第26編 『遂に勃発!!「早苗ちゃん」対「早苗さん」』 シーン02

作者:健速

シーン02 『早苗さん』の問題



 時速百キロを超過する速度で空を飛んだ場合、吉祥(きっしょう)春風(はるかぜ)高校(こうこう)からころな荘へ帰るのに一分もかからない。おかげで警察官と別れた数分後には、早苗(さなえ)は念願のプリンを頬張っていた。

「ん~~~おいしぃ~~~!」

 ルースが作ったプリンの出来は素晴らしく、濃厚な卵の味わいと主張し過ぎないふんわりした砂糖の甘さが絶妙なハーモニーを生み出している。またそこにバニラビーンズから作った、ルース手製のバニラオイルの香りがアクセントを加えていた。もちろん専門店の高級プリンには及ばないものの、スーパーの材料だけで作ったとは思えない水準にある。何事も研究熱心なルースの力が発揮された一品と言えるだろう。

「そう言って頂けて光栄です」
「これならみんな喜ぶよ!」

 早苗もこのプリンにはとても満足していた。嬉しそうにしているルースの前で、ぱくぱくと食べ続ける。すぐ隣で宿題をしていた孝太郎(こうたろう)は、早苗の様子に小さく笑った。

「お前、みんなが何か作ってると必ず嗅ぎ付けて帰ってくるよな」
「こういうのは全力で堪能するのが礼儀でしょ?」
「確かに、そういう面はあるな」
「でしょお?」

 早苗はあっという間に食べ終えると、やはりルースが淹れてくれたお茶を飲む。その横顔には全力で堪能したぞという喜びの感情が溢れていた。
 そんな風に一〇六号室には穏やかな空気が流れていたのだが、一人だけ場にそぐわない表情を浮かべている人間がいた。

『………』

 だが一人という表現は正しくないかもしれない。何故ならそれは厳密には一人ではないからだ。それは早苗がプリンを食べ終えた辺りで幽体離脱した『早苗さん』だった。

 ―――やっと出て来れた………。

 これまで『早苗さん』は『早苗ちゃん』のプリンへの執着が強過ぎて出て来れなかったのだが、彼女がプリンを食べ終えて満足した事で外へ出てくる事が出来た。『早苗さん』は本来、自己主張が少ない性格なので、実はこうして出て来た事にははっきりとした理由があった。

 ―――やっぱり、ああいうのは良くない気がする………。

 出て来ても何するでなく考え込んでいた『早苗さん』。彼女はテレビでアニメを見始めた『早苗ちゃん』の背中を見つめながら、ある結論に至った。

 ―――このところ『早苗ちゃん』は安易に霊能力を使い過ぎている………。

 それは最近『早苗ちゃん』が霊能力を使い過ぎている事への危機感だった。長期にわたって幽霊として生きて来た『早苗ちゃん』なので、自然と霊能力が出てしまう事は『早苗さん』にも理解出来る。これまではそれでも問題はなかった。無意識に身体の外へ出てしまう霊能力が僅かだったからだ。だが最近の早苗は霊能力が増大している為に、無意識に使っている霊能力の現実への影響が大きくなっている。先程、自転車のスピードが出過ぎていたのはその典型例と言えるだろう。早苗は霊能力により身体能力が向上し、同時に神経も強化されている。おかげでスピードが上がっているのに、強化された神経のせいであまり速度が上がっているようには感じない。だから警察官に捕まってしまったのだ。
 今後は意識的に霊能力を抑え込まねばならないのではないか、『早苗さん』はそんな風に感じている。そうしないと今日のように世間に要らぬ波風を立てる事になる。孝太郎達はフォルトーゼの問題を抱えている訳なので、早苗の個人的な問題で混乱を大きくするのは良くない筈だった。

 ―――でも………あ、あうぅ………。

 この問題に関して、これまで『早苗さん』は何度か『早苗ちゃん』の説得を試みていたのだが、ことごとく失敗に終わっていた。自分自身が相手では、結局のところ理屈抜きで意志力勝負になってしまう。やはり意志力では『早苗ちゃん』には敵わなかった。そうなると誰かに力を借りるしかない訳なのだが、ここで『早苗さん』のもう一つの弱点が問題となった。

 ―――孝太郎さん、宿題してるし………今相談すると迷惑かな………?

 これまで『早苗ちゃん』に向けられていた視線が孝太郎に移る。孝太郎は先程から変わらず宿題を続けていた。『早苗ちゃん』がアニメを見ながら騒いでもびくともしない。時折ルースが淹れてくれたお茶を飲む以外は、黙々と宿題をしていた。『早苗さん』はそんな孝太郎に声をかけて良いものか悩んでいる。これが『早苗ちゃん』であれば何も考えずに好きなタイミングで話しかけただろう。だが『早苗さん』にはそれが出来ない。晴海(はるみ)以上に入院生活が長かった彼女なので、対人関係が特に苦手なのだ。その閉鎖性に関してはクラン以上と言えるだろう。そんな彼女なので、孝太郎の集中を切らせてしまったら申し訳ないという感情が先行する。ならばお茶を飲んだタイミングで声をかければいいだろうと思うだろうが、人見知りの彼女が踏ん切りを付けるには、孝太郎がお茶を飲む数秒間は余りにも短すぎるのだ。

 ―――宿題が終わってからの方が良いんじゃないかな………?

 そんな事に悩む必要はない、他の少女達に相談すればそういう返事が返ってくるに違いないだろう。それは『早苗さん』も重々分かっている。孝太郎は『早苗ちゃん』と『早苗さん』が同居した早苗を、必要としてくれている。彼女にもその確信はあった。しかしそれが分かっていても、容易には越えられない壁がある。大好きな人の邪魔をしたくない、ちょっとでも嫌われたくない、そういう感情が先行してしまうのが、人を好きになった後の人見知りの考え方だった。

 ―――でも、みんなが帰ってきちゃったら、それはそれで………。

 孝太郎に話しかける事が出来ないまま、『早苗さん』は『早苗ちゃん』の近くを漂い続けていた。そして時間だけが流れていく。彼女は事態が好転するのを待っているのだが、なかなかそうなってはくれない。そして時間が経過すればティアなどの元気チームが帰って来てそれどころではなくなる。『早苗さん』は焦り始めた。 

 ―――このままだと、また同じ事に………しっかりしないと、私だってもう三年生なんだから!

 焦った『早苗さん』はここで覚悟を固めた。待っていては何も変わらない―――周りにいる少女達が、そう言って変わろうとしている姿を彼女はずっと見て来た。そして今度は自分の番なのだと、自分に言い聞かせる。『早苗ちゃん』と『早苗さん』は表裏一体。彼女だけ進歩していない等という事はないのだから。

『あっ、あのっ! 孝太郎さんっ、ちょっといいですかっ!?』

 力が入り過ぎて、声が微かに裏返る。『早苗さん』は必死だった。すると孝太郎の目が上がり『早苗さん』を見た。

「おっ、ようやく話しかけて来たな」

 そして『早苗さん』と目が合うと、孝太郎はにっこりと笑った。

『えっ?』

 この孝太郎の反応に『早苗さん』は面食らう。まるで『早苗さん』が話しかけてくるのを待っていたかのようだったから。

「お前、しばらく前からずっと挙動不審だったろ。よく頑張ったな」

 孝太郎は『早苗さん』が話しかけようと必死になっている事に気付いていた。だが気付いていてあえて放っておいた。晴海の時と同じで、それは自分で乗り越えねばならない問題だったから。孝太郎の方から助け舟を出す事も出来た。だがそれではいつまでも狭い世界に逃げ込み続ける事になる。そして『早苗さん』が期待通りに頑張ってくれたので、孝太郎はいつも早苗にするように、その頭を撫でてやった。

『あの、えと………はい………』

 そうして孝太郎に頭を撫でられながら『早苗さん』は大きく安堵していた。

 ―――よかった、勇気を出して………。

 孝太郎は『早苗さん』の様子に気付いていたので、もし話しかけなかったら逆に孝太郎を失望させた事だろう。そしてこの事が『早苗さん』に新しい視点を与える。同じ事は常に起こり得る。相手が気付いているなら、勇気を出さない事で失望させる事もあるのだ。それは『早苗さん』としては避けたいところなので、積極的に他人に話しかける理由に成り得る。他人にとってはどうでも良い事だろうが、『早苗さん』にとってはとても重要な視点だった。

「えへへへ~」
「お前を褒めたんじゃないぞ」
「分かってるけどさ、その子の代わりにあたしが喜んだげないと、あんた撫でた甲斐がないでしょ」
「分かったような分からないような………」

 これだけ『早苗さん』が苦労している事を、『早苗ちゃん』はいとも簡単にやってのける。先は長いが、とりあえず今の時点で必要な一歩は踏み出せた。『早苗さん』は気合を入れ直すと、孝太郎と再び向き合った。

『あの、実は相談したい事があって』
「なんだ? 言ってみろ」
『それが………最近の私達―――というか、『早苗ちゃん』の事なんですけど』
「あっちのお前の話か」
『最近私達は霊能力が強くなっているんですが、『早苗ちゃん』はそれを無自覚に垂れ流してしまっていて………』

 今日あった事も含めて、『早苗さん』は順番に事情を話していった。元幽霊の『早苗ちゃん』は無自覚に霊能力を発動させ続けている。これは元幽霊だったせいなので、わざとやっている訳ではない。ただ、かつては無自覚で発動させられる力が弱くて影響は少なかったのだが、最近は霊能力が増大していて、無自覚でもかなりの霊能力が発揮されてしまう。それでこのところトラブルを起こしがちになっている。それを注意しても『早苗ちゃん』は聞いてくれず、困っている―――というような内容だった。

『………だから孝太郎さんから「早苗ちゃん」に注意して貰えないものかな、って思ったんです』
「事情は良く分かったが、俺が言って聞くような奴じゃないだろ」

 孝太郎は頷きながら『早苗ちゃん』の方へ目を向ける。

「そこだぁっ、行けぇっ! メガードン大火炎だぁっ!」

 彼女は今もアニメに夢中で、拳を突き上げて必殺技を叫んでいる。孝太郎と『早苗さん』が何を話しているのかなど、全く興味が無い様子だった。

『それは誤解です。「早苗ちゃん」………というか、私達は孝太郎さんが本気で怒るのが一番嫌なんです』
「本気で、なぁ………」

 実は孝太郎にとってはそこが一番問題だった。孝太郎はなんだかんだで早苗を甘やかしてしまう。また今回の件は『早苗ちゃん』が悪いのではなく、単に能力が増大してしまった事が問題であって、しかも不十分ながら『早苗ちゃん』なりに騒動を避けようとする努力も見えた。そんな『早苗ちゃん』に対して、果たして厳しく言えるのかどうか。孝太郎には自信がなかった。

「待てよ?」

 この時、孝太郎の脳裏に閃くものがあった。

「まずいと思った時に、お前が主導権を握ってしまえば良いんじゃないか?」

 そもそも『早苗さん』と『早苗ちゃん』は同一人物で、早苗という一枚のコインの表と裏に過ぎない。二人が同じ身体にいる時は、強い意志を発している方が表に出てくる。ならば『早苗さん』がまずいと感じた時に『早苗ちゃん』から身体の主導権を奪えばいいのではないか―――それは至極当然の指摘だろう。

『ええぇっ!?』

 だが彼女は身体を仰け反らせ、大きく目を剥く。人見知りで内向的な『早苗さん』にとって、それは厳しい要求だった。



   ◆◆◆次回更新は4月19日(金)予定です◆◆◆

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