◇5 キミは優しすぎるから

作者:子子子子 子子子

◇5 キミは優しすぎるから



 ロードハウスでの勤務を終えたシナトラは、自宅へと向かって歩いていた。
 これから睡眠を取ってルチアーノたちの倉庫へと顔を出し、それから再びロードハウスへと出勤する――これが今のシナトラが送っている生活だった。
 本来は学校へと通っている年頃だが、彼はそれを拒んでいた。
 人間から音を感じ取るという生まれ持った特異な体質のせいで、シナトラは周囲から孤立していた。
 だからいつしか学校というコミュニティーを忌避するようになり、結果として登校しなくなってからそれなりの時間が経過している。
 彼の両親はいつも家を空けているので、シナトラが不登校を理由に咎められることもなかった。

「はぁ……ボクはいったい、なにがしたいんだろう」

 誰に言うでもなく、シナトラはぽつりと独りごちる。
 学校にも行かず、特に目的もなく。
 日々を無為に過ごしている自分を彼は嫌悪していた。
 確かに歌は好きだ。
 今でこそある程度の制御はできるが、他人から音を感じるシナトラにとって他人との接触は苦痛でしかなかった。
 そんな彼にとって救いだったのがラジオだった。
 無機物であるラジオならば煩わしい雑音(ノイズ)に悩まされることもなく、純粋に音を聴くことができる。
 そして、ラジオから流れる歌声は幼いシナトラの心を癒し、いつの間にか彼は一人の時に歌を歌うようになった。
 その甲斐もあってか最近ではシンガーとしても注目されるようになってきたが、それは別に歌手を目指しているわけでもない。
 シナトラにとっての歌唱は現実逃避の一種であり、やりきれない憤りを発散するための手段でしかなかった。
 かつて憧れた人の心を揺さぶる歌声とは程遠く、こんな自分が歌手になるなどお笑いぐさであるとも思っていた。

「――あ……シナトラ!」

 やがて家の前まで辿り着くと、玄関の前に座り込む少女の姿があった。
 少女はシナトラの姿が目に入ると、ぱっと表情を明るくする。

「ナンシー……どうしたの、こんな時間に。キミ、学校に行かなくていいの?」

「まったく、なに言ってんの。今日は日曜だから学校は休みよ」

「あ……そっか」

 シナトラが訝しげに尋ねると、ナンシーは呆れたように答える。
 完全に曜日感覚を失っていたシナトラは、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「それで……今日はどうしたの?」

「うん。その……学校、来る気はない?」

 シナトラが仕切り直すように本題を切り出すと、ナンシーは少し言いにくそうに尋ねる。

「悪いけど……もう、学校に行く気はないんだ」

「それって……やっぱり、シナトラの体質のせい?」

「…………」

 シナトラは静かに頭を振るが、ナンシーは遠慮気味に尋ねる。
 どう答えたらいものか、シナトラは黙ってしまった。

「シナトラが大変なのは私も知ってるから、学校でも私を頼ってよ。クラスだって、先生に事情を説明すれば、同じにしてもらえるかもしれないし――」

「……ごめん」

 ナンシーは必死に笑顔を作って、どうにかシナトラが再び学校へと顔を出すよう懸命に説得する。
 しかし、その言葉を聞いているうちにシナトラの表情は暗くなり、最後は消え入るような声で答える。

 ナンシーはシナトラの幼馴染みで、自分の特異体質に対して誰よりも理解のある友人だった。
 だから特異体質を理由に学校で後ろ指を指されるシナトラを庇うのはいつだって彼女であったし、ナンシーだけはなにがあってもシナトラの味方で居続けた。
 しかし――だからこそ、シナトラは彼女から距離を取るようになった。
 理不尽を許せない正義の人であるナンシーが、いつか自分を理由に誰かから疎まれることをどうしても避けたかったから。
 自分のような人間と関わって、彼女の輝かしい未来を穢すわけにはいかなかった。

「……そっか。ごめんね、しつこくて」

「いや、こっちこそゴメン」

「ううん、大丈夫。それじゃ、私は帰るね」

 しゅんと表情を陰らせて、ナンシーは謝罪する。
 シナトラはいたたまれない気持ちになって言葉を返した。

「あ、そうだ――シナトラにお客さんが来てたから、家の中に通しておいたから」

「お客……? ボクに?」

「とりあえず、リビングに案内してお茶は出しておいたから! じゃあ、また来るからッ――」

 ナンシーは去り際に、思い出したように言葉を発する。
 彼女はシナトラの両親から家の合い鍵を託されていたので、客人が家の前で立ち往生していたのを見かねて声をかけたのだった。

「不用心だなぁ……でも、ボクにお客って誰だろ」

 シナトラはナンシーを見送ると、ため息交じりに呟きを漏らす。
 珍しくシナトラへの来客ということもあって通したのだと思うが、生憎とシナトラ本人には心当たりがなかった。

「まあいいや……今は眠いし、適当にあしらって帰ってもらおう」

 物憂げに嘆息すると、シナトラは玄関のドアを開けてリビングへと向かう。
 来客とやらには悪いが、夜の仕事に備えて早く睡眠を取りたかった。

「……うん。とりあえず、敵意はないみたいだ」

 リビングへと入る前に、目を瞑って耳を澄ませる。
 扉越しに聞こえてくる〝音〟には、敵愾心や悪意といった感情はなかった。
 ルチアーノ絡みで厄介事に巻き込まれている可能性も考慮したが、どうやら杞憂だったらしい。

「こんにちは、はじめまして。アナタがフランシス・アルバート・シナトラ君ね?」

 ドアを開けてリビングに入った瞬間、図ったようなタイミングで声をかけられる。
 視線の先には真紅のタイトスーツに身を包んだ銀髪の女性がソファーに腰かけていて、彼女はにこやかな笑みを浮かべて初対面であるはずのシナトラの名前を口にした。

「アタシはマーガレット・マリー。この合衆国で、セイレム魔女学園の学園長をやっている者よ」

 相手が自分の名前を把握していたことに加え、聞き覚えのない学校の名前にシナトラは警戒心を強める。
 しかし、マリーはさして気にする様子もなく、そのまま言葉を続けた。

「まあそれはいいとして……アナタの体質について、少し聞かせてもらえないかしら?」

「……いったい、なんのために?」 

 マリーに問われると、シナトラは訝しげに尋ね返す。
 相手が自分の体質まで把握しているのも驚きだが、もはやそれを気にしていたら話は進まない。

「そうねぇ――アナタの特異体質、その正体を知っているかもしれない……そう言ったら?」

 どこか意味深に笑って、ついに本題を告げるマリー。
 それはシナトラが、ずっと待ち焦がれていた言葉だった。

「……分かった。話すよ」

 シナトラは固唾を飲み、しばし逡巡する。
 最後には藁にも縋るような思いで、彼女に自身の体質について話すのだった。

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