第二話 懐かしい記憶(3)

作者:宮元戦車

「ところで、妙に人が少なくなったと思わないか?」
「……え?」

 人気がないところに来たせいだと思っていたが……違う! 魔力の気配を感じる!

「これは結界魔法ポニ!」

 真っ直ぐに伸びた平坦な道の先には一人の影が見えた。
長身、赤いポニーテール、そして、漆黒のスーツ。

「あれがワトソンから聞いた『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』のデカ・ピュアか」

 あれ、そんなこと言ったっけ?

「ちょうどいいところに来た。是非、事情を聞かせて――」
「――ひとつだけ言っておく」

 デカ・ピュアが呟く。

「伊丹!」
「なんだい?」

 俺の緊迫した声に伊丹はデカ・ピュアに近づこうとする足を止めた。

「――この案件から手を引け」
「な、何を言っているポニ?」

 いきなり現れてなんだと言うのだ。

「……そもそもどうして、いきなり、マスコット界からいなくなったポニ! デカ・ピュアはもうこの事件から外されたポニ!」
「そうだ。私は外されて、お前達がこの事件の担当となった。だからこそ、私はやらねばならない。私の力で」

 デカ・ピュアが真っ直ぐに俺を睨む。その瞳の力に押されるように、思わず後ろに下がる。

「何を……何をするつもりポニ!? もしかして、本当にデカ・ピュアはこの事件に関係があるのかポニ!」
「それは黙秘させて頂く。しかし、渡瀬翼」

 デカ・ピュアが俺を凝視する。その瞳には、暗い色が宿っていた。

「お前だけには負けるわけにはいかない」

 え?

 デカ・ピュアが銀色の十字架をしたペンダントを掲げる。

『レッツ・ストマックキャッチ!』

 ペンダントが機械音でしゃべり出す。
 瞬間、光がデカ・ピュアの体を覆う。

 まさか、ここで戦う気か!?

 光が収まった時、そこにはいくつかの赤い金属が体の急所部分に張り付いた赤色のドレスを身にまとい、手には魔力を高めるために宝石がついた赤いグローブをつけた少女がいた。
 かつて、『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』のデカ・ピュアはその赤を基調とした衣装で数々の戦いを制してきた。
 これは彼女の完全な戦闘態勢だ。

「しょうがないな」
「だ、だけど!」
「彼女は何かを知っている。それは次の手がかりを示す鍵だ」
「一撃必殺! 炎の力! デカ・ピュア! 推して参る!」

 デカ・ピュアが拳を胸の前で構える。拳に炎が宿っていた。構えはボクシングそのもの。この構えは『魔法少女ストマックキャッチ・ピュア』が放映していた頃から変わっていない。

「向こうはどうやら、やる気みたいだ」

 確かに話を聞く雰囲気ではない。だからといって……。

「駄目だポニ! 向こうは百戦錬磨の魔法少女ポニ! 対して、こちらはただの中級ゴーレムを撃破したくらいポニ!」

 相手とのレベルが違いすぎる。

「しかし、ここで逃げるわけにもいかないからね。――くりみなる☆じゃっじ」

 伊丹が手帳を取り出して、目を瞑る。伊丹の想像力に感応して手帳が光り輝く。輝き終えた後、伊丹の姿は魔法少女へと変化していた。

「――ジャッジメント・ステッキ」

伊丹の手にはステッキが握られる。

「ステッキか……」

 同じ魔法少女との対戦だというのにデカ・ピュアには焦りが見当たらない。
 駄目だ。二人とも俺の話を聞いてくれそうにない。
 
……仕方がないか。

「まともには戦わないほうがいいポニ! ステッキを利用してなんとか相手を懐に入らせないほうがいいポニ!」

 なら、せめて、サポートぐらいはしてやらないと。

「大丈夫だ」

 伊丹が断言して、ステッキを正眼に構える。尺は短いが、それでも、無手相手ならリーチは十分に取れる。
 後は自分の間合いを保てば――。

「――遅い」

 思考の合間を縫って、デカ・ピュアが伊丹の懐に一瞬で間合いを詰めて来た。

「は、速いポニ!」

 テレビで見ていた。いや、それ以上の速度だ。瞬きの時間すらなかった。

「くっ!」

 慌てて、伊丹が地を蹴って距離を取ろうとするが――。

「ストマックキャッチ!」

 低く落とした体勢からのボディブロー。炎をまとったデカ・ピュアの拳が伊丹の鳩尾を打つ。

「が、はっ!」

 直撃した伊丹は吹き飛ばされる。そのままアスファルトの上を何度も転がる。

「伊丹! 大丈夫ポニ!」

 ようやく止まったところに慌てて駆け寄るが、伊丹は意識を失っていた。

 ……強い。魔法を使う暇すらなかった。

 さすがデカ・ピュア。格闘系最強の魔法少女――通称『炎の戦女神』だ。

「やはりな。その程度で他の魔法少女をなんとかしようなんて思うな!」
「こ、こんなもんじゃないポニ! もっと経験を積んで、技を使いこなせるようになれば――」

 デカ・ピュアがじろりと俺を睨みつける。

「どうして、お前は……」

 しかし、その眼差しは徐々に力が弱く、泣きそうなものへと変わる。

 ……え?

「どうしてお前のパートナーはそいつなんだ」
「……何の話ポ二?」
「なぜ私じゃなかった!」

 デカ・ピュアが俺に詰め寄る。

「え、どういうことポニ!」
「答える義務はない。力の差はわかったはずだ。今度、お前達がうろちょろしているのを見たらっ!」

 突然、デカ・ピュアが電信柱に向かって拳を打ち込む。

「――全力で叩き潰す」

 それだけ言うと、再び、デカ・ピュアが踵を返す。
 同時にどぉんと、激しい音がして、電信柱が倒れる。

「お、俺は……俺は何を忘れているポニ! 教えてくれポニ!」

 俺の言葉はデカ・ピュアに届いたが、それでも足を止めず、デカ・ピュアは去っていく。
 あれは……萌子を恨んでいたから、元パートナーの俺もついでに恨むという感じではない。
 あれは確実に俺だけを憎悪していた。
 あれほどの憎悪……。考えたくはないが、俺への当てつけのために萌子を殺したという可能性も……。

「……行ったか?」

 地面に倒れたままの伊丹の小さな呟きに俺は思わず、我に返る。

「伊丹! 無事かポニ!」

 慌てて、伊丹に駆け寄る。傷は……伊丹の腹部には小さな火傷、それと探偵服が一部破けているくらいだ。

「無事だ。しかし、想像以上だったな」
「それはそうポニ! デカ・ピュアは戦いなら最強に近いポニ! なのに、どうして戦おうとしたポニ!」

 もしかすると、話し合いで解決したかもしれないのに。

「何を言っている。今の戦いの半分は演技だ」
「……演技ポニ?」

 伊丹が立ち上がって変身を解き、いつもの制服姿に戻る。

「ボクは探偵だからな。別に勝たなくてもいい。――必要な情報さえ手に入れば」

 その手の中には小さな手帳があった。

「い、いつの間にポニ!?」
「なぁに。探偵としてはこれくらい当たり前さ」

 そ、そういうもんなのか。

「……っ」

 不意に、伊丹が膝をつき、脇腹を押さえる。その表情には苦悶がありありと浮かんでいた。

「だ、大丈夫かポニ!? 演技だったんじゃないかポニ!」
「半分だけさ。倒せるつもりなら倒していた。まさか、あんなに呆気なくやられるなんてね。でも、この程度なら大丈夫。すぐに動けるようになるさ」

 伊丹が悔しそうに歯噛みする。

「あそこまでパワーアップしてるなんてポニ」

 テレビ時代よりも格段に強さが増している。

「でも、なんでデカ・ピュアがあんなことを言ってきたんだろうポニ」

 やるべきこととはなんだろうか。

「……それはわからない。しかし、デカ・ピュアは恐らく、二階堂真木と共謀しているのだろう」

 二階堂真木と!?

「いや、だって、接点がないだろポニ?」
「あったさ。二階堂真木の部屋を見たかい? 部屋の中にある机に上にはマグカップがふたつあっただろ?」
「……あ、そういえばあったポニ」
「中身は入っていて、まだ湯気が立っていた。おそらく、ボク達の前に真木とデカ・ピュアは会っていたのだろう。そして、ボク達が部屋から出た後にデカ・ピュアに連絡をした」
「でも、マグカップだけじゃ共謀しているかどうかはわからないポニ」
「このタイミングでボク達をデカ・ピュアが襲ってくるんだ。どう考えても不自然だろう?」

 確かに、あのタイミングの良さは少しおかしいと思っていた。
 どうして、俺達の居場所がわかったのか。どうして、伊丹が魔法少女だとわかったのか。どちらも、俺はまだマスコット界に連絡すらしていないはずなのに。

「現時点で、ボク達が魔法少女とパートナーの関係であることを知っているのはメイドのゴリ子さんと二階堂真木だけだ」
「だけど、二階堂真木はデカ・ピュアが萌子を恨んでいると言っていたポニ。でも、現実に恨んでいたのは俺だったポニ。二人が協力関係にあるのなら、二階堂真木はデカ・ピュアに対して不利な発言なんかしないはずだポニ」
「それはわからない。二階堂真木はデカ・ピュアが萌子を恨んでいると勘違いしたのか。それとも、貶めるために嘘を言ったのか。しかし、確実なのはこの調査を続けられると二階堂真木とデカ・ピュアの両名にとっては困るということさ」
「でも、まだ納得がいかないポニ。……二階堂真木は『魔法使いプリティ・マキーナ』の主人公プリティ・マキーナとして有名だったポニ。正義の象徴みたいな人がそんなことするポニ?」
「さてね。人は変わるもんさ」

 そうかもしれないが……。
 確かに俺は人づてと古い映像でしか彼女の姿を見たことがない。

「納得したかい? それじゃあ、場所を移してこのメモの中身を見てみようか」

 見れば、結界が解けたのだろう。いつの間にか複数の通行人がこちらに向かってきていた。

「そうポニね」

 俺は頷いて、歩き出そうとする。

「君はこっちだ」

 しかし、そういって伊丹は俺を抱きかかえてきた。

「いや、でもポニ」

 伊丹は怪我をしている。あまり怪我に触るようなことをさせたくないのだが。

「君が道を歩いている姿を見られるほうが問題さ」

 それもそうだが。

「苦しかったら、言うポニ」

 それでも、やっぱり、俺は伊丹が苦しい思いをするのは見たくない。

「……ああ、ありがとう」

 伊丹は俺を抱えて、苦痛に少しだけ顔を歪める。結界がなくなったらしく、徐々に人が現れ始める。

「まずいな。早く隠れよう」

 伊丹は足早に人気のない道へと入っていく。

   ○

 ゴミ箱が立ち並び、大人一人が通るのが精一杯な道幅の裏路地を伊丹は進む。

「ふぅ、ここでいいかな」

 完全に表通りから見えない位置についた伊丹が荒げた息を整えてゴミ箱の上に座る。

「大丈夫ポニか?」
「ん、ああ、もちろん。全然平気さ」

 よくデカ・ピュアの攻撃を受けてこの程度でいられるものだ。

「姉から習っていた武道は棒術ポニか?」
「ボクは棒術なんて使ったことがないよ」

 ……え。

「だ、だって、ステッキで戦っていたポニ!」
「姉から武道は棒術ではなく――と、そんなことを言っている場合ではなかった。今はこのメモのほうが重要だ」

 伊丹がメモを開く。すると、伊丹の額に皺が寄せられる。

「な、なんて書いてあるポニ?」
「これは……どうやら、警察の記録をまとめたものらしいな」
「なんでデカ・ピュアがそんなものを? もしかして、俺達と同じく事件を解決しようとしているとか?」
「……それはわからないな。もし、本当に解決しようとしているのならば、二階堂真木とは協力関係にあらず、ただ情報のために従っているということにすぎないのかもしれない」
「きっとそのとおりポニ!」
「安易に信じない方がいい。事件を解決するために動いているのだとしてもやりすぎだ。下手をすれば、今後の地位や名誉まで失う行動だ。ただ単に警察がどこまで動いているかを確認するために記録したのかもしれない。彼女が味方だと思って行動すれば裏切られることだってありえる」

 安易に信用するのは危険か。伊丹の意見は理に適っている。

「ボクとしては彼女も容疑者の一人だ」
「……え!?」
「あの攻撃力ならば、萌子をバラバラにすることだって出来る魔法を隠し持っているかもしれない」

 それは……そうだが。

 伊丹がメモのとある文で目を止める。

「……どうやら、宮本勇が死亡した際に怪しい人物がいたようだ」
「目撃者ポニ!?」

 それは有力な情報だ。

「……宮本勇が死ぬ前に女性と言い争っていたとその目撃者は言っているのだが」
「そ、その女性が怪しいポニ!」

 そこまでわかっているなら、なんで警察は動かない!

「――その目撃者には強い圧力がかかっていて、警察でもそれ以上の詳しい話は聞けなかったらしい」
「そ、そんなポニ」
「一応、目撃者の情報は書いてある」

 伊丹がため息を吐く。

「なんか嫌な予感がするポニ」
「目撃者は二階堂雷花だそうだ」

 に、二階堂真木の娘!?
 そういえば、ライトニング・ピュアのライブが行われた成王子ドームの近くで宮本勇の死体が見つかっていた。

「もしかして、真木があんな態度を取ったのはポニ」
「娘を巻き込みたくなかったからかもしれないな。捜査を妨害するためにデカ・ピュアが橘萌子を恨んでいたなど嘘の情報を教えたとも考えられる」

 嘘? 確かにデカ・ピュアは萌子……というよりも俺を恨んでいた。

「こうなったら、二階堂雷花に会ってみるしかないポニ」
「ボクもそう考えていたよ。一旦、家に戻って、二階堂雷花のスケジュールを調べないといけないな」
「いや、その必要はないポニ!」

 俺は重度の魔法少女マニア!

「彼女のスケジュールくらいは把握しているポニ! それだけじゃないポニ! 芸歴! スリーサイズ! 好きな食べ物! 嫌いな食べ物! 眼球の大きさ! 最近あった嫌なことは『近所の子供に妖怪メダルで攻撃された』とかいうことも完璧ポニ!」
「無駄な凄さだな」
「無駄言うなポニ」
「それでどうすれば、彼女に出会える?」
「……今の時期は成王子ドームでライブだったはずポニ」
「一般人でも会えるのかい?」
「いや、無理ポニ。なんとか忍び込むしかないポニ」
「なら、そうするしかないか」

 伊丹が至極当然というように言い放つ。まるで何度か忍び込んだことがあるような言い方だった。

「……もしかして、初めてじゃないポニ?」
「ご想像にお任せするよ」

 伊丹がにやりと笑ってゴミ箱から降りる。

 これは確実にやったことがあるな。
 不法侵入魔法少女。……いいのか。それで。

《つづく》

◆◆◆次回更新は4月3日(金)予定です◆◆◆

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