第27編 『ある一日』 シーン04

作者:健速

シーン04 夜



 この日の夕食の当番はキリハだった。だが料理を覚えたいという希望者が二人居た為、キリハはその指導役に回り、夕食は希望者二人の手に委ねられた。

「キィ、日本式の料理用ナイフは引き切りですのね?」
「基本的に日本の道具は引いて使うものが多くなっている」
「押し切りよりは、コントロールはし易い気がしますわね。国民性ですかしら………」
「クラン殿の性格にも合うのでは?」
「そうですわね、微細加工は精密なコントロールが命ですわ」

 一人目の希望者はクランだった。クランは料理コンテストで一応料理をした事があったのだが、高度な技術に頼りきりで本当の意味で料理をした訳ではなかった。クランは孝太郎(こうたろう)達と行動を共にするようになって多少の心境の変化があり、ここらで一度ちゃんとやってみようと考えた。幸い工具の扱いには長けていたので、包丁を握る手には不安はなかった。

「キリハ様っ、このカレーという料理は日本の文化の中ではどういった位置付けなのでしょうかっ!?」
「元々は百五十年ほど前にイギリスから入って来た外国の料理だ。それが時間をかけてローカライズされていった結果、日本の国民食と言えるほど愛されるようになった」
「それは素晴らしい!」
「それにこの料理で使う材料と調理法は、多くの料理に派生する。最初に覚えるには適切だし、大きな失敗がないのも特徴だ」
「助かります、みんなそういう文化の根っこの部分を知りたいと思いますし。………ところでコータロー様は、カレーがお好きなのですか?」
「心配ない、孝太郎はカレーが大好きだ」
「やったっ!」

 もう一人の希望者はナルファだった。彼女はフォルトーゼ本国で『ナルファ・ラウレーンの日本滞在記』と題して動画や静止画を始めとする各種コンテンツを配信しているが、その中ではしばしば日本文化を取り上げている。料理もその一つで、今回は自分で日本の料理に挑戦するという企画で撮影をしている。クランがキリハにお願いしているところに便乗した格好だった。

『ホー』
『ホホー』

 今回はナルファが自分で撮影が出来ないので、カメラ担当はカラマで、照明担当はコラマだ。()(しょう)の埴輪達はナルファ達の周りを飛び回り、絶妙な角度から最適なライティングで撮影し続けている。その姿はまるで本物のカメラクルーのようだった。実のところ自分達の目の記録映像をそのまま出力する方が良い映像になるのだが、あえてそれをしないのが埴輪達のこだわりだった。

「………コータロー様にも食べて頂けるかしら………」

 ナルファの意識がほんの僅かな間だけ、手元の包丁から孝太郎に向いてしまう。そのせいで、包丁は真っ直ぐに彼女の指に振り下ろされようとしていた。

「ナルファ、包丁を止めろ!」
「えっ―――」

 キリハが警告するが、包丁は止まらなかった。包丁はそのままの勢いでナルファの指に振り下ろされたかに見えた。

『設定された動作を検知だホ!』
『リアクション防御を発動するホ!』

 キンッ

「きゃっ!?」

 そして包丁の切っ先がナルファの指に当たる、その瞬間だった。ナルファの手が突然黄色い光に覆われた。それは埴輪達が展開させた霊子力フィールド。ナルファの危機を察して展開された霊力の盾は、包丁の刃を見事に受け止めてくれた。

「………び、びっくりしましたぁ………」
『ナルちゃん、もう大丈夫だホ』
「どうもありがとうございます、埴輪さん達」
『次は気を付けるホー』
「すみません、気を付けます」

 実のところ、撮影班が埴輪達なのはナルファを守る為という意味合いが一番強い。埴輪達の鉄壁の守りがあるからこそ、ナルファに包丁を握らせるという暴挙が成立するのだった。



 今回の動画の主な目的は日本料理の紹介と習得なのだが、同時にクランにインタビューするチャンスでもあった。無論ナルファはこのチャンスを逃さなかった。

「クラン様はどうして、料理を習得なさろうとしたのですか?」

 ナルファはそう言いながら鍋をかき混ぜる。具材を煮込んでいる時は過熱ムラが出来ないように時折かき混ぜる必要がある。ここまで来ると流石に手元の危険はないので、ナルファでもお喋りをする余裕があった。

「わたくしも一人の人間として、覚えるべき事は覚えるべきだと思い至りましたの。わたくしは皇帝を目指している訳ですから、知らぬ事だらけでは指導者は務まりませんでしょう?」

 クランも自分の鍋をかき混ぜながら苦笑する。今回はクランとナルファがそれぞれに味の違うカレーを作り、みんなで好きな方を食べる事になっていた。

「私達の生活までお考え頂いているのですね。今後のフォルトーゼを思う時、大変心強く感じます」
「そんなに有り難がる必要はありませんわ。わたくし自身、箱入りで育った自覚がありますの。マイナスのままにしておけなかっただけですわ」
「もったいないお言葉です。しかし………そうであるなら、一つ疑問が」
「疑問?」
「何故、フォルトーゼではなく日本の料理を習っているのですか?」

 フォルトーゼの皇帝になるのだから、国民を知る為にはフォルトーゼの料理を習う必要がある。しかしクランは何故か日本の料理を習っている。それは何故なのか? ナルファの疑問は明快だった。

「ウッ」

 カラン

 その瞬間、クランの手が止まった。ナルファが自分の鍋から目を上げると、クランの顔は強張っていた。そのままナルファがじっと見つめていると、クランの頬が少しずつ赤く染まっていった。

「………なるほど、そういう理由でしたか」

 そんなクランの様子から何事かを読み取ったナルファは、納得した様子で何度も繰り返し頷いた。

「わ、わたくしは別に………ち、地球の文化と生活を知る事は………決して………その、皇帝として………」
「それもまた、国民の為になります。ふふふ………」

 ナルファは目を細める。クランがその理由で日本の料理を覚えるというのなら、ナルファとしても国民としても大歓迎だった。

「あ、あなたの方はどうですのっ? どなたかに食べて頂く予定はありますのっ?」

 照れ隠しの意味もあって、クランの言葉は強い。だがナルファの方もそういうクランの事情は分かっているので、笑顔のまま答えた。

「私の場合は、コトリと家族………あとは………」

 親友と家族は真っ先に思い付いた。ナルファはその後にもう一人思い付いた。だが、その一人に関しては自信が持てなかった。

「あとは、故郷の友達………でしょうか」

 結局ナルファはそのもう一人に関しては言及しなかった。同時に誤魔化す様な笑顔に変わる。ナルファが自分の胸の中の感情を見定めるにはもう少し時間が必要だった。

 ガタン

「ただいまー」

 そんな時だった。玄関のドアが開閉し、孝太郎が姿を現す。その瞬間、ナルファの笑顔が弾けた。

「おかえりなさいませ! コータロー様!」
「おっ、今日はナルファさんが料理当番かい?」
「はいっ、キリハ様にカレーの作り方を習っているんです!」
「そりゃあ楽しみだな」
「えっ………食べて下さるんですかっ!?」
「ああ。折角だからな」
「ありがとうございますぅっ!!」

 輝く笑顔、弾む声、真っ直ぐな瞳。そんなナルファの様子を見たクランは、小さく苦笑した。

「あの子もひねくれていますわね………結論は明らかでしょうに。ふふふ………」

 その呟きは誰かの応えを期待したものではなかったが、近くにいたキリハが応えた。

「恐らく、まだ自分でも良く分からないのだろう。それに遠慮もある。特に汝ら二人の皇女に対して。それこそ汝らの結論は明らかであるから………」
「怪我以外にも、心配事が増えましたわね?」
「うむ。さしあたってこれだ」
 そうしてキリハは小さく笑うと、かき混ぜる主が居なくなって焦げそうになっているカレーの鍋の火を止めた。



 孝太郎は台所を通って六畳間へ抜けると、それまで着ていた制服の上着を脱いだ。制服は明日も着るものなので、しわになっては困る。そこで孝太郎は制服をかけるハンガーを取ろうとしたのだが、いつもの場所にハンガーはかかっていなかった。

「孝太郎、上着を」

 そんな孝太郎の目の前に白く美しい手が差し出される。その手の持ち主はキリハ。そして彼女のもう一方の手には、孝太郎が捜していたハンガーが握られていた。

「ああ、うん。ありがとう」

 既に数え切れないほど繰り返されてきた事なので、孝太郎は素直に上着をキリハに手渡した。もちろんキリハも当たり前のように慣れた手つきで上着をハンガーにかける。この時何故かキリハは孝太郎に背を向けている。その間に孝太郎がズボンやシャツを替えるからだった。

「台所は放っておいていいのか?」
「問題ない。もう仕上げの工程に入っているから、二人に任せて大丈夫だ」

 二人は互いに背を向けたままお喋りを続ける。そうしていても不思議とお互いの表情の想像はつく。それが可能になるぐらい、心を通わせた二人だった。

「えいっ」
「おおっ?」

 だがここで孝太郎が予想していなかった事が起こった。孝太郎がズボンを替え、上着に袖を通し終えたまさにその時、背中側からキリハが抱き付いたのだ。

「お、おい、急にどうした?」

 二人きりの時に、キリハがこの手の行動に出る事は珍しくない。だから孝太郎は驚きはしたが、困惑するような事はなかった。

「どうもしないが、時々は全力で愛情を示しておくべきではないかと思ったのだ」
「そうか」
「愛してる」
「よく分かってるよ。だから手を放してくれ」
「つれない言葉だ」

 キリハの声は本当に残念そうだった。しかし孝太郎の言葉には逆らわず、彼女はすぐに手を放した。振り返った孝太郎の目に、残念そうに微笑むキリハの顔が映る。その姿は十年以上前の彼女の小さな姿を思い起こさせた。

「………しょうがないなぁ、もう………」

 孝太郎はカリカリと頭を掻くと、何を思って放せと言ったのか、それをきちんとキリハに伝える事にした。

「………放せって言ったのは、キリハさんの顔が見えなかったからだよ………」

 孝太郎はとても言いにくそうにそう絞り出した。出来れば言いたくない事だったが、言わないと彼女を勘違いさせ、傷付ける。それは良くない事だと分かっていた。

「顔が………?」
「全力で示すなら、こっち向きだろ。一方通行でどうする」

 付き合いが長い孝太郎にも、こういう時のキリハの顔は分からない。良く分かっているからこそ、ちゃんとその顔を見たいと思ったのだ。

「孝太郎………」

 その瞬間、キリハの瞳からぽろりと光の粒が零れる。それはもちろん、悲しみの涙ではなかった。

「それで、さっきはどういう顔で言ってたんだ?」
「………多分、ふふっ、今の五割ぐらいの笑顔だと思う………」
「じゃあ、さっきのは別に見る必要が無かったな」
「………ばか………でもだからこそ………あいしています………」

 孝太郎がキリハの笑顔を見ていられたのはほんの数秒間だった。今回は孝太郎が止めた訳ではない。キリハが再び孝太郎に抱き付いてしまったからだった。



 そうしてキリハはしばらく無言で孝太郎に抱き付いていたのだが、玄関の方が再び騒がしくなってくるとそうもいかなくなった。

「たっだいま~~!」
「あっ、さなえちゃぁん、やっぱり今日はカレーみたいですよぉ!」

 早苗(さなえ)とゆりかの元気な声。それが合図であったかのように、キリハは孝太郎から身体を離し、頬を伝う涙を拭った。再び二人が目を合わせた時には、キリハはもういつもの彼女だった。

「カレー!? メガネっ子、ニンジン入ってる!?」
「安心して下さいまし、ニンジンは入ってませんわ。玉ねぎとジャガイモ、それと牛肉だけでしてよ」
「やった!」
「あれぇ、こっちの鍋はなんですかぁ?」
「私が作りました。私のはシーフードのカレーです」
「二種類のカレーかぁ………どっちを先に食べようかなぁ………」

 孝太郎とキリハが台所に顔を出した時、早苗とゆりかは二つの鍋を覗きながらにこにこしていた。

 ガチャ

「ただいま帰りましたー! 買う物が多くて、遅くなってしまいました」
「おじゃましまーす! こんばんは、コウ兄さん。それと皆さんも」
「ただいま帰りました。………ゆりか、靴が脱ぎ散らかしたままよ」

 一緒に出掛けていた晴海(はるみ)琴理(ことり)真希(まき)も帰って来る。買い物に行っていた三人はそれぞれ大きな荷物を抱えていて、このままでは台所へ入って来れない。そこで押し出されるようにして孝太郎と早苗、ゆりかとキリハの四人が六畳間へ移動していく。すると丁度そこへティアとルース、そして静香(しずか)が壁のゲートを通り抜けて姿を現した。

「おう、みんなもう帰っておったか」
「キリハ様のお料理教室は………どうやら無事に済んだようですね」
「ほらティアちゃん、大丈夫だったじゃない」
「そう言われても、シズカほど楽天家にはなれぬ」

 一〇六号室には十二人が集合し、少し前までが嘘のように騒々しくなる。それに正直に言うと大分狭い。しかし孝太郎と少女達はそれで良いと思っている。それが今の孝太郎達の距離感なのだ。

「それでナルちゃん、カレーはどうなったの?」
「上手くいきました! キリハ様のおかげです!」
「ナルファは筋が良い。………手元は危なっかしいが」
「真希ちゃぁん、靴直しておいてくださぁい」
「仕方ないわね………今回だけよ」
「ルース、マキは毎回ああいう事を言っておるのう」
「そうですね。分かり難いですけれど、とてもお優しい方ですから」
「あと、お説教は里見君がしてくれるから。そうよね?」
「了解ッス、大家さん」
「もう話は良いからさぁ、早くカレー食べようよ! ニンジン入ってないから絶対に美味しいよっ!」
「入ってても美味しいと思うんですが」
「ハルミは我慢し過ぎですわ。嫌いなら嫌い、それで良いのですわ」
「別に嫌いじゃないんですけど………」

 手が届く所に大事な人達が居て、その笑顔が見えて、楽しげな声が聞こえる。ちょっとばかり失敗する事はあるけれど、たまにはぶつかり合う事もあるけれど、それでもこの小さな部屋の中に求めるものが全て詰まっているから。孝太郎達には何も不満はない。それがこの六畳間の、ごくごく当たり前の、ある一日の風景だった。



          ◆◆◆お知らせ◆◆◆           
本更新を以て、『六畳間の侵略者!? へらくれす!』の
「読める!HJ文庫」での連載を一旦終了とさせていただきます。
長い間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
HJ文庫にて刊行中のシリーズ本編はまだまだ続いて参りますので、
これからも『六畳間の侵略者!?』を何卒よろしくお願い申し上げます。
                               HJ文庫編集部

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く