◇6 ラッキー・ルチアーノに撃たれる前に

作者:子子子子 子子子

◇6 ラッキー・ルチアーノに撃たれる前に



 マリーの来訪から数日が経過し、シナトラは今日もルチアーノたちの前に顔を出していた。
 しかし、どこか心ここにあらずといった様子で、それを訝しんだルチアーノは声をかける。

「おい、シナトラ」

「…………」

「シナトラ? 聞いてンのか?」

「…………」

「――シナトラ!」

「――あっ……ゴメン、なにか言った?」

「まったくよぉ……さっきから何度も読んでンだろうが」

 何度か声をかけた末にシナトラはようやく反応するが、それを見たルチアーノは呆れたようにぼやく。
 マリーから自身の体質が共感覚(シナスタジア)というものであると説明されてから、シナトラはずっとこの調子だった。

 自分にとって重荷でしかなかった体質について、マリーは『その力は決して恥ずべきものではないし、類を見ない稀少な才能でもある』と説明した。
 シナトラにとってそれは衝撃的なことであり、長年の重荷から解放された心地ですらあった。

 そして、忌まわしき力であったこの体質も、魔術師としてならば活かすことができる――数日前の自分からは想像もできない分岐に立たされ、シナトラは迷っていた。
 自分は魔術師になるための資質を既に有しているらしいが、それでも素人が一から魔術を学ぶのは並大抵のことではない。
 魔術師として大成する可能性は低く、マリーも強くは勧めなかった。
 彼女が来訪した目的はあくまで共感覚に対して正しい知識を授けるためであり、シナトラを魔術師の道へ誘いに来たわけではない。
 そもそも、入学試験をどうにか突破しても、それなりのお金が必要となってくる。
 ロードハウスでの給金は雀の涙ほどであり、貯金も大した額はないシナトラにとってどだい無理な話だったのだ。
 マリーに頼み込めばあるいは援助をしてもらえるかもしれないが、出会ったばかりの彼女に金銭を無心するような真似は気が引ける。
  
 自身の体質に対しての答えも得られたのだし、今までと変わらぬ日々を過ごすのも悪くない――そう自分に言い聞かせていた。

「ったく……いいか、よく聞けよ。お前、クビな」

「……え?」

 呆れ顔でルチアーノが告げると、シナトラは気の抜けた声を漏らしてしまう。

「どういうことさ、ルチアーノ!?」

「だから、お前はもうここに来るな。そう言ったンだよ」

「そんな……急に、どうして……」

 予想だにしない言葉に動揺して、シナトラは説明を求める。
 ルチアーノはあくまで端的に答えると、シナトラは狼狽えながら声を漏らした。

「ね、ねえ……みんなもルチアーノになにか言って――」

 シナトラは助けを求めるように周囲を見渡すが、部下たちも無言で反論すらしなかった。
 ここでようやくシナトラは、先ほどの言葉はこの場における総意だと理解する。

「この間、マリーって女がここに来てよ。お前を探してたから、家を教えてやったンだ。お前、魔術師の才能があるんだって? いいじゃねぇか、なっちまえよ」

「そんな……簡単に言わないでよ! 魔術師になる
のだって、お金とか結構必要だし……」

「ホラよ、手切れ金だ。受け取れよ」

 シナトラの反論を聞くと、ルチアーノは懐から封筒を取り出して差し出す。
 その厚さから決して少なくない額の紙幣が中に入っているのが分かる。

「このお金は……悪いけど、これは受け取れない。前にも言ったけど、ボクは悪事をして稼いだお金を受け取るつもりはないし」

 差し出された封筒をまじまじと見るが、シナトラは頭を振って受け取れないと答える。
 調子のいい話ではあるが、汚いお金は受け取れない。
 それが自身に課した一線でもあったからだ。

「安心しろよ、シナトラ。この金は真っ当な商売で稼いだ金なんだ」

「そうそう、ボスってばお前がいつも報酬を受け取らないから、今度こそ無理やりにでも押しつけるためにちゃんとした事業を立ち上げたんだ」

「おかげで俺らは、いつも以上に大変だったけどな」

「まあ、テメェには世話になってるし? これくらいは、さ」

「おい、お前ら! 勝手にあれこれバラしてンじゃねぇ!!」

 そんなシナトラを見て、部下たちが口々に言葉を発する。
 これはルチアーノたちがシナトラのために正当な手段で稼いだものであり、隠しておきたかった事実を暴露されるとルチアーノは慌てて叱咤の声を上げた。

「ルチアーノ、みんな……」

 ルチアーノたちが自分のために用意していたものだと理解すると、シナトラは感極まったように声を漏らす。

「いいか、シナトラ。俺はな、最初からお前のことを利用してただけなンだよ」

 ルチアーノは帽子のつばを手で持って、そのまま目深に引き下げる。

「それはお前の能力が、俺の役に立つと思ったからだ」

 ――知っている。だからこそ、自分は彼らに力を貸したのだから。

「じゃなきゃお前みたいなガキ、仲間に引き入れたりはしねぇよ」

 ――知っている。彼らは自分の特異な力を決して恐れなかった。

「俺らとお前は、そんな関係でしかねぇ。勘違いするな」

 ――知っている。この力のせいで周囲に疎まれていた自分にとって、それがどんなに救われたことか。 

「それにな、正直気持ち悪ぃんだよ。心が読める? 音が聞こえる? ハッ、なんだそりゃ! 化け物かよ、気色悪い」

 ――ああ、それは嘘だ。だったらどうして、キミはそんな悲しい〝音〟をしている?
 ――痛みに耐えるように、唇を噛み締めているんだ。

「だから……仲間ごっこは終わりだ。どことなりと行っまえ」

 ルチアーノは懐から銃を抜くと、それをシナトラへと突きつける。
 すると彼の頬に透明な雫が流れ落ち、コンクリートの床を濡らした。

「さあ、行け! とっとと行っちまえ――このラッキー・ルチアーノに撃たれる前に、な!」

 叫ぶよう言葉を続けると、ルチアーノは必死に笑顔を作る。
 涙で顔を濡らしながらぎこちない笑みを浮かべて、自分の決め台詞を言い放つ。
 これが彼なりの感謝の伝え方であり、餞別でもあった。

「……ルチアーノ、みんな。今まで、ありがとう」

 シナトラは言葉を詰まらせていたが、覚悟を決めて差し出された封筒を受け取る。
 そして、深々と一礼をすると、倉庫をあとにするのだった。

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