『-船上の復讐者たち-』 ◇5 狐狼丸

作者:子子子子 子子子

◇5 狐狼丸



 軍艦の砲撃から数十分後。
 晴栄(はるな)橘音(きつね)を除いた<トラキア>の船員と船客たちは、甲板に集められていた。

 左舷舷門下に横付けされた軍艦の短艇(ランチ)からは、ライフジャケットを着込んだ男たちが次々と縄梯子(なわばしご)を渡り、<トラキア>の甲板に姿を現した。
 全員が拳銃、もしくは軽機関銃で武装をしている。

「よぉし……これで船客は全員集まったな?」
 
 男たちの中でもリーダー格の人物は、集められた人間を睥睨(へいげい)するように眺める。
 集められた人々は〝招かれざる客人たち〟の襲撃に不安の色を隠せていない。

 ある者は顔を見合わせ、ある者は(ささや)()い、ある者は恐怖に身を震わせ、ある者は怒号を上げ、ある者は祈りを捧げている。
 しかし、そんな喧騒(けんそう)も威嚇の空砲が再び撃たれると、水を打ったように静まり返る。

「――静粛に。諸君、我々は簒奪者(さんだつしゃ)である」

 誰もが閉口した様子を見ると、リーダー格の男は満足そうに頷いた。

「よって我々は奪い、犯し、(なぶ)り、壊す――この場に居合わせたことを後悔するといい」

 ニヤリと歪に口角を吊り上げ、宣告するように言葉を続ける。
 その表情は獲物を嬲る肉食獣の愉悦(ゆえつ)そのものだった。

「やれやれ――海賊風情が随分と大きく出たものだ」

 突如として、船客の中から挑発めいた言葉が言い放たれる。
 声の主はレオ・タクシルであり、彼はトレードマークの(あご)(ひげ)(こす)りながら前へと出て行く。

「一応、聞いておくが……この私がレオ・タクシルだと知っての狼藉(ろうぜき)かね、君ィ?」

 男たちは一斉に銃口を向けて威嚇するが、レオは動じることなく歩みを進めて行く。
 やがて、リーダー格の男の前へと辿り着くと、不遜な口調で確認するように尋ねる。

「レオ・タクシルゥ? そんな名前、聞き覚えもないが」
「そうか、ならば仕方ない――では、その無知という名の罪を死で(あがな)いたまえよ!」

 リーダー格の男が嘲笑混じりに答えると、レオは芝居がかった所作で肩を(すく)めた。
 そして、手に持った杖の先を向けて、宣戦布告がごとく言い放つ。

「四大が一つ火蜥蜴(サラマンドラ)よ! 我が喚起に応え、聖別の杖へと宿りたまえ!!」
「お前ら、こいつは殺して構わない! 撃てぇぇぇ――!!」

 レオが(うた)うように力ある言葉(パワー・ワード)を唱えていくと、杖に刻まれた魔法名の刻印が眩い輝きを放ち出す。
 リーダー格の男が部下に指示を下すと、レオに向かって一斉に銃弾が放たれていく。

「おお、偏在の父よ、唯一無比たる者よ! おお、母性と愛の永遠の母よ、祖型たる者よ! われらが重ねん業は、汝らへの永遠なる熱望を不断に燃やし尽くさん――『聖別の劫火(インフェルヌム・ダムナティオ)』」

 レオが術式を起動させると、杖は燃え盛る炎に包まれていく。
 それを横薙ぎに振るうとレオの眼前には炎の壁が展開され、迫り来る銃弾の(ことごと)くを溶かし尽くした。

「――さて、我が断罪の炎に怯えながら命乞いをする準備は整ったかね?」

 レオは愉悦が(にじ)む笑みを浮かべて、「もっとも、命を助けてやるつもりは毛頭ないがね」とつけ加える。
 己が勝利を疑うことなく、どのように男たちを断罪するか思考を巡らせていた。

「――っく、はははははは!」

 しかし。
 銃弾を全て防がれたはずなのに。
 圧倒的窮地に陥っているはずなのに。
 リーダー格の男は、おかしくておかしくて堪らない――
 そう言わんばかりに嗤笑(ししょう)していた。
 他の男たちも同様で、誰もがレオを憐れむようにニヤニヤとほくそ笑んでいた。

「ああ、いいだろう。やれるものならやってみるといいさ。俺たちは逃げも隠れもしないぞ?」
「圧倒的な力量差を前にして、正常な判断力さえも失ったのかね? いいだろう、ならばお望み通り――」

 挑発めいた言葉を向けられ、レオは不快感を隠すことなく表情を歪めた。
 吐き捨てるように言うと、再び杖の先を男たちに向ける。

「消し炭も残らぬほど、入念に焼き尽くして……ッ!?」

 再度、力ある言葉を唱え、術式を発動させようとした瞬間。
 レオは突然ぎょっとしたように、大きく目を見開く。
 そして、なにか叫ぼうとするようにレオの口が開かれ、無言のまま閉じられた。
 わずかに開いた唇の間から、途切れ途切れに言葉を絞り出す。

「貴様ら……いったい……なにを、した……?」

 最後に理解できないと問いかけるが、答えが返ってくることはなかった。
 唇の端に血の泡を浮かべると、次の瞬間、レオの体はまるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
 それがレオの死を意味することだと理解した瞬間、他の乗員たちは悲鳴を上げて恐慌状態に陥った。

 今まで彼らが落ち着いていたのは、用心棒だったレオの存在があったからだ。
 たとえ、いかなる武器を用いようと、常人は魔術師に勝つことができない。
 それが彼らの精神的支柱であったが、現実にその前提は覆された。
 つまり、彼らを守る存在は、この場にはもう存在はしない。

「さて……邪魔者はいなくなったな? お前ら、〝仕分け〟を開始しろ! 終わったら、さっさとずらかるぞ!」

 号令が発せられると、銃を構えた男たちが一斉ににじり寄ってくる。

「ひっ、ひぃぃぃ――っ! お、お前ら、俺たちをどうする気だ!?」

 乗客の一人が腕を掴まれると、恐怖に支配された表情でその目的を尋ねた。

「ああ、そんなことか」

 男は問われるとニタァと嫌らしい笑みを浮かべ、得意満面に答えた。

「お前らはな、奴隷として売り払うんだよ。表向きに奴隷は禁止されてるが、非合法な手段でも欲しがる好事家(こうずか)はごまんといる。つまり、需要と供給だ。いい商売だろ?」

 男の言葉を聞くと、乗客の男は声すらも上げることができなくなっていた。
 奴隷などと時代錯誤も(はなは)だしい言葉も、この状況においては確かな現実味を帯びている。
 もはや戦う手段を持たない彼らは、圧倒的な暴力の前にただ蹂躙(じゅうりん)されるのを待つばかりとなる。
 しかし、その瞬間――

「そこまでだ」

 凛とした通りの良い声が、恐慌に支配された場に響き渡る。

 ある者は縋るように。
 ある者は祈るように。
 ある者は警戒するように。

 抱く感情はそれぞれ異なるが、視線を向ける先は誰しも同じだった。
 そこにいたのは、東洋人の男女――

 即ち、晴栄と橘音の姿があった。

「魔術師崩れとはいえ、よもや一般人に後れを取るとは思っていなかったが……こうなってしまっては仕方ない。主義に反するが僕が直接、手を出すしかあるまいよ」

 事切れたレオを一瞥(いちべつ)すると、晴栄はあきれ果てたようにため息を吐く。
 レオの存在があるので万が一にも一方的な戦況になるはずもないと(たか)(くく)っていたが、事態はそう悠長に構えてられない状況にまで陥っていた。

 よって、レオが男たちを相手取っている間に他の乗客たちを逃がそういう作戦も、早々に破棄するより他に手段はなかった。

「ほぉ……まだ船内に人間が残っていたのか。お前、何者だ?」

 晴栄たちを前にすると、リーダー格の男は目を細めて二人を見据える。
 他の男たちも銃口を晴栄たちへと向け、無言で威嚇をしていた。

土御門(つちみかど)晴栄(はるな)――運が悪いことに、たまたまこの場に居合わせただけの男だよ」

 晴栄は不敵に笑うと、服の下に手を入れ、へその下に張られていた札を剥がす。
 その瞬間、()()められていた魔力の奔流(ほんりゅう)が、全身へと巡っていく。

「お前ら、遠慮はするな! 今すぐ撃てぇぇぇ――!!」

 直感的に晴栄に対して脅威を感じ取ると、リーダー格の男は部下に命令を下す。
 男たちはそれに従って、怒号と共に次々と引き金を引いていった

「いいぞ、好きなだけ撃ってこい。ただし――その鉛玉が僕まで届けば、だがな」

 晴栄は不敵な笑みを浮かべると、意味深に言葉を続ける。

火剋金(かこくごん)、五行の相剋(そうこく)をもって金気を食らえ――急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

 静かに呟くと、晴栄の前には炎の壁が立ち上がる。
 放たれた弾丸は炎によって溶かされ、晴栄まで届いたものは存在しない。

「はっ――ひっ、熱い! 熱い熱い熱い熱いぃぃぃっ!?」

 しかし、それだけではない。
 男たちが構えていた銃が、ぐにゃりと飴細工のように折れ曲がる。

 晴栄の術式は的確に男たちの銃のみを熱し、その機能を徹底的に破壊していた。
 あまりの熱さに男たちは悲鳴を上げて銃を手放すが、その手は火傷で(ただ)れている。

「さて、ご自慢の武器は使い物にならないようだが?」

 悪魔の如く凄惨に(わら)う晴栄を見て、他の男たちは顔を見合わせて声を震わせる。
 今し方の信じがたい現象も魔術――それを扱う魔術師ならば可能だと。

「ヒィッ……! なんだよ!! なんなんだよぉ!?」
「おい、もしかして……こいつも、魔術師じゃねぇのか?」
「ふざけんなよぉ! まだ魔術師がいるなんて聞いてねぇぞ!!」
「お、俺だって……この船の魔術師はさっきの奴だけだって――」

 圧倒的優位に立っていた男たちも、突如として現れた魔術師を見て一気に浮き足立つ。
 それほどに魔術師とは一般人から畏怖(いふ)され、超常の具現とも言われる存在なのだ。

「いいや。正確に言えば、僕は魔術師ではない」

 晴栄はつまらなそうな顔で、淡々と男たちの言葉を訂正した。

「陰陽師――僕の国……大和皇国では、そう呼ばれている存在だ」

 ポカンと呆気にとられる男たちに対して、晴栄はつけ加えるように言う。

「さあ、手っ取り早く終わらせるぞ。狐狼丸(ころうまる)、くだらない芝居はもう終わりだ」
「くふっ、くふふふふふっ――あいや、任されよ〝主殿〟!」

 晴栄は傍らの橘音を横目で見て、彼女〝本来〟の名を呼ぶ。
 すると橘音の表情が、雰囲気が、その姿さえも一変していく。

「くははははっ――お兄様のデキる妹・橘音とは仮の姿! その正体は主殿の式神にして護法式(ごほうしき)、狐狼丸とはこの我のことよ!!」

 やがて姿を現したのは、(かり)(ぎぬ)を身にまとった童女だった。

 黒水晶を思わせる瞳は(きら)びやかに輝く黄金色に、(からす)の濡れ羽色の髪は狐の毛色のような赤みがかった茶髪へ、肩口まで伸ばされた髪は意思を持ったように(うごめ)き、獣のたてがみを連想させるウルフカットへと変貌していく。
 身長も幼い童女の体躯にまで縮み、髪をかき分けるようにぴょこんと獣の耳を生やし、尾てい骨の辺りからもふさふさの尻尾が見えている。

「まったく……確かに変化(へんげ)の際は振る舞いも気をつけろとは言ったが、あそこまで役に入り込めと言ったつもりはないぞ」
「くふふ、申し訳ありませぬ主殿。狐狼丸も最初は(たわむ)れだったのじゃが、途中からついつい楽しくなってしまってのぅ。いやはや、任務のためとはいえ役得役得」

 大きくため息を吐いて、晴栄は苦言を呈する。
 狐狼丸の方は満更でもなさそうに、満面の笑みを浮かべ尻尾を揺らした。

 人狼と妖弧の血を引く存在である狐狼丸は、変化の能力を有する式神だった。
 晴栄は有事の際の護衛として狐狼丸を人へと変化させ、今回の航海に臨んでいたのだった。妹という〝設定〟もそれを円滑に執り行うために用意したものである。

「ちなみに、あのキャラは弓削(ゆげ)の小娘を参考にしたのじゃが、どうだったかのぅ?狐狼丸的にはなかなかの熱演だと自負しておりますぞ!」
「どうりで()視感(しかん)があるわけだ……頼むから、アレは一人で充分だ。二人に増えたら手がつけられないからやめてくれ」

 嬉々として語る狐狼丸を見て、晴栄は更に嘆息した。
 該当する人物を想像してしまうが、それを必死に振り払い聞かなかったことにする。

「さて――そんな狐狼丸と主殿の二人旅に水を差す邪魔者は貴様らかのぅ?」

 晴栄との会話を切り上げると、狐狼丸は視線を男たちへと向けた。
 可愛らしい外見とは裏腹に、見た者を射殺すように鋭い眼光で()()ける。

「では、主殿。此度(こたび)の用命は、彼奴(きゃつ)らの殲滅(せんめつ)で?」
「殺しはするな。あとで尋問ができなくなる。しかし、それ以外なら好きにしろ」
「相分かり申した。この狐狼丸――主殿のために腕をふるいましょうぞ!」

 晴栄に命じられると、狐狼丸は短刀を構え弾丸よりも速く駆け出し、男たちの急所に一撃を入れて昏倒させていく。
 一騎当千の働きを見せる狐狼丸に、男たちの混乱は最高潮に達する。

 銃を失った男たちはナイフで応戦するが、狐狼丸に触れることさえ叶わない。
 男たちは瞬く間に、たった二人によって制圧されていった。

「ち、ちくしょう……こ、こんなの聞いてねぇぞッ!?」

 襲撃者たちは既にリーダー格の男を除いて、晴栄と狐狼丸によって無力化されていった。
 壁際に追い込まれると、表情を恐怖に染め上げながら怨嗟(えんさ)の叫びを上げる。

「た、助けてくれ! 違うんだ、俺たちは話を持ちかけられただけで――」

 男は命乞いをするように、床に這いつくばって晴栄を見上げる。
 しかし、急に喉元を手で押さえ込むと、苦しそうに呻き声を上げ始めた。

「――ッゴ、ガッ……ァハッ!?」

 まるで窒息するように身を悶えさせ、やがて男は動かなくなってしまった。
 その様子を見て、晴栄は忌々しげに舌打ちをする。

「〝口止め〟の措置も万全、というわけか……」

 感情を殺した淡々とした声で呟きを漏らすと、一応は男の脈を確認する。
 脈拍は既になく、危惧した通り男は事切れていた。
 他の男たちも昏倒しているか戦意を喪失していて、大人しく拘束されていった。

 こうして、海賊による<トラキア>襲撃事件はひとまずの終結を迎えたのだった。



   ◆◆◆次回更新は5月31日(水)予定です◆◆◆

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