第5編 『なぐり逢えたら』 シーン01

作者:健速

シーン01 : 問題の発生


 クランにとって科学技術の研究者である事は、皇族である事と同じくらい大きな意味を持つ。
かつてのクランはその技術を自分の為に使う事しか考えていなかった。
皇族の力の一つ、誇示(こじ)すべきものという考え方だったのだ。
しかし地球や過去の世界で多くの経験を積んだ結果、彼女は自らの技術を世の中の為に使おうと考えるようになっていた。
それこそが正しい皇族、正しい研究者の姿だろうと思い至ったのだ。

 その結果生み出されたのがPAF―――パワーアシストフィールドだ。
このPAFは実体を持たない、バリアーだけで作った強化外骨格―――パワードスーツだ。
例えば物を持ち上げようとすると、身体を(おお)ったエネルギー()が動きに合わせて変形して力を貸してくれるのだ。
しかし本来は機械装置で行う事を全てエネルギー場で行っているので、エネルギーの消耗が大きく、また多くの技術的な困難も伴う。同じ規模なら普通の強化外骨格の方が力は強く、長時間の利用が可能だ。
だが医療や福祉目的なら十分で、不要な時は電源を切ればいいという手軽さもあり、運用テストは好調だった。

「………なのにどうして格闘技の機能を付けるんだ?」

 この日、孝太郎(こうたろう)静香(しずか)はクランの依頼で町外れの人気のない広場を訪れた。
彼女が新たに開発したPAFの新機能のテストをする為だった。
しかしその新機能が格闘技でPAFの開発方針とは少しかけ離れていたので、孝太郎は戸惑っていた。

「格闘技なのは手段であって、目的ではありませんわ」
「どういう事なの?」

 静香も孝太郎と同じような気持ちで、不思議そうにクランを見ていた。するとクランは小さく微笑むと、事情の説明を始めた。

「PAFによる一般生活のアシストは、ほぼ完成したと思いますの。でも世の中には事故ってあると思いません?」
「PAFが事故るって事か? 確かにナノマシンは爆発したもんな」
「もうっ、いじわるっ!! 交通事故や転倒、落下物なんかの事ですわっ!!」
「ああ、そっちか」

 クランの本当の目的は事故などへの対策だった。その開発の手段として、格闘技の機能を必要としていたのだ。

「あなたという人はもう………いつか本当に殺しますわよっ!?」
「まあまあ………クランさん、それで?」
「はぁ………ええと、PAFを必要とされる方は基本的に身体が弱かったり、お年寄りだったりする訳ですから、素早い動きが苦手でしょう? だから事故に素早く対応する仕組みを付けたいんですの」
「分かった! それで格闘技なのね!」
「そういう事ですわ」

 静香はここでクランの考えを理解して表情を輝かせた。それを見たクランは嬉しそうに表情を緩める。
しかし孝太郎はまだよく分かっておらず、首を(かし)げていた。

「どういう事なんだ?」
里見(さとみ)君、格闘技って予期せぬ事故が連続して襲ってくるようなものじゃない? だからそれに対応出来るなら、事故も防げる―――って事よね、クランさん?」
「ええ。要は緊急事態に対して、自動で高速に対応する仕組みを作りたいんですの。そして手軽な緊急事態が格闘戦だった、という訳ですわ」
「へぇ………」

 孝太郎にもクランの言わんとしている事が分かってきた。
PAFは動きをサポートする装置なので、これまでは利用者の動きだけを見ていればよかった。
しかし事故を回避する為には周囲の状況を常に見ていなければならない。
そして周囲の情報収集をどの程度の頻度(ひんど)で行えばいいのか、システムはそれをどう処理すれば効率的なのか、解決しなければならない課題は多い。
そうした多くの課題を解決する為に、クランは多くの事故のデータを必要としていた。
そこで彼女が事故のサンプルとして目を付けたのが格闘技であった、という訳なのだった。

 ―――クランのやつ、本当に大したやつだな………。

 孝太郎はクランの考えに感心していた。使う側の立場になって新機能の開発に余念がない。
他の技術者を知らないのでどの程度なのかは分からないが、これが彼女の優れた部分である事は間違いないだろう。

「つまり、俺と大家さんはお前をボコボコにすればいいのか?」
「………その表現は気に入りませんけど、(おおむ)ねそういう事ですわ」
「分かった、任しとけ。よぉしっ、やる気出て来たっ!」
「………あなた、絶対いい死に方しませんわよ」

 しかし孝太郎は素直にクランを()める事が出来ない。
これまでの関係性が、孝太郎にそうさせてしまう。だがやる気が出ているのは本当だ。
孝太郎はクランが納得するまで、実験に付き合うつもりだった。



 緊急対応の仕組みなので、PAFの格闘機能は着用者の動きとはリンクしていない。
棒立ちのクランから新たに赤い手足が一本ずつ生えたような状態で、それが勝手に孝太郎と戦っていた。

「ああ、さっきの黄色よりは見やすい気がするぞ」
「確かに戦い易そうですわね」
「おう―――っと危ない」
「じゃあ、緊急対応はこの色にしますわね」

 今やっているのは、緊急時に手足を増やす必要が出た場合に、それを何色にするかという事だった。
PAFを形作るバリアーは無色透明なので、単純に手足を増やしても目で見て状態を確認する事が出来ない。
そこで視認性のいい色で着色することにしたのだった。

「でもクランさん、地球ではこれをやると大騒ぎになっちゃうんじゃない?」

 バリアーが一般的なフォルトーゼでは問題なくても、地球の場合は人間の手足が前触れもなく増えたら大騒ぎは必至だろう。

「そうですわね………ハルミ用に関しては、ハルミにだけ見えるように仮想の映像を投影する事にしますわ」
「それはそれで怪奇現象だがな」

 色がついていなければついていないで、見えない何かが危険を払い除けるのだから、見た者は怪奇現象だと思うだろう。

「ハルミが死ぬよりはマシでしてよ」
「そりゃあもっともな話だ」

 しかしこれはあくまで緊急事態の話なので、孝太郎もクランもあまり問題視はしていない。
友達が真のピンチなら、ゆりかは人目があっても魔法を使うだろうし、早苗(さなえ)も霊能力を使うだろう。これはそういう次元の話だった。

 ―――なんだかんだでクランは桜庭(さくらば)先輩を気にしてくれてるんだよな………。

 孝太郎はそんな事を思いながらしばらくPAFと戦い続けた。
クランの目的や晴海への気持ちを感じ取った事で、孝太郎はクランに協力してやろうという思いが強くなった。
クラン相手だと照れ臭くて直接言えないが、こういう彼女の手伝いなら、幾らでもやってやりたかった。

 ―――なんですの、この感じ………なんだか、胸の奥が落ち着かないような………。

 この時の孝太郎の気持ちはクランにも伝わっていた。
しかし孝太郎がはっきりと言葉で示した訳ではなく、クランも対人関係の経験が(とぼ)しい為に、おぼろげにしか伝わっていない。
けれどそのおぼろげな何かが、クランの気持ちを揺さぶっていた。

 ―――特別な事なんて、何もない筈ですのに………。

 身に着けたPAFは激しく孝太郎と戦っていたものの、クラン自身はほぼ棒立ちのような状態だった。
そして目の前で自分―――正確にはPAF―――と戦っている孝太郎を見つめている。
孝太郎はやけに楽しそうだった。ちょうどみんなでゲームをやっている時とよく似た雰囲気だった。
しかし孝太郎の瞳はただクランだけを見つめている。そしてその瞳の奥に、いつもとは違う柔らかな光が宿っていた。

 ―――いつもこんな風に、見つめて下さればよろしいのに………。

 孝太郎が何を思っているのかは分からない。けれどその瞳が、クランを肯定している事は彼女にも分かる。
彼女にはそれが嬉しい。妙にドキドキとして落ち着かないが、これがずっと続いてくれればと願わずにはいられなかった。

「はーい、そろそろ三分経つわよー!」
「そろそろ終わりみたいだぞ、クラン」
「あっ………」

 しかし幸せな時間はそう長くは続かなかった。孝太郎の体力の問題もあるので、元々予定されていた時間は三分間だけ。
クランがずっと続いて欲しいと願った矢先に、唐突に終わりを告げたのだった。



 三分間休みなしで戦っていたので、孝太郎は疲れ切っていた。その証拠に、呼吸は荒く顔は紅潮している。
そんな訳で孝太郎は広場の真ん中に大の字になり、空を見上げている。回復までは幾らかかかりそうな雰囲気だった。

「なんだかんだで随分頑張ったのね、里見君。ふふふ」
「そ、そうですわね………」

 そんな孝太郎を、静香とクランが一緒に見つめていた。だが同じ事をしているのに、二人の表情は対照的だ。
静香は楽しそうな表情だったのだが、クランの表情には寂しさと照れ臭さが同居していた。

「どうしたの、クランさん?」

 クランの様子に気付いた静香がその顔を覗き込む。するとクランは首を大きく横に振り、その長い髪を波打たせた。

「あ、い、いえ、何でもありませんわっ」

 そしてクランは慌てて表情を()(つくろ)うと、腕輪を操作してデータの解析を始めた。その姿には誤魔化そうとする時に特有の不自然さがあった。

「ふぅん、そう。だったらいいけど」

 静香はそんなクランをしばらく眺めていたが、それ以上は特に何も言わなかった。
その代わりに静香は別の事をクランに尋ねた。

「ところでクランさん、自分では格闘技とかを覚える気はないの?」

 何を言われるかと内心びくついていたクランだったが、幸いな事に話題は彼女が困る方向へは行かなかった。
だからクランは大きく胸を撫で下ろすと、静香に笑いかけた。

「………そのつもりはありませんわ」
「どうしてなの?」
「向いてないんですわ。昔から身体を動かすのは苦手ですの」
「もったいないなあ。格闘技に関する知識はもう十分なんだから、やれば強くなると思うんだけど」

 格闘技や料理は、知識と技術が両方とも必要になる。片方が欠けると、それが進歩の上限を作る事になってしまう。
クランの場合、既に格闘技の知識は十分な域にある。
だから後は技術を身体に叩き込めば、クランは格闘技で戦えるようになる筈。
静香はそうしないでいるクランをもったいないと思っていた。

「適材適所ってあると思いますわ」

 しかしクランにはそのつもりはなかった。運動は苦手だし、研究が楽しかった。また身を守る為の手段は多く持っている。
そうした事情から、クランは格闘技を必要ないと思っていたのだった。

「まあ、クランが格闘技でも強くなっちまったら俺の立場がないからな」
 そんな時、ようやく呼吸が整った孝太郎が身体を起こし、二人の会話に加わる。孝太郎はクランの味方だった。
「確かにわたくしを強くするより、ベルトリオンを強くする方が効果的ですわね」

 クランが格闘技を覚える時間を孝太郎の装備の強化に当てた方が、効率的に多くの人間を守れる。
クランと孝太郎はそういう意見だった。

「里見君まで含めちゃえば、そりゃそうなんだけど………」

 静香は苦笑する。静香としては格闘技そのものというよりも、精神面まで含めた武道をやって欲しいという意図だったのだが、二人にはうまく伝わっていないようだった。

 ―――でもまあ、今のクランさんの研究への打ち込み方は、武道と同じような精神性を持っているような気もするし………これはこれでいいのかもしれないな………。

 効率よく敵を倒すのが武術なら、その武術の体得と共に自己を高めようというのが武道だ。
その視点で言えば、クランは科学を効率よく利用するのではなく、あえて制限して人の役に立てようとしている。
つまりクラン向きの武道は、既にやっていると考えるべきだろう。だから静香はあえてそれ以上は言わなかった。
 実は静香にはもう一つ、クランが武道をやった方がいいと思う事情があった。それはとても乙女的な事情だ。

「でもクランは運動不足だから、健康作りの為にはやって欲しいな」
「大きなお世話ですわっ!」
「あぁ、フォルトーゼの民は将来、ぶくぶく太った皇帝を―――」
「またそれを言うっ!」

 しかし見たところそれは十分なようだったので、その意味においても特に必要ないだろうと結論した。



   ◆◆◆次回更新は11月13日(金)予定です◆◆◆

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