『-船上の復讐者たち-』 ◇4 ローゼン

作者:子子子子 子子子

◇4 ローゼン



 自身の船室に戻って数時間後。
 夕飯前に少し睡眠を取っていた晴栄(はるな)は、地に響くような重音で目を覚ました。

「この音は――って、ちょっと待て。どうして、お前が僕のベッドの中で寝ている?」

 聞き覚えのある音にベッドから飛び起きるが、いつの間にか隣にいる橘音(きつね)へ非難するような視線を向ける。

「お目覚めですか、お兄様。無論、それはお兄様の身を守るために他なりません。就寝の最中こそ、迫り来る危険に対して無防備になるのです。あとは心地よい睡眠を提供すべく、この身の温もりで布団を暖めておきました。どうでしょう? この健気な妹を褒めてくれてもいいのですよ?? いや、褒めるべきでしょう!!」
「あー、分かった分かった。今はそんな場合じゃないから、あとにしてくれ」
「ああん! お兄様のいけずぅ……でも、そんなところも素敵です♡」

 布団の中で悶えている橘音を後目に、晴栄は窓辺へと移動する。
 窓越しに見える光景を見ると、思わず息を飲んでしまう。

「やはり、か……」

 窓から見えたのは、灰色に塗りつぶされた船体。
 前部と後部に三連装の砲塔が2基ずつ備えつけられた船――

 つまり、先ほどの音の正体は砲撃音であり、その砲身は今やこの<トラキア>に向けられているのだ。

「しかし、どうして?」

 おそらく、砲撃自体は威嚇(いかく)の空砲だろう。
 しかし、軍艦がどうしてわざわざ旅客船にそのような行為をするのか? 
 晴栄が考えを巡らせていると、慌ただしい足音がドア越しに廊下から聞こえてくる。

「ハルナさん! キツネさん!」

 ドアを蹴破るような勢いで部屋に入ってきたのは、ここまで走ってきたのか肩で息をするローゼンだった。
 その表情からは一切の余裕が見受けられず、晴栄は今が非常事態だと告げられずとも再認する。

「ローゼン。これはいったい、どういうことだ?」
「そうです。お兄様と橘音の愛の巣に土足で踏み入るなど、許されることではありませんよ!」
「ごめんなさい、今はお話している余裕はないんです。二人とも、すぐにベッドの下に隠れてください! 早く!!」


 晴栄は状況の説明を要求するが、ローゼンはそんな場合ではないと語気を強める。
 明らかに余裕が感じられない様子に現状把握を諦めると、晴栄は橘音の手を引いて狭いベッドの下へと潜り込む。
 普段から掃除が行き届いているからか、幸いにもホコリなどはそこまで苦にはならなかった。

「ああん! お兄様ってば、急に強引に……そんなに求められると、困ってしまいます♡」
「……いいから、少し静かにしていろ」

 身をよじらせて嬌声を上げる橘音の口を手で覆うと、晴栄は息を殺して身を潜める。
 すると息つく間もなく、複数の乱暴な足音が室内へと響いてくる。

「――手を上げろ。抵抗せずに着いてきな」

 威圧するように告げる声は、野太い男のものだった。
 銃で武装した男たちは部屋に踏み入ってくるなり、銃口をローゼンへと向けて言い放つ。

「…………」
「そうだ、抵抗しないなら〝まだ〟丁重に扱ってやる」

 ローゼンは抵抗はせずに、強張った表情のまま男たちに付き従う。

「念のために聞いておくが……この部屋には、他に誰もいないな?」
「……はい。この部屋にいたお客様は現在、外出中でしたので。わたしは清掃に来ていたところです」

 銃を突き付けながら問われると、ローゼンは淡々と答えを返す。
 男たちはクローゼットなど、人が隠れられそうな場所を物色し始めるが――

「おい、隣の部屋の乗客が逃げたぞ!? 追え!」
「チッ……お前はこの女を連れてこい。おれは逃げた奴を追う」

 廊下から怒号が聞こえてくると、男は仲間に指示を送って部屋を出て行く。
 残された仲間はローゼンに銃を突き付けながら、着いてくるように促して同じく部屋をあとにした。

「やれやれ……どうやら、上手くやり過ごせたようだが――」

 ローゼンと男たちが部屋から去って行くと、晴栄は周囲の様子を伺いながらベッドの下から這い出る。

「面倒事に巻き込まれたことには変わりない――ですね」

 晴栄に続いてベッドの下から這い出ると、橘音はその言葉の続きを口にする。
 その表情は先ほどまでとは打って変わって、真剣そのものだった。

「さて、どうしましょうか? このまま身を潜めて、事が済むまでやり過ごす手もございますが……」

 橘音は顎に手を当てて、どこか試すような物言いで晴栄に視線を送る。

「このまま待っていても、事態が好転する保障はない。それどころか、連中は事を済ませれば船ごと沈める危険すらある」
「それは、つまり……?」

 大きくため息を吐くと、晴栄は渋々といった調子で答えを返す。
 橘音はそんな晴栄を見て、ニヤリと口元をほころばせた。 

「――連中を叩き、無力化する。それがこの場において、もっとも〝マシ〟な処置だ」
「ええ! お兄様ならば、そう仰ると思いました。この橘音、地獄の果てまでお供する所存です」

 現状における最適解を口にすると、晴栄は真剣な表情で言い放つ。
 橘音は破顔すると、元気よく言葉を続けるのだった。



   ◆◆◆次回更新は5月30日(火)予定です◆◆◆

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