◇2 つれない新参者

作者:子子子子 子子子

◇2 つれない新参者  



 それからジェラルドたちを拘束して、きちんと〝落とし前〟をつけさせた頃には、既に時刻は夕方過ぎになっていた。
 ひと仕事終えたルチアーノたちは倉庫へとたむろしていて、先ほどの出来事を口々に話していた。

「いやー、やりましたねボス!」

「ジェラルドの分際で、俺たちに一杯食わせようだなんて甘ぇ甘ぇ!」

「あの時の野郎が浮かべてた顔! ありゃ、傑作だよな!!」

「最後の決め台詞、やっぱり最高だよなぁ。『このラッキー・ルチアーノに撃たれる前に』、ってさ」

 長らく続いていたジェラルドとのいざこざにも片がつき、誰も彼もが興奮気味に言葉を交わし合う。

「おいおい、よせやい。あれもお前らの協力があってこそだぜ」

 彼らの中心で葉巻を吹かしていたルチアーノは、薄く笑いながら言葉を返す。

「それに――〝あれ〟もシナトラのおかげだしよ」

 ルチアーノが顔を向けると、その先にはシナトラの姿がある。
 彼はみんなの輪から外れて、
一人で佇んでいるところだった。

「ジェラルドの野郎が兵隊で倉庫を囲ませてたのも、シナトラが見つけたんだっけ」

「おかげで俺らは、逆に奴らを袋叩きにできたわけだが」

「どういう絡繰りか知らんけど、嘘が一発で分かるのもスゲーよな」

「正にシナトラ様々、ってヤツじゃねーの?」

 シナトラが話題に挙がると、彼らは口々に賞賛の声を上げる。
 彼らの言葉通り、シナトラは交渉が開始する前に倉庫の周辺にジェラルドの部下が潜んでいたことを〝察知〟していた。
 シナトラからそれを聞いたルチアーノは自分の部下たちを差し向けて、ジェラルドの企みを無効化することに成功したのだった。

「…………」

 自分が話題に挙がっても、シナトラは我関せずと沈黙を守っていた。
 そんなシナトラの元に、ルチアーノは歩み寄って行く。

「おい、シナトラ」

「……なに?」

 声をかけられると、シナトラは訝しげに視線を向ける。

「ほらよ、ボーナスだ。今回はお前がいなきゃ、正直ヤバかったからな」

「……これは?」

「オレの署名が入った小切手だ。好きな額を書いて使えよ」

 ルチアーノが一枚の紙を差し出すと、シナトラはまじまじとそれを見つめる。
 しばしの沈黙のあと端的に尋ねると、ルチアーノはそのまま説明をした。

「前にも言ったけどさ……悪いことして稼いだお金なんて要らない」

 シナトラは小切手を乱暴に取り、それを細かく破ってしまう。
 その光景を見た部下たちからは「マジかよ!?」「ああ、もったいねぇ……」「俺なら遠慮なく大金だってもらうのに」と悲鳴に近い声が続いていった。

「おいおい、またかァ? まあ、お前が必要ないってンなら、構わねぇけどよ」

「うん、必要ない。キミたちに協力してるのは、別にお金が目的じゃないし」

 粉々の紙片となった小切手を見て、ルチアーノは苦笑を浮かべる。
 しかし、それ以上の強制をすることもなく、シナトラもまた悪びれる様子もなく続けた。

「それはいいとして、このあとの打ち上げには来いよ? せめて飯くらいは奢らせてくれや」

「ゴメン、このあと仕事だから。っていうわけで、ボクは行くね」

 思い出したようにルチアーノが言うが、シナトラはにべもなく誘いを断る。
 反論の隙も与えずに淡々と続け、そのまま平然と倉庫を去っていた。

「……相変わらず、マイペースな野郎だぜ」

 そんなシナトラを見送ると、ルチアーノはため息交じりに呟く。
 シナトラがこの調子なのは今に始まったことではないが、やはり未だに距離を感じてしまう。

「しっかし、アイツも変わってるよな。いや、あの不思議な力もそうだけど……俺らなんかに協力するくせに、見返りは求めないし」

「協力はするけど、直接的な喧嘩には参加しないしな」

「本当にただ力を貸す、って感じ?」

 シナトラが去ると、部下たちも各々の所感を口にする。
 彼らの言うようにシナトラは自分の力が必要な場合は協力するが、逆にいえばそれ以外のことには関与をしていない。
 つまり、先ほどのように見返りとしての報酬も求めず、そういったシナトラの行動は誰しもが疑問に思っていた。

「ボスはなんか知ってるんですかい?」

「……さあなァ。オレもなんにも知らねぇよ」

 ルチアーノは部下に問われると、
紫煙を燻らせながらはぐらかす。

「ただ――アイツが求めてるものは、お前らも知ってるはずだぜ?」

 どこか遠い目になると、ルチアーノは逆に問いかける。
 思い返すのは、シナトラとの出会いだった。


 シナトラはこの周辺ではそれなりに有名人であり、ルチアーノの耳にもその噂は届いていた。
 曰く、〝人間に音を感じて、あらゆる嘘を見抜く人物がいる〟という風の噂を面白がって、ルチアーノは件の人物の元へ会いに行く。
 調査の末に判明したその人物の名は、フランシス・アルバート・シナトラ。
 どうやら学校にも行かず、ロードハウス(食事や酒、エンターテインメントも提供する宿屋)で働いているということだった。
 ロードハウスからの帰り道を待ち伏せ、ルチアーノはシナトラと対面を果たした。

『なあ、坊主――その力、オレたちのために使ってみねぇか?』

 開口一番、自分たちが何者かも説明せずに、ルチアーノは言い放った。
 シナトラは驚いたように目を丸くすると、端的に問いを投げかける。

『キミたちは……ボクが怖くないの?』

 どこか不安に揺らぐ瞳で問いかけるシナトラに、

『怖い? ンなことァないさ。だってよ、噂が本当なら便利じゃねぇか』

 悪びれる様子もなく、ルチアーノはあっけらかんと答える。

『……分かった。話くらいは聞いてあげるよ』

 そんなルチアーノを訝しげに見るも、最終的にシナトラは彼の話を聞くことを選んだ。
 こうして彼はロードハウスでの勤務の傍ら、チアーノたちに協力することになった。


 過去の回想を終えると、ルチアーノは呟くように語り出す。

「オレたち伊太利(イタリア)系移民は、大家族の中で暮らしてるヤツが多い。だけどよ、オレらはその中からあぶれちまったはぐれ者だ。だからこうして連んで、互いに傷を舐め合ってる」

 ここにいる人間のほとんどは、自分の属していたコミュニティーから外れてしまった人間だ。
 だからこそ似た者同士で集まり、なくしてしまった居場所を自分たちで作り出した。

「それはきっと、アイツも同じだ。だからここにいることが、アイツにとっては意味があンだろうさ」

 シナトラもまた自身の能力によって孤立し、彼らと同じように社会の枠組みから外れてしまった。
 だからこそ距離を取って一線は守りながらも、ルチアーノのようなゴロツキの誘いにも乗ったのだと彼は思っていた。

「だからオレはアイツの事情も詮索しないし、これ以上の協力も強要はしねぇ。それくらいでいんだよ、オレたちとアイツはさ」


 ルチアーノはふっと笑みを零すと、部下たちに言い聞かせる。
 今でこそ組織自体は大きくなってしまったが、自分たちはただ居場所を守りたいだけだった。
 足掻き、苦しみ、血反吐を吐きながらも、この居場所(ホーム)を守ってきた。
 そうしてできた居場所にシナトラも存在意義を見出してくれるのならば、ルチアーノもそれ以上は求めない。

「ボス……」

「へへへ、そうだよな。あいつは俺らの仲間(ファミリー)だしな」

「そうそう。ちっとばかし不思議な力があるだけで、それは変わんねーよ!」

 ルチアーノの言葉を聞き終えると、部下たちも気恥ずかしそうに笑っていた。
 そんな部下たちを見て、ルチアーノは満足そうに笑う。

「さあて――湿っぽい話もこれまでにして、オレらは打ち上げに行くとするかァ! 今日はオレの奢りだ、好きなだけ食って飲んで騒ぐぞ!!」

「「「おぉー! 一生ついていきますぜ、ボス!!」」」

 湿っぽくなった場の空気を仕切り直し、ルチアーノは景気づけに声を上げる。
 部下たちも嬉々として叫び、彼らは夜の街へと繰り出すのだった。

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