エピローグ

作者:宮元戦車

 四月二日。
 俺は鉄格子で区切られた部屋の前に立つ。中は六畳一間の狭い部屋になっており、そこにトイレやベッドも全て詰め込まれていた。

「久しぶりポニ」

 俺は部屋の中でベッドの上で本を読んでいる囚人服を着た萌子(もえこ)に声をかける。

「久しぶりね。どうしたの?」

 ここは人間用に作られたマスコット界の留置所だ。

「今日でお別れだから挨拶に来たポニ」

 萌子はマスコット界で魔法を封印する処置が施された後、人間界の刑務所に輸送される。そこに行ったら、二度と萌子に会えない。

「そうなんだ。ねぇ、もう一回、私のパートナーにならない?」
「戦いの時も言ったけど、それは無理ポニ」

 萌子の誘いに俺は首を振る。

「なーんだ」
「……でも、ずっと待っているポニ。今度こそ、逃げないで待っているポニ」

 どれだけ罪を犯しても。
 あの日々は消えたわけじゃないから。

「友達、だから」

 この一言が言いたかった。
 俺の言葉に萌子は嬉しそうな顔をする。

「そっか。じゃあ、またね」
「ああ、また」

 俺は萌子に背を向ける。

   ○

「あのね。ボクは魔法少女なんだよ。だから、魔法で犯人を当てるね」

 古い洋館の一室。十五畳ほどの広い空間、豪華な装飾が施されたカーペット、火が付いた暖炉、どれも値段が付けられないほど高級なワイン棚や食器棚。
 その場にいたのは三人の男女と俺を抱きしめた伊丹(いたみ)だった。

「は!? 何を言っているんだ! ばかばかしい!」

 一人は厚手の赤いガウンを羽織った白髪と黒髪が混じりの初老の男性。

「まぁまぁ子供の言うことだから」

 もう一人は長身で優しい笑みを浮かべる白い作務衣を着た男性。気弱そうで見るからに頼りない。

「あほらし」

 最後の一人は胸元が開いたワンピースを着た若い女性だった。どうでも良いというように視線を逸らしている。

「ねぇ、おじさん。魔法をかけてもいい?」

 伊丹は――初老の男性に声をかけた。

「くだらん! 断る!」
「あー、おじさん、怖いんだー」
「なんじゃと! わかった! 魔法をかけてみるといい!」

 安い伊丹の挑発に初老の男性は眉をしかめて怒鳴りつける。

 魔法って……一体、何をするつもりなんだ。伊丹。

 犯人を見つける魔法なんて便利な物はマスコット界に存在しない。

「じゃあ、これを見て。マジカル・催眠術」

 伊丹がピンクの魔力を宿した手を初老の男性に見せる。

「そのあとで深呼吸。そうゆっくりと、深く――。不安や嫌なことを全て心の奥にしまって」

 徐々に初老の男性の目がとろんしたものに変わる。

「さぁ、不安や嫌なものを全て黒く塗りつぶして。黒くどこまでも真っ黒にやがて、その黒の中に沈んでいく。その黒は安らかになる。静かで。安らかに」

 初老の男性は完全にトランス状態だ。

「ここはあなたにとっての安息の場所だ」
「は、い」

 初老の男性は伊丹の言葉に頷く。

「でも、何か怖いものがやってくる。大切なものを隠さないと。さぁ、ボクが持ってくるよ。どこになにを隠しているんだい?」
「……本棚の……裏」

 それを聞いた伊丹が本棚の裏を探す。
 そこには――血でべったりと濡れた燭台があった。

「きゃああああああ!」
「嘘だろ……」

 男女の悲鳴が館に木霊する。

「これが魔法の力さ」

 それを聞いて伊丹が得意げになる。

 いや、それ違うだろ!

   ○

 見事に洋館の殺人事件を解決した伊丹は洋館の二階の人気がない廊下の窓から警察に連行されてパトカーに入る初老の男性を見つめる。

「魔法少女になって犯人の逮捕が随分楽になったよ」
「催眠術は魔法じゃないポニ! もっとこう……魔法少女っぽい魔法を使ってやってほしいポニ!」

 伊丹の足下にいる俺が文句を言う。

「ふむ。とりあえず、ステッキで一人一人容疑者の爪でも剥ぐか」
「怖いポニ!」
「でも、ボクが他の魔法少女との戦闘以外で使える魔法といえば、催眠術くらいしかないんだけどね」
「……そういえば、そうポニ」
「他の魔法少女が事件を起こすまでは攻撃魔法を使う機会は少なそうだね」
「……それはそうポニけど」

 なんか納得がいかない。俺が求めていた魔法少女と違う。

「む。ちょっと待ってくれ。――はい、もしもし」

 伊丹がポケットから震えるハートやリボンなどの可愛い装飾が施されたピンクの携帯を取り出してスピーカーフォンのボタンを押す。

『私だ』

 携帯からはデカ・ピュアの声が聞こえてくる。
 デカ・ピュアは『魔法使いプリティ・マキーナ殺人事件』で命令違反の独断専行した罪により、マスコット界の刑事課からクビになる――寸前だったが、これまでの功績により魔法少女専門の事件を取り扱う特殊刑事課に異動になってしまった。
 つまりは俺たちの上司というわけだ。

『先日、元魔法少女が池袋で殺された。検死によると拷問に似た形跡があるそうだ。それだけではなく、人間業とは思えないため、犯人は魔法少女によるものと断定した』
「なるほど。変わった事件みたいだね」
『……上司に対して口の利き方に気をつけろ』
「すまないね。ボクは上司という存在になれていないからね」
『容疑者らしき人物を警察が確保したそうだが、どうやら彼女は現役の魔法少女らしい。さっそく話を聞きに行ってくれ』
「わかった。すぐに向かうよ」
『それと……その、そこにぽにたんはいるか?』

 ぽにたん……。デカ・ピュアが俺のマスコットネームを言うなんて初めてだ。
 何か用事でもあるのか?

「……いないよ。じゃあね」

 伊丹が俺を見て、すぐに電話を切ろうとする。
 おいおい。

『待て。なんだ。その沈黙は。そこにいるんだろ?』
「どうかしたポニ?」
『……う、ああ、その、この前、食べたランチがなかなか美味くてな。それで――』

 会話の途中で伊丹は電話を切る。

「なんか言おうとしてたポニ」

 携帯を切った伊丹が俺に向き直る。

「気のせいさ。ワトソン。事件だ。どうやら、魔法少女に関係しているようだ」
「わかったポニ! ……って、ワトソンって言うなポニ!」
「なんだ。萌子の戦いのときに自分のことをワトソンって言ってたじゃないか。認めたんじゃないのかい」
「あれは方便ポニ」

 あれからも魔法少女による事件が多発していた。
 どうやら前々から魔法少女による事件は起きていたらしいが、マスコット界まで情報が届かなかったようだ。
 しかし、橘萌子の事件を経て人間界自体の事件が見直された今、対魔法少女である伊丹に依頼が来るようになった。

「……伊丹! 今度こそ、もうちょっと魔法少女っぽいやり方で解決するポニ!」

 伊丹のパートナーになってわかったのだが。
 初めて会った人物を犯人扱いする。容疑者に催眠術をかける。事件解決のためには盗みもする。
 伊丹は全く魔法少女らしくない!

「わかったよ」

 しぶしぶと伊丹は頷く。

「じゃあ、行くポニ!」

 でも、今度は目を離さない! 俺は伊丹を真っ当な魔法少女にしてみせる!


《おわり》

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