第27編 『ある一日』 シーン02

作者:健速

シーン02 昼


 静香(しずか)が弁当のフタを開けた時、周りを囲む少女達から歓声が上がった。彼女らが声を上げたのは、美味しそうなのはもちろんなのだが、もう一つ別の理由があった。

「………見覚えはあるんだが、何のキャラクターだっけ?」

 孝太郎(こうたろう)は軽く首を傾げる。この日に静香が作って来た弁当は、いわゆるキャラクター弁当だった。黄色いネズミが電撃を放っている様子が、多人数用の大きな弁当箱いっぱいに再現されている。孝太郎にもこの黄色いネズミに見覚えがあったが、どの番組であったのかがすぐには思い出せない。そしてそんな孝太郎でも分かるぐらい、このキャラクター弁当は上手く出来ていた。

「ロケットモンスターですよぅ。そしてぇ、大人気のピコファラットちゃんですぅ!」

 ゆりかが自慢げに解説する。やはりアニメの事となるとゆりかの独壇場だった。すると孝太郎は大きく頷いた。

「そうだったそうだった。ともかく良く出来てるなぁ………かなり時間かかったんじゃないですか、大家さん?」
「あはははっ、実は五時前からやってたの。時間との戦いだったから、幾つか予定とは違う表現で誤魔化しているところがあったりするのよ」
「それでも随分手間がかかっているようだ。かなり思い入れがあるように見えるが」

 自分も料理をするので、キリハには静香の努力が良く分かった。十人前の弁当をキャラクター弁当として仕上げるのは簡単な事ではない。だからそれをやったというだけで、キリハには特別な意味があるように思えるのだった。

「こういうお弁当に憧れてたのよ。だから自分で作っちゃう事にしたの。幸い食べてくれる人はいっぱいいる訳でしょう?」

 場の雰囲気を悪くするので明言はしなかったが、厳密に言うと静香が手作りの弁当に憧れるのは、両親を亡くしているからだった。中学や高校では母親に手作りの弁当を作って貰っている友人が少なくなかった。それを羨ましく思っていたのだ。幸い今の静香には弁当を作る相手がいる。喜んで貰える。だから素直にその気持ちを形にした、という訳なのだった。

「よし、食おう」

 孝太郎は早速キャラクター弁当に箸を伸ばす。おかげで早くもピコファラットの形が崩れてしまった。これが他の者が作った弁当であったなら『もうちょっと眺めてからでも良いじゃない、デリカシーないよ!』というような抗議もあっただろう。だがみんな静香の事情を知っているから、少女達は孝太郎のこの行為をむしろデリカシーがあると感じている。それが静香の望みだったから。

里見(さとみ)君好みのは二段目の方に沢山入ってるわよ」

 孝太郎がピコファラットの耳の部分―――薄い卵焼き―――を食べていると、静香が笑顔で弁当箱の二段目を指し示した。

「是非、食べたいです」
「ふふふ、はい」

 静香は笑いながら弁当箱の一段目と二段目を分離する。現れた二段目には、唐揚げやハンバーグなど、キャラクター弁当のデザインに使いにくいものがまとめて入れられていた。そこからハンバーグを摘まみ上げた孝太郎が笑う。

「………キャラ弁って白鳥みたいですね」
「白鳥? どういう事?」
「地味な部分は全部水面下にある」
「あはは、そうかも」

 そうして静香は孝太郎達と一緒に弁当を食べ始めた。そして静香はこう思う。もし母さんが弁当を作ってくれたのだとしたら、きっとこんな気持ちだったのだろう、と。



 静香の事情は分かるし、キャラ弁の宿命として配色上必要である事も分かる。しかしそれでも早苗(さなえ)には耐えられない事があった。ハートマークに切り抜かれて可愛い感じになっている、宿敵・ニンジンだった。

「………そーっと、そーっと………」

 早苗は自分の取り皿のニンジンを()まみ上げると、細心の注意を払って隣に座っているティアの取り皿に移す。早苗は霊波を見ながらやっているので、流石のティアでもこれに気付くのは難しい。しかもちらし寿司の所に置いてきているので、配色的にもティアが気付くのは困難だった。

「………よし、成功成功………次は………」

 続いて早苗が摘まみ上げたのは、第二の宿敵・ピーマンだった。炒め物を持って来た時に知らずに持って来てしまったのだ。これを誰かに押し付けない事には、早苗は生きた心地がしなかった。

「………そーっと、そーっと………」

 早苗は再びティアの霊波に注目する。幸いティアは甘い卵焼きか、甘くない卵焼きかで悩んでいて、早苗には注意を向けていない。チャンスと見た早苗は素早くピーマンをティアの取り皿に載せた―――のだが。

「………何をやっとるんだ、お前は?」
「ぎくっ!?」

 早苗はティアの皿にピーマンを載せて素早く手を引こうとしたのだが、孝太郎の左手にその手を掴まれた。その瞬間、早苗は自らの失敗を悟った。孝太郎の霊波からは、早苗の行動に呆れている感情が伝わってきていた。

「はっ!?」

 そして早苗は同時に孝太郎のもう一つの考えを察した。孝太郎は早苗の手を掴んだまま、ティアの皿に置かれたピーマンを食べてしまおうと考えていた。孝太郎と早苗の霊力は親和性が高いので、手を掴まれた状態で孝太郎が食べたものの味は、霊波としてほぼストレートに早苗に伝わる。しかも孝太郎はわざとよく味わって食べるので、早苗は普通に食べる以上の大きなダメージを負う。危険は迫っている。一刻も猶予はなかった。

『緊急脱出っ!』
「ああっ、『早苗ちゃん』ったらまたぁっ!?」

 孝太郎の意図を察した早苗は、大慌てで幽体離脱した。無論『早苗ちゃん』だけでだ。身体の方には『早苗さん』が残され、その頭上を幽体離脱したばかりの『早苗ちゃん』が漂っていた。

「ちっ、逃がしたか………」
『ちょっとぉっ、孝太郎っ!! どうしてそういう意地悪を考えるのっ!? がーでぃあんえんじぇる「早苗ちゃん」はピーマンを食べると死んじゃうのよ!?』
「死ぬ訳ないだろ。ちゃんと食え」
『絶対にイヤ』

 首を大きく横に振る『早苗ちゃん』。彼女はピーマンを食べる気はさらさらない。お昼が終わるまで身体には戻らないつもりだった。

「孝太郎さん、ここは私が食べます!」

 そんな『早苗ちゃん』をしばらく見上げていた『早苗さん』だったが、瞳に強い決意を宿して堂々とそう宣言した。

「いや、『早苗さん』が食べても意味が―――」
「大丈夫です! 合体する時にピーマンの味が『早苗ちゃん』の方に伝わるようにします!」
『やめてぇっ、それだけはぁっ!!』

 二人の早苗が合体して一人に戻る瞬間、『早苗さん』はあらかじめ記憶しておいたピーマンを食べた時の霊波パターンを再現する。すると合体した早苗は霊波パターンからピーマンの味を再構成、彼女は再びピーマンを味わう事になる。これは徐々にだが霊能力の扱いに慣れ始めた『早苗さん』の奥の手だった。



 これでもかとピーマンの味を体験した早苗は、そのまま後ろ向きに倒れた。自分で食べねばならない時には素早く飲みこんでいたものを、まともに味わってしまったのだからダメージは計り知れない。早苗はうるうると涙を流していた。

「………じ、自分に裏切られた………」
「先に裏切ったのはお前だろ」
「ウッ………」
「反省したか?」
「うん。だから少し慰めれ」
「えらい、えらい」

 泣くほど嫌だったのか―――流石にちょっと可哀想になった孝太郎は、早苗の頭をぐりぐりと撫でてやる。それでちょっと元気になったのか、ここで早苗の涙が止まった。

「もっとむやみやたらに愛情を込めて!」
「どんなんだそれは………ピーマン食べてえらい」

 孝太郎は小さく苦笑する。この苦笑は早苗に向けられたものではない。早苗に厳しく出来ない自分に向けられたものだった。

 ―――まったく………最近妙にやりにくいな………。

 厳しくしようとしても、ぎりぎりのところで仏心が出てしまう。早苗が悲しんでいる顔を見ていると、最後まで厳しく出来ずついつい甘やかしてしまうのだ。これは早苗だけに限った話ではない。孝太郎は六畳間の少女達に対しては、多かれ少なかれ同じような気持ちを抱えていた。

「おい、コータロー」

 そんな時だった。倒れた早苗の向こう側にいるティアが、孝太郎の腕を突っついた。ティアはじーっと孝太郎の顔を見つめていた。

「どうした?」
「別にどうもしないが………見ておれ」

 孝太郎と目が合うと、ティアは皿の上にあったピーマンとニンジンを食べ始める。

 カリカリカリカリ

 その姿はさながらリスが木の実を食べているかのようだった。

「んくっ。どうじゃ?」

 そしてピーマンとニンジンを飲み込むと、ティアは再び孝太郎をじっと見つめた。

「どうじゃって?」
「鈍い奴じゃの、わらわもピーマンとニンジンを食べたぞ! 存分に褒め称えよ!」

 ティアは孝太郎の方に頭を差し出す。実は早苗を見ていて羨ましくなったのだ。

「別にお前、ピーマンもニンジンも嫌いじゃないだろ」
「今は嫌いじゃ!」
「お前、それは逆に怒る必要があるぞ」
「なんでわらわの事はナデナデ出来んのじゃ! ずるいぞ! わらわにも等しくその権利があろう!」

 ティアは膨れっ面で孝太郎を見つめる。今にも爆発して殴りかかって来そうだった。

 ―――しかし………これは………なんだろう、この感じ………。

 それはよくある光景だったのだが、孝太郎はティアの瞳の奥に、これまでとは少し違う輝きを見付けてしまった。その瞬間、孝太郎はティアの言う通りにしてやれば良いんじゃないかという気持ちになっていた。

「分かったよ、俺の負けだ」
「最初からそう言えばよいのじゃ」
「えらいえらい、ピーマンとニンジン食べてえらい」

 観念した孝太郎はそう言いながらティアの頭を撫でる。するとティアは嬉しそうに目を細める。少し前までの不満げな表情は、どこかへ飛んで行ってしまっていた。

「ふふふふん、そうじゃ。わらわは偉大なのじゃ」
「こんな姿を見たら、国民はがっかりするぞ」
「そなたががっかりしなければ問題ない。これはそなたにしか見せぬものじゃ」
「………」
「がっかり、しておるのか?」
「………いいや。がっかりしていない自分に、驚いてる」
「ふふ、それでよいのじゃ、我が騎士よ」

 そしてこの時のティアの笑顔を見て、孝太郎は自分の判断は間違っていなかったらしいと感じた。不思議と、引き込まれる笑顔だった。

「へぇ………キィ、ピーマンとニンジンを食べれば良いようですわよ」
「そのようだな。よもや我らには出来ぬという事ではなかろう」

 だが別の意味においては、どうやら孝太郎は判断を誤ったようだった。



   ◆◆◆次回更新は6月21日(金)予定です◆◆◆

              ※お知らせ※
現在連載中の第27編『ある一日』を以て、『六畳間の侵略者!? へらくれす!』の
「読める!HJ文庫」での連載を一旦終了とさせていただきます。
長い間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
HJ文庫にて刊行中のシリーズ本編はまだまだ続いて参りますので、
これからも『六畳間の侵略者!?』を何卒よろしくお願い申し上げます。
                               HJ文庫編集部

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