』のデカ・ピュア。彼女について何か知らないかい?」
「あー、あの人なら昨日、お母さんと喧嘩してたよ。えっと、早く私に会わせろとか自分に都合の良い情報ばかり渡すなとか怒ってたのを隠れて見たよ」
「……どうやらピュアと真木は情報だけの関係のようだね」

 伊丹は言い切る。

「よし、それなら説得もできるかもしれないな!」
「いや、下手をすれば、地位も名誉も失う行動まで取ったという動機がわからない以上、気をつけたほうがいい」

 ……あの憎しみは尋常ではなかったが。

「あ、それじゃあ、そろそろ行かないと。また戦おうね! 今度は負けないから!」
「できれば、遠慮したいところだけどね」

 確かにあれほどの才能だ。次は下手をすれば負ける可能性もある。

「というか、もう話はいいのかポニ?」

 まだ聞きたいことがあったのではないのだろうか。

「いいんだ。この事件が見えてきたからね」

 見えてきた……? まさか――。

「まさか、本当に萌子が宮本勇を殺したと思うポニ?」

 俺の問いに答えは――。

「…………さて」

 答えはない。

「ふざけるなポニ!」

 俺は怒鳴り声を上げる。しかし、そんな俺の様子にも伊丹は冷徹な目をしていた。

「萌子はそんなことをしないポニ! 萌子だけは絶対に!」

 人を殺したりはできない。
 彼女は――。

   ○

 それはもう古い話になってしまった。
 初めて、『魔法少女プリティ・モエコ』の撮影がスタートしたとき。
 俺が作った初のゴーレムがオーディションで決まった少女を住宅街で襲うというものだった。

「ニャオォォォォ!」

 岩で作られた巨大な猫。岩だけあって、色は土そのものの色をしているが、それでも、その石の爪とプリティ・モエコの三倍はある体躯は圧倒的だった。

「ウニャアアアアア!」
「きゃあああ!」

 記憶の中で巨大な猫のゴーレムが姿も忘れてしまった少女に襲いかかる。

「プリティ・モエコ!」

 俺が叫びながら、密かに合図を出す。

「う、うん。うーん!」

 プリティ。モエコが力を集中する。徐々に魔力が集まる気配。

「ファイア・ロンド!」

 叫びと共にプリティ・モエコの手から視界を覆い尽くすばかりの炎が燃え広がった。

「ニャアアアアア!」

 炎を受けた猫のゴーレムの体が崩れていく。
 プリティ・モエコの魔法は一見、派手に見えるが、実際は大したことがない威力だ。ゴーレムも最弱の設定で作らなければ、倒すどころか傷つけることもできないだろう。

「あ、あぁ」

 見ると、ゴーレムに襲われる役の少女が初めての魔法に腰を抜かしていた。

「……ぁ、ぁう」

 さすがに魔法を見たことがない人間にとっては刺激が強すぎたか。

 ……俺には関係ないことだが。

 そう思って、視線を外そうとしたが、少女と目が合ってしまった。
 『魔法少女プリティ・モエコ』の企画の段階で俺はテレビ局に対して印象が悪い。そのことでマスコット界から、人間に対してもっと愛想を良くするように注意を受けたばかりだった。

「あー、だ、大丈夫ポニ?」

 とりあえず、無難に言ってみるが、返答がない。

「もう大丈夫。魔法少女が助けたからポニ」
「あ」

 初めて、少女の顔が上がり、俺の顔を見る。

「つ、次はもうちょっと可愛いゴーレムを――」
「かわいい!」
「ぐえええ!」

 俺の言葉を遮って、少女が俺を強く抱きしめる。その間に、撮影は順調に終わったが――。
 撮影後、なんとか少女から逃げ出した俺は撮影現場の隅で体育座りしているプリティ・モエコを見つけた。

「どうしたポニ? 撮影は上手くいったポニ」
「ゴーレムがかわいそう」

 そう言って、萌子は悲しそうな顔をしていた。

「じゃあ、やめるポニ?」
「ううん。やる。私はみんなの気持ちに応えたいから」

 ゴーレムが壊れて悲しみながらも、前を向くその姿に徐々に俺は影響されていった。
 純粋で子供のような萌子。
 それは最後まで治ることはなく、そのせいできっと人に騙されて……。
 考えるたびに後悔が渦巻く。
 きっと萌子はあのままの性格で変わらずにいたのだろう。
 だから、人を殺したりはしないはずだ。

   ○

「萌子は絶対にそんなことをしないポニ!」
「ワトソン。君の萌子に対する気持ちはわかる。けど、ボクは探偵だ。だからこそ、真実からは目を背けない」

 そんな真実あるはずがない。

「伊丹にわかるはずがない! それだけは絶対に――あ、昨日、伊丹の家に泊まったときに俺に催眠術をかけたポニね!?」

 なんだか妙だと思ったんだ!

「催眠術はすまない。ちょっと実験としてかけさせてもらった。でも、まずは落ち着いて状況を把握してほしい」

 確かに今更怒ったところでどうしようもない。

「そう、だなポニ」

 まだ決定的ではない。萌子じゃないという可能性だってある。それを信じればいいんだ。

「それにボクは別に橘萌子が宮本勇を殺したとは言ってないよ」

 そうなのかよ! じゃあ、今までの俺の葛藤は!?

「言い方が悪いポニ。それを早く言ってくれれば……」
「可能性の問題だよ。今は橘萌子が宮本勇を殺したという可能性よりも高い可能性が存在する」
「それで? 他の高い可能性というのはポニ?」

「まずは情報を整理しよう。三月二十日の午後十一時を少し過ぎた頃、宮本勇と争う橘萌子の姿を二階堂雷花が目撃した。そのあと、三月二十一日の午前一時に宮本勇が刺殺された。更に同日の午前四時、元魔法少女のプリティ・モエコがバラバラになって殺された。どうやら、魔法でバラバラにされたようだ。そして、その事件を解明するために乗り出したのはデカ・ピュア。そして、ワトソン。君だね」
「ああ、そうだポニ」

「君は橘萌子が住んでいたアパートでボクと出会った。そして、デカ・ピュアは目撃者である雷花にたどり着き、母親である二階堂真木に協力を依頼した。しかし、都合の良い情報しか渡さない真木とデカ・ピュアは仲違い寸前。真木はデカ・ピュアが邪魔になってボクらにデカ・ピュアを疑わせる情報を教えた」
「結局、犯人には何も結びつかないポニ」
「大丈夫。ここまで来れば犯人はわかるよ」
「本当ポニ!?」
「ただ、その答えはもっと酷い真実かもしれない」

 もっと酷い真実?

「それでも、知りたいのかい?」
「知りたいポニ」

 今度は迷わなかった。

「さて――。じゃあ、行こうか」
「行くってどこにポニ?」
「真実を――暴きにだよ」
「ほ、本当にポニ!? つまり、犯人がわかったポニ!?」
「恐らく」

 真実はわかったはずだ。それなのに、伊丹の表情は変わらない。
 それは……真実が酷く残酷なためだろうか。


《つづく》

◆◆◆次回更新は4月14日(火)予定です◆◆◆

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