3巻発売記念SS 『共犯者は微睡みに誘われて』

作者:子子子子 子子子

『共犯者は微睡みに誘われて』




 ――これは土御門晴栄が、魔女学園を訪れるよりも前のお話――
 ――三年前・大和皇国――
 ――播磨(はりま)・某所――



 陰陽宗家が一角、蘆屋(あしや)家の当主である蘆屋(あしや)道寿(みちとし)が企てた土御門家への謀叛から数日後。
 土御門(つちみかど)晴栄(はるな)の姿は播磨にあった。

 蘆屋道寿の計画は晴栄によって防がれたが、その後の調査によって道寿を首謀者に祭り上げ土御門の支配体制を崩そうとした者たちの存在が浮上した。
 これらの協力者たちの存在は看過することができない問題であり、陰陽寮も晴栄の報告を受け彼らの討伐を発令。

 迅速な対応により既に京都近郊に潜んでいた抵抗勢力は掃討することができたが、蘆屋家の分家である英賀(あが)家の本拠地である播磨までには手が回っていなかった。

 そこで晴栄は足並みを揃えるのに時間を要していた陰陽寮に先んじて、単身で播磨へと急行。
 敵・味方の両者に気づかれることなく潜入を果たし、英賀家を含めた播磨の陰陽集団の制圧に成功する。
 彼らを拘束し陰陽寮の人間が播磨へと到着するのを待つばかりとなった晴栄は、無人となった民家にて休憩を取っていた。

「――随分と余裕じゃのぅ、晴栄」

 静寂が支配する空気を破るように、背後から不意に声が聞こえてくる。
 月明かりのみが僅かに差し込む薄暗闇から姿を現したのは、狩衣を身にまとった童女だった。

 暗がりの中でも煌びやかに輝く黄金色の瞳に、ふんわりとした髪は狐の毛色のような赤みがかった茶髪。
 所々にはねているウルフカットは、獣のたてがみを連想させる。
 髪をかき分けるように姿を覗かせているのは獣の耳であり、尾てい骨の辺りからは狐を連想させる尻尾が生えている。
 半獣半人といった容姿の童女は、口元に歪な笑みを湛えながら晴栄へ問いかける。

「……狐狼丸(ころうまる)か」
彼奴(きゃつ)らを捕らえたとは言えど、誰ぞが脱走を企てたらどうする?」

 晴栄が振り向くことなく己が式神の名を口にすると、狐狼丸はからかうように尋ねる。

「奴らは強固な結界の中で拘束しているし、見張りの式神もつけている。これ以上することもないだろう」

 それに、と晴栄は一瞬だが言葉を濁らせる。

「……奴らが結界から逃げ出すことなど到底不可能だと、お前も分かっているだろう?」
「くははっ! 然り、然り!」

 晴栄が感情を排した声で問うと、狐狼丸はさも愉快そうにせせら笑う。

「彼奴らは到底、陰陽師などとは世辞でも名乗れぬ輩よ。誰も彼もが、素人に毛が生えた程度の術者……正直、物足りなくて欠伸が出たぞ?」

 ひとしきり嘲り笑ったあと、狐狼丸は一転してつまらなそうに顔をひそめる。
 狐狼丸も晴栄の命によって制圧に参加したが、あまりにも拍子抜けする結果だった。

 英賀の人間の行使する陰陽道は陰陽寮の人間には遠く及ばない代物で、最初は抵抗こそしたものの、すぐに降伏をして晴栄によって拘束されたのだった。


「当然だ。英賀の人間は安倍晴明の仇敵として語られる蘆屋道満の子孫だが、道満が扱った播磨流陰陽道はあくまで道満独自の体系だ。その何割かは京都の蘆屋家に継承されたが、流刑を受けたあとに生まれた道満の子孫である英賀の人間は、道満の没後にそれを再現しようとしたに過ぎない」

 あくまで淡々と、晴栄は言葉を続ける。

 血筋と師に恵まれた純粋培養の天才である安倍晴明と、実力はあるが民間の陰陽集団(ヤミ)出身の蘆屋道満は当時、京の都で陰陽道の腕前を競い合う仇敵同士だった。

 しかし、晴明は仕えていた主君の呪殺を試みた道満の企みを暴き、その結果として道満は反逆の罪として己が修得した陰陽道の全てを剥奪され、故郷の播磨へ流刑となった。
 京都にいた道満の子孫は彼の罪を贖う名目で陰陽寮の汚れ仕事を請け負うようになり、現在に至るまでそれは引き継がれている。

 英賀の人間は陰陽道の術を失ったあとの子孫であり、彼らは独自で道満の術技を再現しようと試みていたが、それは〝出来損ない〟としか称することのできない代物だった。

「くははっ! そんな陰陽師〝もどき〟が謀叛を企てていたなど、無謀にも程があるのぅ」
「――いや、それは違うな。そもそも、奴らは今回の件に何ら関わりがない」
「……ほぅ」

 狐狼丸は口元を歪めて笑うが、晴栄は静かに答える。
 それを聞いた瞬間、狐狼丸のは目を細めて獰猛な笑みを浮かべた。

「それはまったくの無駄足にこの我を付き合わせた、と……そう宣うつもりか、晴栄よ?」
「いいや、無駄ではないさ。今回のことは、それなりに意味があることだ」

 狐狼丸は言葉の端々に怒りを滲ませて問うが、晴栄は頭を振って答える。

「蘆屋家の反乱が起こった以上、それに連なる英賀家を陰陽寮は放置しておかないだろう。これを機に支配下に置くか、それとも見せしめとして〝処分〟するか――」

 陰陽宗家の一角が謀叛を起こした以上、陰陽寮も相応の処罰は下さなければならない。
 京都の蘆屋本家は当主である道寿を喪ったことで事実上断絶したが、分家筋の人間はこれまで以上の冷遇を余儀なくされるだろう。

 直接的な繋がりを持っていなかったとは言えど、蘆屋家と血縁関係にある英賀家もその余波を受けかねない。 
 最悪の場合、大義名分を得た陰陽寮の人間は、抵抗できる力を持たない英賀の人間を見せしめに蹂躙する可能性もあり得たかもしれない。

「……そこでお前が先んじて彼奴らを制圧し、〝無抵抗〟で降伏して恭順を示したと報告する腹づもりか」

 晴栄の意図を理解すると、狐狼丸はさもつまらなそうにため息を吐く。
 英賀家が陰陽寮の意向で存亡が危ぶまれているからこそ、晴栄は彼らに先んじて事を終わらせる必要があった。
 事実はどうあれ表向きは穏便に済ませ、最小限の被害で今回の件に片を付ける――
 晴栄の動向に納得はするも、狐狼丸はどうしても言わなければならなかった。

「――日和ったのぅ、晴栄。あの小娘にでも絆されたか?」

 どこか失望が滲む声で、狐狼丸は呆れたように問いかける。

「確かに蘆屋道寿を始末し、蘆屋の家を断絶に追い込んだのはお前よ。その妹の目の前で兄を処断したのも、またお前よな」

 狐狼丸は蘆屋道寿の最期を思い出す。

 彼は実の妹である蘆屋露花(あしやろか)の前で晴栄により計画を妨害され、その結果として命を落とした。
 露花は騒動に乗じて大和国内から忽然と姿を消し、兄妹のみだった蘆屋本家は結果として断絶となった。

「後悔しているのか、晴栄よ。せめてもの償いとして、お前はこの播磨へと来たのか?」
「…………」

 これまでとは一転して、静かに。

 しかし、威圧感すら孕んだ問いかけに、晴栄は沈黙した。

「……勘違いするな。今回の件は結果として、それが一番有益な立ち回りだからだ。蘆屋の謀叛を未然に防ぎ、その事後処理もそつなくこなす――陰陽寮に僕の能力を知らしめ、後継者へと一気に近づくための算段でしかない」

 軽く嘆息すると、晴栄はつらつらと言い分をまくし立てる。
 そして、口元を歪に吊り上げて「今回の功績が認められれば、〈四博士〉への抜擢も現実的になる」とせせら笑う。

「どうだ、別に僕は一時の感傷で目的を違えていないと理解できたか?」
「…………」

 やれやれと肩を竦めて、軽い調子で続ける晴栄。
 狐狼丸は神妙な表情で、そんな晴栄をただじっと見つめていた。

「おい、どうした? 自分で言いがかりを吹っかけてきたんだ。何か反論があるなら、遠慮なく言って――」

 狐狼丸からの返事がないと、晴栄は試された意趣返しにと挑発めいた言葉を返す。
 それでも狐狼丸からの答えはなく、不可解に思い背後を振り向こうとするが――

「――晴栄よ、聞くがよい」

 ふわり、と耳元に柔らかいものが押しつけられる。
 次いで耳元で囁かれると、それが狐狼丸の頭だとようやく理解した。

「もし、お前が諦めたくなったのならば、いつでも遠慮なく我に言うがよい」

 晴栄の背中から前に回した右手で喉元を弄ぶように触れ、左手で心臓の位置を愛でるようになぞって。
 慈しむように優しい声で、狐狼丸は囁きかける。 
 
「その際はこの我が、お前に引導を渡してやる。同じ、復讐者のよしみじゃ。ひとおもいに――その迷いごと、終わらせてやろう」

甘く、囁いて。
晴栄の命そのものに手をかけ、狐狼丸は言葉を続ける。

 僅かにでも手に力を込めれば、晴栄の命など容易く散らすことができるだろう。
 まるでその結末こそが晴栄にとって、救済とでも言うように――
 
「それは、きっと……〝共犯者〟である我の役割だからのぅ」

 そう告げると、狐狼丸は口を噤んだ。
 狐狼丸の体温を全身で感じながら、晴栄は思考を巡らせる。

 晴栄からは狐狼丸が今、どんな表情をしているのか分からない。
 脳裏を過ぎるのは、狐狼丸と初めて出会った昔日の光景だった。

『陰陽師は皆須く殺し尽くす。だから、貴様は最後に殺すことにする。それまで協力してやるが、我が怨念は復讐を果たさぬ限り不滅だと努々忘れるな』

 式神の契約を結んだ時、狐狼丸は晴栄へそう告げた。
 復讐者同士であるからこそ手を結び、待ち受けている未来が破滅しかないと理解していても、本願を果たすまで決して歩みを止めることはしない。

 そして、自分はあの時、何と答えたのか――

「――狐狼丸。あの時から、僕の命はお前ものだ。だから、もし僕の命が欲しいなら好きにしろ。お前には、その〝権利〟がある」

 気づけば、自然と言葉が漏れていた。
 晴栄の言葉を聞くと、狐狼丸の身体が僅かに震える。

「しかし……それは僕が本懐を遂げたあとの話になる。それまでは、今までのように力を貸せ」

 忘れるはずもない。忘れられなかった。

 晴栄自身にとってその答えは、一度たりとも遺却したことなどないのだから。
 続ける言葉は、かつて自分が狐狼丸に告げたものだった。

「安心しろ、僕の決意はあの時から変わってなどいない」

 あの時から全ては始まり、今日に至るまで。
 彼らは復讐の道を歩んできた。

 それが倫理的に間違いなのかは分からないが、晴栄と狐狼丸はその一点のみで結ばれ、その繋がりは数年の時を経て強固なものへと変わっていた。
 だからこそ、その目的を否定することが、今の晴栄にはできなかった。

「……そうか。ならばよい」

 晴栄の答えを噛み締めるように聞くと、狐狼丸は身体を離して短く答える。
 その表情は無愛想だったが、口元は僅かだが緩んでいた。

「しかし、先ほどの言葉は、撤回するつもりはない。お前が諦めた時は、その命をもらい受ける。それこそが我の――」

 狐狼丸は晴栄を見据えて、ニヤリと不敵に笑いながら言葉を続ける。
 それから、意趣返しにと口にしたのは――

「狐狼丸の〝権利〟、なのじゃからな」

 つい先ほど告げられた、晴栄の言葉だった。



 ――そして、時は現在へと遡り――
 ――合衆国・魔女学園――
 ――土御門晴栄の書斎にて――



「…………夢、か」

 眠りから意識を呼び戻されると、寝ぼけ眼のまま晴栄は呟きを漏らす。
 書斎で調べ物をしているうちに眠ってしまったのか、妙な体勢のまま短くない時間過ごしていたせいで身体の節々が軋んでいた。

「しかし、珍しいこともあったものだ」

 軽く欠伸をしたあとに、夢の内容を思い出して独り言つ。
 当時は〈四博士〉に任ぜられる前で、蘆屋道寿の謀叛とその事後処理の迅速さを評価されて、晴栄は〈天文博士〉の地位を獲得したのだった。

「夢とはいえ、あの時のことを思い出すとはな」

 思わず、自嘲気味に笑ってしまう。
 感傷に浸るなど、自分には似合わないであると。
 しかし、その原因をあえて考えるのならば――

「うぅん――主殿ぉ……そうです、もっと激しくぅ……ああ、いけませぬ! このままでは、小娘にバレてしまい……え? 見せつけてる? 照れますのぅ……げへへ、むにゃむにゃ……」

 背後を振り返ると、いつの間にか眠っている狐狼丸が目に入ってくる。
 狐狼丸はだらしなく顔を弛緩させたまま、恍惚の表情で寝言を漏らしていた。

「コロちゃ~ん……なんで逃げるのぉ……? 私、こんなにコロちゃんのこと、大好きなのにぃ……うーん、よーしよしよーし――」
「むぐぅ……な、なんじゃ……小娘、急に主殿と狐狼丸の情事に割り込んでくるなど――あ、待って、それはヤバいヤバいって、ぬぐうおぉぉぉ……」

 しかし、狐狼丸の隣にはティチュも一緒に寝ていて、まるで抱き枕のように狐狼丸を抱きしめていた。
 ティチュに締め上げられると狐狼丸も苦しげに顔を歪め、呻き声じみた寝言を漏らしていた。

「……まったく。気が利くのは結構なことだが、これでは本末転倒だぞ?」

 二人を見たあとに肩に毛布がかけられたことに気づくと、晴栄は苦笑交じりに呟きを漏らす。
 どうやら晴栄の様子を見に来て眠ってしまっていた晴栄に毛布をかけたはいいが、自分たちも釣られるように寝入ってしまったらしい。

 晴栄は自分にかけられていた毛布を取ると、ティチュと狐狼丸へかけ直した。

「(あれから三年もの月日が経ち、僕と狐狼丸の関係性も変わっていった……)」
「(しかし、僕はときどき思う――)」
「(僕への接し方は変わっても、狐狼丸の本心も変わってしまったのか……と)」
「(無論、それは僕にも言えることかもしれないな。お互い様、というやつだ)」

 ティチュと狐狼丸の寝顔を眺めながら、晴栄は考えを巡らせていた。

 あの時から狐狼丸は大きく変わったが、それは自分にも言えることなのかもしれないと。
 魔女学園の日々を経てどう変わっていくのか、それは晴栄自身にも分からないが――

「うへへ……主殿、もっと狐狼丸をモフってくだされ……」

 今夜はもう少し、このままでもいいかもしれない――
 そんなことを思いながら、自身も微睡みに身を委ねるのだった。


〈了〉

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