◇3 Begin the Beguine

作者:子子子子 子子子

◇3 Begin the Beguine



「それじゃ、オレたちの勝利を祝して――乾杯!」

「「「かんぱーい!!」」」

 倉庫から場所を移して打ち上げの会場へやってきたルチアーノたちは、彼の音頭で手にしたジョッキを掲げる。
 ガラス同士がぶつかり合う小気味良い音と共に、乾杯の言葉を口にした。

「……あのさぁ、キミたち。なんで、ここにいるの?」

 そんな彼らを見て、シナトラはため息交じりに問いかけた。
 シナトラの服装は勤務中のため、シャツにベストを羽織るロードハウスの制服姿だった。

「なんでって……これから打ち上げをする、ってのはお前にも言っただろ?」

 苦言を呈するシナトラに、ルチアーノは悪びれる様子もなく答える。
 もちろんここを選んだのはわざとであり、シナトラが参加しないのであれば彼の職場に押しかけるまで、というのがルチアーノの作戦だった。
  
「そりゃ、言ったけどさ……だからって、なんでボクの職場に来るんだよ?」

「ハハハッ! 良い店を探してたら偶然、ここに辿り着いたって寸法よ。言いたいことはあるだろうが、エールのおかわりを頼むぜ〝ウェイター〟?」

「まったく……問題だけは起こさないでよ」

 してやったりと笑うルチアーノは、そのまま既に空となったジョッキを掲げておかわりを注文する。
 すると周囲から「俺も俺も!」と声が殺到する。
 シナトラは大きくため息をつくと、伝票に注文を記入してからジト目で忠告をして厨房へと向かって行く。

「店長、注文入ります。エールのおかわりと――」

「ああ、シナトラ。注文はこっちでやっとくから、お前さんはそろそろ準備をしてくれ」

「はい、分かりました」

 厨房へ向かって行ったシナトラは先ほどの注文を読み上げるが、店長から声をかけられる。
 すると 手にした伝票を厨房の人間に渡し、自分はバックヤードへと下がっていった。


「おっ、そろそろ時間か」

 その様子を遠目から見ていたルチアーノは、時計を見て呟きを漏らす。
 すると店内にはラジオの中継用の機材が配置され、設置されたステージに客たちの視線も集まっていく。

「ラジオをお聞きのみなさん、こんばんは! 『ダンス・パレード』の時間です。今晩もここラスティック・キャビンから、新鋭シンガーたちの歌声をお届けします」

 やがて放送の準備が整うと、マイクを持った司会の男性が合図をして放送が開始される。
 このロードハウスからは毎晩WNEW局が紐育(ニューヨーク)へと向けて『ダンス・パレード』という番組を中継していて、若手のシンガーを中心に歌声を披露する場を提供していた。

「本日最初にご紹介するは、近頃じわじわと人気が出ている注目のシンガー。その名も――フランシス・アルバート・シナトラ!」

 司会が紹介を終えると、バックヤードから衣装に着替えたシナトラが姿を現す。
 シナトラはウェイターとして働く傍ら、時たまこうしてステージに立って歌を披露していた。
 ステージに立って小さく一礼をすると、シナトラはマイクを持って口を開く。

「それでは、聴いてください――ビギン・ザ・ビギン」 
 
 前説は司会が終えているので、シナトラは軽い挨拶をしてから曲名のみを告げる。
 すると演奏が始まり、シナトラもやがて歌い出した。


「When they begin the beguine(ビギンのリズムが始まると)
It brings back the sound of music so tender(あの優しい調べがよみがえる)
It brings back the night of tropical splendour(南国の輝きに満ちた夜がよみがえる)
It brings back a memory evergreen!(色あせることのない思い出がよみがえる)」

「I'm with you once more under the stars(君と僕は再びあの星空の下にいる)
And down by the shore an orchestra's playin(海辺にはオーケストラの奏でる音楽が流れ)
Even the palms seems to be swayin(ヤシの木さえ枝を揺らすような)
When they begin the beguine!(ビギンのリズムが始まると)」

「To live it again is past all endeavour(やり直そうと思ってもそれは叶わない)
Except when that tune clutches my heart(あの調べが僕の心を捉えて放さないときだけは)
And there we are swearin' to love forever(僕たちはこうして 永遠の愛を誓っている)
And promising never, never to part!(決して、決して離れないと約束している)」

 シナトラはビロードのように艶やかな声と、官能的ともいえる甘美なフレージングで曲を歌い上げる。
 今や店内の誰もがその歌声に耳を傾け、陶酔するように聞き惚れていた。
 それはルチアーノや彼の部下も同様で、途中で運ばれてきた酒にも手をつけず、心地よさそうに目を瞑っていた。

「……ありがとうございました」

 曲が終わると、店内には沈黙が流れる。
 誰も彼もがその余韻に浸っていたがシナトラが言葉を発したのを皮切りに、割れんばかりの拍手の嵐が巻き起こっていった。
 シナトラはどこか気恥ずかしそうに頬を掻き、そのままそそくさとバックヤードへと戻っていく。
 そんなシナトラを満足そうに見ると、ルチアーノは少し温くなったジョッキを掴む。

「ンじゃ、まあ。シナトラの歌声も堪能したところで……オレたちの未来に、乾杯!」

「「「かんぱーい!!」」」

 再びジョッキをぶつけ合うと、彼らは美しき歌声のシンガーを讃えるように声を上げる。
 こうして結局、ルチアーノたちは、閉店時間ギリギリまで飲み明かすのだった。



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《参考資料》
コール・ポーター『Begin the Beguine』、一九四六年

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