第3編 『藍革の手帳』 シーン04

作者:健速

シーン04 : 二人の取り引き


 この日は午前中は曇っていたものの、放課後になる頃には綺麗に晴れた。
おかげで肩を並べて歩く()()とティアを赤い夕日が照らし出し、長い影を作り出していた。

「ティアさんはどんな服に興味があるんですか?」
「今はちゅにっくとやらじゃ。あのふわっとしたシルエットが気になっておる」
「そういえば、あれを着ると印象が大分柔らかくなりますよね」
「わらわの活動的な印象を弱められたら―――なんて思ったのじゃ」
「確かにティアさんは、元気な印象があります」
「そうなのじゃ。もうちょっとこう、女性らしさも見て貰いたいというか」
「分かります。私もずっと真面目一本でしたから」
「少し不真面目になるとよいぞ」
「あはは、そうします。………そうだ、女性らしさならスーツなんかも面白いんじゃありませんか?」
「背伸びし過ぎではないかのう? 認めたくはないが、わらわは幼児体型じゃぞ」
「そのギャップがいいかもしれないじゃありませんか」

 真希とティアの目的地は、駅前に建ち並ぶファッション関係のショップの数々。二人で一緒に服を買いにきたのだ。
二人は気になる店を見付ける度に、入っていってああでもないこうでもないと議論を繰り返す。だがそこは流石に女の子。
数軒のショップを経ても、未だに買う服は決まっていなかった。

「ふむ………ちなみにマキ、そなたはどんなものが欲しいのじゃ?」
「私はティアさんの逆です」
「ほう?」
「私はどうも真面目なイメージがあるので、活動的に見えるようにしたいんです」
「確かにそういう印象があるのう。代わって欲しいぐらいじゃ」
「あはは、私もそうしたいのは山々なんですけれど」
「ふふふ………活動的となると、スカートかパンツかにかかわらず、丈は短い方がよいのう」
「短いってどのぐらいですか?」
「スカートなら膝上十五センチ以上、パンツならショート」
「それは短すぎませんか?」
「そなたはわらわより背が高いのじゃから、半端にやると元気さではなく、カッコよさが前面に出てしまうぞ?」
「なるほど………どっちつかずでは別の印象に流されると」
「うむ。それに合わせて、靴も動き易いものにするのが良かろう。
 下手にミュールやサンダルにすると、これまたカッコよくなってしまうでの」

 二人とも目指す理想は高い。というより、目の前に理想が存在しているので、何とかそれに近付けたいという欲求があった。
だが素材の違いという根本的な問題があるので、なかなか簡単にはいかない。おかげで時間だけがどんどん過ぎていった。

「なかなか決まりませんね」
「そろそろ思い切った手が必要じゃの」
「そうだティアさん、私達が一緒に着られる服を選ぶのはどうでしょう?」
「一緒に?」
「そうです。いきなり対極に行こうとしないで、その前段階として、私とティアさんの中間くらいの服にするんです」
「さっきも言うたが、そなたはかっこよくなってしまうかもしれんぞ? わらわは無理して背伸びして見えたりとか」
「最終形がそれでは困るんですけれど、過程としてはいいんじゃありませんか?
 それに二人が一緒の姿をしていれば、そっちの印象の方が強いでしょうし」
「なるほど………そういうやり方でワンクッション置くならいいかもしれんな。そして次は今回と理想の中間を狙うと」
「はい。それに記念にもなって、いいと思いませんか?」
「ふふ、なるほど、あえて同じスタートを共有する訳じゃな」

 最終的に二人はいきなり理想のファッションは目指さず、まずは両者の中間点を目指す事に決めた。
つまり女性的な印象と、活動的な印象を併せ持つコーディネートだ。
結果的に飛び抜けたものにはならないだろうが、いきなりいつもとは真逆の格好で周囲を驚かせるよりも、このやり方で一度印象の変化に慣れて貰うのは良い手であると思われた。

「でも女性らしさと元気な印象を併せ持つって、難しいですよね」
「キュロットのあたりで攻めるのはどうじゃろか」
「だったら靴はヒールがやや高めのショートブーツとか?」
「ふむ、形になってきたのう」

 二人で同じ格好をするという指針が出来たおかげで、少しずつコーディネートが決まり始めた。
お互いに無理なく着れるようにする必要があるので、ただただ理想を追っていた先程とは違って、妥協点も見出し易かった。
おかげで完全に日が暮れる前に、二人の買い物は無事に終了したのだった。



 二人で一緒に買った服が披露(ひろう)されたのは、その翌日の事だった。
クラスメイト達と一緒に遊びに出かける事になっていたのだ。
二人は一緒に着替え、メイクを施し、胸を高鳴らせながらクラスメイト達の前に立った。
自信はあったが、その評価が気にならないと言えば嘘になるだろう。
幸いその反応は良好で、ティアと真希は顔を見合わせて安堵の笑顔を(こぼ)した。
問題はあと一つ。まだ集合場所に現れていない、孝太郎(こうたろう)の反応だった。

 クラスメイト達が二人のファッションに気付いたのは会ってすぐだったのだが、孝太郎はすぐには気付かなかった。
孝太郎が気付いたのは今日の目的地であるテーマパークに着いてからの事だった。

「………あれ、よく見るとティアと(あい)()さんって、同じ格好をしてるんだな」
「馬鹿者っ! 今頃気付くでないっ!」
「あはは、実は昨日二人で買ったペアルックなんです」

 二人にとっては孝太郎がどう思うかが一番重要だったので、幾らか肩透かしを食らった格好になる。
ティアはその事に怒り始め、真希は笑う。格好は同じでも、相変わらず反応は真逆の二人だった。

「おいコウ、女の子の服装や髪形ぐらい、顔を合わせてすぐにチェックしろよ」
「お前と一緒にするな! 俺は女の子ばかりを見て生きてる訳じゃない!」
「よく言った孝太郎! それでこそ俺達の仲間だ!」
「まあ、孝太郎君がマッケンジー君みたいに女の子に気を配り始めたら、怖いは怖いわよね」

 クラスメイト達も孝太郎がいつ二人の姿に気付くか興味があったので、ここまで息を潜めて反応を待っていた。
そしてようやく気付いた今、待っていましたとばかりに(はや)()てる。
もちろん孝太郎の味方は少ない。味方は一部の男子生徒のみだった。

「まったく、わらわとマキのドキドキを何だと思っておるのじゃ」

 孝太郎に対して一番否定的な意見を持っていたのは、やはりティアだった。
両腕を組んで頬を(ふく)らませ、不機嫌な子供のように孝太郎を見上げている。
新しい服は可愛らしさと活動的な面が両立しているのだが、今はティアが攻撃的過ぎて、その効果はいまいち発揮されていなかった。

 ―――やっぱりティアさんは凄いなぁ………。

 そして真希はそんなティアの様子に感心していた。
孝太郎との関係を少しも傷付ける事なく、それでいて極めて過激な言動を続けている。
少しでもさじ加減を間違うとお互いに酷く傷付くだろうに、決してそういう風にはならない。
これはティアにしかできない、特別な技術だった。

「マキ、そなたも何か言ってやれ!」
「きゃあっ!?」

 ここでティアは真希の手を掴み、強引に孝太郎の前に引っ張り出した。
傍観者でいるつもりだった真希なので、この展開には驚いた。
だがこの状態で何も言わずにいるのも不自然なので、真希は必死に頭を働かせて言葉をひねり出した。

「確かに気付いて欲しかったけど、それはこっちの都合だから―――」
「マキ、そなた一生そのままでいるつもりかっ!?」
「うっ!? ………さっ、里見(さとみ)君のどんか~~~んっ!!」
「うむ、それでよいのじゃ」

 最初は肯定的な言葉だったのだが、途中でティアのサポートもあり、最終的にそれなりの悪態が口から飛び出した。
それでもティアのそれよりも大分(だいぶ)大人しいのだが、ティアは最初の一歩としては上出来だろうと思っていた。

「悪かったよ二人とも。でも別に無視しようとしていた訳じゃない。遅刻してきてそれどころじゃなかったんだよ」
「だったら率直な感想を述べよ」
「性格も体格も全然違うのに、よく二人で一緒に着て似合う服を見付けてきたもんだ」
「あ、ありがとう、里見君」

 だが真希が不機嫌そうな顔をしていられたのはほんの数秒間だった。
孝太郎に似合うと言われた途端、真希は恥ずかしそうな笑顔になる。
新しい服で来てよかった、そんな気持ちで胸がいっぱいだった。
だがティアは真希のそんな反応を許さなかった。

「マキッ、そうそう簡単に誤魔化されるでないっ!」
「でも嬉しかったから―――」
「そなたはコータローに甘過ぎるっ! もっと厳しく!」
「え、えと………里見君っ、ちゃんと可愛いって言って下さいっ!!」
「うむ、それでよいのじゃ」
「おいおい………」

 その後も真希はティアに言われるままに、孝太郎に悪態をつき続けた。

 ―――どうなっているんだろうな、これは………。

 真希はティアに無理矢理言わされている感が満載だったが、別に嫌がっているような様子はない。むしろ楽しげに見えていた。

「もっとあのアホに何か言うてやれ」
「里見君の真面目人間っ!」
「それは悪態か?」
「え、えと………別なの何か………」

 他人にわがままを言う事に慣れていない真希だから、その様子はどこか微笑ましい。
悪態も本当にそう思っている訳ではなさそうなので、孝太郎は二人を好きなようにさせておく事にした。
普段とは少し印象が違う元気で可愛らしい二人を、そのままずっと眺めていたかったのだった。



 テーマパークに入ると、孝太郎達は最近出来たばかりの新アトラクションに向かった。
それは銃を使ってゾンビと戦う体感ゲームで、全員で一緒に遊びながら同時に個人でポイントを競う事も出来る、若者に大人気のアトラクションだった。

「よーし、マキ、ここはわらわと協力プレーじゃ。コータロー達をギャフンと言わせてやろうぞ」
「でも私は、里見君のお手伝いがしたい―――」
「マキよ、手伝いならいつでもできる。じゃが真正面からぶつかり合える機会は決して多くはない! ここは全力で戦うべき時じゃ!」
「なるほど………勉強になります」

 ここでも真希とティアは協力して孝太郎と戦う事にした。
孝太郎と賢治(けんじ)に勝つ為には、真希とティアの共闘は必須条件だった。
 実はこうして真希とティアが協力し合う事や、ペアの服を着ている事には、明確な理由がある。
それはティアが使途不明金の真相を明かしたあの日に、二人で交わした取り引きだった。
 その取り引きでは、真希はティアが可愛くなる手助けをする事になっている。
これに絡み、服を買う時に騎士団の資金を使うのは止め、真希が購入した服をティアにプレゼントする形に変更された。
こうすれば帳簿上の安全性は更に高まる。加えて真希は可愛い服の初心者であるティアのアドバイザーを務める。
ティアのファッションセンスは決して悪くないのだが、いかんせん地球のファッションには不慣れ。
真希が居てくれると非常にありがたかった。
 そしてティアの方は、真希に積極的な人間関係を指南する事になっていた。
真希は真面目で内向的な性格なので、表面上の付き合いはともかく、親しい相手との積極的な付き合いが苦手だ。
そこでティアがサポートする事で、真希に積極的な人間関係を教えていこうというのだ。
これは真希にとって、自身の欠点を改善する大きなチャンスだった。

 つまり二人が交わした取り引きは、真希がティアに可愛らしさを教え、代わりにティアは真希に過激さを教える、というものだ。
それはお互いに足りないものを補い合い、共に進歩していこうという前向きな取り引きだった。

「わらわは武器を持った敵を優先して倒す。マキはそれ以外の敵を近付けないようにしてほしい」
「分かりました。それと弾を再装填するタイミングは声を出して伝え合うようにしましょう」
「了解した! では参るぞ!」
「はいっ、頑張りましょう!」

 そうして二人は協力してアトラクションに挑む事になった。
スタート地点に肩を並べて立つ二人の顔は、いつになく明るく楽しげだ。
きっかけや思惑はそれぞれであったが、二人がこれまで以上に強い絆で結ばれるようになったのは、間違いなさそうだった。



   ◆◆◆次回更新は8月7日(金)予定です◆◆◆

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