第26編 『遂に勃発!!「早苗ちゃん」対「早苗さん」』 シーン04

作者:健速

シーン04 孝太郎と早苗の問題



 同じ強さの気持ちであっても、その示し方には個人差がある。『早苗(さなえ)ちゃん』はありのままを見せ合うべきだと思っているが、『早苗さん』はなるべく可愛い自分を見て貰いたいという願望が出る。これは『早苗ちゃん』程には、自分自身に自信が持てていないからこそ出てくる願望だった。

『うっうっうっ、もう駄目だ、変態だと思われた………うっ、ううぅっ』

 そんな『早苗さん』なので、『早苗ちゃん』に孝太郎(こうたろう)の匂いを嗅ぐのが好きだとバラされてしまったダメージは計り知れないくらい大きかった。今の彼女は孝太郎の視線から逃れるように部屋の端へ移動し、さめざめと涙を流している。またその姿はぼんやりとし始めていて、そう遠くないうちに幽体離脱が解除されてしまいそうな雰囲気だった。

「………ちょっとは加減してやれよ。相手は自分だろ」

 孝太郎は呆れ顔だった。ただし呆れているのは『早苗さん』に対してではなく、『早苗ちゃん』に対してだった。『早苗ちゃん』の無神経な言葉に飽きれていたのだ。

「だってこんなにショックを受けるとは思わなかったんだもん」

 これは厳密には無神経というより『早苗ちゃん』の考え方が単純で強いせいで、『早苗さん』の控えめで受け身な考え方が想像出来ない事に起因している。悪気の有無、加減の有無とは別次元の問題だった。

「お前自分の事にとことん興味ないのなー」
「興味ないというか、どんな自分でも受け入れる覚悟なのです」
「物は言いようだなぁ、おい………」

 ありのままを見せ合う以上、もう一人の自分がどうであっても構わない。非常におおらかと言うべきか、非常に杜撰(ずさん)と言うべきか。ともかく『早苗ちゃん』は『早苗さん』がどう存在していても構わなかった。しかしそれをまるごと周囲に見せてしまおうと思ってしまうあたりで、二人は決定的にすれ違うのだった。

「何とかしてよ、孝太郎ー」
「お前のせいだろうが。自分で何とかしろよ」
「そうだけどさー、孝太郎がそれでいいって言ってあげればすぐ収まるじゃん」
「そういう部分だけは良く分かってるのな」
「そりゃそうだよ、結局は自分だもん」

 世界との接し方が二種類あるだけで、『早苗ちゃん』と『早苗さん』はどちらも同じ魂と感情を持っている。だから表面では決定的に擦れ違うが、本質的には擦れ違いようがない。そんな訳で『早苗ちゃん』はこの部分だけは自信満々だった。

「しょうがないなぁ………」

 孝太郎は渋々腰を上げる。孝太郎としても、今日のこの一件を機に『早苗さん』が出て来なくなってしまったらとても困る。『早苗ちゃん』の言葉通り、『早苗さん』も居てこその早苗なのだ。

「おい」
『ひゃうっ』

 孝太郎に声をかけられた『早苗さん』は身体を引き摺るようにして逃げ出した。だが霊体なので音は出ない。ちょうど『ズササササッ』という音が合いそうな逃げ方だった。

 ―――ちょっと濃くなったか? って事は、変な女だと思われたとは考えていても、嫌われたと考えていた訳ではないんだな………。それによく考えると、壁を抜けて外までは逃げていかない訳だしな。

 この時、孝太郎は『早苗さん』の霊体の色が僅かに濃くなった事に気付いていた。それは孝太郎が声を掛けたから起こった変化なので、その事から彼女の心理が幾らか読み取れた。消えてしまいたいぐらい恥ずかしいと思っているが、本当に消えたい訳ではない。それはもしかしたら………という心の表れだった。

「別にお前が匂いを嗅いだぐらいでどうこう思ったりしないから、とりあえず泣くのを止めてこっちに戻ってこい。話途中だったろ」
『ほ、本当ですか?』

 孝太郎の言葉は『早苗さん』にとっては願ったり叶ったりだった訳だが、やはりすぐには信じられない。孝太郎を信じていればこそ、本音はどうあれ優しい言葉を言ってくれたのではないかと考えていたのだ。

「お前に嘘ついても意味がないんだよ。何なら確かめてみろ」

 孝太郎はそう言って右手を差し出す。

『あっ………』

 孝太郎が早苗に嘘をつく意味はない。霊能力が高い早苗なので、いつも一緒の孝太郎の思考ならほぼ確実に読めるのだ。

『じゃあ、えと………』

 遠慮がちに、『早苗さん』は孝太郎の手に触れる。すると手と重なるようにして存在している孝太郎の霊体から、思考が一気に流れ込んできた。

「どうだ?」
『………』

 孝太郎が問い掛けても『早苗さん』は無言だった。その代わりに彼女は、顔を赤らめて目を伏せる。同時に両手を合わせて指先をこねくり回しながら、孝太郎の視線から逃れるように僅かに身体をくねらせた。そして彼女の霊体は、『早苗ちゃん』の暴露話の直前と同じか、それ以上のはっきりとした姿を取り戻していた。

「まったく………手間のかかる奴め」

 そんな『早苗さん』の様子から、孝太郎は彼女がちゃんと理解できたらしい事を感じ取った。そして小さく笑いながら手を引っ込めた。

『………あの、お、お手数、おかけしました………』

 そして『早苗さん』は赤い顔のまま頭を下げる。孝太郎から読み取った何かがそうさせているのだろう、『早苗さん』はその後もしばらく赤い顔のままだった。



 強い感情というのは、それが何であれ強い霊力の源になる―――それを思い出した孝太郎は、赤い顔をしている『早苗さん』はこれまでより強い霊力を発しているのではないだろうか、と考えた。

「お前、今考えてる事をもっと、強くイメージ出来るか?」
『そっ、そんな恥ずかしい事をするんですかっ!?』
「あれ? 恥ずかしい事考えてたのか?」
『とっ、とんでもないっ!』

 ぶんぶんと音がしそうなくらいの勢いで『早苗さん』は首を横に振る。このやりとりによって、幸か不幸か、彼女の頭の中で赤い顔の原因が強くイメージされていた。それは孝太郎の背中にしっかりとしがみついている自分の姿。匂いだけでなく、全身で孝太郎の存在を感じ取ろうという姿だった。やはり『早苗さん』にとっても、孝太郎の背中は特別な意味がある。実のところ、匂いを嗅いでしまうのはこれが出来ない代わりに行う行為なのだった。

「………思った通りだ、凄い力が出て来たな」

 霊波に目を凝らしていた孝太郎は満足げに頷いた。『早苗さん』から放出されている霊波はこれまでにない強さになっていた。

「あんた、やればできるじゃん」
『えっ?』

 ここで『早苗さん』も自身の霊力の高まりに気が付いた。彼女が霊能力を扱うようになってからの時間が短い分だけ『早苗ちゃん』には及ばないものの、今一歩というところまで迫っていた。

『私、こんなに………』
「よし良いぞ、そのイメージにピーマンを加えろ」
『ピーマン?』

 孝太郎のぬくもりと、全身を包んでくれるその霊力。顔は首筋に押し付けているから、呼吸すれば孝太郎の匂いがする。そんな幸福なイメージの中に、何故かピーマンがころころと転がり込んだ。

「やめてぇっ、それだけはぁっ!!」

 その瞬間、『早苗ちゃん』の表情が凍り付いた。そして『早苗さん』のイメージの中の孝太郎は、ピーマンを拾い上げると生のまま一口齧った。

「ぐわああああぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 その途端、『早苗ちゃん』はホラー映画の悪役の死に際のような叫び声をあげ、気配を大きく薄れさせる。気が付くと『早苗さん』は身体の中に戻っており、『早苗ちゃん』から身体の主導権を奪う事に成功していた。

「やった!」
「どうして………?」

 これまで『早苗さん』がどう頑張っても出来なかった事が、あっさりと成功していた。孝太郎としては期待通りの結果だったが、『早苗さん』はこの結果に首を傾げるばかりだった。

「お前はピーマンが苦手だが、食べられないほどじゃないよな?」
「それはまあ」

 孝太郎に問われると、『早苗さん』はこくりと頷いた。『早苗さん』は香りの強い野菜は苦手だが、頑張れば食べられなくもない。その辺りは小さい頃から忍耐が続いた彼女特有の性質だった。

「だがあいつはゆりかと同じで、絶対に食べたくないんだよ。だからあいつだけダメージを受けてお前が主導権を握ったって訳だ」

 二人の経験の差で、単純な霊力勝負では『早苗さん』が押し負ける。だがそこにピーマンという要素を加えれば話は違う。ピーマンは『早苗ちゃん』だけに存在している弱点なので、彼女の気合だけを削ぐ事が出来る。そうすれば有利不利が覆り、『早苗さん』が主導権を握れるという訳だった。

「今後、あいつがやらかした時はこの手で行け」
「は、はいっ! ありがとうございます!」

 そして『早苗さん』が『早苗ちゃん』の危険行為に気付いた時も、この手を使えば止めさせる事が出来るだろう。要するに自身に合った霊能力の高め方と、『早苗ちゃん』の弱点を組み合わせれば良いという訳だった。

「もー孝太郎ぉっ、どーして最愛の早苗ちゃんが困るようなコトを、平気で教えちゃうワケ!? あたしが苦しんでもいいっていうのっ!?」

 もちろんそれは『早苗ちゃん』にとって我慢ならない事だった。とはいえ危ない事を止めて貰えるのはありがたいので、むしろ『早苗ちゃん』の怒りは彼女の弱点を安易に教えてしまう孝太郎の方に向けられていた。

「あたしをいじめて喜んでるんでしょおっ! この根性悪っ!」
「違う違う。俺はどんなお前でも受け入れる覚悟だ」
「うーそーだー!!」

 再び主導権を握った『早苗ちゃん』は、孝太郎に対して激しい抗議を行った。そしてそれは激しい怒りに後押しされて、物理的な抗議活動に変化する恐れもあった。

「あたしの目を見て、繰り返し愛してるとゆえー!!」
「………あぁ、お茶が美味い」

 しかし孝太郎は涼しい顔でお茶を飲み続けている。何故なら本当にまずい時には、『早苗さん』が助けてくれる事を知っているからだった。



   ◆◆◆次回更新は6月7日(金)予定です◆◆◆

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