第3編 『藍革の手帳』 シーン02

作者:健速

シーン02 : 真希の内偵


 ティアがどういう理由で使途不明金を利用しているのかが分からなかったので、()()は慎重にティアが一人になるタイミングを待った。
だがなかなかその機会に恵まれない。
ティアの(そば)には常にルースがおり、それを抜きにしても孝太郎(こうたろう)や他の少女達と何かをやっている事が多い。
おかげで真希がティアと話をする機会を得たのは、ティアの使途不明金に気付いてから三日後の事だった。

「ティアさん、ちょっといいですか?」

 真希がティアに話しかけたのは、吉祥(きっしょう)春風(はるかぜ)高校(こうこう)が昼休みに入った直後の事だった。
午前中の授業を終えた生徒達は解放感と共に、それぞれに行動を開始していた。
この日はルースが日直で、今は直前まで行われていた地理の授業の資料運びで不在。
孝太郎はキリハや賢治(けんじ)と馬鹿騒ぎをしている。
早苗(さなえ)とゆりかはトイレへ行った。
うまい具合にティアが一人きりになっており、使途不明金の話をするには絶好の機会だった。

「なんじゃ?」
「ちょっと騎士団の資金に関して疑問があったもので」

 真希は騎士団と言う時だけ、ティアだけに聞こえるぐらいまで声を小さくする。
クラスメイトには説明できないものなので、念の為の処置だった。

「数字でも合わなくなったのかの?」
「そうではなくて………これを見て下さい」

 真希はそう言うと帳簿として使っている藍色の手帳をティアの前に広げた。
そして真希は帳簿上の問題の部分をペン先で示しながら、事情を説明した。

「帳簿上に幾つか使途不明金があります。そのどれもが、ティアさんが使った事になっています」
「ウッ」

 ここまでは不思議そうに話を聞いていたティアだったが、自身の使途不明金を指摘されると顔色が変わった。
表情が強張り、額に汗が(にじ)む。

「………これらは何に使ったんですか?」
「べっ、べつに大した事には使っておらぬっ!! 金額はどれも少額であろうっ!?」

 ティアは焦った様子で話を誤魔化そうとする。だが真希はそれでは納得しなかった。

「確かに制度上は問題になる額ではありません」
「そうじゃろっ!? わらわとてきちんとルールは心得ておる!!」
「ですが、使途不明金はティアさんだけが使っているようでしたので………参考までに内容をお教え頂ければと思いまして」

 真希はティアのお金の使い道に興味があった。
ティアが秘密にしたいお金の使い道とは何なのか、あるいは利用がティアだけに(かたよ)る理由があるのか。
真希はそこにティアの積極性に関する秘密が隠されているかもしれないと思っていたのだ。

「駄目じゃ駄目じゃあっ! 教えられぬっ!」

 ティアは激しく首を横に振る。するとその美しい金髪が宙を舞った。

「どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもないっ! だいたいそれを明かせるようなら、自由裁量枠から使ったりはせぬ!」
「………ごもっとも」

 ティアは真希に真実を明かそうとはしなかったが、真希はティアの反応から幾つかの手がかりを得ていた。
―――よっぽど恥ずかしい内容のようね………。
ティアは顔を真っ赤にして両腕を振り回し、興奮してまくし立てていた。
その様子からは強い羞恥(しゅうち)(しん)が伝わってくる。
どうしても必要だが、どうしても明かしたくない、恥ずかしい何事かが原因であるらしい―――真希はそんな風に考えていた。

「それに騎士団の予算は元々わらわが出しておる! 資金繰りで誰かに迷惑をかける事はないっ! この話はもう止めじゃっ!」

 ティアは強引に話を打ち切ると、椅子から飛び降りて逃げるように教室を飛び出していく。真希はその姿を黙って見送った。

 ―――これ以上は聞けそうにないわね………さて、どうしたものか………。

 ティアは行ってしまったが、真希はまだ諦めた訳ではない。
真希は藍色の手帳の表紙を眺めながら、頭の中で今後の対応を検討し始めた。




 ティアが話してくれないなら、真希は自分の手でティアの尻尾を掴むしかない。
そこで真希は極秘裏にティアを尾行し、その行動の調査を始めた。
騎士団の自由裁量枠からお金を使った場合でも、記録に残らないのは使い道だけで、使った日と金額は記録に残る。
だから尾行してティアの行動を全て記録すれば、帳簿と比較する事で何にどれだけお金を使ったのかが分かるという寸法だった。そして真希は元ダークネスレインボゥの幹部で、今も現役の魔法少女。
得意の魔法を駆使すれば、ティアに気付かれないように尾行する事はお手の物だった。


「殿下、今日の夕食はいかが致しましょうか?」
「そうじゃのう………大分涼しくなってきた事じゃし、久しぶりに鍋にするかの」
「ただ、味付けはあっさり目にした方がよろしいかと存じますが」
「うむ。この時期はその方が食べ易かろう」
「具材はいかが致しましょうか?」
「魚にするとユリカとサナエが非難(ひなん)轟々(ごうごう)じゃろうのう」
「ふふ、そう思います」
「あっさり目で肉なら、鶏肉にでもするか」
「では野菜もそれに合わせて選びます」
「任せる。………それにしてもルース、だんだん地球の料理に染まってきたのう?」
「はい。後々の為に、地球の料理は完全に習得しておく必要がありますので」
「計画的じゃの。頼もしい」
「お任せ下さい、殿下」
「うむ、任せた!」



「おいティア」
「む?」
「肩や背中をマッサージして貰いたいんだが」
「………孝太郎、そなたは何故そのような事を主君にやらせようとするのじゃ?」
「早苗とゆりかは、どこまで関節を曲げたら痛いのかが分かってないからだ」
「えへへへへへへ」
「あはははははは」
「その点、格闘も得意なお前なら心配ないだろ?」
「ふむ、事情はよく分かったが………それならもう少し頼み方があるじゃろう。わらわは仮にもそなたの姫じゃぞ?」
「分かったらとっととやれ。マッサージ器を買うかどうかの瀬戸際なんだ」
「まったく、いつまで()っても口の減らない奴じゃ」
「俺がいつもお姫様扱いしたら、お前も困るだろ?」
「それはそうじゃ。褒めて取らす」
「これだよ、まったく………」
「ふふん………こんな感じか?」
「あー、それそれ。やっぱりお前上手(うま)いな」
「そなたの姫はなんでも得意なのじゃ。尊敬せよ」
「尊敬はしてるんだ」
「知っておる。ただ言わせたいだけじゃ」



「ん~………」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや、別にそのぅ………」
「わたくしにまで隠す事はないじゃありませんか」
「そ、そうじゃったな」
「殿下はどれが気になるのですか?」
「こっちの………ちゅにっくとやらじゃ」
「ああ、このふわっとした感じが可愛らしいですね」
「そう思うか?」
「はい。よくお似合いになると思います」
「………笑われたりしないかのう?」
「本気を笑うような人間は一〇六号室にはおりません」
「………それもそうか………」
「お買い上げになられますか?」
「ちょ、ちょっと待っておくれ。あっちのも気になるのじゃ」
「じっくりお選びくださいませ。ふふふ………」



「ホレ、そなたの嫁じゃ」
「あれ………こんな金ピカなコマなんてあったっけ?」
「ユリカが()くしたから代わりに作ったのじゃ」
「ふぅん、まあいいか」
「うむ、いいのじゃ」
「ともかく嫁ゲット。よし、ティア、お前の番だぞ」
「………」
「おい、どうした?」
「なっ、なっ、なんでもないっ、ちょっと考え事をなっ!! サイコロ、サイコロを振るぞっ!!」
「変な奴だな、本当にどうした?」
「どうもせぬっ、気のせいじゃっ!」
「そうか………?」
「そうじゃっ!! そんな事より、振るぞ………せいっ!!」

 コロコロコロ

「………お前も結婚みたいだな」
「うむ。ルース、コマをくれ」
「はい、殿下」
「婿ゲットじゃ」
「そんな青いコマあったっけ?」
「ユリカが失くしたから代わりに作ったのじゃ」
「ふぅん。まあいいか」
「うむ、いいのじゃ」



「ハルミや、そなたはどれを食べる?」
「久しぶりにたこ焼きが食べてみたいんですけれど、六個は多いかなって」
「だったらこうしよう。八個入りを買って、そなたは食べられるだけ食べるがよい。残りはわらわが食べる」
「そんな………仮にもティアミリスさんは皇女様ですし」
「そんな風に言ってくれるのはそなただけじゃ。しかし気にする事はない。そなたはわらわの親友じゃ。身分や地位を忘れて欲しい時もある」
「………でしたら、そうさせて頂きます」
「うむ、そうしてくれるとわらわも嬉しい」
「ちなみにティアミリスさん、身分を覚えていて欲しいのはどんな時ですか?」
「戦っている時と、公式に演説をする時じゃろか」
「ああ、かっこいいですものね?」
「そうじゃろ!? そなたも分かっておるのうっ!!」
「これでもお姫様役で舞台に上がった事がありますから」
「そうじゃったな。そなたの演説も堂々としていて見事であったぞ」
「お褒めに預かり光栄です、皇女殿下」



「ルース、お願いじゃ」
「仕方がありませんね………一回だけですよ?」
「分かっておる! 必ず一回であのぬいぐるみを取ってみせる!」
「クレーンゲームにそこまで熱くならなくても」
「コータローが誇らしげに飾っているウサギの隣に置いてやりたいのじゃっ!」
「ふふ、殿下はおやかたさまが相手の時は一歩も退きませんね?」
「………ほ、他の者達のように、わらわにもう少し可愛げがあれば………その………じゃから勝負では負けられんのじゃっ!!」
「殿下は十分に可愛いらしいと思うのですが」
「それはそなたが幼馴染みだからそう思うのじゃっ!」
「そんな事はないと思いますが」
「………この件に関しては、わらわもそこまで自信は持てぬ………」
「ではとりあえず、ぬいぐるみを取って帰りましょう」
「ルース………」
「ここはお金の使いどころです。一回などと言わず、取れるまでやりましょう」
「よく言うてくれた!! いくぞぉっ!!」


 真希は魔法で姿を隠しながら、ティアを尾行し、観察を続けた。
もちろんティアの方も真希との会話を覚えていたから、しばらくの間は自由裁量枠の資金の利用を避けた。
おかげで二人の静かな戦いは長期戦の様相を(てい)していた。
結局、真希がティアの尻尾を掴んだのは、尾行の開始から三週間が経過した頃の事だった。



   ◆◆◆次回更新は6月19日(金)予定です◆◆◆

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