第26編 『遂に勃発!!「早苗ちゃん」対「早苗さん」』 シーン03

作者:健速

シーン03 早苗の問題



 東本願(ひがしほんがん)早苗(さなえ)という少女は、十年以上前に魔術の生贄にされてしまった。幸い何とか命は取り留めたものの、彼女は霊体が不安定になった。その影響で一部の霊体が剥離し幽霊として活動を始めたのが『早苗ちゃん』であり、肉体に残った方の霊体が『早苗さん』となった。両者はバラバラに成長したが、現在は融合して本来の状態に戻っている。しかし人格的には完全な融合には至っていなかった。

 二人の人格は同じ記憶と感情を共有しつつも、全く別人であるかのように振る舞う。片方の人格のみで行う幽体離脱がその顕著な例で、この時は一時的に記憶や感情が別保存されており、伝えようとした時と一人に戻った時に記憶と感情の統合が起こる。その為、どちらが肉体に残っているのかというバリエーションの差はあれど、単純に二人に分かれていた頃に戻ったように見える。
 今がまさにそうで、早苗の肉体から抜け出した『早苗さん』がふわふわと宙を漂いながら、孝太郎(こうたろう)と話をしていた。

『私が主導権を握るなんて無理ですようっ!』

 彼女は必死だった。好き放題している『早苗ちゃん』が手に負えず、それを何とかして貰う為に孝太郎に協力を求めた訳なので、危ない時には主導権を握れというのは答えになっていないのだ。
 早苗の中には『早苗ちゃん』と『早苗さん』の人格が同居していて、基本的に周囲の環境に合わせて適切な方の人格が表に出てくる。だから孝太郎達と遊んでいる時などは『早苗ちゃん』が出てくる確率が高く、自宅の東本願家に居る時には『早苗さん』が出てくる確率が高い。環境に合わせて完全に使い分けられていないのは、それぞれの嗜好や意志の強さの影響を受けている為だった。例えば孝太郎達と一緒であっても、宿題に飽きた時などは『早苗ちゃん』は『早苗さん』に交代してしまう。逆に自宅にいても『早苗さん』が苦手とする運動などをする場合には『早苗ちゃん』に代わる訳だ。

 そして『早苗ちゃん』の霊能力が意識しなくても垂れ流しになっている状況は、そのまま『早苗ちゃん』の感情がとても強くなっている状況を意味する。だからそれを『早苗さん』が抑え込んで主導権を握るのは難しい。同等以上に感情を昂らせないといけないからだ。それが自由に出来る状況なら、そもそも人格が表に出て来ている。そういった訳で、孝太郎の言葉は答えになっていない、という結論になるのだった。

「無理でも何でもやるしかないんだ。俺達が一緒の時には止めてやれるが、居ない時にはお前がやるしかないんだからな」
『でも勇気とか根性とか、だいたい「早苗ちゃん」が持ってっちゃうんですよ!?』

 大まかにだが、早苗の積極的な部分は『早苗ちゃん』が、消極的な部分は『早苗さん』が司っている。精神的なエネルギーの配分に関してもそれに準じるので、勇気や根性は半分以上が『早苗ちゃん』の方に宿る。逆に落ち着きや冷静さは大半が『早苗さん』の方に宿る。こういう配分では、強引に『早苗ちゃん』を止めるのは難しい。

「安易に取られるなよ。多少は抵抗して取り分を増やせ」
『だっ、だって「早苗ちゃん」はいつも急にやるから! 驚いてたら終わってて!』

 これもエネルギー配分の影響だった。落ち着きが『早苗さん』の方に行っている兼ね合いで、『早苗ちゃん』は落ち着きがなく衝動的な行動が多い。結果として『早苗さん』が気付いた時にはもう何か問題が起こってしまっている事が多くなる。またこれには長かった病院暮らしも影響していた。病院で不自由な暮らしをしていた関係で、『早苗さん』は行動する前によく考えるタイプに育った。だからどうしても『早苗ちゃん』に出遅れてしまうのだった。

「諦めてあたしに全部任せなさいって。あんたを消そうとか考えてないから。共存共栄、全早苗の人生に愛を!」

 アニメを見終わった早苗が口を挟む。そうしながら彼女はお茶を飲んだりお菓子を食べたりする。深刻そうな『早苗さん』とは正反対で、全くの他人事のようだった。

「お前、自分で宿題をやるのが嫌なだけだろ」
「えへへへへへ~」

 そして『早苗ちゃん』は無邪気な笑顔を浮かべる。もしかしたらこれが『早苗さん』にとって最大の問題なのかもしれない。『早苗ちゃん』はいつも無邪気で、悪意が無い。幽霊時代には孤独の影響で悪意が出てしまう事も多かった。だが肉体を取り戻し、愛というものを正しく理解した今の『早苗ちゃん』の魂は、かつてないほど安定した状態を保っている。おかげで悪意が芽生える隙がなく、無邪気に光り輝いていた。そしてその太陽のような輝きこそが、『早苗さん』が欲してやまぬもの。だから孝太郎と同じように、『早苗さん』も『早苗ちゃん』を叱るに叱れないのだった。

「お前さ、何かあっちの早苗に譲れないものはないのか?」

 こうなってくると、何でも良いので『早苗さん』が『早苗ちゃん』の気持ちを上回れるものが必要だった。それを利用して、瞬間的にでも『早苗さん』が主導権を握る事が出来れば問題は大分解決に近付くだろう。

『え、ええっと………』

 実は『早苗さん』にも譲れないものはあった。それは完全に彼女独自のこだわりで『早苗ちゃん』の影響はない。だがそれを孝太郎に言うのは憚られた。孝太郎だからこそ、言えなかった。

「素直に言えばいいのに」

 自分が不利になる事なのに『早苗ちゃん』はそう言って呑気に笑う。全早苗の人生に愛を、それは言葉だけでなく本心なのだ。

『早苗ちゃんっ!?』

 これに驚いたのは『早苗さん』の方だった。そしてやはりというか、『早苗さん』の制止は遅れる。この時『早苗ちゃん』は既に、孝太郎の服をぐいぐいと引っ張っていた。

「あのね、孝太郎。この子ったらね、孝太郎が寝てる時に、首のあたりの匂いを嗅ぎたがるんだよ」

 早苗が孝太郎を好きだという事は明らかだった。『早苗ちゃん』は元々孝太郎が大好きだったし、『早苗さん』も初めて逢った時から気になっていた。孝太郎の背中に一目惚れしたと言って良いかもしれない。
 だがその愛情の示し方、受け取り方には『早苗ちゃん』と『早苗さん』では大きな違いがあった。『早苗ちゃん』は双方向的な愛情を好むのに対し、『早苗さん』にはまだ照れがあって一方向の愛情を好む。しかし愛情の量だけは同一人物なので変わらないから、それが多少過激な方向に進む。その結果として表れてくるのが、寝ている孝太郎の匂いを嗅いで存在を実感したいという願望だった。

『いやああぁぁぁぁぁぁっ!! や~~~め~~~て~~~!!』

 しかし『早苗さん』は女の子。それがとてもはしたない願望であるかもしれない可能性を十分に理解していた。また、孝太郎に知られると今後やり難くなる。そんな事をばらされてしまった訳なので、消えてしまいたい程のダメージを受けていた。そして実際に『早苗さん』の霊体は身体に吸い込まれ始めていて、姿がぼんやりし始めていた。

「まあ、あたしも嫌いじゃないんだけどね。そもそも匂いが嫌なら、孝太郎とくっついて寝たりしないし」

 ここでも『早苗ちゃん』は無邪気だった。彼女は『早苗さん』とは違って、何でも良いから孝太郎との繋がりを求めている。それは彼女が孝太郎にくっつく時に、自分の身体が邪魔をして距離が遠いと感じる程だった。

「………お前、もっと自分を大事にしろよ」
「えっ?」
『終わった………も、もう、お嫁に行けない………』
「なんで??」

 ともかく『早苗ちゃん』は孝太郎なら何でも好きなのだ。だから匂いが好きでも別に良いじゃないと思っており、はしたない秘密が明かされて落ち込む『早苗さん』の気持ちは全く理解出来ていなかった。



   ◆◆◆次回更新は4月26日(金)予定です◆◆◆

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