◇1 その男、幸運につき

作者:子子子子 子子子

【魔術破りのリベンジ・マギア4.発売記念SS】

《ラッキー・ルチアーノに撃たれる前に!》


※このSSは『魔術破りのリベンジ・マギア4.絶唱の歌姫と魔女たちの祭宴』に登場する人物を中心に描いておりますので、4巻本編を読了後にお読み頂くことをお勧めいたします。



◇1 その男、幸運につき


 ――本編開始より四年前――

 ――合衆国ニュージャージー州ホボーケン――

 ――とある倉庫にて――


 ハドソン河をはさみ、紐育(ニューヨーク)のマンハッタン島と対峙する工業都市ホボーケン。
 港湾都市でもあるこの場所は、いわば合衆国のリヴァプールともいえる労働者の街である。
 街中には造船所や工場などがいくつも見受けられ、主な住民たちである伊太利(イタリア)愛蘭(アイルランド)系の移民たちが行き交っているのが特徴である。

 そして、時刻は深夜。
 港の外れにある倉庫の中には、蠢く人影があった。
 頼りなく明滅する電灯に照らされ浮かび上がるのは、揃いのダークスーツを着込んだ――しかし、決してカタギとはいえない――数名の男たち。
 彼らは真剣な表情で重苦しい雰囲気を醸しだしながら、一人の男と相対していた。

「さぁて――約束の金はちゃあんと用意してきたか?」

 男と相対するグループのリーダー格と思わしき人物が、沈黙を破っておもむろに口を開く。
 シニカルな笑みを湛えるのは、ボルサリーノ帽を被り、スリーピーススーツを身にまとい、ぴかぴかに磨かれた革靴をはく小洒落た服装の男だった。

 この男こそ、ルチアーノ。
 本名サルヴァトーレ・ルカーニア、自称はチャールズ・ルチアーノ。
 〈ラッキー・ルチアーノ〉の異名を持つこの男は、この一帯を根城とするマフィアのリーダーである。
 彼が率いているのは部下であり、対峙する相手もまたその同業者。
 つまり、この集まりはマフィアたちの取引の場、ということになる。

「なあに、安心しろよルチアーノ。俺は約束は守る男さ」

 ルチアーノたちと相対する男は、軽薄な笑みを浮かべながら歩み出る。
 クリムゾンレッドのジャケット、ダークカラーのワイシャツとネクタイといった服装にはルチアーノのように洗練された雰囲気はなく、純金製の印台指輪(シグネットリング)や大きなゴールドチェーンなどの装飾品も下品なほどに過剰だった。

「どの口でほざきやがる、ジェラルド。オレは〝一人で来い〟って言ったはずだぜ?」

「お前の兵隊の数に比べりゃ、この程度は数に入らないだろう? たとえ交渉の場とはいえ、生憎と俺は虎穴に丸裸で入るほど、愚かなつもりはないんでね」

 ジェラルドの言葉を聞くと、ルチアーノは皮肉げに悪態を吐く。
 彼は両脇に護衛と思わしき男たちを控えさせてはいるが、数を揃えているルチアーノたちに対して明らかに少数だった。
 ジェラルドの言い分はもっともだが、ルチアーノにとっては約束を反故にされたことには変わらない。

「そう腹を立てるなよ。金はこの中に入っている」

 目配せすると、護衛の一人が恭しい所作でアタッシュケースを差し出す。
 ジェラルドはそれを受け取ると、誇らしげに掲げながら言葉を返した。

「なら今すぐそれを開けて、中身を見せてみな」

「ほらよ。きちんと要求額分は入ってる。これで文句はないだろ」

 ルチアーノが高圧的に言い放つと、ジェラルドはそのままケースを開ける。
 中にはぎっしりと札束が敷き詰められていた。

「……中身を確認させろ」

「断る。そのまま銃を抜かれたら堪ったもんじゃない。確認は俺の安全が保証されてからだ」

 真剣な面持ちで言うルチアーノに、ジェラルドは冷笑で答える。
 この場にいる者の大半はスーツの下に銃を忍ばせ、きっかけさえあれば躊躇いもなくそれを抜くような人間である。
 そんな輩の前で少しでも弱みを晒せば、ものの数秒で彼は蜂の巣になってしまうだろう。

「ざけンなよ、クソ野郎。先にオレらのシマで〝不義理〟を働いたのはテメェだろうが。それを特別に『ケジメをつければ水に流してやる』
ってンだ。ハナからテメェには拒否権なんざねぇよ」

「だからこそ、こうやって〝誠意〟を見せてやってんだ。それを疑うとありゃ……戦争だぜ?」

 ルチアーノは眼光鋭く睨みつけるが、ジェラルドは意味深に笑ってみせる。
 ここで難癖をつけて、抗争を勃発させることは容易い。
 しかし、ルチアーノとしても、これ以上自分たちの根城が荒らされるのは避けたい。
 たとえジェラルドの目的が、抗争を引き起こすことであってもだ。

「――シナトラ!」

 もはや交渉の余地はないと判断すると、ルチアーノは振り返ってとある人物の名を呼ぶ。
 するとコートのフードを目深に被った小柄な人物に視線が集まっていく。
 この場にいる人間は彼を除いてスーツを身にまとっているので、ある意味で異質な存在であるとジェラルドも警戒心を高めた。

「……コイツは嘘を吐いてるよ。そういう〝音〟をしてる」

「なっ――このガキ! 適当なことを言ってんじゃねぇぞ!」

 シナトラがぽつりと端的に告げると、ジェラルドの表情が驚愕に染まる。
 それも一瞬のことですぐに激昂するように言葉を続けるが、

「オーケー、分かったぜ。残念ながら、交渉は決裂だ」

 ルチアーノは満足そうに頷くと、スーツの下から銃を引き抜く。
 彼に続くようにシナトラ以外の部下たちの銃を引き抜き、数多の銃口がジェラルドたちへと向けられた。

「なっ――ふ、ふざけるな! お前はこんなガキのデタラメを信じるのか!?」

「ああ、信じるさ。テメェは知らねぇだろうがよ、コイツにはそれが分かンだよ」

 怒りで顔を紅潮させるジェラルドは、納得がいかないと抗議する。
 ルチアーノはシニカルに笑ってそれを一蹴すると、目配せをしてシナトラを自分たちの後ろへと下がらせた。

「チィッ……血迷いやがったな。まあいい――おい、お前たち! 今すぐ出てこい!!」

 もはや交渉に応じる気がなくなったルチアーノに、ジェラルドは忌々しげに舌打ちをする。
 しかし、にやりと意味深に笑うと、突如として声を張り上げた。 

「クククッ……アハハハハハッ――! 残念だったなぁ、ルチアーノ! この倉庫は既に俺の部下が包囲している。お前たちはハナから袋のネズミってわけだ!!」

 ジェラルドはしたたかに笑うと、この倉庫は自分の部下が包囲しているのだと告げる。
 すなわち交渉に応じる気などなく、最初からルチアーノたちを騙し討ちするために自ら〝囮〟になったのだ。

「いいや、残念ながら――それはテメェの方みたいだぜ?」

「なん……だと?」

 動じることなく、ルチアーノは不敵に笑っていた。
 その様子にジェラルドは不安を覚えるが、図ったようなタイミングで倉庫のシャッターが上がっていく。
 金属同士が擦れ合う音が倉庫内に響くと、その先には拘束されて地面に転がるジェラルドの部下と思わしき男たちの姿があった。

「あ、あれは俺の部下たち――い、いったいどうして!?」

 その光景を目の当たりにして、ジェラルドは信じられないと叫びを上げる。
 彼らの背後にはルチアーノの部下たちの姿があり、ジェラルドの企みを事前に看破して手を打っていたのだと理解した。

「キミたちの〝音〟は耳障りだったからね。すぐに見つけられたよ」

「ば、化け物め! クソッ――」

 取り乱すジェラルドを後目に、シナトラは平坦な声で答える。
 もはや増援は見込めないと自分も銃を引き抜き、その銃口をシナトラへと向けるが――

「おっと、そこまでだ!」
 
 その瞬間、ルチアーノは引き金を引く。
 銃弾はジェラルドの握っていた銃に命中し、遙か後方へと弾かれていった。

「それ以上、余計なことをすれば、お仲間ごと蜂の巣だぜぇ?」

 その際にアタッシュケースが落ち、床にその中身がばらまかれる。
 すると表面は正規の紙幣だがその下は悪質な贋札という札束の中が露わになり、ルチアーノは「ビンゴだな」と呟いて口笛を吹く。

「さあて……大人しく降伏するか。それとも、無謀な戦いを挑んでおっ死ぬか――決断をする時だ。だが生憎とオレは、そこまで気が長いタチじゃないンでね。とっとと決めた方がいいぜぇ」

 ジェラルドの護衛たちも咄嗟に銃を引き抜き抜くが、向けられる銃口の多さにたじろいでしまう。
 しびれが残る手を押さえ床にうずくまるジェラルドに、ルチアーノはシニカルな笑みを浮かべながら問いかけた。

「さあ、選びやがれ――このラッキー・ルチアーノに撃たれる前になぁ!」

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