第3編 『藍革の手帳』 シーン03

作者:健速

シーン03 : ティアの告白


 ある日の午後。
()()は授業をそっちのけで、今日までに収集した情報の分析にあたっていた。
現在真希の前には二つの手掛かりがある。騎士団の帳簿と、ここ三週間のティアの行動を記録したノートだった。

「………あれだけ恥ずかしがるという事は………身長を伸ばしたり、胸を大きくする手術とかかしら?
 でも、それをわざわざ地球の技術でやるとも思えないし………
 姿が変わったらお金の使い道を隠しても意味がないし………うーん………」

 真希はティアの気持ちを想像しながら、二つの手掛かりを比較していく。
十分に情報が集まっていれば、その二つの手掛かりを比較する事で、ティアの使途不明金の謎が解ける筈だった。

「………あっ!? もしかして、これかしらっ!?」

 帳簿とノートを丹念に比較した結果、ティアがある店で買い物をした日に、騎士団の自由裁量の資金―――いわゆる使途不明金が使用されている事が分かった。
金額も一致しており、騎士団の資金がその買い物に使われた事は間違いないと思われた。

「よぉしっ、この証拠さえあれば!」

 真希は(はや)る気持ちを抑え、チャイムが鳴って授業が終わるのを待つ。
証拠は十分。今回はティアが何を買ったのかまで分かっている。もはや誤魔化しは効かない。
ティアは真希の追求からは逃れられない筈だった。



 真希が藍色の手帳を手に近付いてくるのを見た瞬間、ティアは表情を強張らせて逃げ出そうとした。
だがティアは真希から逃げ出す事が出来なかった。席を立って走り出す直前に、腕を掴まれてしまったのだ。

「ティアさん」
「うっ」

 その瞬間、ティアは逃げ出すのを諦めた。そして肩をすぼめ、バツの悪そうな顔でゆっくりと真希の方を振り返る。
その顔は、いつになく自信なさげだった。

「こちらへ」
「………」

 そのまま真希はティアの手を引き、教室の片隅へ向かう。
クラスメイトに聞かれると混乱を(きた)す話題が予想されていたので、ティアもこれには逆らわなかった。

「今度こそ、話を聞かせて貰いますよ?」
「は、話すつもりはないと言ったじゃろうっ」

 ティアが抵抗を始めたのは、話が始まった直後からだった。
ティアは焦った様子で対話自体を拒絶する。どうしても話したくない内容だった。

「既に使途不明金が何に使われているのかは分かっています」
「もうそこまでっ!?」

 ティアは驚きに目を丸くする。
ティアも興味を持たれているのは分かっていたが、既に尻尾を掴まれているとは思っていなかった。
そんな彼女に向かって、真希は優しく(さと)すように話し続けた。

「私はティアさんを罰したり追い詰めたりしたい訳ではないんです。ただ………奇妙な使われ方をしている使途不明金の理由が知りたいのです」
「うぅ………」

 ティアは思わずたじろぐ。常に強気のティアらしからぬ姿だった。

「ティアさん、あなたはどうして騎士団の自由裁量の資金を使って、服やアクセサリーを買っているんですか?
 資金元であるあなたには、そんな事をする必要なんてどこにもないじゃありませんか」

 問題の使途不明金は、ティアのファッションを購入する為に利用されていた。だがこれは奇妙な処理だった。
騎士団の予算は全額がティアの個人資産から出ているので、普通に服やアクセサリーを買うのと変わらない。
賄賂(わいろ)や工作の為に高額の資金を騎士団を経由させて使い道を隠すならまだしも、服やアクセサリーを買う為に少額の資金でそれをする意味など、真希には想像もつかない。全く意味のない行為にしか見えなかった。
だから真希は奇妙に思って事情を聞きにやってきた。
むしろ賄賂や工作の為であれば、真希は調査だけで満足して、ティアに質問しに来なかったに違いない。

「………そ、それは………」

 真希の追及を受けて、ティアの顔が羞恥(しゅうち)で真っ赤に染まった。
真希にとっては意味のない行為に見えても、ティアにとっては必要な行為だった。
そしてそれを明かす事は、一人の女性として非常に辛い。
だが真希は既に事実を知ってしまっている。
そこでティアは遂に観念し、真希が得た事実が示す、ティアの真実を語り始めた。



 ティアは地球へやってくるまで、自分が他人からどう見えているのかという事には(ほとん)ど関心がなかった。
関心は自身の力を周知させる事にのみ向けられていた。
そんな彼女の転機は、地球で対等の友人を得た事だった。
最初は孝太郎、やがては多くの少女達。
多くの人間と親しく付き合うようになった事で、ティアは指導者としての自分だけでなく、一人の少女としての自分を意識するようになっていった。
 ティアが周囲の少女達と自身を比較した時、自分の可愛げのなさが目に付いた。
言動は攻撃的で、服装は指導者に相応しい洗練されたもの。
力を誇示するばかりで、少女としての可愛らしさが全く備わっていなかった。
 そうなってしまうのは当たり前ではあった。
ティアはフォルトーゼでは敵が多く、力を誇示(こじ)せねば生きられない。
可愛らしさは指導者としては弱点であって、隠しておかねばならないものだったから。
 だが一旦それを意識してしまうと、弱点だから隠しておこうと考えるのは難しくなる。
周囲にいる少女達が、とても(うらや)ましかった。
特にティアにそう感じさせるのが、早苗やゆりか、そして他ならぬ真希だった。この三人は特に可愛らしい格好をしている。
早苗やゆりかは初めから可愛いものが大好きだったし、真希は今年に入ってから急激に少女らしさが増していた。
早苗やゆりかの姿に憧れ、自分と大差ないと思っていた真希にも置いていかれそうになっている。
ティアはそう感じて、気が気ではなかった。

 そこでティアは一念発起し、自分も可愛くなろうと決めた。急に性格を変えるのは難しいから、まずはファッションから。
こうしてティアはファッションにお金を費やすようになったのだった。
 しかしここで問題になるのが、ティアが皇女でもあるという事だった。
ティアには敵が多いので、付け入る隙を与える訳にはいかない。
これまで彼女は強い皇女のイメージを作り上げてきているので、国民に対しては、プライベートでは可愛い服を着て女の子らしく振る舞っているという事実は伏せておきたかった。つまり仕事とプライベートの完全な切り分けが必要になったのだ。
 とはいえフォルトーゼでは皇族は公人であり、資金の透明さが常に求められる。
個人資産であっても、その使い道は公表しなければならない。
するとどうしても帳簿上に、ティアが可愛い服やアクセサリーを買った事実が残ってしまう。
つまり帳簿を調べられてしまえばイメージダウンは必至。それを避ける為の手段が、どうしても必要だった。



 ティアはそうした彼女なりの真実を、とても言い難そうに語った。
恥ずかしいし、情けない話なので、その口調はどうしてもぶっきらぼうで攻撃的にならざるをえなかった。

「………じゃから、騎士団にお金を入れて、自由裁量枠で買う事にしたのじゃ………これならイメージダウンは避けられるからの………自分でも、ば、馬鹿な話だとは思っておるのじゃっ! それでも我慢出来なかったのじゃっ! 笑わば笑えっ!!」
「そういう事だったんですか………」

 だが真希はそんなティアの態度にも気分を害する事はなかった。ティアの話は真希にもよく分かるものだったから。
ティアと出会った頃は、真希も自分の見た目を気にしていなかった。
ファッションや化粧は、むしろ真の自分を隠す嘘だと思い嫌っていた。
だが必要に迫られて人付き合いが始まり、やがて他人を愛する意味を理解し始めると、自分の見た目が気になり始めた。
大好きな人に、可愛いと思って欲しいと思うようになったのだ。
 だがその頃の真希は、まだダークネスレインボゥの悪の魔法少女だった。
立場やイメージを守る為に、様々な葛藤があった。
だから真希は可愛らしい格好をする為に、自分や他人に色々な言い訳をしなければならなかった。ティアと同じ状況だったのだ。

「………笑わぬのか?」

 ティアは不思議そうに真希を見つめる。真希の反応は意外だった。

「笑いませんよ。私にも似たような経験がありますから」

 真希にはティアの気持ちがよく分かる。だから笑おうとは思わないし、腹も立たない。
むしろ自分と同じだという親近感が湧いていた。そして親近感はもう一つあった。

「それに………私達はお互いにコンプレックスがあったみたいですし」
「なんじゃと?」
「私はティアさんのような、積極的な対人関係に憧れていたんです。だからティアさんを笑うと、自分まで笑わなくちゃいけなくなって………」

 ティアは真希の少女らしい、可愛い外見や言動に憧れていた。
そして真希はティアの積極的な激しい人付き合いに憧れていた。
つまり二人はお互いを追いかけていた事になる。
だから真希はティアを笑わない。回り回って、自分を笑うようなものだったから。

「そなたが、わらわにの………」
里見(さとみ)君と毎日のように大騒ぎしているの、憧れます」
「わらわはあんな風にしか出来なかったから、そなたらのようにしたくての」
「だから笑ったりしません。もっとも………私とティアさんの間で、コンプレックスがぐるぐる回っていた事は、笑えると思いますけれど」
「そうじゃな。それはおかしくて仕方がないのう。ふふ、ふふふふっ」
「ふふふ」

 ティアと真希は顔を見合わせ、楽しそうに笑い合う。
お互いに持っていないものを羨んで、メリーゴーランドのように後を追い続けていた。
お互いのコンプレックスを理解し合った今、何をしていたんだろうと、笑うしかない状況だった。
そしてそれ以上に、同じ事に悩む仲間を見付けた嬉しさもあった。

「確かに笑えるのじゃが………マキよ、出来れば秘密にしてくれると助かる」
「それはお互い様ですよ。うふふっ」
「わらわは秘密は守るぞ」
「私もです、安心して下さい。………そうだ、秘密を守るだけじゃなくて、取り引きをしませんか?」
「取り引きじゃと?」
「単に秘密を守るよりも、もっと前向きにというか」
「ふむ………面白い、詳しく話すがよい」

 やがて二人は手を取り合い、一緒に新たなゴールを目指す事にする。
どうせ回り続けるなら、メリーゴーランドのように一ヶ所に固定されていないで、車輪のようにゴールへ向かって進む方がいい筈だった。



   ◆◆◆次回更新は6月26日(金)予定です◆◆◆

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