第27編 『ある一日』 シーン03

作者:健速

シーン03 夕方



 放課後、琴理(ことり)は一〇六号室を訪れていた。これは晴海(はるみ)にある事を相談する為だった。その相談というのは、琴理が貰った一通の手紙についてだった。

「………私は席を外しましょうか?」

 たまたま一〇六号室で騎士団の帳簿を付けていた()()は、琴理の深刻そうな雰囲気を察して気を遣った。帳簿ぐらい何処で付けても同じなのだ。

「いえ、大丈夫です。というより、出来れば真希さんにも聞いて頂きたくて」

 琴理は首を横に振った。今の琴理は出来る限り多くの、信頼できる人間の助言を必要としていた。真面目な真希ならなおさらだった。

「分かりました。それで………何があったんですか?」
「これです」

 琴理は通学に使っている鞄から、一通の手紙を取り出した。それは真っ白な封筒で、比較的綺麗な文字で『松平(まつだいら)琴理(ことり)様』と宛名が記されている。琴理はそれを晴海と真希の前に置いた。

「中を見ても構いませんか?」

 晴海は手紙を手に取り、琴理に確認する。すると琴理は大きく頷いた。

「はい。今回ばかりは見て頂くしかありませんので」

 本当はプライベートな手紙なので他人の目には触れさせない方が良い。しかし相談する上でどうしても必要な事だった。

「それでは………」

 カサッ

 晴海は封筒の中から便箋を取り出すと、真希にも見えるようにちゃぶ台の上に広げる。そうして二人は頭をくっつけ合うようにして便箋を覗き込んだ。

「まぁ、ラブレターですね!?」

 しばらく文面を追ったところで、晴海は大きく目を見張った。そして同時に少し安堵する。それ以外の深刻な問題が発生しているのかもしれないと、思わないでもなかったからだった。

「しかし………何だかこう、判断に困る文面ですね」

 真希はこの時点で琴理の意図を理解し、大きく繰り返し頷いた。

「そうなんです、手紙としての体裁は文句なしなんですが、内容がどうにも………こう、チャラチャラしているというか………」

 琴理が困っていたのはラブレターを貰った事というより、内容の解釈が難しいという事だった。



 手紙としては申し分なかった。十代の男子生徒が書いたにしては文字は綺麗だし、手紙の作法もきちんと守られている。だが問題は中身だった。

「ええと………『初めて君の瞳【心の窓】を見た時、俺のソウルにビビットな色彩が広がり、バイブスアゲアゲで』………これ、日本語ですか?」

 晴海は困惑気味だった。文面には晴海の常識の外側にある単語がずらりと並んでいる。琴理が相談しに来たのも当然のように思えた。

「私にはどちらかというと、歌の歌詞のように見えますが」

 ヘッドホンを買ってから音楽を聴く事が多くなった真希は、この文面にそのような印象を持った。歌詞として見た場合、ありそうな内容に思えたのだ。二〇一一年現在、既にビビットは一般化されつつあるが、バイブスはまだ音楽の専門用語に留まっている。そうした特殊な単語、言い回しが文面全体にこれでもかとちりばめられ、結果的に何を言いたいのかが分かり(づら)くなっている。真希が歌詞だと考えたのも、琴理がチャラチャラしてると考えたのも、自然な成り行きと言えるだろう。

「こういった次第でして………これにどう反応して良いのか分からなくて、それで晴海先輩に相談しに来た、という訳なんです」
「分かります。これは困っても仕方がない内容です」

 晴海はここで琴理の気持ちが完全に理解できた。こういう特殊なラブレターを貰えば、混乱して当たり前だった。

「とはいえしっかりしたラブレターですから、半端に返事をする訳にもいかない、と」
「はい………」

 真希の言葉に琴理は力なく頷く。ラブレターというものの性質上、いい加減な返答をしたくはない。自分がラブレターを書いた時の事を思うと、琴理はきちんとした対応が必要だと思うのだ。だがいまいちピンとこない。そこが問題だった。

「私は明確な拒絶を示す、という方向で良いと思います」

 真希の答えは明快だった。そのあまりに明快な答えに、慌てたのが琴理だった。

「どっ、どうしてそう考えたんですかっ!?」
「ラブレターという一番大事なものの内容が、松平さんに上手く伝わっていません。仮にそういう相手と交際した場合、日常的に会話が成り立たない可能性がうかがわれます」

 ラブレターという特別なもので上手くコミュニケーションが取れないなら、日常の会話など言わずもがな。それにこの内容で琴理に気持ちが伝わると考えた事自体も大きな問題だ。相手に合わせたコミュニケーションが出来ない、あるいはする気がないのだから。

「確かに、そういう人である可能性はありますね」

 晴海も真希に同意する。ただし晴海はあまり人を疑わない性格なので、そういう事もありえるだろうなというくらいの感覚だった。そしてこれは琴理も同じだった。

「そうですよね、ラブレターほどきちんと伝えなければいけない文章も珍しい………」
「ただし、これには一つだけ例外があります」

 真希は最後にそう付け加える。

「例外、ですか?」
「ええ。そのラブレターが気になるかどうか。気になって頭がいっぱいになっているようなら、万に一つがあると思うんです」

 基本的に明確な拒絶で問題ない。だが、とても気になるなら、万に一つがあるかもしれない。真希はそう考えていた。

「どうしてそう思うんですか?」

 晴海は首を傾げる。真希の意図が晴海には想像出来なかった。琴理もそうだった。

「私の個人的な経験からです。私は最初の頃、里見(さとみ)君を倒すべき敵だと思っていました。どうやってやっつけよう、毎日そればかり考えて………」

 真希はそう言うと、自身の頬に手を当てながら、ふぅと溜め息をつく。今にして思えば情けない限りだった。

「でもそれが私と里見君の最初の繋がりなんです。だから良い悪いどちらの感情であれ、そのラブレターが気になるというのなら、私のようになる可能性がなくはないだろうと思うんです。松平さん流に言うなら、それが運命の導きかもしれません」

 真希は最初から孝太郎だけを見ていた。本来の敵であるゆりかよりも、孝太郎の方に注目していた。そしてそれこそが孝太郎との関係を生み出した。善悪どちらであっても、強い思いは運命を導くきっかけになり得る―――真希はそう思っていた。

「運命の導き………」

 琴理はポツリとそう呟くと、再び手紙に視線を向けた。真希が言う意味は琴理にも良く分かる。運命というものは、思わぬところからやってくる。孝太郎が良い例だろう。ただ友達を助けようと頑張っていたら、宇宙の英雄になってしまったのだ。

「ちょっと、ゆっくり考えてみようと思います」

 手紙を貰ったばかりという事もあって、琴理はまだ混乱していて自分が手紙に対してどういう感情を抱いているかがはっきりとは分からない。もう少し時間をかけて考えてみたかった。

「そうして下さい。やり直しが効かないのも、運命というものの特徴ですから」

 真希は琴理にそっと笑いかける。真希は琴理にも運命の相手と結ばれて欲しいと思っていた。それがこの手紙の主であるのかどうかは分からないが、慌てて決めても良くないのは明らかだ。時間はまだある。ゆっくりと後悔のない選択が必要だった。



 真希との話で大まかに方向性を見出した琴理だったが、答えを出す上でもう少し情報が欲しかった。そこで琴理は人見知りを必死に抑え込んで、思い切って訊ねてみた。そうしたくなるほど琴理は困っていたのだ。

「えっと………あの、晴海先輩はどうだったんですか? その、コウ兄さんと初めて出逢った時は………」
「里見君と?」

 琴理の言葉に、晴海は目を丸くした。そしてすぐに顔を赤らめる。やはりそれは晴海にとって特別な想い出だった。

「はい。初めて逢った時に、何を感じたのか、それとも何も感じなかったのか………。その辺をお訊きしたくて」

 晴海が孝太郎と出逢った時に感じたものを、琴理が手紙から感じていれば、それは運命の相手なのかもしれない。逆に同じものを感じないなら、そうではないのかもしれない。琴理は判断材料を増やす為に、真希だけでなく晴海の経験を知っておきたかった。

「ええと実は………私はある事情から里見君と二度出逢っているんですが、どちらが知りたいですか?」
「二度?」
「私自身と、アライアさんです」

 吉祥春風高校で一度、二千年前のフォルトーゼで一度、晴海は孝太郎と出逢っている。晴海には話せる事が二つあった。

「両方訊きたいです! まずはアライア姫からお願いします!」

 琴理は身を乗り出して目を輝かせる。出逢いが二度あるなんて、悩める琴理には願ってもない事だった。当然判断材料を増やすべく、両方知りたかった。晴海は照れ臭そうに笑うと、興奮気味の琴理に話し始めた。

「ええと、アライアさんの時は………正直、恋愛がどうとか言っている余裕はありませんでした」
「どうしてですか?」
「マクスファーンの軍勢に追われて絶体絶命だったんです。そしてもう駄目だと覚悟を決めた時に、里見君が助けに来てくれたんです」

 晴海はそう言って目を細める。晴海はその時の事を、昨日のことのように覚えている。崖の上に追い詰められ、死を覚悟したその時。目が醒めるような青い色の鎧を着た騎士が颯爽と現れ、晴海を―――アライアを救い出した。忘れようにも忘れられない、特別な思い出だった。

「そっか、あの演劇の最初のシーンですね! 本当にあんな感じだったんですか!?」
「はい。もちろんそれは鎧の力だったんですが、その時の私には分かりませんから」
「なるほど、あんな状況じゃあ恋愛感情なんて感じてる暇はなさそうですよね」
「はい。でも里見君と向かい合って話をした時には、もう信じようって気になっていました」

 孝太郎には不思議な雰囲気があった。孝太郎は穏やかで優しく、厳しい言い方をすれば騎士らしくなかった。しかしそれこそがアライアが求めていたもの。それを感じた時からアライアは孝太郎を信じる事にしたのだった。

「分かります。私もちゃんと向き合った時には、もう信じる気になっていました」

 真希も同感だった。スキー旅行の時、真希は初めて真正面から孝太郎と向き合った。そしてその時にはもう、孝太郎を信じるようになっていたのだ。

「ふふふ、一緒ですね。だから何と言えばいいか………そうだ、松平さんもラブレターの主と直接向き合ったら、その時に何かを感じるかもしれませんよ?」
「………人見知りの私には難易度が高いですけれど………」
「私もそうでしたよ。それでも、逃げてはいけない事ってあると思いますから」
「はい。頑張ってみます」
「そうして下さい」
「では、晴海先輩自身の時はどうだったんですか?」
「私の時ですか?」

 思わず晴海の顔が綻ぶ。孝太郎との出逢いは、晴海にとって人生に明かりが灯った瞬間だった。それくらい強く、大きな意味があった。

「ふふ………あれはそう、里見君の合格発表の日でした」
「そんなに早かったんですか?」

 琴理は目を丸くする。自然と入学式の後ぐらいを想像していたのだ。

「私は編み物研究会の会長だったので、勧誘合戦に参加したんです」
「なるほど、それでそんなに早いんですね」
「はい。でも引っ込み思案で人見知りの気があった私は、上手く出来なくて………」
「気持ちは分かります。私もいつもそうです」
「そんな私でしたから、寄ってくるのは編み物なんてどうでも良い、ただただ女の子にしか興味がない男の子くらいで………絡まれて、逃げられなくなって………」

 晴海が情けなさそうにそう言った瞬間だった。晴海と真希は不意に、部屋の温度が二、三度下がったような気がした。

「………死ぬべきですよね、そんな男の人………」

 そして絶対零度かというくらいの、琴理の凍てつく囁き。あるいは時間さえ凍結させんとする呪詛。晴海と真希は部屋の温度が更に下がったように感じた。

「落ち着いて、松平さん! お兄さんの事じゃないから! えっとあの………真希さんも何か言ってあげて!」
「桜庭さんの言う通りよ! いくらお兄さんだって合格早々にトラブルを起こすほど滅茶苦茶な人じゃないわ!」

 このまま放っておけば大変な事になる。晴海と真希は必死だった。



   ◆◆◆次回更新は6月28日(金)予定です◆◆◆

              ※お知らせ※
現在連載中の第27編『ある一日』を以て、『六畳間の侵略者!? へらくれす!』の
「読める!HJ文庫」での連載を一旦終了とさせていただきます。
長い間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
HJ文庫にて刊行中のシリーズ本編はまだまだ続いて参りますので、
これからも『六畳間の侵略者!?』を何卒よろしくお願い申し上げます。
                               HJ文庫編集部

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